夜、人気のない道を一人の女が歩く。彼女はアダマンタイト級冒険者、ラキュースだ。今はおとり役としてヴァンパイアを釣ってる作戦の最中だ。周りには魔法で気配を隠した血塗れのメンバーと蒼の薔薇のメンバーが待機している。他の冒険者たちは他の場所の警護にあたっている。
「来るのかね」
「一度狙った獲物に再び食いついたことを考えれば可能性は高いですね」
あのヴァンパイアはラキュースとの戦闘になる前に襲っていた女性をもう一度襲ったことが調査で判明している。つまり一度喰いついたラキュースにもう一度食いつく可能性は高い。
「あのときのラキュース殿は怖かったでござるな」
「ラキュースさんは優しい人ですからね。許せなかったんでしょう。無論私もむかっ腹ですが」
「団長をキレさせた奴はほぼ確実に死ぬからな。ヴァンパイア終わったな」
ブレイン、エンリ、ハムスケが小声で会話している間も口を一切はさまない者がいた。グと蒼の薔薇のチームだ。グは自分と同格かもしれない敵との戦いに備えて集中力を高めている最中だし、蒼の薔薇の面々はラキュースが心配ではらはらしてる。特に心配してるのはイビルアイだった。
「ヴァンパイアの強さがエンリの言う通りなら間違いなく魔神級だな」
「そう心配すんなよ貧乳仮面。大丈夫だって」
「誰が貧乳仮面だ!」
「イビルアイさん声が少し大きいです。それにブレインさんもそんなこと言っちゃだめですよ」
「いや、これお前が……何でもない」
「……ヘルプに入ったつもりなんだろうが、お前のせいだからな」
「はい?」
エンリはお酒が入った時のことは覚えていない。イビルアイを五秒で落としたことも蒼の薔薇を全滅させたことも覚えていないだろう。だから不思議そうにブレインとイビルアイの顔を見比べる。
「おい!あれ、そうじゃないか!?」
ガガーランが叫ぶ。器用に小声でだ。エンリ達がガガーランの指さす先を見るとヴァンパイアがいた。ゆっくりと後ろからラキュースに忍び寄っている。
「うわー、バカだ。本当にかかりやがった」
「計画通りイビルアイさんがラキュースさんの元へ。グは後ろからヴァンパイアを挟撃。他の人達は側面からヴァンパイアが逃げないように」
『了解』
イビルアイが転移系の魔法でラキュースの元に移動する。いきなり現れたイビルアイにヴァンパイアが驚く。しかし何かしようとしてももう遅い。側面はすでにそうそうたるメンツで囲まれ、後ろからはグだ。
「《疾風走破》」
グが武技を発動させて一気にヴァンパイアに攻め込み、戦いが始まった。グの剣が火を帯びる。グの装備はフレアドラゴンの素材をもとに作られた魔法の武器防具である。剣は火属性ダメージを相手に与える効果があり、防具の方は火属性と氷属性のダメージにある程度の耐性を与えてくれる。
昼間の戦いと違い、有利なのは圧倒的にこっちだ。周りからグとイビルアイに補助魔法が飛ぶ。
「《ペネトレートマジック/魔法抵抗難度強化》《クリスタル・ダガー/水晶の短剣》」
イビルアイの防御突破を込めた純粋な物理系魔法がヴァンパイア――顔剥ぎの足を抉る。そしてその間にグは自らをさらに強化する。
「《能力向上》《能力超向上》」
グにハムスケの様な必殺技は存在しない。一撃一撃が十分にすさまじいからだ。ハムスケがブレインタイプの戦士だとしたらグはガゼフタイプ。武技を組み合わせたりはせずに、単純な一撃を好む。
「《神技一閃》!」
グの放った一撃が顔剥ぎに直撃して吹き飛ばす。そこにさらにイビルアイの拘束魔法《サンドフィールド・ワン/砂の領域・対個》が発動し、動きを封じる。
動きが止まってしまえばこちらのものだ。グは自らの放てる最高の攻撃を繰り出す。その技は相手が動いていると全て当てるのが難しい武技、《四光連斬》。ブレインやハムスケのように《領域》が使えれば動いている相手にもあたるのだが、あいにくグに《領域》は使えなかった。しかし動いていないのなら話は別だ。
「《四光連斬》!」
四つの剣の斬撃が顔剥ぎに吸い込まれていく。その一撃は顔剥ぎの体力を著しく削った。
「がああああああくあおおあがががが!!」
拘束魔法から逃れた顔剥ぎが悔し紛れに防具の隙間に貫き手を放ってくるが、グの体に少し傷を付けるだけで終わった。そしてその程度の傷はトロールの再生能力によって即座に治る。
「このまま単純なミスに注意して倒しましょう!」
「了解!《流水加速》《神技一閃》ふん!」
もうすでに顔剥ぎは風前のともしびだ。自分よりも強いのを二体同時に相手にしていながら、魔法による強化を一切させてもらえない連激の嵐。
「終わりだ!《クリスタル・ダガー/水晶の短剣》」
顔剥ぎはそのまま大した抵抗もできぬまま、イビルアイの放った魔法で倒された。
静寂が降り、みんながみんな顔剥ぎの死体を眺める。そんな中でグがエンリの元まで歩み寄り、平伏した。
「団長、計画通り終わらせました」
「……はい。完璧でしたよ」
「…おお!勝ったな!?」
「昼間の借りは返してやったでござる!」
「うおっしゃあああ!」
「やった」
「ぶい」
みんながいっせいに勝鬨を上げる。エンリも素直に喜んでガッツポーズを決めた。しかし、少し気になっていることもあった。
「(顔剥ぎはどこから来たのかな?突然現れるような弱いモンスターじゃないと思うんだけど)」
そんな疑問が頭をよぎったが、すぐに振り払う。何者かが解き放ったモンスターだという非常に怖い妄想を。
♦
時は少しさかのぼり、顔剥ぎが現れる30分ほど前。宿屋の屋上ではネムがエンリ達の勝利を願って祈っていた。誰も死なずに帰還しますように、と。そこに一人の男が現れる。顔が完全に隠された見るからに怪しい男だ。しかしネムはその男に対してマイナスの感情は抱かなかった。抱いたのは興味。
「おじさんここでなにしてるの?」
「…お前はなぜ祈る?ここでお前が祈っても何の意味もないだろう。結果は何も変わらない」
「そんことないよ。それに祈らずにお姉ちゃんがけがでもしたらきっとすごいこーかいするよ」
「姉がいるのか?あの討伐隊の中に」
「うん!お姉ちゃんはみんなの団長だよ!」
「ああ、あのジェネラルの娘か」
妖しい男は何かに思いを巡らせるようなしぐさをした後、思い浮かぶ相手がいたのか何度かうなづく。
「だが結局お前がやってることはただの自己満足だ」
「それでもやるの」
「なぜだ?人間と言うのは全く度し難い。まあ、そんなところは嫌いではないが」
男は小声でそうつぶやく。かなり小さい声であったが、ネムには聞こえていた。ネムはそんな男の素直じゃない態度に笑みを浮かべる。しかし、男が身を翻してどこかに行こうとすると慌てて止める。
「どこいくの?」
「別の場所へ。この街では調子に乗った六腕とか言う雑魚に面倒かけられたからな。もう去る」
「いっちゃやだー」
男は足に抱き付くネムに困惑する。なぜここまで必死に自分を引きとめるのか分からないのだろう。しかしちょっと嬉しそうではあった。
「なぜ引き留める?私の様な得体の知れないものを」
「おじさん悪い人じゃないでしょー?おはなししよう」
「話、か。別に今あったばかりのお前と話すことなどない」
「そんなことないよ!ちょっと話しただけでも人はお友達になれるんだよ!」
ネムのその言葉に男は少し身動ぎする。顔が隠れていて分かりにくいが驚いたようだ。
「……私が友達なのか?」
「うん」
「怪しいのにか?」
「うん」
「ぶっちゃけ私は人間じゃないぞ」
「うん」
「私は悪魔だ」
「ネムの友達は人間の方が少ないよ!」
ネムが胸を張って言いきる。そんなネムをみて男は少しの間黙った。
「そ、うか。お前がそう言うのなら友になってやらんでもない。しかし勘違いするなよ?私がお前の友になりたいわけではなく、お前が言うから仕方なくだ」
そわそわしながらそんなことを言う悪魔の男は嬉しそうだ。顔どころか全身が隠れているのに喜んでいると分かる。セリフも実にツンデレ的だ。
「うん!これでおじさんもネムの友達だね!そうだ、これあげる!」
ネムが取り出したのはカルネ村産の林檎だ。王都に売っているどの林檎よりも甘いそれはネムのお気に入りだ。男はそれをためらいがちに受け取る。
「ふん!もらってやろう。しかし勘違いするなよ?欲しいわけではなくお前がくれると言うから仕方なくだ」
「分かってるよー」
「本当に分かってるんだろうな」
ネムはブツブツ言いながらも受け取った林檎を丁寧にしまう男を見て嬉しそうに笑う。男はネムに笑われて少し拗ねたようだ。
「ふん、かわいいがき…じゃなかったかわいくないがきだ」
「お姉ちゃん大丈夫かなー」
ネムが不安そうに上げた声に男は我に帰る。完全にネムのペースに飲まれていたことに気が付いたのだ。
「…大丈夫だろう。お前の姉が連れていたトロールキングはLV60近かった。顔剥ぎのレベルは51だから負けることは無い。他にも仲間がいるようだしな」
「うん!お姉ちゃん強いよ!みんなも強い!」
「…尊敬してるのか?」
「うん!ネムも将来お姉ちゃんみたいになりたい」
「それはやめとけ」
即答だった。男は一瞬も考えずにネムの夢を即断した。男はネムがああいうタイプの女性になるのは嫌だった。あれはなんか怖くて嫌だと男は思った。
「お姉ちゃん優しいんだよ?お姉ちゃん村長さんなんだけど、色んな人を集めて村をにぎやかにしてるんだよ」
「ふむ、上に立つ才能があることはなんとなくわかるが。あれはカリスマ持ちだろう」
「うん、みんなもカリスマがあるってよく言ってるよ!この前もブレインが団長には絶対言えないけど俺は団長にずっと付いてく気だって言ってた」
「それ私に言っても大丈夫なのか?」
「あ」
ブレインの知らぬところでブレインの決意がばらされていたのだが、当の本人はその場にはいなかった。
「おじさんが黙ってれば大丈夫だよ!あとね、それを聞いたハムスケさんもブレインさんと同じだーって言ってね、ブレインとハムスケずっと一緒にお姉ちゃん支えようって」
「ふむ友情だな」
「二人ともすごい仲良いんだよ。でもみんなには内緒って言ってた」
「ん?じゃあお前は何でそれを知ってるんだ?」
「外でみんな聞いてたんだよー。二人とも酔ってたから気付いてなかったけどー。あ、でもお姉ちゃんは寝てたから大丈夫!」
「そうか」
少しそのブレインとハムスケという奴らがかわいそうになってきた男だったが、突然顔をはね上げた。見てる方向はエンリ達のいるところだ。
「どうしたの?」
「どうやらクエストを達成したようだな。顔剥ぎが討伐された」
「お姉ちゃん達勝ったの?やったー!」
男は飛び上がって喜ぶネムにまぶしいものを見るかのような視線を送る。そしてネムが落ち着いてから別れの言葉を言う。
「ではな。少しだけ、本当に少しだけだが楽しくもなくもなかったぞ」
「それどっち?」
「ふん、そうだお前にはコレをやろう。と、と、ともだ……おほん!知人のよしみで特別いいのをくれてやる」
「そっかー。友達のあかしだね!ネム大事にする!」
男はネムのその言葉を否定することなく、転移系の魔法でどこかに消えて行った。ネムの手の中には魔封じの水晶が握られていた。
♦
顔剥ぎを討伐したことを冒険者組合に報告した蒼の薔薇と血塗れは、血塗れが泊まっている宿屋にて祝勝パーティーを開いた。しかしお酒の類は一切なかったが。
「本当にお酒はよかったんですか?ブレインさんとか好きでしょ?」
「いいんだ。酒が置いてるとまるで因果律が操作されているかのごとくお前の元まで酒が届くからな」
「まじかよ」
「それはすごい」
「でももう一回酔ってほしいかも」
「ティア、落ち着きなさい」
ブレインが疲れたような笑みを浮かべ、ガガーランも苦虫を噛み砕いたかのような顔になる。ティアだけは頬を赤らめていたが、他の人たちもみんな似たような顔をしていた。
「転んで口に含む、隣の奴の酒を間違えて飲む、ジュースだと思って飲む、そのどれもで
「怖いな」
「怖いなんてもんじゃねえよ。ハムスケは毛がごわごわなことで怒られるし、グは忠誠心がぶっちゃけきもいとか言われる始末だ」
「鬼団長」
「鬼村長」
エンリから少し離れたところでぼそぼそと会話をする彼らを不思議そうに眺めているエンリに話しかけたのはラキュースだった。
「そう言えばエンリさんはこの後はすぐ村に帰るんですか?」
「はい。ただ、帝国のジルクニフ様から招待状が来てたので、少ししたらそっちに行くつもりです」
「ふーん、そうなんですね」
ラキュースはくいっと杯を傾け、ジュースを飲む。そしてさらに一拍置いてからエンリに詰め寄った。
「はい!?え、どういうことですか!?」
「そのままの意味ですよ?向こうの皇帝さんは中々勘が鋭いですね。いや、偶然かもしれませんが」
「…?」
エンリは何が何やらよく分かっていないラキュースを少しかわいいと思いつつも自分の考えを打ち明ける。
「私は今見定めてる最中なんですよ。どの国が一番私たちが所属して利益になるのか」
エンリの言葉はまるで上からの発言である。しかしラキュースにはそうは思えない。カルネ村の戦力は王国軍くらいたやすく殲滅できるものだった。
「私が考えている限りだと一番良いのは帝国なんですよね、交渉次第では――」
エンリは口元をゆがませる。それはまるで酒を飲んだ時のエンリのような笑みで、ラキュースは背筋が凍るのを感じた。
「私たちは冒険者をやめることになるかもしれません」
11巻に名前だけ出ていたツンデレ悪魔メフィストフェレスを出しました。こんな性格だと面白いなという一種の妄想です。
もし原作でメフィストフェレスが出てきたらこいつはまた別の悪魔っってことにしておいてください。
ネムが第十位階魔法を(一度だけ)使えるようになりました。
追記
メフィストフェレスは11巻でアインズ様が語っていた「光にあこがれる悪魔」で、善の存在に対してツンデレなセリフを吐くNPCです。
おいしい依頼や高レベルな依頼をくれることからプレイヤーの中では黒い仔山羊に次ぐ人気キャラだそうで。