諸行有常記   作:sakeu

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第73話 8F(魔王の黎明)の日の青年

〜勇人side〜

 

「………………うぅ」

 

勇人は目を覚ます。体をゆっくりと起こし、辺りを見回す。飾り気のない無骨な部屋。

 

「そうだ…………早く妖夢達の元に…………」

 

鉛のように重くなった体を引きずるように歩く。

 

 

ーーーージョースター家 波紋 石仮面

 

 

「!?」

 

刹那、頭の中に経験のした事がないビジョンが浮かぶ。

 

「な、なんだ!?さっきのは…………」

 

 

ーーーースタンド 『世界』 征服

 

 

経験した事がないーーはずなのにまるで自分が経験したかのような錯覚に陥る。

そして、その記憶には今まで自分が抱いた事のないような感情までそれが自分が抱いできたかのようにすら感じ始める。

 

 

「う…………ッ」

 

強烈な偏頭痛に襲われる。まるで勇人の頭を蝕むかのように。

あまりにの痛みにその場に座り込む。

 

 

「あぐッ!?ぐ、グアァァァ!」

 

その痛みは激痛へと変わり、勇人は悶える。

 

 

ーーーー急に止まる心臓、撃ち抜かれる脳天ーーーー人間ドミノ、ライカンの王…………

 

 

様々な情報が無理矢理頭の中に流れ込む。

 

「はぁ……はぁ……これは……知ってる……この『記憶』は知ってる……ッ!」

 

それもそのはず、この『記憶』は勇人達が闘ったジオットやグントラム、そしてDIOの記憶なのだから…………

 

 

「で、でも、この記憶は…………俺が経験したものでは無い…………」

 

 

「目覚めていたか」

「!?」

 

勇人の目の前に黒い煙が突然現れる。その煙は少しずつ人の形に成していき、1人の女へとなった。

 

勇人は瞬時に銃を取り出そうとするが見つからない。

 

「探し物はこれか?」

 

1人の女ーーもとい、勇人をここに連れてきた張本人のシアンは勇人の回転式拳銃をその手に持っていた。

 

「…………ッ!」

「残念ながら今は渡せないな」

 

 

それならばと掴みかかろうとする。

が、周りにを見れば黒い煙ーー虫達によって囲まれていた。あの虫達の脅威は十二分に知っている。

まさに絶対絶命のピンチ。

 

そこで問題だ!こんな状況をどのように切り抜けるか?

3択ー1つだけ選びなさい

 

答え①策士の勇人は突如反撃のアイデアが閃く。

答え②京谷達が助けに来てくれる。

答え③虫に食われる。現実は非情である。

 

「(ここでのベストは答え②だが…………多分、京谷達は俺がどこにいるのかは把握していない。そんな都合よく助けに来てくれない…………)」

 

「(なら!答えは①だ………ッ!」

 

勇人は不変の空間を自分の周りに作り出し、逃げるのではなくシアンの元へ駆ける。

 

「(数百万匹の虫で構成されてるようだが…………あれだけ統率された動きをするのなら、司令塔がどこかにいるはず…………ッ!その可能性があるのはあのシアンだ!)」

 

「ふむ…………その能力はよく分からないが…………こちらからは触れないようだ…………しかし…………」

 

あと少し、あと数歩でシアンに届こうとした時

 

「自分の体力はしっかり把握しておくべきだぞ?」

「…………なッ!?」

 

不変の空間は既に保たれてなかった。

 

「(時間が短くなってる!こ、これは…………!)」

 

…… 答え③

 

 

…… 答え③

 

 

「…………答えは③か。もう、これ以上の策もねぇ」

 

視界が黒く染まり、死を覚悟する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

しかし、勇人の体が蝕まれる事は無かった。

 

「どうやら、馴染んで来たようだな」

 

人は自分自身を鏡など無しで見る事は出来ない。よって、勇人も自分自身を見れない。つまり、外見の異常に気付く事が出来ない。

今の彼は微小でありながら異変が起こっていた。目が瞳が青く光っていたーー普段は黒く、死んだ魚の目みたいだとまで揶揄される目が。

 

「体はもう侵食したようだな…………後は…………心だけか?」

「はぁ…………?」

「聡明な君の事だ。もう何が起こったかは把握済みだろ?」

 

そう、勇人は既に分かっている。今彼の心中には

 

「(俺のものにしたい…………この世界を…………!人間共を葬り去りたい…………この手で…………嬲り殺して…………!)」

 

汗が頰を伝う。両手に力が入る。普段はそんなに開かない瞼も大きく見開く。

 

「なんの…………ことか…………さっぱりだ」

「フフ……無理なんかしなくていい。もう、分かっている」

 

シアンは既に勇人のすぐ近くまで来て頰を撫でている。

しかし、勇人は動かない。腹の底の化け物を抑えるのが精一杯で。

 

「(人を嬲り殺すのが……自分の本能だ……前々から人を嬲りたかったはずだ…………ッ!)」

「ち、違う…………ッ!」

 

化け物に反抗するが食道まで上がり、歯に手を掛け外に這い出ようとする。

 

「さぁ、お前の本性を曝け出せ、その手で全てを手に入れろ」

 

シアンが耳元で囁く。

 

「違う…………違う……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!」

 

声に出す事で理性を保とうとするが…………

 

 

「( 嬲 り 殺 せ)」

 

化け物は既に勇人の体から出て来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

「これで器は完成だ…………魔力を注ぎ込めば魔王の誕生だ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ハッハァ!!!これで漸く魔王の復活です!!これで支配も思いのまま!!」

「………ッ!?残念だがソネ、どうやら復活は延期だ」

「この場合だと、先に地上に戻った2人がどうにかしてくれたな。計算外の事が起こったなぁ!!テメエら!!」

 

 

この時、外では……………………

 

 

 

「これでいいでしょうか?慧音さん?」

「ああ、全部は破壊してないだろうな?」

「ええ、いくつかは残しておいたわよ」

 

早苗、鈴仙、慧音の3人の頭上には『ヘブン・クラウド』そして、足元には魔法陣が。

その魔法陣のいくつかは消され効力を失っている。

 

「本当にあるとわね…………やっぱり、これはあの『歴史書』に書かれてたのと同じじゃないかしら?」

「…………そうなると、この城の中では魔王の誕生が画策されていたということになるな」

「そう考えると…………私達がやった事はとても重要ですね…………」

「ああ、下手をすればこの城から魔王が出て来て幻想郷が大混乱に陥るからな」

「後は勇人さんに任せればいいのね。…………そして、私と結婚するのよ…………」

「そ、それはダメですッ!」

 

しかし、その勇人が危機に瀕している事を気づく事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

そして、場所は戻り『ヘブン・クラウド』の中へ。

 

「はぁ…………物事とはやはりうまくいかないものですねぇ…………」

「仕方がないだろ、ソネ」

「…………フフ」

「シアン…………何が可笑しい?今は笑うとこじゃないだろ?」

 

張り詰めた空気の中対峙する6人。それぞれが臨戦態勢の中、シアンのみがただ突っ立ているのみである。

 

「まぁ、そんな事もある。しかし、それは予想の範囲内だろ?ソネ」

「確かにそうですが…………」

 

「なんだなんだ?まさか、『こんな事もあろうかと秘密兵器を用意してのだ!』とかじゃないだろうな?」

「ええ、そうですよ。まぁ、私は何なのかはシアンに聞かないと分かりませんがね」

 

まさか、その通りだとは思わなかったのか京谷は少々驚く。

 

「へ、へぇ……じゃぁ、見せてみろよその『秘密兵器』とか言う奴を!」

 

「そんな無駄口いつまで言えるのやら…………まぁ、強かに足掻くといい」

「で、シアンその秘密兵器とやらは?」

 

と周りを見るソネ。しかし、何処にも"秘密兵器"は居ない。

 

「…………既に居る。ハキム、お前の後ろにな」

「ぬぁ!?い、いつの間に!?」

 

ハキムの後ろに居るのは京谷よりやや背が低めの人。影になっているためしっかりとは見えない。

 

「ま、まさか!?そ、そやつは…………」

 

 

影から現れた人物ーーそれは勇人だった。

 

 

「ゆ、勇人さん!?」

 

 

「まだ、魔王とまでは言えないがある程度の魔力の供給は終えてる。実験がてら貴様らと戦わせてやる」

 

 

「ゆ、許しませんッ!」

 

怒りに冷静さを欠いた妖夢は地を蹴り、シアンの元へ一直線に向かう。

 

「ま、待てッ、妖夢!早まるな!」

 

京谷の忠告も妖夢の耳には届かない。そのまま、シアンを斬りつけにかかる。しかし、シアンはいつもの如く虫の群れには変わらず突っ立てるのみ。

 

 

「ゆ、勇人さん…………!?」

 

 

シアンと妖夢の間に勇人が現れる。しかし、妖夢が気づいた時には勇人の脚が妖夢の腹を捉えていた。

骨の軋む音が聞こえ、妖夢の体は壁へとぶち込まれる。

 

 

「お、おい!何をしてるんだッ!」

「だ、大丈夫!?妖夢!」

「は、はい…………大丈夫です」

 

実際の所、妖夢は腹に受けたダメージより勇人に明確な殺意を持って攻撃された事の方がショックであった。

 

「合格点だな。人間より遥かに強大なパワーを得ている」

 

「勇人!目を覚ませッ!」

「無駄よ。こいつの記憶は魔王の魂によって上書きさせた。それに今は私の虫を寄生させて、私の命令にしか言うことを聞かない」

 

「そして、こいつに命令にしたのは…………貴様らを全員始末しろ、だ」

 

それと同時に勇人は京谷へと迫る。それに迎撃する形で京谷はスタンドで殴りかかる。

「無駄ァ!」

 

京谷の渾身の拳は勇人の片手で受け止められる。

 

「な…………ッ!?」

 

そして、京谷の手の甲は裂け、血が噴き出していた。

「ぐ…………ッ!」

 

物体には衝突する際、反作用が発生する。即ち、硬いものを殴れば痛い。当たり前の事だ。

勇人は自分の手の平の部分に不変の空間を生み出していた。不変の空間ーーそれは絶対に干渉する事の出来ない世界。言い換えれば絶対に壊れない壁。それを京谷は全力で殴った事により拳へのダメージが入る。しかし、京谷を驚かせたのはそこでは無い。

 

「お前…………スタンドが見えてるのか…………?」

「……………………」

 

あの受け止め方はどう見てもスタンドが見えてるとしか言いようがない。

再び勇人は地を蹴り、弾丸の如く京谷へと突っ込む。

 

「…………ッ!」

 

勇人の右ストレートを京谷の右拳が受け止める。

 

「無駄ァ!」

 

ギギギギ…………

 

人間の域ではない重い一撃ににより、京谷の肩に痛みが走るが、なんとか振り切り手刀を繰り出す。

しかし、勇人は射程範囲外に流れ、手刀は空を切る。

 

「!?」

 

勇人の体は急に京谷の元に移動する。所謂"瞬間移動"と言うのだろうか?

 

「射程距離に入った!」

 

スタンドの左ストレートが勇人の腹部へと決まる。

 

「…………ッ!」

 

勇人の表情が少し歪む。だが、次の瞬間勇人は京谷の頭を掴んでいた。

 

「なッ!?」

 

そして、そのまま京谷の顔に膝蹴りを叩き込む。

 

ガギィィン!

 

ギリギリの所を京谷はスタンドでガードしていた。そして、そのまま勇人の右脚を右拳が強打する。

 

バギィィ!

 

勇人の右脚が奇妙な形に変形し、血が噴き出す。

 

「…………ッ!」

 

ここまでダメージを受けて尚、声一つ出さない勇人は一旦距離を取る。しかし、右脚が使えずその場に倒れる。

 

「その脚は後で治してやるから…………今は寝といてくれよな!」

 

京谷が追撃をしようとした瞬間、勇人は地面を拳で砕き、その破片を京谷に投げつけた。

 

「ぐ…………ッ!」

 

ただの破片なら京谷は傷一つつかないだろう。しかし、勇人が投げた破片は不変化され、『勇人が投げた方向に進む』と言う事が絶対に遂行されるようになった。簡単に言うと…………

 

「うぐ…………ッ!」

 

破片は京谷の体を貫通していた。腹部にはいくつもの穴が空き血が噴き出す。

勇人にとっては破片のように細かい物は凶器にへと変えれる。

 

右脚を庇いながら勇人は立ち、京谷と対峙する。

 

勇人の目はいつものような黒い目ではなかった。青色に変わり、京谷を冷たく射抜くような視線へと変わっていた。

 

 

「勇人!!いつものようなお主はどうした?お前のような優しい奴がどうして簡単に魔王の魂の記憶の侵食を許したんじゃ?」

 

勇人の祖父は訴えるかのように叫ぶ。

 

「そうです‼︎早くいつものような勇人さんに戻ってください‼︎」

 

それに続いて妖夢も叫ぶ。

 

「……………………ッ!?」

 

勇人の顔が歪む。いや、勇人の中に潜んでいた化け物の顔が歪む。

 

「フフ…………ハハハハハ!」

 

張り詰めた空気の中、場違いな笑いが響く。

 

「テメェ…………何が可笑しい!?」

「フフ、すまない。しかし、彼の事は老いぼれ……貴様が1番分かってるだろう?」

「…………さて?」

「優しい?魔王の魂を通してこいつの記憶を少し覗いたのだが…………」

「それ以上言うんじゃないッ!」

 

今まで聞いた事のない大きな声をじいさんは発していた。しかし、シアンはそれを無視する。

 

「こいつはだな、とてつもない程の暴力衝動を持っている」

「…………は?」

「なかなか面白かったぞ?昔、夜な夜な出かけては人をボコボコにし、昼間は平気な顔して生活する」

「本当なのか…………?」

「……………………」

 

京谷の問いにじいさんは黙り込む。

 

「まぁ、今じゃすっかり抑え込んでコントロールしてたようだがな…………私はそれをちょっといじっただけだ。そうしたら、あっという間に衝動に歯止めが効かなくなったよ。私がこうやってコントロールしてなかったら誰振り構わず殺してただろうよ」

 

「じいさん…………もう一度聞く、本当なのか?」

「……ああ、そうじゃ。勇人はずっとその衝動をどのように抑えるかでずっと悩んできた。じゃが!それはもう昔の話のはず!今はそんな衝動なんてもう無くなったはずじゃ!」

「無くなった?誰かを守ると言う事に集中して誤魔化してただけじゃ無いのか?その守ると言う事が心を揺らがず物の原因になった」

 

「…………だから?」

 

京谷はその一言だけで片付ける。

 

「確かにちょっとは引いたが…………俺は勇人が悪い奴とは思わないぜ?」

「そうね、根っからの悪人ならそんな事で悩むはずが無いもの」

「ゆ、勇人さんはいつも人の為に動いて…………自分が傷つくのを御構い無しに…………そんな勇人が優しくないわけが無いです!」

 

「なら、勇人が魔王の魂を受け入れた理由はなんだ?」

 

 

「勇人は受け入れてなんかいないぜ」

 

 

勇人ーーいや、化け物の顔が酷く歪んでいた。まるで化け物に勇人が対抗しているかの如く。

 

「なッ!?完全に記憶は…………ッ!」

 

「後は俺たちが手を差し伸べるだけだな!」

 

京谷は勇人を取り返す為に化け物へと迫ったーー


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