DEATH NOTE―next Level―   作:内海鳥

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 小出しの方が良いかなと思うので、1場面ごとに投稿しようかなと画策してます。バラけてるのをまとめたり時系列直したりで、ちんたらするかもしれません。ご容赦ください。


初頁―side Newkay―

 姫蔵秋乃。18歳、高校3年生。身長155センチ。髪型は長めのボブカット。

 

 秋乃の自宅の浴室でその死神――ニュケイは言った。

〈ずっと見てたよ、姫蔵秋乃……〉

 来ているジャージの袖と裾を捲って作業していた秋乃は、死神を凝視した。これでも人並みに自分の顔は鏡で見てきたのだ。自分がどんな目で死神を見ているか、秋乃にはわかっている。

 失望の色が浮かんだ目だ。

 ――……この死神、いじめられっ子だな。

〈……心の中で壮絶な中傷をされた事くらい、ボクでもわかるよ〉

「……そう」

 秋乃は手元に視線を落とし、死神が現れるまで取り組んでいた作業を再開した。

〈手伝おうか……?〉

「いい」

 秋乃は素っ気なく言う。

 ただでさえ死神なんていうシュールな存在が出てきた事に辟易しているというのに、さらにその死神に犬の糞で汚れた制服を洗わせるなんてシュールな真似はさせられないからだ。

 自宅の風呂場で、秋乃はお湯と石鹸で制服を洗っている。

 ご丁寧に水に浸けて柔らかくなった犬の糞を投げつけたのは、いつもの連中だった。学校の同じクラスで、声がデカい、品のない連中。教師から気に入られていて、そこそこ顔と成績が良くて、社交的。だから無口で目立たない女生徒を迫害しても、周りは目を瞑る。それには、卒業間近だからというのもあるだろう。

 時期は1月下旬。センター試験を終え東京の国公立大の入試を控えた秋乃は、推薦で関西の有名私立大学に進学を決めたその女生徒から目の敵にされている。単に秋乃が気に入らないのか、入試に失敗させたいのか、はたまた高校生活でやり残した「いじめ」という行為を体験してみたいからなのかはわからないが、傍迷惑な話だ。

〈けど、キミは勉強しなきゃいけないんじゃ……?〉

「…………」

 絶句しながら、秋乃は手を動かし続けた。

 まさか、死神に受験勉強の心配をされるとは。

「……あの」

 秋乃は言ってみることにした。

「貴方が死神だってのは本当だとして、それって私の頭の中の存在? それとも一応第三者でもわかるように存在してるの?」

〈死神だっていうのは信じるの……?〉

「ご丁寧に壁抜けまでされたんだから、一応信じるよ。もしかしたらホログラムとかかもしれないとも思うけど、生憎今私、軽く自暴自棄だから。茶番だとしても付き合ってあげる」

 秋乃が言うと、ニュケイは人間でいうところの目のような部位を細めた。喜びを表しているのだろうか。

 ニュケイは、およそ1メートルと80センチほどの体躯で、灰色のボロ布を幾重にも身体に巻きつけているミイラのような姿をしている。その隙間から、身長より長い腕が1本飛び出ている。布の隙間から、潰れた目らしきものが2つ覗いている。

「――それで」

 秋乃は泡だらけの手で、開け放した風呂場のドアの向こう、脱衣場の床に放置してある1冊の黒いノートを指差した。

「あれ、何?」

 風呂場で制服を洗っていたところ、突如頭にあの黒いノートが降ってきたのだ。まさか家にまで学校の連中がやって来たのかと心底反吐が出そうな心地がしたので、ノートに続いて現れたニュケイに八つ当たり気味にノートを投げ返して叩きつけ、ひとまず濡れない場所に置いておいたのだ。そして先ほどの、ニュケイのストーキング自白へと繋がる訳だ。

〈あれは、デスノート……〉

「デスノート?」

〈名前を書かれた人間は死ぬ、人間界に落とされた6冊目の死のノートだよ……〉

「そんな物騒な物を私の脳天に落としたのは、どうして?」

〈……保管して欲しくて〉

「クラスの思春期男子みたいなことを言わないでよ……死のノートをエロ本感覚で押しつけられる身にもなって」

〈エロ本じゃ人は死なないでしょ……〉

「エロ本がどういうものかわかるくらいに私や人間のことを観察してたのに、社会的な死についてはわかんないんだね。死ぬほど恥ずかしい思いをして、それでも死ねないのって、なかなかの苦痛だよ」

〈何で女子高生にエロ本について説教されてるんだ、ボクは……?〉

「まぁ、大人になればみんな『あんな時期もあったなぁ』って悟るんだろうけど」

〈キミ、歳いくつ……?〉

「とにかく」

 秋乃は話を戻した。

「厄介事を持ち込まないで。私にメリットないでしょ」

〈……あるよ〉

 ニュケイはそっと言った。

 声音は今までとまったく変わらない。おそらくその声がこれまでと違って聞こえたのは、秋乃の方に原因がある。

 心が、揺れたからだ。

〈メリットなら、ある……〉

「……どんな?」

〈……キミを苛める奴らを殺せる〉

「…………」

 秋乃の口から出たのは、ただのため息だった。

 呆れた。

 ――もっとマシな救いを一瞬でも期待した、私が馬鹿だった。

〈……え、何でそんなリアクション?〉

「私を苛める奴らが死んだら、私が疑われるでしょ。そんな――」

 一通り手洗いの済んだ制服を絞り、秋乃は言った。

「――そんな、出来損ないのキラみたいな真似、私はしないよ」

 秋乃の言葉に、ニュケイは息を呑んだ。

 ――一々わかりやすい死神だな……演技だとしても、下手クソというか何と言うか……。

〈どうして、キラって……?〉

「キラを知ってる人間なら、名前を書いて人を殺せるノートなんて聞いたらすぐ思い至るよ。そんな一見足のつかなさそうなシロモノがあれば、世直しを考えるお子様が発生してもおかしくないから」

〈…………〉

「結局どんなポカやらかしたのかは触り程度しかわからないけど、一応あのLとかいう探偵が勝ったってところ?」

 7年前まで世界を震撼させていたキラによる犯罪者の大量粛清の記憶は、秋乃にとってもまだまだ鮮やかだ。未だに特番ではキラの是非を問う討論番組が年に1、2回は設けられているし、生討論番組などでもちょくちょく言及する人はいる。ネット上でなら年中揉めている。

〈キ、キミ……〉

「何?」

〈まさかキラの正体とかは……?〉

「知ってる訳ないでしょ。ニュースでやってる内容くらいしか知らないよ。本当にキラが死んだのかどうかさえ、私は知らない。所詮は報道されてる内容にしか触れられないし、もしかしたら私が見たあの映像だってヤラセかもしれないし」

 全国同時中継と偽りスケープゴートを使ってキラの所在を日本の関東にまで絞り込んだ、あの劇的な一幕には秋乃でも心が震えた。

 しかし、秋乃にとってはどれも画面の向こう側の出来事だった。秋乃は当事者でなければ、傍観者にすらなり切れなかった存在だ。

「ニュケイ、だっけ」

〈え……? う、うん……〉

「しばらくここに入って来ないで」

〈ど、どうして……?〉

「どうしても何も、これからシャワー浴びるから。人外相手でも肌を晒せるほど、羞恥心は欠落してないの。ベランダででも待ってて」

 秋乃はハンガーに制服のブレザーとスカートを引っ掛け、捲っていたジャージの袖と裾を直してから脱ぎ始めた。ニュケイは慌てて壁をすり抜け、家の外へと出て行った。

 洗濯籠にジャージを投げ入れようとして、秋乃は床に放置してあったノートに目を留めた。そしてそれを手に取り、洗濯籠に入れ、上から服と下着を被せた。

 蛇口を捻り、お湯を頭から被る。

 秋乃の頭の中では、様々な情報がグルグルと回っていた。

 名前を書けば、対象を心臓麻痺で殺す事のできるノート。もしあの死神同様にノートも本物ならば、世界を震撼させたキラは別のノートか、それと同種の力を持っていたと考えられる。そしてここしばらくは目立ったキラの活動が見られないが、おそらく最初のキラは探偵Lか警察に捕まったか、裁きを行えない状態にあるのだろう。

 ここ最近でも、キラと思われる犯罪者裁きは稀に報道されている。しかし初期に比べて散発的で、犯罪者以外の者を心臓麻痺で殺したりと一貫性がない。

 ニュケイが言っていた「6冊目のノート」という言葉や、かつて報道された第2のキラの存在から察するに、初代とは別のノート所有者がキラを装ってノートを使っていたのだろう。

 そしてその内の1冊が、今秋乃の手の届くところにある。

「…………」

 どれくらいの間そうしていただろう。

 目を閉じて思考に没頭していた秋乃は、やおら蛇口を捻り、両手で頬を叩いた。パァンッ! と景気の良い音が浴室に響く。

 それから髪や身体を洗い、浴室を出て身支度を整えた秋乃はリビングに向かった。

 現在秋乃は、一人暮らしをしている。2カ月前に父が事故で他界し、父と2人で暮らしていたマンションの一室でそのまま暮らしているが、それも東京の大学に合格するまでの話だ。東京には祖母が住んでおり、そこに同居させてもらえる手筈になっている。

 母は、秋乃が物心つく前に死んでいる。

「――ニュケイ」

 少し大きめに声を張り上げると、ニュケイはカーテンを閉めた窓の外から入ってきた。それを見て、やはり死神は本物だと確信する。

「いくつか、話を聞かせて」

〈構わないけど……〉

「これが6冊目のノートだって話は聞いたけど、何でこんなものを6冊も?」

〈デスノートは、人間界には6冊までしか存在できないから……7冊目以降は、落とされても使えなくなって……だから、6冊人間界に存在させておく事でこれ以上死神界から人間界にノートが流出しないようにって、ボクらは決めたんだ……〉

「ボクら?」

〈他の5人の死神……それぞれ、ノートが人間界でこれ以上消滅しないように手を打ってる……〉

「つまり、貴方はこのノートを消滅させない為に私を選んだってこと?」

〈そう……〉

「じゃあ他の5人も、他の人間にノートを託したの?」

〈多分、みんな渡し終えてる頃だと思う……ボクは時間がかかったから……〉

「女子高生をストーキングして、ね」

〈す、ストーキングじゃない……!〉

「私がどう思うかだよ」

〈…………〉

「それにしても、どうして最初から1人の人間にノートを固めないの? そっちの方が良くない?」

〈それは、最終的な目的が同じでも手段が違って……保管する為に能力がある人間を選ぶ基準とか……他のノートを自力で集められる人間に預ける死神や、どんな方法を使ってもノートを回収させようとする死神がいたりして……〉

 いまひとつ要領を得ないが、死神界も一枚岩ではないらしい。

〈他にも掟があって、自分が関わってないノートについて人間に漏らしてはいけないとか……〉

「ふぅん……けど、他の所有者はノートを回収しようとするかもしれないんでしょ? 私のノート狙われない? というか、私の命も狙われるんじゃない? どうしてくれるの? 貴方、私を途轍もない面倒に巻き込んでない?」

〈……申し訳ありません〉

 想像以上にすんなり謝られてしまった。

 こうも素直だと、秋乃も口では責めにくい。秋乃は、いつの間にか畳に正座していたニュケイから、テーブルの上に置いたノートに目を移した。

 名前を書かれた人間は40秒後に心臓麻痺で死ぬ。さらに、心臓麻痺以外の死因を書けば死の直前の行動まで操れるのだとか。

 上手く使えば、ごく当たり前の死を装って顔と名前を知る人間ならばある程度自在に殺せるという訳だ。

「……それで、私を選んだ理由って?」

〈――――〉

「どうせノートを使わせてその罪悪感から隠匿させる為に、手っ取り早くノートを使ってくれそうないじめの被害者らしき女の子に声を掛けてみた、みたいな理由なんだろうけど、他にもあるなら聞いてあげる。他には?」

〈…………ございません〉

 申し訳なさそうに説明しようとして秋乃に遮られたニュケイは、ますます申し訳なさそうに身を縮こまらせた。

 この様子から察するに、共に降りてきた5人の死神には半ば引きずられるようにして加担させられたのだろう。

 心底哀れな死神だ。口を開けばこんな居丈高ないじめの被害者を引いてしまったとは、秋乃の所為ではあるが同情に近い感情を抱いてしまう。

「正直言って、すぐにでも焼いて捨ててやりたいところなんだけど……」

〈ど、どうして……? あの人間のメスたちを、殺したくないの?〉

「殺したって、ねぇ?」

 秋乃は肩を竦めた。

「それ、犯罪だから」

〈けど、ノートに名前を書いただけじゃ……〉

「それでキラは犯罪者扱いされたんだよ? Lとか警察がノートの死亡事件を捜査し始めて、他の所有者の殺人からとばっちりで私に目をつけたらどうしてくれるの?」

〈それは……〉

「しかも、他にあと5人もこのノートを狙う奴らがいて、そいつらには死神が加担してるんだよね? ノートを1人の下に集める為に死神が所有者に協力したら、私が所有者だってバレて、最悪殺されるじゃない」

〈…………返す言葉もございません〉

「ノートの所有権を手放す手もあるけど、それじゃ管理面では杜撰になるし」

〈…………え?〉

 目を伏せていたニュケイは、おずおずと顔を上げた。

〈か、管理してくれるの……?〉

「貴方が取引に応じてくれるなら、一考してあげる」

〈取引……?〉

「ノートとか死神の掟について質問に答えて欲しいの」

〈どうしてそんな……〉

「手続き的な、偽善だよ。最初は貴方に名前を書いてもらう事も考えたけど、色々と判定に引っかかって貴方に死なれても寝覚めが悪いし。可能なら、私がギリギリ殺人にならない形でノートを使うだけだよ」

〈ギリギリ……殺人にならない……?〉

「死神は人間に、他人の寿命や本名を教えてはくれないんだよね?」

〈そう……知りたいなら、眼の取引をしてもらう事になる……〉

「じゃあ、見た物を教えたり、物を盗んで来るのは?」

〈それってつまり、顔写真や名前の書かれた紙を盗むってこと……?〉

「そう。私が自分の目で知る為の手助けは、できる?」

〈それなら、多少は……構わない……〉

「なるほどね。じゃあ次に、間接的な死についてだけど、例えば電車を運転中の運転手の名前を書いた場合、そのまま電車が止まらず脱線して多数の死者が出る、って風にはならない?」

〈うん……電車を降りてから死ぬか、停車中に死ぬとか……〉

「最後にもう1つ。デスノートでは、寿命は伸ばせないのね? つまり、明日死ぬ人が明後日死ぬように書いても、明日死ぬ?」

〈そうなる……〉

「……わかった。ありがとう」

 これで、自分への言い訳の余地は無くなった。

 当初秋乃が考えていたのは、寿命が間近に迫った人間をデスノートの力で延命させつつ、その死に方を利用させてもらうというものだった。これなら少しは罪悪感も紛れるのかと思ったが、どうやら救いは無いらしい。

 秋乃は呼吸を整えた。

 覚悟を決める必要がある。

 そして、すべてを永劫に渡って隠し通す決意も。

 秋乃はデスノートを開き、手頃なページを千切った。使うのであれば、その痕跡は抹消せねばならない。数十人、数百人の名前を書くなら一々こんな真似をするのも面倒かもしれないが、秋乃はそう何度もこのノートを使うつもりはない。そうでもしなければ延々とこの殺人ノートに囚われ、やがては身を滅ぼす。そうでなくとも、これからの一歩は破滅に近づくものなのだから。

 それでも。

 それでも、秋乃は選ぶ。

 今終わるよりは、マシだからだ。


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