艦娘戦記 ~Si vis pacem, para bellum~   作:西部戦線

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皆様、1か月以上大変お待たせして申し訳ありませんでした。
時間が中々取れずあれよあれよと言う間に既に5月。
これ程まで投稿期間が開いてしまいお恥ずかしい限り。


第七話「マライタ島の死闘・下」

 

 

わが軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能だ。

状況は最高、これより反撃する。

 

――フェルディナン・フォッシュ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1940年 4月 午前9時 帝都東京 海軍参謀本部

 

 

 

 

 

 一定リズムを刻む壁掛け時計の振り子音が室内を満たす会議室、現在この場には海軍司令長官や海軍大臣といった日本海軍における重役達が集まり今作戦における推移を見守っていた。

 無論インターネットや各種通信機器が充実した現代とは違い、この時代は情報伝達が圧倒的に遅い。前線の情報を黒板や紙にある程度纏めて各前線司令部へと回され、更にそれらの情報を無線や電報をもって本土へ知らせる。これでも大変な作業だが、実際はより細かい伝達手順や工程がありそれ又時間が掛かるので作戦総本部たる本土に届く頃には既に戦闘が終わっている事も多い。

 よって、彼らが今見つめている地図上における駒は前線からすれば古い情報となる。

 事実、彼らが見つめる盤上の情報には今のところガダルカナル攻略完了と特別進撃部隊が後方より奇襲を行うという内容が届いたばかりだ。

 

 そんな机上を神妙な面持ちで見つめる人物の1人、山本五十六は作戦の最重要目標たるガダルカナル島攻略が無事に成功を収めて多少ながら気を落ち着かせていた。なんせ奇襲成功の報を聞くまでは、部下と共に将棋をして気を紛らわせていた程で焦りと緊張を隠すのに必死であった。

 

 

「一先ず負けは無くなったか……」

 

 

 作戦図を見つめながら呟いた山本は周りの肯定的な反応を気にせず思案し出す。

 ガダルカナル島を抑えた今、敵は空からの支援を受けられない状態だ。少なからず空母からはあるだろうが、それでは日本軍は止められないし何れ息切れするだろう。それに後方からの支援や指示が受けられない前線は混乱状態となる筈、ならば最早敵に勝ち目は無い。

 

 しかし問題もある。

 

 

「離脱の為にガダルカナルへ雪崩れ込まれたら奇襲部隊が危険だな」

 

 

 そう、彼が答えた様にもし敵が戦力を多く割きガダルカナルへと雪崩れ込んだ場合は奇襲部隊が地獄と化すだろう。なんせ奇襲部隊は落下傘降下部隊な性質状、装備面において大きく不安がある。もし敵艦隊が大量に押し寄せると防ぎきれる事は不可能なのだ。

 勿論前線で戦う部隊を引きはがす愚行はしないと予想すると恐らく前線に投入する予定の予備戦力、より細かく考えるなら予備戦力のさらに半数程だろう。だがそれでも奇襲部隊にとっては脅威であり、無視できない。そしてガダルカナルが陥落した場合、恐らく敵はそこから撤退を開始、戦争において後顧の憂いを残す事になる。

 更に気がかりなのが進撃した部隊、明確に言うならば戦果を求め最前線へと飛び込んだ時雨の事であった。

 彼女の熱意に負けた結果、前線司令部が進撃を許可してしまい喜々として戦場へ向かったと報告を受けたのだ。

 初め聞いた時は会議室に居る者全員が慌て、直ぐに中止を伝えようとしたが時すでに遅く彼女はマライタ島へと進軍してしまう。

 

 最早誰にも止められない。

 もし彼女が戦死しようものならば日本軍(我々)にとって大きな損失となる。しかし、前線から聞いた彼女の進言内容も否定できないのだ。

 

 敵が混乱中の今なら大きな打撃を与えられる筈、だがもし失敗すれば……。

 

 

「祈るしかあるまい。上層部(我々)が出来ることは戦略指導と準備のみ、後は前線の奴らに任すしかないんだ」

 

 

 皆の心配をよそに山本は諭すように話す。

 

 そんな彼の手には再び将棋が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎と煙が支配する此処は地獄。

 歳や経験、能力は関係なく戦場では等しく死という概念が己を捕まえようとする。

 

 

 

 決して振り向くな。

 後悔や心の迷いがお前に付け込んで命を刈り取ってしまう。

 

 戦の熱意に飲まれるな。

 それは麻薬の如く、戦に酔いすぎれば快楽と引き換えに貴様を弱らせる。

 

 正義を見るな。

 正しき道を探そうとすれば矛盾と醜さしか見えん。

 

 自分を見失うな。

 最後に頼れるもの……それは自分だ。

 

 

 

 

 

 近くに着弾した砲弾が大きな水柱を生み出し海水を高く押し上げる。

 海水で作られた壁がある程度立ち上ると忽ち解け、周りに居る者達を濡らす。

 普段なら海水に濡れる事での不快感と針を思わせる程の冷たさで顔をしかめる所だが、残念ながらそんな余裕は無い。

 それは私の隣に居る萩風も同様で必死な表情をしながら主砲を懸命に撃ち返す。

 自分と比べると命中精度は悪いがまぁ状況が状況だし仕方ないであろう。

 

 

「奴がまた発砲したら前から2番目の残骸へ呼び込め!」

「りょ、了解です!」

 

 

 私の指示を素直に聞き元気な返事をしてくれるが、声色が震えており無理に強がっているのが見て取れる。

 そりゃそうだ。誰だってこの状況は怖いし逃げ出したい筈、だが残念な事に私達にそんな案は選べない。

 

 不満や愚痴を脳内で垂らしながら残骸へと飛び込むと間一髪で砲弾を回避し、陰へと隠れる事に成功する。

 

 無論これは一時しのぎで残骸が『生きているかどうか』識別される僅かな間だ。

 時間にして約10秒、だが我々にとって貴重な時間であり数少ない好機。

 

 

「次、200先の大破したワ級まで突っ走るぞ!」

「はい!」

 

 

 返事を聞いてキッカリ10秒。

 私は即座に飛び出すと同時に敵へと砲撃を行い牽制、続けてピッタリ着く形で萩風も残骸から飛び出す。

そして次の瞬間には残骸は敵砲撃が直撃して吹き飛んでしまい、大きな爆炎を花咲かせた。

 

 チッィ! 敵の砲撃精度と識別能力が上昇している。それに容赦が無くなっている点を考えると恐らくワ級を使った盾も効かなくなるだろう。どうやら泊地棲鬼は大破したワ級救出や残骸との識別よりも我々の殲滅を優先するらしい。

 電波妨害といい容赦なさといい、優秀な敵程やり辛いものだ。

 

 脳内で毒づきながら手にした主砲を相手に向け発砲、命中させるも防護膜により弾かれてしまう。

 少しは減退しただろうが雀の涙程度、主砲の弾も連戦続きで心持たないし正にジリ貧。

 流石に泊地棲鬼と複数艦隊相手では分が悪いな。

 

 

「くそ、海兵隊の奴らは――」

 

 

 何とか確認しようとするもワ級や煙が邪魔で確認でいない。

 通信手段が封じられた現状では相互連絡は不可能で敵に対して不利。更に相手の数が上で尚且つ射程に負けている状況では固まっている方が良い的だ。

 此処はあいつ等の腕を信じるしかないか……。

 

 全く、無事で居てくれよ。

 もし奴らが死ねばその分私に負担が圧し掛かるのだ。今でも厳しいのに更に負担が増せば私が死んでしまう。

 

 付け加えるならもし部下を無駄に消費せたら私のキャリアに傷がつく!

 

 

「2時方向の敵艦隊に魚雷を放て! 密集しているから必ず当たる!」

「了解です!」

 

 

 指示に従い萩風が魚雷を放つ。

 対して私は砲撃で牽制、もしくは敵進行方向に着弾させ敵を魚雷位置まで誘導を行う。すると上手い具合に魚雷の進行方向へと舵を切ってくれて命中した。

 

 ふむ、良い具合だな。

 この調子で敵を足止め出来ればよいのだが……。

 

 何とか足止めを出来ている状況を喜ぶも、次の瞬間には上空に白い信号弾が打ち上げられた。それは撤退を意味する信号弾で、恐らく海兵隊の奴らは一度下がり部隊の立て直しを図るのだろうな。

 

 

「くそ、あっちは持たんか……萩風! 此処より撤退を開始、同時に海兵隊と合流するぞ。恐らく撤退する時に弾薬を多く消費する筈だ。貴重な火力として我々が着く必要がある。泊地棲鬼共は私が牽制するからとっとと下がれ」

「わ、分かりました!」

 

 

 戸惑いつつも急いで下がる萩風を見ると溜息を吐きたくなる。

 

 ああ、部下の手前自分から尻尾巻いて下がる訳にもいかんからなぁ。

 中間管理職が辛いのは此処でも一緒か。

 

 唯違うのは命を張るかどうかという点だろう。

 

 ああ、早く帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間にして少し前――

 

 

「ここはもう盾として使えない! 後退だ。後退しろ!」

 

 

 小隊長の命令を聞き、後退を開始する小隊員達。

 味方への通信が不可能な為、信号弾を上へと飛ばして撤退する旨を部隊長である時雨に伝達する。

 そして素早く撤退すべく行動を開始するのだが、彼らは唯では退かない。

 一部の隊員達が、盾にしていたワ級とは別の同型種に対して近づくと何やら小さな箱の様なものを取り付ける。それを落ちないように固定して大破状態のワ級物資貯蔵部分へと繋げたら長いリールを箱と接続、リールを垂らしつつ退却を開始した。

 退避する工作担当兵を援護しながら自らも引いていく殿隊員は所々にあるある残骸や大破ワ級を盾として利用し、敵の攻撃を防ぐ事で敵への出血を強いる。

 仲間との通信が不可能であっても動きは精細を欠く事無く、効率よく撤退をする様は一種の芸術とも言えるだろう。

 

 

「準備完了です小隊長!」

 

 

 工作担当兵からの報告を受けた小隊長は、新たな防衛線と定めた輸送船残骸から顔を出して双眼鏡を覗く。

 視界には殿からの攻撃を防護膜で防ぎつつ近づく戦艦級とその後ろから攻撃を行う駆逐級と軽巡級が見えた。

 動きには無駄が無く、同時に防御力が高い戦艦級を盾役として運用する方法は宛ら戦車と追従歩兵を思わせる。恐らくこちら側に艦娘が居ないと知り駆逐艦や潜水艦からの魚雷攻撃は無いと判断、戦闘方法を変更した様だ。

 少し後方では前線指揮官と思われる戦艦タ級が指示を出しており、泊地棲鬼だけで無く彼女の部下達も優秀である事が見受けられる。

 

 

「焦るな、敵を十分に引き付けるんだ」

 

 

 双眼鏡から目を離さずに部下へと指示を出す彼だが、その言葉は自分にも言い聞かせている様でもあった。

 その証拠に焦りと緊張から流れ出た汗が頬を伝い、海面へと落ちて行く。

 だがそんな事でミスを犯す彼らでは無い。

 

 海兵隊の者達は皆、それを嫌と言う程時雨の下で学んだのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駆逐艦ヤ軽巡洋艦ハ前ニ出過ギルナ! 前衛戦艦部隊ハ互イニ支援シツツ防御ニ専念シロ!」

 

 

 タ級が大きな声で命令しながら自らも後方で出来る限りの砲撃を行う。

 余り前線に出過ぎない所を見ると自分が指揮官としての役割を理解しているらしく、攻め方も手堅く隙を作らない指揮を執っていた。

 

 

「焦ルナ! 戦力ハ我々ガ圧倒シテイル、現状ヲ維持シツツ攻メレバ勝テル!」

 

 

 本来時間は彼女らにとって敵となるが、それを表情に出すタ級では無い。下手に焦りや不安を見せてしまうと部下達に負の感情が伝染してしまうからだ。それを理解して彼女は勇ましくそして不安を見せずに指示を出す。

 

 

(クソ、味方輸送船ヲ盾ニサレテハ上手ク攻撃デキン。ダカラト無差別ニ攻撃シテモ友軍ノ士気低下ヲ招ク恐レガ……)

 

 

 焦りと怒りが心の中で渦巻く彼女だが、決して表情に出すまいと必死に堪える。

 その姿は正に上に立つものとして理想な姿だ。

 

 

 だが焦るまいと堪える気持ちと怒り、不安。それらを決して部下や敵に悟られまいとする思いは彼女に想像以上の負担となった。

 結果、彼女は余裕を失いとある可能性を見落としてしまう。

 

 それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「点火!」

 

 

 双眼鏡を覗いていた小隊長が、盾役の戦艦と後ろから追従する小型クラスが目印のワ級を通過した瞬間に部下へと命令する。

 

 リールが繋がった箱型のスイッチを強く押し込む。

 すると次の瞬間。

 

 

 

 

 

 爆炎と衝撃、熱風が深海棲艦前衛部隊を襲う。

 

 

 

 

 

 爆発したワ級複数に内包されていた弾薬や燃料が爆発し、通過していた部隊へと純粋な破壊力を発揮する。その威力は想像を絶し、尚且つ破片や熱風が同時に襲い掛かり深海棲艦を次々と殺傷させた。

 戦艦を盾にしていた駆逐級や軽巡級は勿論、背後から攻撃を受ける形となった戦艦級達も無事では済まない。

 

 実際、小隊長が視線を向ける先には防護膜を消されて大小様々な損害を受けた深海棲艦がおり、中には轟沈した者も居る。

 

 正に地獄だ。

 

 しかし、地獄は終わらない。

 何故ならば。

 

 

「今だ、敵にありったけの火力を叩き付けろ!」

 

 

 小隊長の掛け声に隊員達が呼応するが如く小銃や機関銃、八九式重擲弾筒を深海棲艦へ向けて発砲して更なる損害を出す。

 

 八九式重擲弾筒――詰まる話小型で持ち運び便利な軽迫撃砲であり、現在においては陸海両軍における貴重な火力である。

 この軽迫撃砲は、地面又は固い床等に置いて使用するもので常に動き尚且つ艦式弾を多用しだした現在においては使用頻度こそ以前より減ったが未だに活用されている武器だ。

 射程も威力も強化型艦式弾や艦式弾に劣る本兵器であるが、グレネード以上の破壊力を持つ為使い勝手は良い。また、これは真っ直ぐ飛ばすのでは無く放物線を描き落ちる為に物陰からの攻撃が可能。塹壕や隠れた敵を攻撃するのに最適と言えた。

 

 その様な痒い所に手が届く便利兵器は海兵隊にも幾つか配備されており1分隊に2つ、小隊全体で考えると合計8つある。

 本来なら3人1組で使用する武器だが、時雨の部隊では非常時を考え2人1組、場合によっては1人での使用も考慮された訓練を行う。

 

 それは兎も角、そんな武器を構えた軽迫装備者は残骸を利用して固定すると弾道を即座に計算して攻撃を開始する。

 

 防護膜の消えた彼女たちにとって小銃や軽迫撃は勿論、機関銃ですら防ぐ手立ては余りない。艦式弾装填小銃や軽迫撃砲といった火力が装甲を大きく損傷させた駆逐級と軽巡級に叩き込まれて次々沈み、防護膜が消えた戦艦級や重巡級においては機関銃から放たれる通常弾ですら弾き返せず殺傷されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナンテ事ダ!?」

 

 

 弾薬や燃料を満載したワ級を前衛部隊近くで爆破された事により多くの艦が損傷してしまった。中には沈んだ者もおり、別動隊指揮官のタ級は混乱してしまい思わず呆然としてしまう。

 これには隣でタ級を補佐していたリ級も同様で、皆何が起きたか分からないといった顔だ。

 そしてそれが隙となり、更なる悲劇を生み出す。

 

 損傷を受けた艦に対して撤退していた敵が攻撃し出したのだ。

 結果、唯でさえダメージを受けていた味方が次々沈んでいく。

 これにタ級は慌て直ぐに敵へと攻撃するも彼女が相手する者達はそう簡単にやられる馬鹿では無い。彼らは反撃されると深追いはせず再びワ級を盾に隠れてしまったのだ。そして顔を出して攻撃できないと判断した海兵隊達は、打撃力は落ちるが軽迫撃砲による曲射攻撃だけを継続する事で自らの被害を抑えつつ深海棲艦側への出血を強いさる方法を選択、タ級を苛立たせた。

 

 

「各隊ハ一時後方ヘ退避! 一度態勢ヲ立テ直スゾ!」

 

 

 タ級が叫ぶように命令して後退を指示、深海棲艦の別動隊は下がろうとするが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各員全力攻撃、敵を逃がすな!」

 

 

 相手の隙をついて再び第一小隊が攻撃、敵を逃がさんと顔を出して猛攻する。

 そんな猛烈な攻撃にタ級達は堪らず後退を諦め反撃と防御重視へ陣形を固めるも小隊員達は再び隠れてしまい失敗に終わってしまう。

 前衛部隊が壊滅した別動隊では、後退を上手く行う為に壁や殿となる戦艦が沈んだ事で実質後退が不可能となったのだ。

 無論、無理に後退する事も可能だがそれを行うと被害が大きくなる。

 数は確かに上だが最早彼女たちに早期的な決着は不可能であった。

 

 

「これで暫く時間を稼げるか」

「友軍が間に合えば良いのですが……」

 

 

 小隊長と副隊長が互いに意見を交換し合うが実情はギリギリ留まっている形で、これ以上の余裕もそして戦果も余り期待できない。

 何故ならば戦死者こそ出ていないが負傷者は多く、尚且つ弾薬も心持たない状況。これ以上の反撃や攻勢は厳しく、出来てあと2回と考えていた。事実機関銃の弾薬はそれぞれ残り弾倉2個分しかなく、軽迫撃砲に至っては各砲残り10発未満。これらが切れれば艦式弾しか無く、後は少しずつ後退するしかない。

 

 

「もし敵がワ級ごとの排除を選択した場合、我々に勝ち目は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時雨や海兵隊らの心配をよそに相対する敵たる深海棲艦は現状に焦りと怒りを覚えていた。

 

 

「クソ! 卑怯ナ!」

 

 

 思う通りに行かない戦いと味方輸送船を盾にする戦法に彼女は口汚く罵る。

 それは彼女だけではない。

 彼女旗下の深海棲艦や急遽駆け付けた艦隊は皆同じ表情を作り出し元凶たる時雨を睨みつけていた。その怒りは正に憤怒の如くで、中には血が出るまで歯を噛みしめ何もかもかなぐり捨てて特攻しそうな雰囲気だ。

 怨まれている本人としては堪ったものでは無いが。

 

 現在マライタ島における防衛部隊は泊地棲鬼と旗下の司令艦隊。同じく黄色型戦艦タ級を旗艦とした近衛艦隊や各種小規模艦隊などそれなりの数だが、深海棲艦からすれば多いとも言えない。

 残りは全てサンタイサベル島防衛へと駆り出し中か既に時雨の艦隊に沈められていた。

 最早彼女らに残された選択は死か目の前に居る人類共へ一矢報いるかのどちらかであり、死兵でしかない。否、生き残る手立てはある。それはガダルカナルを占領した部隊を殲滅してそのまま早期離脱という無謀に等しい内容だ。

 物資が無事ならば前線を維持しつつ撤退へと移れた。場合によってはソロモン諸島を放棄した後、時間は掛かるが奪還する事も不可能ではない。しかし、それは時雨達によって無残にも引き裂かれてしまう。

 

 

「絶対ニ許サン、アノ艦娘ハ必ズ殺シテヤル!」

 

 

 憎悪を膨れさせ再び発砲するが命中弾は見られない様で、部下達も同じ結果に歯噛みする。矢張り味方輸送船を気にしての攻撃だと効果が薄い。

 だが悠長に攻撃していては前線が持たないのは明白、ならば執られる策は唯一つ。

 

 

「仕方アルマイ、全艦全力攻撃ヲ開始セヨ。輸送級ニ構ウナ」

「シ、シカシソレデハ盾ニサレテイル味方ガ!」

 

 

 泊地棲鬼の決断に部下のル級が具申する。

 確かに現在の攻撃は大破した味方ワ級に当てないよう攻撃しており、敵が隠れる残骸も味方の可能性を捨て去ってから攻撃していた。また味方を盾にされた際は攻撃せずになるべく近づいてから対応しており、彼女らにとって圧倒的不利な状況だ。

 少しでも状況を打開する為に損傷が多く、もう助からないと判断された味方は不本意ながら敵ごと攻撃する方針へ既に切り替えたがそれでは焼け石に水。根本的な解決にはならない。

 

 だからこそ旗艦である泊地棲鬼が言った事は確かに敵を追い詰められるが、ワ級達が助かるか助からないかを判断をする以前に初めから見捨てるという意味であり味方もろとも敵を殲滅する事である。当然攻撃側からすれば避けたい方法であり、ル級の具申に対して泊地棲鬼も理解を示す。それどころか彼女自身執りたくない策である事をその目が物語っていた。

 

 だが。

 

 

「私トテ無念ダ、ダガ我々ガ手ヲ拱イテハ友軍ノ撤退ガ出来ナイ」

「……」

「今我々ガヤラネバ、ヨリ多クノ味方ガ沈ムノダ! ……全テノ責任ハ私ガ取ル」

「――ッ、……了解シマシタ」

 

 

 上官の説得にル級が折れ、悔しい思いで了承した。

 部下の表情を見て味方を殺す片棒を担がせる事を心から恥じた泊地棲鬼は歯を食いしばり拳から血が出るまで握りしめる。

 

 

 スマン、スマン。私ガ不甲斐ナイバカリニ……私ガ無能ナバカリニッ!

 

 

 彼女の無念な気持ちと力不足を呪う思いが、心渦巻きそれが力と成す。

 

 そうだ自分は彼女らの指揮官だ。

 彼女らを導く存在だ。

 

 罪は自分が背負うだから。

 心より決意した気持ちが彼女を突き動かす。

 

 

「アノ悪魔ヲ、私ハ殺ス!」

 

 

 心の奥底より決意を表し彼女は行動する。

 その結果、時雨が感じた攻撃の容赦なさへと繋がってしまう。つまり容赦ない攻撃の大半は時雨が原因と言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 正にどうしてこうなったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな注目の的たる時雨はというと敵の攻撃が容赦なくなったと感じて早急に部隊と合流すべく速度を上げる。

 元々海兵隊達の信号弾を見て合流すべく行動していただけに敵の無差別攻撃を受ける前に残骸から離脱出来た為二人とも無傷で済んだ。しかし、これでは思うようなゲリラ戦が展開できず時雨の表情を一層固くした。

 

 

「くそ、損得勘定の分かる奴だな。もし人類側ならば私の副官を任したい所だ」

 

 

 副官の萩風に聞こえない様呟き、急いで逃げ出す彼女だが言葉の通り敵である泊地棲鬼に対して心から高い評価を下す。

 

 泊地棲鬼から見て味方を盾にしての戦闘で、経済的なそして早期的な解決を相手は打ってきたのだ。

 下手に拱いて限られた時間と戦力を擦り減らすよりも助かる見込みが少ない味方を切り捨てる。言葉では簡単だが行うとなれば難しい。それを目の前の敵は部下に反発されず尚且つ士気をある程度維持して行っている。

 時雨からすれば損得勘定の良さと部隊運用経験、指揮維持能力は正に絶賛に値する能力であった。

 

 尤も評価された泊地棲鬼は、そんな評価をされたとて嬉しい処か時雨に殺意を抱いて殺そうとしている真最中だが。

 

 

 

 それは兎も角、海兵隊と合流した時雨が更に奥地へと退いて行く様子を見た泊地棲鬼達は怨敵を逃がさんと追撃を開始。尚且つ攻撃を一層激しくさせる。無論黙ってやられる時雨達では無く、こちらも魚雷や機雷、砲撃をばら撒きながら敵を牽制、その甲斐あってか敵軽巡1隻と駆逐級1隻を撃沈させた。

 

 この時殿を務めたのは時雨と萩風両名であった為敵攻撃が海兵隊に向かず時雨へと殺到、ほぼ無傷で後退に成功する。しかし後退成功と敵撃沈と引き換えに只でさえ少ない弾薬を大量消費してしまい最早戦闘継続は不可能だ。

 煙幕も焚いて後退した結果、奇襲を恐れた敵が追撃を緩めてある程度余裕が出来た部隊は大きめの残骸へと隠れつつ軽い装備点検や弾薬確認を行う。

 手早く確認や軽い点検をする隊員達であるが表情は皆一様に暗い。

 それは時雨も同様で、主砲の残弾が残り僅かと知るなり険しい表情を作り出す。

 

 

 

 

 

 くそ、主砲の残弾が僅かだ。これなら残弾を萩風へ渡して主砲を破棄、自分は小銃で戦った方がマシだな。

 そう思いついたが吉日とばかりに残弾を取り出した主砲をその場で破棄、部下から予備の九九式短小銃を受け取る。使用は訓練等で慣れている為問題ないが、矢張り慣れ親しんだ武器では無いからか違和感を抱いてしまう。

 舌打ちをしながらもボルトを引き小銃専用艦式弾を装填、ボルトハンドルを戻してその場で構えるという一連動作を試しに行うがまずまずといった調子だ。

 だが背丈を考えると矢張り合わない感じもするな。

 

 今度技術部へ新式小銃の提案書でも提出してみるか?

 

 

「萩風一等水兵、貴官は大丈夫か?」

 

 

 有能だが危なっかしい部下へと声を掛けると私が渡した主砲弾を詰めている最中で、何処かあたふたした様子であった。

 上司たる者部下への心遣いはせねばならん。

 幸い、私の部下達は皆優秀だが萩風(こいつ)だけはどうも不安だ。確かに優秀なのだが何処か抜けている部分があり扱いに困る。無論無能という意味では無く、こいつは磨けば磨く程才能を開花させる天才だ。

 最初は敵や味方の死体を見ただけで吐いていたのに……矢張り鍛えてみるものだな。

 

 

「はい二等兵曹! 先程頂いた弾薬のお蔭で問題ないです!」

 

 

 敬礼しつつ元気に話す彼女はこの場では空気を和ませる貴重な存在だ。

 事実、萩風の慌てぶりを見た海兵隊らは皆笑いを堪えている。

 

 

「いや~、一等水兵は正に我が部隊の癒しですな」

「程よく肩の力を抜いてくれる。本当に助かるよ、萩風君」

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 先輩軍人2人にからかわれるも気づかず馬鹿正直に礼を述べる萩風。

 

 おい、そこは怒っても良い反応だぞ。

 本当に萩風(こいつ)を相手にすると疲れる。

 

 

「いやいや、本当に助かってますよ~。それに可愛いですしね」

 

 

 尚も話し続ける1人の先輩軍人――第1分隊軍曹――から可愛いと言われた為か、萩風の顔はみるみる赤くなっていく。

 戦場で呑気なものだ。

 だが、彼のお蔭で部隊における緊張が解れているのも事実。矢張り先輩軍人は頼りになるな。

 

 

「そんな、可愛いなんて……ゴホン! 冗談はよしてください。軍曹は気が抜けすぎです!」

「程よい程度が良いんだよ。ね、部隊長殿?」

「まぁ、緊張しすぎも良くないからな。だが気を抜きすぎるなよ」

「その辺のさじ加減は任せて下さい。なんたってラバウル戦線最古参ですよ!」

 

 

 私の言葉に笑いながら受答えする彼は何とも頼りがいのある軍人だ。

 矢張り彼の様な人物が居ると我が部隊も円滑に任務を遂行できる。今度彼に何か上物の酒でも奢ってやるか。

 どうせ今の私は飲めないし。

 

 

「隊長、敵が動き出しました」

 

 

 見張りの部下から報告を受け、残骸から少し顔を出すと敵と思われる影が煙幕を通してゆっくり動いているのが分かった。

 

 ふん、痺れを切らしたか。

 

 

「軽迫用意! 敵を炙り出せ!」

 

 

 私の指示に従い分隊における火力支援員が折りたたまれた軽迫撃砲を取り出すと残骸に固定、角度を調節し出す。

 

 

「用意……撃ぇ!」

 

 

 観測員の合図と共に筒の中へと軽迫専用弾を落し入れ、砲弾入れの者が直ぐに耳を塞ぐ。

 

 

 ボォン、キーン!

 

 

 と空気が弾けた音と鈍い金属音が混じった妙な音が聞こえて弾が飛び出すと曲線を描きながら飛んで行き煙の向こうへと着弾、爆発音が戦場に響く。

 音源へと目を向ければ先程の攻撃が運良く命中したらしく爆炎と悲鳴が聞こえた。

 初弾に命中するとは……運の無い奴だ。

 

 不運な敵を哀れに思いつつも数秒後、先程起こった爆発や水柱が立て続けに発生して深海棲艦を苦しめる。

 残骸越しに撃つ為、攻撃位置が判明しづらく反撃を受ける可能性が少ない。更に付け加えるなら敵は未だに煙幕内な為、此方を攻撃出来ないので煙幕を抜けるまでは一方的な攻撃が可能。

 

 素晴らしきかな。

 

 これで殲滅できれば良いのだが生憎敵は無能では無い。

 それに軽迫も弾が残り僅か、よってこれからは近接戦闘だ。

 

 

「そろそろ敵が出てくるぞ、30秒後に軽迫班は砲撃を止めて小銃での援護に切り替えろ。軽迫護衛も同様、それ以外は突撃用意!」

「了解しました! 聞いたかお前等! じゃなきゃケツ蹴り飛ばすぞ!」

「「大丈夫です!」」

 

 

 盾が意味ない以上、乱戦に持ち込んでの戦闘しかあるまい。

 その事を理解してか私の命令後、小隊長を皮切りに不満も無く返事をする隊員達は全くもって良く使える優秀な駒だ。

 返事や行動からフルメタルなジャケット風の香りがする事が少し不安だが……今は置いておこう。

 

 まぁ兎も角、やる気十分なら問題無い。後は私の力量次第。

 頑張らなくては。

 

 

 そうこう考えている内に迫撃砲による爆風で煙幕が少なくなった場所から黒い塊が飛び出す。

 間違いない、駆逐ロ級だ。

 援護も無く単独で飛び出して来るとは馬鹿な奴め、見た限り斥候では無く恐らく砲撃に我慢でき先行して出て来たな。

 

 敵は浮足立っている様だ。

 ならばこの好機を逃すべきではない!

 

 

「突撃!」

 

 

 私が声を張り上げて先陣を切ると雄叫びを上げながら後ろから皆が付いて来る。

 恐怖を紛らわす為か、大声で突っ込む姿は傍から見ると愚かだろうか?

 安心しろ、私もしているし愚かだとも思う。

 だがやらねば敵を滅ぼせないし私も死ぬ。

 

 本当に世の中は糞だな。

 

 そしてあっと言う間に先程飛び出したロ級が味方の攻撃で沈み、続いて飛び出してきたリ級へと照準を合わす。

 本来ならば防護膜で防げるであろうが、相手を見る限り既に消失済み。

 

 

「ならば死ね」

 

 

 呟きつつ放つ弾丸が敵へと打ち込まれ爆発、相手の上半身を抉り殺した。

 

 次!

 

 移動しつつ瞬時にボルトを引き排莢、そしてボルトを戻す。

 体に染みついた動きで装填を完了すると再び狙いを付けて発砲し、今度はイ級の撃沈に成功する。

 例え黄や赤とはいえ、損傷を受け尚且つこの距離ならば一撃死は必至。

 此処で刈り取るだけ刈り取ってやろう。

 

 次!

 

 再び薬莢の排出と装填を行い今度はホ級を狙う。

 余り損傷が見られない事から恐らく上手く切り抜けたのだろが……。

 

 

「相手が悪かったな」

 

 

 そういって引き金を引く。

 発射された弾丸はホ級の砲塔、特に僅かながら傷ついた部分へと叩き込まれ大爆発を引き起こした。

 馬鹿が、損傷を抑えたとして重要区画を守らなければ意味が無いだろうが。

 

 

「次ッ――!?」

 

 

 次の標的へと狙いを定めようとした時、大きな水音が響くと同時に私へと影が差す。横目で影の発生源を見ると砲塔が潰されたために私へと格闘戦を挑むル級が見えた。成程、手に持つ鉄塊で殴れば確かに大きなダメージを期待できるだろうな。それに飛び掛かる事で落下によるダメージも上乗せできるという寸法か、悪くない。

 

 だが。

 

 

「甘い!」

 

 

 私は避けるのでは無く、逆に相手へと突っ込み体を捻る。

 砲撃能力を消失した鉄塊は私の体をギリギリに通り過ぎ落下していくと海面へとぶつかり大きな水しぶきを上げた。その結果ル級は体勢が前のめりに成る為、大きな隙を私に曝してしまう。

 

 正に好機!

 

 私はル級と擦れ違いざまに腕を動かし薙ぎ払うと流れる動作で脇を抜けていく。

 要は横をすり抜けて切り払ったのだ。

 

 無事に切り抜けた私は勢いをそのままに少し進んだ後、片足を軸にUターンしてル級がどんな状態かはっきりと確認する。

 

 結果は予想通り。

 ル級は血を大量に流して倒れていたのだ、首を無くして。

 

 

「次、と言いたい所だが……」

 

 

 小銃先の銃剣に付着した血液を海水に浸けて洗い流した後、新手を相手にする為に周辺を見渡す。

 次の敵を見つけようにも敵の第一波はある程度殲滅したらしく、近場での戦闘は大体収束していた。

 成程、一度部隊を引いて区画ごと吹き飛ばす気だな。

 そうなると急いでこちらも退避しなくては。

 丁度態勢を立て直したい。

 

 思考を纏めつつ一度部隊の被害状況を確認すると私は思わず舌打ちしてしまう。

 奇襲により敵部隊を半壊に追い込んだが此方も何人か戦死した様だ。流石に無傷では無理か、撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)的に考えると大勝利だが人材を育てるのに一体どれだけの時間と金、資源を消費すると思っている。折角近代戦闘や工作技術を仕込んだというのに。

 

 まぁ、反省は後で良い。今は急いで離脱して態勢を立て直す事が先決だ。

 何時までも動かなければ敵の無差別砲撃が始まってしまい残骸や敵大破艦もろとも吹き飛ばされてしまう。

 その様な死に方御免蒙る。

 

 

 

 

 

 決意改め早く移動しようとした時、遠くから赤い信号弾が昇るのが見えた。それは昼間だというのに自己主張を忘れずゆっくりと海面へと落ちて行き、見る人によっては儚さを感じさせるだろう。しかし、我々は待ちに待った連絡で希望だ。事実私自身、あれを見た瞬間歓喜に打ち震えた。

 

 急いで部下から双眼鏡を受け取り信号弾の昇った場所へと覗き込むと大きな影が見える。

 

 なんと、味方は私の想定以上の規模を派遣したらしい。

 

 

 良きかな。良きかな。

 早急な連絡伝達と奇襲を達成させた不知火には後で間宮を奢ってやろう。

 

 

「諸君、任務御苦労。後は味方に任せようではないか」

 

 

 双眼鏡から目を離しながら話す私は思わず笑みを浮かべていた。

 対して敵は今頃顔色を真っ青にしてお通夜状態だろうな。

 

 正に王手。

 この戦いは終わりを迎えた。

 

 

 我々の勝利として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 11:30 特別支援艦隊、支援攻撃戦艦艦橋 第一遊撃部隊

 

 

 

 

 

「どうやら間に合ったようだな」

 

 

 見張り員より報告を受けた遊撃艦隊指揮官、西村祥治は自分達の救援が間に合った事に安堵して思わず息を吐く。

 

 特別進撃部隊の先遣隊がサンタイサベル島を後方より奇襲した事により、トラック方面での戦闘が想定よりも早く終結した。その為、サンタイサベル島外縁で戦い、マライタ島に最も近い戦線担当であった第一遊撃部隊、通称『西村艦隊』が急ぎ救援へ駆けつけたのだ。

 西村艦隊には艦娘や水歩兵以外にも砲撃用の通常型戦艦や巡洋艦、砲艦が付属しており打撃力や規模は十分。また、艦隊司令である西村祥治も後方攪乱の為に戦っている味方を救えと高い戦意を持っている。その為、燃費を気にせず機関一杯で駆けつけた彼らは泊地棲鬼が想定したよりも早く到着できた。

 

 

『提督、味方部隊の離脱を確認しました。また、敵は混乱しており上手く纏まっておりません。このまま全力攻撃するのが良いかと』

『私も姉さまの意見に賛成です』

 

 

 偵察機を飛ばして上空より敵規模や陣形を確認していた扶桑、山城両艦娘からの報告を受け、西村は力強く頷く。

 瑞雲からの偵察は西村艦隊に大きな恩恵をもたらし、敵の規模や陣形を細かく知ることが出来た。これは普段なら航空戦が拮抗する為に不可能な手段であるが、今回は敵基地を時雨達降下部隊が短期に殲滅したお陰で可能なのである。

 

 

「艦娘部隊及び海兵隊の配置完了!」

「本艦並びに旗下の艦船、全艦全て射撃用意完了!」

「味方部隊が戦線離脱を開始、何時でも行けます!」

 

 

 部下からの報告を受け、西村は再び力強く頷くと握りこぶしを作りながら大きな声で号令を下す。

 

 

「全艦、全力攻撃開始!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り注ぐ砲弾が防護膜を減退させ、舞い上がる炎や破片が防護膜の無い者達へ襲い掛かる。避け損なった水雷戦隊に通常戦艦と思われる砲弾が複数着弾した事で丸ごと消滅、別な場所では防護膜を失った重巡や戦艦に対しては破片や機銃のみで体を引き裂かれその命を散らしていく。

 

 悲鳴と怒号、破壊音が戦場を支配する。

 

 先程まで狩る立場であった深海棲艦達は、狩られる立場へと転落した。

 

 射程が長く、威力の高い砲撃が広範囲に着弾し更には艦娘や海兵隊からも攻撃をしてくる。その為に深海棲艦達は反撃する余裕が無く、攻撃を出来る限り防ぐか避けつつ逃げるしか無いのだ。

 

 

「チィイ、皆ハ無事カ!?」

「別働艦隊ハ被害甚大、コレ以上持チマセン!」

「電波妨害艦轟沈!」

 

 

 次々と舞い込んでくる凶報に泊地棲鬼は唇を咬み、悔しげな表情へと顔を歪ませる。

 

 

 あと一歩、あと一歩で怨敵を始末できたのに最早それは叶わぬ状況。

 後に残されたのはこれから撤退する味方前線部隊を見捨てて逃げるか、自滅覚悟の突撃であるが……。

 

 

「泊地棲鬼様、此処ハ引クベキデス」

「味方ヲ見捨テテ逃ゲルト言ウノカ!?」

「生キテイレバ孰レ汚名ヲ晴ラセマス。ソレニ此ノ侭戦ッテモ無駄死ニデス!」

「……」

「閣下!」

 

 

 合流した部隊長のタ級に説得された泊地棲鬼は歯を食いしばり考えた。

 

 彼女の話す事は正しい。

 もしこのまま戦ったとしても味方は救えないのだ。

 ならば味方を見捨てたという汚名を被りながらも無事な者達と共に此処は引いて再起を待つのが最良である。

 

 僅かばかりの時間目を閉じて考えていた彼女は、見開くと部下達へ命令を下す。

 

 

「総員撤退……我々ハ、ソロモン諸島ヲ放棄スルッ!」

 

 

 悔しそうに宣言した命令に自然と涙があふれ出そうになるが部下達の手前無様な姿は見せられない。

 

 

「殿ハ私自ラガ行ウ! 総員直チニ撤退セヨ!」

 

 

 声高らかに宣言する泊地棲鬼は、自分の近くに居る部下達の顔を横目に見た。

 

 恐らく彼女らも泣きたい気持ちを堪えているのだろう。

 瞳に涙を滲ませるも表情を崩さぬように我慢しているのが泊地棲鬼には直ぐ分かる。中には悔しさを我慢して血が出る程唇を強く噛みしめる者も居た。そんな者達を見て彼女は自分の不甲斐なさを恥じ、敵を憎む。

 

 そして彼女達は決意するのだ。

 

 例え命尽きようとも。

 この恨みや復讐、何時か果たす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1940年 4月 午後3時

 

 

 

 

 

 敵泊地棲鬼並びに付属艦隊撤退を持って本作戦が成功した事と判断。

 後は残敵掃討を残し作戦は終了した。

 

 被害を受けつつも想定よりも少なく済んだのは司令部による指示や後方補給部隊による準備、各戦線における指揮官並びに兵士達による日頃からの努力と優秀さ故だ。

 しかし、今作戦において立案と前線両方で尤も貢献した人物は限られ『とある艦娘』だけであろう。

 

 この結果が彼女に良い影響を齎すかどうかは正に神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の時雨さん
・時雨さんの報酬
 軍人としての名誉up、約束された昇進、各戦線並びに部署へのコネ

・時雨さんの被害
 味方からの印象(戦闘狂扱い)、一部提督や指揮官からの僻み、深海棲艦からの恨み大幅up、敵から命が狙われる可能性大幅up、他列強国からの警戒心大幅up、上昇部からの無茶振り率大幅up



皆様今回も艦娘戦記 ~Si vis pacem, para bellum~をご覧いただき誠にありがとうございます。
前書きでも述べた様に大変遅れてしまい申し訳ありません。
仕事関係や家庭の事情で中々暇が見つけられず尚且つ今作は約3回は納得できず書き直した為に時間が掛ってしまいました。
再度お詫び申し上げます。

また、この度も誤字脱字や感想有難う御座いました。
早期投稿が中々難しい状況ですが、今後もどうか宜しくお願いいたします。

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