この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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落ちる光に色めきを

 

 

 

 

 

 

うだつが上がらない人生だった。

脚が速かったわけでもなく、頭が良いわけでもない。

あまりに平凡で、だがどこか達観していて、なんとも大人に好かれない子供だったと思う。

要領だけは良かったものの、それが逆に大人達にとっては扱い難くく、拍車をかけるように忌み嫌われて。

 

高校へ上がる頃には、そんな下らないしがらみから逃れるために部屋へ引きこもるようになっていた。

 

ネットゲームに明け暮れて、飯時以外では部屋から出ない日々。

 

進級に必要な出席日数が足りなくなったと知るや、むしろ心は軽くなっていたような。

 

高校なんて辞めちまえばいい。

 

生活は親の脛をかじり続けよう。

 

ネットゲームにしかない俺の存在が、俺にとっては唯一の救いで。

 

逃げて、辞めて、選んで…、どうしようもない人生。

 

 

そんな俺の人生は、あの日の事故を境に一転してしまう。

 

 

転生した世界で命懸けの日々を送る生活は、どこか退屈だった日々を否定するように充実していて、舗装もされていない砂埃舞う道すらも、俺にとっては光が導く一筋の希望だった。

 

モンスターは怖いし、文明は石器時代だし、武器は重いし…、はぁ、何だって俺はこんな世界でーーーー

 

ーーこんな世界で楽しんでるんだろうな。

 

 

街を歩けば賑やかに声を荒げる商人。

 

飲み屋に入れば呑んだくれた冒険者。

 

ギルドに行けば目つきの鋭い職員達。

 

家に帰れば……。

 

無駄に明るく笑い声の絶えない仲間達。

 

 

こんな世界を俺は気に入ってる。

 

気に入った世界で俺は生き続けている。

 

 

それなのにーーー

 

 

 

そんな俺を救ってくれた世界が、俺の転生により破滅の危機に陥っているーーーーーーー。

 

 

 

 

.

……

 

 

 

 

この三日三晩、俺は分厚い文献に隅々まで目を通していた。

記されているのはもちろん黒龍伝説だ。

 

少しばかり古い伝記のためか、様々な情報に差異があるものの、知りたい情報のみをピックアップし、俺はその本を閉じる。

 

 

「黒龍…。すげぇ強そうじゃねえか…」

 

 

部屋に散らばる魔石や魔剣を蹴り飛ばし、俺は辛気臭くなった空気を換気するために窓を開けた。

 

夜空に浮かぶ月がふわふわとした雲に見え隠れしている。

もうそろそろ日付が変わる頃だ。

 

三日も寝ていないと言うのに目が冴えているから不思議。

 

 

「……」

 

 

……さて、時間が勿体無い。

やるべきことは沢山あるんだ。

済ませられる事からとっとと片付けるか。

 

俺は息を一つ吐き出し部屋から出る。

 

 

向かうのは夜空にそびえ立つバベルの塔の最上階だ。

 

 

 

.

……

 

 

 

「じゃましまーす」

 

「あらカズマ。いらしゃー」

 

 

そう言うと、フレイヤはいつもの調子で俺を出迎えた。

 

もう何度目かも分からないこのやり取り。

 

気付けばフレイヤの特等席だったバベルの最上階には、俺が溜め込んだ魔石やアイテムを収納する格納庫で半分を占めている。

 

 

「相変わらず遅くまで起きてるんだな」

 

「ええ。寝てしまうのは勿体無いもの。こんなに静かで月が綺麗な時間に」

 

「夜更かしは美容に良くないと聞いたことがある」

 

「えぇ!?それはどこソースなの!?」

 

 

どこソースって…。

いやまぁ、俺の世界じゃ良く聞く話だが、こっちではあまり知られていないのか…。

 

俺は大窓から月を眺めるフレイヤの隣へと歩み寄り、わなわなと不安がる肩を優しく叩く。

 

 

「月、綺麗だな」

 

「月なんかよりもさっきの話を詳しく」

 

「ここは空気が澄んでるから夜空が眩しく見えるよ。本当に良い景色だ」

 

「あの、そんなことよりも美容について詳しく教えてちょうだい」

 

「うるさいぞ!?もう少し情緒ってのを感じられないのかバカ肥やし!!」

 

「ぁぅ…、ご、ごめんなさい…」

 

 

ニョロっと眉を下げて落ち込むフレイヤ。

なんとも威厳の無い神である。

 

彼女はいそいそと大窓を望む椅子(マッサージチェアー)から立ち上がると、以前に俺が持ってきたハーブティーを淹れて出してくれた。

 

 

「はい。貴方には勿体無いくらいに美味しい紅茶です」

 

「俺の国じゃこんなもん自動販売機で買えるわ」

 

「それで?こんな時間に私を訪ねたからにはそれなりの用事があるのでしょう?」

 

「バカな癖に話が早くて助かるよ」

 

「バカは余計よ!」

 

 

ティーカップを1度傾ける。

自動販売機で買えるとは言ったが、フレイヤが淹れてくれた紅茶はほんのりと味わい深く、少しだけ苦味を下に残して喉へとゆるりと流れていった。

 

最初はお湯の沸かし方すら知らなかったのに…。

 

 

「隠し味は賞味期限が切れたスルメから取った出汁よ」

 

「お腹痛くなっちゃうじゃねえか」

 

 

こいつ…、全然成長してない…。

 

俺は呆れた表情を浮かべて溜息を大きく吐き出す。

いつもいつも、良くもこれだけ呆れさせてくれるものだ。

こいつと話していると飽きやしない。

 

バカな言動にアホな行動、麗しい美貌は持っているものの、正に宝の持ち腐れを体現したような神。

 

 

「はぁ。まあいいや。…本題に入るが、この部屋を俺に寄越せ」

 

「む?」

 

 

俺が無関心に部屋を見渡しながら、フレイヤに向けて部屋の譲渡を要求すると、彼女はピクっと表情を動かしながら俺を見つめ返した。

 

 

「そろそろ本格的な保管庫が欲しくてな。ここならダンジョンから近いし打ってつけなんだわ」

 

「……」

 

「だからこの部屋を俺に寄越してくれよ。まぁ拒否権はないけどな」

 

 

ほんのりと漂う険悪な雰囲気。

 

反感を買うような言動と、有無を言わせぬ俺の物言いがその雰囲気の原因であろう。

 

 

だがしかし、フレイヤはそんな空気もどこ吹く風でーーー

 

 

「ふん。何を言っているのかしら。ここは私のお城よ?そう簡単に手離せるわけがないじゃない」

 

「…拒否権は無いって言ったろ」

 

「私は手離さないと言ったの」

 

 

と、言うと

フレイヤは俺に向けて手を伸ばす。

 

その手には何の力も感じない。

 

少なくとも、魅了を掛けようってわけじゃなさそうだ。

 

だから、俺も身構える事をせずにその手が向かう先を眺めていると、フレイヤの手は俺の頭にふわりと乗っかり、感情を揺さぶるような柔らかい母性を持ってーーー。

 

 

 

「城も、街も、()()()。私は手離さないわ。だから、心配しないで大暴れしてきなさい」

 

「ーーーっ」

 

 

ーーー魅了なんかよりも随分と魅力的な笑みで、俺の頭を優しく撫でた。

 

 

「どうせ、黒龍との戦闘でこのバベルが壊れるかもしれない、なんて思ったのでしょう?」

 

「…っ。地震程度じゃ済まないぞ?…此処は…このバベルは1番危ないんだよ…っ!」

 

「それでも私は此処に居るの」

 

 

 

彼女は俺の真意を見破って、尚且つ俺の心を無邪気に突く。

 

 

 

 

「カズマを信じているもの。貴方が私を…、いいえ、オラリオを守ってくれるって、信じているのよ」

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

フレイヤとの会合後、まさかもう起きてはいまいと思い、ダメ元で乗り込んだヘファイストスの所でも、フレイヤと同様な言葉を返されてしまった。

 

成果は0。

 

バベルからの帰路はどこか夜風が冷たい。

それなのに、胸の奥がジンジンと熱いのは気のせいか。

 

…なんだよ。

俺はちょっと親切にバベルから出て行った方が安全だと伝えてやったのに…。

どっちも出ていかないの一点張りでさ…。

 

信じてるとか…、変なこと言いやがって…。

 

 

「…信じられても、俺に俺以上の事は出来ないし…」

 

 

……でも、少しだけ嬉しかった。

 

ほんの少しだけど。

 

なんだか涙も溢れそうになるくらいに、フレイヤやヘファイストスの言葉は胸に突き刺さったんだ。

 

 

さて、結局問題が一つも解決しなかったわけだが。

 

改めて今後の指標を確認しておこう。

 

まずはアクシズ教徒の始末ーー。

 

これに関しては手の出しようが無い。

 

ヘルメスを持ってしても掴めない情報に、ほぼ確実と推測できる金貨の所持。

 

もしかしたら今この時にも、奴らは黒龍の元へダンジョンを降っているのかもしれない。

 

ならば、俺がやるべき事は目覚めた黒龍の討伐。

 

討伐なわけだが…。

 

古い伝記を読み解くや、事が楽に進むとは考えられない。

 

デストロイヤーと同様の危険度ランクに位置付けられてはいるが、デストロイヤーが危険視されていた主な原因は、どんな攻撃も通さない魔法障壁にあった。

つまり、ブレイクスペルで魔法障壁を消す事が出来る俺とデストロイヤーは、相当に相性が良かったのだ。

 

 

と、俺が途方に暮れているとも知れずに、夜の町並みは意外にも電灯が多く炊かれ、冒険者の物と思しき喧騒が聞こえてきた。

 

悪くない喧騒だ。

 

お祭りのように一線を越えた悪ノリは嫌いじゃない。

 

 

「やめっ!いや!触らないで!!」

 

「へっへっへ。そう言うなってハーフエルフの嬢ちゃん」

 

 

ああやって女性を無理やり路地裏に連れて行こうとする喧騒も嫌いじゃない。

 

むしろ興奮する。

 

堪らなく興奮する。

 

 

「っ、あ、そこの商人らしき方!助けてください!!」

 

「……?」

 

 

商人らしき方…?

それって俺の事か?

なんだよ、ちょっと暗いからってこの俺を商人と見間違えるなんて失礼な奴だな…。

この溢れ出る冒険者なオーラが分からんかね。

 

 

「おっと俺はレベル2の冒険者だぜ?商人なんかにゃ…、って!?か、カズマさん!?」

 

「え!?カズマくん!?」

 

 

おーおー、荒くれ者の冒険者の方が先に気付いたか。

 

…ん?カズマくん?

 

どこかで聞いたような声だな…。

 

 

「じょ、嬢ちゃん!あの人はヤバイっ!助けを求めるなら他の人にしろ!」

 

 

おい、襲ってる本人が言うセリフじゃないだろ。

それに俺はヤバイってなんだよ。

 

 

「は、はいっ!ほ、他の人!誰か助けてください!!」

 

 

そこのハーフエルフ。

おまえもそいつの助言に耳を傾けちゃうのかよ。

 

 

「…ていうかよ、おまえエイナか?こんな夜更けまで男漁りとは元気なモンだな」

 

「ち、違うわよっ!私はこの人に襲われていただけ!!」

 

「あっそ。そこのおまえ。ソーマんトコのドワーフだろ?そんな肉付きの悪い女を食っても美味くないぞ。やめとけ」

 

「肉付きが悪いってどういう意味!?」

 

 

 

わーわーわー

がやがやがや。

 

 

 

で、なんやかんやでエイナをエロドワーフから救い出してやると、彼女は自らの身体を両腕で覆い隠しながら、まるでゴミでも見るような視線を俺に打つけてきた。

 

 

「い、一難去ってまた一難…。こんなに暗くて人気の無い所でカズマくんと2人っきりに……、くっ…」

 

「おまえね?一応助けてやったんだからお礼くらいは言えないの?」

 

 

前々から言っているが、俺はアイズやエイナみたいに貧乳とスレンダーを履き違えたような女は好きじゃない。

 

貧乳としては優秀なティオナとレフィーヤ。

 

巨乳としては秀逸なティオネとフレイヤ。

 

この4強の牙城は簡単には崩れないのだ。

 

 

「はぁ。まぁいいや。それじゃ、俺は帰るから」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「あ?」

 

「か弱いハーフエルフを、こんな夜遅くに1人残して帰るなんて胸が痛まないの?」

 

 

そう言うと、エイナは俺の事をジト目で睨みながら、わざとらしいほどに大きく溜息を吐いた。

 

そもそも、こんな遅い時間に出歩いてるおまえが悪いんだろうが。

 

マッチポンプにも程があるじゃねーか。

 

 

「…」

 

「な、なによ…」

 

 

エイナの耳がピクンと揺れる。

 

暗くなったお空で光る星が、まるでそんな彼女の真意を見透かしているようにひらりと輝いていた。

 

女性らしい振る舞いと厳粛な性格。

 

彼女は俺の描くエルフ像にもっとも近い。

 

月明かりに出来上がる影を見つめながら、俺は優しく彼女の頭を叩く。

 

 

「あぅ…」

 

「か弱いならこんな時間に出歩くな」

 

「うっ」

 

「エルフってのはバカの血統なのか?ほら、送りはしないが偶々お前の家の近くに行ってやる。着いてきたけりゃ勝手に着いてこい」

 

「ば、バカって何よ!…もう…」

 

 

照れ隠しをするように、エイナは俺の後にてってと走り寄ると、足並みを揃えて夜の街を歩き出した。

 

先程からちらりちらりとこちらを見るや、彼女は口を尖らす。

何か言いたい事でもあるのだろう。

少なくとも、このタイミングでギルド職員であるエイナが俺に対して言い淀む理由なんて分からない訳がないのだが。

 

すると、彼女は業を煮やしたように、それでも静かに、その小さな口を開いた。

 

 

「…あのさ、カズマくん」

 

「ん?」

 

「あのクエスト…、本当に受けるつもり?」

 

「……」

 

 

受けないわけにもいかないだろ。

 

そう言おうにも、理由を聞かれれば答え難いので黙って頷く。

 

ただ、そんな俺の心情を勘違いしたのか、エイナは少しだけ興奮しながら俺の腕をグイッと引っ張った。

 

その手から伝わる熱に、俺は思わず彼女の瞳を見てしまう。

 

潤って充血した瞳。

 

お堅くも優しい彼女は、俺の腕を掴みながら

 

 

「っ!今ならまだ間に合うよ!撤回してもらお?私からもウラノス様に言ってあげるから!」

 

「…ふむ。そうだな…」

 

「な、なら早くっ…」

 

「オラリオの第一級冒険者が呪いのクエストにビビって逃げる。俺はオラリオの恥さらしだ。街もダンジョンも歩けなくなる。そうなったら、エイナのヒモにでもなろうかな」

 

 

なんて、場を和ますための冗談。

 

別に、恥さらしになっても構わないし。

 

むしろ今現在ですら恥さらしですし。

 

 

と、俺が笑って彼女の腕を解こうとすると。

 

 

「…わかった!私がカズマくんの面倒を見るわ!だから今すぐギルドに行ってクエストの解除をしてきましょう!」

 

「!?ま、待て待て!め、面倒っておまえアレだぞ?エッチな事も含まれてるんだぞ!?」

 

「当然よ!」

 

 

と、と、と、当然なのか!?

 

尚もぐいぐいと引かれる腕を、俺は慌てながらも解こうとするが、思いの外強いエイナの力に引きずられていく。

 

こいつ!どこにそんな力があるんだよ!!

 

 

「バカ!離せ!変態!た、助けて!誰か助けてーーー!!」

 

「だから私が助けてあげるんでしょ!!」

 

「おまえは嫌だ!なんかメンヘラっぽいし!平気な顔して歳下の黒い男の子を食いそうだし!!」

 

「だ、誰が歳下狂いの副団長様ですって!?それ言った奴ぶっ殺す!!」

 

 

閃光のエイナことエイナ・チュールは、抵抗を見せる俺の腕を折らんばかりに離さなかった。

 

おまえ、もはやギルド職員なんてやってないでダンジョン潜れよ。

攻略の鬼となれよ。

 

 

「ちょ、…はぁ、落ち着けって…」

 

「私は落ち着いています」

 

 

ゆっくりと、その喧騒を宥めるように、俺はエイナに向けて溜息を吐く。

どこか、彼女の手から伝わる熱が、陽だまりのように暖かく感じた。

 

冗談を言っちゃいるが分かっているんだ。

 

エイナも本気で俺の事を心配してくれている。

 

過去にはバベルを揺らし、地上の住民から地下に潜るモンスターをも脅かした俺の事を、エイナは本気で気遣ってくれる。

 

 

「おまえ、まさかとは思うが、こんな時間に出歩いていたのは俺は探すためなのか?」

 

「そ、そんなわけないでしょ!?ふん!私だって暇じゃ無いんですからね!」

 

「あっそ…。ていうかよ、俺の面倒を見るって言うが、おまえにそこまでする義理立てもないだろ。ましてや担当冒険者だからって理由なら頭の構造を疑うレベルのお節介だよ?」

 

「…っ」

 

 

俺はほんのりと冷たく言い放つ。

だが、相変わらず俺の腕には強い熱が当てられたまま離されることはない。

 

 

そっと、彼女の耳が小さく動いた。

 

 

「…私たちギルド職員は、冒険者さんの1人1人に誠心誠意の対応をします。…それは、あなた達が死を顧みずにモンスターと戦ってくれているから…」

 

「ああ、助かってるよ。だが今回の行動は、ギルド職員として間違ってる気がするぞ?」

 

「あのね、カズマくん。ギルドの職員が、1人で担当する冒険者の人数を知ってる?」

 

「…あ?」

 

「職員1人につき、冒険者の数は50人よ」

 

 

それはまた激務な事で…。

 

冒険者のような荒くれ者達を1人で50人も相手にしてるって知っていたなら、俺だってもう少し穏やかに君たちと接していたさ。

 

なんてーー。

 

 

「でも、その半数は直ぐに担当から外れるわ」

 

「……モンスターに滅っされたか」

 

「その比率を、ウラノス様は冒険者の運命率と呼んでいた…。冒険者が半数も死ぬ事を、私達は運命として受け入れる事しかできないの」

 

 

彼女は瞳を揺るがせて、夜更けのオラリオには似つかないような綺麗な言葉を俺にぶつけた。

 

それは彼女の親切心からの本音だ。

 

ウラノスが言う運命率とやらに当てはめれば、冒険者の5割が死するこの街で、エイナは幾つもの別れと無力さを感じてきたのだろう。

 

 

「…っ、もう、嫌なの!冒険者さんが街のために亡くなってしまうのは…。せめて…、せめてキミだけは…っ!」

 

 

ゆらりと、彼女の声に同調するように月の明かりを雲が遮った。

 

まるでクローゼットの中に隠れたときのような暗さ。

 

ただ、左右に開く僅かな隙間から見える光が、無性に明るく暖かく優しい…。

 

そんな感じの雰囲気。

 

 

 

「…わかった…」

 

 

「っ!か、カズマく…っん!んんんぅぅぅぅぇぇえええええ!?!?」

 

 

 

そんな雰囲気に似つかわしくないエイナの喘ぎ声が街中に響き渡る。

 

その声の原因は、俺が一世一代の本気なドレインタッチを彼女に発動させたからだ。

 

 

 

「っっっ!ちょ、カズマくん!今は大事ぬぅぅやぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 

「エイナ。おまえが優しいのは知ってるし、たくさん面倒もかけた」

 

 

「いやぁぁぁぁぁ!?!」

 

 

「でもさ、俺がやらなきゃダメなんだよ。この街を、俺は守りたいんだ」

 

 

「ぐぬぅぅぅぅぅ!!」

 

 

「…ははっ、少しカッコつけちまったな…。ていうかよ、そもそもその運命率だかなんだか知らねえけど、少しばかり黒い龍如きで、この俺が死ぬわけないだろ?」

 

 

「もぉおぉやめぇぇぇぇ!?」

 

 

「守ってやる。おまえも、あいつらも、街も…、全部俺が守ってやんよ!!!」

 

 

「ぁ、ぁぅ…」

 

 

 

そんな夜更けの一悶着。

 

俺の腕からするりと落ちたエイナを、道の真ん中では迷惑だと思い、端っこへ転がしておく。

 

白目を向いて寝転んだエイナは幸せそうな表情を浮かべていた。

 

青ざめた頬と、ヨダレが垂れた口元…。

 

 

 

 

俺、この世で1番興奮するのはグッタリとした女を見下ろす事だと思うんだ。

 

 

間違いないね。

 

 

 

 

 

 

 


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