覇王はどう転んでも覇王なのだ!   作:つくねサンタ

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カルネ村2

 エンリが泣きじゃくるネムを連れてゆっくりと広場に向かった時にはもう決着がついていた。

 

「すまぬでござる姫。それがしが来た時にはすでにほとんど」

 

「…いえ、いいんです。ネムと私が生き残れただけでも奇跡なんです」

 

 村人で生きているのはもうエンリとネムを入れて十人ほどしかいなかった。その他の村人と、ここを攻めてきた騎士達は全て死んでいた。エンリはネムを抱いたままただ静かにそれを見つめる。何を言えばいいのか分からないのだろう。他の村人たちも同じだ。全員何を言えばいいのか分からず、ただ茫然と死体を眺めていた。

 

「こういう時って涙も出ないものなんですね」

 

 エンリ・エモットにとってカルネ村は生まれてからの今までの人生のすべてだ。彼女の人生はこの村に集約されていた。だからこそそれが全てなくなり、彼女は今までの人生そのものが失われてしまったかのような深い喪失感に包まれていた。

 

「…死体を片付けましょうか。ハムスケさん、申し訳ありませんが手伝ってもらっても?」

 

「かまわんでござる。それがしにできることがあれば何でも言ってほしいでござる」

 

「ありがとうございます」

 

 エンリはのろのろと立ち上がる。不安そうにこちらを見つめるネムを少しでも安心させるために微笑みかけ、そして前を向いた。

 

「騎士達の死体は後回しで、まずは村のみんなを一か所に集めましょうか」

 

 普段ならちゃんと墓に埋めるのだが、今は人手も時間もない。夜になる前にやらなければ明日になるまで死体を放置することになる。エンリは見たことないが、人間の死体を放置しておくとアンデッドになることもあると聞いたことがある。

 

 まずエンリは近場から荷馬車の荷台を持ってきて、ハムスケに馬の代わりをしてもらうことにした。そして村を回り、村人たちを荷台に乗せて行く。朝に比べてはるかに力が強くなっていたが、エンリは必死に動いていたためそれに気づかなかった。

 生き残った人達には夕飯の準備を頼んだ。腹がすいては戦は出来ぬと言うが、それ以上に空腹だと前向きな気持ちになることができない。無論エンリだっておなかをいっぱいにした程度でこの喪失感や悲しみから完全に脱却できるなんて甘い考えを持っているわけじゃない。それでも少しづつでも前に進まなくてはならない。エンリはそう考えていた。

 

「…お母さん、お父さん」

 

 それでもやっぱり両親の亡骸を前にするととても悲しかった。

 

 

 村人の死体を広場に全て集めて燃やし終えたころ。ハムスケの人よりはるかに鋭い五感がこの村に向かってくる騎馬隊の足音をとらえた。

 

「姫、どうするでござるか?」

 

「私がみんなを、みんなを守らないと…」

 

 エンリは真っ蒼な顔をしてそう呟く。つい先ほど騎士に村人を虐殺されたばかりなのだ。怖いに決まっている。でもエンリは逃げることはできない。それは今この村で唯一の戦闘員であるハムスケに指示を出せるのが自分だけであるためだ。

 エンリのそれは自分に言い聞かせるためのものであって誰かに聞かせたくてつぶやいたものではなかったが、もちろんハムスケには聞こえていた。

 

「任せるでござるよ姫。それがしは今まで負けたことなどほとんどござらん!」

 

「ええ、信頼してます」

 

 ハムスケの言葉にエンリの顔に少しだけだが笑顔が戻る。ハムスケはそれを見て満足そうにうなずく。やはりこの友人には笑顔がよく似合う。

 エンリとハムスケがそんなやりとりをしている間にも騎士団は村に近づいていた。ただ、その騎士団が近づくにつれてエンリは眉をひそめることとなる。どうも武装に統一感がない。騎士と言うよりは傭兵のようだ。エンリは傭兵団を見たことは無かったが、今目の前まで近づいてきた彼らが騎士でないことには勘付いていた。

 そして困惑しているのはその騎兵たちも同じである。家が燃やされてないためにどうにか間にあったかと安堵していたのに、村の中に入って見れば巨大な魔獣と一人の少女が村の広場に陣取っている。そして広場の周りには首が取れたりひしゃげていたりする騎士達の死体が転がっている。

 困惑している騎兵たちの中から、一人の男が前に出てきた。それを見たハムスケは目を見開く。

 

「(この男…強いでござるな)」

 

 ハムスケは獣の本能とも呼べるものが警鐘を鳴らしているのを感じる。今目の前にいるこの男は先ほど殺した騎士達とは比べ物にならないほどの実力を持っている。下手したら自分と同格だ…と。

 そしてそれを感じているのはその男、ガゼフ・ストロノーフも同じだった。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである。そちらはこの村の娘か?その魔獣はいったい何者だ?それに、一体どういう状況なんだ?」

 

 ガゼフは広場を見渡す。そこには恐怖の目線をこちらに向ける村人たち。しかしその数はあまりにも少ない。そして目の前の自分にも勝る実力を持つ魔獣。ガゼフにはいったい何が起きているのか分からなかった。

 

「はい、実は…」

 

「戦士長!」

 

 

 

 

「確かにいるな」

 

 村人たちを村で一番大きな建物――村長宅だ――に避難させ、ガゼフ達戦士団もそこにいったん入る。窓を少し開けて外を見ると謎の集団が村を囲んでいるのが見える。ガゼフは着ている服、天使を召喚する凄腕の魔法詠唱者などの条件からスレイン法国の特殊部隊、六色聖典のいずれかであることを看破した。しかし、それが分かったところで事態はなにも好転しない。

 

「エンリ殿、ハムスケ殿。これから作戦を伝える。よく聞いてくれ」

 

「は、はい!」

 

 エンリはすでにガゼフに大まかなことを説明してある。ガゼフもすぐにそれを信じてくれたのでガゼフの中でエンリは強力な魔獣に気に入られただけの普通の村娘と言う認識だったのだろう。ガゼフの話す作戦にエンリは組み込まれていなかった。

 ガゼフの話す作戦は非常に単純だ。村の外を包囲する集団の目的はほぼ間違いなくガゼフである。ゆえにガゼフが囮になることで注意を惹き、その隙にカルネ村の村人を反対側から逃がす。ただ、もし全ての敵がガゼフに食いつかず、カルネ村から脱出する村人たちの方に向かったらそれを撃退してほしい。単純だが村人たちの生き残る確率は高い効率的な作戦だろう。しかし…

 

「すいませんが拒否させていただきます」

 

 エンリには納得いかなかった。ゆえにエンリは真正面からガゼフの目を見て、その策に乗ることを拒否した。そのあまりに無礼な態度に戦士団が色めき立つ。

 ガゼフももちろん驚いていた。目の前の普通だと思っていた少女が自分の様な厳つい戦士に真っ向から意見してきたのだから当然だ。ただ同時になぜこの娘が伝説にも残る森の賢王に気に入られたのか分かった気がした。

 

「ほう、何が理由だ?」

 

「外にいる連中の狙いが戦士長殿の命なんだとしたらただやみくもに突っ込むのは愚の骨頂だと思います。向こうには戦士長殿を確実に仕留める秘策がある可能性が高いですし」

 

「なるほど…」

 

 エンリのその意見には皆感じるところがあったのだろう。周りの戦士たちも、ガゼフも黙り込む。沈黙が降りる中、ガゼフは目の前の少女に懸けてみる気になった。

 

「では、エンリ殿はどうするべきだと考える?」

 

 そのガゼフの質問に今度はエンリが驚く。まさかただの村娘に策を聞いて来るとは思っていなかったのだ。うつむいてしまったエンリにガゼフはなるべく怖がらせないように気をつけながら口を開く。

 

「私は君の意見を聞いてみたい。素っ頓狂な策でもいい。聞かせてくれないか」

 

「…はい」

 

 エンリは前を向き、自分の中にある全員が助かる可能性が最も高いと思われる策を話す。それを最後まで聞いたガゼフはにやりと笑う。それはとても獰猛な笑顔だった。

 

「いいな、それでいこう」

 

 

 日が沈みかけた草原にたたずむ異様の集団。彼らは全員が天使を召喚することができる凄腕の魔法詠唱者である。これほどの魔法詠唱者の集団をそろえるのは非常に難しいことだ。少なくとも魔法詠唱者の立場が低いリ・エスティーゼ王国では到底不可能な話である。

 そんな凄腕が集まったスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典隊長のニグンはこちらに向かってくる戦士の集団を確認した。先頭にいる男は今回のターゲットであるガゼフ・ストロノーフに間違いない。

 

「獣が餌にかかったな。全員戦闘準備。ガゼフ・ストロノーフを抹殺する」

 

 ニグンのその合図とともに周りを固める魔法詠唱者達が天使を召喚する。それに合わせニグンも自らが召喚できる最高位の天使、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を召喚する。この天使は視認する自軍の防御能力を若干だが引き上げることができる。

 

「隊長!あれを見てください!」

 

「なんだ?」

 

 隊員が少し慌てるように指さす先には白銀の大魔獣がいた。なぜか背中には戦士ではなく少女を乗せている。村娘だろうか?なんにせよ計画にはなかった異分子であることに変わりはない。あれほどの大魔獣に邪魔をされればあれを使わざるをえなくなる可能性もある。ニグンは自らの懐にしまわれている至宝を服の上から撫でる。

 

「ガゼフが二人いると思って対処に当たれ。あれだけの大魔獣だ。決して油断するなよ」

 

「は!」

 

 隊員が離れて行くのとほぼ時を同じくしてガゼフの放った矢が隊員の一人にあたった。だがもちろん魔法による防御を張っているためダメージは無い。それを見たガゼフは弓を捨て、剣を抜いた。効かないのだからその判断は間違っていないだろう。

 

「敵に突進攻撃!そしてそのまま離脱する!」

 

「「「了解!!」」」

 

「なるほどな。おい、ガゼフ・ストロノーフを行かせるな」

 

 ニグンはすぐさまガゼフの狙いを読み取った。と言うよりもガゼフ達の行動は数ある予想の中の一つにすぎない平凡なものだったからだ。村の生き残りを守るためにこちらの気を引き、村人たちを逃がす。雑だが大筋はそう間違えていないだろう。事実ガゼフはこちらに向かって突撃してきている。

 だからこそまずはガゼフの(あし)を狙う。

 

「くっ」

 

 ガゼフは魔法によって驚いた馬から振り落とされた。しかし振り落とされたガゼフに手を差し出す者はいない。そのことを疑問に思うよりも先に戦士たちは包囲網を突破していった。

 

「かなわないと見て部下だけは逃したか?まあいい。我々の目的は貴様なのだからなガゼフ・ストロノーフ」

 

「ふっ、舐めるなよ」

 

 おかしい。ニグンは妙な不安感に襲われた。目の前にいる男からは不安や恐怖をそれほど感じない。無論ガゼフほどの戦士だからそれを表に出すことは無いだろうが、なんか変だ。そう、目の前の男から余裕を感じられるのだ。何か策があるのか?

 

「ハムスケさん!」

 

「任せるでござるよ!」

 

「ぐあっ!」

 

「がぼぁ」

 

「なに!?」

 

 右翼側の隊員の悲鳴が上がる。一人は先ほどの大魔獣の前足による一撃で体を押しつぶされ、返す爪でもう一人の頭がはじけ飛ぶ。殺された隊員の天使たちがいないところを見ると天使も一緒に殺したということか。

 いつの間にあの位置まで移動していたのか知らないが、大した隠密だ。

 

「一人と一匹でかかれば我々に対抗できるとでも?天使たちを仕掛けろ!」

 

 ニグンは自信にあふれた声で命令を出す。その声に従って炎の上位天使達が一斉にガゼフと白銀の大魔獣へと殺到する。

 

「いくぞっ!」

 

「ハムスケさん!」

 

「しっかりつかまってるでござるよ、姫!」

 

 戦闘が始まった。しかし疲れもせず、倒されても再召喚が可能な天使たちと比べて、ガゼフとハムスケの体には確実に疲労がたまる。ハムスケは尻尾による迎撃をメインとしたためそうでもないが、体全部を使い、武技まで発動させているためにその疲労は著しい。

 

「ふ、よく耐えたと言うべきだろう。ガゼフ・ストロノーフに集中して攻撃を叩き込め」

 

 魔獣の上にまたがる少女は先ほどから指示しか出していないことを考えるにあの魔獣を使役しているのだろう。ただし本人の戦闘能力は大したことないだろう。となると戦力は二つ。その二つしかない戦力のうち片方が潰れればもう一方が潰れるのは時間の問題だ。

 ニグンの現状把握は完璧だった。いや、この状態では完璧だった、と称するべきか。しかし一つ間違えがあった。それは戦闘のすえに両者が求める目的の差。

 

「ハムスケさん!」

 

「了解でござる!」

 

 ニグンはガゼフの殺害が目的だった。

 ガゼフは村人を助けるのが目的だった。

 エンリは全員を生存させるのが目的だった。

 

 ニグンは読み間違えていた。ガゼフを馬から落としたことで、ここが互いを殺し合う戦場に変わったと思いこんでしまった。でも違う。

 ガゼフとエンリにとってこの戦いは最初からこの時までずっと撤退戦だったのだ。

 

 ハムスケが本気で走りだす。そこにガゼフが飛び乗る。そしてニグンには目もくれずに全力で逃走を開始した。

 

「な、に?」

 

「これでも喰らうでござる《チャームスピーシーズ/全種族魅了》!」

 

「な、くそ!」

 

 ハムスケが陽光聖典のそばを通る瞬間に魔法を発動させる。ニグンは抵抗に成功したが、隊員は抵抗に失敗したものがちらほらいる。それらを魔法で元に戻し、馬で追ったとしてもあの大魔獣の足には追いつけまい。

 初めからこれが狙いだったのだ。今まで一切魔法を使わずにおいたのも、尻尾のみで天使を迎撃していたのも全てこの一瞬のため。もう最高位天使を召喚したところで間に合うまい。

 

「くそったれがあああ!!」

 

 ニグンの悔しさと怒りを混ぜられた咆哮が夜の空に響いて消えた。

 

 

 

 まだ全速力で大地を駆けるハムスケ。ただもうあの魔法詠唱者達の姿はどこにも見えなかった。作戦成功と言っていいだろう。

 

「エンリ殿、もう速度を落としても大丈夫だろう」

 

「そ、そうですか!ハムスケさん。少し速度を落としてもらえますか?」

 

「了解でござる」

 

 ハムスケは少し速度を落とした。エンリとガゼフが普通に会話できるくらいの速度だ。それでもまだ馬より速い。

 

「本当にありがとうエンリ殿。貴殿のおかげで私も助かった。あのまま普通に突撃していたら私は死んでいただろう」

 

「いえ、みんな助かってよかったです」

 

「(本当に大したものだ)」

 

 ガゼフは目の前で恐縮して縮こまる少女を見て心の底からそう思う。先ほどの陽光聖典との戦闘は少女の計画通りに全てが進んだ。ガゼフが馬から落とされ、天使で攻撃を仕掛けられ、そして最後の離脱まで。少女の計画とぶれたところなど一つもなかった。

 ―――馬に乗って突撃すれば落とされてから殺されます。かといって最初からハムスケさんに乗っていては村のみんなが逃げる時間を稼げません。ならば途中まで戦い、それから逃げるべきでしょう。―――

 

「エンリ殿、今回のお礼は必ずさせていただく」

 

「…なら村のみんなのこれからの生活の補助もお願いできますか?」

 

「当然だ。それとは別に必ずお礼を払わせてもらう」

 

「そうですか…」

 

 エンリの声には覇気がなかった。村を失い、他の生き残りのみんなを支えるために気丈にふるまってきたが、無事に生き残って気が抜けたのだろう。それに加えてこれからの指針が無く、どうすればいいのか分からないのだろう。

 

「エンリ殿はこれからどうするつもりだ?」

 

「エ・ランテルには知り合いがいるのでその人を頼ろうと思っています」

 

「エンリ殿は…いや、冒険者になってみないか?」

 

 ガゼフは国に仕えてみないかと提案をしようと思った。しかし村を救えなかった国の重鎮である自分がそんな提案を出来るわけがない。ゆえに冒険者を進めたのだ。なにせエンリにはハムスケがいる。とてつもなく優秀なテイマーとして活躍できるだろう。

 

「それは無理です。だってハムスケさんとはこれでお別れですから」

 

「そうなのか…」

 

「そんなことないでござる!」

 

 エンリの暗い返答を論破したのは今まで黙っていたハムスケだった。

 

「それがしは今までも先ほどの戦いもとても楽しかったでござる!今までやったことのない経験をして楽しかったでござる!だから姫に付いて行きたいでござる!」

 

「ハムスケ…さん」

 

「ふふ、まさしく種族を超えた友情だな」

 

 エンリは震えていた。その震えは先ほどまでの様なマイナスの感情から来るものではない。希望を見つけた人間の震えだ。

 

「私は、冒険者になろうと思います」

 

 この日、エンリは自らの人生というレールを自らの意思で切り替えた。

 

 

 

 

 

 

現在のエンリさん

 

エンリ・エモット LV8

職業レベル

ファーマーLV1

テイマーLV3

ライダーLV2

コマンダーLV2

 

備考

途中からハムスケが全力で走っても落ちなくなったのはライダーの職業(クラス)によるものです。

 

 




次回、エ・ランテル編
エンリさん冒険者になるの巻

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