藤原竜也さんと松山ケンイチさんの映画も素晴らしかった。個人的には単行本3〜6巻が一番好きです。月とLが直接腹を探ってる辺りが最高潮でした。
瑠璃原啓(偽名)。36歳。警察庁キラ対策室室長。白髪交じりの短髪。身長176センチ。
1月5日。
「――6冊のデスノート……正気ですか? 本当に、そんな事を?」
瑠璃原は、マンション自室のリクライニングチェアーの柔らかな背もたれに体重を預けながら言った。
ギュッと目を閉じながら足をテーブルに載せ、伸びをする。
ただでさえ量が読めず勤務過多の恐れがある職務なのに、想像しうる限り最悪の事態となってしまった。
〈事実だ。ケイ〉
傍らに立つ死神、グドは頷いた。
「……悪夢だ」
肘掛けの外側にだらりと腕を投げ出しながら、瑠璃原は呻いた。
ケイ。瑠璃原啓。それが、キラ対策室室長である彼の名だ。
キラ対策というのは対外への名目に他ならない。その実態は「デスノートによる殺人事件捜査本部」だ。キラ――夜神月の死後も散発するデスノート絡みの事件を、Lと協力して解決してきた。瑠璃原が配属されてから7年、焼却処分したノートは既に3冊にも昇る。そしてその7年間で実績と能力を買われてしまい、瑠璃原はキラ対策室室長となってしまった。
「ノートが、他に5冊……? 誰かが僕の本名をノートに書いて、過労死とか書いたんじゃ……」
〈死ねる分、その方がある意味幸せかもしれぬ〉
グドは身も蓋もなく言い放った
グドの体躯はおよそ3メートルはあるだろうか。黒い体に、僧侶の袈裟のような黒い衣を纏っている。そして頭部からは不揃いな長さの角が5本生えている。死神というより、異形の鬼に近い。
キラ対策室室長という超過勤務コースにぶち込まれた瑠璃原には、現在このグドが取り憑いている。
7年前、当時人間界に存在していた2冊のノートはニアの手によって消滅した。それ以来捜査側はデスノートを所有していなかったのだが、ここに来て事情が一変した。
瑠璃原の下にデスノートが落とされたのだ。
運命の悪戯などではない。
意思ある者による悪意の産物だ。
瑠璃原にとっては悪意としか言い様がない。
自宅に帰った瑠璃原が、気づかぬ内に死神の手で鞄に滑り込まされていたノートを触った時にはもう遅かった。瑠璃原の前に姿を現したグドは瑠璃原に告げたのだ。
6冊のデスノートを手中に収めよ、と。
深い絶望に囚われながらお気に入りの椅子に沈み込んでいた瑠璃原は、気怠げにノートの表紙を捲り、そこに記載されたルールを読んだ。そこに書いてあるのは、キラ対策室で引き継ぎされてきたデスノートの情報と同じものが書かれている。
「……これ、貴方がわざわざ書いたんですか?」
〈然り〉
「それはまた、ご苦労様です」
デスノートのルールはすべて日本語表記だった。
過去のノートは英語表記だったと記憶している瑠璃原は、グドに聞いた。
「しかし、何故日本語で?」
〈日本に落とすのならば、日本語が良いだろう〉
「……もしかして、最初から僕に渡すつもりで?」
〈うむ。日本でノートを捜索する者が日本人故、日本語にした〉
「そんな気遣いをするくらいなら、他の人に渡してくれたらいいのに……」
肝心の迷惑に関して、まったくと言っていいほどフォローされていない。
――まさかこの死神、天然……?
「……Lに渡すとは考えなかったんですか?」
――もしかして、死神でもLの正体はわからないのか?
〈その者の事も死神界から見ていたが、ノートを焼却する可能性があった〉
どうやらLの身元は確認済みらしい。しかも、過去にノートを処分していた事まで承知のようだ。
「人間界でノートを封印する為だと説明すれば、協力してくれると思いますよ」
〈その交渉も含め、ケイに任せるのが最善だと判断した。ケイならば、問答無用で燃やすような真似などしない筈だと〉
実際に死神から説明を受けるまで瑠璃原は問答無用でノートを処分するような真似はせず、グドの言う通りになってしまっているので、瑠璃原からはこれ以上何も言えない。
Lが同じ事リアクションを取るとしても、グドからしてみれば瑠璃原の方がより確実に話を聞いてくれると判断したのだろう。性格はある程度観察されているようだ。
「……まぁ、人間界にあるノートの総数を把握できた上、その内の1冊を既に入手できたのは大きいですが」
――これ、部下にはどう説明しようか……にしても、グドを含め新たに6人の死神が人間界に降りたということは、完全に盤面はリセットさていた……つまり、一からニューゲームって事ですよね。いずれにせよ過労死待ったなしか……。
思考を巡らせながら、瑠璃原はそれを悟らせないよう何食わぬ顔のままグドに聞いた。
「貴方たち死神は少なくとも『ノートを消滅させず人間界に残す』為に降りて来たんですよね?」
〈然り〉
「なら、他の所有者がキラの真似事をしない限り、キラ対策室の仕事は増えませんね」
〈本気でそうなると思っているのか?〉
「貴方の目から見て、そういう人間を選びそうな死神はいましたか?」
瑠璃原はグドを見た。
グドは即答しない。その一瞬の隙で、瑠璃原は説得の続行を決断した。
「他の死神のノートについて口外するのは掟によって禁止されているらしいですが、性格についてならば言えませんか? 貴方の、個人的な所見を聞きたいんです」
〈……1人、いる。多くて2人だ〉
「そうですか、ではその死神の人を見る目が確かな事を祈るだけですね。死神に祈る、というのはなかなか妙な気分ですが」
〈……奇妙だな、ケイは〉
「奇妙?」
〈ノートを回収しなくていい可能性から考えるとは、思わなかった〉
「使わない拳銃を隠されていても、使われなければ問題ありませんよ。その拳銃が他者の手に渡るのであれば防止はしますが、そうならない人間の手にあるのなら優先順位は低くして構いません。無論、回収できるならしておきますが」
〈こちらからも尋ねて良いか〉
「どうぞ」
〈ノートを捜索する過程で自分でノートを使う必要があれば、ケイはどうする?〉
「どうしましょうか」
本気で、心底、瑠璃原は迷った。
「ノートを使わなければいけない状況といっても、色々あるでしょうからね……いずれにせよ、殺す事を目的に使う可能性は否定しておきます」
使わない、とは言わない。
〈ふむ……では、キラをどう思う?〉
「殺人者ですよ」
〈悪人を裁いていても、か?〉
グドが言っているのは、今なお残るキラ賛美の世論にも通ずるものだろう。
社会における悪人を問答無用で裁く。しかもキラの裁きには、ある程度人道的な情状酌量があったとも言われている。しまいにはキラを認める国家まで出てくる始末だった。
「ええ、殺人者です。キラを讃える人たちがいるのも確かですし、彼らの個人的な思想を否定するつもりはありません。けれど先人たちが長い年月をかけ、多くの犠牲を出し、結果として今の法治国家の秩序が成り立ち、我々は守られています。だから我々も法や秩序を守るべきですし、そこに不備があったとて、蔑ろにしても良い理由にはなりません」
これは瑠璃原の、嘘偽りない本心だ。
「キラのような人、キラのような考え方が生まれるのはある意味健全だったと思いますよ。そこにデスノートという要因が加わったというだけで、良心ある人たちの中にもそういう思想はあったでしょう。それでも――それだからこそ――それを挫く事もまた、我々に課せられた使命だと思っています」
〈……なるほど、敬服した〉
「ケイだけに」
〈…………〉
「すみません、しみったれた空気は苦手で」
しみじみグドが言葉を漏らしたせいで、咄嗟に親父ギャグ紛いのボケをかましてしまった。
瑠璃原はポリポリと頭を掻き、グドに言った。
「とにかく、犠牲者を出しうるノートは極力早く回収できるよう手は打ちますよ。Lやキラ対策室にこのノートの事を明かすかは、それに合わせて考えます」
〈先にノートがあると知られたら、どうする〉
責められるのではないかとグドは言ったが、瑠璃原はしれっと答えた。
「その時は、アラフォー男の土下座がどんな効果を発揮するか実験しましょう」
〈…………〉
「みんな良い人ですから、誠意を込めて謝ればきっとわかってくれますよ」
そういう問題ではないと言おうとしたらしいグドは、口を噤んだきりそっぽを向いた。
瑠璃原なら本当ににやりかねないと、そして周りを封殺するだろうと思い至ったらしい。
――察しの良い協力者で助かった。
瑠璃原は心からの微笑みを死神に向けた。