落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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少々半端なので今回は短いです。


邂逅

 湾岸ドームを一望できるホテルのテラス。

 《無冠の剣王》と《紅蓮の皇女》の決戦を待ち望んだ、数え切れないほど多くの観客達を見下ろす影が三つ。

 

 

「ふははー。見ろ、人がゴミのようだ!」

「何をしている貴様」

 

 

 どこかで聞いたような台詞を口にしたのは、西京寧音だ。

 であるなら、もちろん。呆れた様子で彼女の隣に並んでいるのは新宮寺黒乃である。

 

 

「いやほら、高いとこから人混み見てると言いたくならない?」

「知らん」

「マジかよ。くーちゃんホントに日本人? なあ、色男もそー思うよなぁ?」

「国籍に関わるほどのことか……」

 

 

 彼女達と向かい合うように立っているもう一つの影。

 長髪を夜風になびかせる麗人。若々しい容姿とは裏腹に、老成した雰囲気をも併せ持つ男。

 

 

「さて……世間にはとんと疎いのでな。ただ、日本人ではないが私の知っている男にその手の台詞を好んで使う者は居たな」

「へえ、どんなヤツなんだい?」

「傲岸不遜にして唯我独尊。この上なく傍若無人で、この世の全ては自分のものだと本気で思っている男だな」

「聞く限り最低な男だな……」

「ちょ、その可笑しな男とアタシを一緒にすんなよな!? アタシのは冗談だからな!?」

 

 

 堪らず否定する寧音。そこまで言われるほど酷い冗談を口にした訳ではないので、とばっちりと言えばとばっちりである。

 しかし、小次郎としても嘘を言った覚えはなく。むしろ、高みから見下ろさずともゴミ扱いしそうであった。

 

 

「……ったく、アンタの知り合いってのもロクなのが居ないな」

「ははっ。そう言うな、西京殿。その男は特に人格に問題があったというだけのこと。他は……まあ、“そうでもない”でござるよ」

 

 

 ……暗に、ある程度はロクでもないと認めているような物言いではあったが。

 

 

「で、わざわざテラスから“乙女の寝室”に侵入してきた理由が……まさか単なる雑談な訳ではないよな、佐々木?」

 

 

 黒乃の視線の向こうには、紅毛の少女が一人。

 明日の試合に備え、力を蓄えるかのように。穏やかに。しかし確かな存在感を放ちながら、ベッドに横たわっていた。

 

 

「大したことではない。——明日のお守りは御免被る。要件はそれだけだ」

 

 

 その意味を、理解していない小次郎ではない。

 彼は《連盟》……いや、世界でもトップクラスの伐刀者三人がかりでの監視が必要とされた無類の強者である。

 そんな人物が、どの勢力にも属していない……言い換えれば手綱の付いていない状態で放置されている。それを危うく思ったからこそ、仮の手綱……武力によって形作られた“強者の檻”を以って彼を封じ込めた。

 

 だというのに、いま小次郎の言った台詞はそれを真っ向から拒否するもの。——叛意あり、と見られても仕方がない。

 

 

「そなたらも一輝と皇女殿の勝負を見守るに際して、気にかけるものは多かろう。手間が一つ減ると思って大目に見てはくれぬか?」

「無茶苦茶言いやがって……一体なにが目的なんだよ?」

「なに、少々予感があってな。……待ち人来たれり、といったところか。心配せずとも邪魔立てはせんよ、“させもしない”」

 

 

 ほんの数日の付き合いではあったが、黒乃も寧音も小次郎の戦いに対する姿勢……武人としての堂々とした気質は感じ取っていた。

 その男が無用な横槍を入れるなどとはそもそも思ってもいなかった。それに加えて警護まで任されてくれると言う。

 

 

「……チッ。今回は見逃してやる。後でどうなっても知らんからな」

「いや、かたじけない。言われずとも、これは某の我儘故。やったことのケジメは自分で付けよう」

 

 

 それだけ言い残すと、小次郎はテラスの手すりに足を掛けて夜の湾岸に姿を消してしまった。

 

 

「良いのかい、くーちゃん?」

「……良い訳あるか……」

 

 

 これで何かあれば、責任を取らされるのは明白だ。

 まかり間違って剣武祭に影響でも出ようものなら、厳しい処分が下るだろう。

 

 

「“待ち人”、か……。私の予想通りで無ければいいのだが……」

 

 

 心の底から忌避しつつも、それが有り得ないものだとは思えず。

 もしも“彼女”が来るのだとしたら……そして、小次郎と遭遇してしまったとしたら……そう思うだけで黒乃の胃は悲鳴を上げていた。

 

 

「まあ、今更どうしようもねーって。なるようになるさ!」

「…………」

 

 

 気楽な友人が実に羨ましい黒乃であった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 小次郎は気配を殺し、誰にも気取らせないまま見守っていた。一輝と、彼のために集った学生騎士達を。

 

 ステラ・ヴァーミリオンという竜を相手取るために一輝が選んだ下準備。強敵との立ち合いにより自身を研ぎ澄まし、最高潮のままで試合に上がる。

 奇しくも、直前まで力を蓄えることを選んだステラとは真逆の戦法。

 

 

「——しかし、それでいい」

 

 

 地力という意味では一輝はステラに決して敵わない。身体能力にしても、《一刀修羅》を用いてようやく速さで比肩できる程度。

 一度きり、そのうえ一分間しか使えない切り札でその調子では話にならない。

 

 だからこその技術である。

 

 傍目から見れば危うい……万に一つであるそれを、絶対と呼べる領域に持ち上げる作業。

 幻想形態とはいえ、試合前日に彼らは本気の斬り合いを演じていた。まともな人間であればすぐにでも割って入るであろう無茶な“調整”。危険は承知の上である。

 

 それでも、この程度を超えられないなら今のステラには及ばない。

 

 

「……しかし、あの男が来るとはな。しかし“刃引き”も無しとは奴らしい」

 

 

 駆けつけた騎士の中には、なんとあの王馬の姿まで。

 

 ステラとの試合で高めた剣技。本領を発揮するには少しばかり調整不足のようだが。

 彼が強者であることに変わりはない。ここにいる錚々たる面々の中でも抜きん出た実力者だ。

 

 ステラ、一輝に続く強者は間違いなく王馬。つまり、これ以上無いほどに適した調整相手である。

 

 

「どうやら私が出る幕は無さそうだ」

 

 

 テラスから去る時と同じように闇の中へ溶け込む侍。

 もはや憂いはない。彼の弟子はその剣を以ってして全てを掴み取るだろう。

 

 ——これで、自分のことに集中できる。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 七星剣武祭決勝当日。

 会場へ向かう人混みから僅かに離れた場所にあるカフェ。

 

 そこには、三人の少女と初老の男。サラ・ブラッドリリー、風祭凛奈、シャルロット・コルデー、月影漠牙。

 暁学園が誇る伐刀者三名——シャルロットに関しては正確にはそれに当て嵌まらないが——と、その学園の理事長にして日本の総理大臣たる人物だ。

 

 彼らがそこに集まっていたのは、ある人物を待っているためだ。

 

 その知名度故に民衆に見つかれば大騒ぎになる四人だが、サラの《色彩魔術》でその姿を隠蔽し、事なきを得ていた。

 しかしそれでは、彼らを探す人物もまた彼らを見る事が出来ないはず。

 普通であれば、それは正しい認識だ。

 

 だが、これから来る人物には当て嵌まらない。

 

 継ぎ目すら見つけられないほどの群衆を、まるで霞の如く。掻き分けもせず、躱す事もなく。

 まるで、無人の野を行くかのように横断する女性が一人。

 

 人波の誰一人として彼女の存在に気づけず。悠然と突き進み、四人の前に辿り着こうとした——その時。

 

 

「——《比翼》のエーデルワイス殿とお見受けする」

 

 

 その名は、世界の頂たる剣士のそれである。

 

 天使のような……そう称するに相応しい、美しい女性であった。何もそれは、姿形に限った話ではない。

 立ち振る舞い、その身体の動作一つ取ってみても驚くほど整っている。

 

 そんな絶世の美貌も、認識出来なくては注目を集めることもなく。

 いま彼女を視界に収められるのは、彼女の許可を得た四人だけ。

 

 ——そのはずであった。

 

 

「……貴方は?」

「ふむ、些か礼に失していたか。——私は、佐々木小次郎。何のこともない、この身は単なる一介の剣士に過ぎぬよ」

 

 

 美麗なる相貌。長髪を一纏めにした様は、さながら——否、まさに侍。《巌流》“佐々木小次郎”。

 その名を持つ侍ともう一人……二刀と長刀の一騎打ちは、現代において余りにも有名だ。

 

 《比翼》は動揺を隠すことに尽くした。仮にも“世界最強”と呼ばれる自身に、“その力量を悟らせない”この男は。

 誰よりも強いと謳われた自身にも読めぬこの男は。

 

 ——一体、どれほどの剣士なのか。

 

 

「エーデルワイス殿。少し、そなたの時間をいただこうか」


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