この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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跳ねるこころに夕暮れを

 

 

 

 

 

私とカズマの主従関係がはっきりとさせられた一悶着を終えると、カズマは何事もなかったかのように装備品が並べられる店頭を見て回る。

 

一応、下着は返してもらえたが、一度奪われカズマの手によって振り回されたためか、少しだけゴムがゆるゆるだ。

 

仕切りに下着の具合を確認しながら、私はカズマの後に付いていく。

 

「短刀使いには軽い装備の方が良いよな?」

 

「はい。カズマ様の言う通りです」

 

「……。だからって敏捷性能だけを特化すりゃ、あの柔っちそうな身体は直ぐにボロボロになっちまうか」

 

「異論はございません」

 

「……ちょっと待って」

 

「なんでございましょう」

 

「その口調やめてくれない?」

 

カズマは困惑した表情で私を見つめた。

 

「何が不満なのよ…」

 

「性奴隷だなんて冗談に決まってんだろ。大人しく付き合ってくれって意味だよ」

 

「ふん…。もう私の身体は汚れてしまったわ」

 

公衆の面前で下着を振り回され、挙句には地面に頭を擦り付け性奴隷宣言をさせられる。

これだけの陵辱を受けて、今更普通に接しろだなんて出来るわけがない。

 

そう思いながら私がジト目でカズマを睨んでいると、彼は呆れたように溜息を吐いた。

 

「はぁ。わかったわかった。それじゃあこうしよう…」

 

「…?」

 

「新妻風に接してくれ」

 

「は?」

 

「新妻だよ。新妻。初々しい感じでさ」

 

 

 

 

ーーーで。

 

 

 

 

「ねえねえカズマくん!今夜は何が食べたい?」

 

「ん〜、ティオネの作る物ならなんでも良いよ」

 

「じゃあ肉じゃがなんてどうかしら?」

 

「良いじゃないか…。でも、俺はティオネの豊満な柔肉にかぶりつきたいかな」

 

「いやぁ〜ん!もう!カズマくんったらえっちぃ!だったら私もカズマくんの粗チンを噛みちぎっちゃうぞ☆」

 

「あははは〜。ティオネは冗談が上手だなぁ」

 

「うふふふ〜。冗談に聞こえた?クソヘタレ野郎が」

 

「……」

 

「……」

 

「「てめぇぶっ殺すぞこらぁぁーーー!!」」

 

 

ガシっと互いに掴み合い、今にも殴り合わんばかりの怒気を纏う。

ゲジゲジと私がカズマの腰にローキックを放てば、カズマは私に頭突きを放った。

 

「クソ女が!性奴隷が主人様を蹴ってんじゃねえよ!」

 

「てめぇこそ美人の顔に傷つけんじゃねえ!!」

 

「どこに美人が居るんだよ変態女!」

 

「おまえにだけは変態と呼ばれたくないわよ!!」

 

 

ガシガシ、ゲシゲシと、歪み殴り合うこと数分。

 

流石に周りの目が冷たくなってきたころで、私とカズマは互いに手を離した。

 

…不毛だ。

 

私とカズマは不毛な争いをしている。

 

 

「…なんか疲れた。早く防具選んで帰ろうぜ」

 

「…そうね。そうしましょう」

 

「もう喧嘩は止めような」

 

「うん。カズマ、手を繋ごう?新妻感は出せないけど、初々しい女の子の感じなら出せるから」

 

「おう。最初からそうしておけばよかったな」

 

先程までの争いが嘘だったかのように、私とカズマは仲睦まじく手を繋ぐ。

男の手はゴツゴツで大きなイメージだったのだが、カズマの手はそれに反して柔らかく、そして小さい。

 

同じくらいの年頃の男の子。

 

そういえば、こうやって素直に言い合い、喧嘩が出来る相手ってカズマが初めてだなぁ…。

 

…なんて。

 

 

「それで?防具はどんな物を買う気なの?」

 

「あぁ、まだ身体も小さいヒューマンの冒険者だからな。ある程度の防御力を保ちつつ、やっぱり敏捷性の高い奴がいいだろう」

 

「ふーん……」

 

「……今度会わせてやる。小さい癖に大きい光を持つヒューマンだよ」

 

何かを察したのか、カズマは私を宥めるように説明をしてくれる。

 

小さい癖に大きい光を持つヒューマン?

 

それってカズマのことじゃん。

 

「そのヒューマンに、カズマは期待してるってこと?」

 

「…はは。期待ってのもおかしな話だけどな。…少なくとも、()()()()()は見えた気がするよ」

 

英雄の……、片鱗…?

 

なにそれ。

 

カズマは、英雄じゃないの?

 

都市最強と言われるロキ・ファミリアの団員達をも驚かせる成長速度。

歴戦の勇にも負けない機転。

そして、誰よりも強く、頼りになる輝き。

 

カズマこそ、英雄そのものじゃない…。

 

と、私が反論しようとした時に、カズマはお目当の防具を見つけたのか、ひょいっと私の手を引っ張り店内へと入っていってしまった。

 

 

「コレなんて良いんじゃないか?サイズもぴったりだし。なぁ、ティオネ」

 

「え、あ、うん…。そうだね」

 

 

そんな生返事を返しながら、心の奥に覚える小さな引っかかり。

 

心のどこかで、私はカズマよりも秀でた冒険者は居ないと思っている。

 

誰がなんと言おうと、私はカズマの事を良く知っているから。

 

「……」

 

そんなカズマが期待とか、英雄の片鱗だとか言うと…。

 

まるで自らを()()()()()()()()()と語っているようで。

 

 

カズマは誰よりも強くて、頼りになるのに…。

 

 

なんだか……。

 

 

 

「…嫌だな…」

 

 

 

「…ていうか、おまえパンティーがずり落ちてるぞ」

 

 

 

「え、あ、うん。ありがと…」

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

夕暮れの帰り道。

バベルからホームまでは、ティオネたっての希望で歩いて帰ることとなった。

なんだか、自転車を手押ししながら女の子と帰路に着くって、俺が思い浮かべていた青春そのものだな…。

 

とは言え、隣を歩くティオネは黙りこくっている。

 

ティオネの様子がおかしくなったのは、恐らく良い防具を見つけて店内へと入った頃合いだろう。

 

ゴムのゆるゆるなパンティーがずり落ちてると言うのに生返事しか返さないし…。

俺が落ちたパンティーを後ろからそっと穿かしてやっていなかったら、こいつは今頃痴女の二つ名を欲しいままにしていたに違いない。

 

「なぁティオネ。どうしたんだよ?疲れちゃったのか?」

 

「…疲れてるわけ…、んーん、少しだけ疲れたみたいね。だからさ、いつもみたいに魔力をちょうだい?」

 

そう言うと、ティオネは右手を俺に差し向けた。

 

「魔力なんて使ってないだろ。変な奴だな」

 

「いいから。…繋ぎなさいよ…」

 

「?」

 

頑として手を引っ込めないため、俺は仕方なくティオネの手を握る。

俺だって魔力が無限にあるわけじゃないために、少しづつ、ゆっくりと、ほんの少量の魔力をティオネに与え続けた。

 

「…私は、…っ、私はあんたの事を認めてるんだからね!」

 

「へ?な、なに…?」

 

「あんたが街で、クズだのゲスだのカスだの変態だの汚物だのキモいだの言われていようと、私はあんたを認めてるんだから!!」

 

「うん。disってるよね?よし、殴り合おうか」

 

「…だから、だから…」

 

いや、だから、だから…じゃねえよ。

ほんのりとdisってくれやがって。

夕暮れ時の青春まがいな俺の純情を返せバカ野郎。

 

 

「…だから、私にも少しは頼りなさいよ…」

 

 

そう言ったティオネの顔は夕日に照らされて赤く染まる。

瞳は溢れそうな程に潤んでいて、まっすぐに見つめる俺の顔が反射しそうなくらいに澄んでいた。

 

「…おまえ、なんで泣いてんの?」

 

「っ、ぅ、あ、あんたが私を不安にさせるからでしょ!」

 

「させた覚えは無いんですけど」

 

「…フレイヤ様と一緒に居て、カズマがロキ・ファミリアからコンバートするのかと思った…。知らない冒険者の肩を持つから、私達の元から居なくなっちゃうのかと思った…。それに…」

 

思いの丈を吐き出すように、ティオネは潤ませた瞳から涙を零しながら、俺の手を強く握り直す。

 

「…それに?」

 

「カズマは私達にとって…、もうとっくに英雄なのよ…。それなのに、どうして他の冒険者にその役割を渡しちゃうのよ…」

 

「…あはは。おまえ、そんな事を考えてたのか?」

 

「ぅぅ…」

 

「バカだなぁ。本当にバカ。…まったく…」

 

 

俺は笑いながらティオネの頭を撫でてやる。

子供っぽいティオナに比べて、ティオネは少し大人びていると思っていたが、その実、根っこの所は変わらないようだ。

 

変なところで心配性で、勘違いを強く持つ。

 

そのくせ不安になると直ぐに泣きやがる。

 

妹も妹なら姉も姉だな。

 

 

「ぷーくすくす。ティオネったら泣いちゃって、お子ちゃまなんだから」

 

「ふ、ふざけないで!!」

 

 

勝手に英雄像を俺に押し付けて、その像が揺らぐものだから不安になって涙を流す。

 

本当に勝手な奴。

 

俺は異世界からの転生者で、スキルには決まって()()()()()と記される。

 

その意味が差すのは、やはり俺のような異分子に、この世界の大役は任せられないと言う事だろう。

 

…だけど。

 

 

「…おまえらの前でくらいならさ、英雄ってのをやってやるよ」

 

「…っ!」

 

 

ふざけたスキル、使えない魔法ばかりを持つ俺が、英雄になんてなれるわけがない。

俺はちょっと運が良いだけのヒューマンだから。

 

 

「そうすれば、おまえは泣かないんだろ?」

 

「…っ、う、うん!」

 

 

アイズにしたってレフィーヤにしたってティオネにしたって、なんで俺なんかに期待するのだろう。

 

俺は引きこもりで友達も居ないただの高校生だっていうのに…。

 

まぁ、それがコイツらを裏切って良い理由にはならないんだけどさ。

 

 

嬉しそうに俺の腕を掴むティオネは、赤くした目を細めながら、ピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。

そんな彼女につられて、俺の心も少しだけ暖かくなっていたりして。

 

 

「ふふ!私、もう泣かないわ!」

 

「そうかよ。はぁ、恥ずかしい事を言わせんな」

 

 

尚もピョンピョンと跳ねるティオネ。

 

 

なぁ、ティオネ。

 

 

気付いているか?

 

 

 

 

「…またパンティーが落ちてきてるし…」

 

 

 

 

 


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