東方妖精生活録 作:kokonoe
いつも通りメイド服でメイド業に勤しむ毎日が続く。数週間は経っただろうか、仕事にも大分慣れ、美鈴さんや他のメイド妖精達とも友好的な関係を築けている。
初めはほぼ無理矢理な感じで連れてこられたけど、俺はあんま気にしてない。そもそもあってないような日常だったしね。たまには忙しい日常も良いものだ。
作ってた畑や家も魔法使いのパチュリーさんが移動してくれたし、魔法の勉強もパチュリーさんがしてくれるしで大分快適にメイドライフを送れている。
強いて言うならばそれから大ちゃんやチルノ、アリスさんと遊べずにいる事がちょっと寂しい。レミリアの令により何故か基本紅魔館から出してくれないのだ。本当になんでじゃろ?
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咲夜さんに声をかけられた。なんでも人里に買い出しに行くから、それについて来てほしい、という事である。
俺は快諾して、咲夜さんにほいほいとついていくことにした。
森の道を二人して歩く。風が吹くたびに緑色のカーテンがゆらゆら揺れて、木漏れ日が柔らかく地面や若々しい草木に注がれる。枯れ葉の絨毯を歩くのは個人的にも好きなので、少しはしゃぎながら人里を目指した。
本当は飛んだ方が早いが、なんでもあまり怪しまれるような行動はしたくないらしい。現に俺も咲夜さんも着物に着替えて上からローブを羽織っている。髪の色と服装さえ隠してしまえば、咲夜さんも俺も普通の人間っぽく見えるのである。
まあ俺は羽があるから苦しかったが、そこは俺の能力で解決させてもらった。透過やら隠密やらの性質を付与して事なきを得ているという状態である。
髪の毛も色変えてるし、よっぽど親しい人間じゃないと俺だと気付きはしないだろう。
前を歩く咲夜さんのスカートの裾を掴んで、俺は首を傾げた。
「・・・?」
「今日は人里に用事があるの。それのついでに食事の材料の調達ね。後妖精メイドが増えてきたから、メイド服の材料とかも欲しいところかしら」
咲夜さんはそう言って、少し微笑んで俺の手を取った。手繋ぐんですね。完全に子ども扱いされてるけど、実際身体子どもだしそこまで気にはならない。
「・・・!」
「そうね。まあ今の時間帯はお嬢様も寝ていらっしゃるし、美鈴もいるから少しぐらいゆとりをもって行動しましょう。クロも休憩はあるべきでしょう?」
「・・・!」
おお、じゃあ今日は休憩がてら連れだしてくれたってことなのか。咲夜さん、こういう細かいところで優しいから俺は咲夜さんのこと大好きである。最初の怖いイメージは掠れてきつつある。
そういえば、と俺はふと咲夜さんに尋ねてみた。
「・・・?」
「・・・私?私はいいのよ。メイドたるもの、常に瀟洒たれ、よ。休憩なんて必要ないわ」
「・・・」
「何?その眼は」
俺はこの時、重大な事実に気が付いた。
咲夜さんって、いつ寝てるの?という事である。
俺の知ってる咲夜さんといえば、朝、朝食や掃除に精を出す咲夜さん、昼、洗濯や掃除に精を出す咲夜さん、夜、起きたレミリアのお世話に精を出す咲夜さん、そして朝・・・のエンドレスである。
あれ、咲夜さんって本当にいつ寝てるの?メイド妖精は大体夜の7時か8時には咲夜さんから無理やり寝かせられるから大丈夫としても、咲夜さんはいつ寝てるの?っていうかそもそも休憩時間とかちゃんととっているのだろうか・・・?
という事を咲夜さんに尋ねてみると咲夜さんは少し間をあけて、「あなたは気にしなくてもいいのよ」と頭を撫でてきた。そうは言われても気になるものは気になるんですけど・・・。
人里についた。
人里はザ・時代劇の町といった感じの風貌をしていた。漆喰壁に彩られた木造の建物が並び、使い古された建物や道具、通りを行き交う人々には、現代には無いどこか趣のある雰囲気が漂っている。
幻想郷の人里は、幻想郷の中で唯一人間を襲ってはいけない地域とされているらしい。最近では人里から出てこない人間が多く、更に比較的に人間に友好的な妖怪が人里を良く訪ねる事もあって、人が妖怪を畏れなくなってきているらしい。妖精にとってはあまり関係ないけれど、妖怪からしてみればそれはもう死活問題なのよねぇ、と言うのを以前ゆかりんがゴロゴロしながら教えてくれた。
「私は稗田の所で用事済ませてくるから、貴女は食材と布を買ってきて頂戴。おやつも買ってきて良いけど、程々に」
メモを渡しながらそういう咲夜さん。俺は手を振り上げて了承した。任せろ。
にしても稗田?幻想郷の色んな情報集めてるっていう稗田阿求の事だよな?咲夜さんが稗田阿求の所に、一体何の用事があるんだろ。原作でこういうのあったっけ?
「後、危ないところには近づかないように。出来るだけ人の多い場所を歩くのよ。それと怪しい人には付いていかないようにしなさい。もし何かあったら大声を…いえ、全力で逃げて、私の名前を呼びなさい。すぐに駆けつけるから」
咲夜さんが俺の頭を撫でて、ゆっくりと言い聞かせてくる。わ、分かったから。心は子どもじゃ無いんだから、そんな事言われなくても大丈夫だって。
「それじゃあ、1時間後にここで。来なかったらすぐに探しにいくから、遅れないようにしなさい」
はーい。
ちらっちらっと俺の様子を伺いながら歩いていく咲夜さんを見送って、俺は1人買い物に繰り出したのだった。
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人参、ジャガイモ、トウモロコシ。お米に豆腐に牛乳にっと。これで全部かな。
俺は買ってきた食材を持ってきていた袋(収納性底上げした一品)に突っ込んで、一息ついた。
初めてきた場所だったことも手伝って、お店の場所を探したり気になるところ散策したり遊んだりしてたらついつい時間が掛かってしまった。
いやぁ、人間だった頃に見たことも無いようなものがたくさんあったから、ついつい。今まで紅茶ばっかだったけど、今度急須でも買って緑茶でも入れようかしら。
ちなみに紅茶は香霖堂というお店で買っていたりする。お野菜持っていくと結構喜ばれるのだ。
お菓子も買ったし、そろそろ戻ろうかな。そう思い爪先を後ろに向けた次の瞬間だった。
「…!」
俺は、重大な事実に気付いてしまった。咲夜さんの待ち合わせ場所からスタートし、気になるところにとにかく突撃したりお店物色したりお買い物してたりした俺は、重大な失敗を犯してしまっていたのだ。
まあ有り体に言うと迷子になっちゃったって事なんですけどね。
ここどこだろう。つうかこんなところ通ったっけ?記憶にない。うーむ、分からん。
このままだと咲夜さんの待ち合わせの時間に遅れてしまう。以前立って寝ていた美鈴が、いきなり頭にナイフを生やして儚く倒れていった光景が頭の中をフラッシュバックする。
咲夜さん怒ると怖いから、それだけはなんとしてでも避けなくては。
俺がどうしたものかと辺りをキョロキョロしていたその時だった。
俺の背後に、大きな影が迫ってきていた。