1月30日。
インターネットで新キラ始動を知り旅支度を大方済ませたライに、ヲンスが言った。
〈――ライ、お前はノートを使わないのか?〉
ライはネット通販で買った旅行鞄を閉じ、机の上のノートを手に取って答えた。
「このノートはオレの手元にあるだけで、人間界のノート総数を把握できるっていうアドバンテージになるからね。それにLならきっとノートを使って人を殺さない。だからノートは使わない」
〈Lも必要ならばノートの力を利用する可能性は、考えないのか?〉
「考えたけど、そんなLカッコ良くないじゃん!」
〈そういう問題、なのか……? いや、お前にとっては大事なのかもしれないが……〉
「それより、Lでも警察と協力してたからあんな凄い仕掛けでLを炙り出したんだよね。てことはやっぱ、オレも警察の人と仲良くなった方が良いかなー」
〈ノートの事は話すのか?〉
「基本話すつもりだよ。こう、さ。アタッシュケース開いてノート見せて、『私はライ。貴方がたと取引に参りました』とか言ったりしてさ! カッコイイだろ!」
〈知るか〉
「あ、でもLっぽくないな。顔を見せない方がLっぽい。警察を誘導してノートを入手させたりする方が良いかな。『これが私の誠意であり、貴方がたへの手向けです』みたいな!」
〈待て待て、お前がノートを集めるというのを忘れていないか?〉
「へ?」
きょとんとした目でヲンスを見つめ返すライに、ヲンスはたじろぐ。
〈ま、まさか……〉
「そりゃ集めるよ? 集めるけど、最終的に管理するのはオレじゃなくてもいいかなーって。所有権を放棄してノートをちゃんとした人に預けるのを条件にL扱いしてもらうのも、割とアリじゃない?」
〈……まぁ、ダメではないが〉
「所有権で思い出した。死神の眼の話なんだけどさ。もし眼の取引をした所有者がいたらヤバいよね」
〈そうだな〉
「じゃあ所有権は放棄しておいた方がいいかなー……よし、なら秋葉原に行こう!」
〈文脈が読めないぞ、ライ〉
「ノートの隠し場所を作るんだよ。ヲンスを見る事ができて、かつノートに直接触らず持ち運ぶ為のね。ノートに名前を書いた事のない所有者が所有権を放棄しても、ノートに関する記憶は消えないんでしょ?」
ライはノートのページを千切り、そしてノート本体を封筒に入れ、ヲンスを見て言った。
「それじゃ、ヲンス。所有権を捨てるよ」
〈わかった〉
一時的にライにはヲンスの姿が見えなくなる。しかしノートが封筒に入っている事も、これから目の前にあるノートのページに触れてヲンスを再度知覚できるようになる予定も覚えている。ライはその切れ端を手に取った。
「よし、また会えたね、ヲンス」
再び姿が見えるようになったヲンスに微笑み、ライは言った。
「直接触れると所有権が戻っちゃうから、秋葉原でノートパソコンを改造して封筒ごとノートを仕込むスペースを作る辺りが妥当だよね。その辺の知識も仕入れないと……」
〈…………〉
「…………」
〈……何だ、こっちを見て〉
何かを期待するような視線をヲンスに向けていたライは、大袈裟に肩を竦めて「やれやれ」と首を振った。
「
〈……幸せそうな奴だな、お前は〉
「へ? どこが?」
〈自分の感性を大好きなところが〉
「だって、オレの感性を一番知ってるのはオレだからね。自分で自分を喜ばせる方法を知っておくのは、良い事じゃない?」
〈……なるほど。珍しく共感できる事を言うな〉
「あ、工具も買わないとなー」
〈他人の話を聞かないのは、もう仕方がないか……〉
「ヲンスは人じゃないし」
〈私以外の人間の言う事も聞かないだろう?〉
「意味のないやり取りを省略してるだけだよ」
ライはノートが入った封筒をリュックサックに入れた。既に日本行きの飛行機のチケットは手配してある。
〈しかし、秋葉原みたいな人の多いところに行くのはそれでもリスキーじゃないのか? 先にここで仕込み場所を作ってから日本に行った方が良いだろう?〉
「空港の手荷物検査に不自然なパソコンを持ち込む方がリスキーじゃん」
〈……言われてみれば、そうだ〉
「それに、秋葉原見物、一度はしてみたかったんだよ!」
〈お前そっちが本音だろう〉
ヲンスはため息をついた。
〈早くも目的を見失っていそうで怖いな……お前に限ってそんな事はないんだろうが〉
「折角だし、メイド喫茶とか行ってみたいんだよね!」
〈本当に自由だな、お前は……〉
死神に呆れられるが、そんなものは意に介さずライはスマートフォンで東京観光の段取りを検討している。あまりにお気楽なその様子に、堪りかねたヲンスは口を挟んだ。
〈それで、キラの目星はついているのか? キラを追う警察やLがデスノートを持ち、死神と行動を共にしていれば、既に捜査は進んでいるかもしれないだろう〉
「目星だけならついてるよー」
〈…………何?〉
あまりに自然に放り投げられたその言葉に、ヲンスの理解が遅れる。
メイド喫茶や猫カフェのレビューを見ながら、ライは事もなげに言った。
「多分、司法関係者じゃないかな」
〈キラが?〉
「キラが〉
〈その根拠は?〉
「やけに、というか、妙な自信家だから」
〈自信家というのはまだしも、妙というのは?〉
「過去のL対策をきっちりして、初代キラと同じ轍を踏まないようにしてる辺りは慎重なんだけど、逆に言えば、『そこさえ警戒すれば後は楽勝だ』って思ってそうな節があるんだよね」
〈そう、なのか……?〉
「慎重さだけなら、何も『隠す』だけには留まらないはずだと思うよ。嘘を織り交ぜることだってできるはずなんだ。なのにそれをしない。
〈一般人がキラなら『裁判』はしないと?〉
「個人の裁量で裁けばそれでいいキラが、そこにわざわざ『裁判』を入れるんだよ? キラを縛って、かつ縛られる事で自己満足を満たすものがあるって考えた方が納得できる」
ヲンスは内心、舌を巻いた。
一見手掛かりを残していないキラの手口から、単独でここまでプロファイリングを進めている。この発想と立場の自由度ならば、ライがキラを追い詰める日はそう遠くないかもしれない。
〈他のノート所有者については、どうだ〉
ヲンスは好奇心を煽られて聞いた。キラからこれだけの情報を得たライの事だ。以前話した死神たちの情報から、キラの活動を起点に推理しているかもしれない。
「んー……仮にチコっていう死神がキラにノートを託してるなら、ノートはもう一冊警察にあるかもしれない」
〈ほぅ?〉
「グドかヒウが警察にノートを落としたのを見越して、敢えてどちらかがもう一方に接触できる状況にしたんじゃないかな?」
やりかねない、とヲンスは思う。そして、ヲンスから聞いた情報だけでそこまで考えるライの発想に慄く。
まるで千里眼だ。
「けど、グドかヒウが警察のキラにノートを落としたとしたら読みにくくなるかなー。また第二のキラ――というか、第二の『第二のキラ』が出てくるのを期待しないといけなくなる。いずれにせよキラに憑いてる死神は、キラを起爆剤にして所有者に揺さぶりをかけてきてると見て間違いないでしょ。どうせヲンスだって、誰かがキラになりうる人間にノートを渡すと見越して、キラを見つけられそうなオレに目をつけたんだろうし」
死神たちの思惑から逆算し、ライはこのノート争奪戦の全体像を掴んでいる。
「――ヲンス」
〈何だ〉
「答えたくないなら答えなくていいんだけどさ。オレの前にも誰かにノート渡したりした?」
〈と、言うと?〉
「何人かにノートを渡して、能力テストしたりしたのかなーって。ヲンスの事だから、多分それで失格になった人間は殺したと思うけど」
〈いや、お前が第一号だ〉
「そっか」
〈それがどうした?〉
「ヲンスが、オレが使い物にならないと判断したらオレを殺して、オレが言った事とノートを次の
ライの言葉に、ヲンスは何も言わずそっぽを向いた。
この子供を相手に何かを隠す事で、これほどまでに不気味さを感じるとは思いもしなかった。