艦娘戦記 ~Si vis pacem, para bellum~   作:西部戦線

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今回話の内容を何度も書き直してました。
何故かしっくりこなかった。


第三話「急展開」

有能な怠け者は司令官に、有能な働き者は参謀にせよ。

無能な怠け者は、連絡将校か下級兵士にすべし。

無能な働き者は、すぐに銃殺刑に処せ。

 

――ヨハネス・フリードリヒ・レオポルト・フォン・ゼークト 他諸説あり――  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1940年 2月 ラバウル―ソロモン諸島間海域

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い夕陽が海へと沈んでいく。

 それは戦場に散った者達の命を代弁するような光景だった。

 

 

『――こッ――!?――……だッい――敵の――ッ!』

 

 

 海面に反射する光が太陽が沈むと同時にどんどん小さくなり、辺りに闇が浸食する。さながら闇が光を食べていく。そんな悍ましさを感じさせる光景だ。

 

 

『こちッ――第九――! 敵への――至急!!――』

 

 

 だが、闇が広がっていく海に光源が幾つも広がっている。

 それらは編隊や隊列を組み、時折轟音と発砲炎を発しながら別な光源へと殺到していく。

 上空から見ればまるで祭りの会場を思わせる光景だが、実際はもっと血なまぐさく悲惨なものだ。

 

 

『こちら第九艦娘艦隊! 敵からの攻撃が激しくこれ以上は持たない。至急救援を!』

『機甲水上部隊の損耗率が2割を超えた! 上空の援護は何をやっている!?』

『艦娘防空艦隊より各隊へ、現在制空権の維持で精一杯です。援護は出来ません!』

『こちら第八海兵大隊。我が隊の第三、第四中隊が壊滅! 後退の許可を!』

『上層部め、何が半年の間に敵進行は無いだ!』

 

 

 通信から流れる悲鳴と怒号。

 ある者は味方へ懇願し、ある者は戸惑いの声を上げ、またある者は敵や上層部へ罵声を浴びせる。

 

 無線機から流れる状況から現在は人類軍が不利なのは明らか。

 必死の抵抗を見せるも幾つかの作戦指揮を発令する為の艦艇が敵の攻撃で沈められ、統率を欠いた行動を取らざるを得ない状況だ。

 残った作戦指揮艦艇も出来る限り事態回復に努めるが、直ぐに打開策が出る筈もない。

 彼らは、言葉が意味する通り正に『決死』の防衛を強いられていた。

 

 

 

 

 事の発端はとある偵察隊が敵深海棲艦の大攻勢を感知した事で始まる。

 

 数にして深海棲艦約八十個艦隊。

 つまり480隻にも上る深海棲艦が一気に押し寄せて来たのだ。

 

 無論報告を受けたラバウル総司令部は直ちに陸海両軍による防衛線を展開。ラバウルとソロモン諸島間の海域に防衛線を構築した。

 尤も防衛線と言っても塹壕を掘ったり、陣地を造る訳でなく各種艦船や航空機による後方支援と制空権の確保。そして前線において活用する陸軍と海軍の水歩兵部隊及び艦娘艦隊による防衛範囲という意味合いが強い。

 

 しかし、急な攻勢の為か十分な戦力が確保出来ず、現在は防衛線を下げつつ遅延作戦を実施。体制が整い次第、意図的に防衛線に穴をあけてそこへと誘導。そして合流部隊と共に包囲殲滅という作戦である。

 

 言うのは容易いが実際に行うとなると難しい。

 特に制空権は航空機の数は敵が圧倒的に多い為、維持に持っていくまでに多大な労力を労してしまいその間に味方部隊が想定よりも被害を受けてしまっていた。

 弁明するなら艦娘の航空部隊や基地妖精航空隊、そして陸軍航空隊も死力を尽くしたのだ。だが、相手は航空機の数が此方よりも遥かに多く、尚且つ対空砲も激しい。幾ら性能や練度が良くても戦力差1対2では厳しいもの。逆に制空権の喪失を防いだ事を考えると彼らの働きは十二分に果たしたと言えるだろう。

 

 そもそも深海大戦において航空戦が有利だったのは深海棲艦が未だ航空戦力を有していなかった初期だけで、航空機に対応しだすと人類の勢力圏縮小が大きく進んだ。艦娘登場後も数的有利は深海棲艦側の為、結局のところ人類側は航空戦に至っては防衛戦一遍となったのだ。

 つまり、彼らは爆撃や雷撃は二の次で先ずは戦闘機による敵戦闘機及び攻撃隊の排除を最優先事項と決めた。

 この方針は攻勢作戦でも変わらず、先ずは敵航空隊の排除を重点としている。そして余裕があれば爆撃機や雷撃機を飛ばし、敵への嫌がらせ程度を行う。それがこの世界における航空機の運用方法である。

 

 より分かり易く説明すると、艦載機や基地航空隊は八割から九割が戦闘機で残りが攻撃機と偵察機という内情だ。

 この問題は後にとある駆逐艦娘が提出したレポートに活用意見が書かれていた為、それを参考として一応の解決を見込む。

 

 

 因みに妖精ではなく人類が率いる航空機は戦闘機と爆撃機が主体で、雷撃隊は一部部隊を除いて解体されていた。

 理由は、通常航空機の魚雷では敵にすぐ見つかってしまううえ普通の艦船よりも小さな深海棲艦相手では命中率が非常に悪い為だ。また、魚雷のコストも考えた結果他に戦力を振り分けた方が良いと判断。雷撃隊は大体を解体されて、残った部隊も本土による演習部隊のみと化す。

 

 尚、不要と判断されながらも僅かながら部隊として残っている理由は、技術の断絶を防ぐ為と戦後を見据えてであった。

 

 

 

 

 話しを戻すとつまり航空機による援護が期待できない現状では、自力で何とか対処する他ない。

 幸いなのが制空権を維持している為、敵からの空襲を気にしなくて済む点である。

 しかし、現状では何の慰めにもならなく最早増援到着までに戦線の維持は不可能なのは誰が見ても明らかだ。

 

 

 

 

 

 誰もが防衛線を放棄しての即時の撤退を考えた……その時。

 

 

 

 

 

『こちらラバウル第一特務混合部隊、本隊より先行して救援に来た』

 

 

 

 

 

 透き通るようなだが力強くも感じる少女の声が戦場に響く。

 初めは聞きなれない部隊名に各部隊や艦隊が疑問と困惑を感じさせるも、次の瞬間に敵艦隊群へと無数の砲弾が着弾、混乱に乗じて側面から攻撃する部隊を目の当たりにしたら皆が自然と口にする。

 

 

「やった。友軍だ、友軍が来てくれた!」

 

 

 待ちに待った友軍とあってか少数であったとしても戦場に歓声が広がる。

 それらの期待に応える様に援軍に来た彼女らもまた素早く部隊を展開、隙を見せずに戦闘を行う。

 

 

「HQ、こちらレイン01。敵部隊への有効打を確認。しかしながら遠弾多数を認める。よって誤差修正-15をされたしover」

『こちら支援艦……失礼、こちらHQ了解した。これより修正射撃を開始する。out』

 

 

 紺に白のラインが入った制服を着た黒髪の艦娘――時雨が、耳に掛けた無線機へと声を投げ掛けると通信相手から不慣れながらも返事が返ってきた。内容からして先程の砲撃に対するものであるが、先方は何処か戸惑いがちな点を見ると受け答えに慣れていない様だ。

 これは、通信での効率化を図る為、時雨が提案した通話方法を試験的ながら採用したためである。訓練を繰り返し、既に問題ない筈だが矢張り昔の癖が抜けていないのが見受けられた。

 尤も時雨は気にする様子も無く淡々と業務をこなしていく。

 周りからしたらその落差にどちらが年上か分からないが彼女としては一々気にして貴重な時間を無駄にしたくないという理由に過ぎない。

 

 

 そうこうしている内に座標修正された支援砲撃が敵へと降り注ぎ多量の水柱と爆炎を巻き起こす。

 その中心に居る敵は正確さを増した砲撃の雨に浮き足立ち、陣形が乱れ始める。

 本来ならば混乱した味方を支援する為に他の艦隊が支援するのだが、時雨達の到着や味方からの砲撃に士気を高くした各人類側部隊が陣形を立て直し一時的な攻勢を実施。急な反撃に深海棲艦達は守りを固める為、砲撃に曝される味方への支援が出来ないでいた。

 

 

「各員、このまま100前進。その後魚雷攻撃および砲撃を行いつつ味方部隊が受ける攻撃を此方へ誘引する。海兵隊はこの場にて砲撃射撃を続けよ!」

「「「了解!」」

 

 

 時雨の指示に従い各々行動を開始。

 彼女達と行動を共にしていた一個分隊の水歩兵が砲兵によって混乱する敵に更なる追撃をし、部隊から分化した時雨含む六名の艦娘は味方部隊支援及び敵からの攻撃誘引。つまり囮役を行う。

 

 彼女達の目的は味方の防衛線を準備が出来次第下げる為の支援である。

 要は防衛線を崩壊させないようにするためのダメ押し、攻勢に出ての敵勢力殲滅ではない。

 だからこそ自らが囮となり味方部隊が立て直せる環境を作り出したのだ。

 事実各部隊のCP(司令所)は混乱から脱し、各部隊への指示及び情報伝達に再び取り組む。

 

 因みに、時雨の部隊はHQ(本部)直属であり、尚且つ砲撃艦隊に前線本部が設けられている為、直接HQと通信している。だからこそ混乱する事無く、尚且つ迅速な情報伝達ができたと言えた。

 

 流れが完全に変わり、このまま行けば作戦を遂行できるだろう。

 余り時間を掛けずに終わらせられる可能性に時雨自身、笑みを浮かべ機嫌を良くする。彼女からしたら余計な時間は食いたくないので、さっさと仕事を終わらせて定時帰宅をしたい感覚だ。

 

 

 しかし……

 

 

『おらいくぜぇ!』

『深雪様の力見せてやる!』

 

 

 黒い服装と眼帯、そして特徴的な形をした刀を装備した時雨よりも年上な少女――天龍と青と白を基調としたセーラー服姿の活発的な幼さ残る少女――深雪が突出しだす。

 どうやら敵への更なる攻撃を敢行すべく、行動したようだが、部下の勝手な行動に時雨は思わず眉を顰め、両名へと通信を開く。

 

 

「戻れ。天龍、深雪両二等水兵。我々の任務は味方が陣形を完全に整えるまでの支援だ」

『しゃらくせぇ。敵を叩けるときに叩いちまった方が良いだろうよ!』

『あたしも賛成だぜ! 深海棲艦はまだ混乱中だ!』

「チッ……命令だ。とっとと戻れ!」

 

 

 怒気を発し、両名へと再度命令するが、二人はそれを無視。

 流石に砲撃地点への突入はしなかったが、それでも近場の深海棲艦へと近接戦闘を仕掛けた為そちらへ攻撃を行う味方部隊の邪魔となった。

 

 行き成りの出来事に時雨の隣に控えていた紫色の髪と白シャツ、ブレザーが特徴的な陽炎型駆逐艦、萩風が狼狽し攻撃の手を止めてしまう。

 

 

「し、時雨水兵長……一体どうすれば……ひっ!?」

 

 

 指示を仰ぐ為、隣の上官へと声を掛けた萩風だが時雨の顔を見た瞬間に思わず悲鳴を上げる。

 

 その顔には怒りが渦巻いていた。

 唯の怒りではない。普通、人が怒る時はその自分物に対して行動や個人を表す。要は同等的存在への怒りだ。

 しかし、今時雨が浮かべている怒りは違う。

 

 まるで家畜が咬みついてきた時に浮かべる表情と言ったら分かるだろうか。

 つまりこの時、彼女の中で二人に対する評価が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後、無事に援軍本隊が到着。

 深海棲艦誘引及び包囲殲滅に成功する。

 

 

 そして時雨達の部隊も全員無事に帰還。

 多くの戦果を挙げる事ができ、その名を轟かせるのであった。

 

 

 

 

 

 様々な問題を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海戦から約一か月前

 1940年 1月 ラバウル基地演習場。

 

 

 

 

 

 命令というものはとても重要だ。

 民間企業は勿論軍事においても重要な要素で、上官からの命令無き軍隊などテロリスト同然。

 

 実際に軍隊では命令を聞く事を何よりも重要と教育される。

 例えば新兵に施す教育で最初に経験することは命令を聞かせる各種行動だ。朝の起床訓練が正にそれで規律や命令、理不尽さを教え込む第一段階。起床出来ない者や遅れて点呼に参加した者、はたまた反抗的な者。それら全てに罰則を与え、軍隊とはどういう場所か脳と体に教え込む。

 

 そうする事で、立場の重要さを理解させ同時に感情のコントロールを身に着けるのだ。

 では、命令や規律を疎かにした結果は?

 火を見るより明らか。

 反抗的な態度は部隊の士気を落とさせ、任務に支障をきたす。否、それだけではない。場合によっては、本人や部隊どころか他部隊に対しても被害を与える可能性があるのだ。

 

 戦場で賭けるのは自分の命だけでない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも駆逐艦娘、時雨上等水兵です。

 この度晴れて昇進いたしました。

 ラバウルへと着任して二か月、やった事は上から提示された特別訓練と水歩兵の皆様と共に行った近海哨戒任務のみ。戦果は駆逐イ級やホ級、時にはリ級を含め数十隻沈めただけで糞にも役立っていません。

 まだ前線で余り活躍していないにも関わらず、一艦娘に対してこの高待遇。

 上等水兵に成るには普通、一等水兵で実績を積み、『最短で』一年以上経ってからの昇進となる。『普通』、一等水兵に成りたての私が成って良い階級では絶対ない。

 

 恐らく上は余程私に借りを作りたいのでしょう。

 辞令内容には『貴官が提出したレポートの戦術及び発案した新装備の中で直ぐに効果の発揮出来たものの戦果を評して昇進と致す』と書かれていたが、読んだ後に中央から態々来た派遣員が『今後行われる作戦における重要なアドバイザーとして、そして要として、より一層の活躍を期待する』などと御託を並べてきたのです。

 受け取った時は、絶対に私を縛る気だと直感し、同時に私の退路はもう塞がれたと確信しましたよ。

 今更ですが。

 

 更に付け加えるなら、臨時艦娘艦隊の旗艦となり、編成終了後は、その実績を評価して無理やり水兵長へと昇進させるそうです。派遣員の前で無様な姿は見せませんでしたが、余りの事に頭痛と眩暈を引き起こしてしまいました。

 これも『普通』は、選抜試験を受けて合格しなければいけない階級なのだが……。

 

 それとも艦娘とは、数が少ない分高待遇かつ早期昇進が実現可能な兵科なのか。

 

 いや、無いな。

 事実、一年以上艦娘やって未だに昇進できていない艦娘も居ましたから私が特別なのでしょう。

 認めたくないですが。

 

 

 それにしても二階級特進の先払いとは、死んで来いという暗示だろうか。

 迷信やフラグというものは信じない性質だが途轍もなく不吉である。

 あと、昇進や上からの覚えが良い事は嬉しいがこの様な過剰な期待や処置は後々自分の首を絞める原因となるので控えてもらいたい。

 

 全く、考えるだけで頭どころか胃も痛い。

 頭痛薬と正露丸が常備薬になりそうだ。

 

 

 

 

 尚、豆知識だが日本海軍において上等水兵や水兵長という階級が成立するのは1942年からであり、本来なら現時点で存在しない階級だ。しかし、この世界はなんと他の階級名称変更も含め今から約四年前の1935年に改定。つまり史実より七年も早い。これは、深海棲艦との戦争で航空科や整備科等の必要性が増した事と、陸軍との連携強化において余りに違う呼称は現場に混乱を生む為に変えられたらしい。

 大戦における歴史変化は意外なところで起こる様だ。

 尤も、地球外?生命体と戦争やっている時点で史実も糞も無いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、悩ましい無駄話は此処までにして話を戻しましょう。

 

 皆さんは上からの命令や規則をどう思いますか。

 人が行動するうえで規則とは、それはそれはとても大切なもので御座います。

 

 私も前世において新人社員時代は規則の大切さを強く実感しました。

 新卒は右も左も分からない赤子同前。事前に規則を分かっていても知らず知らずの内に破らないか肝を冷やしっ放しでしたよ。

 そしてそれを未然に防ぐためにも上の方は命令して下さいました。

 その甲斐あって遅刻や無断欠席を繰り返す様な無能には成りませんでしたよ。

 

 え、命令や規則を守らない無能者はどうなったかって?

 私の死んだ上司に聞いてください。

 

 結論からして上位者からの命令及び規則とは集団生活、特に社会を生きていくうえで重要かつ必要なものなのです。だからこそ、私は自分も含め命令や規則は生命にかかわる時を除き、破りません。

 潜る事は暫しありますがね。

 

 

 よって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様、いったい何のつもりだ。何故あの時突撃した! 誰が命令した。貴様の耳は飾りか? それとも脳みそが空か! 両方か!?」

 

 

 訓練後の反省会にて大きな声を張り上げ、目の前に並ぶ新兵二人に説教をする。

 それが今私の行っている仕事だ。

 

 まるでフルメタルなジャケットを思わせる発言だが少し待ってほしい。

 私も好きでこんな事をしている訳では無いのだ。

 

 何せ上からの辞令で旗艦に成った事は良いが配属された艦娘が二等水兵三名と一等水兵二名、つまり未だに卒業に値しない者達と経験が私と同レベルな屑ばかりだ。

 

 初め艦隊の編成表を見た時は目を疑い、続いて人事部の正気を疑いましたよ。

 仮に百歩譲って二人の一等水兵はまだ良い。なんせ少なくとも軍隊としての教育を済まし、尚且つ実戦経験有りだから。

 

 だが問題は残り三名の新兵以下共だ。

私でさえ実戦経験僅か一か月ちょっとな新兵なのに教育課程を修了していない新兵以下の者達を普通部下に就けるか?

 確かに今回の作戦は新しい戦術を試す為、下手な知識が無い方が良いかもしれないが限度というものがある。何も末端まで無知で経験足らずある必要は無い。

 

 書類確認後、私は直ぐに理由を伺ったが帰ってきた返答が。

 

 

 

『三名は実戦早期希望者であり、訓練では問題は見られなかった』

 

 

 

 であった。

 聞いた瞬間頭を抱えたくなった自分は悪くない筈だ。

 

 

 実戦早期希望制度。

 書いている字の通り訓練艦娘でも希望と一定以上の練度を示せば実戦へ早期に参加できる鬼畜な制度である。

 

 私が艦娘学校に在籍していた時も同期が何人か応募し、早期に実戦へと駆り出されていた。その時に見た合格通知が来た奴らの反応は今でも理解不能だが。

 

 この狂気を感じさせる制度は元々、艦娘の研修的な役割で三か月の実戦参加後、再び艦娘学校へと訓練艦として戻す。要は、実戦で学んだ事を他の訓練艦娘へ教える教官役とする為の制度なのだ。

 制定当時でも苦肉の策らしく、前線帰りの教官艦娘が各艦娘学校への訓練供給に間に合わない結果、訓練艦娘を教官役に仕上げるのが目的である。また、これら訓練艦娘が、実戦を経験し、感じた事や不満点をフィードバックして戦術改良を期待しても有るらしい。

 

 無論、前線へ参加したとして実際に参加するのは近海に出没するイ級狩り程度で、尚且つ引率に水歩兵が就く。

 前線からすれば定の良い哨戒員であり正に人的資源が枯渇しかけている故に出来た制度と言えた。

 

 しかし、人とは慣れるもので特に日本人は辛いことがあっても慣れてしまうと気にしない事が多い。

 例えるならば企業に勤めている時、上から無茶な要求を受けたとする。要求する側は少し厳しいギリギリのラインな仕事を社員に押し付け、社員も熟すには難しいと判断しつつも仕事を行う。その場合、仮に仕事を完遂してしまうと上は大丈夫だと思い更に仕事を増やす。

 

 つまり上の要求を満たし更に制度に上が慣れた結果、本人の希望があれば最前線でも配備可能という糞な制度に成り下がったのだ。

 元々ゴミ制度だが、ゴミが糞にランクダウンするだけである。

 無論、希望者にも美味い話があり卒業後の昇進と旗艦任命が早くなるらしい。また、配属先によっては、艦娘家族の手厚い生活支援や自分に対する手当も付く。

 天涯孤独な私から見ればハイリスク&ローリターン極まりないが。

 

 だが、家族や自分の生活苦を理由に志願した奴はまだ良い。

 何せそういう奴は生き残る事中心で考えて無茶は(志願した時点で無茶極まりないが)しない筈だ。

 しかし、愛国精神に溢れ、英雄願望の奴が来るともう手が付けられん。

 そして悪い出来事は重なるもので私の艦隊に来た三名の内二名が愛国精神溢れ、英雄願望を強く抱く馬鹿だった。

 実際に私との演習対決において旗艦役の命令を無視して突撃を行うのはまだ序の口、私に対して反抗的な態度を良く取るだけで無く、口の訊き方も悪い。挙句の果てに上官に対する命令無視を何度かやらかした。

 全く、私と同期の天龍と深雪は私の言うことを聞いてくれたのに何だこの格差。

 

 本来は厳しい精神面と能力面での審査を受けて配属させられるのだが、人は苦しい時ほど愛国心と忠誠心溢れる人物に好感を覚えるらしく、恐らくこいつらの担当教官が感化されやすい奴だったのだろう。

 強制送還するように何度も人事部へ申請したが通らず、頭痛の種だ。

 

 因みに此処まで問題を起こして何故か強制送還を受理されない事に疑問を持ち、色々調べるとラバウルの海軍人事担当は馬鹿共を推薦した教官とは親友と判明、尚且つ互いに便宜を図ることが暫し見られるらしい。

 腐っている所は本当に腐ってるなと改めて実感した。

 

 軍隊生活はゴッコ遊びでは無いのだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を戻すが。

 確かに……確かに我々が今作戦におけるポジションは砲撃要請任務及び遊撃な為、大規模な兵を有するものでは無い。しかし、だからと言ってこれは無いだろう。

 

 戦場において絶対というものは存在しない。

 前線には出過ぎないが砲撃支援の要請テストと遊撃は大変危険を伴う。もし、敵が此方の役割を理解すれば最重要目標として一気に押し寄せてくる。

 そんな事態を防ぐ為、高練度とは言わんがせめて一定の練度を持つ実戦経験者が必要なのだ。しかし、現実は非情で、実戦経験者どころか訓練兵を派遣してくる始末。明らかに盾以外の利用価値が無い。

 事実、着任後に私と彼女らで1対5の演習を行ったが先に述べた馬鹿どもの突撃もあり、私を小破所か被弾すらさせず彼女達は全滅判定となった。

 

 

 不味い。

 実に不味い状況だ。

 

 

 既に各訓練予定は最終段階に入らねばならぬ。

 今から新しい人員を要請しても作戦訓練に間に合わないうえ意見が通らない可能性が高いだろう。

 ならば残された手段は一つ。

 

 彼女達に対する徹底的な教育及び訓練だ。

 奴らを最前線で使える練度まで引き上げるしかない。

 最早手段は選べん。

 早速訓練の手続きと程々危険な哨戒任務をこなし、練度を上げる。

 

 本来なら雪山での実戦形式演習を行い尋問訓練等も並行して実施したかったが、此処は前線な為そんな事は不可能。

 仕方なく先に挙げた方法で鍛える事にした。

 

 

 

 で、最初に怒鳴っていたのは相も変わらず自分勝手な行動を叱咤しているに過ぎない。

 以前に比べ普段の態度は改善したが思春期特有の反応なのか良く咬みつく。

 後方に下げようとすれば『戦わせろと!』と叫び私を睨む。

 本土への強制送還も二人そろって『納得できない』の一点張り。

 

 私だって毎日馬鹿二人の為に怒鳴っていたら疲れるから嫌だ。

 

 だが此処は我慢しろ時雨。三か月だ。

 三か月我慢すれば奴らは出ていく。

 我慢しろ時雨。全てはキャリアの為である。

 

 

 そう、全ては私の昇進と後方勤務の為。

 そして存在Xを殺すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで続けていた訓練だが、開始一か月で事態は思わぬ方向へと向かう。

 

 

 

 

 

 それは何時も通り新兵共を鍛えようとしていた時だ。

 宿舎前に集合し整列した奴らに今日の訓練内容を告げている最中。

 

 基地全体にサイレンがけたたましく鳴り響く。

 

 そして放送で告げられる敵大規模侵攻。

 各部隊や艦隊が出撃準備を整える中、私は上官に呼ばれ命令を受ける。

 

 

 

 

 曰く、本隊で出撃できる者達はまだ時間がかかる。だが、貴官の部隊は洋上での訓練の為、既に大半の準備が完了しており砲撃支援艦含め早期に出撃可能。よって準備が終わり次第出撃せよ。

 

 

 

 

 という内容だった。

 

 ……馬鹿な。

 あんなヒヨッコ共に大規模戦闘に参加だと?

 冗談ではない!

 

 確かに大規模戦闘での支援砲撃の有効性を試すまたと無いチャンスだが不安材料が多すぎる!

 

 

 

 無論抗議した。

 彼らの練度では未だ満足な戦闘は無理だと。

 しかし残念ながら我々人類に残された選択は余りにも少ない。

 

 どうやら敵の数が多すぎて最早余裕が無い状態。

 つまり、出せるものは出せ状態だ。

 

 

 こうなるともう私の力ではどうにもならん。

 仕方なく出撃し、海上での陸式砲撃活用法を試す事となった。

 

 新兵共は妙にウキウキしていたが私には到底理解できんし、したくもない。

 

 まぁ良い。

 実戦はある程度済ましたから新兵共も変な邪魔はしない筈だ。場合によっては盾として役立ってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は戻り現在。

 

 

 

 先の戦闘で少しでも新兵(特に二人)を期待した私が馬鹿だった。

 恐らく興奮して突っ込んだのだろうが、命令無視して自分勝手に戦う部下はもういらん。盾としても使えないのなら本土へ早急に必ず、断固として強制送還させるべし。

 しかし、ラバウル海軍人事部はこんな事態になっても友人に義理立てするらしい。

 奴らの風紀レベルは恐らく史実の空母加賀位悪いのだろう。

 事実、ギンバイが偶にあり他部隊におやつを取られたと萩風が私に泣き付いて来た時はどう反応すれば良いか困った。

 こんな時、不正や汚職の少ない陸軍側の人事部が羨ましく思う。

 やはり今村中将は優秀だ。それに比べ海軍ときたら……。

 

 

 ならば此方にも考えがある。

 私としても将来『使えるかもしれない』駒を無駄にするのは嫌だがこれ以上は効率やコスト的に見てあの二人は邪魔過ぎた。

 

 

 

 怨むなら強制送還の判断をしなかった人事部と無能な自分達を怨め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻 大日本帝国 首都東京 海軍省

 

 

 

 

 

 海軍省にある会議室。

 各種調度品が置かれ高級感溢れる長テーブルと椅子そして照明、普通の会議室よりも豪華な作りとなっていた。

 しかし、会議に参加している者達にそれを気にするものは誰一人居ない。それどころか全員が渋い顔をして目の前に置かれた又は手に取った資料を睨むように読んでいる。中には資料の紙を破かんばかり力で握りしめつつ読んでいる者も居た。

 

 

 

 敵深海棲艦、北方方面及ビ東南方面ニオイテ大規模ナ攻勢ヲ実施セリ

 

 

 

 前線よりもたらされた報告書にはこう書かれ各種被害状況や敵の規模、そして今後における戦線推移の変動について記載されている。その内容は、どれもこれもが彼らを悩ませる内容ばかりで空気の悪さを感じさせる原因だ。

 

 

「件の作戦に投入予定だった奇襲艦隊が大規模な損害を受け壊滅か……轟沈数と損傷数が馬鹿にならん。これでは作戦は不可能だ」

「しかし、既に準備は八割方完了している。それに陸軍との調整も済んでいる中で行き成りの中止では……」

「物資の移送や艦隊等の移動で貴重な燃料を消費している状況で中止などできるか!?」

「そうだ! 何もせず中止など出来ん!」

 

 

 彼らの話し合う内容は先の敵進行による被害確認及びそれによる作戦への影響である。

 敵の大規模攻勢は局地的に見れば人類側の勝利だが大局からすると敗北と言えた。

 

 本来なら敵への侵攻作戦を実施しなければならない時期に敵が進行した為、泊地攻略の為に必要な戦力を削られてしまう。更に付け加えるなら作戦に重要な役割を齎す艦娘艦隊が壊滅したのだから目も当てられない。

 奇襲作戦専門の訓練を施した者達が居なくなり、作戦が実行不可能。新たな部隊で再訓練しようにも貴重な艦娘戦力抽出及び訓練期間を考えると約一年近く延期が必要だ。そんな事をすれば更に多くの物資と戦線調整が必要となる。

 もうこの際中止にしてはどうかという意見も出るほどだ。

 尤も、此処まで準備して中止するのも大問題だが。

 

 

「一先ずこの件は明日の会議へ持ち越す。次の議題は?」

「ハッ! かの駆逐艦娘が実施した支援砲撃の戦法についてです。この度彼女の率いる部隊がそれによる敵攪乱や友軍支援を実施。敵に大打撃を与えつつ味方損害を抑制したと報告がありました。また、以後は他の部隊でも試すべきと本人の意見です」

 

 

 進行役の将校が、手持ちの資料を捲りながら報告を済ますと周りの者達は思案した表情となり、それぞれ話し合いを始めた。

 

 

「ふむ。従来の砲撃よりも戦果は大きいか……」

「今までの航空機による観測射撃や接近しての砲撃では思うような戦果は挙げられなかったからな。航空機では敵に最重要目標として撃ち落とされ、かといって目視確認距離まで近づくと砲撃を行う艦艇を危険にさらす……そう考えるとこれは、敵に観測主の露見がしにくく、尚且つ前線要請に直ぐ対応できる。正しく理にかなった戦法だ」

「全く、陸と同じ方法で砲撃支援とは、我々も考えが足りないな」

「仕方あるまい。艦娘や水歩兵は出来て日が浅い。手探りの段階で見つけるしかないのだ」

「そう考えると矢張り件の艦娘は優秀ですな。戦意も高く、部隊の指揮もこなす」

 

 

 彼らが褒める内容はどれも本人からすれば過剰評価に過ぎないが、上層部は彼女の能力や戦果、そして頭脳を高く評価していた。だからこそ彼女への期待を込めて最大限の支援をしているのだ。

 

 そうして時雨に対して賛否や今後の方針を話し合っていると一人の将官がふと声を漏らす。

 

 

「彼女なら或いは……」

「ん、どうした?」

 

 

 小さくつぶやいた言葉は隣に居た将官に聞こえたらしく、質問すると時雨に関しての資料を見つつ言葉を続ける。

 

 

「先の議題で奇襲部隊の再配備について上がったであろう」

「そうだな」

 

 

 顎に手を当て思案する男は、隣の同意を受け自分の考えを話す。

 

 

「彼女に任せてみないか?」

 

 

 この提案は周りに居た者達にも聞こえたらしく様々な意見が飛び交う。

 

 反対意見としては。

 曰く、危険すぎるし彼女の様な優秀な人材を態々消費すべきではない。

 曰く、彼女自身実戦経験は短い為、却(反)って足手纏いだ。

 曰く、新戦法実施に忙しい中で新たな役割を与えるのは本人と現場に混乱をきたす。

 というものが出た。

 

 

 逆に賛成意見は。

 曰く、そもそも今作戦は彼女のレポートに書かれた内容を元に作成された為、奇襲部隊の行動や重要性も理解している筈。よって彼女ほど向いている人材は居ない。

 曰く、ラバウルの海軍人事部からの報告によれば早期実戦希望者兵も既に第一級で使える程練度を高めたらしい。ならば彼女の人材育成能力を駆使して部隊編成を行えば、最小の延期期間で済む。

 曰く、彼女は好戦的な性格で前線に出たがっていると担当司令より報告がある。ならばどの道自分から志願するだろうと。

 

 

 多くの意見が出て話し合う事一時間。先程まで騒がしかった会議場は静かになり、意見を纏める事が出来た。

 

 

「どうやら決まりのようだな」

 

 

 会議の行く末を見守っていた人物、海軍総司令長官山本五十六は立ち上がり皆へと顔を見渡しながら確認する。

 

 不満そうな者も居るが誰もが賛成に回ったと理解した彼はその場で言い放つ。

 

 

「ソロモン諸島攻略作戦における奇襲降下部隊隊長を時雨二等兵曹へ任命。一時的であるが艦娘二個艦隊と水歩兵一小隊を預ける」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦争は次の段階へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




裏話

因みに主人公の時雨さんと同期の天龍と深雪は、同種艦と比べて余りにも従順な為、配属先で不気味がられている。
また、配属先の時雨が着任時にあいさつした瞬間、何故か二人は絶叫したらしい。



今作もご覧いただきありがとうございました。
皆様の感想やご意見、誤字報告は全て確認しております。
重ね重ね本当にありがとうございました。

今後も艦娘戦記~Si vis pacem, para bellum~ をよろしくお願い致します。

Ps.誤字や脱字、表現が変な部分が多かったので手直ししました。修正に協力して下さった皆様本当に有難う御座います。

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