「やあ、カネキくん。調子はどうだい?」
この人か。僕が喰種になったのは。この人のせいなのか?
「何を企んでいるのですか?何故・・・僕が・・」
「そのことについてだが、君はまだ若く助かる見込みもあった。しかし肉体の欠損が激しく、喰種の臓器を移植するしかなかったんだ。おっと、紹介が遅れたね。私の名前は【嘉納 明博】ここの病院で医院長をしている」
「僕はCCGの捜査官です。何故よりによって捜査官の僕に・・・こんな・・仕打ちを・・・・」
僕は泣いていた。これから降りかかる災難や非難、世間の目、様々な思惑があった。そしていつか自分も駆逐されてしまうかもしれないという恐怖心。
「捜査官だからさ。君には可能性を秘めていると感じていたのだよ。結果は大成功。RC値も安定し怪我も完治しているだろ?」
嘉納に言われるまで気づかなかった。僕は既に完治していたのだ。土手っ腹に風穴を開けられたというのに・・・本当に僕は化け物になってしまったようだ。
「さて、喰種になってしまった君に対しCCGの仲間たちはどう思うだろうね?僕と手を組むか、それとも・・・」
それとも、駆逐される・・・か。僕に選択の余地など、初めからなかったようだ。
「・・・分かりました。」
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それからというもの、検査や薬漬けの日々が続いた。永遠とも言えるこの時間は、1分が何億光年のように感じるほど長く・・・苦しかった。
「ぐぼぼばばげばあばばああがが・・やめ・・・おねがばだがぁあだあああああああがだばやだ」
「再生能力を確かめているんだ。私もこんなことはしたくない。」
嘉納という医者は狂っている。最早医者ではなくマッドサイエンティストと呼んだ方が適切だ。
欠損した部位が再生したらまた切り込む、捻る、潰す・・・有りとあらゆる方法で、彼は僕を痛めつけた。
本当にこんなことをして何になるのか、僕には到底理解できなかった。彼が僕を喰種にした真意すら・・・
「食事の時間だよ。カネキくん。」
出された物は『人肉』。喰種はヒトしか食べることができない。けど、僕がいくら化け物になろうと、心までは化け物にはなれない。人間としての誇りがある。
「もう何日も食べていないね。このままでは死んでしまう。赫子すらまだ出せていないというのに。」
・・・
・・・
・・・
翌日から嘉納のやり方は変わった。今までの比ではない方法で。僕を鍋の中の野菜のように、じっくり・・じっくり・・痛めつけた。
精神的にも体力的にも空腹も限界を迎えていた。この無意味な拷問に堪え兼ね、僕は初めて『食事』をしてしまった。
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4区 CCG支部局
20区の対【大喰い】から2週間が経ち、未だにCCGは足取りを掴めていない。
それ以上に【大喰い】と遭遇及び戦闘を行なった櫻井上等の殉死、そしてカネキが行方不明とされていた。
彼らの通信が途絶え、20区の捜査官が捜索した時には変わり果てた櫻井上等の姿だけがあった。
現場に残された血痕からDNAを採取。カネキと思しき血液も確認され、もう20区支部局ではカネキは殉死と断定されていた。
納得できない。証拠不十分だろ。それにあの現場には連日報道されている鉄骨事故があったらしいじゃないか。カネキが戦闘中に巻き込まれてしまったなら、病院に搬送されるか訃報を病院側から受けるに決まっている。CCGは何か隠蔽でもしているのか?
「永近、どうしたそんな難しい顔をして?」
「江南さん、なんでもないっすよ!今日の晩御飯何かなーって考えてただけっす!」
顔を上げると俺とコンビを組んでいる【江南 楽助】准特等が心配そうに声を掛けてきた。きっと江南さんも俺とカネキの関係性から気遣っているのだろうな。
「そうか、ならいい・・・引き続き【カマキリ】の調査だ。」
「うっす。」
俺は今【カマキリ】と呼ばれる喰種の捜査に当たっている。そいつは鎌のような2本の赫子を持ち、最近4区に現れた喰種だ。
カネキのことも考えなければいけないが、俺は4区の捜査官。20区は管轄外だから非番の時しか捜査できねえな・・・
聞き込み調査の間喰種との戦闘。アカデミー主席の俺はある程度の喰種なら太刀打ちできる。江南准特等もいるから余裕だな。
「永近、今日のところはここまでにしよう。局へ戻って報告書の作成だ。」
「げっ、報告書とか面倒っすよー・・・」
「捜査官の義務だ。ちゃんとやらないと出世できないぞ?親友、探したいんだろ?」
「江南・・・さん・・・」
江南さんには筒抜けだったって訳か。俺は少し微笑んで「じゃあ俺の報告書も手伝ってくださいね」といつも通りの軽口でいつもの調子を取り戻した。
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「ぐああー疲れたあー」
「お疲れ永近、今日はこの辺で・・・また明日な」
「お疲れ様っす!・・・さてと・・」
俺は20区へ向かった。無論カネキを捜索するために。
藁をもすがる思いで必死に現場や周辺調査を繰り返した。その結果1つ『情報』を得ることに成功した。
【嘉納総合病院】
そこで【ピエロ】が出現した・・・と。
きな臭いな。事件現場から【大喰い】の遺体も、カネキも消えたとなると・・・何が狙いなんだ。だがカネキを拉致したってメリットなんてないはずだ。CCGの内部事情なんて新米の俺らには分からない。
とりあえず、潜入してみますかな。
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おかしい、こんなすんなり潜入できるものなのか?警備員が1人もいないって絶対罠だろ。むしろ誘われている。でもカネキのためだかんな、その誘いに乗ってやるよ。
更に俺は奥へと進んでいくとそこに【第一研究所】と書かれた部屋が存在していた。一応しらみつぶし慎重に探ってみますかな・・・
軽い気持ちで部屋に入ると・・
「カ・・・カネ・・・・キ・・・」
目を疑った。そこには親友の変わりはてた姿があった。カネキは鎖で両腕を釣り仕上げられ、至る所に痛々しい傷がある。
「おい!カネキ!!大丈夫か!?」
「ヒ・・・デ・・また・・げん・・・かく・・か」
「ちっげーよ!とにかくこんな所早く出るぞ!」
「ダメだ・・ヒデ・・・でちゃ・・ダメ・・だ」
「何言ってんだよ!こんな傷だらけで・・・は?・・」
カネキをよく見てみると傷が徐々に癒え始めていた。それも人間ではあり得ないスピードで。
「お、お前・・赫・・眼・・・」
「ごめん・・・ヒデ・・・僕、喰種に・・・」
訳がわからなかった。カネキとは小学生の頃からの付き合いだ。ついこの間だって一緒に飯食いに行ったんだぞ?喰種なわけねえ。
「おいおい冗談キツいぜ?ドッキリか?ドッキリってやつかこれ?」
「はは・・・僕もそれだったら・・よかった・・のに・・」
「嘘・・・だろ・・・」
「本当だよ。カネキ君は喰種になったんだ」
声のする真後ろへ体ごと顔を向ける。そこには初老の医者らしき姿の男がいた。
「あんた・・嘉納明博か?」
「ははは。自己紹介が省けたね。私は君の言う通り、嘉納明博だよ。」
「カネキに何をした・・・」
「だから言っただろ?彼は喰種になったんだ」
つまり、こいつがカネキを喰種にしたってことか?だが人工で喰種を作ることなんて可能なのか?
「困惑しているね。どうやってカネキ君を喰種にしたかと考えているんだろ?簡単さ、喰種にあって人間にない臓器の移植だよ」
はっ・・・まさか・・【赫胞】を移植したっていうのか・・!?
「仮にあんたの言う通り、赫胞を移植したからって喰種になるとは考えられねえ」
「そうだね、君の言う通りだがそれはあくまで確率論なのさ。カネキ君はね、選ばれた人間なんだよ。まあ人間ってのは過去形なんだけどね」
こいつ!!
俺は完全にキレた。持っていたクインケケースに手を掛けクインケを起動して襲い掛かる。
「カネキは人間だああああああ!!」
ザシュッ!!
音だけが聞こえた。
しかし嘉納に届く前。
この音は、嘉納から出た音でもクインケから出た音でもない。『俺』からだった・・・
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永近!永近!!
あっれ、何か遠くの方から声が聞こえんな。ああ思い出した、俺なんかいきなり切られたんだっけ?ていうか切られたのかすらも分からん。
「永近!!」
「・・・・あれ・・江南・・・さん・・・?」
「大丈夫か?昨日病院に搬送されたんだぞ?何があったんだ?」
う、頭と脇腹あたりが痛え・・・そうだ、昨日のことを話さないと。・・・
「カネキが・・・」
「カネキ君?永近の親友のことか?彼がどうかしたのか?」
「カネキが嘉納明博っていう医者に捕まったんです・・・そこで・・カネキは・・・」
「おいおい、何言ってんだよ永近。カネキ君ならほら、そこにいるじゃないか。」
は・・・・
「ヒデ、大丈夫?」
誰だよ・・お前・・・
俺が夢でも見てたってことか・・・?
あの出来事は全部夢?でもこの傷はどう説明付ける。訳が分からない。
「ヒデ、心配かけてごめん。僕も負傷してしばらく意識がなかったんだ。それに僕は身寄りがないから、どこにも病院側も連絡できなかったみたいで・・・」
そんなこと有り得るのか?なんだよ・・・それ、訳分からねえよ・・・
・・・
・・・
・・・
『おはよう、永近くん。君も大成功だ』
遠くで、悪魔の囁きが聞こえた。
次回もよろしくお願いします。