目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。
「ん...?ここは、俺の部屋か...。」
自分の置かれている状況を把握しようと周りを見渡すとメイド服の女性がベッドの隣で椅子に座っている。
「あっ目覚めましたか。裕兎様。気分はどうでしょうか?」
裕兎がムクっとベットから上半身を起こすと、それに気づいたメイドの女性が重心を前にし顔を覗かせる。
裕兎は顔の前にメイドの女性の顔が急に現れたことに驚きつつも、前髪が揺れ今まで隠れていた目がチラッと見え、綺麗な目だな、と見惚れる。
彼女は低身長でそれに比例した慎ましい胸、髪は薄ピンク色をしており服装は裕兎が元いた世界であったようなメイド服に似たものだった。
「あー悪い。時間を取らせてしまったようだな。もう大丈夫だ。」
ハッと正気に戻ると申し訳なさそうに頭をかいた。
そんな裕兎を見てからか、メイドの女性はやんわりと裕兎までほんわりなってしまいそうなほど暖かな微笑みをする。
「大丈夫ですよ。私はメイドリーダーのローズですから!メイドの中で一番偉いんです!それに、ちょっと疲れてたんで休憩ついでです。」
胸を貼って自慢げに言うローズに呆れながらも軽く微笑む。
「そうか。...なら良かった。」
「だから、もう少し安静にしていた方がいいのでは?まだ治療しきれてないところがあるかもしれませんし。」
「時間潰ししようとしてサボり過ぎるとレンに怒られるぞ。」
「や...やだなぁ~。サボってなんかいませんよ。」
苦笑いするローズ。
「最悪、メイドを辞めさせられるくらいだろうし、殺されませんし大丈夫だとは思うんですけどね。」
そんなローズの言葉にえっと驚く裕兎。
(それって全然大丈夫じゃなくねぇか?辞めさせられるは相当な罰だよ!?)
そんな風にローズと話し、起きてから時間たった。
すると頭が冴えてきて思い出す。
(そういえば、俺はレンに負けたのか...。)
ふと疑問に思う節があった。
「思ったけど、俺が気を失ってからどのくらいたったの?」
「1日程でございます。」
「案外、眠ってないんだなぁ。」
予想よりも寝てる時間が短く、へーと感心しながら身体中を見ているとあることに気づく。
「あれ...?そのわりには、怪我治るの早くないか?」
その通りだったのだ。
レンから受けた大火傷が跡形も無く治っているのだ。
自分で治した記憶もなく、どういうことだろうと考えているとローズが口を開く。
「ヒーラーという回復系の特性を使いましたから。この屋敷では私や私以外の少数のメイドがヒーラーですので。」
「あーなるほどね。便利な世の中だなぁ。」
納得をし、自分の身体を凄いなぁ〜と物珍しそうに見る裕兎。
(メイドが何人居るのか分からないけど、ヒーラー率高いな...。人選しているのか?)
「では私はそろそろ仕事に戻りますね。」
そう告げてからローズは部屋から出ていく。
ローズが居なくなり、静かになった部屋でしばらく裕兎は虚空を見つめていた。
「さて、これからどーするかなぁ...。とりあえず、レンのところ行ってみるか。」
部屋を出てレンが居るであろうと思われる部屋へと向かうため、ベットから降り立ち上がる。
いつも1日も寝ないため、思いっきり伸びをする。
「う...うぅーん。....はぁ〜。じゃ、行くか。」
スッキリした表情でドアへ向かう。
ずっとベットで温もっていた身体に久しぶりにドアノブを握り、ひんやりとし一瞬ビクッとするものの、次第に慣れていく。
廊下に出ると床には赤を主にサイドに黄色のラインの模様が入った絨毯が敷かれている。
天井にはシャンデリアのようなものにロウソクが置かれ美しく輝いていた。
どこの壁を見ても汚れているところはなくピカピカでメイドがきちんと掃除が出来ていることが見受けられていた。
(あそこって王室?って言うのかな?うーん......)
しばらく廊下に佇み考えていると
(まぁ、何室でもいっか。)
結局は面倒くさくなり考えるのを辞めた。
「それにしても綺麗だなぁ...。何回見てもすげぇと思うわ。」
王室に向かう間もへー、ほーと感心が止まずにいる。
王室に向かう間にチラッと調理場も覗け、視線を横にずらし軽く見ると、そこも綺麗に並べられた食器に台の上も何一つなくピカピカに輝いていた。
「うわぁ...綺麗過ぎて逆に入りたくないわ。何か、入ったらいけない気分になるわ。」
あまりの綺麗さに遂には軽く引く裕兎。
そんな中、少し先の方から煙の出ている部屋があった為気になり早足となる。
いざ着いて見ると男湯と女湯と書かれた部屋がそれぞれあった。
そして、煙は女湯から出ているのである。
(...なん...だと...!?まさか朝風呂をしているとは!?夜勤だったメイド達か。これはどうするべきか!?男として見るべきか!確かに俺の特性を使えば消えることくらい容易い!しかし!それを見抜く特性を持っている人も居るかもしれない!回復(ヒーラー)のみとは限らないからな!どうする...!)
時間もあまり無いことを考慮し、全神経を使って考えを張り巡らし葛藤する裕兎。
すると、不意にガチャッとドアノブが捻られた。
(なっ...ヤバイ!このままだと見つかる!飛蝗(カヴァレッタ)ァァ!!!)
ドアノブが捻られる、そんな何点何秒という短い時間の間に気づけば裕兎は、そこから数メートルも先に移動していた。
ドアが開かれる頃には平然と歩いていく裕兎。
顔をひょこっと出したメイドの女性は辺りを見渡すと首を傾げる。
「あれ?さっきまで人の気配感じたのになぁ...。まぁ、いっか。」
あまり気にすること無く風呂へと戻っていく。
逆に裕兎は心臓の鼓動をこれまでにないくらい強く鳴らしていた。
(あっぶねぇ!殺されるかと思った。)
裕兎は、移動するときにドアが開けばぶつかりバレると考え天井に飛び上がり、そこから今の地点まで飛んだのだ。
起きて早々疲れていると背中から焦げの臭いと共に熱を感じ、裕兎は驚きながら確認すると、なんと洋服が燃えていたのだ。
どうやら、天井に焦って飛び上がったことによりロウソクが洋服に燃え移ったようだ。
「な...やべぇ!熱い!早く消さねぇと!」
焦ることにより上手く消せず、それにより更に焦り、それが原因で更に上手く消せず、と悪循環が続いていく。
「うぎゃゃゃゃーー!!!!!」
消すのが間に合わず、廊下には裕兎の叫び声が響いていった。
* * *
「はぁ...はぁ...はぁ...。部屋からここまで近くはないが遠い訳でもないのに...死にかけた...。」
洋服は部分部分焦げ穴があき、顔や身体は少し黒ずんでいた。
荒らげた呼吸を整えるとドアをノックする。
コンコン。
「いいよ。」
ドアの向こうからレンの声が聞こえ、ドアを開け入る。
ガチャッ。
ドアの向こうには椅子に座っているレンがいた。
だが、俺が入ると立ち上がりこちらへと向かってくる。
「大丈夫?怪我は治ったと思うけど...。」
振り返ってそう言うレンの言葉は次第に小さくなっていき、それと同時ににこやかな顔だったのが驚愕な表情へと変わっていく。
「ほんとに大丈夫!?何か黒いけど!」
「 あー...うん。大丈夫だ。というか、気にしないでくれ...。」
最期の方はあまりに小さな声で聞こえていなさそうな声でボソボソと言った。
「そっか。まぁ、無事ならそれで良かった。」
レンは安堵し、笑顔を向ける。
(眩しい!眩しすぎるッ!その笑顔!)
自分を心配してくれるレンに罪悪感を感じる裕兎。
「少しやり過ぎたようでごめんね。」
レンはバツが悪そうに頬を掻く。
「少しは厳しくしてくれた方が実力向上にはいいと思うから、俺はあれくらいがいいと思う。」
(ほんとだよ?べ...べつに恨んでなんかないんだからね。
.....うん、このセリフはツンデレとあってない気がするな...。はい、分かってました...。)
しかし、レンの隣にいたミカはポスッとレンの頭を叩く。
「確かにやり過ぎかしらね。真面目に取り組むのは構わないのだけれど、手加減というものもあるでしょう。レン、あなたは四騎帝という自覚を早く持ちなさい。」
「あ...あぁ。確かにそうだね。悪かった。でも、俺は練習相手が務まるように気合いを...ね...。」
次第に声が小さくなっていくレンに対して全く容赦なく追撃を与える。
「それで、死んでしまっては元も子もないのでは無いのかしら。それとも、あなたにはそんなことも分からないのかしら。流石に分かると思っていたのだけれど、私の買い被りかしら。」
(あー...怒ったら毒舌になるタイプね...。怖いわぁ...。怖いなぁ...。)
そんなレンとミカのやり取りを止めに入るか入らないか迷っている。
(だって、怖いんだもの!テヘペロ☆)
裕兎が迷っている間もレンとミカは止まる気配は無かった。
「いや、そこまで言わなくとも...。分かってはいたんだけど、いざやってみると集中しちゃってね...。」
「だから、何なのかしら。集中しなければいいだけの話じゃない。何でそんなことも出来ないのかしら。」
次第に沈んでいくレンの顔。
(やめて!仲良くして!)
見てるこっちもキツいわ、と裕兎は目を背ける。
沈んだレンに対してミカはこめかみを抑えため息を吐く。
「私はローズの手伝いをしてくるわ。失礼します。」
そう言うと力強くドアを閉めていった。
しばらく続く重苦しい沈黙。
(やだなぁ...。気まづいなぁ...。つらいなぁ...。)
何か言葉をかけるべきかと悩んでいると、暗い表情のままレンは顔を上げる。
「実は裕兎にちょっとした仕事を与えようかと思ってたんだけどね...別に急ぎじゃないから明日でもいいかな?.....今はちょっとキツイから...。」
悲愴なオーラをただ寄せるレンに裕兎は、ただうんとしか答えれ無かった。
(南無阿弥陀仏.....。それにしても仕事ってなんだろうなぁ 。)
どんまい、という意味を込めて唱える裕兎。
そこへレンの呟きが聞こえる。
「あぁー...どうしよう。何て言って仲直りしようかなぁ...。今日中に仲直りしに来ないときっちり24時に浮気してるんじゃないかと問い詰めに来るからなぁ...。前にも一回だけあったなぁ...。あれは...辛かったなぁ...。」
(えっ何それ...。こっわ...!ミカ、こっわ...。見た目と反しすぎだろ...。新手のヤンデレ...?)
これ以上ここにいたら鬱になりかねない、と裕兎はそそくさと逃げることにした。
「じゃ...じゃあ、俺、今日も疲れたから休んでくるわ。....じゃ。」
手短に伝えると足早に部屋を後にした。
はぁ...とため息を吐き、廊下を歩いていると中庭の方で花の手入れをしながら愚痴を零すミカに、仕事しながらも呆れながら話を聞くローズがいた。
(第二被害者まで現れたか...。)
これ以上被害者を増やすまい(自分が第三被害者とならないように)とする為にそそくさと自分の部屋へと戻っていった。
ドアを開けると、そこは朝まで自分が寝ていたベットに何も置かれていない本棚、机の上に置かれた花の入った花瓶があった。
よく見ると中々に広い部屋だ。
ベットに腰をかけると、まだ明るい空を窓から見上げる。
(今から寝るにしても早いしな。何するかなぁ...。)
うーんと唸っていると、ふとレンに負けたことを思い出す。
「久しぶりに鍛える、かなぁ。レンにはボロ負けだったしなぁ。...あとは、俺が今まで集めてきた生物学の内容に生物一覧表を見てバリエーションでも増やすか。」
そうと決まれば、とベットから勢いよく立ち上がるとトレーニングに向きそうな環境の元へと向かう。
* * *
「よし、始めるか。」
そこは木々が立ち並ぶ林の中だった。
陽の光は微かにしか入ってこず、ほとんど陰。
その為か空気はヒンヤリとしており涼しい環境下だ。
ここはレンの屋敷から少し離れたところにある場所。
そこで裕兎は屈伸をし落ち着く為に深く息を吐く。
「ふぅー...。飛蝗(カヴァレッタ)。」
すると、裕兎の足が膝辺りから足先まで緑も茶色の入り混じったクリスタルのような鎧を纏った。
「あの木、スタートにするか。」
そこから高らかに飛び上がると木の幹まで飛び、更にそこを強く蹴り飛ぶ。
そうやって次は木の茎の部分に足を着地させ、また飛びまた木に乗り移り飛ぶ、を繰り返しまるで忍者のように木々の間を自由自在に飛び回る。
(これで、飛蝗(カヴァレッタ)を使いこなす練習+体力、脚力向上の筋トレをしばらくするか。)
次第に速くなる速度に気を抜くとぶつかりそうになる為、ひたすら目を動かし集中し続ける。
「それにしても、涼しくて気持ちいいなぁ!これ!」
宙を自由に飛び回るという初体験。そして、全身に感じる風。裕兎はテンションが上がり特性を堪能する。
それから約2時間は経っただろうか。
徐々に加速していく裕兎の速度は風を切る速度で飛び回っていた。
そんな裕兎の蹴りを耐える木々はバキバキとたまに音を鳴らせては揺れ葉を散らす。
しかし、そんな裕兎にも限界がきていた。
木に着地をし足を踏ん張る度に膝が揺れ、体力も残り乏しく呼吸を荒らげている。
「.....そろ...そろ...終わり..に、する....か!」
最後に一気に空気を吸い上げて残りの力を振り絞り目の前の木の根本付近まで飛ぶ。
更に空中で身体を捻り回転力を付けた。
そして、地面に着地すると共に木に一発蹴りを入れ切断した。
バキッバキッと音を響かせ、葉をざわめきさせながら倒れていく。
地面に着地した瞬間、裕兎は膝と手を地面に着ける。
「かっ!はぁ...はぁ...。すげぇ...汗かいたな。あーキツいわ!」
胸の奥がヒューヒューと鳴っている中、呼吸を整えようと深呼吸を何回も行い、次第に汗が引いていくと仰向けになり地面の上を横たわる。
「疲れたなぁ...。まだする予定だったけど、今日はもう帰るかぁ。寝る前に腹筋、腕立てすればいいし。」
しばらくゆっくりし呼吸が整うとよっこらせ、と立ち上がりのんびりと歩いてレンの屋敷へと戻っていく。
* * *
バタンッ。
布団の上へ倒れ込む裕兎。
仰向けの状態でスマホを弄り出す。
その画面には生物一覧表と書かれ、その下にはオニヤンマやフタボシコオロギ、クロカタゾウムシ、ミイデラゴミムシなどの数多くの生物が載っていた。
「やっぱ、昆虫とか動物の図鑑とか見てて勉強なるし面白いなぁ。すぐ、飽きるけど...。」
それからしばらくひたすら、スマホに保存した動物、昆虫を生物学を引っ張り出し勉強する。
すると、いつの間にか寝ていたのだろうか。ミカのドアをノックする音で目が覚める。
「ご飯の用意が出来たのだけれど。起きているかしら?起きているなら食堂へ来てくれると助かるわ。」
「ん?あぁー分かった。ありがとう。...ふぁーあ。」
寝ぼけながらも何とか状況判断をし、起き上がる。
欠伸をすると背伸びをし電源が付けっぱなしとなっているスマホに気づく。
「あっ電源付けっぱだったか。太陽光パネル式充電器は確か机の上で陽に当ててたような....。あっあった。」
スマホを片手に辺りを見渡すと太陽光パネル式充電器を見つけカチッとはめる。
「それにしても、この世界Wi-Fiとかないからなぁ...。そこら辺も早めに作らねぇとなぁ。」
どうしたものか、と頭をがしがし掻く。
「あっそだ。ご飯出来てるんだっけな。早く行かねぇとミカ怖いからなぁ。」
昼間の出来事を思い出し慌てて部屋から飛び出し食堂へと向かう裕兎。
食堂へと着くと、既にミカとレンは大きな机の席に着いていた。
いつものようにほんわかな雰囲気を漂わせて。
どうやら仲直りは無事に出来たようだ。
良かった、と安堵し裕兎も席に着く。
「こんばんは。裕兎。」
「こんばんは。」
ミカもレンも完全にいつも通りのテンションに戻っていた。
裕兎は思わず笑顔になる。
「こんばんは。レン、ミカ。」
「あっ裕兎。明日の朝に任務の件を話すってのは覚えているかな?」
「覚えてる。大丈夫だ。」
「なら良かった。」
心配だったのか表情を見て分かるくらいわかりやすく安心そうな表情をした。
「今日はしっかり休めたかしら?」
「あっ確か出掛けて無かったかな?」
「あっちょっと林の方でトレーニングを...。」
「休めるときはしっかり休むものよ。」
「そうだよ。休まないとね。」
「そうだなぁ。今度からそうするか。」
こんなたわいの無い会話をし有意義な時間を過ごした。
ご飯も食べ終わりある程度話し込むと、外はもう真っ暗なことに気づくミカ。
「もうこんな時間ね。そろそろ皆寝る頃かしらね。」
「そうだね。裕兎も疲れてそうだしね。」
裕兎の顔がやつれているのか、裕兎の顔を見てレンはそう言った。
「うーん、確かに疲れてる、かなぁ。」
「そうね。死んだ魚のような目をしているわ。」
「そこまで!?」
「じゃあ、今日はもうお開きだね。」
レンがそう言うとミカも立ち上がり、それに続いて裕兎も立ち上がる。
「じゃあ、私はもう寝るわ。おやすみ。」
「俺ももう眠いから寝るね。おやすみ。」
「おう。おやすみ。」
ミカとレンはそう告げると自分の部屋へと戻っていく。
裕兎は窓から見える輝く月とその周りにある煌びやかな星々を見て一息つくと
「俺も風呂入ってさっさと寝るか。」
と部屋を目指してのんびりと歩き、裕兎の姿は次第に闇の中へと呑み込まれていった。
3話.......終
今までは話の流れが少し速かった気がするため、これからはゆっくり進めていこうと思います(^ν^)