諸行有常記   作:sakeu

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第90話 フィーバーの日の青年

最近運動不足だからと言って、相手が手加減してくれる様になるわけではない。

 

運動不足の恐るべき所は、自分が思った以上に動けない事である。チルノやフラン達が「一緒に遊ぼう!」などと度々期待の眼差しで俺を弾幕ごっこに誘われたりするがあーだこーだとテキトーな理由をつけて断っている。そんな中で彼女らの弾幕ごっこを眺めたりするのだが、やっぱり人間じゃないんだなぁと痛感せざるおえない。

 

『弾幕ごっこ』などと兎に角『ごっこ』をつければ可愛らしくなると思っているらしい。まぁ、これは一部の人間と妖怪が対等な条件の元で行われる"遊び"である。一口に遊びとは言っても普通に死んでしまう事だってあるし、ただの人間がやれば即死間違いなしだ。

 

随分乱暴な遊びだが、幻想郷における異変の多くは、この『弾幕ごっこ』という常軌を逸したもので解決される。今の所、この遊びが廃止され本気の殺し合いになるとかいう話は聞いた事はないし、一般的な人々なら全くもって関係のない事柄なのだから多分ずっと続くだろう。

 

俺とてこんな狂気の沙汰ではないこの遊びをしたいとはあまり思わない。が、何故か俺をこの遊びに誘う輩が多すぎる。特に最近では色々な成果を上げたせいか、徹夜で疲労困憊の上に慢性的な運動不足の俺に弾幕ごっこを申し込んでくるものだから大変である。幻想郷中の妖怪達がこぞって俺を血祭りにあげようと、虎視眈々様子を伺っている様な気分にすらなる。俺は俺で、仕事が忙しいとかで理由をつけたり、最悪逃げたりと自分の身を守ることに汲々としているのが現状である。

 

どうして、ここの人達はこんなにも血の気が盛んなのだろうか…………などと心の中でぼやいた直後に

 

 

「何ぼーっとしてるのよ!」

 

 

ハッと顔を上げると目の前にはその血の気が盛んな人の筆頭格が仁王立ちしている。

 

あぁ、俺は教育者として比那名居天子会いに来たはずなのに当の本人は戦う気満々である。何でも、俺が彼女の教師として相応しいか彼女自身が直々に見定めるらしい。戦いで。

 

 

「随分顔色が悪いですよ。勇人先生」

 

 

いきなり肩越しに、声が聞こえ、思わず「うおっ!?」と言ってしまった。

 

振り返ると、いつの間にか衣玖さんが立っていた。

 

 

「そんなに驚かなくてもいいでしょう…………」

 

「なら気配を消して側に立たなでくれ」

 

「空気を読んだ結果なのですが…………」

 

「どんな空気だ…………それ」

 

「それよりも、魂が抜けた様な顔をしてますよ」

 

 

誰のせいで、という言葉が喉までくるが何とか飲み込む。

 

 

「まぁ、私もこうなるとは思いませんでしたが…………貴方なら大丈夫でしょう」

 

「何を根拠に?」

 

「そうそう、1つ教えておきましょう」

 

「無視ですか…………」

 

「ここの天界の桃って食べると体が勝手に鍛えられるんですよ」

 

「は?」

 

「どのぐらい鍛えられるかと言われますと…………ナイフが刺さらなくなるぐらいには鍛えられますよ」

 

「ナイフが刺さらなくなる!?」

 

「あと、総領娘様自身もそれなりの実力は持ち合わせてますので、お気をつけて」

 

「え、ちょっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

自称『空気を読む程度の能力』の衣玖さんが空気の読めない発言をし、そのままどこかへ飛び立ってしまった。

 

 

「貴方…………勇人とかいったわね?ひどい顔をしてるわ」

 

 

ひどい顔、ねぇ…………確かに困惑や呆れや様々な感情が渦巻いた結果の顔だろう。そりゃあ、ひどい顔にもなるさ。

 

 

「ひどいのは今の状況だ。どうしても戦わないとダメなのか?」

 

「当たり前よ。私の先生がひ弱だなんて絶対に嫌よ」

 

 

何ともまぁ我儘な発言で。先生には強さも必要ですかそうですか。

 

 

「そうか…………なら、さっさと始めようぜ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ!」

 

 

威勢良く言ったのはいいものの、まさか戦闘になるとは思ってなかったので持ってきているのはいつもの二丁拳銃だけだ。

 

兎に角、狙いを脚に定め2つの引き金を引く。

 

 

パァン、パァン!

 

 

「あら、随分と貧弱な弾丸ね」

 

「あれれ!?」

 

 

霊力の弾丸は天子の脚を貫かず、弾かれる様に消滅した。心なしか威力が低い気がする。あと、1発しか当たってないので、勘も鈍っている様だ。あれ?やばくね?

 

あっという間に接近を許し、ビームソードみたいな剣が振り下ろされる。

 

 

「ウォッ!?」

 

「え!?」

 

 

咄嗟に不変の結界を生み出しガードしたが…………範囲が狭い。剣と俺の顔の間は数センチしか空いてない。前はもっと広く展開できたはずなんだが…………

 

 

「な、何なのよ!貴方、能力持ってるの!?」

 

「そうだが?」

 

「何の能力か教えなさい!」

 

「おいおい、人に物を聞くときは礼儀ってもんが…………」

 

「いいから言いなさい!」

 

 

こりゃあ、筋金入りの我儘だな…………

 

 

「断る。そもそも戦闘において不利になる情報をわざわざ教えるわけがないだろ、このマヌケ」

 

「マヌッ…………!いいわ!後で泣いて許しを乞うことね!」

 

 

今度は横薙ぎに剣を振る。妖夢とは違い洗練された動きなんかじゃなくて、ただ力任せに振ってるだけだ。

 

 

ガキンッ!

 

 

「ック…………!」

 

「受け止めた!?」

 

 

右腕に電流が流れるような痛みがくる。霊力で肉体強化したが…………相当霊力が落ちてるな…………

だが、間はできた。左手に霊力を込めて…………

 

 

「オラァ!!」

 

ドゴォ

 

 

「ッ…………中々やるじゃない」

 

「効いてない!?」

 

 

まるで鋼鉄の壁を殴ったような感触…………頑丈っていうレベルじゃねぇぞ!?

 

 

「これなら!」

 

 

パァンパァンパァンパァン!

 

 

すかさず、銃弾を喰らわせるが…………全て弾かれる。

 

 

「なっ…………!?」

 

「こんなんじゃあ、痒くも無いわよ?」

 

「なら、これならどうだッ!」

 

 

体の真ん中に霊力を圧縮して、爆発させる感覚で…………

 

 

「アグッ!?」

 

 

天子は後方に吹き飛ばされる。衝撃波もダメージ控えめのようだ。

 

外からがダメなら…………

 

 

「案外やるじゃない。全然痛くないけど…………」

 

「そうか…………」

 

 

バチバチ…………バチバチバチバチバチバチバチバチィィィィイ!

 

 

「「!?」」

 

「次はどうかな?」

 

 

パァン

 

 

「だ・か・ら!それはもう効かな…………」

 

 

ピカッ

 

 

「!?何よ!みえないじゃ…………ハッ!?」

 

「やぁ」

 

「!?」

 

 

目眩しの後のスニーキングキル。常套手段だよな?

 

 

バリバリバリバリバリバリィイ!

 

 

「アババババ…………!」

 

 

 

「ふぅ…………やっぱり、運動はしとくもんだな」

 

「アヒャアヒャ…………」

 

 

プスプスと煙をたててるが…………死にやせんだろう。問題ない問題ない。

 

 

「流石ですね。まさか、霊力を扱うとは」

 

 

と、また気配を消して後ろから衣玖さんが声をかける。

 

 

「妖怪の山に住んでいるくらいですからね。これくらいできないと」

 

「総領娘様の教師役、合格ですね」

 

「不合格でもいいのだが…………」

 

「いえ、合格よ」

 

「おい、もう起きたのか」

 

 

さっき煙を出して寝てただろ。全く…………どうして復活が早いんだ。

 

 

「貴方の事気に入ったわ。私の教師役をさせてあげるわ。光栄に思うことね」

 

「敗者がよくぬけぬけとそんな事が言えるな(はいはい、分かりましたよ)」

 

「勇人先生、本音と建前が逆になってますよ」

 

「おっと、失敬失敬」

 

「で、何を私に教えてくれるのかしら?」

 

「そうだなぁ…………和算とか…………あとは常識を教えてやる」

 

「えぇ…………つまんなさそうね」

 

 

勝手に人を教師にしといてよくもまぁ…………込み上がる怒りを飲み込むしかあるまい。

 

 

「なら、何になら興味を示す?」

 

「貴方の昔話となら興味あるわ」

 

「そうですね。私も聞いてみたいです」

 

 

さらっと会話に入り込む衣玖さん。

 

 

「俺の昔話って…………くだらん話しか無いぞ?聞くに値しないと思うが…………」

 

「そんな事は関係ありません。貴方の話は幻想郷に入ってからしかありませんから。貴方は基本的に自分の事話したがらなさそうですし」

 

「当たり前だ。つまらん自分の過去を徒らに宣伝するくらいなら和算を教えてる方がよっぽど建設的だ」

 

「はいはい、でも私は和算よりはよっぽど魅力的ね」

 

「さいですか。だが、まずはその我儘な性格をどうにかしないとな」

 

「我儘?それって私のこと?」

 

「お前以外に誰がいるんだ」

 

「衣玖、私って我儘言ったことあるかしら?」

 

「今までの言動を思い返してください。多分、ほぼ全部該当しますから」

 

「…………衣玖がひどい」

 

「自業自得だ」

 

「それで、具体的にはどのようなご指導をするのでしょうか?」

 

「んー…………明日までには考えておこう」

 

「そう、ならもう帰るのかしら?なんなら、ここの桃食べていいわよ」

 

「心遣い感謝するが、生憎俺は桃は好きじゃない」

 

「あら、残念。美味しいのに」

 

 

まぁ、食べるだけで肉体が強化されるドーピングみたいな桃を食べたいとは普通思わないと思うが、いいか。本当に桃好きじゃないし。

 

 

「もう帰ってもいいだろ?」

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

 

と衣玖さんに引き止められてしまった。

 

 

「何だ?」

 

「全身に霊力を漲らせてバチバチと漏れ出してたときがあったじゃないですか」

 

「ああ」

 

「そのときにビビっときたんですけど…………」

 

 

だから、あのとき少し反応してたのか。

 

 

「"決めポーズ"のイメージが湧いたんです!」

 

「…………はぁ?」

 

「何でしょうか…………本当にビビっときたんですよ。だから、そのポージングをしてもらえませんでしょうか?」

 

「何それ意味がわかんないんだが…………」

 

「とりあえず、私の言う通りにしてください」

 

「お、おう…………」

 

 

 

 

 

「まず、脚を少し広めに開いてください」

 

「このぐらいか?」

 

「いえ、もう少し」

 

「このぐらい?」

 

「はい。で、左腕を腰に」

 

「こうか?」

 

 

あれ?何でこんなことしてるんだ?

 

 

「右手は人差し指と親指だけたてて腕を上に伸ばしてください」

 

「ほうほう、何の意味があるんだ?」

 

「腕をもう少し伸ばしてください」

 

「アッハイ」

 

「少しそのままでいてください」

 

 

流れでやったのはいいものの…………なんだこれ。なーんかこんなポージング見たことがある気が…………

 

 

「もう少し腰をこんな感じに」

 

 

と実際にポージングをとってみせる。\キャーイクサーン/とかが聞こえたのは幻聴だろうか。

 

 

「こ、こうか?」

 

「はい、そうです。いい感じにフィーバーできてますよ」

 

「フィーバー!?」

 

「では、体勢を元に戻して、私が合図したらそのポージングをとってください」

 

「は、はい」

 

 

「キャーユウサーン」

 

「!?」

 

 

な、なんだその合図は!?反射でポージングをとってみたが…………

 

 

「うーん、腰つきがなってませんよ。もう一度」

 

「アッハイ」

 

 

ご不満のようです。

 

 

「では…………キャーユウサーン」

 

「…………」

 

「完璧です!理想的なフィーバーができてます!そこにあの霊力の放出があればもう大フィーバーです!」

 

「お、おう…………」

 

「今度はキャーユウサーンと言われたら条件反射でできるまでしましょう!」

 

「え?ちょっ!ええ!?」

 

 

この後、メチャクチャフィーバーした。


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