色々あってトブの大森林の勢力の三分の二を掌握してしまったエンリ。今現在彼女はいきなり抱えることになった部下をどう扱うか必死に考えている最中だ。ハムスケに寄り添う様はまるでどこぞの王様――ライオンに寄りかかるやつ――のようだ。
そしてエンリから少し離れた場所ではブレインを筆頭に会議が行われていた。議題はエンリを何と呼ぶかの会議だ。
「俺達はエンリ様の忠実なしもべ。ならば神と呼ぶしかないだろう」
「誰だお前」
あまりにも急激すぎるグのキャラ変わりにさすがのブレインも付いていけない。実際はエンリの持つクラススキルの影響なのだが、まあエンリからの影響でこうなったことは間違ってないので割愛する。
「神とか呼んだらリーダー泣くぞ。それならまだ団長とかの方が良いだろ」
「団長?」
「俺たちもうすでに冒険者と言うより傭兵団に近いからな。そのトップだから団長」
「ダンチョウ…」
「ダンチョー」
「ダンチョウ!」
「うむ、ではエンリ団長と呼ばせていただくことにしよう」
ブレインの案が通り、エンリの呼び方が決まる。エンリは団長でも良い顔をしないと思われるが、誰もそこまでは考えてなかった。オーガやトロールたちが嬉しそうに団長を連呼する。
「では次は傭兵団の名前を決めるべきだろう」
「あー、そうね。どうすっかね。トブの大森林傭兵団とか?」
「いや、神の軍団にすべきだろう」
「どんだけ神を推すんだよお前は」
「ダンチョーダンハドウダ?カッコイイゾ」
「ナラ、エンリダン、ノホウガ、イイ」
「カルネ村傭兵団とかか?んー、どれも悪くねえけど」
なかなか決まらない。仕方ないのでハムスケにも助けを求めるべくブレインが後ろを振り返ると、エンリはすでにハムスケのおなかに寄りかかって寝ていた。
「あれ、寝てる」
「今寝入ったのでござる。少し静かにするでござるよ」
「ああ、悪い。それでハムスケ何かいい案は無いか?」
「ふむ。姫の名前を取ってエモット亜人傭兵団とかはどうでござるか?」
「おお!それいただき」
こうして団長の知らぬうちに傭兵団の名前が完全に決定した。
時間は少し廻って次の日の朝。旧エモット家の中にエンリとブレインがいた。
「これからどうする?」
「ひとまず街に帰還します。依頼は受けているので達成します。グを連れて行けば十分だと思います」
「連れて行くってどうやってだ?」
「ハムスケさんに馬車を曳いてもらってその荷台に乗せましょう」
ブレインが刀の手入れをしている横でエンリが手際よく料理を作っていた。たださすがにここにいる全員分の食事を用意することはできない。自分とブレインとハムスケの分だけだ。
「私はこちらに住むつもりです」
「え、まじで?お前何かと理由付けて向こうに居座るかと思ったけど」
「それも考えたんですがやっぱり私には新しくできた仲間を見捨てられませんでした」
エンリはそう言うが、その声色に後悔は見えなかった。
「朝ごはんを食べたら出発しましょう」
「了解」
エンリとブレインは黙々と朝飯を食べる。その途中でエンリがつぶやいた。
「私もみんなに名前とか贈った方が良いんでしょうか?」
「気に行ったのか?団長呼び」
「そんなわけあると思いますか?」
ふうとため息をつくエンリ。それをブレインはおかしそうに見る。
「じゃあ特別優秀な奴にだけ名前をくれてやればいいだろ」
「あ、いいですね。そうしましょう」
エンリはブレインの案に名案だとうなづくと、さっさと朝食を食べ終えた。そして軽く食器を洗ってから外に出ると、そこにはエンリの新しい仲間達が全員そろっていた。
「さて、皆さん聞いてください」
自分の言葉一つ一つを決して聞き逃さんとばかりに集中してこちらを見つめる彼らの視線に、今さらながらとんでもないことになっていると痛感するエンリ。でも後には引けない。みんなの尊敬する団長を演じなければ。
「これから私はいったん街に帰ります。供はハムスケさん、ブレインさん、グの三名です。帰ってくるのは四日ほど後になるでしょう。それまでに私に同行しない人達はトブの大森林で食料調達に勤しんでください。数人でチームを組んで誰ひとり死なないようにお願いします」
とは言ってもエンリは彼らが自分らでチームを分けられるとは思っていない。なのでざっとチーム分けをしてやる。
「このチームごとに分かれて狩りをしていてください」
村に残るものたちには指示を出した。次は自分と行く者達。特にグに言い聞かせなくてはいけない。
「グ、街では私の命令を聞いてくださいね」
「分かりました団長。貴方のためにこの命使わせていただきます」
「誰ですかあなた」
エンリは今になってようやくグの変化に気が付いた。いくらなんでも変わり過ぎだと震撼する。原因が自分にあることはなんとなく察しが付くが、それでも驚きは隠せない。
「ええっと、とにかくそういうことで。ではグとブレインさんは荷台に乗ってください。ハムスケさん。申し訳ありませんがまた馬の代わりをお願いします」
「合点でござる!」
村の残留組に見送られ、四人はエ・ランテルに向けて出発した。
♦
一日またいで次の日の昼。エンリ達は冒険者組合にいた。現在冒険者組合はエンリが新たに連れてきた使役モンスターのせいで大騒ぎである。
「エ、エンリさん。あ、あのトロールは!?」
「あ、受付の。こんにちわー」
「あ、はいこんにちわ。じゃなくて!」
受付嬢が言っているのはグのことである。どう見ても普通のトロールじゃない。ミスリル級の冒険者でも全滅させそうな雰囲気を出している。
「あ、新しい仲間です。登録お願いします」
「……さすがは血塗れですね」
「はい?」
「いえ、なんかもういいです。いっぱいいっぱいなんで。それよりも組合長が呼んでるんで来てくれませんか?」
「分かりました」
エンリが受付嬢に言われたとおりに中に入って行く。ブレインはそれを見て溜息をついた。
「まだ団長の気構えがなってねえな。一人で行くなよ。おい、ハムスケ、グ。お前らおとなしくここで待ってろ。俺はあいつのところに行ってくる」
「了解でござる」
「それが団長のためになるならば」
グの騎士っぽい態度にやはりまだ違和感を感じながらブレインはエンリの後を追った。
「やあエンリ君。よく来てくれた。色々話を聞きたくてね。こちらは都市長のパナソレイ様だ」
「久し振りだねエンリ君」
「あ、こんにちわ。お久しぶりです都市長様。こちら、仲間のブレインです」
「ども」
エンリは初めてこの街に来た次の日にパナソレイと話している。ガゼフの件を誰にも言わないようにと口止め料を貰ったのだから忘れるはずもない。普通に話していいですよ?と言った途端キリッとした顔で黙り込んだ変な人でもあるのでさらに忘れにくかった。
「ではまずトブの大森林でなにがあったかを聞いてもいいかね?」
「はい。まずカルネ村に到着した私たちは………」
エンリの説明が終わり、場に静寂が降りる。不思議に思ったエンリが首をかしげるとようやく二人が再起動した。
「つ、つまりなんだ。亜人の部下が大量にできたと言うことか」
「ええそうです」
軽く答えるエンリを信じられないような目で見た後、二人は顔を見合わせる。それを見たブレインが辛抱たまらんとばかりに笑いだした。
「うちはもうこの街の全冒険者でもどうしようもない戦力になってるから、あんたらがそんな顔になるのは理解できる。ただ、その前に一つ聞いておきたいことがあるんだが」
「なぜ都市長様がここにいたのか、ですね?」
「さすが団長だ」
そう、エンリも不思議に思っていたのだ。なぜエ・ランテルに着いてすぐここに来たエンリより先にここにいたのか。何か問題が起きて相談していたようにしか思えなかった。
「エンリ君に隠し事はできないな。実は……」
エンリは信じられないことを聞いたとばかりに目を引ん剥いた。その驚きはグの性格が変わった時や、亜人達が自分に忠誠を誓った時のものとは違うものだった。それは、信じたくないというタイプの驚き。
「ンフィーレアがいなくなった?」
そしてエンリの人生で二回しかなかった大きな敗北の一つ。
友人を守れなかった、助けられなかった。覇王になる少女の最後の敗北である。
♦
ンフィーレアがいなくなり、その行方が分からないと聞かされたエンリは茫然自失となった。あまりのショックに依頼の報告も適当になってしまうほどだった。
そして、冒険者組合を飛び出し、バレアレ家に向かった。
「おお、エンリちゃん。お帰り」
「リイジーさん……」
「なんて顔だいそれは。まったく」
リイジーはほとんど変わった様子は無かった。それが逆にエンリの胸をつまらせる。エンリはリイジーにかける言葉を失い、ただ立ちつくす。
「わ、私のせいで」
「違う!」
「り、リイジーさん?」
エンリの言葉を途中でかき消したのはリイジーだった。リイジーはとても優しい、それでいて悲しそうな笑顔でエンリの頭を撫でた。
「誰が悪いのか、何でこうなったのか何度も考えた。だからこれだけは言える。エンリちゃんのせいだってことだけは無いとね。エンリちゃんはンフィーレアを取り返してくれた。ンフィーレアのために悲しんでくれている。エンリちゃんが悪いなんてことだけは絶対ない。だから決して自分を責めるんではないよ?」
エンリは嬉しかった。リイジーが自分にそう言ってくれたことが。でも、エンリの心にはやはり後悔の感情が残っていた。今回も自分は何もできなかったという後悔の念が。
その日はバレアレの家に泊まることにした。ブレインもグも仲間だと説明したら泊めてもらえたのだ。
「……」
「こんな夜更けにこんなところでなにたそがれてんだ?団長」
「ブレインさん…ですか」
エンリは夜中に家をこっそり抜け出し、野生のくせに全く警戒心がないハムスケに寄り掛かって空を見つめていた。ハムスケは起きる様子は無い。
「何か悩みか?」
「いえ、私、いつも何もできてないな、と」
「あん?」
「私は戦う技術もないですし、グ達がしたがってくれたのもたまたまです。こんな私が団長なんて呼ばれる権利があるのか。友達一人救えなかった私が……」
「ふざけんな」
エンリのまるで独り言の様なつぶやきをブレインは思っていた以上に強く叩きつぶした。
「お前、自分には何の力もない。何の能力もないお荷物だって考えてるだろ。はっきり言っておくがそんな奴には俺もハムスケもグも付いて行きやしねーよ」
「え?」
「お前には才能がある。兵を率いる才能だ。お前の指示は的確だし、お前に指示を受けると自分の思っている以上にうまく体を動かせる。なんというのかな。カリスマがあるんだ」
「カリスマ…」
エンリはブレインが言っていることが信じられなかった。いや、薄々自分でも気が付いていたのだろう。それでも明確に変わるのが怖かった。あの生まれ故郷のカルネ村で、生活は大変だったけども温かい家族があった。そこで暮らしていたエンリ・エモットという村娘から完全に変わってしまうのが怖かったのだ。
「もう自分を偽るのはやめろよ。自分をただの村娘だって思うのはやめろ。俺はただの村娘に付いて行く気はさらさらねぇ。俺達は血塗れのエンリに付いて行く仲間だ。お前の、新しいお前にできた新しい仲間なんだ」
「……」
エンリは黙った。目をつぶればすぐに思い出せる。優しい両親を、温かな日常を。でも、今のエンリが目をつぶるとすぐに思い出す顔はハムスケであり、ブレインであり、自分の新しい部下たちの顔だ。
「ふふ」
「な、なんだよ急に笑いやがって。俺だって自分で変なことをしてる自覚ぐらい」
「違いますよ。嬉しいんです。いつの間にか新しい家族ができていたことが。いや、内心気づいてはいたんです。ただ、両親と本当の意味でお別れしてしまうようで怖かった」
エンリの顔には笑顔が浮かんでいた。それは今までに彼女が一度も浮かべたことのない種類の笑みだった。
「そうか、そうですよね。私は新しくできた家族達の長、団長ですもんね。ふふ、そっか、そうだよね」
その笑みはかつてカルネ村の生き残りを助けるために自らの命を懸けたガゼフのそれに似ていた。つまり、弱者を守るために自らの命すら捧げる覚悟を持った人間の笑み。この時エンリは本当の意味で団長になったのかもしれない。覚悟を決めたと言ってもいい。それが妙に嬉しいような、心地いいような、変な気分だった。
「ブレインさん。ありがとうございました」
「おう」
「私、少し変われた気がします。友達をなくして悲しかったけど、それでふさぎこむのはやめようと思います。これまでに二回味わった敗北を、もう二度と繰り返さない」
一回目は自らの故郷を滅ぼされたこと。二回目は友人を失ったこと。
「そのためなら私は覇王にだってなって見せる」
エンリはこの日さらに一歩、覇王に近づいた。
この時点でのカルネ村戦力
団長
エンリ・エモット LV14
職業レベル
ファーマーLV1
テイマーLV3
ライダーLV3
コマンダーLV3
ジェネラルLV3
カリスマ(ジーニアス)LV1
三強
ハムスケ LV33
ブレイン LV31
グ LV34
トロール×5 平均LV13
オーガ×8 平均LV7
ゴブリン×14 平均LV4
ホブゴブリン LV2
バーゲストリーダーLV10
バーゲスト×7 平均LV7
ヴォルフ×8 平均LV5
冒険者のレベル(作者の中でのイメージ)
銅級 平均LV3
鉄級 平均LV5
銀級 平均LV7
金級 平均LV11
白金級 平均LV15
ミスリル 平均LV18
オリハルコン 平均LV23
アダマンタイト 平均LV28
ガガーラン LV30
ガゼフ LV32
クレマンティーヌLV34
エンリ「それはそうと血塗れのエンリってなんですか?」
ブレイン「ナンダロウネー」