それは、輝きを求める物語   作:豚汁

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3話 勇者の約束

 

 ピンポーン、ピンポーン。

 

 

 梨子のピアノコンクールが終わって週が明けた月曜日の朝、俺は梨子の家の前で呼び鈴を鳴らしていた。

目的はただ一つ、いつまで経っても登校の待ち合わせ場所に来ない梨子を学校に連れて行く事。

全く……梨子も仕方ない奴だ、いつも俺に適当な奴だと言っておきながら、自分も人の事言えないじゃないか。ムフフ……今日の事を言い訳にして、今度注意されたら梨子に反論してやろう。

 

 そう思いながら誰か出ないかと待っていると、家のドアが開いて中から梨子のお母さんが出て来た。おばさんは俺の姿を見ると、優しく微笑みながら言う。

 

 

「おはよう、いらっしゃい恋虎君。迎えに来てくれると思ってたわ、ありがとう。あの子まだ自分の部屋で寝てるみたいだから、上がって起こしてあげて」

 

「あ、はい、ありがとうございますおばさん、じゃあお邪魔しまーす」

 

 

 勝手知ったる幼馴染の家。俺はそう言い、梨子の家に入って玄関で靴を脱いで階段を上がり、二階の梨子の部屋を目指す。

 そして梨子の部屋の前に立ち、扉をトントンとノックをした。その後、数十秒ぐらい待っても反応は何もないのを確認する。どうやら熟睡しているようだ。

 

 

「……反応なしか。よーし、なら仕方ない! いまから梨子の部屋に入って寝起きドッキリ仕掛けてやるぜ! 行くぞ、遅刻防止の名の下、大義は我にあり~」

 

 

 俺は驚く梨子の顔を想像しながら、ニヤニヤと笑って部屋の扉を開く。

 さーて、梨子をどう脅かしてやろうか。こんなイタズラするの小学生の時以来だからワクワクする

 

 すると、そんな俺が扉を開けた先で俺が見たものは、毛布を一枚羽織っただけのパジャマ姿で、ピアノの前で突っ伏しながら眠っている梨子の姿だった。

 

 

「――って、おいおいおい! こんな所でよく寝れたな梨子! 風邪ひいてないか大丈夫!?」

 

 

 それを見た俺は脅かすのを忘れ、急いで梨子に駆け寄って肩をゆすった。

 梨子は寝ぼけ眼を開き、ボーっとして焦点の定まらない目で俺を見ながら言う。

 

 

「……あ、れんくんだぁ……おはよう……」

 

 

 うぐっ……可愛い……。

 寝起きの所為か非常にふにゃふにゃとした口調でそう言う梨子に、俺思わずそんな感情を抱いてしまう。しかし俺は気を引き締めて言う。

 

 

「いや、おはようで合ってるけど! 何? どうしてこんなとこで寝てるのさ?」

 

「……ん~? ピアノ……弾いてて……そのまま……すぅ……」

 

「寝るなぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 

 俺はそう言って、また寝ようとした梨子の肩を激しく揺さぶって起こすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

「うぅぅぅぅ……恥ずかしい……なんで起こしてくれなかったのお母さん……!」

 

「まーだ引きずってんのか? まぁなんとか今から歩いてけばギリギリ遅刻しないで済みそうだし、ちょっとの寝坊くらい誰でもやるから、あんまり気にしすぎんなって梨子」

 

 

 ――梨子を起こして30分後、俺と梨子は学校に向かって歩いていた。

 しかし梨子は、さっきからずっと俺が何を言っても、顔を真っ赤にしたまま下を向いて歩いてるのだった。

 そんなに寝坊が恥ずかしい事なのかな? 確かに梨子が寝坊するのなんて珍しいけど、あんな寝方してたら目覚まし時計セットするの忘れてただろうし、仕方ないと俺は思うけどなぁ。

 

 そう思っていると梨子は、真っ赤になったままの顔をこちらに向け、怒ったようにして言う。

 

 

「そんなのを気にしてるんじゃないの! も~……よりによってレン君にあんな所見られるなんて最悪……」

 

 

 あ、なんだ、寝坊したのはそこまで気にしてないんだな梨子。だったらよかった。

 そう思い、俺は気にする事ないという風に言ってやる。

 

 

「なんだ、寝起き見られたの気にしてたのか? そんな事ぐらい気にしなくていいのに」

 

「そ、そんな事って――」

 

「別に寝起き見られて恥ずかしいって事はないだろ? だって、その……まぁ、あんな感じでふにゃふにゃした梨子見れたのも悪くないって思うし……その……正直、可愛いって思っちゃったしさ」

 

「か、可愛っ――!?」

 

 

 俺の言葉に梨子は不意を突かれたようにビクッと反応し、真っ赤な顔のままこちらを見る。そして、また下を向きながら口を開いた。

 

 

「……レン君って、女の子にガツガツするのやめたら、絶対女の子泣かせになっちゃいそう……」

 

「――え? 俺ってそんなひどい奴だったのか?」

 

「そういう意味じゃないんだけどなぁ……まぁ、レン君だからそんな心配しなくてもいいかな、うん」

 

「うーん……なんか、馬鹿にされてるような気分……」

 

 

 俺は梨子の口ぶりに、そう言って不満な顔を返してやる。

 まぁ、梨子が俺に対して辛辣な事を言うのは今更だから、そこまで気にしてはいないのだけど。

 

 

「それにしても、どうしてまたピアノ弾いてたんだ? コンクールは終わったんじゃないのか?」

 

 

 そう言って気を取りなおすように俺は、気になっていた事を尋ねた。すると梨子は少し照れながらも誇らしげに言う。

 

 

「いや……実はそのコンクールは全国予選も兼ねてて、私……入賞したから今度は全国規模のコンクールの方に出られる事になってね。だから、ついじっとしてられなくて練習しちゃってそのまま……」

 

 

 その理由を聞いて、俺は口をあんぐりと開けて驚いた。

 

 

「嘘だろ!? じゃあアレか? 梨子今度は全国大会に出るのか!?」

 

「う、うん……そういう事……に、なるかな」

 

「マジかよ……! スッゲェよ梨子!」

 

 

 俺は感激のあまり梨子に抱き付いた。

 

 

「えっ……わわわわわわっ! な、なななにするのレン君っ!?」

 

 

 何やら梨子が思いっきり慌てている様子だが、俺は構わず言う。なぜなら、俺はそれが自分の事のように嬉しさを感じてしまっていたからだった。

 

 

「だって……これは喜ばずにはいられるかよ! 梨子が全国だぜ!? 俺の親友が全国に行くんだぜ!? すごい事だろ! やっばい、鳥肌立ってきた……!」

 

「そ、そんなに!? もう大げさだって、とりあえず離れてー!!」

 

「あっ……ああ、ゴメンつい……」

 

 

 切羽詰まったような梨子の声に、俺は慌てて離れた。

しまった……つい嬉しくてやっちゃった、まさかそんなに驚かれちゃうとは……。

 梨子は俺が離れた後、荒い息で呼吸しながら吐き出すように言う。

 

 

「はぁ……はぁ……死ぬかと思った。心臓に殺されるかと思った……」

 

「なんか……すっごい息荒いけど、大丈夫か梨子?」

 

「ううぅぅ……レン君の所為なのに……」

 

 

 梨子はそう言って涙目でこちらを責めるような目つきで見る。

 マジか……俺のせいなのか? そんな風に俺は軽くショックを受けながら言う。

 

 

「そ、そんなに俺に抱き付かれるの嫌だったのか? 調子に乗ってゴメン梨子……」

 

「いや、そういう意味じゃないんだけど……もう、レン君は本当に天然なんだから……!」

 

 

 謝ったものの、梨子はまだ怒りを収めてくれないようで、ムッとした表情のまま俺を見ていた。

 マズい、抱き着かれたのが嫌なんじゃ無かったら、なんで梨子が怒ってるのか分からない。とにかく謝らないと……

 

 

「な、何のことか分からないけど、とにかくごめん! 俺に出来る事あるなら何でもするから、だから許して!」

 

 

 他の女の子だったらいくら嫌われても我慢できるけど、梨子にだけは嫌われたくない。そんな想いで俺が頭を下げると、梨子は軽くそっぽを向きながら言った。

 

 

「だったら……その……また私のピアノ、聞きに来てくれる? だったら許してあげる……かな?」

 

「梨子……! うん! 行く行く! 絶対行く! 俺、梨子のピアノ超楽しみにしてる!」

 

 

 俺はその差し出された救いの手に、条件反射のように飛び付いた。――というか、言われなくても行くつもりだったし、そんな条件で許してくれるなんて、梨子って天使か何かなんじゃないかとすら思えてしまう。

 

 すると、俺の返答を聞いた梨子は満足そうに笑って言う。

 

 

「……うん、よし。だったら今回は特別に許してあげます。レン君は次からは気をつけるように」

 

「梨子……ありがとう! で、でも、本当にそんなんでいいのか? もっと言ってくれれば俺なんでもするぜ? ただでさえ俺は梨子にいつもお世話になってるんだし……」

 

 

 俺はあまりにも条件が軽すぎると思ったのでそう言ってしまうと、梨子は首を横に振りながら言う。

 

 

「ううん、いいの。だって、レン君がピアノ聞いてくれてるって思うだけで、私、いつも以上に頑張れるから。だからそれだけで十分」

 

 

 梨子のその言葉に俺は、梨子がなんで俺を毎回コンクールに連れて行きたがるのかの理由を察する。

 

 成る程……そうなんだ。梨子にとって俺は、一種の願掛けみたいなものなんだな。居てくれるとそれだけでいつもより調子が出るような、そんな存在なのか。

 

 ――だったら、光栄じゃないか。

 こんな俺でも梨子に出来る事があるなら、精一杯それをやってあげたいって心から思える。だって梨子は、俺の大切な幼馴染で、かけがえのない親友なんだから。

 

 そんな想いで、俺は笑いながら梨子に言ってやる。

 

 

「成程……そっかぁ。じゃあ、俺が聞いてるだけで梨子の演奏が良くなるなら、俺、一生梨子のそばでピアノ聞いててやるよ! ……いや、聞きたい! だって俺、梨子のピアノ大好きだから! この間だって、梨子のピアノ聞いてたら海の音が聞こえてくるみたいで凄かった! ずっと聞いてたいって思えたんだ、だから――」

 

「……え……一生……?」

 

 

 すると梨子は、呆気に取られたようにそう呟いた。

 あ、マズい、こんな言い方したら鬱陶しいって思われちゃったかも……ああ、さっきも今も、どうして俺はいつもこうなんだ。熱くなったらつい周りが見えなくなっちゃって、勝手に口や体が動いてしまう。だから『恋愛勇者』なんてアダ名がつくんだよ俺……。

 

 

「……あ、も、勿論、梨子が嫌じゃなかったらだけど。ご、ごめんな、つい一生なんてそんな気持ち悪い事言っちゃって……あはは、ストーカーかよ俺。だから、別にさっき言った事は忘れてくれても――」

 

「う、ううん! 大丈夫! いいよ……全然いい!」

 

「――えっ?」

 

 

 すると梨子は突然俺の手を取り、顔を真っ赤にしながら躊躇うようにゆっくりと言った。

 

 

「じゃあ……約束ねレン君。これから先……ずっと……わ、私と、一緒に居てくれる?」

 

 

 少し言葉のニュアンスが変わっていたが、梨子はピアノの事を言ってるのだと俺は思った。

 それに対する答えは決まっていた。俺は迷わずに笑って言う。

 

 

「ああ勿論、一緒に居るぜ。俺、梨子のピアノずっと聞いてるよ、約束な!」

 

「――! あ、ありがとうレン君……約束!」

 

 

 梨子は俺の言葉に、まるで長年の夢が叶ったかのような嬉しそうな笑顔で笑って言い、そして手の小指を俺の手の小指に絡めて指切りをした。

 良かった……変に思われてなくて。……それにしても、やけに嬉しそうだな梨子。そんなに喜ばれたら、なんか俺まで照れくさくなっちゃうじゃん、やめてくれよもう。

 

 と、俺が考えていると、そんな照れくさい気持ちを梨子も思っていたのか、梨子も顔を真っ赤にしていて、俺と梨子はその場で二人で向かい合ったまま照れたように笑い合った。

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

 すると、そんな俺達二人を正気に戻す学校のチャイムが遠くの方から聞こえて来た。

 あ……ヤバい、今何時だったっけ? って、もう8時半!? 遅刻じゃん!

 スマホで時間を確認した俺は、焦りながら梨子に言う。

 

 

「やばっ……ごめん、のんびりし過ぎた! 今からでも急いで学校に――」

 

「ううん……もういいよ、ゆっくりで。歩いて学校行こう?」

 

「えっ……梨子? いいのか?」

 

「うん、私はもう……今日はそういうのどうでも良い気分……」

 

 

 そう言うと、梨子はボーっとして熱でもあるような表情で俺の事を見つめた。

 確かに梨子の言う通り、今から急いでも遅刻するのは変わらないし、いっそ開き直ってゆっくり行くのもアリかもな。でも……それを、いつもは学校では優等生の梨子から言ってくるなんて予想外だ。もしかして、まだ寝ぼけてるんじゃないのか? まぁ……気にする事でもないし、いいか。

 

 

「そうだな、もう焦っても仕方ないしゆっくり行こうか、そして一緒に怒られようぜ?」

 

「うん、レン君と一緒に……」

 

 

 そう呟き、まだ俺に熱っぽい視線を向けてくる梨子に、俺は心配になって言う。

 

 

「……なぁ梨子、さっきから熱でもあるみたいな顔してるけど、ひょっとして、あんな所で寝て本当に風邪でもひいたんじゃないよな?」

 

「ううん、風邪はひいてないよ大丈夫。でも、心配してくれてありがとうレン君」

 

「お、おう……なら良いんだけど。じゃあ、とりあえず学校行こうか」

 

 

そんないつもと違う調子の梨子に少し戸惑いながらも俺は、出来る限り気にしないようにして歩き始めた。しかし、そこを梨子に制服の袖を引っ張られる形で止められる。

 

 

「え? どうしたんだ梨子? 何かあるのか?」

 

「……ねぇレン君、あの……その……今なら学校のみんな見てないから、手……つないでもいい?」

 

 

 その言葉に俺は一瞬、思考が止まるのを感じた。

 -―――え? なんでそんな事を言いだすんだ梨子?

 俺は振り返って梨子に言う。

 

 

「……な……なんでそんな急に……?」

 

「……ダメ?」

 

 

 すると、少し寂しそうな顔で言う梨子に俺は少し悩む。

 梨子がなんでそうしたがるのかは分からないけど、断る理由も俺には無かった。

 だから俺は、少し戸惑いながらも言う。

 

 

「い、いや……別にいいけど……」

 

「やった、ありがとうレン君」

 

 

 そして、ふっと右手が柔らかい梨子の手に包まれるのを感じた。それに俺は思わず体温が上がるような感覚を覚える。

 

 

「……本当に手、繋いじゃった……。よし、ごめんね呼び止めちゃって、じゃあ学校行こう?」

 

「お……おう……うん……行こうぜ」

 

 

 ――梨子、お前どうしちゃったんだ? 

 俺は梨子の手を引いて歩きながら、嬉しそうな笑顔でついてくる梨子をちらりと振り返って見てそう思った。

 

 梨子、もしかして友達との罰ゲームの最中なのか? それとも、この後何か無茶なお願いをする為に俺の機嫌をとってるとか? ――というか、それ以外に俺に、こんな事するメリットなんて一切ないはずだ。でも、そうだったらもっと機嫌悪そうにするだろうしなぁ……本当に、どうしてだろう?

 

 そう考えていると、梨子は思いついたように言う。

 

 

「あ……そうだ。レン君、学校終わったら私の家に来て?」

 

「家……どうして?」

 

「うん、よかったら私がレン君の勉強教えてあげようかなって……ほら私、試験とかないし。あと、ピアノの練習するつもりだから、良かったら聞いててくれると嬉しいなぁって思って……ほら、約束でしょ?」

 

 

 その梨子の“約束”という単語に、俺はさっきから梨子の態度がおかしい理由に、ようやく納得を得る。

 

 そうかわかったぞ。真面目な梨子の事だ、俺がさっき、ずっとピアノ聞いてるって言ったのを、本当に言葉通りの意味で受け取ったのか。別に大会とか発表会の時だけでいいのに……全く、梨子はうっかりさんだな。

まぁ、そう思ってくれるのは嬉しいし、梨子のピアノならずっと聞いていたって構わない。だったら、このまま勘違いされてるの悪くないかもな。

そう考え、俺は口を開く。

 

 

「ああ分かった、じゃあ喜んで行かせてもらうよ。ありがとう梨子」

 

「う、ううん、別に……当然だから。じゃあ、また学校終わったらよろしくね、レン君」

 

「おう! 楽しみにしてる!」

 

 

 

 それから俺達は、とりとめのない話をしながら歩いて登校し、一時間目の授業を十五分以上も遅刻して学校に着いた。そして俺達二人は仲良く、お馴染みである生徒指導の筋肉先生から生徒指導室で説教を受けたのだった。

 

――なお、なぜか筋肉先生の説教は梨子だけ妙に優しく、俺が扱いに格差を感じ殴ってやりたい衝動にかられたのは内緒だ。……あのクソゴリラめ、俺の大切な幼馴染に色目使ってんだ、いつかブン殴った上でロリコン教師として教育委員会に訴えてやるからな。

 

 

 

 

 

 ――その後学校が終わってから約束通り俺は、梨子と一緒に家まで行き、梨子に勉強を教えてもらいながら、その合間に梨子のピアノの練習に付き合い演奏を聞いて一日を過ごした。

 

 そして、その翌日も俺は梨子に誘われるままに家に行き、そうしているうちに自然と、梨子の家に行く事は俺の日課に変わってしまう。

 

 そして変化はそれだけじゃない、梨子の態度も最近は妙だ。

 俺が梨子に勉強を教わっている間、問題を解いている時にふっと梨子の方を見ると、梨子が俺の顔をじーっと見つめていて、そのせいで目が合う事が多くなった。

 そして、見ている事に気付かれた梨子はその度に『……ごめん、ちょっと見てただけ』と言い、照れたように顔を背けるのだ。――正直、何をしたいのか意味が分からない。俺の顔なんて見てて面白いのだろうか……?

 

 

 ――そして、何より一番驚いた変化は、ある時から梨子が学校に俺の弁当を作って持ってくるようになった事だ。

 俺はある日のお昼休みに、お弁当を二つ持ってきた梨子を見ながら言った。

 

 

「……えっと……なに、これ?」

 

「……その、レン君っていつもお昼コンビニで買ったもの食べてるから、自分でお弁当作る余裕ないのかなって思って、ずっと気になってて……だ、だから私、今日の朝早起きして作ったの。お母さんに教えてもらいながら初めて作ったから、そこまで自信ある訳じゃないけど、良かったら……その……」

 

「えっ!? 梨子が……?」

 

「…………いらないなら、別に――」

 

「いやそんなしょんぼりした顔しないで! 嬉しい、嬉しいって! ちょっとびっくりしただけ……ありがとう梨子。――じゃあ、折角だから一緒にお昼食べないか? なんだかんだ今まで一緒にお昼食べる機会無かったしさ」

 

「いいの? じゃあ……よ、よろしくお願いします」

 

「あはははっ、そんなかしこまらなくてもいいのに、梨子は変だなぁ」

 

「……む、もう、からかわないでよ。そんな事言うんだったらやっぱりお弁当あげないんだから」

 

「わわっ、ごめん悪かったって梨子」

 

 

 ――と、このような経緯を経て、梨子と一緒にお昼を食べるのも俺の日課に変わった。

 

 

 そんな風に、気が付いたら俺の日常は梨子がずっとそばに居るようになったせいか、俺は自分の内心の大きな変化に気が付いた。

 

 

 

そういえば俺……最近、恋してないな……

 

 

 

 

 そして、俺にとって本当に珍しい事に、そのまま新しく運命の女の子に出会う事もなく、一か月という時が過ぎたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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