とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第35話~そして人魚はいなくなった・事件編~

 お休みの人間が多い休日、梨華は揺れる船のベンチに座って深い溜め息を吐いた。その隣には雪男が座っており、苦笑いを浮かべて、デッキにてはしゃぐ大きな子供()片割れ(雪菜)を見ていた。

 

「わぁ!彰おにいちゃん、カモメカモメ!!」

 

「お~!曇り空でも案外、分かるもんだな!!」

 

「……雪菜はまだいいけど、なにあの大きな子供……知らない振りしたい」

 

「無理だと思うよ」

 

 4人が乗る船が向かう先は、福井県の若狭湾に浮かぶ小さな島『美國島』。祭りに行くのが好きな彰に誘われた雪菜がすぐに頷いてしまい、そのお目付け役として雪男が、その雪男(外見は未成年の少女)の保護者役として、渋々ながらに梨華が参加表明を示した。他の兄妹は仕事の関係で参加できず、咲も、事情を知る修斗がいないならと参加を拒否した。

 

 梨華は当然、旅行が本格的に決定する前に彰に聞いた。

 

『というかちょっとそこの警察。瑠璃と同じように忙しいはずなのに、よくこの旅行の計画が出来たわね』

 

 警察が忙しいことを理解しているからこその言葉。特に米花町は事件が多発する区域だということを、巻き込まれるうちに理解した梨華。私用で休んでいいのかと胡乱気な表情で問いかければ、にこやかな笑顔でこう言った。

 

『今までの溜まりにたまった有休を消化できるからなっ!!』

 

 そう返された時点で梨華はなにも言えなくなり、ピアノ練習を我慢して旅行についていくことを決めた。

 

(帰ったら猛特訓ね……)

 

「そういえば、これから行く『美國島』は人魚が住む島って言われてるらしいよ」

 

 梨華が先の予定を立て終えた所で、雪男がふっと話題を出してきた。その話が聞こえたのか、彰と雪菜も戻ってくる。

 

「人魚って……そんなまさか」

 

「人魚って、いつも泡になっちゃうお魚と人の動物だよね!」

 

「すごく語弊ある言い方止めようか雪菜……」

 

「そういえば、確かに1度、ニュースになってたな……すごく長生きしてるお婆さんがいるって」

 

 彰の声に頷く雪男。そのニュースを見たことがなかった梨華は首を傾げる。

 

「そんなに長生きなの?」

 

「あぁ。確か、3年前だったか……不老不死のお婆さんだってブームになったんだ」

 

「なにそれ、胡散臭いわね」

 

 梨華の胡乱気な目を向けられた彰も頷き、肯定する。確かに当時、彼がテレビ越しに見た老人はかなり年を取っていたように見えたが、人魚の存在など御伽噺、いるわけがない。現実主義な兄妹ばかりで、雪菜以外は夢を見ない。

 

 

 

 ***

 

 

 

『美國島』に到着し、旅館に荷物を置いて、それぞれ祭りの時間まで自由行動にしようとしたが、兄妹揃って現在、土産物店に来ていた。

 

「おい……帰りでいいじゃねぇか」

 

「何言ってんよ、帰りだと時間なくてゆっくり決めれないじゃない。だったら先に決めておいて、帰りにすぐに買うの。別にこの島以外に行くわけじゃないんだからいいでしょ?」

 

 梨華の言葉に一理あると考えた彰は、警視庁の仲間に向けて選び始めた。

 

「人魚のお守りに、ストラップ……」

 

「兄さん、儒艮饅頭っていうのがあるよ」

 

「お、本当だな」

 

「──彰警部?」

 

 そこで横から聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、左にある入口へと顔を向けてみれば、目を丸くさせて驚く蘭とコナン、小五郎がいた。その隣には、平次と和葉。途端に嫌な予感を感じ始めた彰は、引き攣った笑みを浮かべた。

 

「……ぐ、偶然ですね?」

 

「なんでアンタがここにいるんスか」

 

「俺の提案で祭りを見に……」

 

 その隣では、雪男がコナン達に近づき、声を掛けた。

 

「蘭さん、コナンくん、久しぶりだね」

 

「雪男さん!お久しぶりです!雪男さんたちもお祭りに?」

 

「そうなんだ。彰兄さんがお祭り好きで、僕たちも誘いに乗ってここまで……平次くんも、お久しぶりだね」

 

「おうっ!ちっこい兄ちゃんも、久しぶりやな!!」

 

「──平次?」

 

 そこで彰が平次の名前を復唱し、彼を見つめる。その目はどこか輝いていた。

 

「?俺がそうやけど、アンタ、帝丹高校の文化祭で会った……」

 

「あ、此方は僕の兄で、北星彰って言うんだ……もしかして平次くん、なにか運動部に所属してる?」

 

「あぁ、剣道部に入っとるけど、それがどないしたんや?」

 

 その答えを聞き、雪男は納得したように頷き、彰が平次に詰め寄った。

 

「あの時は事件捜査に集中してて気づかなかったけど、改方学園の服部平次か!?まさか本物に会えるとは……なんであの時に気づかなかったんだ俺ェ!!」

 

 興奮して荒ぶる彰に引き気味な平次は、引き立った表情を雪男に向けた。

 

「な、なぁ、ちっこい兄ちゃん……この人、どないしたんや??」

 

「あぁ、兄さんって剣道とか柔道とか……武道の試合を見るのが好きで、平次くんの試合を見たから、興奮したんじゃないかな?」

 

(あぁ、おっちゃんみたいな感じか…ハハッ)

 

 コナンが呆れたように彰を見上げるが、彰はそれに気付かず、引き気味の平次に試合の感想を述べ続けていた。そんな2人のやり取りに、更に爆弾を落とす雪男。

 

「まぁ、兄さんは見るのが好きなだけだし、本人も剣道や居合いとかの武道を一通り習ってたし、仕方ないんじゃないかな?」

 

 それを聞いた平次が今度は固まり、彰を凝視する。反対に彰はといえば、口を閉じたかと思えば、ジリジリと平次から離れた。

 

「平次くん??」

 

「平次、どないしたん?」

 

 和葉が首を傾げた所で、平次は目を輝かせながら彰に近づいた。

 

「アンタ、まさか『鬼神のアキラ』か!?」

 

(ゲッ!?)

 

 その名前を聞いた途端、彰の腰が引いた。コナン達の近くにいた雪男は感心したような声を出す。

 

「へ〜、今でも兄さんの2つ名って広まってるんだね……」

 

「彰警部の、2つ名?」

 

 不思議そうに首を傾げるコナンに、思い出したように蘭が声を上げる。

 

「あっ!噂で聞いたことがあります!!確か、剣道で無敗の強さを誇った人がいるって……それが彰警部だったんですね!!」

 

 蘭の言葉に、苦笑を浮かべながら雪男が頷く。

 

「まあね……兄さんが中学の頃からの2つ名なんだけど、確かに一切負けなかったよ……団体戦は兎も角、個人戦では。助っ人として他の運動部でも、対人戦では負けなしだったし。その時の強さがまるで鬼神の様だからってことで、付いたあだ名が『鬼神のアキラ』」

 

「雪男、説明するんじゃない!!!」

 

「文化祭の時におうた時は、事件に集中してて気付かんかったけど、アンタに会えるとは思わんかったわ!!」

 

 平次が和やかに近づき、それに比例して彰が下がっていくという姿に、雪男は徐々に笑いが込み上げ、店の中で迷惑にならぬよう、口を手で覆って笑いを抑えようとする。しかし、そのくぐもった声はコナンに聴かれており、彼は呆れたような笑みを浮かべていた。

 

(ハハッ……この人、彰警部を助ける気ゼロだな)

 

 その賑やかな場に、別のエリアで土産物を見ていた梨華と雪菜が戻ってきた。彰と雪男しかいないと思っていた場に、見覚えのある人物と見覚えのない人物が2人おり、梨華は珍しく素っ頓狂な顔を浮かべていた。

 

「……毛利さん?」

 

「え……うぉ!?梨華さん……で、合ってますかね?」

 

 小五郎が申し訳なさそうな表情で窺えば、梨華が苦笑を浮かべて頷く。

 

「えぇ、合ってますよ……それにしても、皆さんはどうして此方に?」

 

「私たちはそこの大阪の坊主の付き添いで……」

 

 その梨華と小五郎の横を通って、雪菜が蘭と和葉に笑顔で近付いた。

 

「わぁ!!蘭ちゃんだぁ!!」

 

「雪菜さん、お久しぶりですね!和葉ちゃん、此方、北星雪菜さん。雪菜さん、此方は和葉ちゃんといいます!」

 

「よろしゅうな!」

 

「よろしくね!!」

 

 それぞれがそれぞれで挨拶を終えると、改めて毛利一家と平次たちが来た理由を聞くことになった。

 

「──平次くんのところに来た依頼?」

 

「そうや。依頼内容は守秘義務があるけぇ言えんけど、その依頼主と連絡が取れんから、取り敢えず来てみたっちゅうわけや」

 

「依頼主が行方不明、か……」

 

「ちょっと彰、あんた動けないの?」

 

 梨華が眉根を寄せて彰を見上げれば、彰は溜息を吐いた。

 

「動けたら話は早いんだがな……県警には話したのか?」

 

「いいや、まだや。取り敢えずは探してみようか思うてな」

 

「……何事もないといいんだがな」

 

「やめてよ兄さん、それ盛大なフラグだから」

 

 雪男の言葉を聞いた彰は咄嗟に顔を背けてしまい、その雪男は頭を抱えた。

 

「それで、このお土産屋さんに来たのは、もしかしてそれ関連?」

 

「せや。ここ、依頼した人が売り子してた店らしいんや」

 

 そこで蘭がコナンに声をかけ、人魚のストラップを楽しそうに見せる。その横にある儒艮饅頭を見て、和葉が平次に声を掛けた。

 

「なぁ、なんなん?『ジュゴン』って」

 

「あぁ、人魚のモデルになったっちゅう海に住む哺乳類や」

 

 日本の南方でも生息していたジュゴンだが、長命の薬になるとされ食べられていた。その話に雪男は呆れ顔。

 

「一体どこの誰がそんな嘘を流したんだろうね……まあ、不老不死とか死者蘇生だとかは人類の夢だけど、可能性がほんの少しでもあるのは──若返りの薬だけだよ」

 

 その言葉を聞いたコナンと平次の表情が恐ろしいものに変貌し、雪男に詰め寄る。

 

「おいアンタ!?それホンマか!!?」

 

「ちょ、近いし怖いよ顔!?」

 

「おい、話ずれてんぞ探偵。依頼主のことを聞きに来たんじゃないのか?」

 

 彰が雪男を平次から離せば、平次はハッとさせてカラ笑い。コナンも子供らしい笑顔を作るが、内心ではタイミングを見計らって話を聞く気でいる。

 

「ハハハッ、すまんかったな、ちっこい兄ちゃん」

 

「あ、うん……気にしないで」

 

「平次、若返りたいん?」

 

 和葉の疑惑の目に否定を返して話を終わらせにかかる平次。そんなやり取りを呆れたように横目で見ていた小五郎は、すぐに店のスタッフに祭りの内容を聞き始める。

 

「──『儒艮の矢』?」

 

「はい。不老長寿のお守りで、年に1度の『儒艮祭り』で3本だけ授けてもらえるんですよ」

 

 依頼主である『門脇(かどわき) 沙織(さおり)』も、1年前に授かったらしいのだが、その矢を失くしてしまい、怯えて過ごしていたのだと言う。

 

「──『人魚に祟られる』ってっ!」

 

「まさかぁ!人魚なんて……」

 

「──人魚はいるわよ」

 

 そこで店の入り口からそんな声が掛かり、全員が後ろを振り向けば、おかっぱの女性がいた。エプロンを付けていることから、ここの店員であることが伺える。

 

「あら、『奈緒子(なおこ)』さん!」

 

「人魚の肉を食べて不死の身体を授かった『(みこと)』様がいるんだもの。そして、命様が念を込めた髪の毛を結わいつけられた『儒艮の矢』を持つものは、不老長寿の夢が叶うのよ……その矢を失くしちゃったんだから、祟りを恐れて島から逃げるのも、無理ないわね」

 

 おかっぱの女性──『黒江(くろえ) 奈緒子』の狂信的な様子に、雪男は胡乱気な表情を浮かべ、去っていく彼女を見つめる。

 

「……兄さん」

 

「……なんだ?」

 

「兄さんもまさか「信じてねえからな!?」ならいいよ」

 

 小五郎が話しを聞いていた女性に黒江のこと聞けば、彼女は沙織の幼馴染なのだという。

 

「命様っていうのは?」

 

「このお祭りの主役であり、島の象徴でもある『島袋(しまぶくろ)』の大婆様ですよ」

 

「ほんで?その婆さんのホンマの歳はなんぼなんや?」

 

 平次が聞けば、女性は上を見上げながら、100歳や200歳と言う人もいるのだと伝える。そんな女性の態度に、雪男が首を傾げた。

 

「なんなら、お祭りの会場になる島の神社へ行ってみたらいかがです?」

 

「神社……」

 

「命様の曾孫で沙織ちゃんと幼馴染の『君恵(きみえ)』ちゃんもいるはずだし……」

 

 その言葉に、島の役所から言われてやって来た平次が疲れたように溜め息を吐きだす。

 

「なんか、たらい回しやな、俺ら……」

 

 お店から出ると、コナン達が彰たちと別れようとする。しかし、それを彰が止めた。

 

「俺も刑事ですから、流石に見逃せません……悪いが、離れてもいいか?」

 

「えぇ、いいわよ?私たちも、お祭りが始まるまで適当に回ってるわ」

 

「──僕もついていく」

 

 梨華がクスリと笑って背中を押したところで、雪男からも参加表明があがる。刑事の彰なら兎も角、医者の雪男の参加に対しては小五郎の眉間に皺が寄った。それを見た雪男が肩をすくめる。

 

「捜査が遊びでないことは理解してますが、僕も気になるんです……それに、行方不明の依頼者が見つかったとき、対処が出来る人物は傍にいた方がいいと思います」

 

 なにを、とは言わなかった。しかし、理解はできた小五郎が唸り始めたのを見て、雪男が彼に詰め寄る

 

「──いいですか?」

 

 

 

 彰と雪男も連れてやって来た『美國神社』。その境内で掃き掃除をしている女性に声を掛ければ、彼女が件の命様の曾孫『島袋 君恵』だった。

 

「──200歳だなんてとんでもないっ!うちの大御婆ちゃんは今年でちょうど、130歳。戸籍を調べればすぐ分かります」

 

 ちょっと長生きしてるからと島民が大騒ぎしていることに呆れた様子を見せる君恵。しかし、年齢を考えればちょっと所ではない。

 

「130歳ってちょっとじゃないよ?だいぶ長生きだからね??」

 

(立派なギネスもんだぜ……?)

 

「ほんで?その大御婆ちゃんは何処におんねん」

 

「平次くん、ここにはいないと思うよ。本当にそれだけのお歳なら、多分、1人で立てないだろうし……」

 

 雪男の言葉に君恵はムッとした様子を向ける。

 

「大御婆ちゃんは1人でも立てますよ。今は部屋で、祭りで授ける矢に念を込めている所です」

 

「じゃあ、本当にお婆様は人魚の肉を……」

 

 大の大人の小五郎が信じ切ったような言葉を言えば、君恵は一瞬呆け、笑いだす。

 

「アッハハハ!!この世に人魚なんているわけないじゃないですかっ!!──あんなの、嘘っぱちですよ!!」

 

「で、でも……儒艮の矢って」

 

「アレは元々、魔除けの呪いを意味する『呪禁(じゅごん)』だったの。島の人たちが人魚に引っ掛けて、海に住む『儒艮(ジュゴン)』に言い換えたらしいって、死んだ母が言ってました」

 

 君恵の母が亡くなっていることに蘭が悲愴な表情を浮べる。それに君恵が頷いた。5年前、父親と一緒に海で亡くなってしまったらしい。祖父と祖母も、君恵が生まれる前に海で亡くなったと話せば、和葉がやはりなにかあるのではと悲痛な表情を浮かべるが、それに君恵は笑顔を浮かべた

 

「なんにもないわよっ!この前も沙織と一緒に海で本土に行ったけど、何もなかったし!!」

 

 それに小五郎たちが驚愕する。探し人の名前が出てきたのだから当然だ。

 

「沙織さんとっ!?」

 

「いつやそれっ!!?」

 

「4日前ですけど……私が、歯医者に行くのに付き合ってくれて……」

 

 この島には歯医者がないのだと言う。それに改めて島であることを実感する雪男。

 

(遊び場すらなさそうだけど、雪菜、退屈してないかな……)

 

「その時の、沙織さんの様子は?」

 

「儒艮の矢を失くして凄く震えてました、『人魚に呪われる』って。そんなことないって私がいくら言っても聞かなくて……」

 

「──おバカさんね。それは君恵が命様のパワーを信じてないからでしょ?」

 

「『寿美(としみ)』?」

 

 そこで右からまたも女性の声が掛かり、そちらへと顔を向けてみれば、長い髪をストレートに伸ばした女性──『海老原(えびはら) 寿美』』。彼女も、奈緒子と同じく狂気的な表情を浮かべている。

 

「彼女はマジ本物。ホントに人魚の肉を食べちゃったのよ?──ていうか、3年前にマジで人魚の遺体、出てきたし」

 

 寿美のその言葉に、コナン達が驚きを露わにする。

 

「人魚の遺体やとッ!?」

 

「それってもしかして、3年前ぐらいにテレビでやってた……」

 

 蘭が思い出したように言えば、君恵はそれをテレビが大袈裟に報道しただけなのだと話す。しかし、寿美は君恵の言葉を鼻で笑った。

 

「何言ってるの、アンタも見たでしょ?──骨が異様な形に砕けていた、あのグロテスクなっ」

 

「──よせ寿美っ!」

 

 そこで寿美の後ろから現れた褐色の男性──『福山(ふくやま) 禄郎(ろくろう)』がその肩を掴み、言葉を止めた。

 

「……禄郎?」

 

「島以外のモンにそれ以上、話すことはない。アンタら、沙織を探してるんなら、さっさと沙織の家に行ったらどうだ?」

 

 小五郎たちの存在を歓迎してない態度を全面的に出す禄郎から、そうアドバイスされる。しかし、その家の父親は飲んだくれの様で、快く歓迎してくれたらの話だと、不機嫌な様子で言いながら去っていく。それに平次は呆れ顔。

 

「だ~れも心配してくれへんのやな」

 

「沙織はよく、お父さんと喧嘩して家出してたから……」

 

 その言葉に、雪男と彰の表情が一瞬、抜け落ちた。2人が同時に思ったのは──父親と喧嘩できるぐらいなら、まだいいじゃないかということ。

 

 しかし、すぐに思いなおす。人にはそれぞれ事情があるのだから、良し悪しの差などないのだと。

 

 思い直したところで小五郎が沙織家への案内を君恵に頼めば、彼女はお祭りの後であればと快く承諾してくれる。それを聞いた蘭が漸く笑顔を見せた。

 

「お祭りって、どんなことをするんですか?」

 

「予め、お客さんに番号札を買ってもらって、大御婆ちゃんが示した数字と合えば、儒艮の矢がもらえる……まあ、抽選会みたいなものなの」

 

 そこで君恵が蘭たちも参加してみないかと誘い、袖から漢数字が書かれた札を取り出した。それに驚きで目を丸くする2人。君恵が言うには、キャンセルした老夫婦がおり、そのため2枚余っているとのこと。それを互いに顔を見合わせて、笑顔を浮かべて札を受け取る2人に君恵も笑顔を浮かべた。

 

「ま、当たるも八卦当たらぬも八卦──もしかしたら、皆が言うように、永遠の若さと美貌が手に入っちゃうかもよ?」

 

 そうして受け取った数字には、蘭が『41』、和葉が『18』と書かれていた。

 

 それで捜査が今現在はこれ以上進まないと判断した探偵組は、祭りまで時間を潰すこととなり、その隙をついてコナンと平次が雪男に近づいた。

 

「雪男兄ちゃんっ!」

 

「……コナンくん?それに、平次くんまで。あ、兄さんは今」

 

「あ、彰警部じゃなくて、雪男さんに話を聞きたくて……」

 

「僕に?」

 

「──土産物店の時の話や」

 

 それに首を一瞬傾げるも、思い出したように手を叩いた。

 

「あぁ!『若返りの薬』の話?」

 

「それっ!!僕、どうしてもその話が気になって……教えてほしいんだっ!!」

 

 コナンの子供らしい言葉とは裏腹に、必死な様子を見せるコナンに雪男は首を傾げた。

 

「コナンくん……まだ子供なのに若返りたいの?」

 

「え、あ、いや、えっと……」

 

「あーいやっ、この坊主、以前テレビで見たみたいでな?それで気になってもーたらしくてっ」

 

 平次が必死に言葉にすれば、疑惑の目は緩まないままだが、とりあえず納得したような態度を見せた雪男。それに安堵の溜め息を吐きだす2人に、雪男は話し出す。

 

「『若返りの薬』って言っても天文学的な確率の話だよ。アポトーシス……えぇっと、コナンくんに分かりやすいように言えば、細胞が亡くなっていく現象なんだけど、それを誘導すると共にテロメラーゼ……細胞を死なないようにする酵素を活性化させて、細胞の増殖力を高めるんだ。そうすると、天文学的な確率ではあるけど、偶発的な作用によって人のDNAプログラムが逆行し、若返る……けど、どこまで若返るかは僕も想像できないし、高確率で人が死んでしまうだろうから──それを作れるような天才がいたとしても、服用はお勧めしないよ」

 

 雪男がそこでコナンの表情を見てみれば、彼の表情はこわばっていた。

 

(……まさかね)

 

 一瞬、過った可能性を、雪男はありえないと頭から消した──雪男が説明したような薬を服用して小さくなった、どこかの誰かの可能性を。

 

 けれど、雪男は敢えて口に出す。

 

「……もし、その天文学的な確率で、若返った人がいるのなら……それが複数いるのなら──共通点を探してみるといいよ。もしかしたら、何か共通項があるかもしれないからね」

 

 雪男のそのアドバイスのような言葉に、コナンは目を瞬いた。

 

 

 

 祭りの開催時刻となり、梨華と雪菜とも合流して神社の境内へとやって来たコナン達。太鼓の音が鳴り響く中、蘭と和葉は抽選会を心待ちにしていた。

 

「なんかワクワクしちゃうねっ!」

 

「そやねっ!」

 

「あら、蘭さん達も抽選会に?」

 

 蘭の隣にいた梨華が蘭と和葉が持つ札を見ながら聞いてみれば、彼女は笑顔で頷いた。

 

「はいっ!梨華さんと雪菜さんもですよね?」

 

 今度は蘭が2人の札に目を向ければ、梨華も笑みを浮かべて頷く。

 

「そうなの。こういうのって当たったことはないんだけど、年に1回のことなら参加してみたくなっちゃうのよね!」

 

「楽しみだね、蘭ちゃんっ!!和葉ちゃんっ!!」

 

 雪菜の表情をその隣で見ていた雪男も、彰と顔を見合わせて祭りを楽しむことにした。

 

 太鼓の音が鳴りやむとほぼ同時に目の前の障子が開き──白髪の長い髪を結わえた、小さな丸い背中が見えた。

 

 その目の前にある杖を両手でつかむその老人こそが、『命様』こと『島袋 弥琴(みこと)』だと周りは声を上げ、拝み始める。

 

「アレが、命様……」

 

「ちいせぇな……」

 

(唯の厚化粧な婆さんやんけ……)

 

 弥琴は掴んだ杖を持って障子の外へと歩き、目の前の松明で杖の先にまかれた布に火を点けた。その杖をそのまま何の躊躇いもなく──近くの障子に火を点けた。

 

 そのことにコナン達が驚くも儀式は続き、障子3枚に火が灯された。そこには『3』、『107』──そして『18』。

 

「なるほど?障子に点いた火が当選番号っちゅうわけか」

 

 平次がやれやれと言った様子で状況を口にするそのすぐ後ろで、当選したことに喜びの声が上がった──寿美だ。

 

「うそ、マジっ!?やった!!!」

 

 蘭たちのところでも、蘭、梨華、雪菜はがっかりした様子を見せる。

 

「え~……」

 

「やっぱり当たらなかったわね……」

 

「ら、蘭ちゃんっ、梨華さんっ、雪菜さんっ……あ、アタシ……当たってしもうたっ!?」

 

「「ぇ……えぇ~っ!?」」

 

 蘭と梨華が驚くその横で、雪菜は笑みを浮かべて手を叩いた。

 

 命様が神社内へと戻り、少しして神社の禰宜(ねぎ)が消化を始めた。それによって立ち込める白い煙の中に、今度は君恵が現れた。

 

「では各々方、これより一刻のち、儒艮の矢を授けます──人魚の滝へ、いざ参られんっ!!」

 

 それから少し経ち、人魚の滝へとやって来た一同。その滝の前には、真剣な表情を浮かべて儀式を遂行する君恵。

 

「では、幸運を手に入れられたお三方……前へ!」

 

 君恵のアナウンスで和葉、奈緒美がロープを潜って前へと出る。しかし、もう一人の姿がない。君恵が再度、当選者を呼べば、小五郎たちの前に現れたのは、酔っぱらった男性──『門脇 弁蔵(べんぞう)』だ。どうやら彼が当選者らしい。それを見て平次は疑問に思う。なにせ彼女のはしゃぎっぷりから、寿美が当たったものだと思ったのだから。同じように見ていたコナンも同意する。寿美の姿はそもそもこの場のどこにも見えない。そのことが頭の中で引っかかっている探偵組だが、彼らの心配をよそに──彼女は最初から、この場にいた。

 

「御三方に、至福の光をっ!」

 

 君恵の言葉を受け、花火担当の島民が花火を打ち上げれば、それは空に大輪の花をいくつも咲かせた。それにコナン達も笑みを浮かべていたその後ろから、1人の男性客が声を上げる。

 

「おいっ、アレなんだっ!?」

 

 徐々に声が上がり、全員が声と指が指し示す方向──滝へと視線を向けてみれば、光に照らされ、何かに吊るされたような人影が浮かび上がった。

 

 その長き黒髪を靡かせ、しなやかな身体をゆらゆら揺らせながら……まるで、滝の中を舞い泳ぐ人魚のごとき──青くさえきった、変わり果てた姿で。

 

 

 

 ***

 

 

 

 コナンの時計の明かりを頼りに滝上へとやって来た一同。彼女の幼馴染でもある君恵、奈緒子、禄郎も共に付き添い、禄郎と平次の共同作業で、息絶えた寿美を引き上げる。それを見た雪男は岩場にゆっくりと下ろすように指示し、彰と共に手袋をはめて、彰は現場の捜索と雪菜から借りたカメラでの現場撮影、雪男は検視を始めた。

 

「と、寿美……まさか、自殺っ、それとも、誰かに?」

 

「いや、そうと決まった訳じゃない」

 

 禄郎がそこで手にしようと動いたところで、彰が手袋を差し出す。

 

「……」

 

「不満はあるだろうが、これ以上、指紋を付けてもらったらこちらが困るんだ」

 

「……分かったよ」

 

 彰の言葉を受け、手袋をはめてから再度、太い木の杭。

 

「寿美の首に巻き付いてるのは、危険防止のために川沿いに貼られていたロープだ」

 

 それに驚いた小五郎が改めて確認するため、彰へと視線を向ける。それで何を言いたいのか察した彰が手袋を差し出せば、彼はそれを着けてからロープを持ち上げる。

 

「……なるほど。つまり寿美さんは、暗闇でこの川に足を取られ、ロープに捕まったが流れが速く、杭が抜け、滝へ落ちる間に、首に巻き付いてしまった」

 

「可能性としてはあるかもね。索条痕を見たら事故か絞殺か分かりづらいし、顔面も真っ白となると、ロープに首が巻き付き、滝に落ちたときに椎骨動脈が圧迫されて頭部への血流が止まってしまったから。不自然なのは──首に搔きむしった痕がないこと」

 

 コナンの協力で首のあたりを照らして確認してみれば、掻きむしったような痕は何処にも見られない。

 

「確かに。意識があってそんな事故が起こったなら、普通は藻掻くはず……」

 

「それに、なんでこんな森の中におんねん」

 

「──人魚のお墓でも探してたんじゃない?」

 

 奈緒子の言葉に平次たちが反応する。その反応を見て、奈緒子は続ける。曰く、この森のどこかに、人魚の墓があるのだという。

 

「──3年前の祭りの夜、神社の蔵が焼けて出てきた人魚の骨が埋葬されているお墓が、ね」

 

 奈緒子の言葉に君恵も思い出したように声を上げる。どうやら寿美はその墓のことをいつも気にしていたらしい。それに平次は疑わしそうに眼を細める。

 

「ちょおまて。人魚人魚いうけど、それホンマに人魚やったんか?」

 

 それに君恵も困り顔。島民はそういうが、本土にいる警察は中年女性の話していたらしい。それを聞いた奈緒子が叫ぶ。

 

「よく言うわよっ!?それは腰から下の骨がちゃんとあったらの話でしょ!?」

 

「こ、腰から、下……?」

 

「──焼け落ちた蔵の太い柱が、遺体の腰のあたりに倒れていたんだが、柱をどけてみると、本来、足があるべきところに──その骨がなかったんだ」

 

 その為、人魚の遺体が出たとテレビで大騒ぎだったと呆れたようにいう禄郎に、奈緒子も笑みを浮かべる。

 

「我らが命様も、一気に有名人」

 

 それを聞いた雪男は考える。

 

(どれほどの火事だったのかによるけど、炎の温度が上がれば、人体のすべてがなくなるほどになることもあるけど、骨が残っているならそれはないはず……となると、その太い柱が倒れたときに、粉々に粉砕された、が妥当かな?)

 

 その雪男から離れ、コナンが君恵に警察の判断は女性だと言っていたのかと再度、確認で問えば、君恵は肯定を返す。当時のお祭りで、儒艮の矢に外れた観光客が、蔵に予備の矢が残ってるんじゃないかと忍び込み、蔵のろうそくを点けたのが出火原因じゃないかと言われたらしい。

 

「結局、1年経っても身元不明で、その骨はうちで埋葬したんだけど……その後、問題が」

 

「問題?」

 

「──墓荒らしだよ」

 

 君恵の言葉を聞いた小五郎が不思議そうすれば、禄郎が迷惑そうに告げる。その墓を掘り返し、骨を盗もうとする観光客が来たらしい。それに雪男の眉根が寄る。

 

「何それ……常識のない人たちだね」

 

「人魚の骨も、不老長寿の薬と言われてたみたい」

 

「だから、大御婆ちゃんが去年、人に頼んでコッソリお墓をこの森の中に移したんです」

 

 その頼んだ人物とは誰かと訊けば、君恵も知らないらしい。弥琴しか知らず、彼女が言うには『信用が置ける人』とのこと。

 

「……兎に角、今のところ、事故、自殺、殺人のどれも可能性としてはあります」

 

「とりあえず、これ以上は現場を荒らすことになりかねません」

 

「分かりました……寿美さんを下におろして、警察の応援が来てからだな」

 

 それを聞いた禄郎が、寿美の遺体を抱え上げ、嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「……他殺だとしたら、こんな時間にこんなところへノコノコやって来た寿美にも、問題があるがな」

 

「──あら、許嫁が亡くなったのに冷たいのね」

 

 禄郎と寿美は互いの親が将来を約束した許嫁だったらしいが、禄郎は親が勝手に決めたことだと迷惑そうに言い、関係ないとまで言った。あからさまな拒絶に、思わず彰も苦笑を浮かべる。

 

(そこまで嫌うって、一体何があったんだ、こいつら……?)

 

「その親父もお袋も、この世にはいないしな……」

 

 

 

 寿美の遺体を下ろせば、その父親が泣きながら娘を抱きしめる。君恵から紹介されたからこそ、その行動を彰が近くで見るだけで止めておいた。そんな一同の元へ、蘭たちが人の間を縫ってやって来た。

 

「お父さんっ!」

 

「彰、雪男っ!!」

 

「おぉ、福井県警に連絡ついたか?」

 

 蘭たちに任せていた県警への連絡は、しかし海が荒れていて船が出せるのに当分かかると返されたのだと言われた。それに小五郎が困った様子を見せたが、平次は逆に喜ぶ。警察がこれないほどということは、逆に犯人もこの島に捕らわれの身であることと同義。その言葉に小五郎の眉が寄った。

 

「犯人ってなぁっ!アレは雪男さんの検視でも殺人だと決まった訳じゃ……」

 

「──ほんなら、これ見てみ?」

 

 平次がそう言って見せてきたのは浮き輪。コナンが平次と共に見つけたらしく、滝壺と海を結ぶ川の途中に引っかかっていたらしい。それを彰が受け取り、彼は納得したようにうなずく。

 

「なるほど。寿美さんを気絶させて、首にあのロープを巻いたまま浮き輪に乗せて流したら……滝にぶら下がるって訳か」

 

「そうや。俺らが寿美さんを神社で見たのは、花火が上がる2時間前。滝の上まで往復するのは1時間もかからへん」

 

 平次はそこで、反対に向けていた帽子のつばを前に向け、下げる。

 

「ちゅうことはや、この犯行は男女を問わんと誰にでもできて──しかもその犯人は、まだこの島のどっかにおるっちゅうこっちゃ!」

 

 その平次の言葉に不安そうにする蘭。彼女がキョロキョロと周りを見る姿に、和葉は笑顔を浮かべる。

 

「心配せんときっ!犯人はすぐ捕まってまうから!!」

 

「えっ?」

 

「平次が帽子を被りなおしたらスイッチオン!エンジン全開やねん!!」

 

 和葉の言葉に、蘭が安心したように笑顔を浮かべて感嘆する。それを見た和葉が、少し頬を染めた。

 

「でも、惚れたらアカンよ?」

 

「えっ?」

 

 和葉からの唐突な言葉に、蘭が驚き、彼女に顔を向けた。その和葉はと言えば、恥ずかしそうに顔を少し俯かせる。

 

「だって、蘭ちゃん相手やと私、敵わへんもん……」

 

「あらっ」

 

 それを傍でずっと聞いていた梨華は楽し気に口元を上げ、雪菜は首を傾げる。蘭はと言えば、その和葉の可愛さから、彼女に勢いよく抱き着いた。

 

「和葉ちゃん、顔が赤くなってたけど、大丈夫なのかな?」

 

「大丈夫よ……雪菜もいつかは、分かるかもね」

 

 梨華が雪菜の頭を撫でてそう言えば、彼女は首を傾げるだけ。

 

 そんなやり取りを呆れ顔で見ていた平次とコナン、彰の近くに奈緒子が近付き、声を掛けてきた。

 

「……ねぇ、寿美が他殺だって言うなら──あの人から目を離さないほうがいいわよ」

 

 奈緒子の視線の先を追えば──弁蔵が酒を煽っている。

 

「吞んだくれの沙織の父親から」

 

 また、君恵も小五郎に声を掛ける。祭りの前に約束していた沙織家に行くかどうかの確認がしたいらしい。それに小五郎も眉根を寄せた。

 

「でも、父親があんな様子じゃなぁ……」

 

「刑事の立場での捜査にしても、流石に家に上がっての捜査は、彼が怪しいと言うだけでは無理です。令状がないと……」

 

 そこでコナンが君恵に弥琴に会いたいと言ったことでとりあえずは方針が決まり、彰が弁蔵の監視を引き受けた。そこで梨華たちはコナン達からはなれ、宿へと戻り、梨華たちと別れたコナン達は、弥琴に会うために島袋家へとやって来た。

 

 外は嵐がやって来たようで、玄関では戸の鳴き声が響き、風と共に雨も降り始めている。

 

 そんな中、コナン達は君恵の好意で炬燵に入って待っていた。

 

「しっかし、ボロイ家だな……」

 

「とても儒艮の矢で儲けとるとは思えへんな……」

 

 平次のその言葉に、和葉は目を丸くした。

 

「──何言うてんの?あのお札、1枚5円やで」

 

「えぇっ!?5円っ!?」

 

 昔からその値段なのだと、島の人が言っていたと和葉は話す。蘭もそれを知っているようで、大きな箱の中に番号札が108枚入っており、それを参加者は並んで1枚ずつ引き、その中から弥琴が3人の当選番号を選ぶという方式らしい。

 

「にしてもおせぇなあの婆さん……」

 

「一応、声を掛けるけど、今日はお祭りで疲れてて、会うのは無理かもって……」

 

 そこで廊下からコツッコツッという音がし始める。それに全員が廊下へと顔を向けたとき、障子がほんの少し開き、再度、扉が開かれ──弥琴が現れた。

 

 その現れ方がまるで妖怪の様に見えたらしく、全員が悲鳴を上げ、腰が引けた。それに驚く様子を見せず、小さな杖を皺くちゃな両手で掴み、皺くちゃな声で、ゆっくりと話しかける。

 

「──ワシに用とはうぬらのことか?」

 

 それは祭りとは違い、化粧をしてない素顔の様で、それに平次は口元を引き攣らせた。

 

(化粧落としたら妖怪やんけ……)

 

「あ、あのさ……矢が貰える当選番号って、どうやって決めるのかなって……」

 

「……」

 

「……あのぉ」

 

「──適当じゃ」

 

 それに今度は全員が固まる。それを気にせず、弥琴は競馬の当たり番号だったこともあると笑いだし、コナンは呆れたように笑みを浮かべる。

 

(おいおい……)

 

「ほんなら、年に3本なんてケチらんと、仰山うらはったらよろしいのに……」

 

「そりゃ無理じゃ……矢に結わえるワシの髪の毛にも限りがあるし……」

 

「──大御婆ちゃ~ん?お風呂の準備で来たわよ~?」

 

 そこで君恵の声が聞こえ、弥琴は体の向きを変えた。

 

「すまぬが大した用がないならワシは風呂に入って床に就く……」

 

 コナンがそれにまだ話があると止めるが、弥琴はそれには返事を返さず、部屋の中にいる蘭たちの方へと視線を向けた。

 

「それから、そこな娘……髪を結ったお前じゃ」

 

「わ、私?」

 

「──儒艮の矢は元より魔除けの矢。手放せばその身に魔が巣を作り、男は土に還って心無き餓鬼となり、女子は水に還って口きかぬ人魚となる……決して身から離すでないぞ!」

 

 それを言い残し、弥琴はまた杖を突きながらゆっくりとその場を離れて行った。

 

 

 

 ──翌日の夜。海老原家では寿美の通夜が行われることとなった。

 

 元々、2日は休みを取っていた彰も、これは帰れないと理解して朝の時点で目暮に事情を話したため、とりあえずは問題は1つ無くなった。もう一つは──通夜に参加することになるとは思わなかったために、喪服を全員、持っていなかったこと。

 

「……とりあえず、服の調達は何とかなったわね。雪男も、サイズが合ってよかったわね」

 

「言わないで……すごく複雑だから」

 

 そこで通夜の部屋へと入れば、既に小五郎たちがいた。

 

「あ、彰警部……」

 

「毛利さん、それに皆さんも……」

 

「彰警部、昨夜はお疲れさまでしたな……」

 

 小五郎がどこか申し訳なさそうに言う。その表情を見て、彰は察したように苦笑する。弁蔵はあの後、家に帰らずに居酒屋で客に絡んでいたのだ。

 

「えぇ、まぁ……他の観光客に絡んでいたのを見た時点で、気配を潜めて静かにしてたんで……」

 

 勿論、問題が起こるようなら割いるつもりはあったが、それはとりあえずなかったので何もしなかった。

 

 そこで小五郎が奈緒子の姿を探す。どうやら名簿には名前があったらしい。それを聞いた蘭がトイレに行っている可能性を考え、和葉と探してみると声を掛ける。それに梨華が待ったをかけた。

 

「待って。女子高生だけも危険でしょう?私も行くわ……あ、雪菜はここに」

 

「私もいくっ!おトイレ行きたいもん!!」

 

 雪菜が恥ずかし気もなく言い、兄妹が頭を抱える羽目になった。

 

 そうして障子扉を開いてすぐ、雷が落ち辺りをその雷光が照らし──蘭と梨華の表情が青ざめた。

 

「なんや蘭ちゃんに梨華さん、雷怖いん?」

 

「……違う──あそこに誰かいるっ!」

 

 蘭が指さした先を和葉と雪菜が見てみれば──雷光に再度照らされる、俯いた誰か。

 

 和葉が小さく悲鳴を上げて蘭に抱き着く中、雪菜がそれを見てなんの戸惑いもなくガラス戸へと近づこうとして、梨華が腕を掴んだ。

 

「?どうしたの?梨華お姉ちゃん」

 

「だ、ダメよっ、危ないものかもしれないでしょう!?」

 

 そのやり取りの後ろから、なかなか行こうとしない4人の様子を訝しんだ平次とコナンがやって来た。

 

「どないしたんや?」

 

「平次……あそこに誰かおるっ!」

 

「なんやてっ!?」

 

 3度目の雷光に照らされたその姿に、コナン達は驚愕する。

 

 

 

 

 

 網に体を捕らわれ俯くその人物は──奈緒子だった。


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