諸行有常記   作:sakeu

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第92話 疑問の日の青年

衣玖さんと別れ、彼女の「本当に人間なのか?」という問いに対し、絶対的な答えを持っているはずなのにモヤモヤしたまま、家までついてしまった。

 

 

「はぁ…………」

 

 

玄関の戸に手をかけ、思わずため息が出てしまう。はっきり言えるはずだろう。「俺は人間だ」と。はっきりと言えるはずなのに疑っている自分がいるような気がする。

 

 

「はぁ…………」

 

 

もう一度ため息をついてから戸を開いたところで、俺は思わず目を見張った。

 

見慣れたはずの部屋なのに、着物姿の女性が佇んでいたからだ。

 

紅の着物を見に包んだ人影は、殺風景な部屋に紅葉が訪れたような、それで幻想的な姿であった。一瞬、家を間違えたのかと思い外に出て確認したが紛れもなく我が家だった。振り返ったのは、早苗だった。

 

 

「お、おかえりなさい」

 

 

肩越しに振り向く姿も美しい早苗が、驚いて唖然としている俺を見るとすぐに頰も真っ赤に染めた。

 

 

「ど、どうした?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「いやいや、謝る事はないよ。よく似合ってるし…………綺麗だよ」

 

「き、綺麗!?」

 

 

思わず口から出た言葉に、さらに早苗は紅くなる。

 

照れを隠すように足元の小物や小箱を片付けながら、早苗は答えた。

 

 

「ゆ、勇人さんのおじいさんに何回か会ってお話をしてもらったりしてたんです」

 

 

早苗が話すには、俺が天子の教師役を引き受けた日から度々、じいちゃんに会い思い出話をしていたと言う。無論、俺のことも話してたそうだ。

 

 

「ふむ…………俺は最近じいちゃんと過ごす時間がなかったからなぁ。俺の代わりに仲良くしてくれてありがとな」

 

「いえいえ、おじいさんが勇人さんのいろんな話をしてくれるものですから、ついつい楽しくなっちゃったんです。その中でこの着物のお話もしてくださったんですが…………」

 

 

早苗は言いながら帯を解こうとする。

 

 

「せっかく着たんだから、慌てて片付けなくてもいいよ。それにしてもいい着物だな」

 

「これ、勇人さんのおばあさんのものなんですよ?なんでも向こうでは忘れられたものになったらしく、ここに流れ着いておじいさんが仕舞ってたそうです」

 

「…………そうか」

 

「あ、ごめんなさい…………」

 

「いや、いいんだ。それに着物は着るからこそ長持ちするんだ」

 

「そう、ですか…………でも、無理しなくてもいいんですよ?」

 

 

確かにおばあちゃんに成長した姿を見せることなく、ここに来てそのまま見せる事が永遠に叶わなくなってしまった。悲しくないわけがない。

 

だからこそ、見えないところでも頑張っていかなきゃダメなんだ。

 

 

「元の世界に帰りたくなったんですか?勇人さん」

 

 

そんな心情が伝わってしまったのか気遣うように俺に聞く。俺は笑顔を作って、

 

 

「俺に帰る場所はここだ。ここ以外に居場所なんてないさ」

 

「会う、だけでもいいんじゃないんですか?」

 

「もう戻らない、って決めたんだ。今更変える気はない」

 

「相変わらず自分には厳しいですね」

 

「そうでもないさ」

 

「でも、1人で抱え込むのはなしですからね?」

 

「ああ、善処する」

 

 

すると、玄関の方から声が聞こえる。

 

 

「勇人さん、いますか?」

 

 

言うまでもなく、妖夢だ(勝手に入ってくるから)。

 

「お邪魔します」と一声言ってから、部屋の戸が開き、妖夢が顔を出した。すぐに目の前の早苗を見、目を丸くする。

 

 

「さ、早苗さん、その格好は?」

 

「勇人さんのおじいさんにもらいました」

 

「とてもお似合いですよ!私も欲しかったな…………

 

「で、要件は?」

 

「あ!最近、またお忙しいそうなので夕餉を作りに」

 

「わざわざ来てくれたのか…………」

 

 

にこりと笑う妖夢に若干申し訳ない気持ちが…………

 

その後ろにはうさ耳が特徴な鈴仙が立っていた。

 

 

「途中で会って、一緒に行くことになりまして…………」

 

「来てくれるのは嬉しいが、そんなにおもてなしはできないぞ?」

 

「いえ!勇人さんに会いたいだけでしたので」

 

「お、おお…………」

 

 

はっきりと言う鈴仙は早苗さんの姿を凝視する。

 

 

「この着物が気になるのか?」

 

「い、いえ、別に…………」

 

「羨ましいんですよ。私だって着てみたいんですから」

 

 

なるほど、女性というのは着物に憧れるものなのか。

 

 

 

「まぁ、2人とも可愛いんだから着物はきっと似合うんだろうな」

 

「かわっ!?」

 

「えへへ…………可愛いって…………」

 

「はいはい、私は食事の支度をしますね」

 

「いや、俺がするよ。いつも悪いからな」

 

「なら、2人で…………」

 

「わ、私も手伝います!」

 

「わ、私も!」

 

「…………」

 

 

結局、3人に任せることとなった。

 

 

「あ、そうそう。妖夢」

 

「なんでしょうか?」

 

「明日、白玉楼に行こうと思うんだが」

 

「! ええ、是非!」

 

「そこでなんだが、じいちゃんに聞きたい事があるから白玉楼にいてくれた伝えてくれ」

 

「聞きたい事ですか?どんな事ですか?」

 

「それは男の秘密だ」

 

「どうしてもですか?」

 

「ああ」

 

「分かりました。伝えておきますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

俺は白玉楼の縁側にてじいちゃんと将棋を指していた。俺はじいちゃんに今まで一度も勝ったことがない。とは言っても小学生の頃しか対局したことがないのだが。

 

 

「珍しい日もあるんじゃな。お前さんからわしのところに来るなんてな」

 

 

パチっと音を立て、駒を進める。

 

 

「理由は妖夢に聞いてるだろ?」

 

 

奪った歩兵たちを手の中で弄びながら言う。

 

 

「そうじゃの。それにしても、お前さんもここまで強いとはな。わしの連勝街道に土をつけられそうだわい」

 

 

俺は顔を上げずに盤上を見つめる。そして、そのままの姿勢で呟くように言った。

 

 

「…………俺って普通の人間なのか?」

 

「どういうことじゃ?」

 

 

やっと顔を上げじいちゃんを見つめる。いつものような飄々とした面持ちだが、その目の奥には奇妙な陰りが見えた。

 

嫌な予感がする中、続けた。

 

 

「衣玖さんに言われたんだ」

 

 

 

 

 

「俺が他の人とは違う空気だって」

 

 

その時、微かにじいちゃんの眉が動いた。

 

 

「俺は普通の人間だって言ったんだ。そうしたら、記憶で証明できるか?ってさ。で、調べたんだけど俺の持ってるアルバム、小学生からしかないんだ。記憶も小学生からしかない。そこでじいちゃんに聞こうと思って」

 

「…………何を言ってるんじゃ?お前さんは正真正銘、普通の人間じゃろ」

 

「なら、なんでこんなにも霊力があるんだ?なんで能力があるんだ?普通の人間がこんなことあるのか?」

 

「…………幻想郷では普通の人間からでもありえない話ではない」

 

「俺は幻想郷の人間じゃない」

 

「……………」

 

「だから…………」

 

 

 

 

「じいちゃんが証明して欲しいんだ。写真くらいあるだろ?なんなら思い出話も…………」

 

 

じいちゃんの手が静かに駒を進める。

 

 

「安心しろ。お前さんが人間ということはわしが保証する」

 

「無いの?」

 

 

その一言にじいちゃんは黙り込んだ。

 

 

「なら、お前さんを人間以外になんという?わしは…………」

 

「王手」

 

 

俺の手が駒を進めた。今までの中で最高の一手だった。わずかに動揺したじいちゃんはすぐさま、王を逃す。

 

 

「わしはお前さんが人間以外のものとはとても考えられない」

 

「王手」

 

 

考えられない、それが本心なのか偽りの言葉なのかすら分からない。

 

 

「勇人、お前さんは人間じゃ」

 

 

きっぱりとそう言った。

 

 

「すまんが、写真とかはこの幻想郷には持ってきてなくての。だが、お前さんは確かにお母さんから産まれ、育った」

 

 

「だけど、俺には記憶がない」と、言おうとしたが、口からは出なかった。飛車を握る指が微かに震えた。

 

 

「安心したよ」

 

「勇人…………」

 

 

じいちゃんの肩が緩む。

 

 

「俺もまだ捨てたもんじゃないね」

 

 

飛車をじいちゃんの王の前に置いた。

 

 

「俺だってじいちゃんに勝てるらしい」

 

 

王手、と言い、2度目の渾身の一手を放つ。じいちゃんと指した中で、本当に最高の一手、勝負を決める一手だった。

 

 

「本当に安心したよ」

 

 

 

 

「前より不手際な将棋を指すじいちゃんじゃあ、心もとないが…………」

 

「勇人…………」

 

「だけど、本当に安心したよ…………」

 

 

証明できるものはこの幻想郷には何もない。だから、じいちゃんの言うことを信じるしかない。

 

今まで背中を追いかけてきた人だ。きっと、まだ追いかけても問題あるまい。

 

 

俺はその場を去り、家に帰ろうとした。だが、一歩を踏み出そうとした瞬間

 

 

「ぬぉ!?」

 

 

地面が消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の一室で、幽々子さんと紫さんが将棋盤を囲んでいる。

 

俺は紫さんのスキマによってここに召喚されてしまった。

 

古びた将棋盤を挟み、妖怪の賢者と亡霊が向かい合っている様はなかなか奇妙なものである。

 

「勇人くん、いつもお疲れさん」

 

 

クスクスと扇子で口元を隠しながら幽々子さんが言う。

 

ちらりと将棋盤を覗き込んで、また当惑した。

 

 

「挟み将棋?」

 

「ええ」

 

 

盤上には18枚の歩が入り乱れている。

 

 

「最近、将棋が流行ってるじゃない?だから、私たちも、ね?」

 

「そうよね、幽々子。かれこれ五千戦くらいかしら?」

 

「何を言ってるのよ。今回が初めてじゃない」

 

 

苦手な人トップ3のうちの2人を真面目に関わると疲れるので話題を変える。

 

 

「で、なんでここに?」

 

「もうそろそろ、故郷が恋しくなってくる時期でしょうから、少し気を利かせてあげようとね?」

 

 

細い指で歩を進めながら、

 

 

「少しくらいその気持ちをどうにかしてあげようと思ってるのよ」

 

「嬉しい限りですが、もう戻る気はありませんよ?」

 

「違うわよ。貴方をもう幻想郷から出す気は無いわよ」

 

「は、はい…………」

 

「昔のことを思い出せるように、写真を取り寄せたのよ。ありがたく思いなさいな」

 

 

とアルバムを渡される。開いて見てみると、そこには赤ん坊の写真や幼児の写真があった。これ、全て俺か!?

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「別にそのくらいは造作にも無いわ」

 

「本当にありがとうございます!」

 

 

アルバムと紫さんの姿を交互に見ながら言う。

 

 

「それじゃあ、用はこれでおしまい。じゃあね〜」

 

 

再び地面が消失する。

 

ズドンと、尻から落ち痛みに涙が滲むがそんなことよりこのアルバムだ。

 

 

「…………やっぱり、人間じゃないか!ちゃんとお母さんから産まれて育ってる!」

 

 

なんだか、今まで悩んでたことがバカらしくなってきた。だが、もうこれで安心だな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幽々子、これでいいのかしら?」

 

「ええ、あの人はそれでいいって言ったから」

 

「はぁ、あの人は何を考えてるのやら…………わざわざこんなの作って勇人に渡せって」

 

「私にも分からないわ。勇人が何者なのか、もね」

 


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