諸行有常記   作:sakeu

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第9章 教師、出張也
第87話 災害の日の青年


妖怪の山の遥か上空に、古くから『天界』と呼ばれる世界がある。

 

そこは修行を積み欲を捨てた天人という者たちが住む所らしい。危険もなくただ歌って、踊って、遊んだけの世界。理想的な世界のようにも見える。しかし、俺は理想を目指しその過程で様々な苦労などを経験してこそ生き甲斐を感じるのであって大袈裟に言えば理想は叶わなくても良いのである。そのような世界に住みたいとは思わない。無論、叶う方がいいと思うが。

 

まぁ、そんな世界に住む人たちはきっと俺には想像すらできないような苦労をしてきた人たちなのだろう。

 

天界の事を考え、空を見上げてもその世界は見えず、ただ曇り空が広がるのみ。雨が降りそうだな…………洗濯物を取り込まないとな。

 

たまにこうやって空を見上げて色々考える時、ふと思い出す名文がある。

 

 

"運命は神が考えるものだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ"

 

 

そう記したのは皆ぞ知る、文豪、夏目漱石である。

 

この言葉を教えてくれたのは熱心な文学青年であった。彼は典型的な文学オタクだったが特に夏目漱石を心酔し、周りからは少々変人扱いを受けていた。

 

もっとも、俺こと碓氷勇人も人の事を言えず、人を寄せ付けないオーラから変人扱いを受けていた。しかし、中身は立派な現代人であるし、『孤高の存在』とか言って強がってみても人と付き合うのが苦手ーー所謂コミュ障気味の青年に過ぎない。まぁ、そのコミュ障は解消されたと思っているが。

 

当たり前だが、夏目漱石とはなんの縁もなく、日々教師として仕事に勤しむ1人の青年である。

 

ふと、後ろに着地をした音がする。

 

 

「おはようございます、先生。例の件の答えを聞きに来ました」

 

「はぁ…………空はこんなにも青いのに」

 

「いえ、今日は曇りです。午後からは雨が降ります」

 

「…………洗濯物を取り込んで正解、か。天気予報どうも」

 

「どういたしまして。では、答えを…………」

 

「それは最初言った時と変わりません」

 

「そうですか………流れ的にいけると思ったのですが…………」

 

「どういう流れなのかは聞かないのでお引き取りを…………」

 

「残念です。貴方は義理堅いお方で受けた恩を仇で返さないような人と思ってたのですが」

 

「うっ…………」

 

 

普段ならとっくに寺子屋に行き授業をしているはずの俺が今こうして空を見てくだらない事を考える事が出来るぐらいに暇を手に入れたのは後ろにいるであろう女性に出会ったせい、だと俺は思っている。

 

 

「確かにその事に関しては感謝しているが…………」

 

「感謝しているのなら行動で示して欲しいものです」

 

 

言い返す言葉が浮かばないのでとりあえず振り向きその女性と対する。

 

全体的な特徴としてはその圧倒的なフリル。中でも彼女の特徴となるのはその帽子と羽衣。それはどっかの深海魚を彷彿とさせる。

 

また、非常に背が高く日本男児である俺と変わらない、もしくは少々彼女の方が高い。

 

そんでもって鈴仙曰く『何かパッツンパッツン』と言うようにスタイルもよろしと。

 

そんな彼女は竜神からの重要な言葉を人間に伝える役目を持つ。そう、彼女の名は…………名は……………………

 

 

「永江衣玖です。まだ、私の名前を覚えてくださってないのですね」

 

「そんなわけないさ、パッと出なかっただけ」

 

「では今ので覚えましたね。それでは貴方は恩を仇で返すような悪童なんでしょうか?」

 

「だから…………別の方法なら考えるのだが、それだけは許可できん」

 

「たかが"総領娘様の教師役"をしてもらうだけですよ」

 

 

俺は彼女の事が苦手なのかもしれない。

 

 

事の発端はあの日からだった。

 

 

 

 

 

 

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俺が週2の休日を提案し取り入れられての初の休暇を迎えた。生徒達には課題を出さず丸2日休める状態であった。

 

慧音さんもやりたい事があるらしく、この制度は早速役に立ったというわけだ。現代世界では当たり前のことなのだが。

 

無論、俺の休日の過ごし方は決まっている。足りない睡眠時間を補充するのだ。早起きしなくて良いという至福の2日間を満喫するとしよう。

 

しかし、そのような日に限って朝早くに来訪者が来るのである。玄関から戸を叩く恨めしい音が響く。

 

戸を叩く場合は早苗と妖夢の線は無い。2人とも勝手にというかなぜかうちの鍵を持っているのだ。つまり、戸を叩かず勝手に家に入って来る。別に盗みをするとは思っていないので咎めやしないが。

 

後の可能性としたら鈴仙、もしくは射命丸文である。前者はあまり無いので無いと考え、後者は…………かなり頻繁にある。

 

新聞をとらないかとか、取材とか…………俺には新聞を読む習慣が無ければ、誇張に表現される新聞に載ろうとも思わない。だから、いつもお引き取りを願っている(というか無視している)。

 

しかし、その日は非常に疲れていたのでボケていたのだろう。わざわざ起き上がり、全くもって機能しない思考回路を引っさげて玄関に向かったのだ。

 

 

 

 

 

 

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久し振りの下界。

 

少し時が経ったからと言っても下界が大きく変わっていません。それは天界にも言えますが。

 

私は、相変わらず竜宮の使いとして人々に龍神様からの言葉を伝えつつ、総領娘様のお目付役も勝手ながらにやらせてもらっています。

 

しかし、総領娘様のわがままには最近目に余るものがあります。私では手に負えないくらいにわがままの度は高まっています。その尻拭いをしているのは誰が総領娘様には考えて欲しいものです。

 

誰か総領娘様の教育者となるような人がいませんでしょうか…………

 

 

 

 

「…………という訳で地震が起きます」

 

「あやや、これまた急にですね。いつでしょうか?規模は?」

 

「それは分かりません。ので備えは早めに」

 

「え、あ、ちょっと!」

 

 

と呼び止められますが構っている暇はありません。なんせ、幻想郷中に伝えなくてはいけませんから。一人一人に詳しく説明していたらあっという間に地震が起きてしまいます。

 

 

 

やはり、下界ではあまり変わっていませんね。こっちは地震の事を伝えようとしているのに何故か戦闘に発展させようとするものですから苦労が絶えません。

 

総領娘様に

 

 

「説明が端的すぎるのよ。もうちょっと説明したらいいのに」

 

 

とか言われましたが十分な説明だと思っているのですが…………

 

とか考えてますと妖怪の山に一軒の家が見えます。あんな所に家なんてあったでしょうか?もしかしたら妖怪が建てたかもしれません。念のためにこの家の方にも伝えるとしましょう。

 

 

 

 

改めて家に近づくとごく普通の家です。玄関の戸を軽く叩くと、暫くの間があってから

 

 

「…………どちら様ですか」

 

 

といかにも寝起きですというような人間が出てきました…………人間!?ここは妖怪の山のはず…………人が住むような場所じゃないです。

とは言ってもどこに住むのかは私があーだこーだ言う資格は無いので地震の事を伝えてしまいましょう。

 

 

「私は竜宮の使いの永江衣玖です。近々地震が起きますのでお知らせを」

 

 

と彼に目をやると目を瞑って寝てしまっているようです。他人事ですが大丈夫なのでしょうか?

 

 

「…………はっ、すまない。少し意識が飛んでいた。なんて言った?」

 

「だから、近々地震が起きますので備えといてください」

 

「地震?幻想郷でもあるんだ…………」

 

「そりゃあ、ありますよ。ところで貴方は人間なのでしょうか?」

 

「ああ、つまらん人間だよ」

 

 

彼の渾身のボケでしょうが流れからしてつっこんでも得るものは無いのでスルーさせて貰います。

 

 

「なら、何故この妖怪の山に?失礼ですが貴方みたいな腑抜けた人間がここにいては自殺行為同然だと…………」

 

 

これは素直な疑問です。いくらマヌケだとしても妖怪の山に住もうなどとは思いません。ただの人間がこの山で生きていけるはずが無いのです。

 

 

「自分でつまらんと言ったが腑抜けたと言われるとはなぁ…………」

 

 

と頭を掻く姿はやはり普通の青年です。

 

 

「……………………」

 

 

ふと彼は黙りこちらを凝視し始めました。その目つきはお世辞にもいいとは言えず、周りからは良い印象を与えないでしょう。

 

顔に何か付いているなら口で伝えて欲しいものです。

 

 

「…………はっ、すまんすまん、余りにも綺麗だからつい見とれてたよ」

 

「き、きれっ!?」

 

 

な、何を言い出すのでしょうか!?空気を読めるので相手の下心も丸分かりなのですが彼にはそういった下心が全く無かった。だから、つい慌ててしまった。

 

 

「冗談だ、軽く意識が飛んでただけだ。最近は忙しかったからな。まさか本気にしてないだろ?」

 

「あ、当たり前です!伝えることは伝えましたからねっ!」

 

 

空気を読む私がまるで見透かされているかのように彼は薄く笑っています。この人は一体々…………

 

顔が熱くなるのを感じながら逃げるようにその場から飛び立ちました。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ…………眠っ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

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あれからというもの、彼にしてやれたままでは何か癪なのでもう一度会う事にしてみました。

 

地震自体そこまで規模は大きくもなく、事前に伝えた事もあってか被害もそこまで無いようでした。

 

そして、妖怪の山にある一軒家に訪れると、戸の鍵は開いており叩いても反応しないので勝手に上がらせて貰いました。

 

 

「ごめんください…………って、これは…………」

 

 

中は地震の影響か本やらタンスやらが散乱していました。私の話を聞いてたのでしょうか…………

 

この考えは的中してたようで散らかった部屋の中に埋もれて白目剥いて倒れている彼を見つけたのでした。

 

 

 

 

 

 

「何をしているのですか!?私は伝えましたよね!?そのままだといつ妖怪に襲われてもおかしく無かったんですよ!?」

 

「…………そ、そうか。確かに助かったが、しかし、勝手にうちに入ってくるのもどうかと…………」

 

「それは関係ありません!」

 

「お、おお…………だが、俺の記憶には君の事も、君が伝えにきたという事も無いぞ?そもそも君は誰だ?」

 

「な…………私は確かに貴方に伝えましたよ!!」

 

「そ、そうなのか…………俺、朝はどーにも弱くて…………」

 

 

私は珍しく怒っていたと思います。そして、同時に彼は総領娘様と同じく誰かがいないとダメなタイプです。とその時はそう思っていました。

 

 

「ま、落ち着いて。兎に角自己紹介をしよう、な?」

 

「わ、分かりました…………私も少し熱くなりすぎました」

 

「俺は碓氷勇人だ。教師をやっている」

 

2()()()自己紹介ですが竜宮の使いの永江衣玖です」

 

「リュウグウノツカイ?」

 

「いえ、竜宮の使いです。竜神様の言葉を聞き人々に伝える役目のことです」

 

「よく俺が違うイメージしているのが分かったね」

 

「貴方のイントネーションが明らかに違ったので」

 

 

しかし、こうしてしっかり目が覚めた状態でも彼は目つきは悪いです。しかし、あの時とは違い見透かされている感じはせずいたって普通の青年という印象です。では、あの時の敗北感は?

 

しかし、そんな疑問もこの後の彼の本当の姿を見る事で解決するのでした。

 


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