Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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Chapter 2 "Fugitive" Part B

Chapter 02

Fugitive

B

 

 

 

 噴水広場に面した喫茶店。惨劇の舞台となった場所を臨み、そして事件の一部始終を見ていた人物のいるこの場所で、カイは少女が座っていた場所と同じ席に着いてティーカップを傾ける。そして、カップの縁から唇を離し小さく息を吐いたところに、業務を終えたらしい店員が歩いてくる。

 

「……この前の事件、何か気になることでもあったんですか?」

「ええ、まあ。ベルナルドの報告を待つ必要はありますが、単純な殺人事件とするには気にかかる点がいささか多い、というのが正直なところです」

「ということはノーティスも」

「色々と事情はありますが、ひとまずは勾留という形で動きを抑えています。彼女が殺した賞金首についても、まだ調べなければならないことがありますからね」

 

カイの言葉に店員は納得したように頷き、夕闇の中、窓の外で現場の保全にあたっている人影へと視線を向ける。とはいえ大半の検証作業は済んでいるらしく、それらの人物が必要以上に気を張っている様子は見えない。そして、ふと下方へ視線をやれば、半ば呆れたようなため息を吐きながらも、それを見ているカイの瞳は穏やかなものだった。

やがてその瞳が、決意と不安の両方を湛えたものへと変わる。

 

「……事の運び次第では、元聖騎士団員である貴方達に応援を頼むことも、ひょっとしたらあるかもしれません」

「そうならないことを祈りたいですね。私なんて聖戦が終わってからは、包丁や盆を握ってばかりですから」

「……それもそうですね」

 

 呟くカイの懐で、聞き慣れた呼出音が鳴り始め、その音に二人の表情が強張る。音の発生源は、かつて聖騎士団の人間が連絡を取り合うために持っていた、通信機としての機能を備えた小さなメダル。呼出音が鳴りやまない内にメダルを手に取り、発信者であるベルナルドの言葉を促す。

そして、固唾を飲む二人に向けて、連絡を寄越して来た者の口から語られた言葉は、カイの胃にストレスを与えるのに十分な役目を果たしていた。

 

『指示を受けた時は一体何のことかと思いましたが、どうやら貴方様の懸念通りといった所ですな。今回ノーティス=アーシュヴァインによって殺害された賞金首の内数名、正確には彼らと思われる人相の者が、当該地区並びに近隣での誘拐事件の容疑者として手配されておりました。既に死亡済みと認定されていたためあくまで人相のみ、ですが……』

「同一人物である可能性は低くはないでしょうね」

『して、それが如何しましたかな? 組織的犯罪という事であればそれに合わせた対応をとなりますが、単なる誘拐、人身売買とは別のものを懸念しておられるように思えますな』

 

 ベルナルドの訝しむような声に、カイは小さくため息をついて一つの資料を送る。それは彼がノーティス達から見せられたファイルの写しであり、その内容に思い当たる点があったのか通信の向こうから息を飲む音が聞こえた。

 

『これは……』

「ええ、『ギア細胞と思われる何か』の適合者リストです。ブラッカード社のロゴが入っていた事から、ヒュドラ事件*1の関係者が裏に居ると考えられます」

『しかし、あの事件での研究員の生存者は居なかったと記憶しておりますが……ほとんどが死亡、行方不明者に関しても殺界の発生範囲や研究施設の状況から生存は絶望的だと』

「ですが、シーバスが持ち出したはずの研究データが行方不明になっていたことも確かです。これがその時の物と同一かは不明ですが、どちらにせよあまり悠長にはしていられませんね」

『……そのようですな。こちらでも今一度、あの事件での行方不明者を洗ってみましょう』

「お願いします」

 

 通信の切れたメダルを懐にしまい、カイは空になったティーカップを机に置いて席を立つ。残された食器類を片付けながら、扉に向かって行く男を引き留めるでもなく店員はどこへ行くのかと問いかける。

すると彼は、日常会話の続きでもするかのように「捜査の再開」を意味する回答を返した。

 

「……私の方でも少し、確認しておきたいことがあります。これで黒幕が明らかになるとまでは思いませんが、何かしらのヒントは掴めるはずです」

「確認、ですか」

「ええ。少し時間は掛かりましたが、どうやら任せていた調査が済んだようです」

「ではまた。事件が終わったらまた来てくださいね、新しい茶葉が入りましたし、あの子にも紅茶の良さを教えてあげないと」

「そうですね……彼女らの安全のためでもあるとはいえ、この状況は長く続けられるものでもありません。一刻も早く黒幕を突き止めなくては」

 

 そうして店員との話を終えたカイは、そのまま伸ばした右手でドアノブを握りしめる。開く扉と蝶番が立てる音を聞きながら、残された彼女は薄曇りの空の色に溶けてゆく背中を見送った。

 喫茶店を出たカイが初めに向かったのは、人気のない路地裏。周囲に動くものがない事を一通り確認した後、彼は右手の人差し指を耳の側へと近づける。すると、瞬く間にその指先を中心とした魔法陣が浮かび上がり、それは音の波を拾うように伸縮を始めた。

 

「お待たせしました、状況は?」

『カイ様の読み通りでした。いくつか不詳(ネームレス)として処理されていたものもありますが、『ジェイムス』という名の賞金稼ぎが当該人物らの懸賞金を獲得しています』

「その賞金稼ぎの足取りは掴めましたか」

『いえ、申し訳ありません……ですが興味深い事実が判明しました』

 

 どこか喜色を滲ませる部下の声に、逸る気持ちを抑えてカイは続きを促す。続く彼の言葉が、何かしらの手がかりになれば良いと思い、そしてそれが勾留中のノーティスやブリジットらの身を自由にする一手であらん事を願いながら。

 

『該当する賞金首が全て殺害済み、という形で討伐記録が出ているのはご存知かと思いますが、そのどれもが素性の判別が困難なほどの損傷を受けており、中には強力な炎により焼き払われたものもありました。それからもう一つ、あの広場での事件以後、ここ数日近郊で身元不明者の焼死体が複数発見されています』

「……照合はどうやって」

 

 胸中に引っかき傷を残したある単語を務めて意識から外し、カイはさらに続けて問う。

 

『全て生体法紋によるものです』

「なるほど……生体法紋照合をどのようにして搔い潜ったのかは分かりませんが、そのジェイムスという男が今回の事件の首謀者、ないし共犯者である可能性は高いでしょう。貴方は引き続きその賞金稼ぎの足取りを追ってください」

『では、カイ様は』

 

 部下の声に答えたのは沈黙。そして、考え事をしている様子のカイを待っていた男の耳に、あまりに長く感じる数十秒という時間を経て答えは返ってきた。大部分の不愉快さと、ごくごく一部にほんの少しだけ潜む『ひょっとしたら』という不信感に彩られた、若き長官の言いよどむ声が。

 

「私はその身元不明死体の調査を。……『強力な炎』に一つ、心当たりがあります。いささか早計かとは思いますが、これから起こり得る事態を考えれば少しでも情報は欲しい」

『了解しました。現在まで確認できた討伐済み対象の資料はお送りしておきます。では、ご幸運を』

 

 通信が途絶え、手持無沙汰となった右手を見つめ、強く握り込む。賞金首や賞金稼ぎの事であるならば、それはキャリアが長く戦場に身を置き続けている同業者(賞金稼ぎ)に聞くのが最も信頼度が高く、そして何より手っ取り早い。

だが、その男の行方をカイは知らず、そしてその男自身を、聖騎士団に伝わる神器を奪って逃げたその男を、カイは好ましく思ってはいなかった。

 

「これがヒュドラ事件の残滓だとするならば、あの男もこの街に居るはず。何か知っていればいいが……」

 

 

 

「暇だね」

「……そうですね」

 

 窓から見える月明りを眺め、ノーティスは呟く。幾重もの魔法陣を吐き出しては消すラジオの音声、それを子守歌代わりにして眠るクリスの側に腰かけていたブリジットは、誰へと向けた訳でもないその言葉におざなりな同意を返す。

あの後も幾度かカイから連絡はあったものの、結局すぐに自由の身となれるほどの進展は得られず、居場所を突き止めた敵対者が襲い来るということもなく、彼女らの置かれた状況を示すのに『退屈』という二文字は不本意ではあるが最適な表現でもあった。

 

「ブリジットって、どうして賞金稼ぎやってるの? その感じだと、そうしないと生きられないとか、そんなに切羽詰まった理由も目的もないんでしょ?」

 

 だから、ノーティスは起きている少女の方へ向かって問いかける。誰に聞いても、誰が語っても、おおよそ通り一遍の内容が返ってくるばかりの問い。しかし、彼女の答えは、一般的な誰かとは少しだけ事情が違っていた。

 

「ええ、まあ、絶対に賞金稼ぎじゃないといけない、っていう訳じゃないんです。ただ、少し事情がありまして」

「事情?」

「はい。だから、ウチ自身の手で大金を手に入れたい、って」

「……ああ」

 

 つまり、それがディズィーという史上最高額の賞金首に繋がったわけか。そう得心したノーティスは、一度通り過ぎた話題へと立ち返る。

 

「で、賞金が解除されてる事に気付かずディズィーを追いかけてた、と」

「……お恥ずかしい話ですが」

 

 食うに困っていた訳ではないにもかかわらず、大金が必要になるような彼女の『事情』に興味がないわけではなかったが、少女の無意識がそこに踏み込むことを抑制させた。

彼女の事情に深く立ち入るほど親密でもなければ、そんなことを気に掛ける義理も道理も存在しないのだと。

そのため少女はそこで話を打ち切り、再び窓の外へと視線を向けるが、それが拙かった。

 

「ええと、聞きそびれてたんですけど、ノーティスさんとカイさんってどういうご関係なんですか?」

「なんで?」

「いえ、その……お二人のやり取りを見てたら気になって」

 

 ブリジットの言葉にさっきの事か、と思い直し少し考え込む。どうあっても隠し通さなければならないというわけではないが、とはいえ自身の身の上を考えても、あまり掘り下げたい話ではないからだ。不思議そうに首を傾げるブリジットを横目で見、やがて考えがまとまったのか彼女はゆっくりとした動きで振り返る。

 

「……私も小さいころ聖騎士団に居て、あの人はその時の団長だったってだけの話だよ」

「それだけ、ですか」

「それだけ。それ以外に何があるってのよ」

「えっ、でも」

 

 ブリジットが迂闊にも口にしてしまった単語を、彼女は一度たりとも忘れたことはなかった。その言葉は、自分をこれ以上ないほど明確に定義する言葉であり、同時に、誰であってもどうしようもない事実を、研ぎ澄まされたナイフのように喉元へ突きつける言葉であったのだから。

目の前にいる少女を糾弾する筋合いがない事も、彼女の疑問が至極当然のものであることも重々承知しているし、ノーティス自身は、これといってブリジットを責め立てるつもりはなかった。

 

 だが、ただ自身の手のひらを刺す痛みと、自身の失言や突然頬を張ったノーティスの行動に、愕然とした表情を浮かべただ痛みと後悔にその瞳を染める少女の顔を見ることが、なぜだか酷く悲しく思えた。

 

 化物で、悪かったわね。

 

「……これ、借りていくよ」

 

 ブリジットの返事も待たず、少女はテーブルに置いたままのファイルをバッグへとしまい込む。

 

「待ってください、ウチは」

「ちょっと頭冷やしてくる」

 

 呼び止める言葉も謝罪も口にする間は与えられず、そのまま彼女は扉の向こうへと姿を消してしまった。

寝息だけが聞こえる部屋に一人取り残され、追いかけるべきかと逡巡して諦めたように首を振る。幾らなんでも、この状況下で無防備な少女を一人置いて離れる方が悪手に決まっていると。

 

「……そういうつもりで言ったんじゃないんです」

 

 自分の身が狙われていた事への気疲れからか、ずっと眠り続けている少女を起こしてしまわぬよう、ブリジットは小さなため息を吐いてベッドへとその身を預けた。やがて微睡みに溶けてゆく意識の中で、一つの疑問がふと浮かび上がる。

拘留中という立場であるなら、振りとはいえ監視役の一人や二人はこの部屋の周囲に付けられていてもおかしくないはずだと。なのに、彼女は物音一つ立てること無くこの部屋を立ち去り、今に至るまで静けさが保たれているのだ。

 

「……あれ?」

 

 その疑問が、一つの不安を伴う確信に変わるまで、そう長い時間は必要としなかった。

 

 

 

「……テメエか」

「……見つけたぞ、ソル」

 

 それとほぼ時を同じくする時刻。街外れの酒場の扉を開けて出てきた赤いジャケットの男は、目の前で立ち止まった男の姿を見て、これ見よがしに舌打ちをする。どこから嗅ぎ付けたのか、どういった目的で立ちはだかるのか、それによっては厄介事になるのが目に見えていたからだ。

 

「ったく、どうやって嗅ぎ付けやがった」

「お前の行動は目立ちすぎる。ここ数日の身元不明者殺害事件、その発生現場を繋げばそれで終わりだ。この街に何の用だ」

 

 言いながら、二人は少しずつ建物から、市街から距離を離してゆく。まるでこの後に起こることを双方が理解しているかのように。

 

「……テメエには関係ねえ」

「一連の誘拐事件は私の管轄だ、余計な行動は謹んでもらおうか」

 

 そう言って翻した封雷剣と、合わせてソルが振りかぶった神器、封炎剣が激突し、一陣の閃光を放つ。弾かれた剣をそれぞれに構え、二人は小さく息を吐いた。

 

「ヒュドラ事件の借りがまだだったな」

「……うざってえ!」

 

 そう吐き捨てながら封炎剣を地面に突き刺し、自身の法力を剣へと練り込む。増幅剤としてその力を何倍にも高めた剣は地面を砕き、多数の火柱をその切っ先から放つ。凄まじい速度でカイへと向かってくるそれを躱し、お返しと言わんばかりに青白い光が雷鳴を伴って疾走る。

 だがその雷撃もソルの身を貫くことはかなわず、そのまま虚空へと散って消えた。そして、霧散した雷を視認できる頃には既に、赤い手甲はカイの眼前へと迫ってきていた。

 

「くっ!……流石だな」

「官職がこんな所で油売ってる場合か? とっとと仕事に戻んな、坊や」

「そうしたいのは山々だが、今回の事件に関して二三聞きたいことがある」

「あん?」

「ジェイムスという賞金稼ぎに心当たりはあるか」

 

 カイの問いかけに、面倒くさそうに頭を掻きながら男は答える。

 

「ねえな。そいつがどうした」

「いや、お前には関係のないことだ。……それからもう一つ」

「何だ?」

 

 鍔鳴りとともに、一際大きな雷鳴が轟く。

 

「貴様がここ数日で殺した賞金首について、知っていることを洗いざらい話してもらおう!」

「やれやれだぜ……!」

 

 直後、再び二人の剣がぶつかり合い轟音を響かせる。そのまま封炎剣を弾き返して切り払うカイの剣閃を避け、右の拳をアッパーの体勢で振り抜く。咄嗟に下げた両腕でその打撃を受け止め、距離を離すようにカイは左足に力を込めて蹴り出す。

一気に飛び退ったカイを追い打つ様に封炎剣が炎を放ち、雷撃がそれらを撃ち貫く。

その後も幾度もの剣戟を重ね、一際激しい衝突と共に二人の距離が大きく離れた時、彼等の構える神器がかつてない程の法力を発揮した。

 

「セイクリッドエッジ!*2

「サーベイジファング!*3

 

 類稀なる精度によって練り上げられた迅雷の剣は、その力を以って大気を容易く切り裂き。

 

 ただひたすら圧倒的な力によって生まれた焔の柱は、その力を以って大地を真っ黒な焦土に変えた。

 

 強大な力の衝突と、その余波が過ぎ去った後に残ったのは、草木一本すら残らず焼き消えた大地と、息を切らして膝を付くカイと、そしてまるで疲れなど見せずに平然と立つソルの姿だけであった。

 

「くそっ……!」

「テメエと遊んでるほど暇じゃねえんだ、いい加減失せろ」

「そうは、行かない……この事件にはギアが絡んでいる。罪のない人々が、放っておけばまた大勢命を失う事になりかねないんだ」

「……んだと? ならあの連中も関係者って訳か、面倒臭え」

「! 何か知っているんだな」

 

 思わず顔を上げたカイの言葉に、少し思考を巡らせる。ここ最近彼が狙っていた賞金首は、そのどれもが既に討伐記録が存在する、いわば死んでいる筈の者ばかりだった。一人や二人であれば誤討伐とも考えられるが、複数人が短い期間で見つかった事を考えれば、何かしらの方法で照合を誤魔化すことが出来るか、若しくは内部に協力者が居るか、のどちらかとなる。

 そして、本人はともかく、ギルドの元締めである終戦管理局と繋がっている警察機構に所属している人間にこの情報を与えていいものか、男は迷った末に簡潔な言葉で答えた。

 

「リーガルって野郎を探せ、ブラッカード社の人間だ」

「……その男が鍵を握っていると?」

「さあな。殺した連中が吐いた名前ってだけだ」

 

 もうこれ以上話すことはない、と言いたげに封炎剣を提げて街の中心部方面へと向かい歩いてゆこうとするソルを呼び止めようとした時、不意にカイの胸元からベルの音が響いた。

 

「どうしました?」

『敵襲、です。薬物かガスの類による不意打ちを受けたため数は不明。……間一髪で気付いたらしく、ブリジット、クリス両名の身柄は隠れていた所を確保できましたが……』

「……まさか」

 

 青ざめたカイの様子に、不審に思ったソルが立ち止まり振り返る。そして、三人の警護を任せていた部下の言葉を継いだのは、ブリジットの悲痛な声だった。

 

『ノーティスさんが行方を……きゃあっ!?』

「……くそっ!」

 

 

 

 月明かりが木々の隙間から覗き、林の中を照らす。少女が立ち止まると、その周囲の影も、ピタリと動きを止めてしまった。距離を詰めるでも離れるでもなく動きを見せない何かを見るでも無く、その少女はポツリとその口を開く。

 

「……逃げ回るのって、あんまり性に合わないんだよね」

「んだよ、気付いてたのか」

 

 草木を揺らし、ノーティスの声に答えるように二つの人影が姿を現す。その顔に見覚えはあったのだが、答え合わせをする気分にはとてもじゃないがなれなかった。

故に、おざなりな返答をするに止め、彼女はバッグを地面に置く。

 

「この辺を担当してた連中が逃したクリスってガキを探してたんだが、まさかこんな所で別の上玉を引くとはな」

「へえ、クリスを探してるんだ。なんで?」

「そのガキの居場所を知ってんだったら答えてやらなくもないぜ?」

「知ってるよ?」

 

 ノーティスの言葉に、ビンゴ、と下卑た笑い声が答える。懐から二人組みが取り出したナイフと、そのだらしなく緩み、狂気を孕んだ表情を見比べ。少女は小さく笑った。別に聞く必要もないけど聞いてあげる、と。

 

「別に大したことじゃねえよ。ただ、とある野郎に連れて来いって頼まれてるだけだからな。まあその前にちょっと楽しませてもらうけどよ?」

「そんじゃあ嬢ちゃん、そのクリスってガキのところまで案内してくれるか? そうすりゃ命は助けてやっても良いぞ?」

「……ふーん、じゃ、ついて来てよ」

 

 聞き飽きた常套句。そして、目を見れば分かる。この男達がその発言を守るつもりなど毛頭ないことも、守った所で、普通の少女からすれば『死んだほうがマシ』と思う結果が待っているだけだということも。

だが、今夜は相手が悪かった。

闇夜に紛れて直ぐ傍まで寄ってきた少女は、そのまま右手で男の胸部に拳を突き入れたのだ。肋骨が折れ、その奥にある臓器に食い込む手応えを感じて満足したのか、一度引いたその腕で、喉笛を胡桃でも割るようにあっさりと砕いてしまう。

 そして、面倒臭そうに振り抜かれた足が、もう一人の男のスネを折り曲げ、立ち上がる力を一息の内に奪い去る。

 

「大声出さないでね。で、誰の命令?」

「ひっ……!?」

「私今最っ高に機嫌悪いから、さっさと教えてくれない?」

 

 悲鳴と共に返ってきたのは、リーガルという名前と、受け渡し場所として指定されたという廃病院の場所。その病院は以前、ブラッカード社の関係会社が資金援助を行っており、ヒュドラ事件の際にヴィタエの成分発覚などの煽りを受けて利用者が激減。その後様々な要因によって廃業となり、また殺界*4の発生圏からそう遠くない場所にあるため、事件が終息した後も人が寄り付くことが無かった場所だ。

 好んで人が近寄ることのない病院跡。なるほど、人目を避けたい連中には好都合で、ブラッカード社の所有していた施設という事もあって研究に必要な機材などの融通も利くだろう。組織立って行動が出来るわけでも無いのだから、実験体の移送の手間も省けるのは大きなメリットである。

 

「……とはいえ結構歩く事になるか。転移法術*5が安定すれば楽なんだけどな」

 

 そう悪態をつきながら懐から取り出したのは小さなメダル。聖騎士団員に配られていた万能章であり、こんな物でも持っていれば役に立つこともあるだろう、とずっと持ち歩いていた物だ。

若干汚れの滲んでいたそれを手で軽く払い、何時以来だろうか、と考えながら通信機能を開く。そしてカイへと連絡を取ろうとした矢先に聞こえてきたのは、無断で部屋を抜けだした少女への叱責と、彼女が不在の間にクリスが攫われた、という最悪の知らせだった。

*1
『白銀の迅雷』におけるブラッカード社によるヴィタエの人体実験並びにヒュドラタイプの覚醒、交戦および当該地区での最終解決策(ラスト・リゾート)発動を含めた一連の事件の総称。この事件によりブラッカード社は解体され、研究施設のあったヒュドラ封印地点の周囲は殺界の発生圏となり、あらゆる生命も立ち入る事が許されない場所となった。

*2
↓↘→↓↘→+P、テンションゲージ50%使用。雷によって形作られた大きな刃を飛ばす覚醒必殺技。EX版終端に近い高速飛翔。

*3
↓↘→↓↘→+P、EX限定、テンションゲージ50%使用。ナパームデスのエフェクトと同形状の火柱をガンフレイムのモーションから放つ。効果範囲が非常に広い。

*4
『白銀の迅雷』に登場。最終解決策(ラスト・リゾート)と呼ばれる法力兵器によって発生する空間であり、結界によって封じられた一定空間の情報を書き換え、そこに存在する全ての生命を文字通り抹殺する。半減期に二千年もの時を要すること、敵味方の区別なく殺界が作用すること等から使用は極めて限定的。

*5
ファウスト先生が『前(or後ろor上)から行きますよ』などで行使している法術。簡単に使っているように見えて使用難度は数多くある法術の中でも屈指のもので、状況次第では転移先に出た途端に遥か彼方へと吹き飛ばされてしまう等といった危険性を孕む。シリーズ中でも使用しているのはイノ、イズナ、ファウスト、ベッドマン、カイなど極一部の人物ないし法力のエキスパートのみである。




-GG WORLD EXTENSION-

【ハイヤー強盗】
 聖戦終結後の世界情勢下で最も普及している公共交通機関、馬車を用いて行われる犯罪。あくまで『ハイヤーを狙った強盗』ではなく『ハイヤーを装った強盗』である。
手口は非常に単純で、馬車待ちの旅行者や利用者を道中で拾い上げ、人気の無い場所や郊外へと連れ出し金品の強奪、暴行を加えるなど。人類の大多数を死に至らしめた聖戦の傷痕は大きく、復興が進みつつある今でも治安は良いとは言い難い。

【偽の手配書】
 PS2ソフト『ギルティギア イグゼクス』ブリジットのストーリーモード他にて登場。気の使い手である『蔵土縁紗夢』、『チップ=ザナフ』の二名や禁呪の使用者『ミリア=レイジ』ジャパニーズである『御津闇慈』『梅喧』『メイ』などを狙って仕組まれたもの。
 ロボカイの口より終戦管理局によって手配されたものだと語られたが、元老院とは異なる思惑で動いているため、何故当該人物らが狙われたのかは不明。

【ヒュドラ事件】
 『小説版ギルティギアゼクス 白銀の迅雷』における一連の事件の総称。封印を施されていたメガデス級ギア『ヒュドラ』の制御を目的としてブラッカード社が行っていた人体実験並びに、それを原因とするヒュドラの覚醒、暴走による大量破壊とヒュドラ撃破のための殺界発動、ブラッカード社主宰シーバスの逮捕公判までを総括して本作では呼称している。

【殺界】
 『小説版ギルティギアゼクス 白銀の迅雷』にて登場。最終解決策(ラスト・リゾート)と呼ばれる法力兵器によって発生する空間。結界によって封じられた一定空間の情報を書き換え、そこに存在する全ての生命を文字通り抹殺する。半減期に二千年もの時を要すること、敵味方の区別なく殺界が作用すること等から使用は極めて限定的である。

【神器】
ソル=バッドガイが科学者時代に作り上げた法力兵器『アウトレイジ』があまりにも強力過ぎた為、その力を抑えるために分割された計八種の対ギア用戦闘武器群の総称。使用者の法力を強める増幅器としての役割を持っており、これにより使用者は並外れた法術を行使することが出来る。
ソルの持つ封炎剣、カイの持つ封雷剣などがこれに当たり、八つある内の二つは今なお詳細が不明。

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