俺が倒れた。
誰もが予想だにしなかった。俺も予想してなかった。
夕方の寺子屋で突然倒れたものだから、大騒ぎである。
慧音さん曰く、ひどい熱で、意識は朦朧としていた状態であったそうだ。いつの間にそんな熱が出ていたのか、自分自身一向に気づかなかった。
兎に角、俺は永遠亭に運ばれ、永琳さんに薬を処方してもらって、何とか落ち着きを取り戻したのが夜遅く。鈴仙が泣きそうな顔で看病してくれたのが記憶に残っている。
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〜翌日〜
永遠亭で一晩過ごした後の朝、俺は何もする事かなく、ただ天井を眺めていた。
すると、ドアのノックする音が聞こえ、入っていいかしら、という声が聞こえた。
「いいですよ」
「失礼するわ」
「ただの過労ですか?」
「そうね。体力が落ちた時に、風邪をこじらせたという感じね。とりあえず、1日2日は入院しなさい」
「んー、最近はそんなに無理してないと思うんですがね…………」
週2日の休みが入ってからは割と負担が少なかったと思うんだが。
「気づかないうちに疲労は溜まっているものなのよ。それに鏡見てから無理してないと言いなさい」
と鏡を渡される。そこには死人の様に真っ青な顔の自分が映っていた。
「うわっ…………幽霊みたいな顔に…………」
「分かったかしら?貴方は相当疲労が溜まっているのよ」
「うーん…………」
風邪をひいたにしては、それ程倦怠感を感じていないし、頭痛や鼻水などの風邪らしい症状がない。せめて、熱ぐらいか。ていうか、今も普段とあまり変わらない様なぐらい体調の悪さを感じない。
「取り敢えず、解熱剤を処方しておくわね」
「分かりました。でも、変な薬は飲ませないでくださいよ?」
「病人にそんな事は流石にしないわ。元気な時にしかしないわよ」
医者、もとい薬剤師とは思えないような暴言を微笑を交えながら、
「ま、本当に無理はしないでね。鈴仙が心配するわ」
と俺の頭をぽんぽんと叩き、去って行った。
それと入れ替わる形で入ってきたのは、まさかのじいちゃんだった。
どこからか連絡を受けて駆けつけたらしい。いつも、ニコニコしている顔は今回ばかりはいくらか血の気がない。
「大丈夫か?」
「ああ。過労、だってよ。そんなに疲れてないはずなんだけどなぁ…………」
「じゃが、ゆっくりするのだぞ?」
「分かってる、分かってる。下手に動いたら永琳さんに何をされるか分からないし」
これは冗談抜きで何をされるか分からない。入院期間が延びるのは確実だが。
「………………」
しかし、今回のじいちゃんはどこかおかしい。基本的に楽天家なじいちゃんなのだが、今日ばかりはその面影はなく、どこか思いつめたような、影のある顔だ。
「じいちゃん」
「………………」
「じいちゃん!」
「ぬぉ!?おぉ…………すまん、すまん。ついボーッとしておったわい」
「何かあったのか?今日のじいちゃん、変だぞ?」
「何かあったも何も、孫が倒れて平気なジジイがおるか」
「わしはずっと心配してたんだぞ」
じいちゃんの手が伸びて、俺の頭を撫でる。
「事情があったとはいえ、人との交流が苦手なお前さんを残して逝ってしまう事を。別にお前さんの両親を信用していないわけじゃないぞ。でも、わしはお前さんが成長する過程を見ておきたかった」
「もともと、たくさんの人とワイワイ過ごすより少人数で静かに過ごしたい性分だ。別に人と交流が得意じゃなくても問題ないよ。それに友達が壊滅的にいないわけでもなかったし」
我ながら苦しい言い訳にじいちゃんは少しながら微笑んだ。
「そうだ、今度守矢神社で宴会をやる予定なんだ。せっかくだからじいちゃんも参加してよ」
「本当の事を言うと、お前さんがここに来てくれて嬉しい」
「お前さんが外の世界で死んだ者として、ここにいる事を決めた事が嬉しい。本来なら祖父ならばそう思ってはいけないのじゃろうが。なんせ、孫が死んで嬉しいと言っているようなものじゃからな」
すっかり白くなった髪を掻きながら、告げた。
「お前さんとは何年も会えずここにいた。じゃが、今じゃこんな風にゆっくりとお前さんと過ごせる」
「皮肉なもんじゃな…………こんな幸せな時間がお前さんの死によって得るなんて…………」
その声はどこか、寂寥が漂っていた。
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「まだ、起きてるの?」
ベッドの上で身を起こしボーッとしていた俺に、永琳さんが声をかけた。
「いやぁ、じいちゃんの言葉が少々…………」
俺は何て気楽でいたのだろう。
まだ、外の世界にいた時のじいちゃんは見上げていたのが、ここに来ると、同じぐらいの目線になっている。
俺の事をずっと考えてくれてたじいちゃんに対して俺はどうだ?ここにいると決めた時、あまりにも短絡的に考えていたのではないか?残された人の事を考えてたか?
今の俺は幸せなのかもしれない。でも、それは不幸によって生まれた皮肉な幸福だ。その不幸自体、自業自得に近いものがある。しかし、自分自身の不幸だけではない、周りの不幸も踏まえて今、幸せなのだ。それって、幸せなのか?
「俺って幸せでいいんですかね…………」
「?」
「幻想郷に来てからは外の世界の時よりも、人と話せますし、やりがいのある仕事もある。ちょっと、幸せ過ぎませんかね…………外で親が家族が友人がどんな思いをしたのかも知らずに」
「そうね、私も月の都から逃げて、こんな所にいるもの。弟子を残してね」
「えっ」
「正直、申し訳ないとは思ってるわ」
「…………やっぱり、そうですよね」
「でも、それは自分が幸せになってはいけないという理由にはならないわ」
「!!」
「言いたいのはそれだけ。早く寝なさいな」
そう言い残し、永琳さんは病室から出た。
俺は外の景色を眺めた。夜空には月と静寂があった。
そんな中、俺は永琳さんの言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「あれ?景色が霞んで見えるなぁ…………」
泣いているのかな?目を拭うが涙は出ていなかった。やっぱり、疲れてるみたいだ。少し、眠ろう…………
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「…………ん」
「スゥー…………スゥー…………」
目が覚めると、俺のベッドて妖夢がうつ伏せとなって寝ていた。
周りを見れば、早苗や鈴仙も椅子に座ったまま寝ていた。みんなわざわざ…………
すると、ドアが開き、永琳さんが顔を出した。
「あ、おはようござ「やっと起きたわね…………」え?」
やっと起きた?ドウイウコッチャ?
「体調は?どこかおかしなところは?」
「別に…………いつも通りですが」
「…………本当に?」
「はい」
「なら、良かったわ。てっきり、死んじゃうかと」
……………………んん?
「それじゃあ、私は」
「え、あ!ちょっと!」パタン
言い終わらぬうちに出て行ってしまった。そんな俺の声で目覚めたのか、妖夢が可愛らしい欠伸とともに目を覚ました。
「ふあぁ…………」
「おはよう、妖夢」
「おはようございます…………勇人さ…………ん!?」
一瞬、妖夢は驚いたような顔をしたかと思えば、いきなり
「勇人さん!!」
と思いっきり抱きついてきた。
「うぉ!?ど、どうした?妖夢」
「だ、大丈夫なんですか?」
もはや、半泣きの状態で妖夢は聞いた。
「大丈夫もなんも…………この通り、元気だが…………」
「本当に大丈夫なんですね!?死んじゃわないですね!?」
「おお、お、落ち着け!まだ、死ぬには若いから!」
「ほ、本当ですか?」
「本当だ、本当。ただの過労だって」
「だ、だって、勇人さん3日間、目を覚まさなかったんですよ?」
「え?」
永琳さん曰く、突然、高熱に襲われ危険な状態に陥ったと言う。あまりにも突然で鈴仙が夜俺を訪れなければ最悪死んだ可能性もあると言われた。しかしながら、当の本人である俺は今はピンピンしてるし、高熱が出たとは思えないくらいに元気だ。いや、寧ろ力が湧いてくる気が…………
「ああ…………本当に良かった…………」
「う、うむ…………心配かけたな」
「あ!勇人さん!」
「え?ああ!目が覚めたのね!?」
早苗と鈴仙も目を覚まし、俺に飛びついてくる。
「大丈夫だったんですね!」
「フガッ!?」
早苗が頭を掴み抱きしめる。そのせいで…………その、あの、こう豊満な…………
「ムグッ!?」
こ、これは幸せなのか…………だが、命の危機が…………
「さ、早苗さん!勇人さんが窒息しかけてます!」
「ああ!ごめんなさい!」
幻想郷はやはり朝から賑やかだ。でも、そういうのが幸せ、なんだろうなぁ…………
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「……………………」
「あらぁ、月の賢者さんもあろう方が悩んでるのかしら?」
「…………紫ね。何の用かしら?」
「勇人君が危険な状態だって聞いたからお見舞いに来ただけよ」
「なら、部屋を間違えてるわ。ここには彼はいないわよ」
「知ってるわ。今、彼お取り込み中だもの。そんな時に難しいかおしてる貴女を見つけて、ね?」
「なんで、悩んでるのかは知ってるのでしょう?」
「ええ…………勇人の事でしょう?」
「言わずとも、ね。本当に彼、人間なの?」
「さぁ…………私には判断しかねるわ」
「そもそもがおかしいのよ。ただの人があれだけの霊力を持ち、姫様に匹敵、それ以上の能力を持つなんて」
「それに、あれだけの熱を3日間も出しときながら、突然ケロッとしてるなんて、化け物か何かかしら?普通の人間であれ程の熱を出した者はみんな死んだわよ」
「そうね。みんな、忘れてたかもしれないけど人間って基本的に弱いのよね」
「強い人間ーー霊夢は博麗の巫女という例外的な人間。魔理沙は魔法を使えるけどそれ以外は普通。早苗は諏訪子子孫だったりするし、咲夜はそもそもが謎、ね」
「でも、勇人はどこを取っても本来ならば普通の人間って言いたいのかしら?」
「ええ、でも、稀に見る霊力を備え、規格外の能力も持つ。おかしな話よね」
「でも、あの爺さんが何かしたのならありえる、とでも言いたいのかしら?」
「話が早くて助かるわ〜、後はもう何も言わなくてもいいわね?」
「ええ、貴女が何を企んでるかは大体分かったわ」