冒険者組合に置かれているソファーにて沈んだ様子でふさぎこんでいる少女が一人。つい先日、アンデッドの事件を解決したオリハルコン級冒険者、エンリ・エモットだ。しかし今の彼女の姿は輝かしい上級冒険者のものではない。
「おーい、リーダー?大丈夫か?」
「…大丈夫じゃないかもです」
数日前に起きたあのアンデッドによる事件はズーラーノーンが起こしたものであることが判明し、今も街は復旧作業のために慌ただしい。ただエンリがショックを受けてるのはそれではない。自分の親友が今も自我を取り戻せていないことが原因だった。
「しかたねえよ。あれほどのマジックアイテムを壊すのももったいない上、そもそもこの街にいる魔法詠唱者の使える魔法じゃ破壊できないほどの物なんだろう?少なくとも魔法詠唱者でもない俺らにはどうしようもねえよ」
「本当にその通りなんですけどね。まさかンフィーレアが…」
「…悲しいのか?」
「それはそうですよ!私たちはとても仲のいい友達なのに!」
「そうか(友達…ね。ンフィーレア君が聞いたら別の意味で死にそうだな)」
エンリはそのままソファーに座り直す。そしてこのままここで悩んでいても仕方がないと気持ちを切り替えた。
「仕事しますか?」
「おお、そうだった。ほいこれ」
ブレインがエンリに手渡したのは一枚の依頼書だった。しかしそれを渡されてもエンリは読まない。それどころか少し不機嫌な顔をする。
「読めないって言いましたよね?私」
「努力くらいしろよ」
「うー」
そもそもエンリは目の前にいる剣術バカが自分と違って文字を読めることが納得いかなかった。
「えっと、トブの森の調査依頼ですか?」
「そうだ。けっこう読めるじゃねえか」
「ぎりぎりですが」
ブレインの持って来た依頼書はトブの大森林の調査を頼む依頼書だ。今まで受けたことのない長期の依頼になりそうだ。ネムはリイジーに預けるとして、ポーションの補充と野宿の道具、携帯食料などが必要だろう。エンリが色々思考を巡らせているのをブレインが苦笑いで眺める。
「本当に切り替え速いな」
♦
「着いたでござるな」
「ええ、ずいぶん久しぶりな気がします。まだ二週間も経ってないのに」
「ほー、ここがカルネ村か」
野宿で一晩過ごし、たどりついたのは翌日の昼ごろだった。カルネ村はエンリが逃げるように去って行った時とほとんど何も変わっていなかった。
「ひとまずこの村を拠点に探索してみましょう」
「おう」
「了解でござる。それで姫、さっそくで悪いのでござるが」
「はい?」
ハムスケは村の一点をじっと見ている。その先にあるのは一軒の家。エンリには特に変わったところは無いように見えた。
「あの家の中、かなりの数の生き物がいるでござる。おそらくゴブリンだと思うでござるが」
「ゴブリンが?」
エンリの顔が険しくなる。自分の故郷にモンスターが棲みついているかもしれないのだから当然だ。エンリはその家に近づき、勢いよく扉を開けた。
「ナ、ナンダ!?」
「テキシュウカ!?」
「ヒガシノキョジンカ!?」
「お、落ち着けお前ら」
そこには団子のように身を寄せ合っているゴブリン達がいた。数も結構多い。十五匹はいるだろうか。エンリは眉をひそめる。ゴブリン達からはなぜか怯えの感情しか感じない。それに加えて全員怪我が多い。
そして何よりゴブリンの一匹が発した言葉が気になった。――東の巨人か!?――とはどういうことだろうか。
「私はオリハルコン級冒険者のエンリ。貴方方に聞きたいことがあります。質問にちゃんと答えてくれるのなら命だけは助けましょう」
ゴブリン達は互いの顔を見合わせ、混乱している。その中で一匹のゴブリンがこちらにやってきた。エンリはゴブリンに詳しいわけではないが、他の個体に比べて随分と若い気がする。
「お、おれはアーグだ。な、何でも話すから助けてほしい」
「そうですか。ではアーグ。最近トブの大森林の様子が変なのですが何か知りませんか?」
エンリ達の受けた依頼は最近妙にトブの大森林からゴブリン達が多く外に出てくる理由の解明だ。エンリはここにいる彼らを見て、もしかしたらゴブリンよりも強い魔獣か何かに追われることになったのではないかと予想していた。
「さ、最近起きたことと言えば勢力図が大きく乱れたこと…か?」
「勢力図?」
「トブの大森林に勢力争いとかあんのか?」
「聞いたことが無いでござる」
興味をひかれたのか後ろからブレインとハムスケ――ハムスケは大きいので顔だけだが――が入ってくる。彼らの、特にハムスケの姿を見てアーグと名乗るゴブリンが恐怖で数歩後退する。
「み、南に大魔獣が縄張りを持ってて誰も近づけなかったんだ。そこに東の巨人とそれが率いる群れが侵入して追い払った。それで今は西の魔蛇と戦うために兵隊を集めてるんだ」
「南の大魔獣?そんなのいるでござるか?」
「いや、どう考えてもお前だろ」
「なんと!?」
エンリは仲よさげに話すブレインとハムスケを無視して今の話しについて考える。東の巨人と言うのはハムスケが怪我を負う原因となった大剣を持った巨人で間違いないだろう。その巨人がハムスケから縄張りを奪った。そのためハムスケはカルネ村の近くまで逃げてきた。そして自分は救われた。つまり東の巨人は間接的に自分を助けてくれたと言うことだ。
でも、依頼を受けてる以上東の巨人についての情報はギルドに渡さなければならない。ハムスケと同格ならそう簡単に討伐もされないだろうし、それは別にいいだろう。
「とりあえずギルドに報告ですね。確かその巨人はすさまじい再生能力を持ってるんでしたっけ?」
「え?東の巨人ってあいつのことでござるか?なるほど、姫の言うとおりあいつはかなりの再生能力を持ってたでござる」
「あん?再生能力を持った巨人?」
ブレインは口元に手をやり、何事か考えている。何か思い出したかのように顔を上げた。
「それトロールじゃねえか?」
「トロールって確か白金級のモンスターですよね?ハムスケさんと同格と言うには少し弱くないですか?」
「ならトロールの上位種かもな。トロールはすさまじい再生能力を持ってるから火か酸で再生を止める必要がある。どちらの手段も持ってない俺らじゃきつい相手だな」
ブレインの言うとおり、全員が戦士であり魔法攻撃の手段を持たないエンリ達には厳しい相手だ。ハムスケの魔法も火と酸の攻撃魔法ではない。死の宝珠もそう言った系統の攻撃魔法が使えるようになるわけではない。
「……アーグ、その東の巨人は今どこにいるか分かりますか?それとどこに向かっているかも」
「俺達を追ってきてる可能性が高いと思う」
「なぜ?あなた達にそこまでの価値がありますか?」
「さっきも言ったけど東の巨人は兵隊を集めてるんだ。俺達も仲間に入れって言われた。でもあいつらの部下になっても俺達は使い捨ての兵隊だし、悪ければ非常食だ!だから断ったんだけど……」
断ったが故に仲間は後ろにいる者達しか残らなかったというわけだ。エンリは大体理解した。つまりこのゴブリン達は自分たちと同じなのだ。平和に暮らしていたのに、自分たちよりも圧倒的強者に蹂躙されてしまったカルネ村のみんなと。
「私たちはここに何日かとどまります。その間はあなたたちを守りましょう。東の巨人が来る前に逃げなさい」
「え?い、いいのか?」
「逃げ切った後、また別の強者にやられてしまうかもしれません。ですがここからは助けてあげます」
「あ、ありがとう!ありがとう!」
エンリはふぅと一息ついてから外に出る。
「すいません。勝手に決めて」
「いや、お前がリーダーだからな。それは別にかまわない」
「そうでござる。姫はそれがしの主人でござる。もっと命令してくれてもいいくらいでござる!」
「ありがとうございます」
ブレインとハムスケの言葉に、エンリは胸が温かくなる。そうだ、今の自分は決して一人ではない。仲間がいる。とても心強い仲間が。
「で、どうするんだ?」
「東の巨人の大体の強さも測る必要があると思うんです。出来れば一当たりしましょう」
「次は負けないでござるよ!」
「ええ、今度は一人ではないんですからきっと大丈夫ですよ。それじゃ」
エンリは途中で言葉を止めた。目の前にいたハムスケが毛を逆立てたからだ。今までにハムスケが毛を逆立てたのは三回。陽光聖典、ガゼフ、ブレインと出会った時の三回だけだ。つまり強敵を捕捉したと言うこと。
「来たでござる。あいつが」
「いきなりですか?空気読んでほしいものですね」
「そう言うな。すぐ事件が起きるのはリーダーの特技みたいなもんだろ」
「特技じゃないですよ!?」
ブレインもふざけながら辺りを見渡す。エンリはその様子にとりあえず鞘を収めた。確かに自分はいきなり事件が発生することが非常に多い。ブレインには詳しく話していないが、この村が帝国兵の格好をした騎士達に襲われたのもいきなりだった。陽光聖典が現れたのもいきなりだった。先日のあのアンデッド騒ぎもいきなりだった。そして今回もそうだ。
「前もって情報収集するとか大切だと思うんですけどね。それができない」
「ま、いいじゃねえか。スリルがあって楽しいだろ」
「こっちの方角から来てるでござるな。部下も連れてるようでござる」
ハムスケが指さす先はトブの大森林がある方角だ。やはりそこから来ているのか。
「アーグ!東の巨人が来たので私たちは戦ってきます。貴方達は逃げなさい」
「お、俺達も戦う!」
「…なら私と一緒に後ろで待機していなさい。ブレインさんとハムスケさんは東の巨人を優先的に攻撃してください。頃合いが来たら逃げます」
「別に倒してしまってもかまわないんでござろう?」
「まあ、その通りです。期待してます。では、行きましょう!」
エンリ達は駆けだした。エンリが内心この村を守りたいと考えていたのはハムスケにもブレインにも分かっていた。だから戦場は村の外だ。
そして村から少し行ったところでエンリ達は東の巨人との戦闘を開始した。
「獣!お前邪魔だ!」
「舐めるな!でござる!」
「はっ、こいつかなり強いな」
東の巨人は名前をグと名乗り、こちらの話を聞かずに戦闘を開始した。後ろにいる部下は一切動かさず、一人でハムスケとブレイン相手に戦っている。一対一だとハムスケもブレインも分が悪いかもしれないが二対一なうえに、ところどころでエンリの適切な指示が飛ぶためエンリ側が優勢だった。
「顔を集中して攻撃してください!後ろにいる部下に指示が出せないように!」
「おらおらー!でござる」
「本当にタフだな!こいつは!」
グが剣を大振りに振るう。ブレインとハムスケが回避のために一旦後ろに引いた。エンリ側が完全に優勢ではあるが、こちらの攻撃も有効打にはなっていない。まずい状況であることにブレインも気づいたのか大声でエンリに指示を求めた。
「ちっ、どうするリーダー!?引くか!?」
「……そうですね。いや、まってください!頭を完全に切り離すことって出来ませんか!?それでもだめなら撤退しましょう!」
「あ、頭でござるか?姫えぐいでござるな」
「さすが血塗れだぜ」
「え?」
エンリはなぜかその場にいた全員が自分に恐怖の視線を送っていることに気が付いた。あのグもなぜか自分を怖がっているようだ。理由がまったく分からない。
「何が怖いって、何が怖がられてる原因なのか分かってないことなんだよな」
「的確な問題点さらしでござるな」
「お、お前らのボスはいったい何なんだ!何の感情の変化もなく、その、うがああ!」
グは怖かった。今までグが生きてきた中で生き物を殺すことに何の感情も持たなかった奴はいなかった。全ての生き物は他の命を奪う時に必ず何かしらの感情の変化がある。それは喜びだったり、愉悦だったり、悲しみだったり、後悔だったりする。でも今後方で指示を出してる人間にはそれがまったくない。
怖い。怖い。怖い。
「ハムスケさんはまず《ブラインドネス/盲目化》を!」
「合点!」
エンリの指示に従い、ハムスケが魔法を発動させる。それはグの視界をふさぐことに成功した。そして――
「まあリーダーの命令なら仕方ねえ。おらよ!」
「尻尾攻撃でござる!」
――ブレインとハムスケの攻撃が首に叩き込まれる。ズバンッ!と大きな音を立ててグの首が地に転がる。そして少し間をおいてからグの体が地面に倒れた。
「勝った…か?」
「いや、再生してるでござる!」
「嘘でしょ?頭を吹き飛ばされても駄目だって言うの?」
ハムスケの言うとおりグは少しづつ頭を再生していった。しばらくすると頭が治りあたりを見渡す。そしてエンリを視界に納めて動きを止めた。
「ひ」
「ひ?」
「ひぃィィぃ!!」
「ええ!?」
グはエンリを見て全力で後ずさった。しかし恐怖のあまりうまく立てることができていない。腰が抜けているのだ。
エンリはそれを見て困惑する。何で自分だけがこんなに恐れられているのか。ブレインとハムスケが苦笑い気味にグと自分を見てるのが非常に腹が立った。
「ええっとー」
「う、うわあああ」
「ごほん!東の巨人よ、聞きなさい」
「ひ、や、やめ」
そんなに恐がらなくてもいいじゃないかとエンリは内心ふてくされた。でも一応言いたいことがあったのでグに語りかけることにした。出来るだけ威厳があるようなふりをして。
「今回、あなたは私たちに敗北しました。でもそれはあなたが弱かったからとか、指揮能力が皆無だったことが原因ではありません。貴方には仲間がいなかった。それがあなたの敗因です」
「……」
エンリは目をつむって思い出す。カルネ村で起きた悲劇。生まれて初めて本当の殺し合いをした陽光聖典との戦闘。ハムスケとの冒険。ブレインとの出会い。二人と一匹で力を合わせて成し遂げたズーラーノーンの野望の阻止。
「私は内心この村を守ろうと思っていました。二人はそれを読み取って私のために戦ってくれた。それが私とあなたの差です。もう私たちはあなたを傷つけるつもりはありません。逃げなさい。追撃もしないと約束しましょう」
エンリは目を開いてほほ笑む。それは非常に素朴なただの村娘だった時の笑みだった。
「あなたにも心から信頼できる仲間ができるといいですね」
「………」
エンリの語りがやんでも周りは静かなままだった。グもブレインもハムスケも他の亜人達も口を開かない。
しかしグは真剣な表情でエンリの方を見ていた。
「名前はなんて言う?」
「エンリです。エンリ・エモット」
「エンリ様!どうか俺をあなたの部下にしてくれないだろうか!」
頼む!とグが頭を地面にたたきつけて懇願する。その姿はどう見ても土下座だ。そしてこれに焦ったのは当事者であるエンリだった。なんかまずいことになってると困惑し、助けを求めて振り返る。しかし、後ろにいるブレインもハムスケも何かに感じ入ってるかのようにうなづいていて、グの行動に困惑している様子は無かった。
「リーダー。今のはかっこよかったぜ」
「グの気持ちも理解できるでござる」
まさかの裏切りである。信頼している仲間からのまさかの裏切り。エンリは一人で判断せざるを得なくなった。しかし救いの神は現れた。後ろにいたアーグ達である。
「エンリ様!俺らも部下にしてくれ!」
裏切りである。助けてあげたゴブリン達が全員まさかの土下座。まさかの裏切りである。そしてそれに触発されたようにグの配下であるトロールやオーガ達も次々に頭を下げ始めた。
「あー。分かりました!全員頭を上げなさい!」
こちらを見る亜人達の目を見てエンリは口を噤む。すごいキラキラしていたからだ。本気で自分を尊敬している視線であることが簡単に分かった。
なのでエンリは覚悟を決めた。息を吸い込み、おなかに力を込める。
「グ、よ。私に忠誠を誓うと言うのなら、あなたも私の大切な仲間です。他のものもそう。全員私に忠誠をつくすことを許します」
「おお!感謝しますエンリ様!我が一生をエンリ様に捧げます!」
「ええ、期待していますよグ」
感極まったとばかりにもう一度頭を下げたグを眺め、エンリは小さくつぶやいた。
「なんでこんなことに…」
これが後の世に名を残す最強の傭兵団―――エモット亜人傭兵団誕生の瞬間である
エンリさん本当にアインズ様に似てるなあ(遠い目)
エンリ「首を飛ばしてみたらどうでしょう(真顔で提案)」
ブレハムグ「(何言ってんだこいつ。怖い)」