諸行有常記   作:sakeu

102 / 105
第102話 落日の日の青年

〜宴会から7日後〜

 

 

勇人が穴に落ちていったのを確認したダンは、あたりを見渡した。

 

そして、勇人によって傷のついた頰を撫でる。少し油断したとは言え、傷をつけられるのは()()()として屈辱的だ。しかし、ダンとしてもっと屈辱的だった事はーー勇人が撃つ瞬間の殺気に少しながら、怯んだ事だ。

 

 

…………もう、ここには用はない。

 

 

ダンは勇人の落ちた穴に背を向け、銃を肩に担ぐように持ち妖怪の山から出ようとした。

 

 

「…………獲物はどこじゃ」

 

 

広島弁の男がダンに声をかけた。スーツを着たダンとは対照的にアロハシャツとジーンズというラフな格好であり、腕には刺青をのぞかせる。

 

 

「はっ、今更何を聞いている?貴様がチンタラしてる間に()っちまったよ」

 

 

()る。この者の間にとって、『殺す』とは言わず『()る』というのが当たり前のようだ。

 

 

「ーー死体は確認したんか?」

 

「知るか、穴に落ちていったのを一々確認する必要もねぇよ。あの深さなら死ぬか大怪我。後者なら野垂れ死ぬを待つだけだ」

 

 

男はダンの頰を傷をみつけ、

 

 

「ガキに傷を負わされたんか?」

 

 

その言葉がダンの癪に触ったようで

 

 

「あ?攻撃すらできなかった間抜けよりマシだろ」

 

「ガキに傷を負わされる殺し屋にゆわれとぉない」

 

「もう一度、()ってやろうか?盗人(コヨーテ)

 

 

ダンはダブルバレルの大口径リボルバー銃を、コヨーテは改造の施されたリボルバー銃を互いに向けた。

 

 

「銃を下ろせ!」

 

 

子供特有の甲高い声を張り上げたのはルーズなランニングシャツとハーフパンツを着た、小柄で痩せた体躯の少年である。目深に巻いたバンダナとヘッドホンで目と耳を覆ったスタイルが特徴的だ。

 

その少年も二丁のフルオートマチックの銃をダンに向けている。

 

 

「チッ」

 

 

少年の半端な介入によりますます空気は険悪なものとなった。少年に対しても「()らてぇのか?」と容赦なく殺気をぶつける。

 

 

「ダン、コヨーテやめないか」

 

 

今度は白いスーツを隙無く着こなす長身の黒人男性が姿を現した。自由に衣服を着る3人の中で唯一、髪と髭整えており、きちっとしている。

 

 

「チッ、業者(ガルシアン)に免じて許してやる」

 

「ケッ」

 

 

銃を下ろしたものの、睨み合う2人に構わず、ガルシアンは続けた。

 

 

「で、ダン。()ったのか?」

 

「ああ、さっきな」

 

「…………そうか」

 

 

そう言う、ガルシアンはどことなく悲しそうな顔をした。それを見て、ダンは

 

 

「優しすぎんだよ。ガキとは言え17だ。一々同情してたら殺し屋なんてやってらんねぇぞ」

 

「17か…………まだまだ子供じゃないか」

 

「はぁ…………お前といると調子狂うぜ…………」

 

「他に用件はないんか?」

 

「それだが、どうやら私たちは閉じ込められてしまったようだ」

 

「どういうことだ?」

 

「この幻想郷から出られなくなった、ということだ」

 

「はぁ?結界でも貼られとるんじゃったら、あんなぁに任せりゃぁええのに」

 

「そうにもいかんのだ。結界の主を倒さんと外に出られない」

 

「結界の主…………あの女か…………」

 

「当分、私たちはその主を()ることが今後の行動だ」

 

 

といい、ガルシアンらは粒子となって消え去った。そう、大将(ハーマン)の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜宴会から8日後〜

 

 

「勇人は確かにここに来たのよね?」

 

 

昨日、勇人が戦った場所に紫と諏訪子が佇んでいた。

 

 

「…………ああ。様子を見にいったさ」

 

 

諏訪子は紫を見た。

 

 

「この木…………」

 

 

紫が、折れた木を見つけた。その木は折れた部分が黒く焦げている。

 

 

「血と…………火薬の匂いがするねぇ…………」

 

 

諏訪子も血痕を見つける。

 

その場所は大きな穴の目の前にあり、誰かがいた事、戦闘になった事を示していた。

 

 

「…………これは勇人の血だねぇ」

 

 

その声は普段と変わらないように聞こえるが、その顔はどこか険しい。

 

 

「こりゃあ、やられちまったかもしれないよ」

 

「いえ…………まだ、生きてるわ」

 

「おや、断言できるのかい?」

 

「ええ、あの人の孫なら簡単にはくたばらないわ。この穴…………確か、旧都に続いてるのかしら?」

 

「ああ。何か考えでもあるのかい?」

 

「勇人は少し、身体が弱いから…………ちょっと稽古でもつけてもらいましょ。萃香から頼んでもらうように話をつけておくわ」

 

「待て待て。勇人に稽古をつけてどうするつもりだい?」

 

「もちろん、侵入者を倒してもらに決まってるじゃない」

 

「侵入者がいつまでもここに居座るわけがないだろ!」

 

「いいえ。居座らざるおえないわ」

 

「…………どうするかは紫の自由だが、そこまで勇人に執着するのは何か理由でもあるのかい?」

 

「さぁ?やられっぱなしじゃあ、勇人も悔しいかな、ってね」

 

「…………はぁ。早苗達にはなんて言うつもり?」

 

「適当に理由をつけておくわ。あ、あと、侵入者はじっとはしてないわ。いつ攻撃されてもおかしくはない」

 

「気をつけておくさ。神様を舐めないで欲しいもんだね」

 

「強者な事は確かよ」

 

「分かってる、心配するなら勇人を心配しな」

 

「そうさせてもらうわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜宴会から10日後〜

 

 

「はぁ…………はぁ…………」

 

 

風が頬を撫でた。

 

洞窟内ゆえ、視界は悪く、足場も悪い。

 

早く逃げないと、そんな思いで満身創痍の体を突き動かした。しかし、肉体的な苦痛は治らず、意識はやや朦朧としていた。意識を手放さないよう、必死に思考を働かせる。

 

片足が使えないのは本当に不便だ。一度捻挫で松葉杖をついてた時期もあったので、不便さはよく分かる。

 

おまけに道は整備されておらず、ボコボコの岩道で余計に進むのを困難にする。

 

 

「こっちに来てる…………」

 

 

掠れる声で呟きながら、自分の左足を見た。

 

脛あたりで歪んでいた左足は、添え木と何かの布で固定されていた。しかし、痛みは発しており、俺の思考を阻害する。撃ち抜かれた右肩も同じように治療が施されており、止血されている。

 

ただ、右腕を下手に動かそうとすれば激痛が走る。そのため、左手にしか銃を掴めない。

 

この状態で動くべきではないという、当たり前の事は分かってはいるのだが、状態が状態。そんな事に甘えている場合ではないのだ。

 

 

 

 

目が覚めた時は随分と驚かされたものだった。

 

まさか、妖怪が俺の手当てをしてくれるとは思わなかったのだ。

 

 

 

 

「うぐっ…………」

 

「おや?目が覚めたようだね!」

 

「妖怪かっ…………!」

 

「落ち着いて、何もとって食おうだなんて思ってないからさぁ」

 

 

金髪のポニーテールに茶色の大きなリボンの女の子が俺を落ち着かせるように言った。

 

服装は、黒いふっくらした上着の上に、こげ茶色のジャンパースカートを着ている。スカートの上から黄色いベルトのようなものをクロスさせて何重にも巻き、裾を絞った不思議な衣装をしている

 

やはり、幻想郷の人々は個性的な服装が好みみたいだ。

 

 

「…………本当か?」

 

「もちろん!私は黒谷ヤマメ!貴方の名前は?」

 

 

すぐには名前を言わなかった。すぐに自分の正体を明かすのに何か気が引けたからだ。ただ、目の前の少女は真っ直ぐとこちらを見ているので問題ないかなと

 

 

「碓氷勇人だ。君が治療を?」

 

「うん!」

 

「そうか…………ありがとう」

 

「いいってことよ!」

 

 

気さくで明るい、そんな印象を受ける女の子だ。彼女は人付き合いが上手そうだ。

 

 

「そうだ、俺の荷物は知らないか?」

 

「こっちで預かってるよ」

 

「そうか、ならすぐにここを出よう。いつまでも世話になっては悪い」

 

 

立ち上がろうとした瞬間、右肩に激痛が走った。思わず、うっ、と声を漏らしてしまった。男ながら情けない…………

 

 

「ちょ、大怪我してるんだから動かないの!安静にしとかないと!」

 

「いや、しかし…………」

 

「大丈夫!人間の男1人くらい苦にならないって!」

 

「そ、そうか…………すまない」

 

「いいから、君は寝てなさい。人間は()()んだから」

 

「!!」

 

 

弱い…………その言葉を聞いた瞬間、あの男との戦いが頭をよぎる。圧倒的な技術の差。短い戦闘の中にそれを痛い程突きつけられた。

 

そんな動揺が顔に出ていたのだろうか。ヤマメという少女が茶色の瞳でこちらの顔をじーっと見つめていた。

 

 

「ど、どうかしたのか?」

 

「いいや、人間なのに随分と落ち着いているなーってね。普通、目の前に妖怪がいたら慌てるのに」

 

 

そりゃあ、妖怪に慣れているからと言いそうになったがそれを堪えた。

 

 

「そ、そうかな?内心はすごくビクビクしてるかもよ?」

 

「ふーん。まぁ、今はゆっくりしてなよ」

 

 

この後、飯まで準備してくれ、こちらが申し訳なくなるほどだった。

 

 

 

 

しかし、全ての妖怪が人間に対して、友好的であると思っていたのが間違いであったと同時に、そんな事すら分からなかった自分が滑稽であった。

 

 

 

その日の晩、俺は飯を食べた後は中々寝付けないでいた。今までぐっすりであったのと、今更右肩が痛むのである。

 

寝れないのならしょうがない。適当に考え事でもするかと思った矢先、外からの話し声が聞こえて来たのだった。

 

 

「やぁ、ヤマメ。元気してるー?」

 

「もっちろん!そうそう!久し振りにこの洞窟にお客さんが来たんだよー!」

 

「本当?どんな妖怪?」

 

「妖怪じゃないんだー、人間がいたのよ。いや、落ちていた?」

 

 

所々聞こえないが、察するに俺の事を話そうとしているのかな?

 

 

「パルスィと歩いていたらね、地上に繋がる場所にボロボロな状態で落ちてたのよ」

 

「誰かに襲われたのかな?」

 

「うーん、右肩に何かで貫かれた傷があったし、そうかも。あと、少し落ち込んでたし」

 

「ふーん、で、どうするの?」

 

「どうする、て?」

 

「食べないの?」

 

 

食べる?今、食べるって言わなかったか?もう少し会話を…………

 

 

「確かに、地上の人間と言えども勝手にこっちに来たわけだし…………」

 

 

 

 

やっぱり!俺を食う気だな!

 

そして、自分の身に危険を感じた瞬間、まだ話し込んでいる妖怪を尻目に妖怪の住処を出たのである。

 

 

 

 

「でも、食べないよ」

 

「知ってる。軽い冗談だよ。人間を食べるタイプじゃないて知ってるよ。でも、気に入ったんでしょ?」

 

「え!?」

 

「女の子はそういうのには敏感なのさ…………ってね」

 

「えへへ…………顔見た瞬間、ビビッと来たんだよ!」

 

「一目惚れ?」

 

「そうなるかな。でも、目覚めた後、少し弱気になった顔もまた…………それに、性格も良さそうだし」

 

「ヤマメって、少し変な趣味持ち合わせてるよね?」

 

「そう?ちょっと落ち込んだ男が好きなだけだって!」

 

「だから、それが変なのよ」

 

 

「ちょっと、お二人さん」

 

「「ん?」」

 

「ここに勇人って子、来なかった?」

 

「あ!萃香さん!」

 

「それに勇儀!」

 

「久しぶりだねぇ。で、見なかったかい?」

 

「勇人って、碓氷という苗字の?」

 

「そうそう!なら、見たのかい?」

 

「見たもなにも、今、うちで休んでますよ。大怪我してたから。今から呼びに行ってくる!」

 

「だってよ、萃香」

 

「やられたっていう話は本当のようだねぇ…………」

 

「案外、弱っちぃのかもなぁ、萃香?」

 

「それはない。私が保証するさ」

 

 

「萃香さん…………」

 

「おや?呼びに行ったんじゃないのかい?ヤマメ」

 

「いなくなっちゃった!」

 

 

 

 

 

…………少し平和ボケしたのかなぁ

 

俺は暗い洞窟の中を歩きながら、無理矢理笑顔を作った。しかし、それも最早引きつったものでしかない。

 

思えば、今まで戦ってきた相手も、力は持てども、技術がない者ばかりだった。それに加え、今までの勝利はほぼ初見殺しだ。2度目で勝てる気などとても思えない。

 

頭を使うと行っても小手先の小技ばかり。とても、技術で賄ったとは言い難い。

 

結局、誰よりも自分を過大評価していたのは自分だと気付いた時、俺は小さく笑った。

 

 

「そんなに、おかしいか?」

 

 

突然、降ってきた言葉に、少し遅れて反応した。

 

後ろを振り向くと、背の高い人が立っていた。疲労からなのか痛みなのかで焦点が合わずぼんやりとしか見えない。

 

 

「えーっと…………貴方は?」

 

「強くなりたいか?」

 

 

その人は女性であった。しかし、どこか聞き覚えが…………っていうか、何だ?強くなりたいか?って。

 

 

「お前はこのままでいいのか?」

 

 

うーん…………頭がおかしくなったのかな?

 

すると、相手の殺気が一気に放出され、皮膚をビリビリとさせた。

 

くそっ、妖怪か…………

 

 

次の瞬間、目の前に拳が迫っていた。しかし、その拳はただの人間や妖怪が繰り出すような生温いものではない。1発で相手の命を刈り取る、そんな威力を感じ取った。

そして、俺は恐怖を感じ取った。

 

 

「…………ッ!?」

 

 

しかし、拳は俺にぶつかる事はなく、目の前で止まっていた。だが、俺は恐怖を未だに感じていた。身体中から汗が吹き出し、奥歯が噛み合わず、カチカチと音を鳴らす。

 

唯一、左腕だけは銃をしっかり持ち、相手の腹に標準を定めていた。

 

恐怖で動けない俺に

 

 

「合格だ」

 

 

その言葉は俺には理解できず、ただ混乱させただけだった。だが、我知らず、俺はその女性について行っていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。