感想が80件に到達ました。皆さん本当にありがとうございます。感動で涙が止まりません。
前回の顔剥ぎ事件から一カ月たってます。
帝国領、東の巨人であるグの支配下だったあたりの森を左に見ながら、一台の馬車が走る。馬車を曳いているのは大魔獣、森の賢王ハムスケ。彼女の曳く馬車はかなり大型のもので、屋根がない。それも当たり前だ。これはトロールなどの大型の亜人を運搬するためにリイジーが考案した品物なのだから。
「皇帝に呼ばれるなんて本当に緊張しますね。私今まで貴族の人ってラキュースさんしか会ったことないんですよね」
「俺は何度かあるが、それでも皇帝は緊張するな」
現在エンリはカルネ村トップ3であるグ、ハムスケ、ブレインを連れて帝国の首都、帝都アーウィンタールに向かっているところである。目的は皇帝ジルクニフと話をすること。その結果次第では冒険者をやめるかもしれない。
「何でブレインさんは冒険者でなくなったとしても私に付いて来てくれるんですか?」
「あ?ああー、そりゃあ俺はお前のこと嫌いじゃないし。それに計画通りに進めば俺はガゼフとやれるんだろ?」
「ええ、計画通りに全て進めばブレインさんはガゼフさんと戦えます」
エンリはすでに村人全員を集め、自分の考えた作戦を語っている。そして自分に従えないものは村を去るようにと言った。手切れ金も十分に渡すし、エ・ランテルまで護送もすると。
そのエンリの問いかけに一番最初に答えたのは移民として村にやってきた男だった。何の技術も持ってない農民の男であり、カルネ村では農作業が仕事であった。そんな村の中でもトップレベルに弱い彼が一番に叫んだ。――そんな恥知らず俺が殺してやる……と。しかしエンリがその男の気迫にのまれる中、それに呑まれるものは一人もいなかった。全員が当たり前だとその男に返し、カルネ村からいなくなったものは一人もいなかった。
「あの時はちょっと泣いちゃいました」
「俺らはみんな団長を信頼してるってことだ」
「我らを率いてくださる団長に付いて行くのは当然のこと。それに団長の計画は勝率がすさまじく高い。帝国とうまく交渉できればほぼ確実に勝てる戦いだ」
そう、エンリの計画は完全に勝ちが決まっている戦だ。不安要素もないこともないが、この前の顔剥ぎの時と同じくらいの勝率と言えば分かりやすいだろう。
「ま、今から不安に思っても仕方ないだろ」
「そうなんですけど……」
「結構上から目線で交渉するんだろう?」
「舐められていいことないんで」
そう、こちらが下手に出ての交渉ならエンリもここまで嫌がりはしない。しかし、今回の交渉はそういうものではないのだ。こちらが帝国に手を貸してやる。そういう交渉なのだから。
「はぁ、不安だな。無礼打ちとかされたらどうしよう」
「こっちも無礼打ち返ししてやればいいのでは」
「あ、確かに」
「(納得しちゃうのか)」
グの狂ってるとも言える意見にエンリは普通に納得する。そして何を怖がることがあると不敵な雰囲気を醸し出した。完全に交渉しに来た人間の態度じゃないが、本当の意味でエンリっぽくなってきたのでまあいいかとブレインは何か言うことは無かった。
「さすが団長」
「あたりまえだ。団長は最強だ」
ある意味平常運転である。
そしてハムスケ車は帝都へ到着した。皇帝からの招待状を門番に見せると、慌てて伝令を飛ばす。そして割とすぐに迎えの騎士が来る。その先頭を歩く騎士を見てエンリは少し驚く。結構強い。ブレインほどじゃないが、オリハルコン級かそれ以上。
「ようこそいらっしゃいました。私の名前はニンブル・アーク・デイル・アノック。皇帝陛下より四騎士の地位をいただいております。長いのでニンブルとお呼びください。」
「これはご丁寧にありがとうございますニンブルさん。私はエモット亜人傭兵団団長、エンリ・エモットです。一応アダマンタイト級冒険者です。後ろにいるのは私の配下です。右からグ、ハムスケ、ブレインです」
三人が紹介された順に頭を下げる。それを見て、ニンブルは体が震えるのを自覚する。どれも決して自分では勝てないことが分かったからだ。ブレインは四騎士の四人がかりだったら勝てるかもしれないが、他の二匹は絶対に勝てる気がしない。
「震えてらっしゃいますよ」
「!?い、いえ何でもありません」
そしてニンブルが一番怖かったのは目の前の少女の雰囲気である。こちらは帝国の重鎮であり、戦力差があってももう少し怖れを感じてもおかしくない。しかしこの少女からそんな気配は一切ない。容姿は普通の少女にしか見えない、浮かべている表情も普通だ。なのに雰囲気はまるで覇王のそれだ。
「そ、それでは城までご案内します。皇帝陛下も楽しみにされていましたので」
「そうですか、楽しみですね」
エンリは笑顔を浮かべる。それはやはり普通の少女の笑顔だ。しかし村娘状態でも覇王の圧が抑え切れていない。
そして、エンリはついに皇帝ジルクニフに謁見した。ブレイン、ハムスケ、グも一緒である。エンリは自然体だった。ブレインたちも特に緊張した様子は無く、後ろで待機をしている。
「ようこそいらした。私はすでにあなた方の名前も把握してるが、出来ればあなた方の口から聞きたい。構わないかね?」
「ええ、その程度でしたら。ではまず私から自己紹介をさせていただきます。私はエモット亜人傭兵団団長、エンリ・エモットです。後ろは右からトロールキングのグ、森の賢王のハムスケ、副団長のブレインです」
三人は頭を下げる。しかしそれは先ほどニンブルへ向けた軽い会釈とは違い、深いものだ。
「私はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。長いのでジルクニフで結構。エモット殿とは一度会って話してみたいと思っていたのだよ」
「ええ、私もです」
まずは互いの自己紹介から。エンリもジルクニフも互いに笑顔を浮かべている。まだお互い手札を全く切っていない状態であり、余裕を保っている。この余裕が保てなくなった方が負ける。これはそう言う戦いだ。
「このような堅苦しい場ではなく、もっと落ち着いた場で話したい。早速だが部屋を移ってもいいかな?」
「皇帝陛下がおっしゃるのであれば是非もありません」
エンリがこの一カ月でどうにか身につけて来た礼儀作法を使いながらジルクニフに頭を下げる。そんなエンリにジルクニフは笑いかけた。それは普通の少女であれば惚れてしまいそうなさわやかな笑みだったが、鉄壁鈍感娘のエンリには全く効いていなかった。
「(さすがはアダマンタイト級冒険者と言ったところか。まったく動じないとは)」
「(礼儀作法って窮屈で本当に嫌だな)」
帝国の賢帝ジルクニフとカルネ村一の鈍感娘エンリの最初の掛け合いは不発に終わった。
「では場所を変えようか」
ジルクニフが先頭を歩き始め、護衛の四騎士、秘書官、そしてエンリ達が続く。着いたのはそこそこの大きさの会議室だった。ハムスケやグも問題なく入れる大きさである。
「それでは改めて、帝国へようこそエモット殿」
「ありがとうございますジルクニフ様」
ジルクニフの言葉にエンリは深々と頭を下げる。しかし後ろに立っている三人は頭を下げるどころか身じろぎ一つしなかった。
「(謁見の間でなければ頭を下げることすらしないのか。トロールに至っては完全にこちらを見下しているな。しかし団長であるエモットは頭を下げた。さて、これはどう解釈するべきか)」
「実は今回はジルクニフ様に御相談があるのです」
「ほう、相談ですか?」
ジルクニフは今回エンリが帝国にいる間にとにかく何か一つでも恩を売っておきたかったのだ。エンリの率いる傭兵団は強者揃いであることはフールーダの魔法で分かっていた。問題はその戦力が帝国と王国の国境近くにあること、そして
エモット亜人傭兵団はその全容が全く明らかになっていない。フールーダの魔法でさえ強者が多くいることくらいしか分かっておらず、何がどの程度いるのかは分からない。なのでもしエンリの部下らしきものが暴れても言い逃れがたやすいのだ。
「実は今私はトブの大森林の支配に王手をかけている状態でして、手を出されたくないのです」
ジルクニフの思考は一瞬止まった。そして再び再起動する。目の前の娘は今まで王国も帝国も成し遂げたことがないことを成し遂げる直前までいってると言ったのだ。
「それはあとどれほどで?」
「完全掌握まであと半年と言ったところでしょう」
エンリのこの言葉に嘘は無かった。いや、エンリは今回嘘を一回も吐くつもりはなかった。吐かなくても十分ジルクニフを翻弄できる自信があったからだ。
「エモット殿はどう考えているんだ?今まで何も考えなかったわけでもあるまい」
「いくつか考えては来ています。それをジルクニフ様に選んでもらうか、さらに御助言をいただきたいと思っておりまして」
エンリは自分の考えを素直に話す。自分達はトブの大森林で取れるものを輸出し、森では手に入らないものを輸入するのが目的である、と。
ジルクニフはそこまで聞いて内心笑みを浮かべた。それはこちらからお願いしてもいいくらいだ。それにエンリの言うことが正しいなら今後トブの大森林から出てくるモンスターの脅威におびえなくていい。
「私たちには三つの道があると考えています。一つ目は帝国が私達と手を取り合う道。二つ目はこのままお互い手は貸さず、今回の件はすっぱりと忘れる道。そして最後に私達を裏切って叩きつぶされる道です」
ジルクニフは背中を冷や汗が伝っていくのを感じた。目の前の少女は当然のように、何のためらいもなく帝国を敵に回すこともあり得ることを告げて来たのだから当然だ。ジルクニフの周りにいた者たちもあまりに大胆不敵な発言に驚いて言葉も出ない。
「ずいぶんと自信があるのだな」
「一応言っておきますが脅しとかではないですよ?ただ事実を言っただけです」
「(だから怖いんだよ!)」
エンリが苦笑いで言うその言葉こそが怖いとジルクニフは心の中で叫ぶ。ジルクニフが目をやるとエンリの後ろにいたブレインもあきれた様な顔をしている。トロールは嬉しそうにうなづいていたが。獣はよく分からないので除外する。
「私としてはぜひとも一番目の道を選ばせてもらいたいところだ。しかしながら君たちの本当の実力を知りたい。普通のアダマンタイトとは違うと言うことを示してほしい」
「如何様に?」
「私の自慢の四騎士とやり合うと言うのはどうかね?」
エンリはさっとジルクニフの後ろに立つ四騎士達を見る。そして少し落胆したような表情を浮かべた後、あっさりと言ってきた。
「ジルクニフ様、四対一なら受けましょう」
「……それはそちらが一かね」
「当然です。ガゼフよりも弱い戦士では私の後ろの誰にも勝てません」
それは先ほどと同様ただ事実を言っているのだろう。ジルクニフはじっとエンリを見つめるがその瞳に虚言を吐いた者が浮かべる色は無い。
「ハムスケさん、お願いします」
「それがしでござるか?」
「ブレインさんだとさすがに四対一では勝てませんし、グだと強すぎです。ハムスケさんだとちょうどいいでしょう」
「確かにそうでござるな。任せるでござる。それがしが姫に勝利を捧げるでござる!」
「あ、そんなに意気込まなくてもいいですよ」
エンリが気合が入りすぎたハムスケをどうどうとなだめる。
「それでは訓練場に移動しようか」
ジルクニフの言う通り、訓練場に移動したエンリ達。訓練場には誰も居らず、完全に貸し切り状態だった。エンリがあたりを見渡す。カルネ村の訓練場とは違い、色々な道具が転がっている。カルネ村の訓練場は完全にただの草原なので当たり前なのだが、カルネ村の訓練場しか知らないエンリからすると珍しかった。
「では始めようか」
「はい。ハムスケさん、殺さないように。あと魔法も使用禁止で腕落としたりもなしで」
「了解でござる」
四騎士達とハムスケが構える。四騎士達はハムスケと自分たちの力の差が分かっていた。全員でかかっても勝負にもならない可能性が高い。そしてそれは現実となった。
「遅いでござる《両腕剛撃》」
「ごはっ!」
「はあ!」
「《流水加速》!」
ハムスケは尻尾と魔法を使わなくて三対一で互角だった。不動はハムスケの必殺技である「尾鞭一閃」で一撃でノックアウトして、そこからは尻尾縛りもありで互角だ。
「そこっ!」
「甘いでござる!《外皮強化》《外皮超強化》」
「くっ、硬え!」
まともに攻撃が当たることも何度かあるが、ハムスケのただでさえ硬い毛皮をさらに武技で強化されているためかすり傷すら与えられていない。
「もういい!充分だ!」
ジルクニフが戦闘終了の指示を出す。その掛け声に反応して三人と一匹が戦闘態勢を解く。ハムスケはまだまだ余裕だが、三人は息がかなり荒くなっている。
「エモット殿、よく分かった。彼一人でも十分すぎるほどの戦力になるだろう」
「ええ、しかし今回貸し出すつもりなのは彼ではありません。まあ、こちらの戦力もよくお分かりになりましたでしょう?交渉とまいりましょう」
「ああ、そうしよう」
エンリと向き合って話すジルクニフは両肩に重圧が乗っているのを自覚した。ハムスケは明らかに手加減をしていた。魔法に加え、途中からは尻尾での攻撃もしていなかった。
「(四騎士を同時に相手にするのはあのガゼフであっても難しいのに、ハムスケ殿は完全に手加減をして圧倒していた。……とんでもない集団が現れたものだ。激動の時代になるな)」
ジルクニフはこれから来るであろう時代に思いを馳せた。そして目の前にいるエンリを見てばれないように溜息を吐く。
「覇王エンリ、か」
「はい?どうしました?」
「いえ、なんでも」
エンリ・エモット LV23
ファーマー LV1
テイマー LV4
ライダー LV3
コマンダー LV4
ジェネラル LV4
カリスマ(ジーニアス) LV4
ハイ・エンペラー(ジーニアス) LV3
終わりが見えてきました。あと四話くらいで完結かな。まあ後日談で十話くらい書けそうですが
そして新しい小説を書くことを考えています。またオーバーロードです。
………また、エンリが主人公かもしれません