この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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リヴェリアは良い妻になる。

これは確信。


下衆な貴方に鍛錬を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロキ・ファミリアホーム。

 

俺は相変わらず転生された時の、つまりはジャージ姿で背を丸めて廊下を歩く。

恩恵を受けてからと言うものの、他の団員達へろくな紹介もなくただただ部屋だけを割り当てられた俺は、ダンジョンに向かうわけでもなく、こうしてホーム内を暇潰しに歩き回る毎日を過ごしていた。

 

「ふわぁぁ…。腹減った…」

 

大あくびをする俺の背後から聞こえる、透き通った声。

 

「…カズマよ。もう少し新人らしい態度を取れないのか?」

 

そうやって呆れ顔に俺を見つめるのはハイ・エルフでファミリア幹部のリヴェリア・リヨス・アールヴだ。

レベル6だとかで、このオラリオでも指折りの実力者らしい。

 

「母さんみたいなことを言うなよ。ここはオラリオ、冒険者の街だろ?冒険者は自由が生き甲斐だって、フィンも言ってたぞ」

 

「それは本物の冒険者が発して良い言葉だな」

 

「バカかおまえ!俺は大器晩成型なんだよ!」

 

「む。馬鹿とは言ってくれる。どれ、私が少し稽古をしてやろう。表に出ろクズマさん」

 

「ちょ、え?そのクズマさんって俺のこと?」

 

ロキ・ファミリアに入団して数日、どうやら俺の二つ名は既に決まっているようだ。

 

「アイズから聞いたぞ?カズマよ、おまえは恩恵を受ける前に、ミノタウロスを倒したそうだな?」

 

「はぁ。あんまりアイツの言葉を鵜呑みにするなよ。あれは偶然で…」

 

「ダンジョンに偶然なんて不確かな物は無いよ。おまえが言い張る偶然こそ、自身が引き起こした必然だ」

 

綺麗な顔をほんの少しだけ綻ばせながら、リヴェリアは俺の頭をポンポンと撫でる。

 

「それに、部屋でコソコソ何かを作っているらしいじゃないか。フィンに聞いたぞ?」

 

「あいつ、口の硬さには定評があるんじゃなかったのか」

 

「自前の武器を作れるとは、良いスキルが発現したものだ」

 

自前の武器、とは名ばかりだ。

一度ダンジョンで死に掛けた記憶を思い起こし、俺は発現したユーザビリティのスキルを駆使して、自己防衛に最低限必要になるであろう凶器を作っているだけ。

 

これはユーザビリティのスキルの利便性にもよる所だが、なんとなく頭で思い描いた物を、簡易的にだが作成することが出来る。

 

その過程で必要となる材料をフィンに強請ったのだが、それと引き換えにと部屋に居座られてしまった。

 

フィン曰く

 

『まるで、僕らとは違う文明の物だね』

 

まぁ、実際に違う文明で生きてきたしね。

 

「ロキの推薦と言う鳴り物入りで入団したおまえだからこそ、皆は少なからず期待しているのさ」

 

真昼間まで惰眠を貪っていた俺に?

昨夜も明け方までアマゾネスの生態について調べていた俺に?

 

「…あ、あのさ、期待とか…」

 

「期待してるぞ!!」

 

「お、おい、リヴェリア…」

 

「むしろ期待しかしていないさ!!」

 

「そうやって俺を追い込む気だな!?い、嫌だからな!俺は危ない事だけはしないと決めてるんだ!」

 

「ちっ…」

 

「エルフが舌打ちしちゃったよ」

 

こんな風に過ぎていく毎日。

惰性だけで生きていけるほど甘くない世界だとは理解してるさ。

それでも、冒険だとか言ってあんな暗い洞穴に潜るなんてごめんだ。

 

俺はそう思いながら、リヴェリアの横を通り抜けて部屋へ……

 

「……」

 

「む?なんだよ。通せんぼすんな」

 

戻ろうとしたのだが、リヴェリアは俺の前をわざと立ち塞ぐ。

 

「これよりダンジョンへ向かう」

 

「…は?」

 

「なに、心配するな。私も付いて行くし、向かうのは浅層だ」

 

「う、うそつくな!どうせ俺をダンジョンへ置いてきぼりにするつもりだろ!」

 

「そ、そんなことはしない!…さすがに信用が無さすぎないか?」

 

そうは言えど、レベル6のリヴェリアが居るって事は、少なくとも浅層での安全性は保たれるわけだ。

悪くない誘いではある…。

 

「…ちゃんと守れよな」

 

「む?」

 

「ちゃんと俺を守ってよな!!」

 

「……おまえにはプライドが無いのか?」

 

 

 

.

……

 

 

 

で、向かった先はダンジョンの3層。

初心者には打って付けだと言うコボルトやゴブリンが生息する、いわばこの世界のチュートリアル的な層だ。

 

ただ、コボルトだとかゴブリンだとかとは言っても、異形な顔をしたモンスターであるわけで。

 

目の前に接近してくれば怖いものは怖い。

 

「おいリヴェリア。最大火力の魔法でアイツらを殲滅しろ」

 

「作戦もヘッタクレも無い事を言うな。いいか、カズマ。相手はあのコボルトだ。心配せずともミノタウロスほどの力も速さも硬さも無い」

 

だが怖い。

例えばモニター越しに見るゾンビなら迷わず撃てるが、路地裏で遭遇してしまったヤンキーには脚を震わせてしまう。そういう事だ。

 

「最初は短剣から使ってみろ」

 

そう言ってリヴェリアがどこからか取り出した短剣を俺は素直に受け取る。

 

「じゅ、銃刀法違反とかで捕まんないよな?」

 

「じゅ、じゅーとーほー?なんだそれは…」

 

「いや、なんでもない…」

 

きょとんと首を傾げるリヴェリアを放っておき、俺は受け取った短剣をそれっぽく構えた。

とは言え、平和大国日本で育った俺に短剣を振るう技術などない。

 

「どうした?やはり怖いか?」

 

「…舐めるなよリヴェリア?俺は幾千もの武道書(漫画)に精通している。飛天御剣流の一つや二つ使ってやらぁぁぁーーーー!!」

 

短剣を構え、颯爽と駆け出す。

周りの風景がまるでアニメーションのように流れ行く中で、俺の右手は確かに短剣を握っていた。

 

「死ねやぁぁ畜生がぁぁぁっ!!」

 

ザンっ!!

と、振り下ろした短剣は、コボルトの頬に紙で切った程度の擦り傷を付けて空を彷徨う。

 

あらら、そう上手くはいかないわな…。

 

「……。あ、あはは〜。ごめんごめん。冗談っすよコボルトさん。あは、あははは……ぶっ!?」

 

強襲するコボルトの右ストレート。

左ジャブ右アッパー。嵐のような連打が俺の身体中を殴り飛ばした。

 

「うっ、あ、うっ、ちょ、タイム、タイムっ!お、おい!タイムだって言ってんだろうが!!」

 

それでも止まらないコボルトの連打に、俺は隙を見つけて無様にも逃げ帰る。

呆れた表情でそれを見ていたリヴェリアの後ろに隠れ、俺はようやく一息をつく事が出来た。

 

「はぁはぁ…、あ、危ねぇ…。あのコボルト、この層の親玉じゃないか?」

 

「そんなわけないだろう」

 

「もう帰ろう!ここはもう危ないから!」

 

リヴェリアの背中にがっしりと掴まりながら、俺はお家に帰りたがる幼子の如く喚き散らす。

 

「見て!ここ見て!殴られて腫れてるの!ちゃんと見て!!」

 

「わ、わかった。わかったから…。はぁ、男なら淑女の1人や2人、守ってみせろ…」

 

「うるせぇ年増エルフ!!」

 

「おまえなんつった?ここで私の最大火力が火を吹いても良いのだぞ?」

 

額に青筋を浮かべたリヴェリアに高速で頭を下げながら、俺はその場から逃げるようにダンジョンを後にした。

ただ、ダンジョンでモンスターと戦った。この事実は揺るがない。

一方的に蹂躙されたとは言え、果敢に剣を握ったことだけは褒めてもらうべきだろう。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「ほぅ、それで逃げ帰ってきたわけや」

 

「ち、違げえよ!戦略的撤退だ!!」

 

ダンジョンから戻るや否や、モンスターがダメなら中庭で鍛錬をするぞ!と張り切るリヴェリアから逃げ出し、俺はステイタスの更新をしてもらうべくロキの部屋へと訪れた。

 

あれだけの死線を潜り抜けたのだ、もはやレベル5くらいまで上がっていなくては割に合わない。

 

「ん。終わたで。ほい、これでも見て現実に目を向けや」

 

「あ?」

 

 

ーーーーーーーーーーー

佐藤 カズマ

 

レベル1

 

力 【I】 0

耐久 【I】 2

器用 【I】 0

敏捷 【I】 0

魔力 【I】 0

 

スキル

器用貧乏(ユーザビリティ)

悪運(ラック・オンリー)

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

上昇したのがまさかの耐久だけ!?

それも2!?

2って!!

 

「レベル1の子は荷物持ちするだけでも上がるもんなんやけどなぁ…、自分、やっぱり才能無いなぁ…」

 

「やっぱりってなんだよ…。それにしても、あんなに殴られたってのに2か…」

 

「そうガッカリすんなや。誰にでも成長速度ってのはあるもんや。カズマは冒険者史上、最も成長が遅いってだけや」

 

「おい、慰めになってねえからな?」

 

とは言え、これは確かに冒険者としての才能が皆無だ。

聞けば、コボルト程度なら恩恵の無い者にでも倒せるらしい。

耳を疑うレベルだよ、まったく。

 

「せや、今夜はアマゾネスの写真集でゴソゴソせんといて、時間空けといてな?」

 

「ご、ゴソゴソとかしてねえし…」

 

「遅なったけど、今夜はカズマの歓迎会や」

 

ゴソゴソとかまじでしてねえからな?

それだけは目で訴えつつ、俺はロキの言葉に小さく頷いた。

 

歓迎会とか、幼稚園の頃にやってもらって以来だな。

 

……あ、やばい、少し泣きそう。

 

「ちなみに参加者はあんまりおらへん。カズマに近寄ると妊娠させられるって噂のせいでな。…ぷーくすすす」

 

「感動を返せ貧乳!!」

 

「ひ、貧乳とちゃう!スレンダーなだけや!!」

 

 

 

で。

 

 

俺は参加者が少ないと宣言された歓迎会場へと向かった。

 

豊饒の女主人たる居酒屋に入ると、ロキの言う通り、その場に居た団員はロキを含めて8人。

 

え?ロキ・ファミリアって大所帯なファミリアだったよね?

 

さすがに少なすぎない?

 

ちなみに、知ってる顔はロキ、フィン、リヴェリア、ガレス、それと一応アイズに犬っころか…。

 

「おうカズマ!カズマのためにたった8人だけど集まってくれたで!たった8人やけど!!」

 

「2度も言うな!」

 

「むふふ。ちなみにカズマのご要望、女戦士(アマゾネス)のヒリュテ姉妹もご来店や!」

 

そう言いながら、ロキはヒリュテ姉妹と呼んだ2人のアマゾネスを抱き寄せる。

片方は人当たりの良さそうな笑顔でこちらに手を振り、もう1人は明らかな嫌悪感を含む視線でこちらを睨んでいた。

 

貧乳だが笑顔。

 

巨乳だが嫌悪。

 

「……チェンジ」

 

「「なんでよ!?」」

 

さすが姉妹。

息ぴったりだなぁ、と布の薄い腹周りを眺めつつ、俺はアイズとフィンの間に空けられた席へと座る。

 

「あはは。カズマ、本当に君は変わっているね。うちのレベル5達に向かってそんな態度が取れるなんて」

 

「フィン。団長なら下の教育はしっかりしておけよ?今日なんてリヴェリアにダンジョンで殺されかけたんだからな?」

 

「聞いてるよ。コボルト相手に手も足も出なかったんだって?」

 

「いやいや、手は出た。1発くらいは殴り返したはず」

 

むしろカウンターを合わせたし。と、俺の言い訳を聞くこともなく、フィンは酒をゆっくりと傾けながら喋り続ける。

 

「コボルトやゴブリンは浅層にしか現れないから軽視されがちだけどね、弱いからこその狡猾さも持ってる」

 

狡猾さ?

と、聞き返す俺に、フィンはニコリと微笑んだ。

 

「自分よりも弱い者にはトコトン愚直に攻撃を加えるのさ。それこそ、モンスターだって生きるために必死だからね」

 

「ほう」

 

「だが、君は生き延びた。…むしろピンピンしているようにも見える」

 

「それは、リヴェリアも居たし…」

 

「どうかな。リヴェリアが居なくとも、君はきっと()()()()()()()と思うよ?」

 

ふむ。

つまりはあれか?

俺の隠された力が解放される、みたいな?

 

「カズマの命運は死から最も遠い所にある。…いや、コレは僕の直感に過ぎないんだけどね」

 

「直感…」

 

そういえば聞いた事がある。

フィンの親指の噂を。

確か、鋭く何かを察知すると親指が疼くのだとか。

 

フィンは言いたい事だけを言うと、その小さな身体からは想像できない程の早さで酒を飲み続ける。

 

まぁ、悪い話じゃないよな。

 

1度死んでるんだ、出来ることならもう死にたくないし。

俺は自らにそう納得させ、目の前に出されていた酒に手をつけるーー、つけようとする。

 

ガシッと、リヴェリアの手がアイズを飛び越え伸びてきたと思うと、俺の手を抑えた。

 

「…なんだよ」

 

「カズマよ。酒は大人になってからだ」

 

「心は大人だよ」

 

「身体は16だろう」

 

やだこの人怖い。

なんで俺の年齢を知っているの?

 

「アイズを見習え。アイズも酒ではなくジュースで我慢してるんだ」

 

そう言われてアイズに視線を移すと、アイズはなぜかドヤ顔を浮かべながら、ジュースをこれ見よがしに飲んでいた。

お母さんの言う事も聞けないのぉ?

これだからお兄ちゃんは愚図なんだよ。って言いたそうな顔だなおい。

 

「ぐぬぬ」

 

「だが、私も鬼ではない。明日もダンジョンで鍛錬を行うと言うのなら一滴だけ飲ませてやるぞ?」

 

はい、リヴェリアもドヤ顔。

なにこのドヤ顔親子。

まじでぶん殴りたい。

 

「…リヴェリア、おまえ婚期を逃したろ?」

 

「な、何を突然!?」

 

ガタンと。

俺の言葉に反応したのはリヴェリアだけではなく、その場に居た全員が身体を揺らした。

 

「その融通の利かなさ、さらには餌を吊って物事を効率化させるやり口…、おまえは行き遅れのキャリアウーマンと同じ匂いがする!!」

 

「っ!!!き、貴様…、そのふざけた口を直ぐに閉じろ…」

 

「閉じてやろうか?それなら酒を飲ませろ!!」

 

「くっ!」

 

ふん!

所詮、力でモンスターを狩る冒険者。

口で俺に勝てると思うなよ!

 

「わ、私は副団長だ…」

 

「へ?」

 

わなわなと、震える身体をなんとか理性で抑えつけるリヴェリアは、怒り狂った瞳で俺を睨みつつ、静かに口を開く。

 

「…副団長の権限を、こ、行使する!!カズマ!おまえは明日からアイズ達のパーティーに入りダンジョンに強制出向とする!!」

 

「な、なんだと…っ!ふ、ふざけんな!そんな理不尽が…」

 

「理不尽ではない!!命令だ!」

 

俺はフィンに助けを求めるも、禁句を発したキミが悪い、とだけ言い残し、俺から目をそらされる。

ロキも、ガレスも、犬っころも、姉妹も、誰もが俺と目を合わせない。

 

「な、なんだってんだよこのファミリアは!ふざけた奴らばっかりだ!」

 

「「「「おまえが言うな」」」」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

そんなこんなで次の日。

本日も昼過ぎまで惰眠を貪ろうと毛布に包まっていた時だった。

 

バンっ!と、扉を強く開ける音が部屋に鳴り響く。

 

「…起きて」

 

「……」

 

「…起きて」

 

「……」

 

「…死んでる?」

 

「なんでだよ!?」

 

やはりと言うか、そこに居たのはコミュ障アイズ。

アイズは俺の毛布をぐいぐいと引っ張りながら、つぶらな瞳で何かを訴え続ける。

 

「…ダンジョン、行くよ」

 

「行かない。怖いし。死にたくないし」

 

「…私達が守るから」

 

「リヴェリアもそう言ってた!だけどコボルトにぼこぼこにされた!!」

 

「ぁぅ…。…っ、行くの…!」

 

俺を口で屈服させることが出来ないと判断したのか、アイズはほんの少しだけムキになった表情を浮かべ、俺の毛布をさらに激しく引っ張った。

な、なんなんだよコイツ!

 

「わ、分かったよ!分かったから引っ張るな!男の子の寝起きは神秘が多いんだから丁寧に扱え!!」

 

「…それじゃあ、正午に門の前」

 

「あいよ」

 

「……」

 

「…なんだよ。出てけよ」

 

「…カズマは、たぶんこのまま二度寝する」

 

み、見掛けによらず鋭い娘っ!!

俺は仕方なくベッドから起き上がり、アイズに出て行けと手を振る。

流石に、ジャージに着替え始めた俺を確認するやアイズは部屋から出て行ったが、なんとも信用の無いこと…。

 

はぁ、と溜息を一つ。

 

なんだってんだよ。

溢れる財産で堕落生活を送るなんて夢のまた夢じゃねえか。

 

それもこれもあのクソ女神のせいだ…。

 

「ぐぬぬぬ」

 

いや、もうやめよう。

これ以上、無駄な事で頭を使うのはただただしんどいだけだ。

 

さてと。

 

一応、護身用に()()()をいくつか持っていくか。

 

そもそもジャージでダンジョンに行くってどうなの?

アイズのヤツは強そうな装備を身に付けてたし。

 

「…今度、買ってもらおう。フィンあたりに…」

 

 

 

 


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