この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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微笑む母に胸キュンを

 

 

 

 

 

 

ぶらーん、ぶらーん、と。

鉄の枠に鎖で結ばれた椅子は、遠心力を利用して前後へと大きく揺れた。

カズマが造ったと言う『ぶらんこ』に、孤児院の少女が楽しげに揺られていると、その子が何か物欲しげな瞳で私を見つめていることに気がつく。

 

「どうかしたか?」

 

「お姉ちゃんは背中を押す人ね」

 

「ふふ、はいはい。ほら、落ちぬようにしっかりと掴まっているのだぞ?」

 

「うん!」

 

何やら背中を押す役に任命された私は、少女の笑顔を守るために、その役目を喜んで受け入れた。

 

「少女よ、名はなんと言う?」

 

「ルゥだよ!」

 

ほう。

可愛らしい名前だな。

 

「私はリヴェリアだ。よろしくな」

 

「お姉ちゃんはカズマの友達なの?」

 

「うむ。友達と言うか仲間…、かな」

 

「仲間かー!あ、次はお姉ちゃんの番ね!」

 

私が背中を押すたびにキャーキャーと喜ぶルゥは、次はお姉ちゃんねと私をぶらんこに座らせた。

椅子が低いために脚を曲げねば座れないそれは、やはり大人の私には少しだけ小さい。

 

すると、私の後ろに回ったルゥは、ぐいぐいと懸命に背中を押してくれるのだが

 

「ぐーー!ぐーー!…うぅ、重くて動かない…」

 

「そ、そんなに重くないだろ?」

 

「し、仕方ない!カズマを呼んでくるから待っててね!」

 

「え、ちょ…」

 

私の制止を聞くこともなく、ルゥはちょろちょろと走ってカズマの元へと行ってしまった。

そして、呼ばれて飛び出たカズマさんは、ぶらんこに座った私を見て、呆れたように溜息を吐く。

 

「…おまえ、それ子供用だぞ?」

 

「むむ。し、仕方ないだろう。ルゥに座れと言われたのだから」

 

「で?俺はおまえの背中を押せば良いの?」

 

「え、いや、別に私は…」

 

と、言ったものの、先ほどルゥが興じていたように、前後に揺れるぶらんこの快感を味わいたいと思わなくもない…。

 

「…ほら、押してやるからちゃんと掴まれよ」

 

「う、うむ。よろしく頼む」

 

「よっ。ほっ」

 

「おお!おおー!な、なんだこの浮遊感は!」

 

「はっはっは。もっと押すぞー」

 

「ぬぉー!うぉー!!は、早い!これは良い物だ!!」

 

風よりも早くぶらんこが揺れた時、少しばかりはしゃぎ過ぎたのか、私の靴がぴょーーんと脱げて飛んでいってしまった。

 

「あぁー!私の靴が!!」

 

「おまえガキじゃねえんだから…。取ってきてやるから待ってろ」

 

「す、すまん…」

 

とてとてとカズマが私の靴を取って戻ってくると、丁寧にも私の足元にしゃがみ、靴を履かせてくれる。

 

「…じ、自分で履けるのだが…」

 

「と、悪い悪い。いつもガキどもが飛ばすからさ、癖でな」

 

「…はは。面倒見が良いのだな。意外だったよ。おまえが孤児院に訪れていたなんてな」

 

「……」

 

…やはり、カズマは何かを隠している。

孤児院へ訪れる理由を聞く度、どこか迷ったように、言いかけた言葉を飲み込む仕草を見せるのだ。

 

歯切れが悪いのはカズマらしくないな。

 

私はそう思い、ルゥに聞こえない声でカズマに尋ねる。

 

「…カズマ、何か隠してないか?」

 

「珍しく勘が良いじゃないか。…ルゥ、次はあっちの滑り台で遊ぶか」

 

そう言って、カズマは自然にルゥをその場から遠ざけると、周りを警戒しながら私の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「リヴェリア、おまえは目の前にモンスターが現れたらどうする?」

 

「なんだ?心理テストか?」

 

「違えよ!」

 

「うむ。冒険者として、モンスターが現れたら倒す。それ以外に考えられまい」

 

「…。…だよなー。やっぱそうだよなー」

 

やっぱそうだよなー、とはどういう意味か。

私とてエルフを納める王族の血筋だ。

カズマの言いたい事の真意くらいはわかる。

 

私は滑り台と呼ばれる器具から手を振るルゥ達に手を振り返しながら、カズマに問い掛けた。

 

「…モンスターに情でも湧いたか?」

 

「バカかよ。モンスターなんてのは害悪でしかねえ。特にコボルト。あいつは許さん」

 

「それならば、先程の質問は何のためにしたんだ?」

 

「まだ言わない。おまえはバカだし口も軽いから…、痛っ!な、何しやがる!」

 

「ふん、少しばかり躾をな」

 

カズマは私が杖で殴った頭を手で撫でながら、恨めしそうに私を睨んだ。

 

…イラっとした。

 

なんだか信じてもらえていないようなので。

 

これでも私は副団長で、誰よりも面倒見がいいと自負していたのだがな…。

 

親心子知らずと言うか、カズマやアイズには、あまり私の心配が伝わらない。

 

「痛い!痛い!なんでそんなに叩くんだよ!」

 

「ふん!」

 

「ちょっと!血が出てる!血が出てるぞ!万能薬を持ってきて!早く万能薬を持ってきて!!」

 

「血など出ていないだろ。まったく、本当にカズマは…。はぁ…」

 

「おい、人の顔を見て溜息吐くな。そして呆れたような顔で見るな」

 

溜息くらい出るさ。

危なっかしい子供が沢山居るのだからな。

 

カズマは尚も好戦的な目を向けてくるも、私はそれ以上取り合わない。

 

ふと、ルゥ達の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

「さて、ルゥ達と遊んでくるかな。あの滑り台とやらも興味深いしな」

 

「ぷーくすくす。おまえのでかい尻じゃ滑れないのに」

 

「おい。私の尻は大きくないからな」

 

「はいはい。それじゃあ頑張って滑ってこい」

 

「大きくないからな!絶対に滑って見せるからそこで見ておけ!」

 

 

 

.

……

 

 

 

 

「お姉ちゃん、元気出しなよ」

 

「…ルゥ」

 

外で遊び終えたのか、ルゥ達は手洗いうがいを済まして孤児院の中へと戻ってきた。

そして、しょぼくれた私を見るや、ルゥは優しく、慰めの言葉を投げかけてくれた。

 

「あれは子供用だから、お姉ちゃんには小さかったね」

 

「ぐっ」

 

「お尻がはまっちゃったもんね」

 

「ぐぬぬっ」

 

「…お姉ちゃん、お尻が大きいから仕方ないね」

 

「ぐわっ!」

 

子供の無邪気な言葉は時に強い鋭さを持つ。

そういえば、アイズもまだ幼かった頃に、『リヴェリアはお尻が大きいね』と言っていたっけ…。

 

え、私ってお尻が大きいの?

 

エルフってスレンダーな身体が特徴なんだけど…。

 

……げ、解せぬ。

 

「あ、カズマが戻ってきたよ!」

 

「む?戻ってきた?」

 

戻ってきたとは?

あいつ、私が滑り台に挟まってしまったときに何処かへ行っていたのか?

 

…ふぅ、良かった。

 

これならイジメられないな。

 

「おうリヴェリア、やっぱり尻が挟まったみたいだな」

 

「ぐぬぬぬぬぬ!」

 

どこから情報が漏れたのだ!

ルゥか!?

マリアか!?

それとも他の子供達からか!?

 

「叫び声が孤児院の裏まで聞こえてたぞ」

 

「さ、叫んでなどいない!」

 

「うそつけ!か、カズマ!これは違うのだ!って叫んでたじゃねえか!」

 

「くっ…、殺せ…、殺してくれ…」

 

なんたる屈辱…。

カズマめ、私の事をどれだけ辱めれば気がすむのだ…っ。

 

「それよかコイツらを昼寝させたら俺は帰るけど、おまえはどうする?ここでお母さんやる?」

 

「なんだお母さんをやるとは…。私も帰るさ。…それよりもカズマ、おまえは孤児院の裏などに行って何をしていたんだ?」

 

「シッコだよ。言わせんな恥ずかしい」

 

「そ、そうか…。それはすまない…」

 

そう言うと、カズマは子供達を昼寝部屋へと連れて行き、マリア殿にそろそろ御暇する旨を伝えた。

 

何やら、今日はカズマの意外な一面を見た気がするな。

 

ああして子供達の手を引く姿なんて、ファミリアでぐうたらと過ごすカズマからでは想像ができない。

 

うむ…。

 

少しだけ、見直してやろうかな。

 

 

「さて、帰るか。母さん」

 

「うむ。子供達は素直に寝てくれたか?父さん」

 

 

なんて、冗談を言い合いながら、私達は孤児院を後にした。

 

玄関を出る際に、カズマが何かを注意深く見ていた気がする。

 

だが、何を見ていた?と聞いても答えてはくれないのだろう。

 

 

まぁいい。今日は楽しかったしな。

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

「…へぇ。…リヴェリアと遊んでたんだ」

 

「別に遊んでたわけじゃないけどな」

 

深夜の中庭で、日常となりつつあるアイズとの会話。

夜遅くまで鍛錬を行っていたアイズと、やる事も無くなり館内を徘徊していた俺は、共に芝生へ座って星を眺めた。

 

特段に話す事もなく、ただただ今日の出来事を淡々と話していたのだが、何やらアイズは、俺がリヴェリアと一緒に出掛けたことが気に食わなかったらしく、頬をぷっくりと膨らましてこちらを睨む。

 

「妹よ。そう睨むな」

 

「…むぅ」

 

俺はペシっとその膨れた頬を叩きながら

 

「ほら、じゃが丸くんをやろう」

 

「…冷めてる。…でも美味しい」

 

「まじか…。この味無しコロッケのどこか美味しいのかねえ…」

 

と、俺がアイズの咥えるじゃが丸くんを見ていると、アイズは何を勘違いしたのか、食べかけのソレを俺に差し出す。

 

「…はい。…あーん」

 

「え、おま、そ、そんなのいらねえよ…」

 

「…ぷーくすくす。照れてる…」

 

「て、照れてなんかねえし!?」

 

「…ん、それなら、はい。…あーん」

 

「…っ。あ、あーん!」

 

ガブっと。

冷めたじゃが丸くんは正直不味い。

だが、このシチュエーションは少しだけ甘酸っぱい。

 

なんなんだよ、この妹。

 

遠征以来、こういう感じに俺をドキっとさせやがる。

 

レフィーヤ、リリに次ぐ第3の女のクセに…。

 

 

「…あぁ、私のじゃが丸くんが、こんなに小さく…」

 

「ふん、もう残ってないぞ」

 

「……。…ねぇ、お兄ちゃん」

 

「お兄ちゃん言うな。おまえみたいなクソ生意気な妹はもう破門だ」

 

「…頭、撫でて」

 

「我儘な奴め。少し可愛いから撫でてやろう」

 

「…ふふ」

 

俺が優しく頭を撫でてやると、アイズは嬉しそうに俺に肩を寄せてきた。

 

なんだか恋人みたいだな…。

 

…。

 

「ちょっと待って。このままじゃアイズのルートに入っちゃうわ」

 

「…?」

 

「いかん。俺の嫁はグラマラスな熟れた人妻、フレイヤあたりが良いのに」

 

「…?…?」

 

 

あぶねぇ…。

アイズが妹キャラを前面に出してきたせいで、俺のお兄ちゃん性が開花する所だった。

 

だめだだめだ、帰ったらもう一回、フレイヤん所から盗んできた下着の匂いを嗅がないと…。

 

 

「それじゃアイズ。俺は部屋に戻るから」

 

「…嫌、もっと撫でて」

 

「は、離せ!おまえ汗臭いぞ!風呂入って寝ろよな!」

 

「…酷いっ!」

 

「おらー!花鳥風月ーー!!」

 

「…ぬわぁ〜」

 

 

花鳥風月により頭からずぶ濡れになったアイズをペイっと蹴り捨て、俺は部屋へと全力で戻る。

 

男の子の下半身事情は大変なのだ。

 

ふへへ。

 

今夜はまだまだ眠れなそうだぜ…。

 

 

 

「…へへ、明日はフレイヤの所に行って、レギンスを頂戴しよう…」

 

 

 

 

 

 


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