前例の無いこと尽くしやな…。
ウチは1人になった神室で、奴のステータスを書き写した羊皮紙に目を通す。
そこに記されたレベル、スキル、魔法は、たかだか冒険者を始めて数ヶ月のヒューマンが成り得るものではない。
アクシズ教に関わったヤツは頭が狂ってるわ。
なんやねん、レベル5って。
それと
ついでに花鳥風月なんて魔法も聞いたことないで…。
「……」
更新後に、レベルアップと、新スキル、新魔法の発現をカズマに伝えると、ヤツは落ち着き払った顔付きで、どうせ大成しないスキルだろ、と腐した。
…まぁ、たぶんそうやけど、ちょっとは喜べや。
てか、どないな事をしたらレベル5に飛び級できんねん。
ウチは親として子の事を知る義務がある。
そう言って、カズマに最近の動向を伺うと。
ーー昼は豊穣の女主人で飲んでた。
…ダンジョン行けや。
ーー夕方は繁華街でイシュタル・ファミリアにお世話になってた。
…ダンジョン行けや!
ーー夜は深層で試作品のテストをしてた。
…1人で深層行くなや!!
ーーそこで頭の狂った猪男を爆破して、腹が減ったから帰ってきた。
……ちょっと待て。
ちょっと待ってくれ。
その頭の狂った猪男って誰や?
まさかとは思うが、最近噂になってるオッタルの陥落と関係してるんとちがうか?
てか、オッタルの事とちがうよな?
流石にカズマの悪運がどれだけ強かろうと、都市最強のレベル7を倒せるわけないよな…。
でも、オッタル陥落の噂とカズマの話は時期的にも内容的にも辻褄が合ってる…。
それにレベル5への飛び級…。
…オッタルやん。
完全にその男はオッタルやん!!
暫しの熟考後に、ウチは部屋を出て行くカズマの背中に命令まがいの約束を投げ掛けた。
ーーーカズマ。レベルアップの件は少しだけ伏せておこか?
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
レベル5に昇格した翌日。
なぜだかレベルアップについての公表をまだ行わないとのロキの進言に、俺は断る道理もない為に従った。
あのロキの表情。
子を見守る親のような憂いさ。
…わかってるさ、ロキ…。
「…次の飲み会で大々的に発表して、あいつらを驚かせる気か…」
やっぱ分かってるよなぁ、ロキは。
こういうのって、隠して隠して隠して、適した場でサプライズ的に発表するのが気持ち良いんだよなぁ。
くぅーーっ。驚くアイズの顔が容易に想像出来るぜ!!
そんときは、俺の新しく出現したスキル、
「…くっくっく。そうと決まれば練習だな」
これに気がついたのは昨夜、何の気なしにけん玉をしていた時だった。
けん玉において、穴と棒の出し入れを研究していたところ、普段なら絶対に成功するはずの無い大技が見事に決まったのだ。
まさかと思い、その後も次から次へと大技を成功させ、俺の疑念は確信へと変わる。
…そう、このスキル…。
ダンジョンでは全然役に立たんが、宴の席では重宝される!!
部屋にはカコン、カン!カコン、と、けん玉を弾く音だけが虚しく鳴り響く。
よっ、ほっ、てぃ!
うん…。
「…よし。レフィーヤに見してやろう」
……
…
.
応接間、大広間、中庭と、普段ならレフィーヤが居るであろう場所へ向かうも、そこにレフィーヤの姿は無い。
いつもなら、小さな身体でちょこちょこと鍛錬を行なっているのに、今日はどこにもその姿が見つからないのだ。
ダンジョンか…?
と、思っていると
「ん?あれー?カズマじゃん。昼間から飲んでないなんて珍しいね」
「む?胸が無い…、ティオナか?」
「その覚え方やめてよ!」
ぐわぁーーと、両手を振り回して怒るティオナはポコポコと俺の肩を叩く。
痛い…、痛いっ!
レベル5の戯れはすごく痛い!!
「痛っ!お、おま、ちょっ!痛いっつってんだろうが!?」
「痛い!」
お返しとばかりに俺も髪を引っ張ってやると、ティオナは涙目になって叩く事をやめた。
「ぁぅ…。ちょっと、女の子の髪を引っ張るなんてどんな神経してんのよ!」
「うるせぇ!女認定してほしかったらカップ数を増やしてきやがれ!」
腹のくびれと脇下のエロさだけは認めてやる!
だがそこだけだ!
「カズマのくせにカズマのくせに!リヴェリアに言いつけてやるんだからね!」
「はいはい。そんなことよりさ、おまえレフィーヤ見なかった?」
「へ?レフィーヤ?レフィーヤならリヴェリアとダンジョンに行ったよ?」
なんだよ、エルフ師弟は仲良くダンジョンかよ。
せっかく良い物を見せてやろうと思ったのに。
「なんか、カズマに負けてられないって言ってた。レフィーヤは負けず嫌いだから」
「へぇ。…むぅ、つまらん…」
「ぷーくすくす。レフィーヤに構ってもらえなくて拗ねてる。あ、それなら私が付き合ってあげよっか?」
「…。ぶっちゃけ、アマゾネスにはもう飽きてきた」
「…こいつ最低なこと言ってんな…」
「まぁ、金も払わずに同伴してくれるってんなら付き合ってくれよ」
「マジで仲間をなんだと思ってんの?」
チラ…。
胸がぺたーん。
「…はぁ」
「よしカズマ。表に出ようか」
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
そんなこんなの一悶着を終え、結局、私とカズマは共に出掛けることになった。
ダンジョンに行くの?と問いかけるも、カズマは呆れた様子で首を振る。
「行くわけないだろ。アホか」
「あ、うん。そうだよね。ごめん。…それで、そのヘンテコなのは何?」
そう言って、私はカズマが跨ぐ、2つの木輪と鉄枠で出来た不思議な乗り物を指差した。
「これは自転車。移動するのが怠いから暇潰しに作ったんだ」
「じてんしゃ?」
「乗ればわかるよ。ほら、後ろに乗っかりな」
「?」
言われた通りに、私もカズマの後ろに跨る。
座り心地はあまりよろしくない。
「行くぞー。しっかり掴まっておけよー」
「へ?うわぁ、わわわ…」
キーコキーコと音を鳴らすじてんしゃは、まるでアイズの使うテンペストのように風をまとって走り出した。
それは歩きよりも随分早く、走るよりも疲れない。
なにより。頬に当たる優しい風が暖かいのだ。
「す、すごい!なにこれ魔法!?」
「あははー、これが魔法の馬車に見えるかー?」
「全然見えなーい!でもすごく気持ち良い!」
「よーし!スピード上げるぞー!」
「うひゃー!?」
加速と共に不安定さが増し、私は思わずカズマの背中に抱きついていた。
少しゴツゴツとして、それでもどこか暖かくて優しい背中。
こうやって男の子の身体に触るのって初めてかもなぁ、なんて思い、少しだけ顔を赤めてしまい恥ずかしい。
「あ、あはは…、ちょっと恥ずかしいね」
「背中に何も感じない…」
「ほえ?」
「何も感じない!何もだ!」
「な、なによ…。少しくらい当たってるでしょ」
「当たってない!一瞬ドキッとした俺に謝って!当たるかもしれないって期待した俺に謝って!!」
「ぅぅぅ…。がぁう!」
「痛っ!おま、背中を噛むんじゃねえクソ女!!」
なによ、おっぱいなんて大きくたってダンジョンでは何も役に立たないのに。
どうしてカズマはおっぱいおっぱいって言うんだろう。
おっぱいが無くたって、カズマの事を守ってあげられるのに…。
…あれ?
それじゃぁもしも、カズマが私より強くなったら…。
おっぱいが無い私は、カズマにとって無価値になっちゃうの!?
……いや待て、レフィーヤが居るじゃない。
私よりも小さいお胸のエルフが居る。
レフィーヤにおっぱいの大きさが負けない限り、私の存在意義は確かにあるんだ!!
「言っておくけど、レフィーヤとおまえのカップ数は同じだからな。むしろレフィーヤの胸の方が柔らかいし」
「!?」
……
…
.
そうやって風を切りながら街中を颯爽と走る事数分。
カズマが漕ぐじてんしゃは、気づけば街中を抜け、都市の貧困層が住む複雑怪奇な領域、ダイダロス通りへと辿り着く。
すると、迷路のような路地をくねくねと進んでいたカズマは次第にスピードを落とし、とある建物の前で止めた。
「着いた」
「…ノームの万屋?」
じてんしゃを置き、勝手知ったるように店の入り口を通ると
「おーい!リリー!リリルカ・アーデ!!」
「…っ!ま、また来たんですか!?言っておきますけど…って、あわわっ!」
カズマが店内に響き渡る程の声で叫ぶと、奥から小さな…おそらく
リリルカ・アーデと呼ばれた子は明らかな嫌悪感を向けるも、カズマは気にした素振りも見せずに彼女を抱き上げた。
「お、おろしてください!」
「見ろティオナ。こいつがレフィーヤに続く合法ロリのリリだ」
「くっ、こんな辱めは初めてです…」
「これで俺よりも歳上らしい」
彼女はジタバタと手足を振るう。
「ロリリ。新しい魔法が発現したから見せてやるよ」
「ロリリってリリのことですか!?」
「え!?ていうかカズマ、新しい魔法が発現したの!?」
驚くリリちゃんと私を他所に、カズマはいそいそと建物から出て行くや、広い場所を見つけてそちらへ向かった。
「すぅーはー…。ん、少し離れておけよ。2人とも」
「「ゴクリ…」」
途端に空気の流れが変わる。
まるでカズマを中心に風が巻き上がるような。
ざわっと、カズマの身体からとてつもない程の魔力が溢れ出した。
その魔力の強さたるや、離れている私やリリちゃんに冷や汗をかかせる程…。
「…黒より黒き、闇より暗き漆黒に…」
…っ!
すごい集中力…。
「我が真紅の混交に望みたもう、覚醒の時きたり…」
地響きが辺りを支配する。
街が…、カズマの魔力に呼応してるんだ…。
「無謬の境界に堕ちちし理…」
…これが、これがカズマの…。
本当の力なの?
「みびょうの歪みと成りて現出せよ…!!」
ーーセイドリック!
ーー花鳥風月っっっーー!!
「「…っ!?」」
ちょろちょろちょろちょろちょろぉ〜。
と、カズマの手のひらから水が吹き出る。
その勢いは止まることなく、周囲に小さな水溜りをいくつも作った。
「どうよ!?これ!水が延々と出るんだ!!こりゃ水道要らずだろ!!」
「「……」」
…どう反応してあげれば良いのか分からない。
あれだけの魔力を滞留させて、出現させた魔法はちょろちょろと水を出すだけ…。
これは私じゃなくても呆れるよ。
ほら、リリちゃんだって……
「す、すごいです!!」
…!?
「こんなすごい魔法を初めて見ました!!」
「うむ。この魔法はまだリリとティオナにしか見せてないから秘密だぞ?」
「そ、そんなすごい魔法を…っ、や、やっぱりカズマ様は将来の英雄様です!」
「へへ。リリは良い子だなぁ」
ぴょんぴょんとカズマの周りを飛び跳ねて興奮するリリちゃんを、カズマは頭を撫でながら抱き上げた。
「それじゃあ、
「はい!お任せください!」
ニコニコとカズマに抱きつくリリちゃんは、これまたニコニコと返事する。
例の件とは?と、聞こうにも、もはや2人の世界に入っている彼らに声を掛けることはできない。
……。
…帰ろ。