重力は逆らう事なく俺の身体を垂直に落下させる。
止まっていた思考をフル回転させ、俺は鉤爪の付いたロープを黒龍の背びれへ投げつけた。
「…っ!ぶっねーー!!てか金!デカイ!怖い!!」
黒龍(金)は派手に暴れることはしないが、その大きさゆえに、少し飛び回るだけでも俺が握りしめるロープを大きく揺らす。
は、背中に早く登らねえと振り落とされるっ!
よじよじと懸命にロープを登り、黒龍の背中に飛び付くも、やはりその大きさに驚きが隠せない。
ご、ゴライアスの比じゃない!
「っ!く、クソが!俺に背を取らせるとは笑止!!エクスプロージョン祭りで火ダルマにしてやるーーー!!」
デカくったって所詮はモンスターだ!
その踏ん反った態度にお灸を据えてやる!!
「黒より黒く漆黒に…ってうわぁぁあ、あ、暴れんなドラ公!ちっ!詠唱とか言ってる場合じゃねえ!」
ーーーエクスプローーーージョン!!
と、ド派手な火花を黒龍の周囲に散らばせる。
その爆風は黒煙を伴い洞窟内を埋め尽くした。
火の粉は宙を彷徨い、分厚い風が俺の身体を大きく吹き飛ばす。
「…っ!く、くはははは!どうだクソドラゴン!!転生チーターカズマ様には敵うま……っ!」
ありたっけのダイナマイトが黒龍を襲った。
その爆風たるや、俺の予想を上回る程の威力で火の粉を上げていた。
それなのに…。
…っ!
「……グルルルルルぅぅっ」
「くっ!?」
黒龍はその身体に傷一つ付ける事なく空を舞い上がっている。
相変わらずの金色の皮膚は、爆破を物ともせずにあり続けた。
黒龍が大きな音を立てて羽を振るうと、洞窟内を覆っていた黒煙を吹き飛ばす。
美しい程に輝いて、憎たらしい程に凄まじい。
ああ、この世界におけるラスボスは、これほどまでに強くて怖いのか…。
はは…、そりゃ
これくらい強くなきゃ、直ぐにゲームクリアされちまうか…。
俺は落下する身体の体制を整え、背中から魔剣を取り出した。
「っ!
燃え上がる魔剣を数の暴力で投げつける。
一筋の剣戟を取っても最上級魔法並の威力を持つ魔剣でさえも、黒龍の皮膚には敵わない。
金色の皮膚がチリチリと弾けるも、それが自らの放った魔剣の鉄塵だと直ぐに気付く。
「ちっ!!」
ダイナマイトも効かない。
魔剣も効かない。
周りには策を練れそうなギミックもイレギュラーもない。
「無理ゲーにも程がっ!…っておわっ!?」
加減を知らぬ猛威は尚も変わらずに暴れまわった。
砲轟と共に溢れる火炎放射は容赦なく、この小さな身を狙って放たれる。
ちっぽけな人間が立ち向かうには強過ぎるだろ。
この世界を作った神は何を考えてんだ?
……はは。神は何も考えずに酒を飲んでるだけか…。
憎たらしいったらないぜ…。
「花鳥風月ーーっ!!」
放たれた火炎を目前に、咄嗟に放水を放つが、その勢いは加速を辞めない。
腕を伸ばして放った渾身の花鳥風月も、黒龍の火炎には正に焼け石に水。
ほんの幾ばくかの時間すら稼げずに、その火炎は俺の身を容赦なく襲う。
火には相性が良いだろうがよ、水って…。
「…っ!?」
焼け散る身体には、ねっとりとした痛みと汗が滲む。
……痛い…。
マジで痛い…。
……。
火炎の勢いに焼かれた身体は宙を舞いながら岩壁に打つかった。
ボキっと発した嫌な音。
骨が数本折れてるかも…。
…ああ、何だってんだよこのクソドラゴン。
チートでも敵わないって、そんなもんはただのバグだろ…。
どさりと地面に落ちる衝撃に耐えつつ、何とか身体を起こして黒龍と対峙する。
黒龍はまるで羽虫を追い払うように、俺を一瞥するや羽根を振るった。
その暴風に飛ばされた岩が俺をかすめて飛んでいく。
「くっ…!」
こんな時にも、俺の悪運は発動してるんだな…。
なんて思いながら、絶大に佇む絶望を。
溢れ出る恐怖を。
心を折る強さを。
ただただ俺は感じるだけ。
「…はぁ…、っ、はぁはぁ。なんだよ…、コイツ…、…っ。こんなのをどうやって…」
ーーーー倒すんだよ。
リアルはクソだ。
クソクソクソ。
クソみたいな理不尽は、いつもいつも俺の事を原子レベルから否定し続ける。
いつだって俺は1人で、その理不尽は多数の猛威を振るって…。
まるで存在すらも認めないとばかりに、俺の座る教室の席は暗く汚れている。
辞めろ。そんか目で見るな…っ。
俺を哀れむな。
俺を蔑むな。
俺を……っ、無視、するな……。
……。
世界が悪い。
俺を取り囲む世界がいつも悪いんだ。
だからきっと、
俺を受け入れてーーー。
「…っ。ちょっと持ち上げられて、調子に乗った結果がこのザマか…」
ふと、黒龍が俺に飽きたように離れていく。
その巨体を暴風と金で包みながら、空へ空へと上がっていく。
ああ、このまま俺を生かしてどこかへ行ってくれるのか…。
マジで黒龍さん神じゃないっすか。
どこかのコボルトとは違いますね。
…良かった…、俺、生きてる…。
……。
ーーねえ。
ーーー今度は一緒に。
ーーーーー倒そうね。
……っ。
…なんだよ。
そんな期待に満ちた瞳で俺を見んじゃねえって。
俺はただの人間で、ちょっとチートな力を手に入れただけのニートなんだからさ。
なあ、アイズ…。
俺が強がるのは、おまえの…、おまえらファミリアの前だけなんだよ…。
「…。はは…、強がりも…、今日でおしまいだ。…もう、俺は…」
ここで死ぬーーー。
ーーーー。
死ぬんだ。
死ぬために、まずは……。
あの黒龍をブチ殺す…っ。
「…行かせねえよ…っ。…っ、はぁ…」
膝に手をつき立ち上がる。
身体から溢れる灰は、まるで俺の残り少ない命を削ってるようで。
痛みに耐えて、恐怖に耐えて。
俺はそのボロボロで惨めな身体を起き上がらせた。
「…っ、はぁ、っ、クソドラゴンがぁぁぁぁ!!!行かせねえよ!!!地上には上らせねえ!!!」
ありたっけの叫びが喉を焼く。
ただ、その甲斐あってか地上へと上昇ししていた黒龍は羽ばたきを一度辞め、こちらへと振り返る。
向かい風は砂埃を上げた。
だが、立ち止まってられない。
上手くやり過ごしても、本当に欲しいもんは抱き締めなきゃいつも満たされないから。
走り出した俺の手には大太刀の魔剣が。
それを振り上げるや、魔剣は…、贄殿遮那は灼熱の炎をうねらせ鋭く、熱く、燃え上がる。
同時に、空から俺を見下ろす黒龍は、相変わらずの威力を持って火炎を放った。
「二番煎じ野郎が!!炎なら俺の魔剣だって出せんだよっ!!!」
黒龍の火炎を迎え撃つように、俺は大太刀を振り下ろす。
大太刀から溢れ出た炎が、黒龍の火炎と打つかる。
ギィャャャャャァァァァっ!!!!
何かを察したように、黒龍が耳をつんざく轟砲を轟かせる。
「っ!爆ぜろリアル弾けろシナプス!バニッシュメント!ディス!ワーーーールドっ!!!」