諸行有常記   作:sakeu

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第101話 邂逅の日の青年

 

〜宴会から7日後〜

 

 

俺は、地面に寝転がった状態で、目が覚めた。上を見上げるが穴が続くのみ。空の景色をろくに見れやしない。

 

今日の天気はどうだったけ…………

 

そんなのんびりとした考えは、全身に伝わる痛みで吹き飛ばされた。

 

ぼんやりとしていた視界もようやく輪郭をはっきりと捉えるようになった。しかし、それと同時に圧倒的な現実を突きつけられた。

 

傷だらけの左手が突き出した岩を掴んでいる。周りは、一ヶ所を除いてほぼ垂直に立ち上る絶壁が広がる。地面には2つの拳銃と授業用のノート類が散らばっている。

 

少しずつ状況を理解していくうちに、頰にぬるりと暖かいものが流れ込んだ。

 

それを手で拭い、血液だと気付いた瞬間、ようやく俺は全てを理解した。

 

 

「落ちた、のか…………」

 

 

そう呟くと同時に全ての記憶が蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜宴会から6日後〜

 

 

「ふぅ…………」

 

 

今日の授業を終え、チルノたちに別れを告げた後、俺は1人寺子屋で宿題のチェックをしていた。

 

今回の内容は分数なのだが…………分数は普段算数が苦手ではない子でもここでつまづいて、苦手となってしまう子が多い。今回の宿題は比較的簡単に作ったとは言え、間違いが目立つ。

 

ここの内容となると俺は…………4、5年前になるのかな。まぁ、苦戦した記憶はないな…………

 

 

「お疲れ様です。勇人さん」

 

 

丸付けを終え、ぼーっとしている俺に誰かが声をかけた。

 

 

「おぉ…………早苗か。どうした?」

 

「今日は人里に用事があったのでそのついでに…………」

 

「そうか、ちょうどいい。一緒に帰るか?」

 

「はい!」

 

 

 

 

幻想郷に侵入してきた者の噂はあまり広がっていないのか、人里ではいつもと変わらなく活気付いている。

 

時折、"先生"と挨拶され、これを返す。先生と呼ばれる事にも慣れてしまったな。少し前まで、先生と呼ぶ側だったのに。

 

 

「勇人さん、侵入者の件、どうですか?」

 

「今の所、進展なしだな。ちらほら、見かけたと言う話があるんだが…………」

 

「そうですか…………でも、無理は禁物ですよ?」

 

「大丈夫。今回は霊夢が解決してくれるから。俺はちょこっと手伝うだけさ」

 

「なら、いいです」

 

「あ、そうそう。かなり遅れたが、宴会の件、ありがとう。礼と言ってはなんだが…………」

 

 

と、ノート類の入ったカバンから一番場所を圧迫している大きな箱を取り出した。

 

早苗はその姿を確認した途端、息を呑むような調子が伝わった。そして、僅かな間を置き、パッと顔を俺に向けた。

 

 

「え、ええ!?ゆ、勇人さん!」

 

 

大きな声に少し驚いたが、してやったりと、ほくそ笑んだ。

 

早苗の方は、そんな俺など忘れたかのように、慌てた声を上げている。

 

 

「こ、これ、どうしたんですか?」

 

「どうしたもないさ。俺が買った」

 

 

早苗は箱を胸元に抱え込み、俺を凝視している。

 

 

「気に入らなかった?」

 

「そんな事ないですよ!だって、この()()()()()は外の世界でも中々レアなんですよ!」

 

 

早苗の上ずった声が、空に響く。

 

早苗の見開かれた目が、俺と箱を行き来している。その慌てように流石に俺は苦笑する。

 

 

「女の子にプラモデルはどうか、と思ったが…………喜んでくれてなによりだ」

 

「どうやって見つけたんですか?」

 

「侵入者の調査の為に魔法の森に行った時なんだが、魔理沙に香霖堂という場所を教えてもらってね。そこで見つけた」

 

 

あそこの店主は奇妙な人だったな。ずっと本を読んでて、こちらには興味を示そうともしない。店内も店内でガラクタばっかりだったな。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

プラモデルを買う時に、店主からぼったくりとも言える値段で売られたが…………早苗のこんな笑顔が見れるならいいか。

 

早苗はプラモデルの箱をしばらく見つめた後、いきなり俺の横に移動してきて、腕にしがみついた。

 

 

「今日、私が勇人さんに最高のご飯をご馳走します!」

 

 

未だ興奮の冷めない早苗に思わず微笑が漏れた。

 

愉快な気分のまま、俺は守谷神社へと連れていかれた。

 

 

 

神社に着くと、早苗はパタパタと部屋に入り、プラモデルを置き台所に行った。

 

 

「おやぁ、今日は早苗、やけにご機嫌だねぇ…………」

 

 

部屋で座るとさも当然の如く、後ろから諏訪子様が絡んできた。

 

 

「さぁ…………いいことでもあったんでしょう」

 

「普段は飄々としている癖に、プレゼントをやるなんて、君もなかなかやるじゃないか」

 

「お礼ですよ、お礼」

 

 

この色男め、と絡まれるがふと何かの気配を察したのか、人をからかうような顔が急変し、真面目な顔となった。

 

 

「…………誰か、いるね」

 

「例の侵入者ですか?」

 

「…………いつもの奴とは違うねぇ」

 

「俺が見てきますよ」

 

「気をつけておきな。ちょっと、厄介な奴かもしれない」

 

「了解です」

 

 

俺は銃の入ったバッグごと持ち、守谷神社から出た。

 

 

 

 

少し妖怪の山を捜索すると、目的の人物はすぐに見つかった。

 

少し開けた場所にその男は大口径の銃を肩に担ぐようにして持ち、立っていた。

 

上下黒スーツ姿、黒の瞳に黒の短い髪、全身黒づくめの男はこちらを睨みつけたまま立っていた。

 

 

「貴様が碓氷勇人だな?」

 

「そうだが?何か用か?授業を受けたいのなら寺子屋に言ってくれ」

 

「用か…………用ならある。貴様を()りにきた」

 

「とる…………?」

 

 

なんだ?何か俺から奪うのか?

 

 

「ふんっ、ただの餓鬼相手に弾は1発で十分だ」

 

 

銃口がこちらを向き、安全装置の外れる音が鳴る。それと同時に俺は咄嗟に不変の結界を作り出した。

 

 

パァン!

 

 

「…………ん?」

 

「ただの餓鬼に…………なんだって?」

 

 

俺はすぐに男の獲物を確認する。銃口が2つのダブルバレル方式か…………は?レボルバー拳銃でダブルバレル?それを片手で…………?

 

 

「チッ…………テメェも何か能力を持ってやがんのか」

 

 

相手の拳銃にいつまでも驚いていられないので、すぐさまバッグから拳銃を取り出す。

 

 

「あ?そんなおもちゃみたいな銃で俺を()れると思ってんのか?」

 

「やってみるか?」

 

「格下が鳴くな」

 

 

そう言い、2人の間に沈黙が訪れる。先に動いたのは俺の方だった。

 

素早く銃を構え引き金を引く。

 

 

パァン!

 

 

「…………やっぱり、餓鬼じゃねぇか。外しやがって」

 

「…………ブフッ」

 

「こんな簡単に()れるとはな。骨のねぇ奴だ」

 

 

パァン!

 

 

「…………ッ!?」

 

「とる、とるって、あれか?命をとるって意味か?」

 

「チッ!幻覚か?」

 

「さぁ…………」

 

 

今まで、色んな妖怪とかと戦ってきたが…………こいつは中々やばいかもしれない。

 

最初からまともに早撃ちをする気なんてなかったから良かったものの、本気でやってたら、多分やられてた。狙いも完全に心臓にドンピシャだったし。

 

それに、さっきの弾丸も不意打ちながらも躱しやがった。

 

 

パァン、パァン!

 

 

「チッ!」

 

 

連射するが、男は木の陰に隠れた。だが、相手も銃を持っている。それも実弾。当たったら、弾幕とは違い大怪我となってしまう。

 

俺も同じく木に隠れる事にした。

 

あとはただ牽制し合う状態となった。下手に出れば撃ち抜かれる。今までの戦いで一番死を近くに感じ、手汗がにじむ。

 

 

「キリがねぇ…………」

 

 

そんな声が聞こえた瞬間、

 

 

「collateral shot!!(コイツはオマケだ!!)」

 

 

ドォン!

 

 

重々しい銃声が聞こえた瞬間、全身に強い衝撃が走った。

 

それが相手によるものだと気付いた時は遠くに吹き飛ばされ、大きな穴にまで飛ばされた。こんなのあったか?などと考えている暇は無い。

 

 

「ケッ!まだ、生きてるか?しぶとい奴だ」

 

「…………」

 

 

俺は咄嗟に銃を構えようとした。

 

 

パァン!

 

 

「なっ!?」

 

 

しかし、銃は男の狙撃によって弾かれ穴の中へと落ちていった。

 

レベルが違う。

 

今更ながらそれを痛感した。今までの敵は妖怪がほとんどだ。技術なんてあったものでは無い。しかし、今回の相手は違う。プロと素人のレベルで差がある。

 

 

「そうだ、冥土の土産に教えてやろう」

 

「…………」

 

「今回、お前を殺すように依頼したのは…………」

 

 

男の口が動く。その言葉を聞いた瞬間、俺はあらゆる思考を止めた。足元が崩れ去る感覚。俺は何も考えれなくなった。

 

しかし、すぐに意識を戻し、すぐさまもう1つの銃を取り出し、発砲した。

 

 

「…………ッ!?」

 

 

弾丸は狙いとはずれ、頰を掠めただけだった。相手も咄嗟に銃を発砲し、

 

 

パァン!

 

 

「え…………?」

 

 

右肩に凄まじい衝撃が走り、体は後方に吹き飛ばされた。

 

吹き飛ばされた後、俺が地面に着くことはなかった。ああ、後ろは穴だったか…………

 

それに気づく時には脳天を突き抜ける痛みと、何かが頭にぶつかる衝撃で、あっという間に意識は刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇人さん…………楽しみにしてるかな…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜宴会から7日後〜

 

 

俺はひと通り思い出し、息を吐いた。しばし気持ちを落ち着かせようとするが、右肩がとても熱く、激痛が伴う。それを我慢しつつ、俺は目だけで周りを見渡す。

 

四肢の無事を確認するために右腕から確認しようとするが、やはり痛く、動かせない。左手は幸いな事に動く。その左手で頭の傷を確認する。後は、足か右脚…………左脚…………そこで唐突な激痛に俺は思わず声をあげた。首だけ起こすと、左の脛あたりから歪んで見えた。

 

 

「折れたのか…………」

 

 

俺は空を仰ぎ、呆然とした。

 

 

「ちくしょう…………」

 

 

口ではそう言うが、頭は恐ろしく落ち着いていた。とりあえず、足と肩の痛みに耐えつつ、上半身を起こすと、上への穴とは別に道が見えた。

 

時計もないため今までどれくらい意識を失っていたか分からない。

 

どうするか、と懸命に思考を巡らせる。

 

普通なら連絡なのだが、生憎、幻想郷に電話を使う文化はない。なら、誰かが来るまで待ち続けるしかない。

 

妖怪の森の奥深くの穴に落ちている俺を見つけるまで。

 

食料もない、傷の手当てもできない。そんな中で誰かが来るのを待たなければならない。

 

それに知り合いが来るとは限らない。妖怪が来るとも考えられる。そうなれば、為すすべなどない。

 

普通に考えて、幻想郷で平気で生きられた方がおかしかったのかもな、と苦笑したが、心は急速に冷えていった。

 

 

「…………ちくしょう」

 

 

ゆっくりと背を地面に倒し、空を見上げる。瞼が段々重くなり、ついには閉じる。

 

 

「おお?人間がここにいるなんて珍しいね」

 

「こんなところで寝ているなんて…………気長な奴で妬ましいわ…………」

 

 

妖怪か…………と気配で感じ取ったのを最後に俺は意識を手放した。


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