Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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Chapter 3 "Cloaks" Part A

Chapter 03

Cloaks

A

 

 

 

 呆然と、と形容するのが最も近しいであろう立ち姿の少女。彼女の心情をあざ笑うかのように、野犬の遠吠えが耳障りな風の音を伴って木々を揺らしている。

 彼女の気分は最悪に近かった。一言で表すなら文字通りの油断からくる失態であり、その結果を引き起こした原因は自身の独断行動にあるのだから。

たとえそれが、自らの出自に関わる内容で、容易く触れられたくはない事柄であったとしても。独断行動に至った理由は、ノーティスの自責を紛らわせる材料にはなりえなかった。

 

 クリスを狙っていた人物の潜伏先と思われる場所が判明した、という成果報告を打ち消すようなカイの苛立ちを隠しきれていない声が耳孔を叩く。反論も憎まれ口も披露する余裕は一切なく、彼の事務的な確認や指示を、鬱屈とした表情のままノーティスはただ聞いていた。

 

「……それで、クリスが攫われてからどれくらい経ってるんですか」

『まもなく二十分、といったところだ。今のところ検問に引っかかった様子はないが、貴方の掴んだ廃病院の場所から考えても、相手は何かしらの輸送手段を用意していると考えていい』

 

 聞いているのかいないのか、無言のままメダルをじっと見つめる少女の頬を冷たい夜風が撫でる。状況が状況だけに、これから彼女がとり得る行動はそう多くなく、またこの事態の緊急性や、クリスが攫われてしまったという過失をどこに求めるかを考えれば、自ずとノーティスが選ぶことのできる選択肢は一つに絞られてしまった。

 

「団長はそのままクリスの捜索をお願いします」

『貴方は』

「廃病院に向かいます。……そっちに戻ってから行くより格段に早いですし」

『待て、まだ廃病院が拠点と決まったわけでは』

「決まってなくても調べなきゃいけないのは一緒でしょ!」

 

 言うが早いか、カイの返事を待つことなく彼女はメダルをバッグの中に放り込み、その足で廃病院を目指し駆け出す。石畳の道を走り抜け、やがて舗装されておらず荒れたままの砂利道へと足を踏み入れてもなお、夜の闇を裂くように少女は走り続ける。

制止するように鳴り続けるメダルの呼出音を、努めて耳に入れないようにしながら。

 

 

 

「やはり、出ようともしないか」

 

 ノーティス達が滞在していた宿の一室。一向に呼出音が鳴りやまないメダルを諦めたように握り締め、カイは小さくため息を吐いた。

全く予想だにしていなかったという訳ではないが、しかし彼が考えていた以上にノーティスは思い詰めているような口振りをしており、そして普段であれば耳を傾けているような忠言すら無視するほどに、彼女の思考は短絡化していたのだ。

 気を取り直してカイが顔を上げれば、そこには不安そうな表情を浮かべ自身の傷を手当てしているブリジットと、知った名前が聞こえた事や、ギア絡みの事件である可能性が高いことなどを理由に、半ば強制的に同行させられたソルの姿があった。

 

「……ったく、子守も碌にできねえのか坊やは」

「非常識が服を着て歩いているような人間に言われたくはないな。それに、今はそんな話をしている場合でもないだろう」

 

 あからさまに挑発するような言葉遣いと語気につい荒げそうになる声を抑えて、カイは正面で座り込むブリジットへと発言を促す。外に待機させている部下や、ブリジットらを襲った者たちの情報をわずかでも得られればという期待がそこにはあった。

 

「その、すみません。クリスさんを守りきれなくて……それにノーティスさんも」

「気に病む必要はありません、大事なのはこれからどう対応するかです。……ですが事態は急を要する。貴方達を襲った者についてなにか、気付いたことがあれば教えていただけますか?」

「それなんですが、ウチも不意を突かれたせいでちゃんとは見れてないんです。たぶん賞金首の人達だったとは思うんですが……」

 

 どんどんと小さく消えゆくブリジットの言葉に渋い顔をするカイとソル。考え込むように小さく唸り声を上げるカイを見て、やがて何かを思い出したのか少女は微かな声を上げる。何事かと問いかけるカイに対して、直前に黙り込んでしまっていたブリジットが、やがて口にしたのは小さな手がかりであった。

 

「……一人だけ、賞金首のリストでは見た事のない人がいました。たぶん、その人がリーダー格なんだと思います」

「顔や体格などを可能な限りでいいので思い出してください。人相書きを手配します。それとソル、お前にはノーティスの追跡と廃病院の調査をしてもらう」

「あぁ? 何だって俺がそんな事しなきゃなんねえんだ」

「ブリジットさんにはこのまま此処で人相書きに協力してもらう必要がある、それに彼女を止めるとなると、適任なのはお前位しかいないだろう」

「それこそテメエでやりゃあ良いだろうが」

 

 ソルの呆れたような物言いに首を振り、カイは鋭い視線を男へと向ける。それを気にする事もなく肩を竦めるソルに対して、やがて諦めたように大きく息を吐く。

 

「私では警察機構が嗅ぎ付けましたと宣言しているようなものだ。それに万一彼女が本気で抵抗した場合、最悪殺害を考えなければならない。ああまで言ったんだ、お前なら子守くらい簡単なものなのだろう?」

「チッ……ちったあ言うようになったな」

 

 それだけ言い捨てて愛用の剣を片手に部屋を立ち去るソルを見送り、カイは改めてブリジットと正対する。不安そうな表情を浮かべて扉とカイとを見比べていたブリジットはやがて、疑念を込めた視線をカイに向けて問いかけた。本当に彼一人で大丈夫なのか、凄腕の賞金稼ぎとは聞いているがいったい何者なのか、などの質問に彼はすっと目を細めて答える。

ノーティス同様に聖騎士団に所属していた人間であること。ギアを率先して狩る賞金稼ぎであること。そして、あのジャスティスを破壊し、ディズィーを制圧した本人であるということを。

 

「ま、待ってください! それだとノーティスさんが」

「二人とも同じ聖騎士団の人間であったことには変わりありません。不安がないとは言いませんが、奴が上手くノーティスを止めてくれることを祈りましょう」

 

 そうじゃない、とブリジットは首を振る。意図が分らず首を捻るカイだったが、彼女の表情にただならぬものを感じ、そして過剰ともいえる懸念の理由に気付く。そして、そこから繋がるように、ノーティスがどこか思い詰めたような反応しか示さなかった原因に思い至ってしまった。

 

「ブリジットさん、まさか」

「……ウチ、ギアがどうして聖騎士団に、って……ごめんなさい」

「……」

 

 ひょっとしたら、と考えた内容が現実のものであったことに、カイは言葉を失う。目の前で俯くブリジットの姿を見ても、ディズィーから友人として彼女の名前が挙がったことから考えても、その言葉は決して悪意から来るものではなかったのだろう。

だが、相手も、聞き方も悪かった。

『ギアは全人類の仇敵である』という前提条件を忘れ、彼女はその持ち前の楽天的思考から、あるいは単純な厚意から、ノーティスの過去へ触れようとしたのだろう。話を聞くことくらいはできるかもしれない、と。

 だが、過去や自身の素性に触れる事そのものを嫌う者にとって、ブリジットの振る舞いは不愉快と認識されても不自然ではないものだった。

 

「貴方が悪意を持って言ったのではないことは、恐らくノーティスも分かっているでしょう。ただ、彼女の方から口を開かない限りは、貴方からは極力その話に触れない方がいい」

「カイさんは、ノーティスさんの事を……?」

「私も詳しくは知りませんが、クリフ団長が彼女を連れてきた時に伝えられました。壊滅した街で独り生きていられたのには理由がある、そしてそれは身寄りのいない子供が背負うには残酷すぎるものだ、と」

「……」

「ですが、私はあの時それに気付いてしまう訳にはいかなかった」

 

 ギアは人類の罪そのものであり、そして力を持たぬ者はその圧倒的な暴力に対してあまりにも簡単にその膝を折ってしまう。ましてや十六、十七といった年の頃の娘が膝を屈さず、頭を垂れずに生きて行けることなどまず有り得ないし、仮にそれを成したというのであればその少女は。

 

「一度気付いてしまえば。人類の最後の希望として存在した聖騎士団に、人類の仇敵たるギアが居ると知れてしまえば……人々は、災厄に抗う力を失ってしまう事になりかねない」

「だから、見ないふりをしたんですか」

「……お恥ずかしい話ですが、ノーティスの素性に意識を向けることができたのは、彼女が聖騎士団を脱退し、聖戦が終わってからの事でした。それに彼女と話をすることも避けてしまっていた。私の未熟さが問題を先送りにしてしまったとも言えますね」

「……すみません、不躾なことを聞いちゃって。でも、それだとなおさらソルさんを止めなきゃ、ノーティスさんが」

 

 申し訳なさそうに頭を下げたブリジットが再び顔を上げ、ソルを呼び戻すようにカイに詰め寄る。ソルがギアを率先して殺す賞金首で、ノーティスがギアなのであれば、それは討伐者と討伐対象の関係に他ならない、と。

だがブリジットの目を見つめるカイの表情は穏やかなもので、まるで心配いらないと言わんばかりに、ゆっくりと目線を少女に合わせて説く。

 

「私も以前は誤解していましたが、奴はそこまで見境の無い男ではありませんよ」

「でも」

「言ったでしょう、ディズィーさんを制圧したのもソルだと」

 

 カイが強調した言葉の意味は、すぐに分かった。史上最高額の賞金首を、最強最悪のギア『ジャスティス』以来の自我を持つギアを、あの男は破壊することなく見逃したのだ。そして、まだ晴れないブリジットの不安を打ち払うかのように、青年は笑顔を浮かべたのだった。

 

「彼女の事はソルに任せましょう。その間に我々もやるべき事があります」

 

 カイが手に持っていたメダルが、小さな輝きを放った。

 

 

 

「ここがそう、かな。病院だけかと思ってたけど、町も似たようなもんね」

 

 小さくため息を吐き、ゴーストタウンとなった町並みを見渡して少女は口を開く。直接的な被害は受けなかったとはいえ、百万都市を平然と壊滅させ得るメガデス級ギアの覚醒が身近で起こっては無理のない事だろうとも考えかけたが、ある違和感がゆっくりと鎌首をもたげる。

 その正体に感づく前に、ふと正面で微かに浮かぶ人影がノーティスの思考を寸断させた。

 

「……? ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

 

 ふらふらと行く先も定まらないまま歩く人影に近付き、少女はその人物を呼び止めようと声をかける。だが、こちらの声が聞こえていないのか、人影は声に反応することもなくそのままどこかを目指して歩き続けている。それに明らかな苛立ちを浮かべ、足早にその人影を追いかけ、乱暴に肩を掴んで振り向かせた。

 

 だが、この前に気付くべきだったのだ。

 

 ゴーストタウンに人がいる事の異様さに。

 

 そして、殺界の発生圏に近いというだけで、メガデス級ギアの脅威が消えた地から人々が姿を消したという事の異常さに。

 

「なっ……!?」

「う……が、ァ……」

 

 脇腹を貫く激痛、目の前でこちらを覗き込むように首を傾げる、生気の無い顔。視線の定まらない瞳に不気味さを覚える前に、体が反射的に防衛行動を起こす。痛みを無視して拳を握りこみ、力任せに人影の腹部を、顔面を強く殴打する。

目論見通りに体勢を崩したそれを蹴り剝がし、5mほどの距離をとったところで一息。無意識の内に肩越しに背中へ回した右手が空を掴んだことに気付き、少女は思わず舌打ちをこぼした。

 

「中型相手に素手か……低級とはいえ剣置いてきたのは失敗だったかな」

 

 唸り声を上げてこちらを睨む人型の何か。何時の間にやら二対となった双眸があちこちに視線を巡らせ、やがてこちらを四つすべての瞳が射貫く。そしてどう大袈裟に見積もっても成人男性のそれでしかなかった四肢は、みるみる内に膨張して筋骨隆々の物と化す。そして二回りほど体積を増し、人型と呼ぶことすらおこがましい姿となったそれは、腹の底を蹴りつけるような咆哮を上げた。

 

「ただまあ悪いんだけど、アンタ(量産型)より(自律型)の方が上等なんだよね」

 

 無意識の内に添えていた左手を離せば、脇腹にあった刺し傷がみるみる内に塞がってゆく。そして、まるで初めから傷などなかったかのように上半身を軽く捻り、ノーティスはがくん、と腰を落としありったけの力を両脚に込めて大地を蹴った。

繰り出されるギアの腕を、その腕から致命的な一撃を狙って飛び出す鋭い爪を掻い潜り、右の拳を軽く握る。瞬く間に距離を1m未満にまで詰め、近付かれると同時に現れた一対の副腕が迎撃のために得物を振り上げた瞬間。

 鋭い風切り音とともに打ち上げられた拳が、化け物の腹部に大きな穴を開けた。

 

「……ちっ、直接指揮してる個体が分かれば早かったんだけど、流石にそこまで簡単じゃないか」

 

 腹部に受けた大きな傷によって動きが鈍った隙を少女は迷いなく突き、剣状に形を変えた腕を振るってその首を切り落とす。そして続けざまに心臓を打ち貫き、完全に息絶えたことを確認してノーティスは戦闘態勢を解く。地面に落ちたそれを拾い上げてしばらく考え込んだ後、彼女は大きくため息を吐いた。

 

「生体法紋の接近に反応して攻撃、戦闘行動に入るだけの量産型ギアね。こんなのがいるならそりゃ人も寄り付かないわけだわ。となるとこの先の病院跡もどうやら当たりっぽい訳だけど、……?」

 

 自身が呟いた言葉に違和感を覚え、改めて物言わぬ肉塊となったそれに視線を向ける。この姿になる直前、これがこちらに向けたあの顔に見覚えはないだろうか、と。しばらく考えた所で彼女は思い出す。ブリジットらを助けに割って入った時、自分が打ち倒した賞金首の中の一人に、この死体と同じような顔つきの男が居たはずだ。

 

「……なるほどね」

 

 簡単な命令を実行するだけの低級ギアとはいえ、これほどの外見の模倣が可能なのであれば、体の一部分、それも外見のみを複製することは難しくはないのだろう。

そうすれば、賞金首の頭部などをギア細胞と本人の体組織によって作り上げ、出来上がった物体をそれらしい攻撃で破壊してしまえば『討伐された賞金首の体の一部』と偽ることが可能なのだ。

 クローン技術と呼ばれるそれは、単なる義手義足などとは違い、個人の細胞を複製してまったく同一の物を作り上げようとする技術であり、ブラックテックとも呼ばれる科学技術の集合体であるゆえに忌避され、忘れられんとしていたものである。

 

 恐らく彼らは、そうして作り上げた身代わりによって手配をすり抜け、今回のような誘拐事件を繰り返し起こしていたのだろう。

周到な下準備の上で行われていたであろう行為がどのようなものであるのか、実際にその標的となった者たちの末路は。好むと好まざるとにかかわらず思考は泥沼へとはまり込み、やがて強さを増した憎悪が法力の余波という形を得て打ち捨てられた死体を地表諸共引き裂く。

 

「こんな事なら、首突っ込むんじゃなかったよ」

 

 ありったけの不快感を乗せた言葉は、風に乗って夜の帳へと溶けてゆくのであった。

 

 

 

 ベルナルド様。部下からそう呼ばれた男性が、手にしていた資料より視線を外して声の方へと振り向く。その瞳はいささか疲れたような色を浮かべておったが、それもそのはず、とうに解決を迎えたと思われていたはずのヒュドラ事件がまったく別の形で再び燻り始めていると言われたからに他ならない。

 夜を並べて進められていた調査や、ベルナルドらの働きもあって標的の痕跡や足がかりは得られつつあったものの、やはり即応性の求められる事態が続けば少しの疲労も出ようものである。

 

「こちらが一か月以内の未解決誘拐事件の一覧です。発生地点を地図にもまとめておりますので、おおよその行動範囲はこれで掴めるのではないかと」

 

 部下から手渡された資料を礼と共に受け取り、記載されている情報を値踏みするように視線を滑らせる。やがて目的となる情報を見つけたか、わざとらしいため息とともに男性は凝り固まった体を解し始めた。その姿を見た部下たちの表情が、にわかに安堵の色を浮かべる。

 

「それから、ようやく賞金稼ぎの足取りが掴めました。ジェイムスと名乗っていた男の素性が割れた、と言う方が正確ですが……」

「ほう?」

 

 続けて部下が差し出した資料を検め、ベルナルドの白く染まった眉が歪に跳ね上がる。その不愉快そうな表情が元に戻ると間もなく、カイの焦りを孕んだ声がスピーカーを通じて彼らのもとに届いた。

 

『ベルナルド、聞こえますか』

「ええ、ここに。貴方様より頼まれていた調べごとが一通り片付いた所です、これより資料を纏めて」

『そちらは後程確認します、それよりも至急頼みたいことがあります』

「……高くつきますが、よろしいですかな」

 

 カイの焦りからおおよその状況を汲み取ったか、ベルナルドの眉間にしわが増え、遅れてカイと同時にため息が口をついて零れる。やがて諦めたようにカイは苦笑いとともに答えた。いつぞやのコニャックを今度こそ贈ろう、と。

まだ手を付けていなかったのですかと冗談交じりに答えながら、彼の要求を随時メモとして書き起こし、部下の内数人を呼びつけてそれぞれに捜査、カイの応援を割り振ってゆく。

 そうして言伝られた生体法紋の追跡準備を完了し、今回ノーティスが起こした事件の被害者らが潜伏していたと思われる地点を目撃情報から割り出し、ソル達の向かった病院跡とは異なる地点が弾き出された後。礼を言って通信を切ろうとしたカイにベルナルドの声が突き刺さる。

 

「例の賞金稼ぎの件ですが、どうやら元ブラッカード社の研究者で間違いないようです」

『……手短に』

「ジェイムスというのは偽名でして本名はリーガル。2180年初頭に事故死というかたちでブラッカード社を除籍となっておりますが、遺体は当然ながら見つかっておりません。その後いくつかの偽名を用いて各地を転々としており、ここ半年の間にこちらに根を張ったのでしょうな」

『では、賞金首の遺体偽装もその男が』

「恐らくは。遺体の偽装や懸賞金の解除を餌に賞金首連中を抱え込んで、実験体を集めさせていたのでしょう。報告が上がっている身元不明死体の記録を見る限り、目立ち過ぎた者の処分なども行っていたようで」

 

 淡々と続く報告に、奥歯が無意識の内に軋むのが分かる。こみ上げる怒りを押しとどめ、自然と力の籠っていた拳を解き、小さな深呼吸の後カイは頭を下げた。

 

「ありがとうございます。私はブリジットさんと共に潜伏地点を探ってみます」

『それでは、御幸運を』

「……そちらこそ」

 

 通信を終えたカイが扉をくぐり部屋の中へと戻ってくる。入れ替わりで人相書きなどの作業を終えた部下が部屋の奥から歩いてくるところに敬礼をし、何点かの確認を済ませて男を室外へと送り出す。落ち着かない様子でベッドに腰かけていたブリジットは見知った姿に緊張が解けたか、跳ねるようにベッドから腰を上げてこちらへと顔を向けた。

 

「どうでした?」

「……犯人の潜伏地点の候補が病院以外にいくつか浮かび上がりました。ソルにはああ言いましたが、正直なところなりふり構っている場合ではありません」

「ええと、じゃあ」

「二人とは別行動になりますが、このまま我々も調査に向かいます」

 

 カイの言葉を受け、ブリジットは自身の身体や武器を検める。じっとしているのは性分ではないのだろう、先程までの重く沈んだ面持ちとは打って変わって、彼女の顔にはわずかながら高揚感が浮かんでいるのが見て取れた。

不謹慎だと思う気持ちもないではなかったが、塞ぎ込んでしまって戦えないよりはずっといい。だから、彼もそれに答えるように踵を返す。

 

「時間に余裕があるとは思えません。急ぎましょう、カイさん」

「ええ」

 

 腰に下げた封雷剣の柄を、右手の指が撫ぜる。冷たい金属の感触が熱していた心を冷まさせ、波打っていた感情を平坦に均してゆく。足早に歩を進めるカイを追いかけ、横に並んだブリジットの目に映った横顔は、先程までの人の好い表情でも、聖騎士団や警察の人間としての責任感、正義感に溢れた表情でもなく。

 

「カイ、さん……もし、間に合わなかったら。彼らが取り返しのつかないことをしていたら、貴方は」

「取り返しのつかないことは既にしているでしょう。犯罪者に向ける慈悲などありません」

「……」

「殺しはしません。罪は、償われなくてはならないのですから」

 

 ただ無感情にギアを屠っていたころの、ひたすらに冷たい目をしていた。


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