やはり俺がGF文庫編集部で働くのは間違っている。 作:Balun
一応キャラ紹介的なサムシングを簡単に。
神戸 聖「こうべ さとし」
45歳。編集長。顔が恐い。超恐い。よく職質されるという共通の話題から八幡と仲良くなった。
土岐 健次郎「とき けんじろう」
26歳。八幡と同期。羽島などの厄介な作家を多く抱えている。好きなものは風俗。
羽島 伊月 「はしま いつき」
20歳。作家。妹モノばかり書いている。ひねくれものだが根っこは素直。究極の妹を創造すべく日々小説を書いている。
山県 きらら 「やまがた きらら」
28歳。ここでは一色の教育係。出番はあまりない。
「今期を振り返って」
比企谷八幡
「労働」
それは人間が生きていく上で必要不可欠なものである。
憲法にもあるようにそれは日本国民としての義務でもある。例えばサラリーマンであろうと教師であろうとスポーツ選手であろうと皆それぞれがそれぞれの仕事をし、その時間や技術に応じた給料という名の報酬を得て生活をしている。
しかし今一度考え直してみてほしい。テレビやネットでの海外の人々からの反応を見ても日本人は働きすぎだということは容易にわかるだろうし、現代の日本の企業にはそうではないところの方が少ないくらいにブラックで無糖な仕事場に溢れている。
これは俺の友達の友達の話だが、学生時代、彼の両親は朝早くから夜遅くまで働いており、彼と妹の二人きりで食事をするということも珍しくなかったらしい。
そのような事がないようにするためにも我々は今一度「労働」というものを見直すべきではないだろうか。
結論を言おう。
やはり俺が編集者として働くのは間違っている。
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「なんだこれは?新手の辞表か?比企谷。」
「いや、あの、ほら、労働者たちの心の声といいますか、普段言葉にできないことを俺がこうして代弁したというか、やっぱりこういうのは誰かが言わないといけないと言うじゃないですか。」
昨日の夜中、俺はようやく届いた担当作家の原稿のチェックが終わり、家に帰るのもアレだしもうここで寝るかと編集部に置いてあるソファーで仮眠をとり、今日も仕事か……と暗い気分でいると編集長の神戸さんからお呼びだしがかかり、数日ほど前に提出したレポートを読みあげられ今に至っている。なにそれ超ハードな生活だなおい。
ちなみに編集部のソファーや椅子、しまいには床の上で寝るのは編集者なら皆一度は経験したことがあるので全然可笑しく無いことである。
どうでもいいランキングだが、一番このソファーにお世話になっているのは俺の同期の土岐健次郎だったりする。ほんとにどうでもいいな。
「とりあえず再提出だ。それらしいことを書いておけばいい。得意だろう?」
「うす」
若干いや、かなり呆れた様子で俺のレポートを返してくる神戸さん。
それにしても何度見てもこの人顔恐いな。金ラメの派手なスーツに濃いひげ、しかも常に不機嫌そうな顔。しかもあだ名は"ボス"だし。
あ、ヤバい。最初に会ったときビビりすぎて挨拶めっちゃ噛み噛みだった黒歴史を思い出してきた。
まぁ、目が腐っている俺が言えることじゃないんですけどねぇ。
……なんか自分で言ってて悲しくなってきたな。
「ところで、今日あたりどうだ?」
「あー、はい。もう仕事も大体終わってるんで大丈夫です」
そういえば前から飲みに行こうと誘われてたな俺。普段誘われることとか無いからつい忘れちまってたわ。
神戸さんの奢りとはいえこの俺が上司と二人で飲みに行くなんて学生時代では考えられないだろうなと思う。なんなら今、自分が働いていることすら信じてもらえないまである。
「わかった予約しておく。もう行っていいぞ」
「はい。失礼します」
俺は自由だー。と寝不足のせいか変なテンションから出てきた叫びを無理やり心の中に閉じ込め、自分のデスクへと戻る。
さして長くもないお説教だったが何故かこう、目上の人と一対一で話すのは緊張するものがあるよね?職員室に先生に呼び出されるのに近いと言えば分かるだろうか。
いくらそれなりに対人能力が上昇したとしても基本的に比企谷八幡はぼっち体質なのだ。
まだ残っている仕事を思い浮かべながらこれまた高校時代から変わらない猫背で自分のデスクへと戻ろうとすると、
「せんぱーい、やばいですやばいです……」
なんか後ろから聞き慣れたあざとい声がきこえるが、きっとその話しかけている相手は俺ではない先輩さんであると勝手に予想し、他にもこの部署に大勢いる先輩編集者の皆さんにお任せしようと無視をきめこむ。
……ほら、俺とかどっちかというと若手だし、年齢もまだ26だし、なんなら若手過ぎて担当の作家たちや後輩たちにも超嘗められてるまである。
などと生意気な担当作家や後輩たちを思い出したので気分を変えるべくMAXコーヒーでも買いにいくかと早くも今日2回目の糖分とカフェインの補充のために自動販売機へと方向転換すると、くいくいっとなんとも可愛いらし……もとい、あざとい仕草で俺の袖をつかむ手が目に入る。
……はぁ。しょうがねぇなぁ。
一体今度は何の面倒ごとなんでしょうかねぇと小町や両親からは働きだしてからより一層腐ったと言われている目を向けるとそこには頬っぺたをプクーと膨らましていかにもわたし怒ってますと言わんばかりの表情の一色いろはがそこにはいた。
……あざとい。流石いろはす。あとあざとい。
「むー。何で無視するんですか。せんぱいのことですよー」
「いや、先輩、先輩って沢山いるじゃねーか。大体お前の先輩は最初に仕事教えてくれた山県さんじゃねーのかよ」
あの人超頑張ってたぞ。個性派どころかイロモノばかりいるうちの作家連中にハンマー投げのハンマーのごとく振り回されながら新しい後輩に出来るだけ丁寧に教えようとスケジュールの合間をぬって色々とやってくれてただろうが。最後の方は何故か山県さんの方が一色に慰められてたけどな……。
そんなほんの2ヶ月ほど前のことを思い出していると、
「わたしの先輩はせんぱいだけですよっ。あっ、今のいろは的にポイント高いですっ!!」
目に隈作りながらも一生懸命仕事を教えてくれたのにまだ先輩として認められないなんてちょっとばかり先輩に対してのハードル高すぎやしませんかねぇ。などとこいつの先輩という呼び名に関するに対する高すぎるこだわりを垣間見て少しばかり恐ろしく感じながらもとりあえず要件だけでも聞こうと話を進める。
「先輩、先輩っていまだに名前すらも覚えられてないんですかねぇ……。
んで、何の用だ一色。俺はこれから仕事があるぞ」
「あっそうだ。せんぱーい。羽島先生がまだ原稿を入稿してくれなくてー。これからー羽島先生のお家に行くんですけどぉ女の子一人だとぉ男の人の家って危ないじゃないですか?なのでー、せんぱいも着いてきて欲しいんですけどー?」
羽島先生というのはうちの文庫で"妹モノ"ばかり書いているちょっと、いやかなり変わっている売れっ子作家である。
この近くに部屋を借りていてよく可児先生や不破先生と一緒にご飯を食べたりゲームをしたりしているらしい。
なにそれ超リア充じゃん。爆発しねぇかな。
「いやいや、土岐はどうした?羽島先生の担当はあいつだろ?」
「ケンケンさんなんか今日体調悪いらしくて出勤してないんですよー」
「あー。そういや今日は見てねぇなあいつ」
まぁ確かに年頃の女の子が仕事とはいえ独り暮らし男の家に行くのは不安だろう、羽島先生は変人だが、人畜無害な変人なので大丈夫だとは思うがまぁ、仕事も時間に余裕があるし着いていってやるかと思う。
いやいや、人畜無害な変人ってなんだよ。
「わかった。準備するからロビーで待ってろ」
そう結論づけて一色に伝えてやるとやけに安心したした顔で、
「やったー。助かります。せんぱいも早く来て下さいね。ではでは宜しくです」
そう言って自慢のウインクと敬礼をぴしっときめて去っていく後ろ姿を見て少しばかり高校時代を思い出す。
……あいつも変わんねぇな。
さて、準備してさっさと原稿受け取りに行きましょうかねぇ。ったく、また、一歩社畜への道を進んだ気がするわ。
「せんぱーい。準備出来ましたかー?」
─────ブラックで無糖で決してMAXコーヒーのように甘くない。しかしそれでも今のこの時間、この環境は悪くない─────
そんな感想を抱きつつ俺は書き直した報告書を読み返し、筆をおいた。
最後までありがとうございました。
2月8日追記、一色いろはの口調変更。原作読み返したら違ってたので。
例:「~かぁ?」→「~かー?」