前略、前世のお母様へ……
お元気ですか? 私は元気に悪役になっています。未だに目標は達成していませんが、もうすぐまで来ていますので安心してください。
そんな私ですが……
「「「カンパーーイ!!」」」
「さぁどんどん飲め飲め! 今夜は宴だ!」
「ゴク…ゴク…プハー! うめえ!」
「いい飲みっぷりじゃないか!」
「いえいえ、魏延の姉御には負けやすぜ!」
「ホントホント。でももうちょっと可愛く着飾った方が魅力的よ」
「フン! そんなモノは私には必要ない!」
「ふふっ……いつかわかりますよ」
敵対しようとしていた人たちと宴をしています。みんな楽しそうです。
なんでこうなっちゃったんだろ?
「杯が空いてますよ。どうぞ」
「あ、はい……ありがとうございます」
「
「ふふっ。はいはい」
「本当に……ありがとうございます」
やめてください黄忠さん。そんなもの優しそうな笑顔を見せないでください。違うんです。私は貴方の娘さんを使ってくっころしたいと思っていたんです。決して助けようなんて思っていませんよ。
あ、いや、もちろん目的さえ達成すればちゃんと解放する予定ではありましたけど……
「………………あっるええええええ??」
何故、私たちが此処まで歓迎されているのか。それはある日の出来事がありました。
それはこの地に訪れてからのお話です……
〜臧覇サイド〜
「兄貴! ここいらで活動している賊の一覧です!」
「ご苦労。どれどれ……」
前回、俺は悪役をイメチェンしようと試みたが失敗に終わった為、いつも通りの山賊に戻っていた。やっぱりこっちがしっくりくるぜ。
そして部下と共に離れの場所を確保し、迅速に同業者の処理を行っていた。悪役は俺1人で十分だからな。
「なるほど……主に誘拐を行う集団が大きいようだな」
結構な規模の山賊だこと。でもまあ黄巾党よりは少ないか。
「誘拐ですって?! なんて野郎どもだ許せねぇ!」
「同じ人間とは思えん……解せん奴らだ」
「そんなオイタする悪餓鬼はアタシたちで成敗よ!!」
「「「ヒャッハー!!」」」
……………うん。気合いは入るのはいいことだ。だが、一つ言わせてくれ。
「君たちって、自分の立場を理解してる?」
「え? 山賊っすよね?」
「泣く子も黙る臧覇一派ですよ?」
「男が裸足で逃げる臧覇の兄貴だわ」
「山賊って……誘拐とか村に襲撃とか普通にやるよ?」
「「「…………え?!」」」
やっぱり理解してなかったよコイツら。
「でも兄貴は今までやってないっすよね?」
「そんな小粒な悪行には興味ない。俺は目指すは天下も驚く大悪行よ!」
「だ、大悪行!? それって一体……」
「ふっ……時が来ればわかるさ」
「やだ……アタシの兄貴……カッコ良すぎ……じゅるり」
なんかケツがゾワっとしたけど、まぁいい。とりあえず、この小粒集団をどうにかしないとどうにもならんからな。
「てめぇら! 此処の雑魚どもを片付けるぞ!」
「「「ヒャッハー!!」」」
〜数分後〜
「くっ! ころアバババ?!」
「お客さん……天丼はいらないんですよ」
だから男のくっころは毒なんだよ。黙ってくたばれよ。
「出た! 兄貴の百の技が一つ!
「胴体が引きちぎれる勢いの力でかけていく恐ろしい技だぜ……」
「でもアレ……兄貴とものすごく絡み合うからアタシは好きなの……」
よし。この技は封印しよう今決めた。
ともかく大将は倒したから大丈夫だろう。
「美花」
「誘拐されていた人たちを護衛しながらこちらに連れてきます。それと彼らとの繋がりのある役人を調べます」
「さすがだな」
「イクッ……勿体なきお言葉です」
今なんて言いました?
…………空耳だな。うん。
「兄貴、今回の誘拐されていたヤツなんすけど……その……」
「…………子供か」
「へい」
世の中には色んなヤツはいる。前世でも疑うような事件もあったからあまり気にしない。
部下が戸惑うのは自分たちが行くと泣かれてしまい、落ち込むからだ。繊細だなオイ。
「なら俺も行こう。案内をしてくれ」
「わかりやした!」
賊も片付き、手が余ったから俺も向かうことにした。
〜監禁室〜
薄汚い場所に案内された俺。ったく、ちゃんと掃除しとけよ。子供が病気になったら高く売れないだろ。
オンボロの扉を開けると年齢が十も行かない子供たちが震えながら隅っこで固まっていた。多分、泣くことも許されなかったんだろうな。
そんな感じでしばらく子供を見ていると……
「…………こ、此処は通さない!」
今にも泣きそうな女の子が前に出てきた……ってちょっと待って。この子って確か……
「璃……ッ!」
璃々ちゃんと呼ぼうとした口を塞ぐ俺。危ない危ない……璃々ちゃんって真名の可能性があるから気安く呼べない。
「あ、兄貴? どうしやした?」
「いや……この娘、確か黄忠とやらの娘ではないか?」
「ッ! お母さんを知ってるの!?」
黄忠という名前に反応したのか、こちらに食いついてきた。
まさかこんな形で会えるとは思わなかった。
しかし、これは……
「ふふふっ……来たな。俺の時代が」
僥倖っ…! 圧倒的僥倖っ……!!!
「俺は急用が出来た。此処を任せるぞ」
「ええっ!? ガキはどうすんですか!?」
「お前らでどうにかしろ。傷は付けるなよ」
そう言い残し、俺はこの場を離れた。そして美花を呼び、すぐに文を作り、ある場所に送るように指示をする。
「これで黄忠は釣れる。そして必ず
【娘は預かった。返して欲しければ取引に応じろ。指定の場所にて少数で来い】
これで後は璃々ちゃんを利用し、黄忠さんたちのくっころ物語が始まるのだ。
ふふふっ……まだだ。まだ耐えろ。全てはくっころが成功してからだ。
〜数日後〜
「…………来たな」
どうやら、黄忠さんがやって来たようだ。ご丁寧に厳顔さんと魏延さんもいやっしゃる。
「…………………」
心配そうな顔をしている黄忠さんに対し、厳顔さんと魏延さんは今にも攻撃して来そうな目で俺を睨んでいる。
あぁ……いい……。
「お主が璃々を預かっているヤツか?」
「預かっている? 馬鹿な話はするな。これは取引だ」
「何だと!」
「
「くっ!」
けけけ……完璧に相手を掴んでいる。
「文は読ませて頂きました。取引の前に……一度だけ、璃々に合わせて頂けないでしょうか?」
「………………条件がある」
俺は斜めの方向に指を指し……
「あの部隊は決して動かさないことだ」
「「ッ!?」」
やはりな。微かながらだが、音がしている。話し声ではない、鉄が擦れる音だ。
「俺は少人数で来いと言ったのだがな……まぁいい。俺は優しいからな。今回は目を瞑ろう」
「……ありがとうございます」
さぁ此処までは予定通り。後は部下と待機させている璃々ちゃんたちと再会だ。きっと部屋の片隅でカタカタと震えているに違いない。あえて部下を残したのもアイツらは子供の扱いを知らないからきっと大声でも怒鳴り散らしているだろう。
もうすぐだ、もう少しで俺の夢は達成される。
意気揚々と俺は部屋の前に到着する。
「ここだ。念のために武器は此処で捨てろ」
「わかりました。2人もお願い」
「……承知」
「……わかりました」
ゴトンと各々の武器を地面に置く3人。それを確認した俺は勢いよく扉を開けた。
さぁ……絶望にひれ伏すがいい!!
開けた扉から部屋を確認すると……
「ベロベロバァー!!」
「きゃっきゃっ!」
そこは…………
「右手にあるこの玉。これを思いっきり握ると……消えてしまうんです!」
「すごーい!!」
「どうやったの!?」
そこ……は………
「はい、兄貴直伝の玉子汁よ。熱いから気をつけなさい」
「はーい!!」
俺の部下たちと子供たちが仲良く遊んでいました。
……………は?
「? ……!? お母さん!!」
「璃々!!」
俺が呆然としている横で感動の再会をする黄忠さん。
「あ! 兄貴! お帰りになったんですかい!」
俺に気づいた部下3人は俺に近づいてきた。
うん、ちょっと待って。今、気持ちの整理をしてるから……。
「オイ! これは一体どういうことだ!」
俺が聞きたいです魏延さん。と、取り敢えずは事情を聞かないと……
「……何してんのキミタツィ?」
いや、これはコイツらが考えた策に決まっている。だからそれまでは冷静にいないとな。
「あの後、子供相手はいつも兄貴任せだったんで俺たち考えたんすよ!」
うん。
「俺たちはどう頑張っても兄貴にはなれない……だから、俺たちなりの答えを見つけようと話し合いました」
うん。
「そしてアタシたちは……子供に笑顔を作ることにしたんです!」
うん。……うん?
「その後は他のヤツらと協力して、子供向けの本や兄貴直伝の手品を見せてやりやした! おかげでみんなめっちゃ元気になりやしたよ!」
………………忘れてた。コイツら、多方面で万能性能だったんだ。
よく見たらこの部屋も明るい感じになってるし、床も怪我しないように柔らかくしてるし、奥にある小型のスベリ台も作ってあるし……。
「いやー、まさか子供がこんなに可愛いとは思いやせんでしたよ!」
「全くだ。これも兄貴が俺たちに任せてくれたおかげだな」
「やっぱり兄貴は大陸一の漢だわ!!」
「「「ヒャッハーー!!」」」
違うんだ。お前たちが子守が出来ないと思って託したんだ。こうなるとは思ってもいなかったんだ。
「「「ひゃっはー!」」」
そこの子供たち! 部下のマネをするのはやめなさい! 山賊になりますよ!
「待たれよ。何故、子供らがこんな場所におるのだ? やはりお主らが誘拐を」
「んなわきゃねえだろ!! 兄貴は大悪党となるお方だ! こんなチンケな悪行に興味はねえんだよ!」
そうなんだけどさ! 今は黙っててお願い!
「それは私から説明致します」
そしてふと現れる美花。あ、ヤバい。この流れは絶対に良くない流れだ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「待っ……」
「聞こう」
おーっと此処で厳顔くん、上手く割り込んだ!
「この子供たちはある場所に送られる予定でした。それを我々が保護する形になります」
「ほう……して、その場所とは?」
「巴郡です」
「……ワシの町か」
「然り。それも
「またあのクソボウズか……」
「賊もそのお方も直属の配下の娘を拉致していたとは思っていなかったんでしょう。これがもし、劉璋様の耳に入っていたら……」
「ああ。間違いなく人質よ」
ハァと溜息が出る厳顔さん。待てよ? 此処で俺たちが劉璋さんと知り合いとの設定にすれば……
「ちなみにそのお方に息がかかった賊は既に排除しておりますゆえ、これ以上は誘拐は出ないかと思います」
チクチョウ!
「……そうですか」
先ほどまで璃々ちゃんと抱きついていた黄忠さんがこちらに身体を向ける。
「少人数での呼び出しや武器を捨てる行為は……子供たちを安心させる行いだったんですね」
変な捉え方はやめてください! 俺は俺のためにやったんだよ!
「だが、こんな回りくどいやり方をしなくても……」
「考えろ焔耶。今回はワシらの町で出てきた膿。誰が味方かもわからん状況。なればこうするしか他あるまいて」
「…………浅はかでした」
オイオイこの流れはマズイ。何処かで最低なことをしないと……
「今回の件、本当にありがとうございました。どれほどの恩かはわかりかねますが、必ずお返しを出来ればと思います」
「おじさん! ありがとうございます!」
深々と頭を下げる黄忠さんと璃々ちゃん。
…………待てよ? 此処でもし、璃々ちゃんを蹴り飛ばせばまた敵対するんじゃないか?あまり得策ではないことは確か。しかし、俺には考える時間がない。やるのだ臧覇!
「「「おじさん、ありがとう!」」」
璃々に見習って子供達もお辞儀をする。
やれ……や……れ………。
う、うおおおおおおおお!!!
「どう……いたしまして……」
……もうヘタレでもいいです。
〜深夜・臧覇サイド〜
以上のことがあり、俺はこの地域の武将さんと仲良くなりました。
あの後すぐに帰ろうとしたんですが、黄忠さんと厳顔さんにどうしてもと言われて宴会を開くことになったのです。
そしてその宴会も終わり、この地域の人たちが寝てるであろう時間に俺たちは此処を去る準備をしていた。あまり長居するつもりはないのでとっととおさらばだ。
「全員、終わったか?」
「へい!」
「……もう一度聞くが酔っ払ってるヤツはいないのか?」
「俺たちなら大丈夫でっせ! あれだけならまだまだ飲めやす!」
厳顔さん、ぶっ倒れてたよ? 君たちの身体どうなってるの?
「それならいい。ならば行くぞ!」
俺の掛け声と共に数十の人が深夜の内に消えた。今回もまた失敗したが、俺は諦めない。必ず、必ずや成功して天へと高笑いしてやるからな!
この日を境に“名無しの救世主”という謎の噂が大陸を駆け巡るのだが、この時の俺は知るよしもなかったのである……