レフィーヤからカズマの帰りが遅くなるときき、さらには遠征後からやけに外出が増えた事もあり、私はどうにも、カズマがまた裏で何かをコソコソと企んでいるのではと疑っていた。
あまり仲間を疑うのも憚れるものだが、カズマに至っては話が別である。
アイツは1人で何でも解決できる分、人に頼ろうとしないから。
…まったく、なぜ私を頼らん…。
そわそわそわそわと、いつもの応接間でうろついてみても落ち着かない。
あぁ、もう!
なんなのだいったい!
どうしてこうも私に心配をかけるのだ!
「…むむむ」
カズマのデストロイヤー戦での働きは誰もが認めるものだった。
不思議な詠唱後に放出された高密度の魔法により、デストロイヤーの魔法障壁を破ったと思えば、いつものエクスプロージョンであの分厚い装甲を木っ端微塵にしてみせた。
数百年に渡り冒険者を苦しめてきた脅威を、あいつは殆ど1人だけの力で倒したのだ。
…そりゃ鼻も高くなろうさ。
周りもチヤホヤしてくれるだろうさ。
……。
「…だが私は違う!ここで甘やかしてはカズマが碌でもない人間に育ってしまうからな!」
あえて厳しく育てないとダメなのだ!
嫌われ役になろうとも、私はカズマがしっかりと成人するまで見守り続けてみせる!!
と、力を込めて腕を上げた時に
ガチャンっ!!
「!?」
あーー!!
レフィーヤが大切にしてた花瓶が!!
わ、私の腕か?
私の腕が当たって落ちてしまったのか?
…….ぐぬぬ、カズマめ、卑劣な…。
「…はぁ。代わりの物を買いに行くか…」
.
…
……
で。
露店街を見て回っていた時にカズマと偶然出くわしたわけなのだが、珍しく2人で行動することになり、私は何を喋れば良いのかと頭を悩ませている。
複雑なダイダロス通りを迷う事なく歩くカズマの背中は、線の細いエルフに比べて少しだけ広い。
…なんだ、カズマもしっかり冒険者になっているんだな。
なんて思ってしまうあたり、私はやはり彼らのお母さんなのだろうか。
「…ふふ」
「あ?なんだよ、急に笑いやがって」
「いや、なんでもないよ。それにしても、こうやって2人で歩くのも久し振りだな」
「ん、3層に行って以来か」
「随分と逞しくなったじゃないか」
「な、なんだよ急に、気持ちわりぃな」
カズマは私の言葉に照れながらも足を早める。
そうか、こうして2人で歩くのも、カズマが3層でコボルトに泣かされて以来なのか。
随分と前の事に思えるが、ほんの数ヶ月前の出来事でしかないのだ。
そうだ、ほんの数ヶ月しか経っていない。
それなのに、カズマは数々の強敵を倒し、前例の無い飛び級を繰り返して、今はレベル5。
一応、公表されているレベルは3となっているが、ロキからファミリアの古参組である私達には本当のレベルを教えられている。
流石にその時は驚いたものの、デストロイヤーとの戦闘を目の前にし、カズマならあり得るかと納得させられてしまった。
「…本当に、おまえには驚かされてばかりだ」
「あ、この前にイタズラで仕掛けたビリビリボールペンのこと?ぷーくすくす。あの時のおまえの顔は秀逸だったな」
「あれは貴様か!本気で痛かったんだぞ!!謝れ!」
「あとおまえの部屋の前にローションを撒いておいたのも俺だからね」
「あれも貴様か!!」
「ぷーくすくす!うわぁ!って言ってた。うわぁ!って。ぷぷ」
「ぐぬぬ。考えてみれば、あんな事をするのは貴様くらいしかいないか…」
褒めてみたらコレだ。
その下らない発想はどこから来るのだ?
「はぁ…。それで、どこへ行くというのだ?まさか私を人気の少ない路地裏に連れ込もうとしているわけではあるまいな?」
「………ふんっ」
「鼻で笑った!?鼻で笑ったのか貴様!!」
「…おまえ時々ヒロイン振るよな。言っておくけど俺のヒロイン枠は既に埋まってるからな」
「わ、私だってヒロインになれるポテンシャルは持っているはずだ!」
「…はいはい、わろたわろた」
わ、わろた…。
…私はヒロイン枠に立候補すら出来ないのか…。
と、少なからず悔しさを噛み締めながらも、相変わらず薄暗いダイダロス通りを歩き続けていると、目の前には大きく開けた空き地が現れた。
そこには小さくてボロボロな建物と、なんだかヘンテコな遊具?のような物が数個あるだけ。
「…む。廃墟…?」
「違う。孤児院だ」
「…孤児院…?」
「身寄りのないガキどもを預かってるんだとよ。それも無償でさ」
そう言うと、カズマは勝手知ったるとばかりにその孤児院の戸を開けた。
キィーと、建て付けが悪いのか、扉は開けられると大きな擦れ音を出す。
だがそれが来客のベルの代わりとなっているのか、中で遊んでいたヒューマンの子供達がカズマのもとへ、とてとてと走り寄ってきた。
「おー!カズマが来たー!」
「またじゃが丸くん持って来てくれたの!?」
「今日も何か造ってくれよ!」
小さな喧騒がカズマを中心に沸き起こる。
子供たちは素直な笑顔を浮かべ、邪悪で下衆なカズマにしがみ付くや、まるで昔のレフィーヤのように戯れついていた。
……む、なんだか好かれているな…。
「ん?そっちの綺麗なお姉ちゃんは誰?」
「む。ふふ、可愛い子供じゃないか。私はカズマの」
「お母さん」
「おい」
綺麗なお姉ちゃんだって怒るんだぞ?
「んじゃ、ほれ、手を洗ってこい。じゃが丸くんは逃げないから」
「「「「はーい!」」」」
可愛らしく手を上げて返事をすると、子供たちは早くじゃが丸くんが食べたいのか、慌ただしくその場から離れていった。
ふと、私はカズマのほっぺを抓りながら、この状況の説明を求める。
「…それで?どういうことだ?」
「別に。偶々ココを見つけてアイツらと知り合っただけだよ」
「ふむ。じゃが丸くんの差し入れまで持ってきて、随分と心が穏やかじゃないか。おまえらしくもない」
「……そうか?」
ほんの少しだけ含みのある返答。
何か隠してるのか?と思うも、子供達の前でカズマを尋問するわけにもいかないか。
「マリアー。おーいマリアー!」
「あ、はーい。すみません、ちょっと洗い物を…、ってあら?カズマさん。また来てくださったんですね」
カズマの呼び声に、孤児院の奥から手を拭きながら現れたのは、少し痩せ気味の年配の女性。
彼女はカズマの顔を見るなり安心した顔付きでこちらへと走り寄ってきた。
「暇だっただけだよ。あ、あとコイツも付いて来た」
「…?…!?ろ、ロキ・ファミリアのリヴェリア様じゃないですか!?」
「ああ、リヴェリア・リヨス・アールヴだ」
「あ、えっと、私はマリアと申します」
礼儀正しいヒューマンだ。
カズマとは大違い。
本当になんで同じ種族でこうも変わるんだ?
「おいリヴェリア、おまえ今、失礼なこと考えたろ?」
「いやいや。ちょっとおまえの人間性を否定しただけさ」
「喧嘩だな?喧嘩がしたいんだな?」
「場をわきまえろ。子供たちが怯えるだろ」
子供たちは忙しなく手を洗ってはこちらへ戻ってきて、カズマからじゃが丸くんを受け取るや喜んでリビングへと走っていった。
なんともまぁ…。
可愛らしいものだな…。
冒険者稼業に身を置きながらも、ああいう子供たちに囲まれて、幸せな家庭で過ごしてみたいと思ってしまう。
庭付きの一軒家で、暖かいシチューなんて作って一緒に食べてさ。
休日は娘と一緒に庭の手入れをするんだ。
寝る前には優しい旦那とたわいの無い会話をして、また明日も早く来ないかなぁなんて思いながらベッドに入る。
……。
……あぁ、なんで私には春が来ないんだろ。
「おい母さん。よかったな、いっぱい子供が出来て」
「…ふふ。この子たちに不自由のない生活を送らせなくてはな。旦那様よ、しっかりと稼いできてくれよ?」
短い…。
せっかくのリヴェリアメインの話なのに…。