Baby Princess~innocent feeling~ 作:ローリング・ビートル
「ホ、ホタはお兄ちゃんが好きです!大好きです!お兄ちゃんのお嫁さんにしてください!」
顔を真っ赤にした蛍の、いきなりで大胆な発言に、俺や周りの姉妹達が唖然としている。
しかし、部屋が静まりかえったのは数秒の事で、すぐにザワザワと騒がしくなった。
「蛍ちゃん?だ、大丈夫?」
「王子様?もしも~し」
「あらあら」
「およめさんってなーに?」
「な……なっ……ホタ姉様……」
「まあ結婚など宇宙の塵にも満たない瑣末な儀式に過ぎないがな」
「問題はそこじゃないような……」
さすがは十九人姉妹。一人が喋りだせば、どんどん広がり、たちまち祭りのような賑やかさが部屋の中に充満する。さくらや虹子も俺の服の裾を引っ張り、何が起こっているのかを知ろうとする。
先日行われたハーフマラソン。蛍は優勝した。
決して運動が得意ではないはずだが、さすがは天使家のDNA。影で努力をしていたのか、俺の想像を遥かに超える速さで優勝した。そして、優勝したら言うことを何でも聞くという約束。
それがまさか……け、け、結婚!?
「ほ、蛍……」
俺はあまりの衝撃に頭がクラクラして……
「あ、おい!陽太郎!」
俺の意識は真っ暗闇へと落ちていった。
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『ただいま』
『おかえりなさい、あなた』
『蛍……』
『どうかしましたか?』
『今日はメイド服なんだな』
『はい♪あなたの為に新調したんですよ!』
『あはは、ありがとう』
『そういえばホタ……あなたに言わなくちゃいけない事が……』
『何?』
『実は……できちゃった』
*******
「はっ!」
目を開けると見慣れた天井が目に入る。ぼんやりとした白い光は目に優しく、あっさりと意識が覚醒した。
「あ、お兄ちゃん」
甘めの声が柔らかく耳を刺激してくる。
見て確認せずとも、声の主が誰だかすぐにわかった。
「蛍……」
「お体の具合はどうですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「よかったぁ……」
蛍はほっと胸をなで下ろすように溜息を吐く。そしてすぐに顔を間近で覗き込んでくる。
吐息が鼻先にかかり、少しくすぐったいし、何より目と目が近すぎて逸らせない。やはり綺麗だと思える。
蛍の目は潤んでいて、静かに揺れていた。それでも逸らそうとはしなかった。ほんのり甘い香りが漂ってきて、心音が普段より大きく鳴っている。
「ごめんなさい。ホタのせいで……」
「そんな事ないよ。でもここに来ていいのか?」
天使家のルールで、俺と姉妹の個人の部屋の行き来は禁止されている。
「特別に海晴お姉ちゃんに許してもらいました……もしかして、困らせちゃいました?」
「いや、ただ……」
「?」
「何て答えればいいのか……」
「あ……」
さっきの出来事を思い出し、二人して顔を赤くする。
何とも言えない空気が流れ、お互いに言うべき言葉を探している。
「あの……」
先に口を開いたのは蛍だった。俺は何も思い浮かべる事ができずに揺れる瞳を見ている。
「ホタ……待ちますから」
「蛍……」
「どんな答えでも、受け止めますから……」
蛍はそれだけ言い残し、部屋を静かに出ていった。
俺はその小さな背中を無言で見送る事しかできなかった。