「僕がいつもそばにいて
助けてあげられるとは限らないんだよ」
───チャールズ・M・シュルツ
『ピーナッツ』より
「こんな詩を耳にしたことはあるかい?」
ジョン・スミスは道中──院内の廊下を歩きながらそう切り出して、語り始めた。
ある夜、私は夢を見た。
私は主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、
これまでの私の人生が映し出された。
どの光景にも、
砂の上に二人のあしあとが残されていた。
一つは私のあしあと、
もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の
最後の光景が映し出されたとき、
私は砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
私の人生でいちばんつらく、
悲しいときだった。
このことがいつも私の心を乱していたので、
私はその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。私があなたに従うと決心したとき、
あなたはすべての道において私とともに歩み、
私と語り合ってくださると約束されました。
それなのに、私の人生の一番つらいとき、
ひとりのあしあとしかなかったのです。
一番あなたを必要としたときに、
あなたがなぜ私を捨てられたのか、
私にはわかりません」
自嘲するような、それでいて言葉のひとつひとつに親しみの込められた朗らかな語り口は──どこか聞く者の横やりをやんわりと押し留めるもので。
彼と再会して以降、こちらから訊きたいことが山ほどあったはずなのに、その熱をすっかり奪い取ってしまった。
いいや、それ以前に。
”ハワード軍医のことなんか、
そのまま八つ当たりじゃないか”
”────墓地に行こう”
……私が必死の思いで向き合わずにいたこと。
──どうにか忘れたフリをして、現状でできる精一杯のことはやっていると自分を誤魔化して、騙し騙しやってきたことを。
後からやって来た彼にピンポイントで指摘されてしまったら、もう私に為す術はない。
……そもそも誰のせいでこんなことになっていると──────────────!
などとは口が裂けても言えない。
そこまでの恥知らずでありたくはない。
駄目だ。うまく思考が回らない。
余計なことばかり考えてしまう。
口を閉ざしたまま彼の後ろをただ歩き続けていると、
ふと、うずくまって顔を伏せた負傷兵を見たとき、汗と血の匂いが作る臭気が胸に迫るものを感じた。
────黙りこくっている私に気を留めることなく、彼は続いて口を開く。
「────この詩はさ、数年前にとある親友に戦地で聞いたんだよ。初めて出会ったのは軍の訓練時代かな。敬虔なクリスチャンの家庭に育った善良な人物だった。この世に八方美人なんていないと言うけれど、自慢の我が友に限っては違ってね──本当にいいやつだったよ。誰も彼もがやつを好きになったし、僕もその例に漏れずさ。軍学校のころからの腐れ縁がなんの因果か同じ部隊に配属され、僕が部隊長になったときも同じ班だった。いつしか互いに背を預けるような仲になって……どれほど過酷な戦場だろうと、文字通り泥水をすすりながらでも協力して生き残った。そんなだから”ブーメラン”なんてだっさいあだ名をつけられたりしてね。僕たちを煙たがっていた上官には『どんな酷い戦場に何度放っても、ふたりして必ず帰ってきよる』とお褒めの言葉をいただいたものさ」
いつもの減らず口だと思うには状況がそぐわず。
『褒められた』という言葉とは裏腹に、そこに一瞬だけ
……ジョンは以前から軍内部に関することをあまり話題にしたがらなかった。露骨に話をそらすような真似はしないものの、必要最低限に留めているといった印象があった。もちろん機密情報があることは承知しているし、人の生き死ににも関わること──口が重くなるのも当然。
その彼が今こうしてその話しているのは、いったいどういう意味が────
ふと湧いた疑問は、それを口にすることを留めるかのように続けられた彼の言葉によって途端に掻き消えた。
そして、私はそれまでの思考の一切を放棄することになる。
「フローレンス……。君の辿る道行に光があらんことを──主の恵み、神の愛、精霊の交わりが君とともにありますように。そして、どうか君自身にもそれを強く信じてほしい。
「────────」
気が付けば。
既に私たちは”その”入り口に立っていて。
そこからの光景を見下ろして。
──私はようやく思い出す。
暗幕のなかに入り込んだような黒く暗い気配。
目視できそうなほどの腐乱した臭気と。
思わず肌をざわつかせるベタッとした水気。
墓碑もなく、病舎の横の──位置的に少し低くなった土地に大きく穴を掘っただけで。
戦時下において、仕方がないこととはいえ。
ろくに弔いのできていない、荒廃した無秩序な場所。
文字通り──人間の残骸が無数に転がされている。
そんな”墓地”にやって来て。
自分がどれだけ愚かなことをしでかしたのか──────
────ここは、私が救えなかった者たちの眠るところ。
────いや、違う、そうじゃない。
────私は救”わ”なかったのだ。
”申し訳ございませんでした”
気をつけの体勢でそう言ったジョンは、軍人としての染みついた所作で最敬礼を行った。
それから大きく息を吐き、その場に彼は膝をつく。
軍服が汚れることを厭うことなく、真摯に祈りを捧げ始める。
儀礼的な文句を口にして取り繕うことなどもなく。
ただ黙々と、おそらくは名も知らぬ同胞に向けて祈っていた。
下唇を噛みしめて苦悶の表情を浮かべながらも、姿勢だけは正して。
それは、まるで自傷行為──自分で自分を呪っているかのような様子で。
彼に倣うようにして私も同じような体勢を取った。
……というのはいささか誇張した表現だったかもしれない。
その時の私は、自分自身のことであるのにどこか距離を隔てた場所にいる他者を見ているかのようで。
脚が自らの機能を忘却したように、膝が笑って力が抜け落ち、すとんと重力にまかせて腰を地面に落としただけだ。
あとは彼の姿を真似るように漫然と手を組んでいるだけ。
なにも思考がまとまらず、湧き出た感情が端から霧散していく。
「……あ」
意味のないうわ言が────
「…………あ、ァァァアア」
自分の口から漏れているものだと気がつくのには、
「……………………あああああああああああああァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
かなりの時間を要して。
沈黙を縫うようにして語られていたジョンの言葉が途切れたときから。
周囲の音を。
私の耳はひとつひとつ確実に拾っていた。
……もうとっくにわかっている。
辺り一帯にこだましている────
咽ぶ、泣く、狂う、叫ぶ、声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。
軍に特別に許可を得た家族か恋人か、または戦友を亡くした兵士か──大切な人を失った者たちが誰はばかることなく感情を露わにして、
余人にはどうすることもできない慟哭がそこかしこに広がっている。
「嘘だと言ってくれ──」「─────────」「─────────」「お願い、いかないで──」「神よ、どうして──」「─────────」「─────────」「─────────」「なんで俺だけ助かって──」「─────────」「もどってきてよ──」「─────────」「─────────」「わたしを置いていかないで──」「─────────」「─────────」「─────────」
きりきりきりきりと。
みるみるうちに心が音を立てて軋み、その心の内は黒々とした自己嫌悪に犯されていく。
胸の奥を万力で潰されているような感覚、痙攣を起こしたように暴れまわる内臓。
身体中の毛穴が一気に開いたようにドロリと吹き出す脂汗。
燃え上がりそうなほど熱いのに、寒気を感じてたまらなくなる。
そんな身体異常をきたし────がくがくと震え、その場から動けなくなってしまった。
一秒でも早くこの場から立ち去りたい。
いなくなりたい、消えてしまいたい。
それができないのであれば、
地面に頭をこすりつけて「あなたがたの大事な人は私が殺したも同然だ」とふれまわりたい。
そうして────
誰かに非難され、蔑まれ、否定されたい。
────罪に相応しい罰が欲しい。
数分──、数十分────、
あるいはもっと長い時間、震えたまま、うずくまっていた。
ずっと逃げていたものに捕まってしまった。
ずっと目を背けていたものと目が合ってしまった。
現実が突きつけられてしまった。
背中を撫でまわしていただけの薄ら寒い感覚が輪郭を結び──罪悪感というたしかな形をもって目の前に出現した。
もう逃げられない。私は駄目だ。
前に進めない──どころか立ち上がる気力すら湧かない。
だって。
私が私の意志で見殺しにした者やその遺族に対して、
私にどんな償いができると─────
「まず、これだけは言っておく」
低く、歯切れの良い声。
自然と聞く者の意識を集中させる。
ぴしゃりと。
弾かれたように横にいるジョンを見る。
「本来、その十字架は君のものじゃない」
言葉そのものは静か。けれどその実、力強い。
視線は前に向けたまま、謹厳な表情を一切崩すことなく彼は話す。
そこに迷いのない鋭い意思が垣間見える。
「我々の国は戦争をしているんだ」
「だから、大前提として」
「傷病兵の全員を救うなんてことはできない……」
「ただ、彼らの中には────」
「もしかすると救えたかもしれない人たちがいる」
「事実として────」
「看護婦団が、君が」
「見て見ぬフリをした人たち」
「そんな人たちがあそこには確実にいる」
「痛かっただろう」
「つらかっただろう」
「苦しかっただろう」
「惨めだっただろう」
「心細かっただろう」
「────死にたくなかっただろう」
「──絶対に、死にたくなんてなかったはずだ」
「どれほど絶望的な状況であろうと」
「生きて、生きて、生きて、生きて────」
「生きて、幸せになりたかったはずだ」
「……そんな彼らの思いを踏みにじった」
「見逃して、無かったことにした」
「決して認められない」
「ありえてはならないことを君はした」
「救う能力、技能を持つ者として」
「許されざることを君はした」
「──けれど、忘れるな」
「そう指示をしたのは……この僕だ」
「もし看護婦団が現地の上官命令に逆らい」
「スクタリから追い出されたとして」
「一度追い出されてしまえば」
「二度の従軍の話はまずない」
「なにより従軍先で評価されることが必要だ」
「──ゆえに、僕は君に大人しくしていろと」
「物わかりのいい人物であれと」
「したたかさを隠せと」
「……そう言った」
「
「言わば人質を取って」
「大事の前の小事だと言わんばかりの口振りで」
「だから、彼らは──」
「これ以上なく直接的に……」
「────僕が命じて、僕が殺したも同然だ」
「────君に、見殺しにさせたようなものだ」
「……正直、どんな気持ちで」
「この場に立てばいいのかもわからない」
「だとしても」
「どの面を下げてとなじられたしても」
「ここに来ないわけにはいかないと思った」
「物言わぬ彼らに────」
「……許されるはずがない」
「そう誰よりも知っているこの僕が許しを乞うて」
「彼らの魂が安らかに眠らんことを」
「祈らないわけにはいかないと思った」
「これは元来」
「僕の咎、僕の罪だよ──フローレンス」
「と言って、話が済んだら────」
「ラクなんだけれどね」
「……そりゃ、そうもいかないか」
「こう言葉にしたとしても」
「君は全てを僕のせいにはできない」
「君は理屈を理解したとしても、納得はできない」
「わかってる」
「皆まで言うことはない」
「現場にいたのは他でもない君だ」
「──責任の一切合切全部を放り投げる」
「そんな器用なこと、君にはできない」
「どう言葉を選びとったところで」
「君は自分を責めるだろう」
「そんな優しい女性だということを」
「──僕が世界で一番知っている」
「──目の前で」
「救えたはずの命があった……」
「もっとできることがあった……」
「他にやりようはなかったのか────」
「患者のために動けない自分に価値があるのか────」
「その絶望と苦悩は君にしかわからないだろう」
「僕には想像することしかかなわない」
「ましてやそれを取り除いてあげることなんてできない」
「……僕は無力だ」
「でも」
「それでもこれからは」
「僕が横にいることはできるから」
「君に寄り添うことはできるから」
「だから……」
「はんぶんにしよう」
「この咎はふたりで抱えていこう」
「君も僕も同罪だ」
「一緒に彼らの命を背負って歩こう」
「罪に対する正しい罰がほしいというなら」
「僕が君に与えよう」
「そして君にも僕をしっかりみていてほしい」
「彼らの死に相応しい──生きかたができているかどうか」
「だから」
「──どうか、ここで歩みを止めないでほしい」
「重い身を引きずりながらでもいい」
「一歩でも前へ」
「僕たちは神に遣わされた天使とは違う」
「奇跡を成す力なんてない」
「背中に羽がないなら自らの脚で地道に進むしかない」
「そうだろう?」
「……きっとこれからだって」
「救えない人は数多くいるはずだ」
「いくら手を伸ばしても手が届かない人たちは必ずいる」
「純然たる事実として、君はこれまで多くの人を救ってきたじゃないか」
「そして、これからも救い続ける」
「積み重ねてきたことに間違いはないよ」
「────失われた命の数よりも」
「────救われる命の数を多くするために」
「──ようく思い出すんだ」
「君はいったいなんのためにここにやってきた? 非力を嘆くためか?」
「他の誰かがなんとかしてくれるのを待っているつもりか?」
「────違うだろう」
「神に願いを叶えてほしいわけじゃない」
「そもそも他の誰かに期待なんてできない」
「他の誰かに期待した結果がこの惨状だ」
「自分にできることもせず」
「安全圏から他者の不幸を嘆くだけ」
「そんなクズにはなりたくないからここに来たんだろう」
「たしかに僕たちは許されないことをしてしまった」
「でも、ここはまぎれもなく僕たちの信じた道の上」
「そう、今、ここは────」
「
「今はもしかすると後ろ指を指されることがあるかもしれない」
「けれど、これが正しい道なら──僕たちの選択が間違っていないと証明されたなら」
「────あとからついてくる者だって、必ずいる」
「……生きたいと願いながら」
「死んでいった彼らのためにも」
「────死と闘うことを諦めないこと」
「それが救う手を持つ者としての責任で」
「それが君にとっての戦争だ」
看護婦団がスクタリで自由に動ける手筈を整えるのに、
時間がかかってしまった。
そのために失われる必要のなかった命が失われてしまった。
それが変えようのない事実だ。
申し開きのしようもない。
だが。
僕が言えた義理でも立場でもないことは重々承知の上で。
あなたたちに言わなければならないことがある。
恥の上塗りであろうとも。
あなたたちに宣言しておきたい。
僕には。
いや、僕たちには夢があるんだ。
兵士だから覚悟していただろう……だなんて。
未来のための礎、尊い犠牲だなんて言うつもりはない。
人の”死”は。
人の”死”だ。
良くも悪くも、それ以上でも以下でもない。
ただし、それは現時点での話。
僕はここに誓う。
あなたたちの”死”は無駄ではなかった、と。
あなたたちの”生”には確固たる意味があった、と。
後の世に必ず証明してみせる。
なによりも、あなたたちがそう胸を張れるような世界を築く。
絶対に。
この命に代えてでも
約束する。
こんな一方的な、身勝手な約束で申し訳ない。
だけど、
意志は
少し、そちらで辛抱をしていてくれ。
不平不満はきっとまたそっちに行ったときに聞くから。
今の不義理を許してほしい。
───────────────────────────────────────
「さて、と」
「ここまで格好をつけておいて……なんだけど」
ジョン・スミスはそう前置きした上で、元も子もないことをこの後に及んで言い出す。
平時であれば、殴りかかってしまいそうなことを。
でも……、
彼の言葉を聞いていて、
いつの間にか顔を覆うようにして、とどめらない嗚咽を漏らしながら
涙を流していた私にそんなことはできず。
口調はそれまでの真剣なものとは打って変わって、飄々とした調子で────
いつもの彼が口にする軽口と同じ穏やかな響きで────
フローレンス・ナイチンゲールが生涯にわたって──否、
「どれだけ盤石の態勢を整えても」
「兵士は死に」
「病人は発生する」
「これはもうどうしようもない」
「対して、僕たちは笑えるほど無力だ」
「ほんとどうしようもない」
「神が決めたのかも知れないし……」
「ほんとむかつくけどさ」
「それがこちらに与えられた条件と配られた手札なんだ」
「だから、それで勝負するしかないんだよ」
「……君はひとりで多くを抱えすぎだ」
「もっと他人のせいにしてもいい」
「もっとまわりのせいにしてもいい」
「もっと気楽に決めてもいい」
「気楽に、そして誠実に──」
「そうすれば」
「君はきっと大丈夫」
そこでジョンは私の手を取った。
泣き顔を隠せなくなって少し困ってしまうが、べつにいいか──とも思う。
今更、彼に対して取り繕っても仕方がない。
外気に冷やされた彼の手はとても冷たかったけれど、こうして彼に触れられて────彼に触れることが心地よい。体温以上の温もりを私に伝えてくれた。
私の手を取ったまま立ち上がる彼につられて、私も立ち上がる。
やはり涙はまだ止まっていなかったけれど、
体の震えはとうに止まっていた。
「付け加えるとさ……」
「もし────」
「────僕が死んだとしても」
「それは、たかが一兵卒が死んだだけのことだから……」
「あまり思い詰めないでほしい」
「そんなことより君は君の夢に向かって邁進しなくてはいけないよ?」
「僕は君の
「それは僕にとって」
「──なによりの”救い”になるんだから」
「君のためなら死んでもいいと思ってるくらいに……」
「だから、仮にそんな時が来たら」
「”君は僕を殺してでも”────」
「─────────”僕を救ってほしい”」
「……べつにそこまでシリアスな話でもないんだけれどもね」
「……重苦しい話で、変に身構えさせたいわけでもない」
「そうなる、かも、しれない、ってだけで」
「ただ……、こうして”死”を目の前にすると────」
「改めて、言っておかないと、って」
「言えるうちに、言っておかないと、って」
言葉がなるべく重たく聞こえないように──それでも実直に彼は思いの丈を述べた。
こちらが声を発したら壊れてしまいそうな儚さを伴って。
論点はいつからかズレていき存在すら怪しく。
理路整然としていないどころか、矛盾を感じる部分もあるけれど。
けれど。
私を困らせないように、不安にさせないように……そういった配慮が彼の何気ない語気の節々から伝わってきて。
そうして、ようやく。
繋がれた彼の手が震えていることに気がついた。
いくら軍人とはいえ。
これほど多くの死を前にして、なにも感じない人間などいない。
なんとか平静を装って、いつものごとく茶化してはいるけれど、彼だって怖いのだ。
その事実が──ひどく切なく、身もだえしているようでもあり、胸が痛んだ。
今一度、眼下の墓地を見据えなおす。
こうしていると。
今、私たちが生きていることのほうが異常なような。
──なんの前触れもなく。
──死は突然、目の前に現れる。
昨日と今日はたまたま繋がっていただけのことで、そして明日の保証はどこにもない。
自らの恐怖を押し隠してジョンは私を懸命に励まし、寄り添ってくれた。
愚直に誠実に私と向き合ってくれた。
────今、改めて。
────その、純粋なひたむきさを、心より愛おしく思う。
────また前を向いてみようと思える。
「はぁ」
「馬鹿ですか、貴方は」
「殺したって、死にはしないでしょう──貴方のような人」
”おいおい、場所を考えて言ってくれよ──?”なんて、やはり肩をすくめて話す。
あまり真剣みのなさそうな、それでいてこちらのことをきっちりと考えてくれいることがわかる、ジョン特有の声色。
そんな彼の思いやりに応えるために、いつもの軽口を返すことしかできない自分が歯がゆいけれど。
悔恨の念に落ち込んでしまいそうな自分を空元気で、多少無理にでも鼓舞する。
それが彼に対する──私なりの誠意の示しかた。
「ジョン、冗談でも言って良いことと悪いことがあります!!」
「ぁいでっ────! 今、君がそれを言うかな」
「やかましい──もちろん、軍人なのですから。危険な状況に遭遇することもあるでしょう……でも死んだら、許しません。絶対に許しませんから」
「……心配してくれるのかい?」
「っつ……それはっ! ─────それは、心配するに決まっています」
「──ははは、ありがとう」
「笑いごとじゃないです」
私たちはこれでよいのだろう。
互いが互いの支えとなるように。
今までこうしてやってきたし、これからもこうしてやっていく。
目的地は既に定まって。
時には、遠回りもあるかもしれない。
けれど地面にふたりのあしあとが増えていくほどに。
私たちの絆は強くなって。
ジョン・スミスがいてくれるなら、フローレンス・ナイチンゲールは大丈夫。
そう、思える。
もし……、なんて。
本当に笑いごとではない。
彼がいなくなるなんて。
そんなこと考えたくないし、
────考えられない。
ギュッと強く力を込めて、ジョン。スミスの手を握ってからその手を離す。
ここから、またリスタート。
”申し訳ございませんでした”
先ほどのジョンにならうようにして、最敬礼をして。
すぐに身を翻し──墓地を背にして歩き出す。
こんなもの、自己満足と言わば言え。
決して開きなおったわけではない。やはり罪の意識はどうしても消えない。
それでも、目をそらして逃げて────忘れたフリをしていたものに向き合ったうえで、飲み込んで。
ジョンが私にくれた言葉の通りに。
ジョンの語った──ふたりの夢を現実にするために。
今はただ前を向いて、進んでいく。
それが背を向けた者たちへのせめてもの弔いに、罪滅ぼしになると信じて。
私を待つ者のところへ─────
「一緒に────行きましょう、患者が待っています」
「あ、そういえば、ジョン……?」
「ん、なんだい?」
「本当なら、なによりもまず先に伺うべきことで────」
「私が長官代理というのは、承知したのですが────」
「そもそものホール軍医長官はどちらへ? あの……、私が騒動を起こしてしまった前後からお見かけしていないのですが────」
「……ああ、元軍医長官殿なら────既に遠くへ行ってしまったよ」
誤字脱字、ここの文意がワケワカメ、展開に対する苦情等ありましたら、気軽にご連絡いただけますと幸いです(反映するかはこちら次第だがな!
ハーメルンからでもTwitterからでも構いません。作品をよりよくするためにご協力のほどお願いいたします。
大変、長らくお待たせいたしました。
どうぞ、またお付き合いください。
実は、この後の話が個人的お気に入りです。
お時間が許せば、続けてお読みください。
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