冷たい視線に喧騒を
とあるいつもの昼下がり。
アイズ達がダンジョンに潜り、探索を行なっている一方で、俺は豊穣の女主人にて生命の源であるアルコールの摂取に勤しんでいた。
「んく、んく……ぷはぁーー!」
最高である……っ!
昼間から飲む酒はっ!!
「おーい、リュー! おかわりー!!」
「……はい」
半眼ジト目でそれに答えるリュー・リオン。
その綺麗な姿はエルフそのものなのに、まるでゴミでも見るような瞳は俺のオカンと同じだ。
「……カズマ。貴方は冒険者ですよね?」
ごんっ! と、ジョッキが強めにテーブルへ置かれる。
「な、なんだよ藪からスティックに。この身体から滲み出るオーラが物語ってるだろ」
「……ここ最近、毎日のようにココへ来ていますが、貴方はダンジョンへ行かないのですか?」
え? ダンジョン?
金があるのにわざわざダンジョンへ行く必要もないだろ?
もぉ〜、おバカさんだなぁ、この店員は。
「ダンジョンは嫌いだな。だって暗いもの」
「……それは仕方の無いことです」
「ジメジメしてるし。もうさ、いっそのことダンジョンの出入口を塞いだらどうだろう?」
「ダンジョンは生き物ですから。塞いだ所でまた別の場所に出入口が出来てしまいますよ」
「そうやってやる前に諦めんなよ!やってから後悔しようよ!おまえは出来ないんじゃない!やらないだけ!それはただの逃げだ!」
「……どの口が言うんですか」
そう言うと、リューは俺をひと睨みした後にその場から離れていった。
しかし、黒曜石のアクセサリーで、予想以上に儲かった俺に、そんな小言は通用しない。
今や小金持ちとなった俺は、ダンジョンでわざわざリスクを背負ってまでモンスターを狩る必要がないのだ。
「働かずして豪遊……。まさに俺の生き様じゃないか」
そんな俺の呟きに、リューを含めたウエイトレス全員が呆れた様子で溜息を吐いていた。
……
…
.
同日の夕暮れ時。
何の気なしに向かった歓楽街で、強気なアマゾネスから受けられる邪なサービスを堪能した俺は、これまた何の気なしに、オラリオの街中をふらついていた。
一応、リヴェリアにはダンジョンへ行くと伝えているため、あんまり早く帰ると怪しまれてしまうのだ。
そんな事もあり、有り余る時間を無駄に使っているわけだが…。
「……つまらん」
つまらないのである。
基本的にこの世界は、ダンジョンへ潜らないと面白いイベントが起きない。
例えば美人な女性が暴漢に襲われているところに遭遇したり、国境を越えた異国の姫の逃避行に付き合わされたり、実は貴族でしたとかいう女冒険者のお見合いをぶち壊したり……。
何か起きても良いはずなのに、神々の気まぐれは、やっぱりダンジョンの中でしか起きてはくれない。
「あーあ、誰か暴漢にあってたりしねえかなぁ〜」
と、呟いた瞬間。
俺の目前を赤い何かが猛スピードで過ぎ去った。
それは弾丸の如く風圧を纏い、壁にぶつかるやグシャリと破裂する。
「ぬぉっ!? な、なんだ!?」
「あぁ、すみません。手が滑りました」
どう手が滑ったら、りんごが破裂する勢いで飛ぶんですかね?
「あ、危ないだろ!リュー!」
「申し訳ない。……しかしおかしいですね」
お店のお使いか、それともただの買い物か、リューは小脇に紙袋を抱えながら首を傾げた。
「何がおかしいんだよ?」
「本気で狙ったはずなのに外れてしまいました」
「本気って言った? 今、本気って言った?」
「流石、運だけのカスマさん、と言ったところです。お見それしました」
「おまえもう喧嘩売ってるよね? 買うよ?女だろうがエルフだろうが、俺はおまえの顔面を本気で殴れる男だから」
「ほう。私を元冒険者でレベル4だと知って尚、貴方は私に挑むと? 良い度胸です」
おうおう。脅しかこのクソエルフ。
良い度胸なのはおまえの方だぜ。
こちとら運だけで今まで生き残ってきたわけじゃねぇかんな!!
「……ふふ。新兵器の試験には打って付けの相手だな」
「む?」
俺の余裕の笑みを汲み取ったのか、リューは少しばかり腰を下げて戦闘体制に入った。
「リュー、覚悟は出来ているか?」
「ふ。そのセリフ、そのまま返しましょう」
そう言って、リューは小さく息を吐く。
アイズにしても、リューにしても、戦う前に相手の力量を測ってからカウンターを狙う戦法を取るのだが、俺から言わせりゃそんな戦法は愚の骨頂。
狙うは初手一撃の必殺技……。
「死ね! リュー!!」
「む? ……なっ!?」
俺はポケットから取り出した手作り閃光弾を地面に投げつける。
それは強烈な光を放ち、見るもの全ての視界を失わせた。
「くっ! ひ、卑劣な…っ」
もちろん、予め目を閉じていた俺には無効である。
「卑劣もくそもねぇ! ダンジョンにルールなんてないんだからな!!」
「ぐぬぬぬ……」
本来ならば、視界を失ったリューに触れてドレインタッチで魔力を吸えば勝負は付くのだがーーー
「さらに追い討ち! おらっ!!」
「な、なにを……っ! ぐ、ぐわぁぁぁ、な、なんですか! このヌメヌメで身体が痒くなる液体はーーーっ!?」
「深層で見つけたジネンジョの摩り下ろしさ。この攻撃を受けたものは死ぬ」
「ぐっ、わ、私は誇りあるエルフの一族です……、ば、蛮族の恥辱には決して屈しな……」
「倍プッシュ」
「ぬわぁぁぁああ!? く、ま、参りました……、私の……負け、です……っ!」
視界が無いためか、リューはヌメヌメになった身体を両腕で必死にもがきつつ、ふらふらと壁やゴミ箱にやらぶつかり回る。
……やり過ぎたかな。
でもこれで効力は分かった。
リューに効くならモンスターにも効くだろう。
「はぁはぁ、も、もう、許して……、ください……、うぅ……」
あ、泣いちゃった……。
「……うん。なんか俺も大人気なかったよ」
「ぁぅ……、わ、私の方が歳上ですが……。ぅ、あ、あの、早く……、このヌメヌメを落としてもらえませんか……」
「……ないよ」
「……ぇ?」
「そんなのないよ」
「……ぅ、ぅぅ、うわぁぁん。わ、私は謝ったのに……、謝ったのに!」
無いものは無いのだから仕方ないだろうに。
まぁ、お風呂にでも入ればヌルヌルは落ちるだろうけど……。
「…俺のホームでお風呂貸すよ。ほら、行くよ」
「……ぅ、うぅ」
ヌメヌメになったリューは、俺の提案に小さく頷きながら、自らの手をスッと俺に伸ばす。
「……?」
「ぅ、み、見えません」
「あ、あぁ、そうか。目もさ、その内治るよ」
差し出されたリューの手を握ると、ヌメっと音をたて、嫌な触感がこちらにも移った。
しかも、街中をこんな奴と歩くと無駄に注目を浴びるし……。
ヌメヌメで泣き喚くエルフ。
そのエルフの手を引く俺。
「おい、エルフの嬢ちゃんが泣いてるぜ」
「あの男が泣かしたのか?」
「だ、だめよ、目を合わせちゃ。あの人、例の下衆の……」
「あぁ、下衆の……」
……。
早く帰ろう……。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「……はぁ」
ロキ・ファミリアの公務室には、思わず溢れた僕の溜息で辛気臭さが充満する。
溜息の原因は次回の遠征メンバーの選考だ。
第一級冒険者の僕やリヴェリア、ガレスにアイズ、ティオネ姉妹とベート、それに第二級冒険者のラウルやレフィーヤといった面々を選ぶのに苦労はいらない。
サポートメンバーも大体は決まっている……。
「……どうするべきか」
彼はいつも僕を悩ます。
レベル的には遠征メンバーに選んでも遜色の無いものだが、冒険者になってまだ数ヶ月という期間は明らかに連れて行くべきキャリアではない。
彼を試したいと思う反面、今回の未到達階層への探索を必ず成功させたいとも思う。
それに、レフィーヤやティオネから話を聞く限り、彼の力は集団遠征に適さない……。
適さないのだが……。
「僕らしくない……。不明瞭な何かに期待しているなんてね……」
はっきり言ってしまえば、次回の遠征は相当に厳しい旅になる。
これは前回の遠征時にも思ったことだが、僕ら幹部を含め、団員のレベルやステータスの伸び具合が停滞気味なのだ。
ーー出ていってください!
ーー違う!俺もヌメヌメが付いたから一緒に入っちまおうと思っただけだ!
ーーそんな道理が通じるか!!
「…?」
ふと、僕の悩みをあざ笑うかのような喧騒が外から聞こえる。
……まぁ、間違いなく、カズマの声なんだけどね。
また彼は問題を運んできたのかな?
まったく……。本当に僕を退屈させないね。
そう思いながら、どこか面白がっている僕は公務室から出た。
ほんの少しだけ淡く光る、未来を照らすであろう希望に誘われて……。
「だぁー! ヌメヌメを飛ばすな!」
「あ、あなたが服を脱ごうとするからでしょう!? 消えろ! 汚物が!!」
「おまっ、汚物は言い過ぎだぞ?」
……あぁ、こんなのが希望で良いのかな……。
ロキ・ファミリアの将来が不安で仕方ないよ。
「む? フィン。ちょっとフィンからも言ってやってくれよ。こいつ、頑なに俺を風呂に入れようとしないんだよ」
「ぶ、ブレイバー! この躾のなっていない下衆をここから追い出してください!」
そこに居たのは、ヌメヌメな身体で取っ組み合うカズマとエルフの女性。
確かこのエルフの女性は豊穣の女主人で働いている娘だったかな……。
名前はリューと言ったか。
種族的にも性格的にも、彼女は男を毛嫌い、このように戯れ合うことを良しとしない娘だと思っていたけど……。
「……はぁ、カズマ。何があったのかは分からないけど、間違いなくキミが悪い」
「な、なんでだよ!」
「悪かったね。さぁ、カズマは僕が連れて行くよ。ゆっくりと身体のヌメヌメを取ると良い」
「恩に着ます……」
がらがらー、ばんっ! と、リューは強めに浴場のスライド扉を閉めた。
「……カズマ。あのヌメヌメはキミが?」
「おう。あいつが喧嘩売ってきたからよ、コテンパンにしたったわ」
まったく、リューは元冒険者でレベル4だよ?
喧嘩を買うのも間違っているし、コテンパンに出来るのもあり得ないんだ。
アイズともやり合ったとも聞く……。
「まったく、キミに常識は当てはまらないね……」
「な、お、おまえ、俺程の常識人を捕まえて何を言ってやがる……」
僕の言葉に本気で驚く彼を見て、僕はまた大きなため息を吐いた。
常識人ならもう少し節度を持って……、と言おうとするも、そもそも冒険者稼業に身を置く者が常識を語るのも変な話か。
そう考えてみると、カズマのような自由人こそが本物の冒険者にさえ思える。
……これは僕も毒されたのかな?
「カズマ。キミは次回の遠征メンバーに選ばれている。1ヶ月後だ。準備と覚悟をしておくといい……」
未開の地を切り開くには、もしかしたらカズマのような冒険者が必要なのかもしれない。
ただひたすらに欲望を剝きだす彼が。
運命を手繰り寄せる彼が。
「……え、俺行かないよ?」
「……へ?」
「嫌だよ。危ない事はしたくない」
「……」
「ロキと留守番してる」
「……禁止だ……」
「ん?」
「遠征を断ると言うなら、今後、歓楽街に行く事を禁止とする!!」
「んな!?」
「僕の全権限を持って! キミの歓楽街への入店を禁止としてやるからな!!」
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
遠征まで1ヶ月。
フィンの無理矢理な命令により遠征メンバーとなった俺は、仕方なしにダイナマイトの材料の仕入れと、試作品の試験のために深層を訪れていた。
そもそも、ダイナマイトを始め、閃光弾やヌメヌメ弾を使う俺は集団戦闘に不向きなのだ。
「……まったく。なんだって今更遠征なんてするんだよ」
そう呟きながら、俺は時折遭遇するリザードマン・エリートをヌメヌメ弾でやり過ごしながら、最近見つけたアダマンタイト発掘の穴場へと向かう。
だだっ広い空間と白く輝く壁面。
モンスターの発生も少ないし、アダマンタイトを採取するついでに試作品を試しておこうと、俺は
ふと、空間に吹き入れる突風が俺の頬を撫でる。
ダンジョンで突風?と思い、風上へと目を向けると、そこにはモンスターのように大きな身体を持った猪人が。
……冒険者か?
「……佐藤 カズマ」
「ん? 俺? 俺に何か用か?」
そいつは静かに笑いながら、俺を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「俺の監視に気付いていたようだな」
……え、何が?
「この場所も気に入った。闘うには打って付けの場所だ……」
何この人。
勝手に喋り出して勝手に納得してるんだけど……。
「……ふ、俺と同じ目だ。強者に焦がれ、強者を求め、強者と成り得る。……おまえも気付いたのだろう?」
「……何を?」
「俺が貴様の好敵手だと。……さぁ、身体が朽ちるまで殺り合おうか!!」
あの、本当にもう、話についていけないんですけど……。
1人でテンション上がってるし。
名前も知らない強そうな冒険者は、俺には持てそうにない大剣を持ってこちらへと向かってくる。
荒々しく、されども繊細に、その男は走りながら大剣を振り上げた。
「行くぞぉ!佐藤カズマぁぁぁーー!!」
……あ。あそこって俺がさっき
そう思った矢先にーーー
ドォォォォォーーーン!!!
「ぬぉぉぉぉっ!!?」
ーー強そうな男は吹き飛んでいた。
俺が試験的に仕掛けた地雷型ダイナマイトを見事に踏んでしまったがため、男は爆風を一身に受けて宙へ舞う。
それはまるで炎と黒鉛のプロジェクトマッピングのよう。
そして、うねりを上げた炎に焼かれた男がドサッ、と、俺の前に転がり落ちたのだった。
「……くっ、さ、佐藤、カズマ…」
「え、おま、大丈夫か?」
「ふっ、ふふふ……、ふわぁっはっはっはー!……、世界は、広い……。まだまだ、お前のような強敵が存在すると思うだけで胸が踊る……っ」
大分イッテんな、コイツ……。
なんか怖いしドレインタッチで魔力を吸い取っておこう。
「……ドレインタッチ」
「ぬ? ……ぐ、ぬぬ……な、なんだ、と……っ!」
……よし、息絶えたな…。
はぁ、やだやだ。こういう奴がいるから嫌いなんだよなぁ、冒険者って。
また変なのが湧く前に帰ろ。
……
…
.
程なくして、オラリオ中にとある噂が響き渡る。
フレイヤ・ファミリアの
最強のレベル7、ダンジョンにて
男の正体は、悪魔の生まれ変わりとの事……。
「……怖っ、ちょ、ロキ。この世界って悪魔も居るのかよ?」
「居るわけないやろ。それにしても、あの猛者を倒す謎の男か……」
「危ない世の中だな……。てか早よステータスの更新してくれ」
「んぁ、すまんすまん……、んぇ!!!?」
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佐藤 カズマ
力 【I】 0
耐久 【I】 0
器用 【I】 0
敏捷 【I】 0
魔力 【I】 0
スキル
魔法
・ドレインタッチ
・花鳥風月
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