艦娘戦記 ~Si vis pacem, para bellum~   作:西部戦線

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大変お待たせして申し訳ありませんでした。
引っ越しやネット繋げたりで凄い時間が掛ってしまい既に3月の中頃です。

まだ色々やる事があるので週1という訳にはいきませんが、なるべく定期的な更新を目指します。


第五話「ガダルカナル降下作戦」

全ての人間は己の内に猛獣を潜めている

 

――フリードリヒ2世――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1940年 4月下旬 ソロモン諸島 ガダルカナル島

 

 

 空が白みだし太陽が海面から顔を出し始める時間。

 重巡リ級は島の高台にて海上を見張っていた。

 艦船を小型化した深海棲艦とて視認範囲は人間よりは広いが望遠鏡程ではない。また、身長が成人女性かそれよりも低めな重巡リ級だと遠くを見渡すのに高さが足りないのだ。その為泊地周辺海域を見張る深海棲艦の中には高所や高台に上りより遠くを見ようとしている。

 

 現在この泊地は前線における戦闘開始報告を受けて厳戒態勢が敷かれており、泊地周辺艦隊も前線へと派遣されているので手薄な状態だ。その為、もし奇襲されようものなら大損害を受けるであろう。

 しかし、それに関しては泊地を指揮する者達は考えていない。

 それは戦術や戦略を理解していない訳でなく現実的にあり得ないのだ。

 

 ソロモン諸島は最も近い戦線をラバウル、2番目をトラック諸島と考えておりそれ以外からの攻撃は迂回が必要な地形である。

 後方にある拠点マーシャルやギルバードは深海棲艦の勢力圏内。そして下に位置するオーストラリアは途中にあるバヌアツ島駐留艦隊により監視されているため奇襲は不可能。結果、泊地の長たちが考えた人類側による攻勢はラバウル・トラックの2方面であるというものだ。

 事実それは的中しており敵は夜明け少し前に2方面からの大規模攻勢を実施、防衛部隊と戦闘に突入した。

 

 本来ならば各戦線で膠着状態に持ち込み後方のガダルカナルから航空機の援護を出して有利に進める手筈なのだが、予想に反し奇襲を受けた深海棲艦は混乱と大損害を受けてしまう。

 攻撃地点を予想し防衛力を持たせているとはいえ、機動力の高さを基にした奇襲には流石に対応しきれず損害を被ってしまったのである。また、『ほぼ同時』にトラック方面からの奇襲で前線は混乱に拍車をかけ深海棲艦側が押されている状況だ。

 彼女らの想定した奇襲は物量と時間差による攻撃であり、機動力と航空力を駆使した電撃戦など初めての事。

 

 これには流石の泊地棲鬼や飛行場姫は慌て、ソロモン諸島を守る部隊を前線へと派遣して自分たちも航空機隊の発進を急ぐのであった。

 無論、敵の長距離爆撃を警戒しているが爆撃だけでの地上戦力殲滅は不可能であるし例え一時的に航空機運用能力を失おうとも時間をかけて回復すればよい。

 事実、前線での人類側の攻勢はソロモン諸島に展開していた大規模部隊の前線投入と泊地棲鬼がマライタ島にて指揮を執ってから低調になりつつある。それに長距離爆撃機は距離を考えると再び攻撃をするのに時間が掛かってしまうのでその間飛行場姫は復旧に専念すれば相手が再び爆撃するより早く治す事が可能、つまり人類側に飛行場姫の完全な排除は不可能なのだ。

 後は人類側が再び爆撃するなら戦闘機部隊で殲滅して良いし、しないなら早期に爆撃隊や雷撃隊を前線へと派遣して敵を攻撃する。そうすれば決定打を欠いた人類側に勝利は無く、深海棲艦側の勝利は確実と言えるだろう。

 

 最早勝敗は決した。

 負ける要因が無いのだ。

 何故なら相手が攻めてくる場所は限られる。

 そう、不可能だった。

 

 空から悪魔が降ってくるまでは。

 

 

 

 

 

 最初に見つけたのは海岸近くの高台に上っていた重巡リ級であった。

 彼女はふと何気なく、それこそ敵爆撃機が来るかもと思い空へと視線を移した時にある物を発見する。

 

 雲の切れ目から見える無数の点で一瞬爆撃機かと考えるも黒い点はある高度まで降下すると白い花を一杯に咲かせて落ちる速度を急速に落とし始めた。

 これにはリ級も驚き、同時に爆弾の類ではないと判断。直ぐに自分の上官たる飛行場姫へと連絡を入れようとするも。

 

 

 

 大きな爆音と光が目の前で発生、突然生じた衝撃と浮遊感に戸惑う彼女は地面を何度もバウンドし最終的には岩へと激突してようやく止まった。

 

「ガッ……アァ!?」

 

 口から空気が漏れ出て息ができない状態で地面に倒れているリ級は力を振り絞り何とか顔を上げると自分に起きた出来事を理解しようと辺りを見渡す。

 まず見たのは己が立っていた高台だ。

 そこは既に高台では無く唯の岩の塊と化しており、周りにあった人類が残していったコンクリート製の壁も完全に粉砕され跡形もない。

 続いて周辺の木々を見ると根元から折れている物が幾つもあり、中には燃えている木まで存在していた。尤もそれは未だ良い方で完全に吹き飛ばされて木々があった痕跡すら無い箇所までまる。

 

 その後も周りを確認するリ級であるが自分の周辺は既に破壊され無事なものは皆無と言ってよい状態であった。

 此処で彼女はようやく敵の攻撃だと理解し、急いで敵爆撃機を撃ち落とさねばと動かない体をむち打ち無理やり立たせようとする。

 先程見えた黒い点は恐らく爆弾であろう。

ならばこの後も爆撃機が襲来する可能性がある為、早く対空体制に移行せねば。

 敵の爆撃と結論付けながら自分がぶつかった岩を支えに立ち上がろうとしるリ級だが中々立つ事が出来ない。

 思い通りに動かない体を疎ましく思いつつ無理に立とうとした時、岩を掴んでいた手の力が抜けてしまい再び地面へと倒れてしまう。

 余りにも体の自由が利かない事に愕然とした彼女は思ったよりもダメージが大きいと予想を立て、どう行動しようかと考える。

 先程から続いている破壊音からして敵の爆撃は未だ続いている筈、ならば仲間や自分に当たらないのを祈りながら待つしかない。

 つまり戦闘参加を諦めて救助されるのを待つしかないのだ。

 

 無様で無力な姿を悔いて思わず歯ぎしりするリ級。

 兵器たる彼女の存在意義は敵を撃ち滅ぼす事。

 ならばそれが出来なく、仲間を守れない自分が惨めでそして愚かだと感じる。

 

 爆撃音が聞こえる方へ顔だけを向けると彼女の瞳に絶望が映し出されていた。

 天高く黒煙と爆炎が舞い上がり、粉塵を巻き起こす島の中央部。

 味方の対空砲であろう射撃が時には見えそして沈黙していく様子。

 動物が逃げ回り、木々をなぎ倒していく攻撃。

 落下、爆発、黒煙、そしてまた落下、爆発、黒煙。

 同じ現象が続き、その結果は島により大きな変化をもたらす。

 爆発するたびに吹き飛ぶ深海棲艦と島の一部、そして変化し続ける地形。

 

 正に煉獄が創造されている瞬間だ。

 

「――ッ!!?」

 

 痛みと圧迫された肺の影響で上手く声が出せないリ級は煉獄を作り出した相手、人類軍に対し憎悪を膨らませる。

 己の守るべき主たる飛行場姫が居る島中央が爆撃され、自分たちを滅ぼさんとする奴らが憎く殺したい。

 胸に滾る殺意を糧に立ち上がり、体が治り次第一人でも多くの敵を殺そうと決意した瞬間。

 

 

「何だ、まだ生きているのか」

 

 

 上から聞こえた声に思わず顔を向けると一人の艦娘が主砲を構えており、眼前には砲口があった。

 何時の間に居たのだろうか。

 そう考え、答えを得ようと思考したが相手は待ってくれない。

 目の前の悪魔は笑いながら再び口を開く。

 

 

「楽にしてやる」

 

 

 砲撃、そして粉砕。

 初めに受けた上空からの爆撃や砲撃により防護膜が消失したリ級は防ぐ手立てが無かった。

 

 頭を砕かれ、体ごと吹き飛んだリ級が目覚めることは二度と無い。

 この場に残る生存者は彼女を殺した悪魔――駆逐艦娘時雨と続々と降りてくる時雨の部下達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴れ時々爆撃、地域によっては魚雷や砲撃もあるでしょう。

 全くもって戦場では何が降るかわかりません。

 恐らく先程死んだリ級もあり得ない出来事に頭が真っ白になってしまい死んだはず。

 戦場とは恐ろしいですね。

 早く終わらして帰りたい気持ちで胸が一杯です。

 

 

 

 おはようございます、駆逐艦時雨二等兵曹です。

 

 30分以内で飛行場姫を始末しろという上司の無茶ぶりを実現するべく戦場へと文字通り舞い降りました。

 現在居る場所はソロモン諸島における深海棲艦側最大航空拠点、ガダルカナル島であり早速重巡を始末したところです。

 上空から行った攻撃でかなりの被害は与えられた様なので、無駄な仕事が減り私は嬉しいですね。

 早く飛行場姫を片付けて定時帰宅したい。

 私の脳内はそればかり。

 

 さて、話を戻すと今作戦における最重要目標はガダルカナルに展開する飛行場姫を排除して前線における制空権を有利にさせる事だ。

 最初の空爆で片付けば良かったのだが、そんな簡単に行けば苦労しない。

 現在我々が居る地点は島の高台当たりで、すぐ近くに海へと通じる急な坂がある。よってこれより海へ出て飛行場姫が移動するであろう地点へと先回りします。

 何、敵は島に籠るのではだと?

 確かに可能性はあるが敵の頭が少しでも回る奴なら逆に有りえないだろう。

 降下作戦により島外縁部の防衛線が半ば無力化され、次々と占領されているのに島へ籠る事は愚策。ならば次に考えられるのは深海棲艦にとって有利な戦場たる海上への脱出。

 だが陸軍や海軍も当然それを考えて川や道を塞ぐであろうし、深海棲艦の部隊が移動すれば直ぐに気が付く。

 そう、部隊ならば。

 

 

 

 私はこの時ゲリラ戦を展開する日本軍や北ベトナムについての記述を思い起こす。

 史実における末期の日本軍や北ベトナム軍はゲリラ戦を展開するうえで蜘蛛の巣が如く出来た小さいルートを多く利用し補給や小規模な部隊移動、脱出をこなしてきた。無論似たような事はこの世界でも取り入れていたが制海権が早々に消失した事でノウハウは少なく、また人類外相手ということで勝手も少し違う。

 逆に私は深海棲艦の方がゲリラに向いていると考える。

 

 小川や獣道を利用しての奇襲や脱出。

 それらがある程度の思考ができ、命令に逆らわないロボットみたいな存在で実行されるのだ。考えただけでも頭が痛い。

 事実、一定以上の思考や感情有する『赤色』や『黄色』は戦術等を駆使して厄介だが、『無色』共は士気の低下や撤退を考えなくても大丈夫な為に非正規戦においては先に述べた二種以上に厄介だ。

 幸い敵は未だにその様な戦術を駆使していないが時間の問題だろう。

 特に今回の相手は姫級であり直ぐに自然で作られた小道や小川の利用を考える筈。

 奇襲を許した今ではゲリラ戦は不可能だが脱出に活用する可能性が高い。

 

 そこまで考えた時、島の内陸部からひと際大きな爆発音が聞こえ思わず視線を向けると上空から攻撃しつつ降下する兵士達が見える。

 どうやら他部隊も次々と降下を成功させ、攻撃の手を強めているらしい。

 あちこちで戦闘音楽が鳴り響き、地獄を生み出す。

 戦火が広がっている様子を見て、恐らく飛行場姫は既に移動を開始している筈だ。早く移動せねばならん。

 こちらの作戦終了時間は残り20分、全く時は金なりどころか命だなこれは。

 

 

「隊長、周辺の敵排除を完了しました」

「各隊問題なく降下完了!」

 

 

 私が作戦を考えている間に周辺に展開する敵排除及び隊員の集結を終わらせた部下達が報告に来る。

 脳裏には作戦前に叩き込んだ島の地図が浮かび上がり、飛行場姫が通るであろう各ルートと最終的に何処から海上へ出るかを叩き出す。

 ふむ、味方の部隊展開率と行動範囲を考えると『あの場所』かな。

さて、予想も立てたしそれでは行くとしよう。

 もし無線を傍受されて敵に逃走ルートを変えられるのも面倒だから無線封鎖もしておくか。

 

 

「諸君、恐らく敵は海へと逃げ出す筈だ。よって我々の次に執る行動は逃げ出す敵を叩き潰すことだ!」

 

 

 私の声に皆が耳を傾ける。

 よし、戦意は変わらず大丈夫なようだ。

 これで少しは楽に仕事が出来るだろう。

 

 

「さて行くぞ諸君、鼠狩りだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ――チッ……クソ!」

 

 

 バシャバシャと水面を走りながら自然の木々で作られたトンネルを走り抜ける影が複数。

 それは三つあり、二つは黒髪の成人女性に似ており両手の艤装から戦艦ル級と判断できる。

 問題は残るもう一つの存在で白く長い髪に頭から生えた短い角の持ち主、飛行場姫だ。

 

 他の深海棲艦同様、病的に白い肌と美しい光沢放つ長い白髪は普段なら誰もが見とれる神秘的美しさを感じさせるだろうが現在は流れ出た血や火傷、そして艤装から漏れる煙からその面影は見受けられない。

 それは護衛として付いてくるル級二人にも言えることで、彼女ら全員中破もしくは大破の身であった。

 

 

「マサカ、空カラ攻メテ来ルトハ……予想外ダッタワ」

 

 

 火傷を負った肩を抑えつつ独り言ちる飛行場姫は敵の予想外な戦術と自分の不甲斐無さを呪う。

 彼女は敵がこの島に攻撃を加えたとしても空襲だけと予想し、前線に人類軍が集結していると情報が入り次第大多数の戦力をラバウルとトラック方面へと向かわせていた。しかし、結果はこのざまだ。

 例え空爆で同様のダメージを受けたとしても敵が上陸しない限り動かず回復に専念できた。

 そう、敵が直接来なければ回復の余裕が出来たはず。

 

 だが予想は裏切られてしまう。

 敵がパラシュートによる降下を行い直接戦闘と占領を開始したのだ。

攻めて来て尚且つ島を占領し出した状況では傷や艤装の回復などできる筈もなく彼女は無様に海へと逃げるしかない。

 

 

 

 惨めだった。

 心苦しい気持ちで一杯だ。

 仲間たちが自分を逃がすために各地で奮闘しており命を次々と散らしていく。

 

 この怒り、私は決して忘れないだろう。

 私をこんな目に合わせた人類がそして艦娘が許せない。

 何より命がけで自分を守る仲間たちに応えなければ。

 それが私飛行場姫の上に立つ者としての使命だ。

 この借りは絶対に返してやる!

 

 海へと通じる川を下りながら決意を抱くと薄暗い木々のトンネルの出口が見えてきた。

 そこは海面が反射する朝日の影響により、まるで光のゲートを思わせ神秘的な美しさと自分たちを歓迎する意思を感じてしまう。

 もう少し、もう少しで海へ出られる。

 そしたらマライタ島へと脱出して同島にて指揮を執る泊地棲鬼の助力を請わねば。

 

 

 

 早く仲間を助けたいという思いともう少しで助かるという思いが重なり彼女の足を急がす。

 飛行場姫の表情は決して暗くない。

 何故なら固い決意をそして希望を胸に前へと進むのだから。

 

 

 

 出口はもう目の前、朝日の影響で外が良く見えないが分かる。

 自分は助かるのだ。

 仲間と共に。

 

 ああ、だから私は皆を助けて――。

 

 大きな一歩を踏み出し光のゲートを潜る。

 目の前には大きく広がる海と。

 

 

 

 

 

「ようこそ深海のお姫様」

 

 

 こちらへ銃や砲を向ける者達。

 中央には指揮官と思われる艦娘が笑いながら自分たちを見ており。

 

 

「そして、さようなら」

 

 

 パチン

 

 

 指で鳴らした軽い音が辺りに響くと同時に銃声や砲撃がその場を支配する。

 続いて体中に感じる激しい痛み。

 私を先導していたル級達が血を流し倒れていく。

 そして段々と遠くなる意識の中で私は思うのだ。

 

 

 みんなと平和な海を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱出ルートを特定しての待ち伏せ攻撃により無事飛行場姫と護衛のル級を排除した時雨は、自分が上げた戦果に思わず笑みを浮かべる。

 

 

 

 何もかもが計画通り。

 飛行場姫の排除は我が部隊が達成し、尚且つ被害はゼロ。

 こうまで上手く行くとは最早笑えて来るな。

 戦争は嫌いだが、勝っている内は楽しいものだ。

 

 鼻歌を歌いつつ残敵掃討を行うべく部下達に指示を出す。

 さて、とっとと終わらせて帰ろう。

 サービス残業なんて御免被る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同島 陸軍第一挺身団

 

 

 

 

 

 九九式短小銃による艦式弾や強化型艦式弾を発射可能な九七式自動砲、そして一緒に投下され急遽組み立てた各種歩兵砲。それらが一斉に火を噴き、地上へ展開する深海棲艦を攻撃する。

 無論深海棲艦側も黙っておらず、陸軍へと反撃するが地上戦に一日の長がある彼らに対して有効打は与えられていない。

 尤もそれは陸軍とて同様であった。

 

 

「命中多数、しかし防護膜に阻まれ有効打確認できず!」

「構わん続けろ! 中央に展開する重巡リ級へ集中砲火、膜を剥がせ!」

 

 

 部隊指揮官の指示で分散していた火力を敵中央へと集中、機関銃や小銃の通常弾含め大量の銃弾や砲弾がリ級へと殺到する。

 それは凄まじくリ級の防護膜が見えないほどに波打ち、彼女の姿を隠す程だ。

 苦しい表情を作るリ級が堪らず後退しようとした瞬間、彼女を覆っていた防護膜が粒子に変化して飛び散ってしまう。

 防護膜が消失したのだ。

 当然、陸軍部隊はこの好機を見逃す筈がない。

 

 

「今だ、リ級へ攻撃しろ!」

 

 

 号令と共に銃弾や砲撃がリ級に襲い掛かり、彼女の体を引き裂く。

 防護膜が消失した深海棲艦に最早銃弾1つ防ぐ手立てはなく、あれ程苦労していた重巡級があっと言う間に排除されてしまう。

 人型深海棲艦を攻撃するうえで一番の難題がこの防護膜であり、これにより人類側は上手く打撃を与えられない状況が恒例だ。

 しかし、今回の様に防護膜を引きはがす。つまり膜が耐えられる装甲強度値をゼロにしてしまえば簡単に排除可能となる。

 

 

「敵増援確認! 戦艦級だ!」

「防護膜だ、先ずは防護膜を減退させるんだ!」

「艦娘部隊はまだなのか!?」

 

 

 最初の奇襲で飛行場姫に損傷を与えた結果、空から攻撃される心配は無いが残っていた防衛隊が己の主を守るため身を盾にしてまでも防衛を行う。

 あえて不利な地上で防衛に徹するという事は仲間が戻ってくるまで時間稼ぎをする為だ。これにより陸軍部隊は想定したよりも被害を抑えられているが、進撃速度は大幅に遅れていた。

 

 

「隊長殿、このままでは予定通りな進行ができません」

「ふむん、いかんな。このままでは飛行場姫が修復を完了してしまう」

 

 

 部隊の指揮官たる山田秀男中佐は思うように事態が進まない中、見た目は焦らずに考察するが心中は穏やかで無い。

 彼が話した通り、現状は日本軍が押している様に見えるが実際は追い詰められている方なのだ。

 何故なら敵防衛隊主力が反転して来たら彼らに逃げ場は無く、殲滅させられるしかない。それに飛行場姫が航空機運用能力を回復させても負けは確定、正に時間が経てば経つほど追い詰められる。

 それを打開させるには艦娘達による攻撃が必要なのだが、無事に降下できたという連絡以降通信が来ていない。恐らく深海側に傍受される事を恐れて無線封鎖をしているのだろうが、友軍の動きが分からない事は誰をも不安視させた。

 また、最終的に攻略成功できれば良いだろうし、時雨側の思惑も理解できるが少しでも将兵の被害を抑えたい山田中佐としてはもどかしく思う。

 

 知らず知らずに溜息をついてしまう彼は今考えても仕方ないと諦め、部下達へ激励の言葉を掛けようと口を開いた瞬間。

 

 

『こちら特務第一混合部隊、陸軍第一挺身隊応答を願う』

 

 

 近くに置いていた通信機から聞こえた声に皆が気付き、驚きと歓喜の表情を表す。

 

 きた!

 

 誰もが待ち望んだ艦娘部隊からの通信に思わず歓声を上げそうになるも山田中佐は、あくまで冷静沈着を装い通信の返答をする。

 

 

「こちら陸軍第一挺身隊隊長の山田秀男中佐だ」

『返答ありがとうございます、こちらは特務第一混合部隊の時雨二等兵曹です』

「こちらこそ、君たちを待っていた。早速だが現在我が隊は飛行場姫が居ると思われる場所へ攻撃を仕掛けているが敵部隊の抵抗が激しく思うように進軍できていない。早急に援護を要請する」

『了解しました閣下、援護は直ぐに向かいます。ですが……』

 

 

 援護を確約したが山田中佐は言葉を濁す時雨に対して疑問を感じた。

 自分は何も変な事を言っていない筈だが何故彼女はここで言葉を濁したのだろう。

 もしかして何か問題でも発生したのだろうか。

 

 様々な可能性が脳内を廻る中、次に彼女から発せられた言葉を聞いて彼は思わず呆然としてしまい手にした無線機を落としそうになった。

 

 

『飛行場姫は既に我々が排除致しました』

 

 

 一瞬何を言ったのか理解出来ず言葉を失う。

 

 飛行場姫を排除した?

 そんな馬鹿な、その飛行場姫を排除するために我々が今攻撃をしているのだ。しかも艦娘部隊は見当たらない事から話が本当の場合ここから離れた地点で仕留めたという意味だ。

 

 つまり気付かぬうちに逃げられただと。

 一体いつ。

 

 

「な、まさか小川や獣道か!?」

 

 

 思わず出た大声に周りの兵士達は驚いてしまうも気にする山田中佐では無かった。

 飛行場姫が居る場所は確かに島の中央に近い場所で、近くには森や山もある。

 無論逃走しない様『大きな川や道』に監視員を派遣していたが、全てを見張る事は事実上不可能。だが、敵が逃走するならば多くの護衛が必要と考え大丈夫だと判断したのだが。

 

 

『はい、その通りです閣下』

 

 

 己が至った答えを肯定した者は皮肉にも通信先の時雨であった。

 ここに来て彼は自分が大きな失態を犯してしまっていた事実を認識し、同時に通信相手の時雨に救われたと心から安堵する。

 

 もし彼女が今作戦に参加していなければ恐らく攻略は失敗していたであろう。

 彼女は我々だけでなくこの作戦全てに参加する将兵を救ったのだ。

 

 彼女の持つ戦闘能力や部隊指揮能力、戦術的判断そして作戦立案能力。

 作戦開始前から驚かせられたが山田中佐いや、この通信を聞いている全ての者が理解しそして驚愕した。

 

 正に天才、否鬼才とは彼女の事を言う。

 

 成程、上が彼女を気に掛ける訳だ。

 確かに彼女の能力は日本にとって、いや人類にとって必要なものである。

 もし、彼女が他国に居た場合を考えると恐ろしい。

 

 

「……ありがとう時雨二等兵曹、今後も貴殿の働きを期待している」

『了解しました。今後も全力を持って任務に取り組みます閣下』

 

 

 山田中佐が必死に震えを堪えながら話した礼に何事もなく返された後、通信は切られた。

 彼がふと周りを見ると皆が呆然とした表情になっおり、少し前まであった歓声や罵声が無くなっている。

 勿論無音などではなく遠くから爆音や兵士達の声が聞こえるがこの場に者達にとってその戦闘音はまるで別世界の様に感じられてしまう。

 ハッキリ言って現実味が感じられない。

 

 時間にして約1分も無かっただろうが彼らからすればその無言な空間は十倍以上に感じており、山田中佐が大きく息を吐くことで漸く打破することが出来た。

 部隊指揮官の中には乾いた笑い声を漏らし疲れた表情な者も居る。

 誰もが感じたのだ彼女の異常性を。

 

 

 

 そして誰のか分からない一言が再び時間を進めさせるのだ。

 

 

「俺初めてだよ、戦場で安心できるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎や破壊跡が残る沿岸部。

 我々混合部隊は敵残存部隊排除後、本部の指示に従いここへと集結していた。

 他部隊の中には占領や野営準備、兵士達の治療など大忙し。

 被害が全くない我々が申し訳ない位だ。

 確かに色々と危ない場面もあったが、我々は任務を果たし戦果も十分。それに陸軍にも名を売ることができ、正に順風満帆。今後のエリートコースは確定だな。

 

 今後における明るい未来を幻想して思わず笑みを浮かべる時雨だが傍からすると戦争を楽しんでいる様にしか見られない。事実、周りの部下達がその期待に『応えるべく』準備を進めており他部隊は驚愕しつつ余裕がある部隊は彼女に負けじと同じく準備を開始しだす。

 そして騒動の中心たる時雨は初め撤収準備かと考え「自分の部下達も早く帰りたいのだ」と内心同調して見守っていたが、作業内容が進むにつれ部下たちの行動を理解してしまい笑顔が固まってしまう。

 

 

 

 おい、待て貴様ら。

 撤収準備の筈だろ。

 弾薬と燃料の補充はまだ分かるが何故攻略用重装備まで用意する?

 何故私に期待の籠った目を向けるのだ?

 

 気が付けば他部隊も同じ準備をしている為、止めろと言えず自分の思い違いだと祈るが残念ながら彼女の願いは叶わない。

 そして準備指揮を執っていた指揮下の海兵隊員と不知火が彼女の前に立ち敬礼して告げられた言葉で時雨の気分は急降下し地面へと激突した。

 

 

 

「隊長、進撃準備完了しました!」

「各小隊欠員なし!」

「燃料と弾薬の消費は共に許容範囲内です!」

「二等兵曹殿、我々は何時でも行けます。どうかご命令を!」

「隊長は仰いました戦果を求めよと、ならば我々はより多くの戦果を求めます!」

 

 

 早く出撃したいですと犬みたいに命令を待つ部下達に時雨は思わず頭痛を覚える。

 こいつらは何を言っているのだ。

 我々が受け持つ任務は終了しているのだから後は待機の筈。

 というか何故部下達が妙にヤル気を出しているか意味が分からん。

 確かに出撃前に行った激励は効いたのだろうが此処まで好戦的になるのだろうか疑問だ。

 それともこいつ等は初めから戦争狂いな連中で、降下作戦前に震えていたのは唯の武者震いであり私が行った激励は彼らからすれば邪魔だったという訳だろうか。

 

 脳内で様々な憶測がぐるぐると回る中、とにかくこいつ等を落ち着かせて進撃を中止せねば上から命令違反と受け取られかねないと口を開こうとした時。

 

 

「時雨二等兵曹」

 

 

 陸軍の代表たる山田秀男中佐が他の部隊長と共に現れた。

 いかん、部下達が勝手に行動していると知られれば指揮能力と部隊運用能力を疑われて降格だ。

 ここは私が命令しましたと思わせ渋々引き下がる風に持って行かなければ。

 

 

「はい、我が部隊は被害が皆無な為に更なる進軍準備をしておりました」

「しかし、我々の任務は……」

「前線では未だ戦闘が続いており将兵達はその命を散らしております」

「……」

「無論敵が反転する可能性もある為に島の防衛が必要な事は理解しております。ですので判断は本部からの返答次第となりますが」

「なるほど」

 

 

 思案した後、近くで待機していた通信兵に本部へ連絡する様指示を出す中佐を見た時雨は上手く誤魔化したと安心する。

 日本軍が好む高い戦意を示しつつ防衛の大切さを説く。

 更に前線将兵の犠牲を苦しく思っているとアピールする事で軍人に必要な戦意と知能、そして愛国心を相手に思わせる行為は正に完璧。

 本部や中佐殿はリスクを考え却下する筈だ。

 私はあくまで立案者、上からの命令に仕方なく従う。

 これで他部隊にも示しがつく。

 

 

 

 打算して思わず不敵な笑みを浮かべる時雨だが上官達は彼女の話と笑みから別な意図を感じ、戦慄した。

 

 

 

 

 

 この少女は未だに戦果を求めるか。

 作戦中に見せた采配と思考、そして戦意。

 正に軍人の鑑だ。

 

 それに……

 

 ふと考え、山田秀男中佐は彼女の部下達へ視線を向ける。

 

 敬礼し、今か今かと命令を待つ姿は正に軍人。

 艦娘はどちらかと言うと軍人らしくない人物が多く、中には反抗的な性格も居ると聞く。そんな艦娘達をこうまで従わせ尚且つ海兵隊までもここまで従順にさせるとは、彼女が持つ指揮官としての素質は想像以上。

 成程、上が彼女に目をかけるのが良く分かる。 

 ならば彼女に任して問題ない。

 

 結論付けた中佐は本部へ連絡中の部下に耳打ちをして自分の意見を付け加えて連絡するように指示を出す。

 恐らく返答は直ぐな筈だ。

 

 後は部下達にも話を通しておくだけ、彼女なら十二分に扱えるだろう。

 そう決意を抱いた山田中佐は目の前の少女を見据え笑みを零す。

 

 

 

 

 

 対する時雨は己と各部隊長達との思考がすれ違っているとも知らず、本部と話し合いが終了した中佐へ頷く。

 気が付いた山田中佐も頷き返し、彼女は確信した。

 

 やはり無理な進撃はできない。

 上が判断した以上仕方の無い事だ。

 

 

「時雨二等兵曹」

「は!」

 

 

 山田中佐に名前を呼ばれ、流れる様に敬礼をする。 

 

 よしよし。

 目の前で早く宣言してくれ。

 追撃が無理であると!

 

 

 

 

「貴官の判断を尊重し、本部と我々各部隊の連名でマライタ島への進軍を許可する」

 

 

 

 

 

 ……ん?

 

 

 今、変な言葉が聞こえたような。

 いや、きっと聞き間違いだ。

 我々の任務は降下作戦における敵航空能力を排除する事及び占領である。

 間違ってもソロモン諸島全体における全作戦に携わる必要は—―。

 

 

「このまま敵戦力排除に死力するように」

 

 

 聞き間違いじゃ無かった……。

 馬鹿な、一体何がどうしてそんな結論になる!?

 

 

「また、陸軍と海軍からそれぞれ水歩兵を一個小隊ずつ貴官の部隊に預ける。頼んだぞ!」

 

 

 尚且つ責任倍プッシュ。

 何故そんな方向に行く。

 まさか本部は我々の働きをそして戦果を不十分と考えているのか。

 もしくは前線での戦況が悪いとでも。

 そう考えると不味い。

 上が想定したよりも戦果報告が少ないと判断したのなら中佐殿が仲介したお陰でマライタ島攻略だけで済んだと考える必要がある。そうなると私は陸軍へ貸しを作るどころか作られてしまったではないか。

 これまで散々お膳立てしてもらい更に期待までされたのに陸軍に貸しを作ったと海軍上層部に知られたら私の人生が終わってしまう。

 具体的には後方キャリアの夢が絶たれる。

 くそ、ならば求めるのは更なる進軍だ。

 深海棲艦共の戦力分布と混乱状況を考えるなら十分可能であるし、どうせマライタ島攻略を任せられた状況なら変わらん。

 

 本当は拒否したいし逃げ出したい。

 だが私の立場と状況がそれを許さないのだ。

 全く自分の不幸を呪うべきか我が軍の状況を嘆くべきか……。

 

 

 嫌々ながらも思考と覚悟を纏めた私は山田中佐へと声を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 それと今回の反省を生かし、部下達への指示は自分が終始行おう。

 有能な部下も考えものだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中佐殿」

「ん、何かね二等兵曹」

 

 

 時雨の希望を叶えた中佐は、先ほど命令を下した彼女に声を掛けられ返答をする。

 彼からすればマライタ島攻略に関する質問だと予想した為に何も気にしなかった。

 逆に装備の補充だろうかと考えて出来る限り希望を叶える思いでいたほどだ。

 今作戦で飛行場姫逃走という陸軍が犯した汚点を拭い去ってもらったばかりか、その後における支援でも十二分に働いてもらいこれ以上無いまでの借りを作っていた陸軍としては断れない状況と言える。尤もこれから死地に向かう者に敬意を払わなくては帝国陸軍否、帝国軍人として恥と考える彼らにとって最初から断るつもりなど無いが。

 

 それに切れ者の彼女直々に願うというならば何か作戦に重要な内容に違いない。

 一体どんな内容なのだろう。

 

 内心緊張と好奇心に駆られた中佐達だが時雨が発した言葉により再び驚愕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が隊はマライタとサンタイサベルの両島同時攻略を提案致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今週のアンジャッシュ。
山田中佐(彼女は常に戦果を求め尚且つ将兵の命を大事に思う指揮官だな、素晴らしい……)
時雨さん(各指揮官や本部が貸しを理由に戦果を過剰に求める。何てブラックだ……)



飛行場姫のシーンを書いてて思った事
(あれ、おかしいぞ? 何故か時雨さんが悪者に見える)


実は初めのプロットでは船坂視点でブーゲンビル島やチョイスル島方面での戦闘を書く予定だったが、書いているうちに別作品一本分の濃い内容になってしまい没にした。
もし需要があるなら外伝として載せます。(雰囲気はBFやCODに近いと思う)


今回は長々とお待たせして申し訳ありませんでした。
少し間隔は伸びるかもしれませんが、連載を再開いたしますのでこれからもよろしくお願い致します。
また、誤字や脱字、感想等有難う御座いました。
今後もご意見等ありましたらお寄せください。

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