それは、輝きを求める物語   作:豚汁

4 / 5
chapter-1 episode2『凡人嫌い』黒羽龍成
1話 天才、世界に絶望する


 

 

 

 

 俺は、凡人が嫌いだ。

 

 

 

 

 これは俺――黒羽(くろば)龍成(たつなり)という名の一人の人間が、今まで辿ってきた十五年という、短く、そして濃密な人生を振り返って至った一つの結論だ。

 

 俺がそんな、おそらく世間一般的な人道的倫理観から外れているであろう意見をもった理由は、語ると実に取り留めの無い話になってしまうかもしれない。

 

 だが、そんな話でも良いと言うなら語ろうではないか。

 

 まず、俺にとって凡人とは、ただ毎日を浪費するように生き、そして自らは何も努力をしていないのに、勉強が出来る者やスポーツの出来る者をただ“天才”と称し、その者のした努力の一切を無視してその才能を(ねた)んだり、あるいは過度に特別な存在だと崇めたて敬遠するような存在の事を言う。

 

 だから俺が今在籍している『学校』という名の施設は、俺にとってみれば凡人が集まるゴミ溜りと同義だと言える。

 俺は、そんな凡人(ゴミ)共と教室で席を同じくして授業を受けているというだけで、俺は時折吐き気すら(もよお)してしまう気分になってしまう時がある。

 

 ――しかし、学校という施設だけを見ればまだマシと言えるかもしれない。

 

 学校が社会の縮図を表していると偉い人間はよく言ったもので、ひとたび学校の外を出てしまったら目の前に広がる世界は、ほんの一部の素晴らしい人間を除けば、残りは凡人が圧倒的多数を占める、まるで巨大なゴミ集積所みたいなものだ。

 

 

富める者の生活を見ては、羨むばかりで自らがその立場になろうとは一切考えない現状維持主義の凡人(ゴミ)

 

夢や希望やなりたい自分すらも曖昧で、ただ生きる為だけに働いているだけの奴隷と同義な凡人(ゴミ)

 

そして極め付けは、優れた人間のほんの小さなミスを徹底的に探して叩き貶め、そして陥れた分の利益を得るような、寄生虫以下の凡人(ゴミ)

 

 

 世界はそんなゴミで溢れかえっていて、見るに堪えない醜悪な様相を呈していると断言できる。

 出来る事なら俺は、これから先の一生分の時間を、外に出ずに過ごしたい位だ。

 

 

 ――しかしそんな俺だが、何も幼い頃からそんな考えを持っていた訳ではない。

 

 

 俺まだ幼かった頃は、こんな事を考えたりも一切せず、人間はすべからく素晴らしい存在で、世界は太陽のように眩しく輝いたもので溢れていると純心無垢な心で信じていた。

 

 

 その理由は父、黒羽(くろば)秀一(しゅういち)の存在があったからに他ならない。

 

 

『人間は誰しもが光るダイヤの原石で、磨けば全て太陽のように輝くことが出来る存在である』

 

 

 父はそんな言葉を理念に掲げ、人材を積極的に自分の経営する会社に雇って活かし、事業をいくつも立ち上げてはそれを全て大成功させた。

 

 そうしてついには、『黒羽財閥』と称される程の一大財閥グループを築き上げるにまで至ったのだ。

 

 それは父がグループの社員全員を信頼し、そして社員もその信頼に応えた結果だった。

 

 そんな素晴らしい父の下に生まれた俺は、子供心の憧れのままに、将来は父の財閥グループを継いで皆を率いるような存在になってみせると決意したのだ。

 

 その為、当時まだ小学一年生になったばかりだった俺は、学校で習う学問は勿論のこと、帝王学や心理学など、およそ将来に必要になるであろう勉学全てに励んだのをよく覚えている。

 

 そして、自分で言うのもなんだが、俺は幼い頃から努力が結果に結びつきやすい人種だったらしく、どんな学問も寝る間も惜しんで努力して学べば、すぐに身に付ける事ができた。

 

 小学二年生で大学入試レベルの学問の範囲を全て理解し。

 小学三年生でパソコンのプログラム言語をマスターして自力でプログラムを組み。

 そして、小学四年生で夏休みの自由研究と称して発表した()()()()()は、革新的な研究内容だと絶賛され、アメリカの著名な学術雑誌に掲載されるまでになった。

 

 それほどまでに俺は必死だった。

 

 少しでも早く父さんに追い付きたい、父さんの役に立つ人間になりたい――そんな一心で、俺は同年代の子どもが虫取りやゲームに夢中になっているのを尻目に、毎日朝から夜遅くまで必死で机にしがみ付いて勉強したのだ。

 

 そんな俺が必死の想いで出した結果を、周囲の人間は

 

 

『黒羽様の息子は天才だ』

『坊ちゃまのような才のある方がグループを継いで頂けるのなら、黒羽財閥は今後も安泰ですな』

 

 

 と、口々に俺の事を“天才”だと誉めそやした。

 ――まるで、俺のした努力の一切を無視するかのように。

 

 だから当時の俺にとって、そんな他人の評価なんてどうでもよかったのだ。

 

 俺が頑張る事が出来た理由、それは――

 

 

龍成(たつなり)、凄いじゃないか! また塾の全国統一学力テストで総合一位だったんだろう? これで三年連続じゃないか、勉強頑張ったんだな……えらいぞ、さすが父さんの自慢の息子だ!』

 

 

 毎日仕事が忙しくて家に帰って来る事が少ない父が、帰って来た時に俺を褒めてくれるその言葉を貰う事だけが、俺の唯一の頑張る理由だった。

 

 人から“天才”だと言われ続けた俺の努力を評価してくれたのは、同じく人から“天才”だと言われ続けていた俺の父しか居なかったのだ。

 

 だから俺は、そんな優しい父の為に毎日血の滲むような努力をした。

 

 ――そう、俺がそこまで必死になる程に父は優しい人間だった。

 

 

『天才も凡人も関係ない。人間はチャンスにさえ恵まれれば、全て太陽のように輝く事が出来る存在なんだ――だから、俺はそんな人間にチャンスを与えてやれるような存在になってやりたいんだ。

 ――全ての人間が太陽のように輝く事が出来る世界を、俺は創ってみせる!』

 

 

 そんな絵空事のような夢を語り、その夢を叶う事を信じて努力を続けるお人好しで優しい人だった。

 だから、俺はそんな父の夢を叶える手伝いがしたかった。

 父一人では叶えられることが出来ない夢でも、俺と父と協力すれば、それを夢でなく真実にできると信じて疑わなかったのだ。

 

 そう、間違いなく幼い頃の俺の思い描いた未来の世界は、父の言うような輝きに溢れたもので、その未来が訪れる事を俺は信じきっていた。

 

 

 

 ――しかし、そんな未来は、まるで泡沫(うたかた)の夢ように唐突に弾けて消え去った。

 

 

 

 その事を詳しく話すと長くなるので、短く端的に、そして俺自身の感情を出来る限り廃し、淡々と語ると――こうだ。

 

 

 

 

 

俺が小学六年生に上がったと同時、父は死んだ。

 

 

 

 

 

 ――否、()()は殺されたに等しい。

 

 父は優秀な人間の中でも、さらに優れた人間だった。

 しかし、その優秀さを(ねた)んだ凡人(ゴミ)共に、父は陥れられて殺された。

 

 

 そんな“不幸な事故”が起こって三年が経った今でも、俺は()()()を詳しく思い出そうとすると(はらわた)が煮えくり返って冷静でいられなくなる。

 

 

 なので、これ以上多くは語らない。語れない。

 

 

 だからそれからだ……俺が、凡人だらけの世界に絶望するようになったのは。

 

 

 ――何故だ、なぜお前らは優れた統率者である父を殺した?

 

 父はお前らのような、救いようも無く腐るのみだった没個性の底辺共に、努力次第で等しく輝ける機会をやって救おうとしたではないか。

 

 そんな父の献身の結果が……それか。

 

 

 もういい分かった。ならば俺は――凡人(お前ら)を憎もう。

 

 

群れるしか能の無い、どこまでも他力本願で、困難に一人で立ち向かおうとしないお前らを蔑もう。

 

優れた天才(マイノリティー)の意見を、同調する人間が多いだけのつまらない凡人(マジョリティー)の意見で塗りつぶすお前らを嘲ろう。

 

天才が凡人に助けを施せば“偽善者”、施しをしなければ“冷酷人”と罵るお前らを、心から見下してやろう。

 

 

 

 

凡人(お前ら)天才()を嫌いなように、俺もお前らの事が大嫌いだ!!

 

 

 

 

 ――そんな、黒々とした、復讐にも似た想いを胸に抱え、小学六年生から中学三年生となる今まで、俺は生きてきた。

 

 

 

だから俺は、声を大にして言いたい。

 

 

 

 

 

 

 

凡人が跋扈するこの世界に、輝き(Sunshine)なんてものは欠片も存在しないのだと――!

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

「せ、先輩! 私と……つ、付き合ってください!」

 

 

 

 

 ――ここは静岡県の沼津市にある、なんの変哲もない市立中学校。

 

 そんな中学校の人気(ひとけ)の無い校舎裏にて俺は、目の前で顔を赤く染めながらそう告白してきた女子を半眼で見据える。

 

 恐らく俺は今、世間一般的には非常に羨まれる状況にあると思うのだが、俺は表情を一つも変えてやることなく、目の前の女子に無表情で言ってやる。

 

 

「悪いが俺は凡人には興味が無い。さっさと諦めて帰るんだな」

 

「そ、そんな……何が悪いって言うんですか! 私、先輩の事本気で……」

 

 

 ……ほう、どうやらこれ以上ないぐらいにハッキリ断ってやったのに、目の前の女子はまだ食い下がる気のようだ。

 俺はため息を一つ零し、言ってやる。

 

 

「はぁ……じゃあ、お前は俺のどこが好きなんだ? 言ってみろ」

 

「それは……その……先輩って、いつも一人で平気って感じで……群れてなくてカッコイイじゃないですか……だから……」

 

 

 しどろもどろになりながら、そんなありきたりでつまらない理由を述べる凡人に、俺はさらにため息を吐きつつ言葉を返す。

 

 

「はぁぁぁぁ…………つまり、お前は俺の何が好きという具体的なものがある訳じゃなく、一人で生きてる俺がカッコイイからとかいう、そんな曖昧な理由で告白をしてるというわけだ?」

 

「え……? い、いや、それだけじゃ……!」

 

 

 どうやら、今回の凡人(ゴミ)はしつこいようだ。

 俺はなおも食い下がろうとする目の前の女に、今度は決定的な言葉をくれてやることにした。

 

 

「ほぉ、じゃあなんだ? お前が俺を好きになった理由は他にあると言うのか?

 ――違うだろ? お前は俺と付き合うというより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんなコレクター精神で好きと言われて、誰が付きあうか。だからそのおめでたい凡人考えを改めてから出直せ、分かったな?」

 

「……ひ、ひどいです……うっ……うぁぁぁあ……ううううっ…………!」

 

 

 ……フン、泣いたか。まぁ、これで諦めてくれるならいいだろう。

 俺は泣く女子にそれ以上何も言わず、そのまま背を向けてその場を去った。

 

 全く……これで今までで何人目だ。俺はお前らのような没個性と仲良くしているつもりは無いというのに、何故こうなる。これだから学校は嫌なんだ、一人で居ても凡人共が向こうから勝手にすり寄ってくる。

 

 それにさっきの凡人……何が孤独な雰囲気が素敵だ、それっぽく言えばまかり通ると思ったのか? お前の真に言いたい事は分かってるぞ、『独りぼっちが惨めに見えたから慰めてやろうと思った』――そう言いたいのなら素直にそう言え! そしたら俺だってあそこまで厳しい事は言わずに、『同情など不要だからさっさと失せろ』と一言で切って捨ててやったのに。

 

 

 それに――俺の方がお前らと縁を切ってるのだというのが、まだわからないのか。

 

 

 俺はそう心の中で舌打ちをしながらも、教室に戻るために校舎の方に向かった。

 

 

 ――父を“不幸な事故”で失った日から三年という月日が流れ、俺は中学三年生となった。

 

 勿論俺は、学力的には中学校という施設に通う必要は無いのだが、だからと言って家に引きこもっていると、クラスの凡人共から“不登校者”のレッテルを張られ、見下されるのが我慢ならなかった。

 

 だから俺は、飛び級制度が充実していない日本の教育制度を内心で恨みながらも、毎日我慢して凡人の集う学び舎に、出席日数だけを稼ぐために登校しているのだった。

 ああ……早く後残り一年の義務教育期間が終わらないだろうか、そしたら後の高卒と大卒の資格など、すべて通信制で取ってやるというのに。

 

 と、そんな自らの身の上の事を考えながらため息を吐いて校舎の時計を見上げると、朝のHRの時間まで後十分ぐらいしか無いという事実に俺は気が付いた。

 

 くそっ、さっきあの凡人に呼び出された所為で、授業が始まるまでに教室で読む予定だった論文がまだ半分も読み終わってない。そう考えるとなんと時間を無駄にしてしまった事だろうか。

 

 ――ああ、イライラする……こんな時はこうするに限るか。

 

 俺はそんな苛立つ気持ちを紛らわすために、スマホにイヤホンを差して耳に装着し、中に入っているお気に入りのアーティストの楽曲を流す。

 そしてイヤホンから流れる、才能のある人間のみが織りなすことが出来る素晴らしい歌の旋律が、俺の胸を満たした。

 

 ああ――流石、己が持つ才能を十全に発揮している人間は素晴らしい。つまらない凡人と会話して心を乱された後だと、なお旋律が胸に染みゆくようだ……。

 俺は少しの間だけと決めその場に立ち止まり、目を閉じてこの才能ある者の歌の世界に没頭した。

 

 

「よーっす、タッツー! 朝から何聞いてんの~?」

 

 

 すると突然俺の名前をポケットに入りそうなモンスターの名で略して呼び、背後から俺の耳の片方のイヤホンを奪い、それを自分の耳に付ける男が現れた。

 

 この男の名は―――なんだったっけか? ……いや、違うか。俺にまとわりつく凡人だから名を覚える価値が無いんだった、忘れていた。

 なら、仮として“A男”と心の中で呼んでやろう。

 俺は思いっきり不機嫌な表情を作りながら、A男に向かって言う。

 

 

「おいお前、俺の朝の至福のひと時を邪魔するとは良い度胸ではないか……そのイヤホンをすぐ返せ」

 

「え~、タッツー冷た~い! 俺とタッツーの仲じゃんか許してよ……って……あ! この曲歌ってる人俺わかる! たしか先週金曜の“Nステ”で出てた人だよな!? 確か東京を中心にソロで活動してる若手男性アーティストで、名前は――」

 

「うるさい、お前の話は聞いていないから返せ」

 

 

 そう言って俺は強引にA男からイヤホンを奪い、そのまま音楽を聞きなおす気も失せたのでポケットに仕舞う。

 全く……今日は厄日じゃないのか? さっきの女子といい、この凡人といい、さっきからことごとく俺の予定が邪魔されていく。本当に迷惑だ。

 するとイヤホンを奪い取られたA男は、ショックを受けたような表情で言う。

 

 

「あ、なにすんだよタッツー! オレ達マブダチだろ? なんでそんなに俺の扱いが冷たいのさ!」

 

「すまんが俺は、テスト直前になってすり寄ってくるような寄生虫を友人にする趣味はないでな。お前が俺に話しかけてくる理由など分かっているぞ――勉強を教えてもらうなら他の人間をあたれ、お前なら友人は沢山いるだろ」

 

「え~! やだやだ、タッツーがいい~! だってタッツーって先生よりも教え方上手いじゃん! ほら、俺達今年から受験生だろ? だからタッツーお願い! 俺の壊滅的な成績を救って! ドーナツ奢るから!」

 

 

 今このA男が語ったのは、中学二年の頃に同じクラスだったA男に強引に数学の分からない問題の教えを請われ、押しについ負けてしまった俺が凡人の頭にでもわかりやすく順序だてて教えてしまった俺の過去の過ちだ。

 

 それからA男は、このように勉強で困ったタイミングで俺を利用するかのようにまとわりつく、いわば俺にとって時間を奪う寄生虫のような存在になってしまったのだ。

 

 はぁ……これだから凡人は本当に……優秀な人間を頼る事しか頭にないのだろうか?

 

 

「知るかいい加減にしろ、俺はお前らみたいな凡人とは違って暇じゃないんだ。俺を説得する暇があれば、今すぐ教室に帰って、一ページでも多く参考書を読んだ方が建設的だぞ」

 

「え~無理だって、だって参考書読むよりタッツーの話の方がわかりやすいもん」

 

「はぁぁぁ……だからお前は凡人だと言うのだ。やる前から無理だと諦めて人に甘える前に、まずは自分でやることを覚えろ」

 

「むむむ……どうしても無理だって言うなら……奥の手だ!」

 

 

 すると、なにやらA男は秘策があるらしく、なにやら準備を始めた。

 そしてA男はやたら気持ち悪い仕草でしなを作り、涙でウルウルさせた瞳で俺を見つめて、情感たっぷりに言う。

 

 

 

「タッツー……おねがぁい!」

 

「今すぐ俺の前から消え失せろッッッ!!」

 

 

 

 そのあまりの気持ち悪さに、俺は思わず条件反射的に罵声を浴びせてしまった。

 するとA男はとても衝撃を受けた表情で言う。

 

 

「馬鹿な……通用しないだと……!? 最強のお願いの仕方をネットで調べたら出た、かつて東京の秋葉原に居たと言われる、伝説のメイドの必殺技を完全にコピーしたはずなのに……! お前……まさかホモか!?」

 

「ホモじゃないから拒否反応を示しているんだろうがマヌケがぁ!! もういい、付き合ってられるか! 俺は教室に行くぞ!」

 

「ああ~、タッツ―待ってよ~!」

 

 

 俺はA男に付き合いきれずその場を足早に去ろうとするが、その後をA男はついてきた。

 ああ……鬱陶しい……! 何故だ、何故こうも俺の周りには凡人がまとわりつくのだ! 俺はこんなに凡人(貴様ら)の事が嫌いだというのに……!

 

 校舎に向かって歩きながらふと周囲を見回すと、学校の朝の門限の時間が近くなったのか、続々と生徒が登校してきているのが見える。 

 

 そして、その生徒達の目線は全て、俺に注がれていた。

 

 

 ――ああ、()()()

 

 

 そう思い、俺は出来る限り無心になるように努め、その生徒達(凡人共)の口が吐く雑音の奔流に身を任せる。

 

 

 

「きゃぁ~~!! 見て見て黒羽(くろば)様よ~! いつもはこの時間帯なら教室におられるはずなのに……こんな所でお姿を拝見できるなんてラッキー!」

 

「本当だ~! 今日も黒髪ショートがバッチリ決まってて、クールな切れ長なお目が素敵だわぁ~!」

 

「学力は校内トップ、しかも運動神経も抜群で……まさに完璧超人とは黒羽様のことを差すのよ! ああ……素敵ぃ……! 神々しいわぁ……!」

 

 

――同じ人間であるのに関わらず、俺を神のように崇めて(へりくだ)る凡人。

 

 

 

「チッ……スカしたツラしやがって……また学校来てるぜアイツ」

 

「なぁ聞いたか? この前中学生対象の全国統一テストあっただろ? それ、アイツ全問正解(フルマーク)やらかしたらしいぜ?」

 

「なんだよそれ、バケモノかよ……頭良いの分かってんなら、もう学校なんて来なくても良いだろ畜生……そんなに俺達の事を見下したいのかよ……」

 

 

――己の力を高める事すら忘れ、ただ俺という天才の存在を嫉むのみの凡人。

 

 

 

「ねぇねぇ、本当に待ってよタッツー! じゃあタッツーはどうしたら俺に勉強教えてくれるんだよ? ――ハッ! ま、まさか……靴か? 靴を舐めれば良いのか!? くっ……背に腹は代えられないか……」

 

「舐めなくていい、何をしても教える気など一切ないからな……それより、今俺に話かけるな」

 

「そんなぁ! タッツー!」

 

 

――優秀な人間に媚びへつらい、甘い汁を啜ろうとする凡人。

 

 

 

 

 ああ……今日も学校は凡人共のゴミ溜めだ。

 

 頼むからお前ら、今日は俺は機嫌が悪いんだ。これ以上世界に失望させないでくれ。

 

 

 

「タッツー……どったの? 今日はいつにも増して眉間にシワ寄ってるよ、機嫌悪いの? そんな時はとりあえずスマーイル! 笑ってたら元気になるって~」

 

五月蠅(うるさ)い! さっき黙れと言ったのが聞こえなかったのか!?」

 

「ひぇぇぇ~、タッツーマジギレこわ~い……も~俺は心配してあげたのに~」

 

 

 この期に及んで馴れ馴れしく話しかけてくるA男に一喝を浴びせ、その後A男が何か言った気がするが、それに何も返答することなく俺は歩き続けた。

 クソ……なんでコイツは俺にここまで馴れ馴れしくまとわりつくんだ。

 

 ああ、イライラする! クソッ……せめて面白い奴は居ないのか!?

 こんな俺にすり寄って来る寄生虫のような凡人なんかじゃない。

 くだらない俺の世界を一変させてしまうような、そんな輝く何かを持った面白い人間は居ないのか……!? 

 

 

 頼む……このままでは俺は、真っ暗闇で退屈な世界の絶望にとり殺されてしまいそうだ……!

 

 

 

 そんな事を、俺が天に願ったその時だった――

 

 

 

 

 

 

「―――今日は私の為によく集まってくれたわ! 未来のリトルデーモン達よ……聞きなさい!」

 

 

 

 

 

 俺の頭上から、女の子の声がした。

 

 その声につられ周囲の凡人共と同じように校舎の屋上を見上げると、そこには黒いマントをはためかせ、学校の指定の制服の端々に白いフリルを付けた改造制服を着こなす一人の少女が、やけにカッコつけたポーズで立っていた。

 

 そして彼女は、視線が一斉に自分の元に集まったのを確認した後、宣言した。

 

 

 

「私は天界より舞い降りし堕天使(Fallen Angel)――堕天使ヨハネ!」

 

 

 

 その言葉に、周囲の凡人共は皆一様に困惑の表情を浮かべる。

 

 凡人共の弁護をするつもりは無いが、そんな顔をするのも仕方のない事だろう。

何故なら急に屋上から呼びかけられ、“天界”だとか“堕天使”などという電波全開な話をされれば反応に困るのも無理はない。

 凡人共は屋上に立つヨハネという少女を、奇異な存在を咎める目線で射抜く。

 

 しかし、そんな目線を全く意に介した様子もなく、彼女はなおも続けた。

 

 

 

「私は求める。カンパニー“リトルデーモン”の一員となり、共に堕天する存在を! (とき)は本日の夕刻……校舎四階の空き教室にて待つ! 

 ――みんな一緒に、“堕天”しましょ?」

 

 

 

 そう言って少女は黒いマントを翻しながら立ち去り、そのまま視界から消え去ってしまった。

 

 

 

 ――なんだ、今の()()は?

 

 

 

 俺は無意識に沸き立つ胸の内を抑えながら、冷静にそう思った。

 

 自分を特別な存在だと思い込み、過度に自分を誇張して見栄を張ったり、周囲とは違った行動をとりたがるのは“中二病”と言い、凡人の取り得る行動原理の内の一つである。

 

 

 ――だが()()は、明らかにその範疇を凌駕している。

 

 

 自分から衆目に晒される所に立ち、多くの人間から忌避されるであろう発言を堂々と行い、眼前に広がる生徒達の困惑の目線に躊躇いを一切見せる事なく、最後までやり通して見せた。

 

 

 

 そんな所業(しょぎょう)……並の神経を持つ人間に――“凡人”に出来る筈がない―――!

 

 

 

「フフフッ……フハハハハハハハハハハッ!」

 

「……た、タッツー? 急に笑ってどうしたの? さっきの子が変なのは分かるけど……」

 

「うるさい、黙っていろと何度言わせればわかる……フフッ……今は珍しくいい気分なんだ、邪魔をするな……ハハハッ……」

 

「え……ええ~。タッツーがおかしくなった……」

 

 

 

 俺はA男を無視し、こみ上げる笑いをそのまま前へと再び歩みを進めた。

 

 

 “堕天使ヨハネ”――その名、仮の名であろうが覚えさせて貰ったぞ、お前は覚える価値のある人間だ。

 確か夕刻に四階の空き教室だったか……良いだろう、行ってやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

“堕天使ヨハネ”……お前は、()()()人間だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺はこの日、暗闇しかないと思っていた世界に一人の輝き(Sunshine)を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んで頂いてありがとうございます。

こちらの主人公のヒロインはタグにもある通り、全盛期だった頃の“堕天使ヨハネ”――中学生の善子ちゃんです。

そんな彼女と主人公はこれから一体どうなるのか……それを是非見て頂ければ幸いです。

では、良ければまた次回もよろしくお願いします。ではでは……


PS
果南ちゃんお誕生日おめでとうございます!
この作品での登場はまだ少し先になりそうですが、サンシャインで善子ちゃんと同じくらいに好きな推しキャラなので、是非魅力的に書きたい所存です。果南ちゃんにハグされたい……


Twitterで活動報告や更新報告などを呟いています
@kingudmuhatu


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。