覇王はどう転んでも覇王なのだ!   作:つくねサンタ

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アインズ様すらいないオーバーロード作品に果たして価値はあるんでしょうか?


カルネ村1

 まだ日の上がりきっていない午前のこと。カルネ村の近くの森に一匹の魔獣が姿を現した。白銀の毛を血で赤黒く染めた大魔獣。知る人ぞ知るトブ大森林の南の覇者。森の賢王である。

 しかし、森の賢王は縄張りから出て来ない魔獣だ。ここは森の賢王の縄張りの外であり、人間の生活圏のすぐそばだ。普通ならここに森の賢王がいることはあり得ない。

 しかし、今森の賢王には普通ではない事情があった。数日前、自らの縄張りに剣を持った巨人が現れたのだ。森の賢王は知らなかったが、その巨人は東の巨人と呼ばれる大森林三強の一匹で、森の賢王の縄張りを奪うためにやってきていた。

 もちろん森の賢王も必死に応戦した。実際剣を持った巨人の部下たちは尻尾の一振りで簡単に殺せたのだ。問題はリーダーである東の巨人である。東の巨人は何度腕を吹き飛ばされても、骨を折られても、すぐさま再生してしまった。トロールの再生能力は火か酸で阻害できるが、森の賢王にそういった攻撃手段は無い。最終的に大剣の攻撃をその身に受けて、ここまで逃げてきたのだ。

 森の賢王は身を大地に伏せ、傷が癒えるのをただじっと待つ。

 そんな彼の探知範囲に一匹の生き物が入ってきた。足音、呼吸音などから察するにゴブリンよりも弱い。その上自分にも気が付いていないようだ。その証拠にその足音の持ち主はほとんど警戒もせずに森の賢王の方へと近づいてきた。

 

「うー、どこいっちゃったんだ…ろ」

 

 藪をかきわけ、何かを探していた少女は森の賢王を見た途端絶句する。それはそうだろう。目の前にいるのは自分はおろか、王国最強の男でさえ勝てるか分からないほどの大魔獣なのだから。

 少女は腰が抜けてしまったのだろう。その場に座り込んでしまう。その少女の様子を見て森の賢王は何かする気をなくした。どう見ても自分に危害を加えられる存在ではない。お互いが無言で黙り込む。とても静かな時間が流れた。森の賢王を恐れた生き物たちが別の場所に移動していて、他の物音さえも一切しなかった。

 そしてしばらくすると少女の方も目の前の魔獣が自分を襲う気がないことに気が付いたのだろう。次第にその視線が森の賢王の様子をうかがうものに変わる。そして血で汚れた体を見て、なんとなくだが森の賢王がここにいる理由を察した。何かと戦って傷を負い、ここまで逃げてきたのだろう…と。少女はとりあえず村を襲うために来たわけではなさそうだとほっと息を吐く。目の前の大魔獣に傷を負わせられるようなのが近くにいるかもしれないのだが、さすがにただの村娘である少女はそこまで深くは考えられなかった。

 少女はゆっくりとその場を後にして村に戻る。森の賢王はそのことを気にも留めなかった。

 

 しばらくして森の賢王はまた何かが近づいて来る気配を感じた。足音から先ほどの娘がこちらに向かっていることに気づく。そして先ほど殺しておくべきだったかと少し後悔した。森の賢王は少女が増援を呼んできたと考えたのだ。しかし、聞こえてくる足音はいつまでたっても一人分だけ。他の人間はいないらしい。

 妙だと森の賢王が首をかしげるのとほぼ同時に先ほどの少女が姿を現す。その手には青い液体が入った瓶が握られていた。

 

「あ、あの、怪我してるんでしたら、これどうぞ」

 

 少女が瓶を差し出す。これには森の賢王も驚いた。少女の手に握られているのは昔人間が傷を癒すのに使っていた液体に酷似している。いや、怪我のことに触れていることを考えるに間違いなく傷を癒す液体、ポーションとやらだろう。

 

「って言っても分かりませんよね。ちょっと振りかけますね。おとなしくしていてください」

 

 そう言って少女がはた目から見ても怪我をしていると分かる箇所にポーションを振りかける。森の賢王は少女の言う通り動かなかった。少女からは悪意を感じなかったし、瓶の中の液体の匂いはやはり昔自分の前で使われた治癒の薬と似ていたからだ。

 青い液体が傷口―東の巨人にやられた場所だ―に降りかかり、痛みが消えて行く。

 

「よかった、治りましたね」

 

 森の賢王は傷口があった場所の匂いを嗅ぎ、舐め、本当に傷が癒えていることを確認する。そして少女に向き直った。もうすでに森の賢王はこの少女をただの人間とは考えていなかった。自分の傷を治してくれた、感謝すべき相手だととらえていた。

 

「かたじけのうござる。助かったでござるよ」

 

「…!しゃ、しゃべれたんですね…」

 

 魔獣がしゃべれることに今度は少女が驚く。それを見て森の賢王は少しばかり面白くなった。有体に言えば森の賢王は目の前のこの少女を少し気に行ったのだ。おもしろい人間だ…と。

 

「ええっと、もしかして森の賢王様でしょうか?」

 

「おおっ、確かにそう呼ばれたこともあるでござる」

 

「す、すごいです。本当にこんなにすごい大魔獣だなんて思ってもいませんでした」

 

 森の賢王の中で少女に対する好感度がまた少し上がる。目の前の少女には格上のものに気に入られる特技があるのだろうか?

 

「お主名は何と言うでござるか?」

 

「え?ええと、エンリです。エンリ・エモット」

 

「そうか、エンリ殿。この借りは必ず返すでござる。何かしてほしいことはござらぬか?」

 

「してほしいこと、ですか?」

 

 森の賢王はしばらくは元の縄張りには戻れない。それどころか新しい縄張りを作る必要があるかもしれないと考えていた。自分に剣を向けた巨人が自分の縄張りに侵入してきているのだから当然のことだ。

 そして、ここから離れ、別の縄張りを探しに行く前に出来ることならやってやろうと考えていた。

 森の賢王のその提案に焦ったのはエンリの方だった。ポーションをかけたのも傷が癒えればこの村に危害を加えずにどこか行ってくれるかもしれない、くらいの軽い考えしかなかったのだ。英知を感じる瞳をしているとは思ったが、まさかしゃべれるほどの高位魔獣だとは思ってなかった。そしてまさか恩返しをしてくれると提案されるとも思っていなかったのだ。

 

「え、ええっと…」

 

 だからどもってしまったのも無理はない。頭の中で色々な案が浮かぶも、すぐに消えて行く。たかがポーション一本―しかも友人が無償でくれた品だ―で大それたことは頼めない。大混乱の末にエンリが導き出したのは村のためにも家族のためにもならないような提案だった。

 

「なら私とお友達になりませんか?あ、あの、色々おしゃべりとかできると楽しいと思うんです」

 

「なんと!友達でござるか!?それがしには今まで友と呼べるものなどいなかったから新鮮でござるな!」

 

 どんな欲深い言葉が出るかと思ったらまさかの友達になろうという提案。友達という関係にかこつけて色々頼みごとをするつもりかもと思いもしたが、どうも目の前にいるこの少女は本気で言っているようだ。

 森の賢王はエンリにさらなる興味を得た。

 

「では姫と呼ぶでござる。そちらもそれがしを様づけで呼ぶ必要はないでござるよ?」

 

「ええと、では賢王さんでって、姫ぇ!?」

 

「ふむ、そういえばそれがしには名前がなかったでござる。姫に名前を付けてほしいでござる」

 

「いや、それよりも姫ってなんです!?さっきまでは名前呼びだったじゃないですか!」

 

 自分の付けたあだ名に思ったよりも面白い反応を返してくるエンリに森の賢王は自らも気づかぬうちに微笑んでいた。やはりこの少女は面白い。

 

「渾名でござるよ。女の子だから姫でござる。それよりも殿のほうがいいでござるか?」

 

「あ、いえ姫でお願いします」

 

「ふふ、では姫もそれがしに渾名を付けてほしいでござる」

 

「あ、渾名…渾名」

 

 エンリは悩む。そもそも何かに名前を付けた経験などないのだ。必死に考えるが、あまり良いと思うものが浮かんでこない。うーん、うーんと思考をめぐらすエンリの頭の中に突如として天啓が訪れたかのように、一つの名前が浮かび上がった。

 

「では、ハムスケというのはどうでしょう?」

 

「うむ!気に行ったでござるよ。それがしはたった今からハムスケと名乗るでござる!」

 

 ふぅ、とエンリが額の汗をぬぐう。ありがとう名前も知らぬ神様。なんか骨っぽかった気がするけどまあ幻覚だろう。彼女はそんなことを思いながら名前を得て喜ぶ魔獣を見る。ずいぶんと毛色の変わった友達ができたものだ。でも、それに喜びを感じている自分もいる。変な感覚だ。

 

「それではまずなにをするでござる?」

 

「あ、すいません。私洗濯の途中なんです」

 

「むむ、そうでござったか。ではそれがしも手伝うでござるよ」

 

「いや、ハムスケさんを村につれて行くわけには…」

 

 エンリとハムスケは新しい友達と一緒に歩く。その姿は将来のエンリを暗示しているように見えた。魔獣と共にある、将軍の姿を。

 

 

 

 エンリとハムスケが友となって数日が過ぎた。ハムスケが東の巨人に傷つけられた傷はもうすでに人間には到底まねできない圧倒的な回復力によって治っている。でもハムスケはカルネ村近くの森に通い続けた。それはもちろん元の縄張りには戻れないのも理由の一つではあったが、それ以上にやはり新しくできた人間の友達のことが大きかった。

 エンリは毎朝、ハムスケのところに行っていろんな話をした。それは他愛のない話ではあったけれども、だからこそ楽しかった。もちろんエンリはハムスケに聞いてみたいことがいくつもあった。その傷はどうして負ったのか、誰にやられたのか、その傷を付けた奴がこの村に危害を加えないのか。でも、ハムスケがその答えを口にしたくなかったようだったのでエンリは聞かなかった。

 

「む?」

 

「どうしました?」

 

 だが、今日のハムスケは様子がおかしい。いつもより鼻をひくひくさえ、においをかいでいるようだ。それに尻尾がゆらゆらと揺れ、後ろの気にたたきつけられている。

 

「これは…?気のせいかと思っていたでござるが、もしかして血の匂いでござるか?」

 

「え?」

 

「姫、緊急事態かも知れんでござる。血の匂いが姫の村から匂ってきてるでござる。それもかなり濃いでござる」

 

 エンリはさあっと顔が青ざめたのを感じた。血が失せるような感覚、ハムスケほどの大魔獣が言うのであれば村で血が流れているのは間違いない。早く村に向かわなくては。家族を守らなくては。エンリはそれしか考えられなかった。

 

「あ!姫!一人で行っては危険でござる!」

 

 気付けばエンリは走り出していた。自分の村に向かって。自分で走るよりもハムスケと交渉して運んでもらう方が早い。何より自分一人で行っても何もできない可能性の方が高い。しかし今のエンリはそこまで頭が回らなかった。

 ハムスケはその後ろを追いかける。血の匂いは最初かなり薄かったため、カルネ村から流れてきたものかは分からなかった。ハムスケは手負いの獣でも近づいてきたのかと警戒していたのだ。しかしだんだんと血の匂いが濃くなっていき、今ははっきりとカルネ村から流れてきていると分かる。

 それと同時にハムスケはこれが自分を傷つけた東の巨人によるものではないことも確信していた。村の方からは馬の嘶きと、金属がすれる音が聞こえる。おそらくだが人が人を殺しているのだろう。

 人ならば問題ない。自分より強い人間など見たことないし、そもそも足が遅い。逃げ切るだけなら絶対にできる自信があった。

 

「姫!それがしの背中に乗るでござる!」

 

 すぐさまエンリに追いついたハムスケがそう言うと、エンリもようやく自分が走るよりもハムスケに乗せてもらった方がはるかに速いことに気が付いたのだろう。少し苦戦しながらもハムスケの背中に乗る。

 

「しっかりつかまってるでござるよ!」

 

「お願いします!」

 

 エンリを乗せ、ハムスケは走り出した。エンリが落ちないような絶妙な速度で。

 

 

 村からそう離れてない草原を一人の幼女が走っていた。全速力で息を切らせて、それでも体に鞭を打って走る。その速度はお世辞にも速いとは言えない。現にフルプレートを着こんだ騎士が二人、幼女に追いついてしまった。

 

「おら!おとなしくしろ!」

 

「いやあ!やめて!お姉ちゃああん!!」

 

「うるさくするとここで首掻き切るぞ」

 

「おねええちゃああん!!」

 

 幼女は泣き叫び、助けを求める。父と母に助けを求めないのは彼らがどうなってしまったかを知っているからだ。だからこそ今一番自分を助けられる存在を求めて泣き叫ぶ。しかし、ただの村娘であるその姉が来ても何の意味もないだろう。騎士に殺されて終わりだ。

 

「ちっ、うるせえガキだぜ。もうこいつここで殺しちまっていいんじゃねえか?どっちにしろ村人はほとんど殺すんだろ」

 

「そうだな。手っ取り早くここで処理しちまうか。もうすでに村の方じゃ処理を始めてるだろうからな」

 

 片方の騎士が腰から剣を抜く。それは決して名剣や魔法の武器の類ではないけれど、幼女を殺すには十分すぎる武器だった。ギラリと太陽の光を反射させる凶器を見て、幼女が恐怖に顔をひきつらせる。

 そして騎士はほとんど何のためらいもなくそれを幼女に向かって振り下ろ……せなかった。それはそうだろう。その騎士は剣を振りあげた瞬間に平行に数メートル吹き飛んでいったのだから。

 

「…あ?」

 

 驚いたのはもう一人の騎士だ。今幼女を殺そうと剣を振りあげた仲間がふっ飛んでいったのだから。しかも体の至るところが変な方向に曲がっていて、完全に死んでいる。

 そして、その騎士が驚きから抜けきる前にその頭が何かによってたたき落とされた。それは鋭い爪を持つ前足だった。

 

「間にあったでござるな」

 

「ネム!!」

 

「お、おねぇ…」

 

 騎士達を殺したのはハムスケだった。さすがはトブの大森林に巨大な縄張りを持っていた森の賢王と言ったところか。まったく本気を出さず、エンリを背中に乗せた状態で騎士二人を瞬く間に殺してしまった。

 

「ネム、無事!?無事だよね!?よかった!本当に良かった!」

 

「お、お姉ちゃん。こ、こわかった、しんじゃうかとおもって、ねむ…」

 

 自分を強く抱きしめる姉の体温を感じ、ようやく危機が去ったことを理解したのだろう。ネムがエンリの胸で泣きじゃくる。ハムスケはうんうんとその光景を見て微笑んでいた。

 

「ネム、お父さんとお母さんは!?」

 

「う、うぅ」

 

「そ、っか。ごめんねネム。もう少し頑張れる?」

 

 エンリはネムを抱き上げるとハムスケに向き直る。ハムスケはエンリの目を見て少し驚いた。ハムスケの中のエンリと言う娘は優しく、平凡などこにでもいる村娘であった。もちろん平凡な村娘が大魔獣にポーションをかけたり、友達になろうなんて言うはずはないのだが、何かに秀でていたわけではないと思っていた。しかし、その像をハムスケはこの時少し修正した。エンリの目には何が何でもあらがってやると言う強い光が見えた。

 

「ハムスケさん。お願いがあります。村を助けてください!そのためなら何でも、私に払える対価なら命だって差し上げます!だから…」

 

「それ以上言葉はいらんでござる。姫、それがしにはあの村への義理などないでござる」

 

「そ、それは…」

 

 ハムスケの冷徹とも、当然とも言えるその言い分にエンリは何も言い返せない。しかし、そのエンリの様子を見てハムスケはほほ笑む。優しい娘だ、と。友人であることを前面に押し出して自分を利用してしまえばいいのに彼女はそうしない。

 

「それがしは姫の友人である。この村を助ける理由はそれだけで十分でござる」

 

「あ、ありがとうございます!ハムスケさん!」

 

「では行ってくるでござる!」

 

 ハムスケはエンリとネムを置いて全力で駆けだす。しかし、全ては遅すぎたのだが。

 

 




森の賢王の名前をハムスケ以外にするのはさすがに気が咎めたのでやめました。
ご都合展開って大事だよね!

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