この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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抱えた小膝に幻想を

 

 

 

 

 

未踏階層への長期遠征を明日に控えた今夜、私はホームの中庭で膝を抱えて虚空を眺めていた。

私の不安とは裏腹に、夜空から降り注ぐ星の光はいつものように暖かい。

 

前回の遠征時にはあまり力になれなかった。それどころか、アイズさんやティオナさん達前衛の足を引っ張ってしまった。

そんな嫌な記憶を忘れるように、ただ、自分の力に変えるように、私は手のひらに力を込める。

 

あれからダンジョンにも沢山潜ってきた。

鍛錬だって怠らなかった。

知識や魔法も随分と幅を広げた事だろう。

 

それでも…。

 

それでも遠征前夜とは緊張するものなのだ…。

 

「…っ、大丈夫…、私なら出来る…」

 

そう小さく呟くも、私の震えた声を拾って抱き締めてくれる人は居ない。

普段ならこんな夜分遅い時間でも、アイズさんが中庭で鍛錬に励んでいるのだが、さすがに今日はその姿を見せなかった。

 

アイズさんの顔を見れば安心できると思ったのに…。

 

そういえば、以前にここで、アイズさんと戦闘訓練をしたカズマさんが、ドレインタッチと脛蹴りを駆使してアイズさんを倒したんだっけ…。

 

…いやいや、どうやったらレベル3のあの人がレベル5のアイズさんを倒せるのよ…。

 

彼は恩恵も無い時にミノタウロスを倒したと聞く。

 

さらにはレベル1の際には私を助けながらゴライアスを倒した。

 

そして、ティオネさん曰く、オブシディアン・ソルジャーの群れを瞬殺したとか。

 

もっと言えば、あの豊穣の女主人で働くリューさんをイジメて泣かしたと…。

 

「…さすがカズマさんです。破天荒な噂が後を絶ちません…」

 

そんな彼も、今回の遠征メンバーに選ばれたらしい。

ロキ・ファミリアへ入団した数ヶ月で遠征メンバーに選ばれるのは異例のことだ。

それもまぁ、1人で散歩感覚に深層へと赴く彼ならあり得ない話じゃないのだろう。

 

でも…。

 

それでも感じてしまう。

 

彼と私との間に広がる大きな差。

 

劣等感なんて仲間に抱いてはいけないと分かってる。

それでも、彼の異様な成長速度と探索技術には羨ましいとさえ思う()()()を感じてしまうんだ。

 

最近また新しい魔法を覚えたと聞く。

 

それは凄まじい魔力を誇り、まるでこの世の全てを奪い去っていくような詠唱と共に発現する水の大魔法だとの噂だ。

…。

 

「……私…、才能無いのかなぁ」

 

そんな小さな弱音。

こんな言葉は誰にも聞かれるわけにはいかない。

聞かれるわけにはいかないと、思っていたのに…。

 

「ん?なに?才能?」

 

「ぬぉわっ!?」

 

彼はいつも突然現れるから。

 

「…ど、どうしてカズマさんが!?」

 

「強敵が居てな…。そいつを屈服させるのに時間が掛かって今帰ってきたんだ」

 

強敵、屈服させる。

彼の言葉の節々に、絶え間ない努力と強さを感じ取る。

 

…こ、こんな時間までダンジョンでモンスターを狩っていたなんて…っ。

 

「あ、明日は遠征ですよ!?ちゃんと身体を休めなきゃダメじゃないですか!」

 

「バカ。遠征前だからこそだろ。…最期になっても悔いは残したくないからな」

 

「…っ!」

 

悔いを残したくない。

それは私だって思っていることだ。

だから鍛錬を続けてきたし、血を吐く努力を積み重ねてきたのに…。

それでも、私の努力は彼の努力の足元にすら及ばないのだと突きつけられた。

 

「…次回は…、私も連れて行ってください」

 

「へ?」

 

「…私も頑張りたいんです…っ!私も、ダンジョンへ…」

 

「……ん?ダンジョン?」

 

「…はい」

 

「俺、ダンジョンなんて行ってないよ?」

 

「……ほぇ?」

 

彼は驚いたように私を見つめ、何を言ってんの?と小さく呟く。

 

「イシュタルんトコの歓楽街に行ってたんだよ?」

 

「……」

 

「いやさ、そこのサミラっつう強気なアマゾネスをな、ドレインタッチで弱らせてから陵辱してやったんだけど、意外にあいつも踏ん張るから時間が掛かったんだよ」

 

「……」

 

「…今度、レフィーヤも行く?」

 

「行くわけ…、行くわけねえだろうが愚図野郎がぁぁぁぁあ!!」

 

「ぐわぁぁぁ!?」

 

 

 

……

.

 

 

 

で、頬に真っ赤な紅葉跡を残したカズマさんと、怒り狂って最大火力の魔法を詠唱しかけた私は並んで座って夜空を眺める。

 

「……」

 

「……」

 

お互いに無言である。

りんりんと鳴る虫の鳴き声ばかりが辺りを支配していた。

 

「…なんで殴られたんだ俺。レフィーヤが勝手に勘違いしただけだったのに…」

 

「カズマさんに言論の自由はありませんから」

 

「あらら。遂に人として最低限の権利すら奪われちゃったよ」

 

いじける彼は地面の草をむしって、それを結び合せるや小さなブレスレットを作る。

……っ!な、なんだその完成度は!?

なんで片手間にそんな物が作れるの!?

 

「……あの、新しい魔法が発現したらしいですね…」

 

「ん。なんだ、ティオナに聞いたのか?」

 

「はい…」

 

「明日の遠征中に見せてやるよ。間違いなく驚くぞ」

 

そう言いながら、カズマさんは出来上がった草のブレスレットを私の手首に巻き付けた。

そんな突発的な行動に、少しだけドキってしてみたり…。

 

「御加護があるブレスレット。明日の遠征でレフィーヤが怪我なく帰ってこれるように」

 

「…っ、あ、ありがとうございます」

 

適当に作った草のブレスレットに、そんな御加護が付与しているわけないじゃないですか、と思いながらも、本当に御加護があるように、そのブレスレットはカズマさんの体温が伝わるように暖かい。

 

「…あの、カズマさんは、明日の遠征…、怖くないんですか?」

 

「ぷーくすくす。もしかしてレフィーヤ、ビビってんのか?」

 

「んもぉー!茶化さないでくださいよ!」

 

「…レフィーヤ、こっちおいで」

 

「っ!」

 

いつものように笑っていたカズマさんは、少しだけ真剣な顔になり、私の事をヒョイっと持ち上げ、胡座で座る自らの膝元に置いた。

 

背中から抱きしめられるように、カズマさんの体温が私の全てを包み込んだ。

 

「…温いな。やっぱりヤリマンのアマゾネス供とは違うよ」

 

「おまえ少しは空気読めよ。…って、な、なんなんですかカズマさん!セクハラで訴えますよ!」

 

「ええやんええやん。って、ロキなら言いそうだけどな」

 

「…っ、そ、そうですけど…」

 

背中から聞こえるくすぐったい声に、少しだけ故郷の両親を思い出す。

そうだ、カズマさんの優しさはママの優しさに似てるんだ…。

 

「…行ったことの無い場所に足を踏み入れんだ。もちろんフィン達だって内心ではビビってるはずだ」

 

「…っ」

 

「レフィーヤだけじゃないと思うぞ?…怖いと思うのは自然な事だし」

 

ぽつりぽつりと、彼の言葉が私の胸を突いた。

 

「それに、まだロキしか知らない事だが、俺もこの前にレベル5になったんだ」

 

「っ!…じょ、冗談ですよね?」

 

「さぁな。…フィン達も居るし、アイズ達も居る…、それに、俺も居る…。レフィーヤ、俺の悪運の強さはおまえが一番知ってるだろ?」

 

思い出すのはゴライアスとの戦闘。

レベル1の彼が、奇跡的にもゴライアスの攻撃や、崩れ落ちる瓦礫を避け続けていた光景だ。

 

「守ってやるよ。()()()()()()もあるしな」

 

「…か、カズマさん…」

 

いつもみたいにチャラケない彼の言葉を聞きながら、私は震える身体を精一杯にカズマさんにくっ付けた。

 

明日からの遠征はすごく怖いし、不安だし…、でも、近くにこうして私を思ってくれる人が居る。

団長達や、アイズさん達、それにカズマさん…。

私を守ってくれる。

でも、私にも彼らを守る力がある。

 

だから。

 

守られるだけの弱い私は今日でおしまいだ。

 

弱い私は、この温もりを感じている間だけ。

 

 

明日から、きっと…。

 

 

 

「私も…、私も皆さんを…、か、カズマさんを守ってみせます!」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

遠征当日。

俺は重たい瞼をむりやり開け、怠い身体をベッドから起き上がらせる。

軽くため息を吐きつつも、窓の外に快晴が広がっていることに安堵した。

遠征だなんて面倒事の初日に、雨になんか降られちゃったらテンションが上がらないしな。

 

「…ぅぅ。行きたくない。そもそも目的が分からない。なんで未踏の階層に行く必要があるの?なに?これって、100層に到達しないとクリアできないデスゲームなの?」

 

と、自室で呟かれた俺の長い独り言にーー

 

「…理由なんて、無いよ。…私達は冒険者だもん」

 

アイズが答えた。

もう一度言おう、ココは俺の部屋だ。

 

「…何かを求めて冒険するんじゃない。冒険に何かを求めるの。って、フィンが言ってた」

 

「…あいつなら言いそうだな。で?アイズはなんで俺の部屋に居るの?夜這いなら遅すぎるぞ?」

 

「…カズマは逃げるから」

 

「ぐっ…。ほ、ほぅ?随分と信用が無いな?仲間を疑うなんて愚の骨頂だぞ!!」

 

そう俺が叫ぶと、アイズは自らの背中に隠していた物を俺に見せた。

 

「…っ!そ、それは…っ!?」

 

「ディアンケヒト様の作成したカズマの診断書…」

 

「お、おまえ……」

 

「いんふるえんざにより遠征は不参加とすること、って書いてある。…よく分からないけど、これは嘘。アミッドさんにも聞いたから」

 

…っく、くそがぁぁ!!

浅はかっ!

溜息が出るほどに浅はかっ!

 

俺がこの日のために作っておいた嘘診断書を見抜かれるとは…っ!

 

俺は体調不良を訴えれば、フィンも遠征メンバーから外してくれると思った。

そのために、ディアンケヒトさんに多額の金を支払って診断書を作成したってのに…っ!

 

なんたるっ!

 

なんたる死角っ!!

 

 

「っ!戦争だよ…っ!ルールが無けりゃ、こんなもん戦争同然だろ!!」

 

「…見破られるカズマがカス同然なだけ。…早く来てね。私とカズマはペアだから…」

 

と、アイズはその艶やかな肌に嘲笑を浮かべながら、俺の部屋を後にする。

 

 

「お、おい!待てよアイズ…っ!」

 

「…なに?」

 

「…この事…、レフィーヤには言うなよな!?」

 

「……」

 

 

 

………

……

.

 

 

 

「で?アイズにその浅はかな考えを見抜かれて、カズマはそんなに怒ってるんだね?」

 

「おうフィン。おまえも俺をバカにする気か?クズにはクズなりのプライドがあるんだぞ?」

 

「ふふ。バカにはしていないさ。ただ、その悪知恵を遠征中にも役立ててくれ」

 

バベルの塔を目前にした噴水広場で、遠征を直前に控えたロキ・ファミリアがざわざわと集まる中、めざとく俺を見つけたフィンはニコニコと俺の顔を見つめ続けた。

 

「…ていうか、俺、ここに居る奴らのほとんどと絡んだ事無いんだけど…」

 

「あはは。それじゃあ遠征中に仲良くなるといいさ」

 

「子供じゃねえんだよ!…俺が言いたいのは、こいつらと連携なんて取れる自信が無いってことだよ」

 

「あぁ、それなら問題ないさ。君はアイズと一緒に前衛へ居てくれれば良い」

 

「なるほどね、アイズに守ってもらいながら魔石を独り占めすりゃ良いんだな?」

 

「違うよ…。ただ、アイズもファミリア内での連携に弱いからね。君が彼女の手綱を握ってくれ」

 

「…ふむ、あいつコミュ障だもんな…」

 

俺の言葉に笑顔を浮かべつつ、フィンは遠征のルールを軽く説明してくれた。

魔石類は平均分配だが、ドロップアイテムは獲得した者に、など…。

あと、野宿中に下世話な行いをしちゃいけないだとか。

 

まるで小学生の遠足前に先生から教わるルールのように、フィンは軽い感じで説明していった。

 

「…あと、無駄な物はできるだけ置いていってくれよ?」

 

「…な、なんだよ」

 

フィンが俺のバックパックをちょんちょんとつつく。

 

「お、おい!これはリリから貰った大事なリュックだぞ!穴が開いたら弁償してもらうからな!」

 

「…サポーター顔負けなリュックを持って来ないでくれよ。…まさかとは思うけど、変な本とかは入っていないだろうね?」

 

入ってますよ。

そら入ってますよ!!

数週間も薄暗いダンジョンに潜るんだから、精神的な回復薬だって必要だろうが!!

 

 

「…主に参考書や資料が入ってます」

 

 

「……没収だ」

 

 

 

 


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