諸行有常記   作:sakeu

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第89話 策略の日の竜宮の使い

最近やたら雨が降るかと思えば、今度はその分蒸発させんといわんばかりの快晴の日が続く。ただいるだけで汗だくになるような気候の中、インドア派の俺とは違いアウトドア派の里の人々は今日も里を賑やかせている。

 

巨大な木材を運ぶ大工さん、元気に声を出し商品を勧める八百屋や魚屋など、中には妖怪までいる。流石、妖怪にも寛容で有名な里なだけある。

 

俺はと言うと、どこぞの天人様が寺子屋を見事に破壊してくれたお陰で、今は甘味処にて団子を片手にお茶を啜りながらその様子を眺めている。

 

パッツンパッツンの竜宮の使いからは今でも熱烈な教師の依頼を受けている。しかし、今からどんどん暑くなっていくこの時期に仕事を増やすのは御免である。ただでさえ、運動不足気味で体力が落ちている中、仕事を無理に増やしてまたぶっ倒れるのはもうしたくない。

 

という理由で断っているのだが、それでも深海魚さんは諦めず交渉を持ちかけてくる。流石に玄関でずっと待機していたのは驚いた。

 

とか考えていたら団子はあっという間に無くなり、お茶も飲み干してしまった。

 

次の団子を頼むか…………もう、家に帰ってしまうか…………

 

とか悩んでいるが、簡単に言えば何もする事が無くて暇である。

 

それなら、天人くずれの世話役を受ければいいじゃないかとか言われるかもしれないが…………折角、こんなにも暇な時間を得ているのだ。しっかりとその暇な時間を堪能したいと言うのが俺の本音である。

 

一応、俺の元いた世界から持ってきたものを引っ張り出して整理したりした。本とか服とか…………ああ、アルバムも何故かあったから見てみたが…………それには小学生からの写真しかなかったなぁ。じいちゃんが持ってたりするかな。ああ、する事がねぇ…………

 

ふと何故かは分からないが守谷神社を思い浮かべだので守谷神社に向かうとしよう。

 

 

「おばちゃん、ご馳走様。お金はここに置いておくよ」

 

「あいよ。また、来ておくれ」

 

 

甘味処を後にして守谷神社へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

人々で賑わう人里とは対照的に、守谷神社のある妖怪の山は静まり返っている。境内も同様で、清浄な空気が満ちている。

 

 

「あっ、勇人さん!」

 

 

お、石畳の参道で箒を片手に掃除している早苗を発見。

 

早苗はこちらを確認するなり、鳥居の下にいる俺のそばまで駆け寄る。

 

 

「珍しいですね、勇人さんの方からここに来るなんて」

 

「少し暇だったんでな。少し寄ろうと思ったのだが…………邪魔なら帰るが…………」

 

「いえいえ!寧ろ嬉しいです!」

 

「そ、そうか。最近、やけに暑い日が続くが体調は大丈夫か?熱中症には気をつけないとな」

 

「そうですね…………諏訪子様も暑過ぎて元気が無いぐらいですからね。そう言う勇人さんも気をつけてくださいよ?」

 

「ああ、気をつけるよ」

 

 

 

「本当に暑いな…………そのせいか、宴会の話も全く無くなったな」

 

「流石に厳しいんじゃないでしょうか?萃香さんなら兎も角…………他の人たちは外にも出たがらないですしね」

 

「まぁ、頻繁に行われても困るだけだしな。どんちゃん騒ぎも悪くは無いが、静かに景色を眺めている方が俺は好きだな」

 

「それなら、この山は紅葉したらとても素晴らしい景色になるんですよ」

 

ニッコリとそう告げる。

 

「へぇ、緑の妖怪の山しか知らないから秋が楽しみだな」

 

「それなら、いつか一緒に見ませんか?」

 

「そうだな、是が非でも見に来ないとな」

 

「はい」

 

 

早苗は明るい笑顔で答える。

 

 

「そう言えば、今日は寺子屋でのお仕事は大丈夫なんですか?」

 

「ハハ…………なぁ、早苗。比那名居天子っていう娘知ってるか?」

 

「ええ。物凄く我儘で有名な天人さんですよね?会ったんですか?」

 

「会ったは会ったのだが…………まぁ、そいつのせいで今は暇なんだ」

 

「なんとなく想像できます」

 

 

やはり、相当我儘なんだな。誰かが喝を入れてやらないとダメなパターンだな。

 

 

ふと、何かの気配を察知して振り返ると真っ白になった髪をした爺さんとパッツンパッツンの衣装を着こなした女性が見えた。何とも珍しい組み合わせである。

 

まぁ、俺の祖父と竜宮の使いの永江衣玖のようだ。よし、名前はしっかりと覚えてた。

 

 

「じいちゃん」

 

 

俺の声に、じいちゃんは笑みを浮かべる。

 

 

「おや、久し振りに会うのぅ」

 

「そうだなぁ…………最近顔見せれてなかったな」

 

 

そうじゃな、と頷くじいちゃんに、早苗は頭を下げた。

 

 

「お久しぶりです。おじいさん」

 

「うむ。元気そうで何よりじゃ。相変わらず仲がよろしいようじゃのう。こりゃあ、妖夢も嫉妬するわけじゃ」

 

 

穏やかな声に、早苗は顔を赤くしてもう一回頭を下げた。

 

 

「あら、早苗さんが彼の噂の彼女さんでしたか」

 

 

と極めて自然に会話に入って着たのは、竜宮の使いである。

 

 

「初めまして、では無いですよね?早苗さん」

 

「そうですね、えっと永江衣玖さんですよね?」

 

「ええ、そうです。彼とは違って覚えてもらって嬉しいです」

 

「な、何のことやら…………」

 

 

それにしても、じいちゃんと来るなんて…………意味のわからない組み合わせである。接点はほぼゼロに等しいのだが…………

 

 

「そうそう、お前さん地震のときこの永江さんにお世話になったそうじゃないか。しっかりとお礼はしたのか?」

 

 

成る程、そう言うことか…………こりゃあ、外堀を埋めてきやがったな。

 

 

「え?お世話って…………」

 

「安心しろ、早苗。片付けを手伝ってもらっただけだ」

 

「ええ、そうですよ。ただ、人の忠告もまともに聞かず、地震の対策を取らないでいた結果、倒れてきた家具で押し潰された挙句、頭もぶつけて気絶した所に私が来て助けてあげただけですから」

 

「ええ!だ、大丈夫だったんですか!?」

 

「特に問題は無いさ。その後に起きた事の方がよっぽど問題ある」

 

「そうですね。未だに恩を返してもらってませんし…………人々からは良い人だと聞いてたんですが…………ただの演技だったのでしょうか?」

 

「そんな事ありません!勇人さんは誰よりも優しくて、義理堅い性格なんですから!そうですよね!?勇人さん!」

 

 

どうやら相手はこちらの城を完全に落とす気でいるらしい。あっという間に外堀が埋まった。

 

 

「そうじゃそうじゃ。わしに似て恩を仇で返すような輩じゃないわい」

 

 

なんてこったい。内堀まで埋まってしまった。我が城は落城寸前ぞ。

 

 

「そうなんですか?なら、何故私の依頼を受けてくれないのでしょうか?やっぱり、日頃の素行は演技…………」

 

「演技じゃねぇ!」

 

 

我が城、落城なり。

 

 

 

「分かった。天子のお目付役の件、引き受けるよ。これで満足か?」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

澄ました顔でそう言われると余計に頭にくる。

 

 

「それでは行きましょうか」

 

「は?」

 

「受けてくださるのでしょう?だから、今から…………」

 

「いやいや、俺にも準備とかあるから…………」

 

「大丈夫です。噂通りの貴方なら問題無いでしょう」

 

「誰の噂だ!」

 

「この新聞に…………」

 

「あいつ、懲りずに…………」

 

 

ふと、心配そうな早苗の眼とぶつかる。

 

 

「が、頑張ってくださいね、勇人さん」

 

 

そう笑顔で言われちゃうとなぁ…………

 

 

「ああ、任せとけ」

 

 

唯々諾々として従うしかあるまい。見上げれば空はことごとく徒らに快晴である。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「驚きましたよ、勇人さん、飛べたんですね」

 

 

言葉とは裏腹に、落ち着いた声で告げる竜宮の使いの前で、俺はおもむろに最近使い始めた頭痛薬を取り出して、二錠まとめて飲み込んだ。もちろん、薬は安心安全の永遠亭製である。

 

 

「ただの人間が人里に住まずに妖怪の山に住んでるものでしたから心配してましたが、そうでもなさそうですね」

 

「はぁ…………早苗から教えてもらった」

 

 

「早苗さん?ああ、成る程…………」と何やら意味深長な顔をするが、放っておこう。

 

 

「しかし、いつの間に俺のじいちゃんと知り合ってんだよ」

 

「たまたま会ってお話ししてただけです。私はそれよりもすんなりと依頼を受けてくれたのが驚きです」

 

 

さほど驚いているようには見えない。依頼を受けざる得ない状況に追い込んでおきながらぬけぬけと…………

クスクスと笑みを浮かべて、俺の方が一方的にからかわれているような気分だ。

 

 

「あの天子とか言うお嬢ちゃんはかなり我儘そうだな…………俺の手では負えんかもしれないぞ?」

 

「いえ、傍若無人な総領娘様には慇懃無礼な貴方が適任かと」

 

「人を馬鹿にした事は無いが…………」

 

 

「的確な評価だと思いますけど…………」とか言う永江衣玖を制して

 

 

「だいたい厳しい修行をして、欲を無くしたはずの天人が、何故あんなにも我儘なんだ?もっと、お淑やかであるはずだろうに」

 

「総領娘様は修行して天人になったのでは無いので…………」

 

 

と微笑を苦笑にかえて、軽く肩をすくめた。

 

わけあり、というわけだな。なんやかんやでこの人も苦労してんだな。

 

 

「はぁ…………まぁ、教師をするからにはきちんとやらせてもらうが…………うまくいくかどうかは分からんぞ?」

 

「いえ、そもそもその様な役を引き受けてくださる人がいなかったので…………やってくださるだけでもありがたいですよ?なんなら、天人になる修行でもしたらどうですか?」

 

「天人?おいおいバカはよしてくれ。苦労のない人生なんて何の張り合いもないから楽しくないさ。それに俺はただの人間でさえあればいいんだ」

 

 

俺の言動に、衣玖さんは軽く目を見開いてから、微笑した。

 

 

「フフ、面白い人ですね」

 

「そうか?つまんない男だと周りからは酷評されていたが…………」

 

「少なくともこの幻想郷ではつまんない男だとは思われてませんよ。寧ろ、外界から来た人にしては馴染み過ぎな気もします」

 

 

フッと思わず小さく笑ってしまう。

 

 

「まぁ、そのぐらいが丁度いいさ。無理に意地を通そうとすれば窮屈になるからな」

 

 

曖昧な記憶にあった誰かの言葉を思い出しながら呟く。

 

すると、目的の有頂天が見えてくる、

 

 

「教師の到来を心から歓迎しますよ、勇人さん」

 

 

 

 

「ようこそ、天界へ」


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