艦娘戦記 ~Si vis pacem, para bellum~   作:西部戦線

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今作品をご覧いただきありがとうございます。

次週引っ越し関係で投稿が遅れるため早めに投下します。


第四話「狂気の祭典」

血を流すより、汗を流す方法を学べ。汗を流しておけば血を流さずに済む

 

――エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい風が頬を撫で、私の意識をより鮮明とさせる。

 ふと下を向けば流れる雲が見え、その切れ目から太陽に照らされて光を反射する海が見えた。

 

 

「綺麗……」

 

 

 口から漏れ出た言葉に私は、本心は意図せずに出るものだと実感、この素晴らしい光景へ見入りたい気持ちになる。

 

 ああ、こんな穏やかな時間が続けばいいのに。

 

 あぁ、どうして時間は止まってくれないのでしょう。

 

 ああぁ……どうして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、萩風一等水兵。どうした早くしろ、貴様が最後だぞ」

 

 

 どうして私の上官は此処まで鬼に成れるのでしょう。

 私は心の中で上官()に対して文句を言いますが事態が好転する筈もなく、彼女は先程から催促を繰り返すのみ。

思わず涙目で見つめ返すも飛行士が着る厚手服装の上官は私を睨むだけ。

 

 ああ、神様助けて下さい。

 今度から毎日神社をお参りしますし、境内の掃除も致します。

 早寝早起きは勿論、色々な雑務も率先してこなします。

 お賽銭も多く出しますし、何なら毎日の健康食事も捧げます。

 おやつだって我慢……するかもしれません。

 

 だから、だから……。

 

 

「やっぱり降下訓練なんて無理ですよぉおおおおおおお!?」

「安心しろ。例えパラシュートが開かなくても艦娘なら骨折か中破で済む」

「全然安心できません!」

 

 

 大きく叫ぶも二等兵曹()の一言で全てが無駄だと悟る。

 

 

 

 ああ、どうしてこうなったのでしょうか。

 そんな言葉が脳内をぐるぐると廻り続け、一週間前の出来事を思い起こします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1940年 2月中旬。ラバウル基地 特務混合部隊待機所

 

 

 

 

 

「諸君! 本土から命令が来た。我々は名誉ある事に敵泊地攻略における奇襲部隊へ選ばれた。これも我々の奮闘が成し得た成果だ!」

 

 

 壇上に立ち休めの姿勢をしながら宣言する水兵長は皆にそう宣言しました。

 彼女の下で働き既に一か月ちょっと。

 とても一か月とは思えない程に様々な出来事がありましたが今思うと感慨深いなと思いつつ私は壇上の上に立ちながら声を張り上げる自分の上官――時雨さんへと視線を向けました。

 

 初めて会った時の感想は、他の駆逐艦娘時雨とは違い少し怖い方だなというのが第一印象です。

 ですが、多くの活躍や知能を見聞きして私の憧れとなるまでそう時間は掛かりませんでした。

 

 

 

 彼女の噂は、艦娘学校でも同様に当時から色々な話を耳にします。

 

 曰く、愛国心溢れる厳しい方である。

 曰く、知識に優れており教官を何度も唸らせた。

 曰く、卒業後に直ぐ活躍をし、尚且つ敵重巡最速撃沈の偉業者。

 曰く、曰く、曰く……。

 

 色々な場所で話された水兵長の伝説は今でも覚えています。

 尤も、より詳しい内容は機密らしかったですが流布している内容だけでも凄いものでした。そう考えると本来はどれ程の活躍をしている事か。

 

初めは違う世界の住人に感じていました。

 私の様な平均的、いや事務向き艦娘とは違う。

 余りにも雲の上過ぎる為、会えるのなら会ってみたいな程度の気持ちで絶対に会いたいという程では無かったです。

 

 そんな時に舞い込んできた実戦早期希望制度。

 実家が生活苦な為、私はこの制度を利用しようと前々から考えており迷わず応募しました。ですが、死ぬ気で頑張る程では無く『もし無理だとしたら地道に昇進して家族を助けるしかないかな』という気持ちです。

 

 正にどちらに対しても軽い気持で。

 今思うと必死な人達にとっては失礼だなと思いました。

まぁどちらも高嶺の花だから諦めていたのかもしれません。

 本当にもしかしたらという軽い気持ち。

 

 ですが神様はお気まぐれらしく、私は受かってしまいました。

 最初、合格通知が担当教官から手渡された時は思わず呆然としてしまい続いて歓声を上げたのを良く覚えています。

 

 実戦早期希望制度は私たちの様な貧乏人にとって大変助かる制度。

 家族には政府から支援がありますし私自身手当が付く、そして何より昇進が早いから将来のお給料も増えます。

更に付け加えるなら国の為に今すぐ貢献できる事がとてもうれしく、感謝の気持ちで一杯でした。

 

 

 私は嬉しさの余り鼻歌を歌いつつ自室へ戻ると、より詳しく内容を知る為に辞令を手早く開けて中身を確認する。

 

 文章を上から読み進めていき、そしてとある文字を認識した瞬間に私は思わず目を止めてしまう。

 一度辞令から目を離して瞬きを何度もする。

 今、すごい文字が見えた。

 特に配属先に関するところで。

 

 

 深呼吸をしてから再び私は視線を戻し、中身を確認すると今度こそ現実だと実感。私は嬉しさと驚きの為に思わず腰を抜かしてしまうのだ。

 

 その内容がなんと。

 かの、時雨さんが旗艦を務める艦娘艦隊へ配属となった内容だった。

 まさか会うだけでなく部下として私が着任するとは思わなかったのだ。

 

 私は運が良い。

 実戦早期希望制度に受かるだけでなく、かの有名な艦娘の下で戦えるのだから。

 

 そこからとんとん拍子で話が進み、私は水兵長の部下となるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと振り返ればあれから一か月ちょっと。

 長いようであっという間です。

 色々な問題もありましたが、今から思い返すとっても為になるばかりな経験でした。

 

 

「そうだ萩――作戦――すまんが――」

 

 

 水兵長は厳しくも優しい方で、私感激だな。

 特に甘いものが苦手と言われ、私に間宮券を下さった時は凄く嬉しかったです。

 あれのお蔭で私は甘味が大好物になり、健康食よりも甘味命になりました。

 まぁ、そのせいか周りや他の萩風の方から性格が変わったと聞かれますが……些細な事です。

 

 

「今まで……残念な――しかし――」

 

 

 そして大規模防衛線を終えてから直ぐにこの辞令。

 流石水兵長いや、二等兵曹に昇進して尚且つ奇襲部隊の隊長。

 最早伝説です。

こんな場面に私が居るなどまるで場違いですね。

 

 

「貴官の――十分――よって……?」

 

 

 ですがまだ二か月近くあります。

 その期間をもて余さず二等兵曹の役に立って――。

 

 

「二等水兵? 萩風二等水兵!」

「ひゃ、ひゃい!?」

「貴様話を聞いていたのか?」

 

 

 突然大声で話しかけられた為か変な声で返事をしてしまった。

 ふと気づくと周りに部隊の人達は居らず、この場に残っているのは私と二等兵曹だけでした。多分、私が昔を思い出している内に話が終わってしまったのでしょう。

 

 

「おい、貴様まさか話を聞き流していたでは無かろうな……」

「え!?」

 

 

 二等兵曹からの質問に私は図星をつかれてしまい変な汗をかいてしまいます。

 

 まずい。

 これは不味いです。

 もし二等兵曹にそんな事ばれたら罰を受ける可能性が。

 この前も笑いながら天龍さんや深雪さんに十五時間耐久走を強制していただけにどんな恐ろしい内容なのか……。

 

 最悪、間宮券没収!?

 

 あああああ、私の楽しみが、癒しが、二等兵曹に取られる!

 そ、それだけは何としても回避しないと。

 

 

「いえ、大丈夫です。聞いておりました!」

「……本当か?」

 

 

 敬礼しつつ質問に答えるも事態は好転しない。

 う、何故か凄く睨んでる。

 多分私を疑っているのでしょうか。

 これはいけない、何とか弁明しないと。

 

 

「本当です! 私は二等兵曹が話された内容を確り記憶しております。唯……」

「唯何だ?」

 

 

 いけない内容覚えていない。

 でもこのまま答えられないと私は罰として間宮券を――。

 

 そうだ!

 確か奇襲部隊に選ばれたと話されていた。

 ならそれに関する事に違いありません。

 ならば……

 

 

「に、二等兵曹が仰られた奇襲作戦について考えていたのです!」

「ほう?」

 

 

 二等兵曹が聞きたそうに声をあげる。

 やっぱりそうだった。

 じゃあ、此処で話す事は。

 

 

「私は未だ半人前の身、そんな私で本当に作戦に参加しても良いか。そして二等兵曹に着いていけるか、その事が心に引っかかり考えていたのです!」

「……」

「ですが私も既に軍人、どの様な事があっても最後までやり通す。そう決意していました!」

「――」

 

 

 私が捲し立てる様に話終わり両手を後ろへと回して休めの姿勢をとる。

 対する二等兵曹は、何か考え事をしているのか腕を組んで黙っております。

 

 もしかしてダメなのでしょうか。

 厳しい体罰決定なのですか。

 間宮券没収なのでしょうか!?

 

 私の心が絶望に支配されそうになった時。

 

 

「成程な……了解した。聞くまで無かったか」

 

 

 呟く様に話された言葉を聞き、私は思わず瞬きを何度もしてしまう。

 

 

「貴様の覚悟は聞かしてもらった。今後の作戦も頼むぞ『一等水兵』」

 

 

 去り際に私の肩をポンと叩いた後、その場から離れる二等兵曹は何処か嬉しそうな表情をしており、逆に私は呆然と立ち尽くすしか出来ません。

 

 そして待機所には私一人が残される。

 

 ……やった。

 やりました。

 

 私は間宮券を守り抜きました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、この時の私は正に有頂天でした。

 ですが後にこう思い返します。

 

 間宮券位諦めていれば……と。

 

 

 

 

 それから一週間。

 私は落下傘部隊の知識を他の方たちと一緒に叩き込まれ、奇襲作戦について概要を憶えたりと正に地獄の日々。明らかに途中で部隊から抜けるとは思えない訓練をさせられ続けました。ですが、私が艦娘学校へ戻る為に二等兵曹が色々知識や技術を授けてくれていると考え黙っています。

 きっとそう。

 大丈夫、私が降下作戦に携わる筈がない。

 

 だって私実戦早期希望者ですし。

 それに高所恐怖症ですから。

 あとほら、私まだ二等水兵です。

 

 ……ん?

 そういえば以前二等兵曹が、私に向かって一等水兵と言っていた様な。

 あれ、確か今日から新しい階級章らしきものが何故か渡された気が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

 私は飛行機から今まさに飛び降りようとしていた。

 凄い、今までの記憶が一瞬で流れましたよ。

 これが走馬灯というものでしょうか。

 もしかしたらこれも夢の可能性が――。

 

 

「おい、いい加減にしろ一等水兵」

 

 

 夢じゃなかった。

 

 

 いや本当に無理ですよ。

 高度がどれ程かご存じなんですか。

 

 4000メートルですよ!?

 人間は空を飛べないんですよ!?

 それどころか唯落ちるだけなんですよ!?

 潰れたトマトみたいに死んじゃうんですよ!!!!

 

 ですが私の必死な弁明に二等兵曹は。

 

 

「作戦に必要な訓練だから諦めろ、それに艦娘なら死なんと何度も言ってるだろうが」

 

 

 と、取り合わず。

 ああ、何故私はあの時に適当な事を言ってしまったのだろう。

 自分の浅ましさを呪いたくなる。

 同じ実戦早期希望者の天龍さんと深雪さんはいつの間にか居なくなってるし。

 何故私だけこんな目に。

 

 嫌です。

 厳しい訓練には耐えてきましたが、降下訓練だけはダメです。

 高所恐怖症な私は絶対無理です。

 だからお願いします何でもしますからぁ!

 

 

「はぁ、仕方あるまい。もう良いぞ萩風一等水兵」

 

 

 そう私がシクシク泣いていると二等兵曹がため息を付きながら諦めてくれた。

 

 え、本当に。

 

 ……流石です二等兵曹。

 大天使時雨は伊達ではありませんね!

 

 嬉しさの余り私はその場で脱力してしまい。

 

 

 

 ドン

 

 

「へ?」

 

 

 後ろから強く圧力が掛かり、私は前へと飛び出す。

 無論、私の目の前は空中。つまり何も無い訳でして。

 

 

「私が押してやる」

 

 

 チラリと見えた機内には、蹴り上げた姿勢で白い歯が見えんばかりの満面な笑みを浮かべる二等兵曹が見えました。

 

 状況からして私は機外へと蹴り出されたらしく、つまり後に待つ運命は。

 

 

「お、おにぃいいいいいいいいいい!?」

 

 

 落下しかありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を上げながら機外へと出て行った部下を眺めつつ時雨は再び溜息を付く。

 思い出すのは部下に対する評価と志願した時の情景だ。

 

 

 

 

 実戦早期希望者である為に途中で抜ける彼女であったが、中々物覚えが良くて役に立つ事から此の侭部隊に正式配属したいと時雨は考えていた。

 しかし、自分から進んで前線へ出たがる性格では無いと判断して半ば無理と思いつつ本人に聞いたら是非所属したいという予想を裏切るものである。

 これには時雨も大変驚き、快く正式配属となったのだ。

 

 

 

 

 実際は勘違いなのだが、時雨がそれを知るすべはない。

 

 

 

 

 

 回想が終わり現在。

 時雨は部下の宣言とは異なる態度に頭を痛めつつ彼女の不甲斐なさを嘆く。

 

 中々根性があり、尚且つ優秀な部下だがこうも駄々をこねられると気が滅入る。

 後方の海上監視所へ左遷した馬鹿二人とは違い良い駒なのだが。

 愚痴や残念さをダース単位で思考し、萩風が落ちた場所を睨んでいると何時までもこうしている訳に行かないと考え直す。

 今は未だ訓練中だ、文句や愚痴は後でも出来る。

 

 

「余り時間を掛けられん。同じ場所を旋回しているとはいえ、風向きが変わると遠くへ流されてしまう」

 

 

 そう一人で呟くと彼女は無線機の電源を入れ、此処まで運んでもらった陸軍航空機の操縦士へ礼を述べる。

 こうゆう小まめな対応は自分の評価を上げる第一歩。

 良い噂や評判でも広がれば御の字だ。

 

 打算的な考えでの礼であったが、無線相手は此方が無駄に時間を浪費したにも関わらず気にしない様子。それどころか先程蹴り落とした萩風一等水兵の心配をしてくれた。

 かの対応を見れば当然の反応なのだが彼女からすれば気配りできる人間だとしか思えなく、操縦士に対する評価を上方修正して次に利用する時も同じ操縦士を希望しようと心に決める。

 

 全く、こんな気配りできる部下が私にも欲しいものだ。

 無いモノを強請ってもしかたないが。

 

 そんな願望を抱きつつ時雨は機外へと飛び出し、海面目がけ一気に降下を開始する。

 

 

 さて、早く訓練を終わらせて一休みしたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1940年 2月下旬 ラバウル勢力圏内海上 特務混合部隊降下訓練地点

 

 

 

 天上に輝く太陽と真下の青く美しい海。

 鼻を海独特の生臭さを感じさせやる気が削がれるも表情には出す事は無い。

時折カモメが魚の群れを見つけたのか海へと急降下しており、呑気な気分を味わいたいという思いが芽生えると同時に鳥になって今すぐにでも逃げだしたいという願いも湧き出てしまう。

 

 

「隊長、出発準備が整いました」

「ご苦労、不知火一等水兵。何か問題は」

「特にありません、しいて挙げるとすれば萩風一等水兵でしょうか」

「あぁ、理解した。奴め、無駄な手間を掛けさせおって」

 

 

 部下の一人である不知火から報告を受けた時雨は、何時の間にか副官として扱っていた萩風について頭を悩ませた。

 先程無理やり降下して火事場の馬鹿力を発揮してか、無事に降下成功。落下傘を危なげなく操り着水した。此処までなら問題ないのだが着水し落下傘を回収する筈が萩風は動かずに唯着水姿勢のまま動こうとしない。不審に思った他の艦娘や海兵隊員が近づくと着水姿勢のまま気絶していたのだ。

 降下後に気絶する肝の小ささに怒るべきか、それとも海上に立ちながら気絶できる器用さを褒めるべきか。

 

 後から着水した時雨は現場を見て思わず吐きたくもない溜息を大きく吐き出し、作戦に向けて萩風を集中的に訓練するのを心に誓う。

 

 私の前で宣言した時みたいに勇ましく有ればよいのだが。

 時雨は自分の副官を彼女から目の前の不知火に変えようか少し悩みつつ帰還命令を出すのであった。

 

 無論、迎えの船などなく自力航行である。

 

 

 

 

 色々問題はあったがそれももう終わりいざ出発しようとした時、遠くに船が見えた。

隻数は凡そ三から五で、速度や煙の数からして民間船だと思われるがふと疑問に感じた時雨は、首から下げていた双眼鏡を使い確認作業を行う。

 船の形はアメリカ合衆国が大量生産しているリバティー船で、艦首にある番号から判断して海外へと援助したものと分かる。

 事実、掲げられている国旗がアメリカの星条旗でなく赤い布地に鎌とハンマーをモチーフにした国旗、つまりソビエト連邦の国旗であり尚且つ軍旗を掲げていない。代わりに民間会社を表す社旗を掲げている点を見ると矢張り民間船舶の様だ。

 そんな輸送船が何隻か集団で航行しており、方向からしてラバウルに向かっている。

 

 人類に敵対的な存在相手に戦争しているのだ。各国から支援物資が届くのも当然だし不足する日本船舶では輸送しきれない物資を海外にお願いする事だってある。で、あるからして別に不審な点はない。

 

 しかし、時雨は双眼鏡から目を離さずに暫く輸送船を見ていた。

 否、どちらかと言うと睨みつけている方が正解だろう。

 

 普通なら何かトラブルを想像するだろう。

 だが時雨は違うと考える。

 

 攻略作戦前の時期に海外船舶の輸送船。

 それに中央に居る輸送船のマストに軍用レーダーらしきものを見つける。

 様々な要因を足した結果、疑惑を更に深め更に前世における共産主義嫌いが尾を引いてか、彼女は輸送船を唯の民間船と判断しなくなった。尤も、この海域は現在訓練指定にされている為に民間船は立ち入り禁止の筈。よって彼女以外でも不審に感じるだろうが。

 

 しかし、隣に居る不知火はそんな思いは無いのか上官へと意見具申を行う。

 

 

「何かトラブルがあったのでしょうか? 事情を聴いてみては」

「……聞いてみるか」

 

 

 もしかしたら本当にエンジンの異常や航路を間違えて此処まで来てしまった可能性がある為に放っておけず、時雨は内心面倒くさいと思いながらも無線を国際チャンネルに切り替えて話しかける。

 

 

「こちら日本帝国海軍ラバウル基地所属の第一特務混合部隊である。貴船は現在、指定航路を大きく逸脱している。理由を述べられたし」

 

 

 規則に則った模範的な警告を発し、少し待つ。

 相手側からの通信が無く、仕方なくもう一度警告を発しようとした次の瞬間に雑音交じりの音声が流れてきた。

 

 

『こちらアムトルグ貿易会社日本支部所属のルーシ号。現在航路を見失っている為申し訳ないが誘導をお願いする』

 

 

 会社名を聞いた時雨は自分の持つ知識と照らし合わせた結果、相手の話を妙だと思う。

 確かアムトルグ貿易会社と言えばアメリカに事業所を持つ会社だ。

 元となった全ロシア協同委員会≪アルコス≫のアメリカ支店、アルコス・アメリカが合併してできた会社でニューヨークに籍を置いている会社。史実ではアメリカにおける諜報活動の最前線としても重宝されかの有名なGRUやOGPUも関わりのある会社な筈、それが何故。

 

 

「了解した。これより貴船の誘導と護衛を行う」

『協力感謝します』

 

 

 時雨は疑心を深めつつも此処で断った場合問題になる可能性がある為、仕方なく誘導と護衛を引き受ける。

己の知識と違う点に疑問を抱く彼女だがこれには事情があった。

 元々アメリカとソ連を繋ぐこの貿易会社は『ある時期』までは実際に彼女の知識通り活動をしており、日本にも支店は存在しなかった。しかし、『ある時期』――深海棲艦との戦争で全てが変わってしまう。

 

 深海棲艦の攻勢により航路は寸断され、海上輸送には大きな犠牲が伴う事となる。

 結果、アメリカとのパイプや諜報活動が滞る事態となり一時期は完全に海域や航路を封鎖される前に引き上げる事も検討され、消滅の危機に瀕していた。

 しかし、日本が艦娘を配備して破竹の勢いで海域を解放すると再びアムトルグは活動を開始しだす。この時、アメリカとの航路は主に大西洋方面であったが欧州における深海棲艦は以前より少ないとはいえ配備されている艦娘数が少ないこともあって不安視されていた。そこで太平洋側、特にオーストラリア経由での航路も開拓。日本が船舶不足を補うために他国の輸送船や海運会社を活用しだした事も相まって、日本支店を作る事となった。

 

 

 かの裏話を知らないとはいえ彼女は知識と照らし合わせた結果、航行している船舶が赤い国の諜報機関と関係があると判断。

 基地側に事情を説明する通信を入れてから出発するのだった。

 彼女としては赤い国に協力などしたくないが、向こうの要請を無視する訳にもいかないので、渋々といった感じだ。

 

 

「共産主義者は無駄な仕事が好きだな……」

「え?」

「いや、何でもない。奴らを誘導して早く帰還するぞ」

 

 

 漏らした皮肉に不知火が上手く聞き取れなかった為か聞き返そうとするもそれより早く時雨が話題を切り上げて帰還急がすのであった。

 

 

 この時彼女達は知らない。

 自分たちが視線を外したのを見計らい、相手が此方を双眼鏡で観察しだした事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輸送船の中で男たちは見ていた。

 監視対象の一つを。

 

 

「Как насчет?」(気づかれたか?)

「вероятно……」(恐らく……)

「……Мы исполнять свои обязанности……Это всё, что я хочу сделать.」

(……我々は任務を果たす……ただ、それだけだ)

「……Да」(……了解)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後彼女達は訓練漬けの日々を送り自身と部隊の練度を上げていく。

 無論、問題が無い訳では無かったがそれでも許容範囲内。

 時雨が持つスパルタさも合わさって皮肉にも上層部の目論見通りに彼女は役立っていたのだ。

 

 やがて訓練が二か月を過ぎ……。

 

 

 

 

 

 

 1940年 4月下旬 ラバウル基地司令室

 

 

 時刻は間もなく午前4時前。

 夜が間もなく開け、闇から光へと移る時間。

 薄暗い作戦司令室において総司令官が、参謀官が、通信士がそして本土からの将官が緊張した面持ちで時計を見つめる。

 

 小さいはずの秒針を刻む音が室内に木霊し、4時に近づくほど音が大きくなる錯覚に襲われてしまう。

 無理もない事だ。

 彼らはこの日の為に様々な準備をしてきたし調整をした。

 作戦の見直しや配置する兵力を追加するために各戦線に大きな負担もかけてしまう。

 深夜に作戦を実行しようとする案もあったが、深海棲艦の航空隊は短距離ならば夜間でも容赦なく攻撃可能な点を考えて航空戦で少しでも対抗できる夜明けの作戦開始となった。よってこの作戦は夜が明けて30分間までが勝負となる。もし、それを過ぎると敵の基地航空隊が長距離爆撃機を使用し最早日本軍に勝機は無いのだ。

 

 無論慢心はしない。

 彼らの背には兵士達の命やその家族の生活、そして祖国の荒廃と世界における平和が乗っている。

故に失敗は出来ないのだ。

 

 皆思わず腰にある軍刀を触れた。

 失敗しようものなら腹を切る覚悟を持っている。

 しかし、それは逃げではない。

 自分がより本気になれる為の覚悟だ。

 

 

 

 カチ

 

 

 

 小さくも軽い音が鳴り、続いて時計が4時を示す音が響く。

 時間だ。

 

 

「作戦、開始!」

 

 

 総司令官の今村均中将が号令を発し、作戦の開始を宣言する。

 

 

 

 賽は投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラバウル―ソロモン諸島間海域 正面攻勢部隊

 

 

 

 

 

 月が沈み始める夜の海面に無数の船舶や艦船が陣形を組んでいた。

 これら大型船は主に艦娘や水歩兵を運ぶ役割だが、前線へと運ぶのはまた別な存在だ。

 一体何か。

 

 それは大型船らが待機している場所から少し離れた位置にひしめき合っている。

 約一隻で20人は運べる小型艇。

 物資と人を満載した中型船や小型船。

 そして隊列を組み、戦車の如く並ぶ装甲艇。

 これら全てが前線へと将兵を運ぶための乗り物であり、大切な機動力だ。

 

 大型船や艦船を兵員輸送の為に使う列車で考えるとこれら小型船は彼らを最前線へと運ぶトラックであり、それを警護する装甲艇は戦車や装甲車の役割だ。

 無論、全部に兵士を乗せられない為部隊によってはそのまま航行して進軍する所もあるし、小型船警護の為に敢えて乗らずに同行する水歩兵も居た。

中には途中まででも良いと考えてか装甲艇の上に腰かける陸軍水歩兵が見受けられ、宛ら史実における西部戦線帰りの戦車を想像しやすい。

 

 唯一の例外は航行時間が長い艦娘達で彼女達は大型艦船である一定の距離まで運ばれた後、終始自力での航行を行う。

 

 

 上空からそれらを見ると間隔が広くあるとはいえまるで平野での歩兵やトラックそして戦車が集結している光景を思わせる。

 

 

「いよいよだな」

 

 

 とある装甲艇のハッチから上半身を出して辺りを見渡す人物が居た。

 上半身しか出していないにも関わらず日本人にしては身長が高く巨漢である事が分かる体躯をしていた。しかし、表情はどちらかというと優しげで特段魅力は感じないが変わったオーラを感じさせる人物と言えるだろう。

 

 

「西住中尉殿」

 

 

 ふと後ろから声を掛けられ、振り返ると今作戦において新兵として参加する水歩兵が敬礼していた。

 呼ばれた男――西住小次郎は記憶の中を探った結果、訓練生からの繰り上げで現場へと派遣された新兵だと記憶していた。それで輸送艇へ乗れなかった事を哀れに思い自分の装甲艇へ乗せてやった水歩兵の一人な筈。

確か名前は。

 

 

「どうした船坂」

 

 

 名前を憶えてもらい嬉しく思う船坂弘は、装甲艇に乗せてもらった礼を述べつつ頭を下げる。

 

 そんな義理堅い船坂を見た西住は思わず苦笑してしまい唯一言「気にするな」と言うだけだった。

 

 

「船坂、初戦で緊張していると思うが気張り過ぎるな。人は何時か死ぬ、どう生きるかは自分の頑張り次第だ。じゃあ何時死ぬか分からぬなら精一杯悔いが無いよう生きよう。そう考えると難しい思いが吹っ飛ぶぞ」

「……はい!」

 

 

 優しい表情で話す西住に対して船坂は心の奥底から力強いような、しかし優しく休まるような妙な気持ちが感じられた。そして同時に目の前の戦車隊から装甲艇部隊へと転属した男を心から尊敬するのを実感する。

 事実、彼の心にあった不安は拭い去れていたのだから。

 

 

『各部隊へ伝達、狼煙を上げろ!』

 

 

 作戦始動の合図が無線機より流れる。

 その瞬間、西住と船坂は表情を引き締めて正面を見据えた。

 先程まで和んでいた空気も一変し、緊張と殺意が入り混じった空気だ。

 

 しかし、この場で西住は少し遊び心というか戦車心を出す。

 彼は元々戦車隊に所属していたが、深海棲艦のせいで現在は水上の戦車隊と言われる機甲水兵隊へと転属した身。だが心では何処か戦車乗りとしての気持ちが残っていたのであろう。普段公私を確りと分ける彼らしからぬ冗談が飛び出る。

 

 西住は通信機の電源を入れ、良く響く声で配下の装甲艇へと宣言した。

 

 

「戦車隊、前へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻 海軍普通航空隊母艦 発令所

 

 

 

 

 

 普通航空隊、つまり人間が操る航空機の部隊でありそれを運用する母艦は史実と変わらず空母である。その場合は普通空母と呼ばれ艦娘と差別化していた。尤も、艦船は最早主役と成り得ず名前を奪われ付けられない運命なのだが。

 

 

「時代は変わったもんだな」

 

 

 煙草を吸いながら言葉を漏らす人物。

 少将の階級に黒い提督服を着こなす体格の良い軍人――山口多聞は奴らが世界へ攻めてくる前と今を比べて時代の流れを痛感する。

 ほんの十年前までは海軍の主役といったら戦艦を始めとした艦船であり、人が皆黒鐵の城を呼び称えた。

 しかし、深海棲艦が出現してからはより強力で小型な艦娘が戦場での主役となり本来なら艦船へと付けられる名前を奪われてしまう。

 

 時代の流れだから仕方ない。

 

 そう諦める軍人も居れば反発する者も居る。

 全員が納得できない、それが人間だ。

 

 山口も初めはそうであった。

 パッと出てきた艦娘に全てを奪われ辞表を考えていたが上官であり恩師の山本五十六と艦娘飛龍が自分を支えてくれた結果、彼は此処にいられる。

 そして持ち前の才能と鬼教官ぶりにより彼は珍しい艦船と艦娘両方を指揮できる提督となり、海軍に名を轟かせていた。

 それは陸軍からも同様で、陸海両方からの呼び名が人殺し多聞丸と恐れられ軍内の雑歌では『仏の今村今日も笑顔で、鬼の多聞丸は血が欲しい』と言われる程だ

 

 

「一号航空艦より坂井隊、武藤隊の発艦完了と連絡あり」

「二号航空艦より岩本隊と赤松隊発艦完了!」

「本艦より友永隊発艦、続いて――」

 

 

 司令所の通信士より普通航空機、つまり人間の操る航空機が次々発艦するのを伝えられる。

 今回の作戦を成功させるために腕も機材も最高なものを揃えた部隊だ。

 

 

「正に総力戦か」

『多聞丸』

 

 

 ふと個人の通信機より呼びかけられた声に思わず言葉が途切れるも、通信相手が誰だか分かり思わずため息を付く。

 

 

「どうした飛龍」

『大丈夫、疲れてない?』

 

 

 まるで親を心配する様に声を掛ける飛龍に思わず苦笑してしまった山口だがこの場は既に戦場、気を引き締めなくてはと考え手っ取り早く肯定の返事をした。

 素っ気ない返事な為か、少し声色を落とす飛龍に再び気を削がれた山口は柄にも無いと思いつつ助言をする事にした。

 

 

「飛龍、気持ちは嬉しいぞ。だが今は戦闘中だ、下手に規律を乱すものでは無いぞ」

『……ごめんなさい』

「……だが、元気が出た。ありがとう」

『う、うん!』

「がんばれよ」

『了解、お父さんも頑張って!』

 

 

 最後にそう言われ、通信が切れたのを確認した山口は煙草の煙を吐き出しつつ先程の言葉を思い出す。

 

 

「お父さん……か」

 

 

 深海棲艦の襲撃により多くの部下や上官を失った。

 数々の戦いで負け続け、奴らの本土空襲で家族も……。

 そんな失意に苛まれた中、艦娘の飛龍――本名キヨに出会った。

 初めは提督と艦娘という関係だったが何時の間にか親子みたいな関係になっており、飛龍からはすっかり父親と言われる様になった。

 実際に他の飛龍とは違いキヨは彼に良く懐きそして山口も彼女を本当の娘の様に接していた。恐らく、同じく両親を亡くした彼女は山口を父親と重ねているのだろう。

 

 もう負けられない。

 大切な部下や上司、日本、そして家族の為に。

だから。

 

 

「今度ぁ勝たんとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻 トラック諸島―ソロモン諸島間海域 側面攻撃部隊

 

 

 

 

 

 正面からの攻撃を行う部隊が攻め入る頃、当海域に展開している各海軍艦艇や海兵隊が敵の側面を攻撃すべく動き出していた。

 トラック諸島方面から攻め入る彼らもまた、正面攻勢部隊に負けづ劣らずの士気を有し皆悲惨さを微塵も感じさせていない。

 それは勿論艦娘とて同じである。

 

 一人の駆逐艦娘が首から下げたネックレスを握りしめながら深呼吸を繰り返す。

 立ち止まらずにゆっくりと航行しながらの為、邪魔にはならないが見ていて良いものでは無いだろう。何故なら緊張とは伝染するものだから下手に緊張している姿を見ると自分まで同じく緊張してしまうのだ。

 しかし、彼女の艦隊でそれを咎める者は居ない。

 それは彼女が旗艦であると同時にその行動を一種の儀式と思っているからで、最早慣れたと言えよう。

 何より彼女の持つ砂浜の様な金髪が海風に揺らされつつ祈るような姿と相まって、絵画を思わせる美しさを醸し出していた。白み始める空と合わさると正に神聖さを秘めている。

 この様な美しい姿を咎める方が罪というもの。

 

 やがて祈りの時間が終わったのか彼女は目をゆっくりと開き前を見つめる。

 

 

「もう良いのか?」

 

 

 声を掛けたのは彼女と同じ艦隊に属する艦娘で、黒い制服と白く長い髪を持つ睦月型駆逐艦、菊月であった。

 

 先程までの祈りは長い付き合いの為既に見慣れている、を通り越し見飽きた菊月であるが別に邪魔をする理由も無いから何時も見守っているだけ。

 そんな菊月に声を掛けられた少女は大きく頷くと再び前を向く。

 何時も通りな行動に思わず菊月は疲れた様に息を吐き出すが、ふと疑問に思う事があり思案しだす。

 

 何時も思うが彼女はその視線を何処に向けているのだろうか。

 敵か、味方か、将又別なナニカかもしれない。

その視線の先に見える物は何だろう。

 

 うちのエースは何処へ向かうのだろうか……。

 

 

「みんな」

 

 

 透き通るような美しい声により思考が現実へと引き戻された。

 作戦が既に開始されているのに上の空であった自分を菊月は恥じ、思わず苦虫を潰したような表情となる。

 しかし同時に己が相棒であり、艦隊旗艦である彼女を見て菊月はやる気を取り戻すのだ。

 

 今度こそ『コイツ』より多く敵を倒してやる……と。

 

 

「さぁみんな。突撃するっぽい!」

 

 

 我らが旗艦は平常運転らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻 ソロモン諸島近海 上空7000メートル 奇襲攻撃部隊

 

 

 

 

 

 そろそろ夜明けという時刻の雲上に複数の飛行機が飛んでいた。

 陸軍の爆撃機もあれば輸送機も見受けられ、空気が薄い事もあり翼から雲を引きながら飛ぶ姿は幻想的でもある。

 これらは降下作戦に参加する部隊で陸軍側が多いのは数的主力が挺身連隊な為だ。尤も彼らも今回が初めての降下作戦である為に参加する将兵は不安が拭えていないが。

 

 元々降下作戦は考案自体1910年頃から存在したが、初めて大々的な実戦投入がされたのは1940年ドイツとベルギー戦におけるエバン・エマール要塞の戦いであった。しかしこの世界ではドイツとベルギーは戦争しておらず、それどころか深海棲艦との戦争で欧州各国は敵を上陸させない為の水際防衛や上陸した敵を内陸に誘い込んでからの包囲殲滅を重点的な戦略にした結果、未だに降下作戦は日の目を見ていない。

 

 その為本作戦における陸軍側の要でもあった彼らだが未知数な戦術ゆえ、緊張が膨らむばかりであった。

 また、彼らを不安視させる要因はもう一つある。

それは幾ら数が多くても彼らは敵主力たる泊地を攻略する事は難しい点だ。

強力な障壁と圧倒的火力を持つかの存在は正に戦場における死神で、攻略は不可能では無いが、多すぎる犠牲を出すことは必至であろう。

 

 だからこそ本作戦における本当の要たる部隊は、海軍のラバウル第一特務混合部隊であり彼女らに全てが賭けられているのだ。

 

 

 そんな彼女らが乗る飛行機は同じく飛ぶ飛行機たちの中にいて一際目立つ巨大なものであった。

 その巨体はさながら怪鳥を思わせ、合わせて5機が編隊を組み悠々と飛んでいる。

 

 

 二式飛行艇。

 それがその航空機、否飛空艇の名前で別名二式大艇と呼ぶ。

 史実において1941年に完成した当時としては世界最大の飛空艇だ。特にこの二式飛行艇は史実では量産されなかった兵員輸送型で最大64名の兵員が余裕をもって輸送可能な存在である。

 何故史実よりも早く実用化されたかというと、これも深海棲艦による襲撃が関係しており飛行場が爆撃で使用不能な事態が多発した結果飛行場を使用せず水上で離着水可能な大型飛空艇が注目された為だ。

 

 艦娘が活躍する現在でも二式飛行艇は活躍が減るどころか増える一方で各基地に少なくとも20機あるのが普通となっている。また、人間が乗る航空機は生産こそするが史実に比べ低調気味で特に爆撃機と雷撃機は史実よりも圧倒的に少ない。

 結果、少なくなった分のリソースを輸送機や飛空艇に回せた事も合わさり史実よりも大量に作られたのだ。

 史実で量産された航空機が減産され逆に数少ない飛空艇や輸送機が大量生産される。

 正に歴史の皮肉だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い飛空艇の中、時雨は思案していた。

 今回の作戦における我々は何よりも速度が求められる。

 

 夜明けと同時に敵泊地から航空機運用能力の排除を第一目標とし、余裕があれば泊地の排除並びに制圧が主な任務だ。

 

 ハッキリ言って無茶極まりない内容だが可能性はゼロではない。

 

 敵航空隊は短距離ならば夜間でも容赦なく飛ばしてくる。その為、夜間で敵空母に会ったときは距離を取るか戦闘機発艦前に潰す事がセオリーである。尤も此方も艦載機を消耗品覚悟で使用すれば対空戦闘できるが、人類からすれば御免被る話だ。

 

 だからこそ今作戦は夜明け直前に決行となった。

 二方面からの同時襲撃と空挺を利用した飛び石戦法。

 圧倒的な機動力と兵力そして一時的とは言え航空支援及び後方遮断という理想的な電撃作戦、いや縦深戦術理論が近いだろうか。

 第二次大戦が勃発していないこの世界では研究し続けているが未だに不完全な形でしか実現されていない戦術だ。まぁ、もしかしたら深海棲艦のお蔭で粛清されずに済んだ『とある赤軍将校』が既に考案位はしているかもしれんが。

 

 

『降下五分前、滑空飛行に切り替える』

 

 

 エンジン音が消え、ガクンと機体が僅かに揺れた。

 敵に接近を悟られない様にエンジンを切っての飛行へと切り替えたのだろう。

 操縦士の通信が聞こえた時雨は、そろそろ時間だと理解し部下達である海兵隊と艦娘達へ視線を向ける。

 

 皆が緊張した面持ちで彼女を見ており、作戦成功のカギが自分達である事にプレッシャーを感じている様だ。

 この様子に時雨は内心溜息をつく。

 

 適度に緊張するのは良いが、し過ぎるのは良くないな。

 こんな時部下達を和ませるのが上司の務めと考えると仕方ないとはいえ面倒くさいものだ。だが、フォローしない事で上からの評価や士気低下は避けたいうえにそれが原因で下手に犠牲を出せば今後の昇進に響く。

 

 顔には一切出さないが、彼女の内心は仕方がないという感じだ。

 全ては昇進と部下たちが少しでも役に立って自分を楽にさせる。場合によっては肉壁として利用する為に。

 

 と、いう訳で緊張を解すジョークを1つ話そう。

 無論、解しすぎは危険だから士気向上な話も織り込んで。

 

 

 

 

 

 

 

「諸君、緊張しているな……なら1つ私の秘密を教えてやろう」

 

 

 不敵な笑みを浮かべつつ時雨は部下達に話しかける。

 行き成り話しかけられた彼ら彼女らは一瞬面食らうが、自分の上官が何か伝えようとしている事に気が付き耳を傾けた。

 

 

「実は私は軽い病気に掛かっている。無論諸君らもだよ」

 

 

 この言葉を聞き、皆驚きの表情をするが続いて『自分達と同じ』という点で疑問に感じてしまう。

 何故なら彼らは健康だと自覚しており病気と思われるものは覚えがない。

 こうなると答えが気になってしまう為、聞き取れる様により一層耳を澄ます。

 

 

「何だ、分からんか? 簡単な話だ」

 

 

 焦らす様な発言。

 出撃前だというのに全員が指揮官に向け答えを急がす視線を向けていた。

 すると時雨は勿体ぶるように彼らの眼前へと少し震える手を出して。

 

 

「臆病! 誰でも成りえる恥ずかしい病気さ、名誉ある帝国軍人が情けない話だろおい」

「……プッ」

 

 

 話す言葉とは裏腹に変わらず笑顔な彼女を見て、周りは一瞬沈黙し続いて誰かが噴き出すと皆が釣られて笑い出す。

 今までの厳しさから一転、こんなジョークを自分達の隊長が言えるとは思わなかった彼らは普段との対比も含め笑ってしまう。それは話した本人も同様で不敵な笑顔を浮かべたまま笑い声を漏らしていた。

 

 

「何だ貴様ら、笑えるじゃないか」

 

 

 再び発した時雨の言葉に彼らは何時の間にか震えや怯えが無くなっていた事に気が付く。

 それと同時に目の前に居る少女に対して自分達をどれ程理解し考えているかを知り、尊敬の眼差しをむける。

 しかし、彼女は再び言葉を続け出す。

 彼らを盛り上げるために。

 

 

「では私の使う『臆病』に対する治療方法を授けよう。何簡単だ……戦果を上げるだけだ」

 

 

 空気が再び変わる。

 先程は和みある安らぎさを感じる空間と空気だったが、時雨から感じるモノが既に別になっていると全員が直感した。

 そうこれは――。

 

 

「我々が敵を打ち倒すのを想像しろ、するとどうだ? 奴らが無様に海へと逃げ帰り我らを恐れる。人間を恐怖に落とす筈の化け物が心底我らに恐怖するのだ……最高な皮肉だろ」

 

 

 白い歯を見せつつ笑う彼女に皆が同じように笑う。

 そうだこれは狂気だ。

 一心不乱の戦争、それを求める狂気である。

 辺りが熱気に包まれ、皆が顔を引き締めた。

 

 そうだ隊長殿は口癖のように言われていたではないか。

 

 勝てる戦争ほど楽しいものは無い。

 ならば楽しもうではないか戦争を。

 

 最早彼らに怯えた者も気の抜けた者も居なかった。

 彼らは此処に誓うのだ。

 何処までもこの方に着いていこうと。

 

 

『間もなく降下地点、降下用意』

 

 

 操縦士からの通信を聞き、時雨が外へと通じる扉を開ける。

 扉の先には白みだした空が見え、地平線から太陽の光が辺りを照らし始めていた。

 

 

『夜明けです』

 

 

 通信機越しから聞こえる何の事は無い唯の報告だが、それが何処か感傷深い様にも感じられてしまう。

 

 

「諸君、素晴らしい夜明けだ! だが残念ながら敵泊地共は未だ寝ている様である。こんな風景を独り占めは良くない、そう思わんか?」

 

 

 扉に手を掛けた状態で皆に宣言する彼女は矢張り笑顔のままだった。

 部下達もそれに頷きや肯定の言葉を持って同意し気分を上げ、正に最高潮といえる状態だ。

 

 

「ならば『モーニングコール』と行こうではないか! きっと驚きの余り飛び起きるぞ」

 

 

 ドッと笑いが起きた。

 誰もがそれは良い。やりましょうと声を上げる。

 

 

 

 その様子を見て時雨は機嫌が良くなった。

 程よい緊張、高い士気、そしてあふれ出る戦意。

 

 部下の状態を劇的に改善し、彼女は彼らに対して期待を寄せる。

 準備は万端。

 後は死力を尽くすのみ。

 

 

 

 

 

『降下5秒前!』

 

 

 戦争は怖いし嫌いだ。

 

 

『4!』

 

 

 だが、やらなくてはいけない。

 

 

『3!』

 

 

 ならば、嫌いな事でも楽しいと思い込めば怖くない。

 

 

『2!』

 

 

 だから。

 

 

『1!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦争を楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『降下開始! 降下、降下ぁ!』

 

 

 時雨を先頭にまるで流れるような動作で次々と大空へと飛び出す兵士達。

 海兵隊も艦娘も陸軍も皆関係ない。

 

 誰もが目標へと降下していく。

 

 まるで狂気の祭典の如く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1940年 4月下旬 4時00分

 

 

 

 作戦開始。

 

 

 

 

 

 




え、萩風の性格が違う?
ほらあれだよ、時雨さんに鍛えられた結果だよ。
そしたら中の人的にあるキャラと同じ様な性格になったのさ。




今回も読んでいただき有難う御座いました。

勝手ながら来週は引っ越し関係が忙しく、ネット環境の調整も合わせて投稿が難しいため時間が掛ります。
本作品を楽しみにしている皆様、誠に申し訳ありません。
ですが環境が整い次第投稿を再開しますのでご安心ください。

誤字や脱字、ご意見ありがとうございました。
これからも頑張りますので今後もよろしくお願いいたします。

Ps:誤字脱字等直しました。

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