とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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本日、そして人魚はいなくなった編、最終話の投稿をさせていただきます!!

ちなみにどうやら、本日は高木刑事が初登場した日ということで『高木の日』らしいのですが、作者は悲しいことに知りませんでした(高木さん初登場時、作者は赤ん坊でした)。どうやら、アニメ初登場が七夕だったからこの日が高木さんの日になったそうですね……感慨深いです。ちなみに七夕自体は、天候の関係で1度も天の川を見たことがございません……ぐすっ。

さて、話はここまでにしましょうか……それでは、どうぞ!!


第35話~そして人魚はいなくなった・解決編~

『人魚の墓石』が転がり落ち、それを追って落ちそうになった平次。そんな彼の腕を引き、代わりの様に崖へと落ちる和葉に、平次は手を伸ばし──辛くも彼女の腕を、掴むことが出来た。

 

 しかし、その手とは反対の平次の手が掴む命綱は、なんとも心もとない、細い枝木。岩から生えるその枝を、彼は左手で掴み、右手で和葉を掴んでいる。当然、重力は掛かっており、下へと向かうその力により、彼の腕は悲鳴を上げ続けた。それを歯を食いしばって耐え忍び──彼は、和葉だけを見据え続ける。

 

「へ、平次……」

 

「ま、待っとれよ和葉っ……今、引き上げたるさかいなっ!!」

 

 彼ら2人の下には川。運が良ければ助かるが、その可能性が低いほどの高さ──そこに2人が入るのは、時間の問題だった。

 

 平次が掴む枝が、ミシミシと悲鳴を上げているのが、和葉の目に入った。

 

(あ、あかんっ!枝が折れてしまうッ!!)

 

 それを見た彼女は決意を宿し──懐に持っていた『儒艮の矢』を取り出した。

 

(……ごめんな、平次)

 

 彼女は微笑みを浮かべ、『儒艮の矢』を握りしめる。

 

(あたしの分まで、長生きしてや……)

 

 それを掲げるその姿を見た、平次の目が見開かれる。

 

「か、和葉っ!」

 

 平次の顔をしっかり焼き付け──彼女は儚い微笑みを浮かべる。

 

 

 

「──バイバイ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 平次たちから離れた場所では、弁蔵を見つけた県警たち及び彰が、彼を取り押さえた所だった。

 

「門脇弁蔵、確保っ!!」

 

 刑事たちが弁蔵を捕まえたのを見て、彰はネクタイを緩める。

 

「とりあえず、これで詐欺の案件は問題ないですね」

 

「あとは、探偵さんのところに連れて行くだけですな」

 

 そこで彰は辺りを見渡す。

 

 彼はずっと気になっていたのだ──平次と和葉の姿が、途中から見失ったのだ。

 

(……嫌な予感がする)

 

 彼の眉間に皺が寄る。それに気づいた警部が近付いた。

 

「どうされましたかな?」

 

「いえ……すみませんが、容疑者の護送は任せてよろしいでしょうか?平次くんと和葉さんの姿が見当たらないので、ちょっと探してきます」

 

 それを聞いた警部の目が一瞬見開かれ、彼は数人の警官に、彰の手伝いをするよう指示を出し、網元の家に弁蔵を連れて向かい始めた。

 

 

 

 数分後、網元の家では、島民たちと梨華たちが、眠った姿の小五郎のもとに集まっていた。

 

「……本当に寝てるわね」

 

「ねえ雪男。寝てる人って話せるの?」

 

 右に座っていた梨華が興味津々な目を向けるその横で、真ん中に座っていた雪菜は雪男の裾を引く。その半身からの問いかけに、雪男は頭を捻った。

 

「寝言とかならわかるけど、会話が出来るほど流暢に話せるみたいだから……」

 

 知る限りの知識を総動員して答えを出そうとする雪男。しかし、前提条件が『レム睡眠状態で話すことが出来るか』である以上、答えに辿り着くことはない。

 

 雪男が『眠りの小五郎』の睡眠に対して気にかけていることなど知らないコナンは、眠らせた小五郎の背中に隠れ、主要人物が揃うのを足元を見つめて待っていた。そこで地元の警部の声が掛かる。警部に腕を捕まれ逃げれず、不貞腐れて反省の色が微塵もないその人物は、弁蔵だ。

 

 コナンが小五郎の陰からこっそりと伺えば──平次と彰の姿が見えない。

 

「おや?大阪弁の少年と彰警部はどうしました?」

 

「あぁ、山ではぐれたあと見てないが……あの若い警部が探すって言うんで、何人か部下をつけて捜索してるよ」

 

 その言葉にコナンは息を呑み、梨華たちは顔を見合わせた。

 

 

 

 和葉が平次に刺した『儒艮の矢』は、鏃に彼の血を滴らせたまま、役目を終えたかのように川へと落ちて行った。

 

 そして和葉は──目に涙を溜めて、手を離さない彼を見つめた。

 

(……平次っ)

 

 彼の手の甲からは、彼女が刺した矢によって血が流れ落ちるが、その手の力は緩まず──しっかり、力強く、握られたままだ。

 

(なんでやっ……なんで手ぇ離さへんの?──このままやったら、2人とも死んでしまうやないのっ!?)

 

 生暖かいその赤は──彼女の腕にも伝って落ちる。

 

(──手ェ、離してっ!!)

 

 声にならない彼女の言葉は、表情が雄弁に語ってくれる。その悲痛な表情の女神に、彼はかすれ声で呼びかける。

 

「和葉っ!!動くなよっ!!」

 

 命を懸けて彼女の腕を掴む平次は──彼女を見据え、叫ぶ。

 

「動いたらっ──殺すぞっ、ボケェ!!!」

 

 その言葉に、彼女は──しっかりと、彼の手を掴んだ。

 

 

 

 コナンは腕時計で時刻を確認する。平次が来るのを待ち続けるが、彼は姿を現さず、時間のみが過ぎてゆく。

 

(どうした、服部っ!?なぜ顔を出さないっ!!……一体、どこで何をッ!?)

 

 そこで遂に痺れを切らした警部が苛立ちを声に乗せて言う。

 

「おいおいっ!いつまで待たせる気だ!?」

 

 刑事たちも暇ではないと、嫌味を込めて言う。そこで彼らの後ろの障子戸が開き、蘭が姿を現した。

 

「蘭さん……?」

 

 梨華は蘭を見た後、その横の存在に気付き、目を丸くした──その小さな姿に見覚えがあったのだ。

 

「あの人、確か……」

 

「──命様?」

 

 蘭に連れられてやって来た弥琴は、杖を突いて部屋へと入る。そんな彼女の予期せぬ登場に、島民たちがざわめいた。

 

 その騒がしい声を気にせず弥琴は、小五郎の前に座っていた禄郎の横に腰を下ろした。それを見届けた蘭も、弥琴の後ろ──梨華の横に座った。

 

「では、役者が揃ったところでお話ししましょう──この島で起こった3つの殺人事件の、真相を」

 

 まずは寿美の事件。彼女が『人魚の滝』に吊られた第1の事件。奈緒子が網に絡められて絞殺された第2の事件。そして──君恵が蔵の中で焼殺された第3の事件。それらを順々に紹介し、コナンは奈緒子の事件のポイントを上げる。奈緒子の事件では、犯人は波打ち際を歩いて往復し、波で足跡を消し去ったように見えた──しかし、それは犯人が『犯行前』に付けた罠。本当は犯人も、通夜の席を抜けて、網の所へ行った。

 

「──騙されましたよ、あの魚の鱗に……足跡に沿って鱗を落とし、犯行後に奈緒子さんの服にも鱗を付けておけば、犯人が人魚の仕業に見せかけて、鱗を撒きながら海へ逃げたように見えますからね」

 

 その通夜の時、抜け出せたのは2人──禄郎と弁蔵のみ。

 

 それを聞いた島民が再度ざわめくが、それを気にせず、コナンは小五郎の声で弁蔵の名を呼び、問いかける。

 

「──祭りの日の朝、老夫婦に『儒艮の矢』を100万円で売ったのは、貴方ですよね?」

 

 その言葉に、不機嫌な顔を一変させ、口元を緩ませる弁蔵。

 

「──ああ。アレは娘の沙織が1年前に当てた矢だ」

 

 その言葉に目を鋭くさせる梨華。

 

「詐欺と窃盗……」

 

「落ち着いて姉さん。詐欺は兎も角、窃盗は家族間だと立件が難しいって彰兄さんと瑠璃姉さんが言ってたよ」

 

 雪男の言葉に表情を歪ませる梨華。そんな彼女に鼻を鳴らし、愉快そうに笑う弁蔵。

 

「──親の俺がどうしようが、勝手だろうが!」

 

 その弁蔵に、隣に座っていた刑事が詰め寄る。

 

「その100万円で味を占めたアンタは、今回の祭りで寿美さんが矢に当選したと勘付き、滝の上に呼び出し、当たり札を奪い、浮き輪に乗せて流し、首を吊らせたっ!!」

 

 また、もう1人の当選者である奈緒子を通夜の晩に砂浜に呼び出し、殺害後に矢を強奪。しかし神社の名簿を調べられてしまえば、寿美の札のことがバレてしまう。そう考えた弁蔵は、君恵の家に先回りし、名簿を奪った。その名簿を持った姿を君恵に見られ、彼女を蔵に押し込み、閉じ込め、焼殺した。

 

 そこまで語った刑事は、確保した際に弁蔵が所持していた名簿を掲げ、得意げに笑う。

 

「アンタが所持していた、この名簿が何よりの証拠!」

 

 その名簿を見て、弁蔵が肩を落とす。浮き輪からも指紋が出てきたことを弁蔵に語って聞かせた所で、静かに行方を見ていたコナンが割って入る。

 

「いいや、弁蔵さんは犯人じゃありませんよ」

 

「えっ?」

 

「弁蔵さんが犯人なら、蔵と共に、名簿も焼いてしまったでしょうし──第1、島の人なら、その置き場所まで知ってる名簿を、慌てて盗みに行ったりするでしょうか?」

 

 その最もな言葉に、警部がたじろぐ。

 

「それに、弁蔵さんが奈緒子さんを呼び出すのは難しい」

 

 祭りの時、奈緒子は寿美の近くにいた。その寿美の様子で彼女も矢に当たったことを奈緒子は気付いた──しかし、その『当たり札』を持って現れたのは、弁蔵だった。奈緒子が不信感を持つのも当たり前。近付こうとも思わないだろう。

 

「だったら、あの浮き輪の指紋は!?」

 

「おそらく、浮き輪と共に当たり札が川の途中に引っかかっていたのを拾ったときに、触ってしまったのでしょう」

 

 なんとも傍迷惑な行動に、刑事側は踊らされたのだ。その行動の主である弁蔵と言えば、やはり悪びれることなく、犯人にされたくないから名簿を盗んだのだと告げた。

 

「それじゃあ、犯人は福山禄郎っ!!アンタかっ!!?」

 

 刑事がいきり立った様子で言えば、禄郎は顔を顰める。

 

「何を、馬鹿なっ!?」

 

「寿美さんは、アンタの許嫁だろ?それをいいことに滝の上に呼び出して……」

 

「──いや、彼も犯人ではありません」

 

 コナンの言葉に、警部が目を丸くする。それを気にせず、コナンは禄郎が犯人でない理由を告げる。

 

「犯人が寿美さん殺害に浮き輪を使ったのは、寿美さんが岸に引っかからないで滝まで流れるようにして、事故死に見せかけるためです──雪男さん」

 

 そこで唐突に雪男が呼ばれ、彼は目を数回、瞬いた。

 

「……はい?」

 

「犯人がわざわざ浮き輪を使ったところから考えて──性別はどちらだと、貴方は考えますか?」

 

 その問いかけに、雪男は不思議そうに首を傾げた。

 

「まあ、禄郎さんみたいに腕力ある男性なら、体重の軽い寿美さん相手なら自分で投げ入れるだろうし……女性の可能性を真っ先に疑うかな?」

 

 それにコナンも同意を返す。

 

「ええ、そうです──わざわざ浮き輪を使って、証拠を残す必要は、ありません」

 

 しかし、そうなってしまえば、前提にある『通夜を抜け出せた人物』がいなくなる。一体だれが、と刑事が叫べば、その声にコナンも答える。

 

 寿美の時には事故死を装おうとしたのに対し、奈緒の時は他殺であることを隠そうとしていない。この2件の違いは一体、なんなのか。

 

 コナンは刑事に対し、その違いとは何かと問いかける。しかし、警部は思い付かずに言葉を濁し、逆になぜかと返してしまう。それに項垂れることなくコナンは答える。

 

 寿美の事件時、県警は海が荒れていたためにすぐには来れず、刑事は彰1人。本来なら県警も来たはずで、殺人事件ともなれば捜査の目が厳しくなり、身動きが取れなくなる。それを避けるために事故死を装おった。

 

「──つまり、寿美さんを殺害する前から、次の奈緒子さんの殺害は予定されていたのです」

 

 彰がいたのはホンの偶然で、しかも犯人側にとって都合の良いことに、彼ら探偵と彰は奈緒子の助言の元、弁蔵を疑っていた──犯人にその目が向くことは、1度もなかったのだ。

 

「しかし、奈緒子も矢が当選していたことは、アイツが名乗り出るまで誰も知らなかったはずだっ!!」

 

 その禄郎の言葉に、梨華と雪男の頭に、1つの可能性が過った──しかし、物理的に無理だと首を振る。

 

 そんな2人に目を向けず、コナンも禄郎の言葉に同意を返し──前提を覆しにかかる。

 

「犯人の目的は、矢を奪うことでもなければ、矢の当選者を狙っていたわけでもない。そう見せかけたのは──捜査を誤った方向へと導くための、偽装工作なのです」

 

 奈緒子を他殺と分かる方法で殺害したのは、全員の目を一時的に犯行現場に集中させ、その隙を突き、第3の犯行を行う為。その用意周到な計画的な犯行は、行き当たりばったりなものではない。そこまで緻密に計算し、慎重に行動を起こし──そして、祭りの前からその計画を立てられる人物。

 

 そこまで聞いた全員の目が、信じられないと──1人に向けられる。

 

「犯人は、寿美さんと奈緒子さんに、矢が当たるのをあらかじめ知っていた人物……そう、犯人は

 

 

 

 

 ──命様!!貴方です!!」

 

 その場が騒然とする中、弥琴の表情は変わらず、背を丸めた姿でまっすぐ小五郎を見据えている。そんな弥琴の姿を再度確認し、禄郎はありえないと一蹴する。

 

「ハッ!冗談はやめてくれ!!この130歳の老婆に、何が出来るっていうんだ!?」

 

「そうだよ、小五郎さんっ!!命様には申し訳ないけど、杖を使わないと長距離を歩けないぐらいのお婆さんが、どうやってっ!」

 

 雪男も思わず立って叫べば、コナンは動揺することなく答える。

 

「──実行犯がいたとしたら?」

 

「実行犯……?」

 

「それって、別に人を殺した人がいるっていうこと?」

 

 雪菜が首を傾げて聞き返せば、コナンは肯定を返し、話を続ける。

 

「奈緒子さんの事件で、禄郎さんも弁蔵さんも犯人でないなら、犯行可能なのはただ1人──君恵さんです」

 

 その耳を疑うような言葉に、弥琴と雪菜以外が息を呑む。その言葉を信じられず、体を震わせ、禄郎が声を荒げる。

 

「ば、馬鹿なっ!?君恵は3番目の被害者だぞっ!?」

 

「──蔵で亡くなったのが、君恵さんじゃないとしたら?」

 

 そこで雪男はフッと思い出す。この島に来た日、小五郎と平次が沙織のことで聞き込みをしたとき、彼女が言ったことを。

 

「……まさか、歯の治療をしたのは──沙織さん?」

 

「そうです。本土の歯医者に行く沙織さんに同行した君恵さんは、隙を見て沙織さんの荷物から保険証を盗みだし、代わりに自分の保険証を使うように勧めたんです」

 

 その保険証を使ったがために、沙織は『君恵』の名前を使って歯の治療を受けることとなった。事実、受診者の名前と保険証の名前が一致しなければ、診察は受けれない。そして彼女の治療は君恵がしたこととなり、沙織は島に戻ったのち、蔵で君恵に殺されたのだ。

 

「遺体を蔵ごと焼いて、その歯形から、死んだのは君恵さんだと錯覚させた」

 

 祭りの朝に目撃された沙織も蘭たちが庭で見た沙織も、君恵の変装であるこが話される。蔵の遺体に不信感を持たせ──死んでこの世にいない沙織を、犯人として仕立て上げるために。

 

「しかし、それはアンタの推測じゃ……」

 

「歯医者に連絡して確認を取りました。治療を受けた『君恵』さんは、茶髪で眼鏡をかけていたそうです」

 

 その言葉は、推理が正しいことを如実に表していた。また、そうなれば君恵は今も島のどこかに隠れていることになる。最悪、島から逃亡の可能性さえもあるのだ。それは県警の警部も至ったことで、警官たちに島中を探すように指示を出そうとしたところで、コナンが必要ないと止めた。

 

「君恵さんは──この部屋にいます」

 

 そのありえない言葉に、部屋中が戸惑いの声を上げる。全員が当たりを見回すが──見慣れた君恵の姿はどこにもない。

 

「……どこにもいないじゃないかっ!!」

 

 警部が当たりを見渡しつつ、苛立ち混じりに口に出す。それには何も返さず、コナンは小五郎の声で話を続ける。

 

「禄郎さんの話では、君恵さんの特殊メイクは金賞を取るほどの腕前だとか……」

 

「誰かに変装して、紛れ込んでるって?……映画みたいにうまくいくもんか!!」

 

「──うまくいくわよ」

 

 刑事の言葉に、コナンではなく梨華が答える。その声に刑事が彼女を見れば、彼女はまっすぐ刑事を見返した。

 

「特殊メイクって、要は顔を変えなければいけないから、メイクだけに収まらないこともあるわ──例えば、マスクを着けてその上からメイクをする、とか」

 

 梨華は知っている。その技術が上手な人がいることを──声さえも多種多様に変えられる人がいることを。

 

(私が尊敬するクリスさんも……1年前に亡くなってしまった『シャロン』さんも)

 

 梨華は2人の長年のファンだ。そんな梨華でも、彼女たちの変装を見破れない。上手い人は、全ての人を騙すことさえ、容易なのだ。

 

(……いや、アイツだけは無理ね。絶対に分かるもの)

 

 そこで脳裏に過ったのは、彼女がこの世で最も信頼し、信用する人物──修斗。

 

(アイツだけは、絶対に分かるわね……)

 

 この場にいればどれだけよかったかと、梨華は望まずにいられない。

 

「特殊メイクの技術は、高ければ高いほど、人の目をまずで本物の様に錯覚させることが出来るわ。もし、君恵さんがその高さまで達していたとしたら……」

 

「えぇ、我々も写真を見せていただいたときに驚きました。ただ、刑事さんの言う通り、誰かそっくりに変装するのも、また難しいことです。しかしその人物が──日頃、滅多に人前に顔を出さないとしたら?祭りの時の厚化粧しか知られてなかったとしたら……難易度は格段に下がるはずです」

 

 その言葉で指し示す人物など──この場には、1人しかいない。

 

「そ……そんな、まさかっ」

 

 全員の目が再度、弥琴へと向かう。警部の目も、年老いた姿の老婆へと向かうが、信じられないと言った様子だ。

 

「しかし、幾ら何でも背丈までは……」

 

「──思い出してください。3年前の火事で燃えた、蔵から発見された奇妙な遺体を」

 

 本来、足があるべき場所に骨が無く、島民たちから『人魚』の亡骸と言われた遺体。雪男は棒が倒れたために骨が粉々になったと推測していた。それは間違いではないが、惜しい。事実は──足を折り曲げ、紐で固定したまま焼け死に、その上から棒が倒れたのだ。

 

「アタシの推理が正しければ、それは君恵さんの──」

 

 

 

「──母さんよ」

 

 

 

 そこで聞きなれた、しかし本来は2度と聞こえるはずのなかった若い女性の声が答えた。その声は、蘭の目の前──弥琴から発せられたものだ。

 

『弥琴』は着物の足元を捲り、足を固定していたベルトを取り外した。

 

「『命様』の役を、御祖母ちゃんから引き継いで、島のために一生懸命、演じ続けた──」

 

 禄郎の隣に座っていた、背を丸めた老婆の姿は何処にもなく、彼女は、背をまっすぐに伸ばし──そこに、立っていた。

 

 

 

「──哀れな女の、なれの果てよっ!!」

 

 

 

「き、君恵っ」

 

 禄郎は『弥琴』を信じられないと言いたげに指を指し、顔を青ざめさせる。しかし、そんな彼には何も返さず、彼女は顔の耳から、まるで顔を捲り取るように、老婆の指で剥がしていく。偽物の皮膚から現れる若々しい女性の顔。その奇妙でなんとも恐ろしい光景に、その場は恐怖で満たされる。

 

 老婆の顔は全てはがされ──見慣れた君恵の顔が、現れた。

 

「──よく分かったわね、探偵さん」

 

 彼女は自身のメイク技術にかなり自信があったのだと、笑って告げる。そんな君恵に、コナンは動揺もないようで、そのまま返す。

 

「名簿が無くなっていることに気付いたとき、大阪の探偵の問いに迷わず即答した貴方の態度が気になりましてね」

 

 この時点で小五郎は泥酔のために寝ていたのだが、君恵は気付かず、納得がいったように頷き、老婆の手袋を外した。その傍では、目を輝かせる雪菜に。不謹慎だと窘める雪男の姿があったが、君恵は苦笑いを浮かべるほかなかった。

 

「で、でもっ!!私たちが命様に会ったとき、君恵さんの声がっ」

 

「あぁ、アレはカセットに声を吹き込んでおいて流しただけ……」

 

「でもっ何故だ君恵っ!?あの3人は仲のいい幼馴染だったじゃないかっ!?」

 

 禄郎が信じられないと立ち上がり、声を荒げる。そんな禄郎に顔を向け、まっすぐに目を合わせる。

 

「母さんの敵討ちに──幼馴染なんて関係ないわ」

 

 そこで警部は3年前の事故と思われていた件の真相に思い至った──蔵に火を点けたのは、被害者3人だったのだ。

 

 3人は祭りの日、『儒艮の矢』が外れた腹いせに、酔っぱらったまま放火したという君恵。弥琴に扮した君恵の母が蔵に入るのを見た3人は、本当に弥琴は不死の身体なのか試したのだ。その言葉に、梨華は目を吊り上げた。

 

「なにそれ……貴方が母親の後を継がずにいた場合、彼女たちは人殺しになるって、思い至らなかったの?」

 

 梨華の嫌悪をにじませる声に、君恵も嘲笑を乗せて話す。

 

「えぇ、思い至っていなかったみたい……2週間前、矢を失くしてパニクってた沙織に聞くまで、そんなこと夢にも思わなかったけどね……」

 

 しかし、君恵の母親は5年前に漁で亡くなったはずだと禄郎は言う。それに君恵は、一人二役より、普段から弥琴になっていた方がやりやすいと母親が言っていたと話す。その彼女の言葉に、胸を掴むかのような勢いで、彼は嘆き叫ぶ。

 

「だったらなぜ火事の後、言わなかったんだ!?──発見された遺体は、お袋だって!!」

 

 その言葉に、君恵は顔を俯かせた。

 

「──あの炎の中、母さんが携帯電話で、私に掛けてきたのよ……『君恵、後は頼んだよ。母さん、この島が好きだから、『命様』を殺さないで!』って!!」

 

 それだというのに、矢を失くしてパニックに陥った沙織は、君恵に言ったのだ──代わりの矢をくれないのなら、人魚の墓の場所を教えて、と。自分も、炎に包まれての平然と生きている不死の身体になりたい、と。

 

「──許せなかったのよ……寿美も奈緒子も」

 

 呼び出すのは簡単で、祭りで矢が当たったら、墓の場所を教えると言ったらしい。そうすれば目の色を変えてやって来たのだと言う。

 

「アレは母さんのっ──私と2人きりで頑張ってた、母さんのお墓なのにっ!!」

 

 

「──2人っきり、やないで」

 

 

 

 そこで障子戸が開き、右手の甲を真っ赤に染めた平次と、その彼に肩を貸している彰が現れた。全員が振り返り、その2人の姿に目を見開いた。

 

「ちょっ……平次くん、手の甲がっ!!」

 

 雪男が慌てて近付く。本当は彰も応急処置をしたかったのだが、どうしてもすぐに向かいたいという平次の言葉を聞き、警官たちにも手伝ってもらって2人を引っ張り上げてすぐ、担いでここまで来たのだ。

 

「雪男、悪いが手当を頼みたい。他の刑事たちに救急箱を頼んではいるんだが、お前が見た方が一番いいはずだ」

 

 彰からの言葉に頷く雪男。そんな彼に礼を言い、平次は続ける。

 

「この『命様』の絡繰りを知っとった奴は──ほかにもおったんとちゃうか?」

 

 その言葉に、君恵は目を丸くする。そんな君恵を見た後、平次の目は、近くにいた男性3人に向ける。彼らは、平次が聞き込みに来た際、去り際に言ったのだ──『君恵が死んだら、祭りは終わりだ』と。

 

 平次がそう追求すれば、男性3人は言い淀む。しかし、罪悪感もあったのだろう、すぐに君恵に詫びを入れた。

 

「すまん、君恵ちゃん……島の若い者以外は、ほとんど知っとったんじゃ!」

 

 それに信じられないと瞳を揺らす君恵。しかし、そんな君恵に対し、次々と頭を下げる大人たち。どうやら3年前のあの火事の時、焼け死んだのが君恵の母親であったことも知っていたらしい。祭りを終わりにしようと言いに行ったとき、弥琴に扮して出迎えた君恵を見て、何も言えなくなったらしい。

 

「この島は人魚の島じゃし、君恵ちゃんが『命様』を続けるのなら……」

 

「ワシ等も黙って手助けしよう、ということになったんじゃ……」

 

「島のためとはいえ……今まで、すまんかった!!」

 

 その言葉を合図に、次々に謝辞を述べながら頭を深く下げていく大人たちを見下ろし──君恵の目に、涙が浮かぶ。

 

「そんなっ……それなら、どうして……もっと、早くっ……」

 

「そう、もっと早うに目ェ覚ますべきやったんや──不老不死なんちゅう、悪い夢からな」

 

 平次は、顔を覆って泣き崩れる君恵に目を向ける。

 

「命っちゅうンは、限りがあるから大事なんや──限りがあるから、頑張れるんやで」

 

 そこで笑みを浮かべ──自身すぐ近くの障子戸に背を持たれて眠る和葉を優しく見つめる。

 

(──な、和葉……)

 

 

 

 

 

 翌朝、福井県警に連行される君恵を見送るために、島中の人たちが港に集まったが、再び海が荒れ、船はなかなか出航できなかった──3年間、たった1人で島を支えた巫女との別れを、拒むかのように。

 

 

 

 ***

 

 

 

 なんとか海の荒れが収まり、帰りの船に乗り込んだコナンたちと彰たち。流石に疲れきってしまった雪菜以外の兄弟たちは、ベンチに座り込んでいる。また、そんな彼らから離れた場所では、コナンと平次が話し合っていた。

 

 そもそも、この島に来たのは平次に舞い込んだ依頼だ。その依頼内容は沙織からのSOSだったが、妙なことに宛名は『工藤新一』だったのだ。その謎だけ解けずじまいで、コナンも唯の偶然ではと投げる始末。そんな3人に声を掛ける人が現れた。

 

「──あ、毛利さんたちと服部くん!!」

 

 3人が声のした通路側に顔を向けてみれば、そこには見覚えのあるカップルがいた。

 

「おやぁ?アンタたちは確か……」

 

「俺らが初めておうた、『辻村外交官殺人事件』の……」

 

「被害者の息子の『貴善(たかよし)』さんと、恋人の『幸子(ゆきこ)』さん?」

 

 3人が順に思い出したように言えば、黒髪で緑のジャケットを着た男性──『辻村(つじむら) 貴善』と青のカチューシャに薄桃色のコートを着た女性──『桂木(かつらぎ) 幸子』は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「お久しぶりです!」

 

「あ、もしかして沙織さんに頼まれて美國島に行かれたんですか?」

 

 幸子が見通したように言う言葉に、3人は目を丸くする。なぜ彼女が知っているのかと問えば、幸子は美國島出身だったらしい。また、沙織とはお隣さんの関係で、彼女から相談を受けていたらしい。

 

「工藤くんは来なかったんですね。1番頼りになるのは彼だって、教えたのに……」

 

 その言葉に、平次は苦笑いを浮かべた──どうやら、彼の所に来た奇妙な手紙の原因は、彼女にあったらしい。

 

 当時の事件で、コナンは風邪を引き、平次から風邪に効くからと白乾児を渡されて未成年飲酒をし、偶然の結果とはいえ──1度、工藤新一の姿に戻れたのだ。

 

 戻れた時間は短く、事件解決後にはすぐに姿がコナンに戻ってしまったが、新一が事件を解決したことにより、彼女の中では平次よりも新一の方が信用度があるようだ。

 

「それより、島で何かあったんですか?」

 

「私たち、今日、島に行ったんですけど、なんだか立て込んでたので、すぐに帰りのこの船に乗っちゃったんです」

 

 その言葉に、なぜ今日なのかと平次が訪ねる。祭り目当てが多い中、祭りの日からずらしてきた理由が、彼女たちにはあるはずだと、彼は気になったのだ。それに幸子は顔を輝かせる。

 

「私たちの目当ては祭りじゃなくて、あの島の海鮮料理なの!!」

 

「安くて美味くて景色もいいって、最近、評判なんですよ!!」

 

 貴善の言葉に、3人は安堵の笑みを浮かべた。美國島は、祭りが無くなってもなんとかなりそうだと分かったのだ。

 

 そこで貴善たちは離れていき、代わりの様に船を見て回っていた蘭と和葉、雪菜が戻って来た。

 

「ただいま、お父さん!!」

 

「おう、戻って来たか、蘭」

 

「うんっ!!……あ、ねぇ服部くん──傷見せて!!」

 

 蘭がそこで平次に詰め寄り、楽しそうに笑みを浮かべてせがむ。どうも雪菜に付き合っての船内探索の際、和葉から話を聞いたらしい。和葉がつけたラブラブな傷跡が見たいのだと目を輝かせて言う蘭に、隣にいた和葉は顔を赤く染めて、蘭の肩を引っ張る。

 

「ちょ、ちょっと蘭ちゃんっ!!」

 

「私も見てみたーい!!」

 

「雪菜さんもそう思いますよね~!!」

 

「──あぁ、アレか」

 

 蘭と雪菜が騒ぐ姿に呆れの目を向けて左手(・・)の甲を見せる。

 

「朝起きたらな、かさぶた取れてきれ~に治ってしもっとったわ」

 

 それに残念そうな声を漏らす蘭と、もっと深く刺しておけばよかったと甲を見ながら言う和葉、そして、雪男から話をたまに聞くために不思議がる雪菜。

 

「でも傷、治って安心したわ!──アレのせいで死ぬとこやったって言われんで済むし?」

 

 そこで嬉しそうに笑って走り去る和葉と、その後を追っていく蘭と雪菜。そんな3人を見送り──あの時のことが頭に過った平次。

 

(……アホ。余計、気合が入ったわい……この女、絶対に──絶対に、死なせたらアカンってな)

 

 包帯で巻かれた右手の甲をポケットに隠し続ける平次に、その小さな身長で見えていたコナンは楽し気に目を細めた。

 

(この──カッコつけ)

 

 そんな熱い片思いカップルを乗せた船は、ゆっくりと、港に向かって進み続けるのだった……。




そして人魚はいなくなった回、これにて終了ですっ!!

いや~……映像見ながらニヤニヤしました!!楽しい!!

君恵さんは情状酌量でなんとか刑が軽くなってほしいです。あと弁蔵さんは詐欺と窃盗で捕まってほしいです……県警の皆さんがなんとかしたと思っておきます。

さて、次回はバトルゲームの罠なのですが、リアル事情で早くとも再来週ぐらいまで投稿できないことを、先にお伝えさせていただきます。作者の都合で申し訳ございませんが、ご了承ください。我儘な作者で、申し訳ございません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!

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