諸行有常記   作:sakeu

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第99話 月夜の日の青年

今宵の宴は、外の世界とは違いかなり、盛大なものであった。

 

これでもかというほどに盛られた料理は、川魚や山菜などの山の幸が並ぶ。幻想郷に海がない為、仕方がないことだが、それに加え紅魔館の方からも料理まである。

 

かかるご馳走を取り囲むのは幻想郷の少女達だ。顔見知りのはずの面々だが、普段見ない組み合わせのせいか、いささか目新しいものがある。

 

幻想郷の宴会は、堅苦しいものとは、縁がない。それは俺の形すら叶わなかった挨拶で証明されている。

 

酒は萃香が選んだ、上々なものばかり。自分が作っておいて言うのもなんだが、料理も悪くないだろう。おまけに、守谷神社で行なっているお陰で、見上げれば満天の星空が広がり、絶景である。互いに注がれる酒を飲めば、たちまち賑やかに盛り上がった。

 

途中、萃香が呼んだのか、星熊勇儀が宴に加わり、場は一層盛り上がった。いや、盛り上がりすぎて、もはや、暴走に近い。

 

 

「久々の宴というのも、悪くないですね」

 

 

頰を赤く染めた衣玖さんが盃を傾けながら、言った。

 

天子は?と問う間も無く、

 

 

「総領娘様は、あそこで飲んでいます。すごく楽しみにしてましたよ?」

 

 

衣玖さんの指す方向を見れば、天子は霊夢や魔理沙達と絡み、馬鹿騒ぎをしていた。

 

苦笑しつつもコップを傾ける。中身は酒ではなく、レミリアが持ってきたブドウジュースだ。今回は主催者であり、主役ではないので自重した。

 

 

「早苗さんはどうしたんですか?」

 

 

そう問われ、衣玖さんは小さく笑い、向こうで妖夢と飲む早苗に目を向けた。2人して、ベロンベロンに酔い、泣きながら話している。

再び、衣玖さんに目線を戻せば何やらニヤニヤしている。

 

「どうした?意味ありげに…………」

 

「勇人さんは、女性なんて興味のない、仕事好きの人間かと思っていました」

 

「そんな、強い精神力の持ち主じゃない。並の男くらいにそういうことには興味がある」

 

「その割には、貴方はそういう感情をあまり外に出しませんね」

 

 

衣玖さんは再び盃を傾け、口を開く。

 

 

「貴方の周りは絶世の美女達ばかりなのですから、1人や2人抱いていてもおかしくないと思うんですが…………」

 

 

突然の衣玖さんの暴論に思わず、俺はジュースを吹き出してしまった。

 

はい、と衣玖さんから手ぬぐいを渡され、口元を拭く。

 

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「だ、大丈夫だが…………さっきの発言は控えてほしい」

 

「そういうことには並の男くらいに興味がある、と言ったのは貴方でしょう」

 

 

反論しようとするが、衣玖さんは続けて、

 

 

「それに、行動までとは言いませんが男ならそれくらいの度量を見せてほしいものです」

 

 

なんとも難解な事を言う。

 

とりあえず、口直しにブドウジュースを飲み干す。カッターシャツに染み付いたジュースを見て、額に手をやった。

 

 

「はぁ…………ちょっと着替えるから…………って、衣玖さん?」

 

 

シミのついたシャツを見つめたまま、問うが返答はない。

 

顔をあげれば、いつの間にやら妖夢と早苗がこちらまで来ており、さっきまで騒いでいた少女達は、ことごとく静まり返り、ニヤニヤとした顔をこちらに向けていた。

 

たじろいで、どうした、と声を発するより先に、早苗がすくっと立ち上がり、一歩近づいた。

 

訝しげな顔をするが、急に俺の顔を両手で掴んだ。

 

唇に温もりを感じたのと同時に、周りが再び騒ぎ始めた。

 

 

「さ、早苗…………にゃにを!?」

 

 

されたのは口付けだと言うことを理解するのはかなり遅れた後だった。

 

口付けと酒の匂いのせいか、脳内がこんがらがって、一歩下がろうとした。

 

 

「あら、手が滑ったわ」

 

 

と、わざとらしく幽々子さんが俺の背中をどん、と押す。しっかり、踏ん張っていなかった俺はバランスを崩し、妖夢を巻き込んで倒れてしまった。

 

妖夢に覆い被さるような形となってしまい、必然的に顔が近くなってしまう。

 

 

「す、すまない、ようm…………!」

 

 

もう一度、唇に温もりを感じ、目を見開くがそこには顔を紅潮させた妖夢の顔が映る。

 

 

「す、す、すまない、妖夢!」

 

 

急いで後ろに後退する。全くもって、驚く暇もない。

 

ショート寸前の俺に、今度は2人してにじり寄って来た。

 

これは良くない流れだ。

 

かなり良くない流れだ。

 

ただ、酔っ払うのなら多少は問題ない。しかし、それが暴走するのなら…………

 

俺は近くにあった徳利を手に取り、そのまま口に流し込んだ。今日は本当に酒をあまり飲まないようにと思っていた。しかし、今はやむを得ない。こんな状況下の中、素面で過ごせる程、俺の精神は強くない。

 

とんと徳利を戻すが、たちまち萃香が次の一杯を注いだ。かと思えば、早苗がもう一度、瓶を飲み干していた。

 

あとは騒乱の宴の再開である。

 

 

「勇人さん!私は勇人さんが好きだと言う事を伝えています!でも、勇人さんからのお返事はいただいてません!」

 

「い、いやぁ…………好きだと言われるのは嬉しいが…………」

 

「そうですよぉ!わたひも…………ヒック、好きなんれすよ!」

 

「お、おい…………飲みすぎだ」

 

 

うむ…………男としてここは、はっきりと言うべきなのだろうが…………

 

 

「ハハハ!なんだ?男のくせに情けない奴だねぇ。ここはもう、抱くしかないだろ?」

 

「は、はぁ!?そ、そんな、不純な事は俺には早い!」

 

「早いも何も、もう立派な男だろ?据え膳食わぬは男の恥、ならあれか?男が好きなのか?」

 

「そんな訳がないだろう!」

 

 

幼き姿とは裏腹に不純な言葉を繰り返す。すると、早苗は俺の腕に絡みつき、

 

 

「勇人ひゃん…………私、スタイルには自信があるんですよ?」

 

 

急に呂律が回ったかと思えば…………しかし、悲しいかな。男はそういう事には拒絶しようにも、誘惑の方向へと傾く。酒の匂いと官能的な言葉に惑わされ、意識が…………

 

 

「勇人さん、私はいいんですよ?」

 

「そ、そういうのは、ちゃんと経済的にも将来的にもちゃんと決めてから…………」

 

「勇人さんはぼーっとしていればいいんです。あとは全部済みますから…………」

 

「お、おう…………」

 

 

 

「勇人さん!!」

 

「はっ!?お、俺は何を!?」

 

「早苗さん、いい加減にしてください!」

 

「チッ、あともう少しだったのに…………」

 

「す、すまん、妖夢。危うく過ちを犯すところだった」

 

 

ほ、本当に危うかった…………

 

 

「勇人さんもはっきりと言ってください!」

 

「お、おう…………そうだな」

 

「勇人さんは早苗さんみたいなスタイルよりも私のような少し控えめな身体の方が好きなんです!」

 

「うんうん、そうだn…………は?何を言ってる?」

 

「だから、勇人さんは早苗さんよりも私の方を襲いたくなるはずです!」

 

「いやいや、ないからな?」

 

 

ダメだ…………どちらともかなり酔ってる。

 

 

「な、何を根拠に言ってるんですか?」

 

「早苗さんも見たでしょう?あの新聞を」

 

「うっ…………」

 

「そうですよね?勇人さん」

 

「そうなんですか?勇人さん」

 

「お、おう…………その件についてはノーコメントで…………」

 

 

この時、俺は2度と萃香に依頼などはしまいと心に決めたのだった。

 

 

 

 

 

結局、事が鎮圧するのは2人が酔潰れるまでであった。宴の果てに、片付けを始めたのが何時であるか、判然しなかった。

 

ただ、皆が眠る中、俺1人が片付けをしている最中に、不意に紫さんがどこからともなく出てきて、俺に声をかけた。

 

 

「私と一杯付き合ってくれないかしら?」

 

 

断る理由もあるはずもない。

 

周りの気を配って、移動するがどの人も熟睡しており起きる気配はない。俺はただ黙って紫さんが開いたスキマへと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫さんが俺を招き入れたのは、かつて俺が幻想入りを果たした最初の場所である、紫さんの屋敷だった。

 

今日の夜は月がとても美しい。

 

一昔前の様な外観に、月明かりがそれを照らす。

 

こんな屋敷だったんだ、と疲れ切った頭で嘆息した。

 

半ば夢心地の状態で、紫さんに縁側へと手招きされた。

 

紫に勧められるがままに縁側で腰を下ろし、ぼーっとしていたら、藍さんが酒器と酒杯を控えていた。

 

 

「久し振り、ですね。いつも、橙がお世話になっています」

 

「そうだったわね、橙は元気にやってるのかしら?」

 

「まぁ、ありがたい話ですが楽しそうですよ」

 

 

その言葉に紫さんは笑う。いつもの何か裏のある笑いではない。

 

 

「まぁ、飲みなさいな」

 

 

差し出された酒杯をありがたく受け取り、すぐに紫さんの細い腕が酒を注ぐ。俺も紫さんに注ぎ返しつつ、

 

 

「こんな時にお酒に付き合えだなんて、なにかあるんですか?」

 

「あら、いつも私が悪巧みしている様な言い方ね」

 

 

こんな夜でも、食えない性格は変わらない。場をかき乱す、その胡散臭さは幻想郷の賢者の姿である。

 

 

「乾杯」といつもの様な調子で静かな酒宴は始まった。

 

当然、俺は酒の良し悪しは分らない。

 

 

「萃香にオススメされたの。なかなかいいでしょ?」

 

 

その言葉に俺は首を縦に振り賛同する。酒の良さが分らない俺でも、この酒はいいものだと分かった。

 

 

「久々に飲むのもいいわね」

 

 

そんな、年寄りめいたことを言いながら、杯を傾ける。

 

一方で気になるのは俺をここに招いた真意である。

 

そんな思いを知ってるのか知らないのか、紫さんのペースは異常に速い。それに加え、絶妙なタイミングで藍さんがつぎの一本を持ってくる。

 

杯を重ねるにつれ、時はあっという間に過ぎていく。

 

 

「それで、何か話でもあるんでしょうか?」

 

「あら、一杯付き合って、と言ったのに話しが必要なのかしら?」

 

「そう言う時は普通、何か相談事とかがあるんですよ」

 

「ま、鋭いこと。でも、まだ時間はあるわ」

 

「妖怪と人間とでは時間の流れの感じ方に違いがありますから気をつけて下さいよ?」

 

 

紫さんは扇子を開き、フフと笑った。すると、不意に

 

 

「貴方こそ悩みは無いのかしら?」

 

 

口元の笑みを扇子で隠しながら言った。

 

 

「まぁ、どうせ女の子悩み、なんでしょ?問題ないわよ。少し優柔不断なだけでは貴方を嫌わないわ」

 

「…………俺は外の世界で育ちました」

 

 

急に語る俺に対し、紫さんは何も言わずにじっと俺を見つめた。

 

 

「そして、縁あってこの幻想郷に来ました。幻想郷の人はみんな優しく、厳しく、そして残酷です」

 

 

「外の世界は、平等です。幻想郷とは違って、弱き者も救われる。いや、救われなければならないと言う世界です。その平等さを求めるのは異常なくらいです。でも、ここは平等、と言うわけにはいかない。必ず上があり下がある」

 

「なら、貴方はここの人達は不平等な中、生きてると言いたいの?」

 

「まさか、食物連鎖の如く、力の上下関係はなければならないと思いますよ。だからと言って、差別とかを肯定するわけでもないです」

 

「…………何を言いたいのかしら?」

 

「平等に執着しすぎなんですよ。例えば、目の前で困窮している者がいればどうします?多分、幻想郷の人達ならその者に手を差し伸べる。でも、外の世界はそういうわけにはいかないんですよ。助けるのなら、目の前の人、1人だけじゃない。全体に平等に助けようとして準備する。でも、それっておかしいですよね」

 

「なんでそう思うの?」

 

「質問を質問で返すことになりますが、助けようと思った理由なんです?」

 

「…………()()()()()()()()()()()()()()、ね」

 

「そうです。目の前の人を哀れに思ったから助けようとする。なのに、外の世界は1人だけだと不平等だからと周りの人たちも助けようとする。そもそも、1人の事を考えれないのに、何百万、何千万の人を救おうとするなんておかしい話です」

 

 

「そう言いながらも、自分も結局そう言う考えなんですよ。片方だけ、と言うのは不平等だと思うから、こうやってはぐらし続ける。向こうは俺の事をこんなにも想ってくれてるのに」

 

 

はぁ、とため息をつき、酒杯を傾ける。

 

 

「ひとつだけ、貴方に言っておくわ」

 

 

紫さんはすぐには口にせず、俺の酒杯に酒を注いだ。

 

 

「幻想郷はなんでも受け入れるわ」

 

 

「貴方がいくら外の世界の思想を持ってようが、ヘタレだろうが、幻想郷ではどうでもいいの。そんな事ひっくるめて、幻想郷は受け入れるの」

 

 

「それにあの人の孫である貴方よ?私はなんの心配もしてないわ」

 

「嬉しい言葉です。しかし…………まるで俺のじいちゃんの事を知ってるみたいですね」

 

 

紫さんは俺の問いにすぐには答えず、酒杯を傾けた。

 

 

「貴方のおじいさんのお話はまた今度の機会に、ね?」

 

 

そう言う姿は紛れも無い、幻想郷をこよなく愛する妖怪の賢者そのものだった。

 

 

 

 

「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ」

 

 

 


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