未だに動物園にいるマハラジャとメーテは、自分の携帯電話のバイブ音に気づいた。蘭からのメールだ。メールには画像が添付されており、何やら黒い動物の影のようなものが見える。蘭のメールには「これはペンギンだよ。天王寺公園にいたらしいよ」とのメッセージが添えられている。
「よし、とりあえずこれを手がかりに探すか」
「これなんて書いてある?」
メーテの言葉に、マハラジャは着ぐるみに覆われた頭を抱える。そうだった、蘭は中国人、メーテはロシア人のハーフなのである。蘭のメールは中国語で書かれているため、読み書きはロシア語しかわからないメーテには読めない。マハラジャは中国語にロシア語、更にはオオサカベンまで堪能であるため、蘭のメールも簡単に読むことができる。
「その画像がペンギンだってことだ。天王寺公園で撮られたものらしい」
「おー、それじゃあここで探そう」
ものぐさなメーテは動物園から出ないようだ。マハラジャはとりあえず、天王寺動物園から天王寺公園全域まで調査範囲を拡大するつもりだ。有力な目撃情報があるか、もしくはまだ近くにいるなんてことも考えられる。
「俺は行くぞ。また何かあったら連絡する」
「うん、がんばれ」
「お前もがんばるんだぞ?」
メーテの他力本願な物言いに呆れつつ、マハラジャは動物園を出るため駆けだす。熊の着ぐるみのおかげか、途中、動物園の熊から惜しむような鳴き声もいただきながら動物園を後にした。動物園を出たところで、真理からメールが来る。すぐさまその内容を確認するが、マハラジャは舌打ちした。
「あいつ、英語で送ってきやがった」
マハラジャは英語が読めない。マハラジャだけでなく、蘭もメーテにも読めない。有益な情報の可能性もあるため、真理には確認を取らなければならない。マハラジャはそのまま真理へと電話をかけた。
長いコールの後、電話がつながる。
「おい、真理――」
「助かりましたわ!」
「はあ?」
真理の第一声が何を言っているのかわからないが、そんなことよりも情報を聞き出さなければならない。
「……まあいい。お前、英語で送っても読める奴がいないんだから電話で連絡しろ」
「あっ、忘れてましたわ!」
真理はうっかりしていたと言わんばかりの声を出す。マハラジャはやれやれと溜息を吐き、真理から情報を聞き出した。山本さんという近所のおばさんの話らしいが、ペンギンとフラミンゴがこの近辺にいたとの目撃情報を入手する。真理がしばらく説明を続けていると、電話の向こうから「私の話が聞けないって言うの!?」なんてヒステリーな叫び声が聞こえ、電話はガチャンと切られた。
「あいつも大変そうだな。よし、とりあえずペンギンとフラミンゴだ」
マハラジャは情報を確かなものとするため、天王寺公園を駆けずり回る。情報は足で稼ぐことも必要なのだ。すると、何人かからペンギンとフラミンゴの目撃情報を新たに入手することができた。どうやら、ペンギンが日本橋電気街、フラミンゴがアダムスキー大神殿周辺にいることが噂になっているらしい。
マハラジャはまた動物園の中に入場した。職員の目を盗んで入場料を支払わずに侵入する手際は見事である。おそらく、メーテに会うためだろう。その途中、中国語で蘭にメールを送り、真理に電話をかける。今度はすぐにつながった。
「真理か? ペンギンとフラミンゴのいる場所がわかった。日本橋電気街と大神殿だ。蘭にはペンギンのところに、メーテにフラミンゴのところに向かってもらう」
チームの参謀だけあって、的確な指示である。真理も了解したのか、すぐに返答が来る。
「わかりましたわ。こちらもまた情報が掴めそうですの。少し待っててくださる?」
「ああ。何かあれば“電話”で頼む」
そう言ってマハラジャは電話を切り、前方を見た。目線の先にはメーテがいる。メーテは先ほどの場所でボーっと動物を見ているだけだった。本当に働かないヤツだ。
「あ、マハラジャ」
「メーテ、仕事だ。フラミンゴが見つかった。アダムスキー大神殿に向かってくれ」
「えー」
メーテは不満そうな声を出す。マハラジャはやれやれと首を振ってメーテの頭を撫でた。着ぐるみの感触が心地いい。
「そう言うな。上手く行ったらなんか美味いものでも奢ってやる」
「行く」
マハラジャの言葉を聞くとメーテはすぐさま駆けだした。現金なものである。マハラジャはその様子を見て金持ちの真理に押し付けようだとか、そんなあくどいことを考えていた。
時刻はもう夜に差し掛かってきたところである。コール音が鳴り響き、真理から再び電話がかかってくる。マハラジャはすぐに携帯電話のボタンをプッシュした。
「真理か。なんだ?」
「わかりましたのよ! 牛とパンダの居場所が!」
と、興奮したように真理が言う。どうやら知り合いの弁護士が山本さんとやらのマシンガントークを止めてくれたついでに、動物たちの情報も教えてくれたようだ。至れり尽くせりである。流石、親のコネで弁護士になった真理とは違う本物の教養を感じる。
「牛は大阪ドーム、パンダは道頓堀にいるみたいですわ」
「よし、わかった。他二人への連絡は俺がしておく。お前は帰って休め」
もう夜だ。亜侠は睡眠をぐっすり取るのが嗜みなので、そろそろ家に帰って寝なければならない。さっさと牛とパンダを捕まえに行けばいいのだが、睡眠は絶対なのである。一晩経てば牛もパンダも移動してしまいそうな気がするが、そんなことは彼らの頭にはない。物事の優先順位として、睡眠の方が上位に置かれているのだ。
「わかりましたわ。お願いしますわね」
真理がそう言い、電話を切った。マハラジャはさっそく蘭とメーテにそれぞれ中国語、ロシア語でメールを送る。送信後すぐに返信が来て、二人とも無事にペンギンとフラミンゴを捕まえたようである。
「ふう、牛とパンダの場所はわかったし、後は明日だな。俺は……」
マハラジャはふと、自分の手を見た。着ぐるみの上から白い手袋をつけた奇妙な手である。彼はこう見えて器用で、犯罪に長けている。動物園で動物を盗み出すことくらいわけないだろう。周囲を見回すと、熊がこちらをジッと見つめていた。熊の着ぐるみのマハラジャと熊。良い組み合わせに見えなくもない。マハラジャは檻に手をかけ、熊に手を差し伸べる。
「……俺と来るか?」
熊が望むなら、ペットにしてやってもいい。マハラジャはそんなことを考えていた。園長の上海ベイベの話を聞いて「悪い奴もいるものだ」なんて感想を抱いた人間のすることとは思えない。自分は例外なのだろうか。
熊の応えは――
「ペッ」
唾だった。動物園の暮らしが結構良いのか、マハラジャが貧乏であることを察したのか。熊の吐き捨てた唾は着ぐるみに覆われていない額に当たる。マハラジャは無言のままそれを拭い、閉園間際の動物園を暗い顔で去って行った。家に帰り、ぐっすり寝て忘れてしまおう。
◇
捜索二日目の朝。絶対太陽軍団の面々はJAIL HOUSEに集結していた。メーテはまだ眠いのか、目を擦ってこっくりこっくり船をこいでいる。マハラジャは先日の雪辱を睡眠によって解消したようで、すっきりした顔をしていた。ただし、着ぐるみは熊からパンダになっている。時代はパンダだ。この後捕まえに行くのもパンダだ。
真理が葉巻を吸い、朝の眠気を晴らすように煙を吐く。
「さて、“私が集めた”情報で牛とパンダの居場所がわかったのですが……」
ふふん、と鼻を鳴らし、真理はマハラジャをちらりと見る。どうだと言わんばかりの表情に、マハラジャは呆れたように「はいはい」と頷いた。真理の情報は同僚の弁護士の親切心で教えてもらったものだし、マハラジャもペンギンとフラミンゴの居場所を突き止めたのだが、そんなことは彼女の頭になかった。自分がナンバーワンなのである。
「まずはパンダから捕まえに行くか。優先してくれとのことだ」
マハラジャの提案は妥当だ。いなくなったパンダが発端でこの依頼を受けることにしたのだから、女性陣も賛同すると思われる。だが、真理とメーテはつまらなさそうな顔をしていた。蘭は兜で顔が覆われているため、表情がわからない。
「メーテは牛がいい」
「お前は牛、好きだもんな。食料として」
相変わらずのメーテに、マハラジャは呆れてしまう。しかし、真理は一体どうしたのだろうか。彼女は新しい葉巻に火を点けながら言う。
「私も牛を見に行きたいですわ。二足歩行の牛なんて、興味深いんですもの」
「園長の話を聞いていたのか……だが、これは依頼だ。そんな見に行きたいだとか、安直な理由で優先順位を――」
「ほら蘭。あなたからもこの分からず屋に何か言ってくださいまし」
マハラジャの言葉を遮りつつ、真理は蘭の西洋甲冑を引っ掴んでガシャガシャと揺らした。
「ふえ? あ、ああ!? うん、聞いてたよ!」
蘭は素っ頓狂な声を出して立ち上がる。鎧を着ていたためわからなかったが、居眠りをしていたようだ。作戦会議中に居眠りとは、リーダーの風上にも置けないヤツである。
「それで、蘭も牛を捕まえに行きたいですわよね?」
「え? うん! そうだね!」
蘭は真理の話が何のことかわからないままに頷く。ともかく、これで三対一だ。マハラジャは頭を抱えるが、多数決の上にリーダーの決定とあっては覆すわけにもいかない。
「……わかった。大阪ドームに行こう」
マハラジャは溜息を吐いてJAIL HOUSEの出口へと向かう。しかし、真理がその背中を叩いて制止した。
「マハラジャ、あなたは私の車に乗りなさい」
「なぜだ」
「いいから」
真理はマハラジャの手を引っ張って自分の車へと連れ込む。蘭とメーテは肉体派なので自転車で移動だ。仕方ない、現実は非情である。シトロエン2CVに乗り込んだマハラジャは真理から二挺の拳銃を受け取る。S&W チーフスペシャルとワルサーppkである。どちらも小型の拳銃で、持ち運ぶには丁度いい。
「これを渡しておきますわ」
「ほう。助かるが、いつの間に買ったんだ?」
「昨日、園長から前金をもらってすぐ後ですわ」
マハラジャの質問に、真理はエンジンをかけながら説明する。先日JAIL HOUSEで購入した拳銃とは、マハラジャのものだったのだ。この男、貧乏故粗悪な安物拳銃しか手持ちにない。それは蘭もメーテも同様で、チームのメンバーで火器を十分に購入できる財力があるのは真理だけだった。その潤沢なお金はインチキ弁護士として数々の人間から搾取したものか、裕福な親類の遺産によるものだろう。
真理は2CVを走らせると、先に自転車で出発していた蘭とメーテを追った。車を横につけると、グローブボックスからベレッタ・モデル92Fを器用に取り出す。真理はメーテと並走しながら声をかける。
「メーテ、これを」
「ん?」
真理はベレッタと弾倉をメーテに投げて寄越した。マハラジャはそれを見て肝が冷えたが、メーテは曲芸師のように自転車の上で拳銃をキャッチする。マハラジャは安堵の溜息を吐いて真理に笑いかけた。
「器用な奴らだ」
「あら、あなたほどではございませんわ」
真理は葉巻を咥えながら呆れたように言う。マハラジャは先ほどもらった拳銃をいつの間にか見えないところに隠していた。いつでも取り出せるように着ぐるみの内側か外側か、巧妙に隠しているのだろう。真理はそれがわかっていたので、マハラジャの言葉にそう返答したのだ。
少し行くと、四人は大阪ドームに辿り着いた。JAIL HOUSEから大阪ドームは線路一つ挟んだ向こう側である。意外と近いのであった。マハラジャと真理が車から降り、蘭とメーテが自転車をその辺に置く。
ドームの周辺は少し騒がしい。南海ホークスのファンとトラキチとが喧嘩をしているのはよく見かける光景だ。しかし、今日は事情が違っていた。二人――二匹の牛が人間を拳銃で脅しているではないか。まず間違いなく、動物園から逃げ出した牛だろう。しっかりと二足で立ち、拳銃を構えて出店の店主を脅している。
「あいつらか……」
話には聞いていたものの、あんまりな光景にマハラジャは溜息を吐く。真理は面白いもの――実際面白いが――を見るかのような目で牛を眺め、メーテは涎を垂らしている。加工前の肉だが、野生の強いメーテにはおいしそうに見えるのだろうか。
「モッ?」
四人が近寄ると牛は機敏に反応した。振り返る仕草も人間みたいで、人が牛の着ぐるみを着ているだけなんじゃないかとパンダの着ぐるみを着ているマハラジャは思う。その横で、メーテは抜け目なく拳銃を準備しながら前へ出た。
「モー!」
牛が臨戦態勢に入る。メーテの行動を警戒したのだろう。しかし、その瞬間には蘭がカラシニコフを取り出して銃弾を発射していた。いきなりの凶行にマハラジャが止めようと声をかけるも時すでに遅し。
「ちょ、お前」
「えーい、死ねー!」
蘭の間の抜けた声とは裏腹に、カラシニコフから発射される銃弾の雨は凄まじい。後ろの出店への被害も心配である。二匹の牛は逃れようと体を捻るが、片方は蘭の銃弾に蜂の巣にされてしまう。瀕死のように見えるが、倒れ伏してピクピクともがくところを見るに一応大丈夫そうだ。銃弾から逃れたもう片方の牛は照準を蘭に合わせ、反撃とばかりに撃ち放った。
「モーッ!」
「そんなの当たらないよ!」
蘭は悠々と銃弾から逃れた。しかし、牛は第二射を放とうとトリガーに指をかけている。それを見たマハラジャはどこから取り出したのか、チーフスペシャルを抜き放って牛に銃弾を浴びせていく。小さな拳銃からパンパンと乾いた音が鳴り響くと、血を流した牛が白旗を上げていた。動物のくせに器用な芸当である。
「……よし、これで終わりだな」
マハラジャはまた何処へともなく拳銃を仕舞いこむ。その着ぐるみは一体どうなっているんだ。
「みんな手が早いですわね」
真理もベレッタを準備していたのだが、出番はまったくなかった。いまは葉巻を優雅に吸っている。メーテが涎を垂らしながら死にかけの牛に近づくなどのハプニングもあったが、二匹とも確保できたので良い結果である。結果良ければすべて良し、だ。
天王寺動物園に牛を連れていくと、園長は大変微妙な表情で迎え入れた。片方の牛は荒い呼吸を繰り返し、見るからに瀕死なのだから当然である。しかし、そんな手荒な真似をするチンピラに強くも言い出せず、引きつった笑顔でお礼を言っていた。気の毒だ。
真理を除く三人、蘭とメーテとマハラジャはパンダのいる道頓堀へと向かった。真理は残りの動物――何者かの手引きによって逃げ出したという上海ベイベの情報を得るためにまたも大阪市庁舎へと向かっていた。偶然とはいえ、牛とパンダの情報が手に入った場所である。人間は成功を体験すると、安易にそれを繰り返してしまう動物なのである。
◇
ミナミの道頓堀。先日、自走する看板のせいでちょっとした騒ぎになったその場所は、そんなことは忘れてしまったかのように商売の活気で満ちていた。そんな繁華街に、また異質な“騒ぎ”がやって来ていた。絶対太陽軍団の面々、蘭とメーテ、マハラジャはそのちょっとした騒ぎ、野次馬のおかげで目標をすんなりと発見する。
白黒の模様にプリティなずんぐりむっくりボディ。みんなの人気者、パンダである。動物園から逃げ出したパンダ――ラン・ナウェイは道頓堀の料理店から盗んだのか、大きな筍を頬張っていた。こんな場所では笹を見つけることができず、仕方なく代替案として竹の子ども、筍を食べているのだろう。何だか不憫なような気もするが、適切な食事の出る動物園から逃げ出したお前が悪い。
パンダを見るや否や、ベレッタを構えていたメーテがパンダに向かって発砲するべくトリガーに指をかけた。突然の発砲は大阪では日常茶飯事だが、その躊躇いの無さはすごい。
「あれ?」
しかし、メーテがいくら引き金を引こうとも、出てくるのはカチ、カチという虚しい音だけだ。どうやら、弾が入ってなかったらしい。メーテは銃弾が出てこないのを不思議に思い首を捻っているが、単なるおっちょこちょいである。それを見たマハラジャは苦笑しつつラン・ナウェイのところへと向かおうとするが、隣にいた蘭がカラシニコフを取り出しているのを横目に見て足を止めた。嫌な予感がしたのだ。
「えーい!」
マハラジャの直感は正しく、可愛らしい声を上げてラン・ナウェイに発砲する蘭。蘭とラン、同じ名前だというのに容赦がない。蘭の方はちゃんと弾が込められていたらしく、銃声とともに銃弾が何発かパンダへと飛んでいく。甲高い音に気づいたラン・ナウェイがすぐさま臨戦態勢に入るも、銃弾は彼の正中線を貫いていった。これにはマハラジャも殺してしまったのではないかと焦り、ラン・ナウェイへと駆け寄る。
「死んでないだろうな……」
マハラジャは不安に駆られつつもラン・ナウェイの脈を取る。ドクドクと力強い音が鳴っているのを確認して一先ずホッとするも、このままだと危ないかもしれない。三人は急いでラン・ナウェイを担ぎ上げ、動物園へと向かった。
ラン・ナウェイを動物園まで送り届けると、園長はワッと泣き出した。名物のパンダが変わり果てた姿で届けられたのだから、泣く気持ちもわかる。その財力で医者を呼び、治療してやって欲しい。これには流石の園長も不満が爆発したのか、文句をぶつけるべく立ち上がる。こっちは客なんだ、客の言うことを聞くのが仕事ってもんだ、と園長は自分を鼓舞させる。だが、すぐに意気消沈してしおしおと座り込んでしまった。最初に自分を脅した真理が合流してきたからだ。拳銃の冷たく硬い感触を思いだしてしまい、園長は顔を青くしている。
園長とは反対に喜色満面の笑みを浮かべた真理は、三人の下までやってくると大きく大きな胸を張った。聞いてもらいたそうにチラチラと見つめてくるので、マハラジャは呆れつつ仕方なしに聞いた。
「真理、ご機嫌のようだがどうしたんだ」
「ふふん、聞いて驚くがいいですわ。何と、上海ベイベの居場所を発見しましたのよ。場所は新世界、ですわ」
真理の言葉に「おおっ」と四人が湧き立つ。蘭とメーテ、マハラジャに加えて園長もだ。園長は脂ぎった額と同じくらい目をテカテカと光らせながら、期待を込めて言う。
「そ、それは本当ですか!?」
「嘘は言いませんわよ。疑ってるんですの?」
真理は園長の言葉にムッとした表情になり、ベレッタを取り出し始めた。それを見た園長はそそくさと建物の柱の影に隠れる。もうあの拳銃の冷たい感触は味わいたくないのだ。しかし、勇気を出して話を続ける。
「お、お願いです。上海ベイベを捕まえて来てください。あの子は上海の動物園から友好のために寄贈された、大切な猿なんです……」
園長の声には哀しい響きが混じっている。きっと上海ベイベという猿が大切なのだろう。これには真理も気の毒になり、ベレッタを静かにしまった。蘭は園長の言葉を聞くと鎧の胸当てを大きく叩く。
「任せて! 私たち絶対太陽軍団が、絶対に上海ベイベを捕まえてきてあげるから!」
「おお……ありがとうございます。何卒、何卒お願いします……」
園長は蘭に対してペコペコと頭を下げた。犯罪に暴力、麻薬までやるチンピラ亜侠だが、誰かに頼られるというのも悪くはないものだ。四人は気持ちを引き締めて上海ベイベのいる新世界へと向かう。
新世界は動物園のある天王寺公園からほど近く、通天閣がシンボルの繁華街だ。新世界のシンボル――大阪のシンボルと呼んでも差支えがないであろうその通天閣を制服警官が取り囲んでいる。ついに無機物も逮捕の対象になったのだろうか。大阪では戦車や装甲車が警官に捕まり、臭い飯を食うハメになることもあるらしいので通天閣が捕まっても不思議ではない。
マハラジャはチームの中で唯一人、目敏く通天閣の異常に気づいた。
「む……みんな、あれを見ろ」
マハラジャは通天閣のある一点を指差す。絶対太陽軍団のメンバーはそれに倣い、マハラジャの指差す方向に目をやった。目線の先、そこでは大きな金色の毛並をした猿――上海ベイベが棒状の物体を抱えて通天閣にしがみついていた。ある程度重火器を知っている人間なら、その棒状の物体がRPG-7だということがわかるだろう。
「こらー! 君は包囲されている。降りてきなさーい」
「くにのおっかさんが泣いてるぞー!」
制服警官らはそんな間の抜けたことを言いながら上海ベイベの包囲を狭めていく。上海ベイベは地が揺れるような声で一声鳴いた。
「うきー!」
鳴き声とともに発射されるロケット弾は、見事に制服警官の密集地の中央に着弾した。爆音が鳴り響き、爆風が蘭たち四人の下まで届く。野次馬たちはそれを見て蜘蛛の子を散らすように逃げていった。もうそこには死屍累々の制服警官たちと上海ベイベ、それから絶対太陽軍団の面々しかいない。
「これはまた、すごいね」
「大した暴れっぷりですわね」
何でもなさそうに言う蘭と、呆れた様子の真理。上海ベイベは弾頭の無くなったRPG-7を放り捨てると、通天閣を降りた。そして、絶対太陽軍団の面々がいることに気づく。ベイベは歯を剥き出しにすると体を震わせて威嚇をした。
「うき! うききき、うきゃきゃうきうきゃー!」
とても怒っている様子のベイベ。何を言っているかさっぱりわからないが、絶対太陽軍団の面々を指差して何事かを怒鳴り散らしている。その時、メーテが口を開いた。
「あ! お前たち、よくも俺様の逃がした動物たちを捕まえてくれたな! って言ってる」
「お前、猿の言っていることがわかるのか」
「何となく。ボディランゲージとかで」
ボディランゲージすごい。これはメーテに交渉を任せておけば意外とすんなりと言うことに従ってくれるかもしれない。マハラジャはそんな期待を込め、メーテに頼み込む。
「メーテ、ベイベに伝えてくれないか。俺たちは争うつもりはない。動物園の温かい生活に帰ろう、と」
連れていこうとした熊が唾を吐きかけてくるほど動物園の生活は恵まれているのだ(とマハラジャは思っている)。きっとベイベも動物園に帰りたいに違いないと、マハラジャはそんな人間の自分勝手な、傲慢不遜なことを考えていた。メーテはこくりと頷くと、ベイベに近寄って体を巧みに動かし動物の鳴き声を模倣する。
「うほ、うほうほ」
猿よりもゴリラ寄りの鳴き声だが、ベイベには通じるものがあったのか彼は真剣な表情(に見える)でメーテの動きを見守る。
「うほほ、うーほっほ。うほ!」
メーテは何事か手をワキワキと動かし、ステップを踏んだ後、華麗に中指を立てた。その様子を見てハラハラとした気持ちになるマハラジャ。最後のは人間界ではよろしくないボディランゲージなのだが、とマハラジャは不安になっている。
ベイベはスッキリとした表情を浮かべると、何か手招きをするポーズを取る。それは絶対太陽軍団やメーテに対してではなく、自分の後方に向かってやっているようだ。ベイベの合図から一拍置いて、二足歩行の牛が二匹歩いてくる。彼らもまた、脱走した動物たちのようだ。マハラジャの中で期待が高まる。まさかこれは、上海ベイベに加えて新たに牛二匹を回収、大団円で終われるのではないか、と。
「うきー」
「モー」
ベイベが何事かを牛に語りかけると、牛は背中からSFチックなアサルトライフルを取り出してベイベに手渡した。ベイベは小銃を受け取るとそれを天に向け、盛大にダダダダダと撃ち放った。更には雄叫びまで上げる。
「ヴォオオ!」
もう猿の声ではなく、一匹の獣――まるで百獣の王のような貫録のある叫びだ。これにはマハラジャもメーテの肩を揺すって詰め寄る。
「おい、なんだアレ。どうしたんだアレ」
「すごい怒ってる。戦闘開始だ! って」
冷淡にそう言うメーテは、こんな一触即発の空気にした張本人であるという自覚はないようだ。マハラジャは頭を抱え、真理ですら呆れたようにこの光景を見つめている。蘭は少し楽しそうにカラシニコフを準備している。やる気満々である。それを見たメーテもベレッタを用意して銃弾を詰め始めた。何なんだこいつら、とマハラジャは泣きたくなる。
「もうこうなったらしょうがない。やるしかない」
「やるしかないって、お前あんまりにも――うお!?」
マハラジャが喋っている途中に、メーテはベレッタを発砲した。もう無茶苦茶である。標的となったベイベは転がって銃弾をかわし、AUGに弾を器用に込めてそのままメーテに反撃した。メーテもそれを横っ飛びに回避する。既に戦闘は始まっている。退くことはできないのだ。
蘭もメーテに続けとカラシニコフを体勢の崩れたベイベに向けていた。マハラジャがそれを意識したころには彼女は銃弾を発射している。
「いけー!」
相変わらずの可愛らしい声とともに発射された銃弾はベイベの肩に命中。更に体の中に入り込んだ弾が腹から飛び出してきた。
「う、うきー!」
ベイベは堪らず声を上げると一目散に逃げていく。どうやら重傷のようで、その足取りは遅い。メーテがすぐさま追いかけようと一歩足を踏みだすが、牛がその邪魔をする。牛は姑息なことに、その場にいる制服警官の死体に隠れて銃を構えていた。
「モー!」
させるか!とでも言っているのだろうか、牛は安物拳銃をメーテに向けて発砲する。流石のメーテもこれは避けきれないと思ったのか、手に持っていた壊れた傘で弾道を逸らす。メーテの達人のような体捌きには感心するべきか安物拳銃の性能を笑うべきか。ともかく、メーテは無傷だ。
「クソ、やるしかないか」
マハラジャは覚悟を決めて拳銃を取り出し、死体に隠れた牛へと放つ。しかし、銃弾は牛に届かない。マハラジャが悔しさを感じる間もなく、メーテが前に出てベレッタを構えて発砲した。銃弾は死体の後ろに隠れていた牛の眉間に突き刺さる、良いコースだ。牛もそれを察したのか、慌てて死体の山から逃げ出した。
「いまだ! みんなも援護して!」
蘭がカラシニコフの銃弾をフルオートで発射していく。それに合わせ、ベレッタを準備していた真理やどこからともなく拳銃を取り出したマハラジャが死体の山に隠れている牛に銃弾を浴びせ、メーテが傘を投げつける。猛攻にたまらず死体の山から飛び出した牛たちを待っていたのは、銃弾の雨だった。身を守る盾を失った牛たちは、蘭の銃弾の嵐に巻き込まれる。
「モ、モー」
「モモー」
血まみれの牛たちは白旗を上げている。もう動くのもつらそうだ。しかし、まだ終わりではない。
「上海ベイベを追いかけないと!」
「ええ、急ぎましょう」
蘭がそう言い、真理が頷いて走り出した。四人は一斉に上海ベイベの足取りを追う。まだそんなに遠くへは行ってないはずだ。
四人が通天閣から少し行ったところ、狭い路地裏の入り口で金色の毛並の猿が倒れているのを発見した。どうやら、道端のゴミ箱にぶつかって盛大に転倒、傷の痛みからか動けなくなっているようだ。何とも情けない猿である。
「う、うきー……」
「もう悪いことはしない。動物園に帰りたい、と言ってる」
「……本当だろうな」
メーテの翻訳に、マハラジャはしかめ面を浮かべる。だが、この様子ではベイベは動けないようだし、容易に動物園まで連れていけるだろう。
◇
上海ベイベたちを引き連れて動物園に帰ってきた四人は、園長から歓待を受けた。園長はベイベを見ると涙を流して喜んでいた。これには絶対太陽軍団の面々も達成感というものが込み上げてくる。園長はちょっとした数の札束を積み上げると、絶対太陽軍団に快く差し出す。これは中々おいしい報酬である。金持ちのくせに守銭奴の真理なんかは目を輝かせていた。
「こんなにもらってもいいのか?」
「ええ、最初はどうなるかと思いましたが、上海ベイベまで捕まえて来てもらってはこれくらいのお礼はしなくてはなりません。怪我もひどいですが、帰ってきた動物も以前より従順になっているようでし、悪いことばかりではありません」
園長は人の良さそうな顔をしておきながら、中々に苛烈なことを言う。しかし、依頼人が満足しているのであればそれで良いのだ。絶対太陽軍団、ミッションコンプリートである。
四人は動物園を後にして、いつものようにぺちゃくちゃと楽しくお喋りをしながら公園を歩く。
「いやー、よかったねー」
「牛、食べたかった……」
「ふふ、お金がいっぱいですわ!」
「やれやれ、一段落だな」
仲良さそうに話を交わす四人は、周りからどう見えるだろうか。奇怪な恰好をした頭のおかしな連中というのも是、仲睦まじい友人たちというのもまた是だ。また四人は何かの事件に巻き込まれ、依頼をこなしていくのであろう。この陽気なチーム――絶対太陽軍団の活躍をもうしばらく見守りたいものである。
読了ありがとうございました。もしよろしければ、感想欄に今回のMVP(もっとも活躍した人)と、絶対太陽軍団のメンバーそれぞれの評価をください。
評価は、どんな働きをしたかで以下の中から選んでください。
・親分:チームをまとめた、仲間を助けた。
・闇商人:売買を行った、取引をした。
・殺し屋:敵を倒した/殺した、破壊工作や襲撃を行った。
・用心棒:仲間や依頼人などを守った、厳しい状況で生き残った。
・色事師:色香で何かした、デートやエロいことをした。
・ペテン師:巧みな交渉を行った、シャレた嘘を吐いた。
・泥棒:アイテムを盗んだ、警戒厳重な場所に忍び込んだ。
・走り屋:競争や追いかけっこに勝った、何かを運んだ。
・情報屋:有益な情報を手に入れた、謎を解いた
・裏職人:アイテムを作ったり、仲間を治療した
・キジルシ:常軌を逸した行動を取った、頭がおかしい
・ダメ人間:何もしなかった、チームに迷惑をかけた
例(あくまで一例です。お好きなように記入ください)
MVP:蘭、蘭:親分、メーテ:殺し屋etc...
というように、もしよろしければ評価をくださると嬉しいです。ちなみに、この評価の結果が彼らの成長につながるので、そのあたりも考慮してみると面白いかもしれません。
それでは、読了お疲れ様でした。そして、読んでくださってどうもありがとうございます。またの機会があれば、よろしくお願いします