初めましての方は初めまして、私は豚汁と申します。
この度、以前から書き溜めていた分を少しずつ投稿していこうと思い、投稿させて頂きました。是非楽しんで読んで頂ければ幸いです。
では、どうぞ――
1話 勇者、愛を求める
人は、何故“恋”をするのだろうか?
道行く人にそんな問いかけをすると、きっと様々な答えが返ってくるだろう。
人は一人では生きられないから。
ずっと一緒に居たい人がいるから。
誰かに恋をすると幸せな気持ちになれるから。
ドーパミンという脳内物質が引き起こす感情的作用だから。
人類の持つ種の保存本能に従った生理的欲求だから。
その数多くある答えの全てが正解で、人が恋をする理由を語るには充分だと俺は思う。
でも同時に、それは口で語るだけの建前なんじゃないだろうかとも思う。
きっと俺を含む多くの普通の人間は、そこまで深く考えずに恋をしているはずだ。
毎朝同じ携帯のアラーム音で目を覚まして一日が始まり。
学校や職場で特に代わり映えのしない一日を過ごす。
授業や仕事の合間の休み時間には、何の変哲もない話題で友人達と
そして学校の授業や仕事が終われば、家に帰って布団に入って寝るだけ。
こんな風に、特別な何かの才能を持っていない普通の人間は、差異はあれど毎日同じような変化の無い日々を過ごしている。
だから人は、そんな日の当たらないような普通の人生に嫌気がさし、変化のない日常に光る何かが欲しくて“それ”を探すのだ。
だから俺は、ハッキリと言ってしまおうと思う。
人は自らの人生に、
■ ■ ■ ■ ■
「お願いします! 必ず幸せにしますから、俺と付き合ってくださいッ!!!」
――ここは東京都千代田区にある、とある公立中学校の校門前。
十二月の寒空の下、俺は朝の登校時間に中学の校門前で待ち伏せ、登校する他の生徒が沢山いる衆人環視の中でも構わずそう叫び、“運命の女性”に全身全霊で告白をした。
ちなみにその運命の女性というのは俺と同じクラスの女子で、この子は三日前に俺の落とした消しゴムを拾ってくれて、明るく微笑みながら俺に消しゴムを手渡してくれたのだ。
俺はその優しい心遣いに一瞬で恋に落ちた、これぞまさしくフォーリンラヴ。
それから俺は三日間その想いを募らせ、ついに今日、告白にと踏み切ったのだ。
そんな俺の告白に彼女は驚いて目を見開き、その場に立ち止まって黙った。
ふっ……この反応は勝ったな、今日の俺は一味違うぜ。この日の為に練習した告白のセリフは完璧、朝早起きしてしっかり決めたヘアースタイルもバッチリ。
間違いない、これならイケる……今日こそ俺は、念願の彼女をゲットだぜ!!
すると、心の中でそう確信する俺に彼女は、表情を全く変えることなく言った。
「あ~ごめん無理、アタシ彼氏いるし」
「――って、嘘ぉ!? 一週間前に聞いた時は居ないって言ってたじゃん!?」
「一昨日出来たばっかりなの、そういう訳だからゴメンね。告白お疲れ様~じゃあまた教室でね~」
「ま……待ってくれぇぇぇーーーーー!」
そう言って、笑顔で手を振りながらその場を去る彼女に俺は必死で呼びかける。
くっ……!
姿が見えなくなって、完全にフラれたと自覚した俺は、ショックでその場に膝から崩れ落ちる。そうしていると、さっきの一部始終を見ていた周囲の生徒からこんな話し声が聞こえた。
「うわぁ……あの男子は勇者か何かなの? 一体どんな精神してたらこんな衆人環視の中で告白できるのよ、恥ずかしくないのかな? ――ってか……誰アレ?」
「――え? 知らないの? 女子に手当たり次第に次々告白してフラれて、でも屈強な精神力で復活してまた次の女の子に突撃する、ウチの中学三年の『恋愛勇者』の噂……それ、アイツのことだよ」
「ああ……成程、
「でしょ、じゃあもう分かったなら行こう? アレに変に関わったら、今度は私達が告白されちゃいそうだし……」
「うわぁ……それ嫌……うん、行こう行こう!」
地面に膝をつく惨めな俺の姿を見て、周囲の生徒は何やらそんな会話をしながらその場を去って行く。自分の事を滅茶苦茶に貶されていたような気がするが、俺はフラれたショックで何も言い返すことが出来なかった。
まったく……『恋愛勇者』ってなんだよ、誰だそんなあだ名考えた奴。
何となく響きはカッコいいけど、まるで恋愛でしか世界救えないみたいで馬鹿にされているような感じの呼ばれ方だ……くそっ、悔しい。
だけど、そう言われてしまうのもすべて俺に彼女が出来ないのが悪い。せめて今の告白が成功していれば――いや、やめよう。もしかしたらの話を考えるほど虚しいことはない。
はぁ、好きな子にフラれちゃった訳だし、もう今日は授業受ける気しないなぁ……家に帰って寝ちゃおうかなぁ……?
俺がそんな事を考えて一人孤独に落ち込んでいると、長いベージュの髪を揺らしながら俺の元に歩みより、肩にポンと手を置く存在が一人。
「おおゆうしゃよ、ふられてしまうとはなさけない」
「……なんだよやめてくれよそれ、俺を慰める気あるのか
まるで、死んで教会に帰ってきた勇者を迎えるような口調の女の子に対し、俺は抗議の視線を送ってやる。
このふざけた口調で俺に話かけている子の名前は、
この子は俺と小学生の時から付き合いがあり、中学三年生となった現在であっても、こうして親しく話すぐらいに交流がある――まぁ、簡単に言うと幼馴染というやつだ。
そんな俺の幼馴染様は、呆れた表情でため息をつくと言った。
「あのね……これがもし一回目の失恋だったなら、私ももうちょっと気を遣うよ?
でも――ねぇ、今フラれたのっていったい、
「え?
「…………おおゆうしゃよ、ほれやすいとはなさけない」
「だからさっきから、その口調やめろって言ってんだろー!」
そう言って俺を呆れたような目で見る梨子に我慢の限界に来た俺は、膝をついていた地面から勢いよく立ち上がって言ってやる。
「いいか、よく聞け! 俺は“勇者”なんて名前じゃねぇ!
俺の名は、
「はぁ……そんなに大声で言わなくても分かってます。レン君みたいに変な幼馴染の名前、私が忘れる訳ないじゃない」
梨子はそう言ってため息を吐きながらも、俺の名前を“勇者”とじゃなく、いつも通り“レン君”と可愛らしく略した呼び方をする。
俺としては“レン君”よりもしっかり“
しかし呼び方は許せても、変な幼馴染だと言われるのは耐えられない。
俺は梨子に言ってやる。
「おい、俺が変な人って言うのには異議を申し立てるぜ。俺は、ただちょっと人より運命を感じる機会が多いだけの普通の人なんだ!」
「……へぇ、じゃあどんな時にレン君は運命を感じるの?」
ふふふ……かかったな梨子め、俺の今日あったばかりの素晴らしい運命を聞けば、俺が出会いの運命に愛された人間であるという事を理解せざるを得ないだろう!
そう心の中で勝ち誇りながら、俺は自信満々に今日あった出会いの運命を語る。
「ああ……耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ。
今日俺はな……朝早く学校来る途中、すれ違ったスーツ姿の女の人と目が合って、なんとその人に笑顔で会釈されたんだよ!
どうだ……これって絶対俺に気があるだろ! 運命の出会いってやつだろ!? こんな風に俺の毎日には、女の子との運命に満ち溢れてるんだよ……分かったか梨子! 分かったら俺の事を普通だと認めて――」
俺がそう言うと、梨子はさらに呆れた様な表情でジト目になりながら言った。
「……ねぇレン君、そんな風に軽く『運命』を語ったら作曲家のベートーヴェンさんに失礼だから謝って」
「おっ……俺の運命を馬鹿にするなぁぁぁーーー!!!」
キレて梨子につかみかかろうとした時、突然後ろから肩をグイッと掴まれて止められる。
誰だと思って振り返ると、そこには赤いジャージ姿で竹刀を片手に持った筋肉ダルマの生徒指導部の先生が怖い顔で立って居た。その姿を見て、俺は顔から血の気がサーッと引いていくのを感じる。
「ほぉ……校門前で告白しているという馬鹿な輩が居ると聞いて来てみれば、
「嫌ァァァァァーーー!!! ま、待って下さい、また反省文ですか先生!? 俺、もう反省文書き過ぎて手が腱鞘炎になってしまいそうです! このままじゃ、女の子に送るラブレターが一通も書けなくなってしまいます!」
「良い事じゃないか、ならばもう二度とラブレターなんぞ書けないような体にしてくれるわぁ!! 喜べ、今日は原稿用紙百枚コースだぁ!!」
「ひぃぃぃぃーー! 梨子ぉ! 助けて梨子ぉ!! 反省文に殺される!! もう俺、今まで書いた反省文の文字数だけでかの名作長編小説のハリーポッ〇ー書けちゃう! ハ〇ポタ書けちゃうからぁぁーーー!!」
先生に肩をガッチリと掴まれ生徒指導室まで引きずられるのに抵抗しながら、俺はわずかな望みをかけて梨子に助けを求める。
頼む梨子助けてくれ……! 普段から真面目で先生達に気に入られてるお前が言えば、何とか説得を聞き入れて貰えるかも……!
そう思って俺が助けを期待して梨子を見つめていると、梨子は頭を下げて言った。
「先生お願いします。どうかレン君に、世間の厳しさを教えてあげてください」
「ああ任せなさい、それにしてもこんなバカと幼馴染なばかりに大変だな桜内君は……君はピアノのコンクールが近いのだろう? 練習頑張れよ、先生は応援しているからな!」
「はい、ありがとうございます先生」
「梨子ぉーーー!! この裏切り者ぉ!! 人でなしぃぃぃーーー!!!」
驚くほどあっさりと梨子に見捨てられ、俺は為す術もなく先生に引きずられて行きながらそう叫んだのだった。
■ ■ ■ ■ ■
そして俺が筋肉ダルマの先生と二人っきりという、地獄の生徒指導室からようやく生還できたのは、二限の終わり頃になってからの事だった。
先生の説教を受ける間に、いつの間にかさっきの失恋のショックを忘れられたのは良い事だったが、それ以外は本当に地獄だった。筋肉ダルマの巨体で威圧されながら、竹刀で脅されつつ書く反省文ほどつらいものは無いぞ、いやマジで。
全く……前時代的なスパルタ教育はやめてほしいよ本当に……。
俺は心の中でそんな愚痴を言いながら、黙って教室に入って自分の席に座った。
「レン君、反省文お疲れ様……少しは反省したの?」
すると丁度今は休み時間のようで、俺の後ろの席に座っている梨子が声をかけてきた。
そんな梨子に俺は、今回の反省文で掴んだ成果を話してやる。
「――反省? する訳ないじゃん。むしろ文章力鍛えられて、次書くラブレターはもっと表現豊かなシロモノに仕上げれそうだぜ! 俺の告白成功率を上げる手伝いをしてくれたんだと思えば、いっそ生徒指導の先生にも感謝したいぐらいだな~」
梨子は俺が全く落ち込んだ様子が無いのに呆れたのか、机に頬杖をつきながら言う。
「はぁ……さっきフラれて落ち込んでたばっかりで、しかもその上先生にもお説教された後なのにもう復活したの?」
「まぁ、俺は切り替え早いのが取り柄みたいなもんだからな~。むしろ先生の説教があったからこそ、余計頭が冷えるのが早くて失恋の痛みを忘れられたぜ」
梨子にそう言いながら俺は、カバンから学校に持ち込んだ便箋と封筒を取り出した。
ちなみに俺のカバンの中には、この二つと筆箱しか入っていない。
――え? 中学三年の受験生なのに授業を真面目に受ける気無いのかって? そんなの、勉強なんて後でなんとかなるから良いじゃないか。
「……何するつもりなのレン君?」
「何って、見ればわかるだろ? 俺の次の“運命の人”に宛てて、今からラブレター書くんだよ。実はさっき反省文書いてる時に結構いい表現が思いついたからな、すぐ形にしようと思って……」
「うそ、もう次の運命の人見つかったの? 早すぎない?」
「いや、別に見つかった訳じゃないんだけどさ、とりあえず書いておこうかなって……だって今から書いておけば、次の人が見つかった時にすぐラブレター送れるじゃん? いわば未来の自分への投資ってやつだよ梨子!」
「はぁ……もう、本当に懲りてないんだからレン君は。ある意味そこまで行くとすごいよ」
反省文を沢山書いたにも関わらず早速ラブレターを書き始める俺に、ついに梨子は呆れを通り越したのか感心したようにため息をついた。
ふふん、ついに梨子も諦めたか。この俺の恋への情熱はたとえ幼馴染でも、先生でも誰にも止められないぜ!
「よっしゃー!
「え、れ、レン君……本当に今から書くの? もう授業始まるんだけど授業はいいの?」
「心配ご無用! 本当にヤバくなったら俺には
「もう……後で後悔しても知らないんだからね」
そして俺はそのまま、三限目の始業のチャイムが鳴って授業が始まっても構わずに、まだ見ぬ運命の女の子に渡すためのラブレターを書き続けたのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「――で、レン君はそのまま四限終わりまでずっと、ノートも取らずにラブレター書いてたの?」
学校の四限が終わったお昼休みの時間。
椅子に座ったまま梨子はそう言って、梨子の席の真横で土下座する俺を責めるような目線で射抜く。
ぐっ……流石に梨子からの視線が痛い……! で、でも俺はここで引けない理由があるんだ!
そんな決心で俺は再度梨子に『お願い』をする。
「そ、そうなんだけどさ……ほ、ほら、さっきの授業終わりに、先生が急に来週の月曜小テストやるって言いだしたじゃん? 俺……今学期始まってから今までロクにノート取ってなくて……だからノート見せてください梨子様!」
「だからそれは自業自得って言ってるじゃない。授業をろくに聞かないで女の子にラブレター書くようなおバカさんには、絶対見せてあげないんだから」
「そんなぁ! ノートしっかりとってる梨子が俺の最期の頼みだったのに! お願い、神様、仏様、梨子様! このままじゃ小テスト赤点取って、補習の授業受けないといけなくなるんだよ~!」
俺はそう言って涙ながらに梨子に頼み込んだ。
ちなみに、補習というのは我が中学で中学三年生の受験生になったら課されるペナルティーのようなもので、各教科ごとに不定期で行われる小テストで赤点を取れば、問答無用で休みの日にその教科の補習を受けさせられるという鬼畜なシステムである。
俺はこれの所為で貴重な休日が潰されるのがどうしても嫌で今、現在進行形で梨子に頭を下げているのだ。
すると、梨子は驚いたように言う。
「え……まさか奥の手って私の事だったの!? だったら残念ね、良いじゃない、補習はレン君にはいい薬よ」
「そ……そんなぁ……リコえも~ん……」
「はいはい、私に四次元ポケットは無いから諦めてねー」
俺の頼みを軽くスルーしながら梨子は、何かのイメージトレーニングをするように目を閉じた。
く、くそぅ……もう無視か……確かに俺にも非があるのは認めるけど、こんなに頼んでるんだからちょっとは見せてくれてもいいじゃないか、梨子のケチ。
「~♪ ~♪」
すると梨子は、鼻歌で何かのメロディーを唄いながら一定のリズムで指先を動かしていた。
何やってるんだ梨子……? あ、もしかして。
「梨子、今やってるのってもしかして、朝先生が言ってたピアノのコンクールの練習?」
そう言うと、梨子は何かを思い出したようにパッと目を開いて俺を見た。
「……そうだ! 朝から校門前でレン君が変な事してたから、すっかり言うの忘れちゃってた。あのねレン君、私今度、前言ってたピアノのコンクールに出られることになったの!」
梨子は妙にハキハキと嬉しそうな様子でそう言った。
確かにそういえば前に梨子が、結構大規模なコンクールだから絶対に出たいんだって言ってたような気がするな……ってか、出場決まったのか、すごいな……流石梨子だ。
そう思って、精一杯祝ってやる気持ちで俺は言う。
「本当か!? おめでとう梨子! あ、でも……結果出したいのは分かるけど、そうして学校の休み時間削ってまで練習するなんて……あんまり無理しすぎるなよ?」
「ううん、ちょっとぐらい無理したいの。だってせっかく出られるんだから、最高の結果を出さなきゃ損じゃない。心配ありがとう、気持ちだけ受け取っておくね」
そう言って梨子は、やる気に満ち溢れた表情で笑ったのだった。
――俺の幼馴染である桜内梨子には、ある一つの特技がある。
それがピアノであり、その腕はわずか十五歳という年で将来を期待されるレベルらしい。
実際に俺も何度も梨子の演奏を聞いた事があるのだが、素人耳にも同世代の子と比べてレベルが違うという事はハッキリと分かるものだった。そして俺自身も、そんな梨子のピアの演奏を聴くのが大好きだ。
だから梨子は、毎日友達と遊ぶわずかな時間すらも削って、ほぼ毎日のようにピアノのレッスンを受けるという大変ハードなスケジュールを送っている。だから俺は、梨子が友達と遊んでいるという話を殆ど聞いたことが無い。
そんな梨子に以前、少し練習で根を詰めすぎじゃないかと思った俺は、肩の力を抜いてやるつもりで
『そんなの彼氏できたらろくに遊べないじゃん、ちょっとは休めよ』
――と、冗談交じりに言った。
するとやたら不機嫌な表情になった梨子に『私をレン君と一緒にしないで』と言われて怒られ、それから俺は梨子の練習量の件に関してはあまり口を出さないことにしたのだった。
でも、こうして僅かな休み時間ですらも削って練習をしている梨子を見ると、やっぱり根を詰めすぎなのじゃないかと俺は思わずにはいられなかった。頑張り過ぎたせいで、体調崩さないと良いんだけど……。
俺がそんな心配をしていると、梨子は言いにくそうにしながらも、ゆっくりと口を開いてこう言った。
「あの……だからね、そのコンクールがね、来週の土曜日にあるんだけど……その……良かったら、レン君も来てくれる?」
――出た、この謎の梨子の問いかけ。
こんな風にして、コンクールがある度に毎回梨子は何故か決まって俺に、暇だったら来てくれないかと申し訳なさそうに頼んでくるのだ。
全く……梨子ぐらいのピアノの腕だったら、そんな自信なさそうに言わなくても、ちょっとは『私の演奏を聞け!』って感じで、自信満々に誘ってもいいのに……しょうがない奴だな。
そう思い、俺は梨子に親指を立てながら笑顔で言ってやる。
「――え? 今更何を言ってるんだよ梨子! 俺が梨子のピアノの発表会に行かない日あったか? 当然今回も行くに決まってんじゃん! だって俺、梨子のピアノ大好きなんだぜ?」
補習に費やされる休日なんてまっぴら御免だが、梨子の為に費やす休日なら大歓迎。梨子のピアノの演奏を聞けるならなお最高。俺は笑顔で梨子にそう言ってやった。
すると梨子は、さっきまでの不安な表情が嘘だったかのように、パァッと明るい表情に変わった。
「……うん、ありがとうレン君。じゃあ私、来てくれるレン君の為にも演奏頑張るね」
梨子はそう言って満足そうに笑った。
俺はそんな上機嫌な梨子を見て好機だと思い、再度同じお願いをする。
「じゃあ……梨子様。そんな梨子様のコンクールに行く俺の貴重な土曜日が、赤点追加の補習で潰れないように、是非ともご慈悲を頂きたいのですが……」
その俺のお願いに梨子は少しだけ悩んだ後、やれやれと言った表情で口を開く。
「……もう、分かりました。今回だけだからね」
「やったー! リコえもんありがとう!」
そう言って俺は梨子に差し出された、もうこれで通算十回目を越えた『今回だけ』の梨子のノートに嬉々として飛び付いた。
ふふふ……何だかんだ言って最後には俺に甘いんだって事、お見通しなんだぜ梨子……。
「もう……私が居なかったら、レン君きっと今頃どうなってたんだろうね?」
そんな調子の良い俺を見て、ちょっぴり嫌味を言うように軽く拗ねる梨子。
でも実際、かろうじて俺が全教科赤点を逃れられているのは梨子のお陰だったりするからお礼は言うべきだろう。俺はそう思って両手を合わせて梨子を拝む。
「いやぁ……本当だよ、いつもありがとう梨子。梨子が居なったら俺、毎週のように赤点補修受けてたよ」
「もう、自覚あるんだったら、明日から真面目に授業受けてよ」
「はーい。あ……でも、これから梨子のノート見せてもらえるんだったら、もっとラブレターに割く時間増やせるよなぁ……」
「あ、そんな事言ってる人には、やっぱり貸してあげませーん」
「ああっ、ゴメンゴメン冗談だって! まったく……冗談が通じない真面目さんなんだから梨子は」
「ふふっ……そんな冗談を言うレン君が悪いんだよ」
梨子はそう言って楽しそうにクスクス笑う。
そんな梨子を見ていると俺は、朝から女の子にフラれたり先生に怒られたりした嫌な記憶が何処かに飛んで行ってしまうかのように、気持ちが和らいでいくのを感じる。
――ああ、やっぱり梨子と話していると落ち着くなぁ。
俺はしみじみとそう思った。
実は、俺はいつも言葉にはしないが、梨子がこうして俺と仲良くしてくれているのに感謝していたりする。
なぜなら俺は、ほぼ毎週のように校内で女の子に告白しているところを目撃されている所為か、クラスの中で浮いた扱いを受けている。
それは別に嫌われているという訳じゃないし、無視されてイジメを受けているという訳でもない。
だが、俺が誰に話しかけても、みんなはまるで日曜日に家に来たセールスマンを相手するかのように、早々に話を打ち切って何処かに去って行くのだ。
だからクラス内での俺の扱いは、『見ている分には楽しいから放っておこう』という、半ば他人事のような感じで放置されていた。
そんな俺に、学校で親しい友達と言える存在など梨子以外にいる訳がなく、勉強がわからない時に頼れる相手も、こうして親しく話せる相手も梨子以外には居ない。
――でも、別に俺は一人でいるのが辛いという訳でもない。
それに、こういうのは自分で言うのもなんだが、俺は己の感情に正直に生きている人間だという自覚がある。
だから、そんな正直に生きた行動の結果で『恋愛勇者』なんて変なアダ名をつけられ、クラスで自分が避けられるような扱いをされて、文句は言いはしてもそれは仕方ない事だと納得している。
しかし、それでもフラれて落ち込んでいる時に、何度でも呆れながらに励ましてくれる存在がいるというのは、それだけでも俺にとって心の救いになっていた。
だから俺は、梨子にとっても感謝している。
例え梨子が本心では俺の事を嫌っていて、幼馴染として放っておけないという義務感だけで仲良くしてくれているのだとしても、それでも俺は梨子に感謝の言葉以外にないのだった。
だから俺は、梨子にずっと―――
そう思って、俺は梨子に笑いかける。
「……? ねぇレン君、急に笑ってどうしたの?」
「いや、梨子みたいに優しい奴が俺の幼馴染で、本当に良かったって思っててさ」
「えっ……きゅ、急にどうしたの? そんな変な事言って……」
そう言って、梨子は照れたようにそっぽを向いた。
そんな梨子に、俺は続けて言う。
「変な事じゃないって、俺本当に梨子には感謝してるんだ。今もこうして仲良くしてくれたり、色々助けてくれたりしてさ……俺きっと、冗談でもなんでもなく、梨子が居なかったら生きてけないよ」
「そんな……言い過ぎだよレン君、私そんな大したことしてないよ」
「いや、大したことしてる!」
そう言って俺は、真剣さが伝わるように机の上の梨子の両手を握り、真面目な表情をして梨子の方に顔をズイっと寄せ、彼女の綺麗な
「え……えええええっ!?」
すると梨子は、ボフンと湯気が出る効果音が出そうな程に顔を真っ赤にして、目を驚きで見開らかせる。
そんな狼狽した様子の梨子に構わず俺は、自分自身のありのままの気持ちを正直に伝える。
「あのな、梨子……だから俺は――」
「ま……ままままままま待ってレン君! こっ……心の準備させて!」
すると梨子は慌ててそう言って俺の手を振りほどき、両手で赤くなった自分の顔を抑えながら、「や……やった、ついに……」「で、でもなんで今? 恥ずかしい……でも……」――などと、そんな意味のわからない呟きを小声でブツブツと呟く。
そしてしばらくした後、深く深呼吸をして背筋をピンと伸ばし、まるで何かの覚悟を終えたような強張った表情で梨子は俺を見据えた。
「よし……い、いいよレン君。い、いつでもどうぞ」
「あ、ああ……なんかよくわからないけど、言っていいなら続けるぞ?」
「は、はい!」
梨子がさっきから様子が変だが、それを気にせずに俺はハッキリと言う。
それは、今の俺のありのままの本心だった。
「だから梨子……ずっと俺の傍に居てくれ! ――
「は、はい! …………って……え?」
すると梨子は、何故かさっきまで明るかった表情から一変、呆然としたように俺を見た。
あれ……もしかしてダメなのか?
俺は心配になって言葉を重ねた。
「え……? だ、だってさ……こうして幼馴染だから俺は梨子にとんなことでも気楽に相談できるし、梨子も俺の相談に乗ってくれるだろ? こんなの、普通の友達じゃあ絶対に無理だよ。
だから、ずっとこんな関係で高校や大学に行っても――いや、たとえ大人になってもずっと、梨子とはこうして一緒に居たいって思ったんだ! だから……ダメかな?」
俺がそう言うと、梨子の表情に一瞬影が差したように見えた。しかしそれが一瞬見えた錯覚かのように、次の瞬間には梨子は明るい笑顔になって言った。
「……うん、いいよ。レン君がそう言ってくれるなら、私はずっと幼馴染でいいよ」
「本当か梨子! ありがとうー!」
俺は梨子の笑顔に俺は若干引っかかるものを感じたが、でも大したことじゃないだろうと思って気にせず梨子の手を取って笑う。
こうして俺は今日も、梨子と過ごすいつも通りの学校での一日を終えた。
――俺にとっての
ここまで読んで頂きありがとうございました。
察しの良い方はもうご存知の通り、恋虎君のキャラはボカロ曲の『恋愛勇者』という曲を参考にさせて頂きました。この曲はもう今となっては昔の曲になってしまったかもですが、私個人としては今でも大好きな曲ですので、興味のある方は是非聞いてみてください。
しかしあくまでも参考にしただけなので、もし恋虎くんのキャラが曲のイメージと違っている所があったとしても、それは仕様だと思って頂けると嬉しいです(懇願)
では、もし良ければまた次回お会い致しましょう。ではでは……
PS
更新予定や活動報告をTwitterで呟いています。
@kingudmuhatu