──真っ暗闇の中、瑠璃は1人、立っている。
瑠璃は理解していた──この空間が、夢で構成されたものだということを。
(……
瑠璃の、光のない視線の先には──幾重もの死体の山。
刺殺体、撲殺死体、毒殺死体、絞殺死体──そして、焼死体。
瑠璃の近くでは、見覚えのある公民館が燃え盛り、『月光』が奏でられている。あの日、瑠璃は結局、その燃え盛る公民館の中には入らなかった。しかし今回は、瑠璃はその中に入っていく──きっと、その中にいるのだと、理解したから。
(……あぁ、やっぱりいた)
あの公民館の2階にあった、ピアノが置かれた部屋。そこには、当時の姿でピアノを奏で続ける犯人──麻生成実がいた。
「……あらあら、コナンくんだけじゃなくて、刑事さんも来てしまわれたんですね」
「……ねぇ、せめてここだけなら、逃げよう?」
瑠璃は彼の腕を掴んで立たせようとするが、それを彼は払いのけ、奏で続ける。
「いいえ、私はどこにも行きません。だって、私はここで死んだんですから──どこにもいけませんよ」
「でもっ」
「いけません──だって、貴女は私がどこにもいかないと
成実は笑みを浮かべて告げる。それに瑠璃は苦し気に表情を歪めた。
「私はここで命を終えるんです。貴方がそう
──だから、貴方が
成実がそう言った瞬間、彼の皮膚は焼きただれ、水疱がいくつも膨らみ、眼の中に煤が入って黒く染まっていく。その姿は、あの時の遺体そのもので、彼がピアノを弾くのをやめて立ち上がろうと力を入れた瞬間、彼の骨が悲鳴を上げた。それに耳を塞ぎたくともそれはできない。だって、耳を塞いだって──忘れるなと聞かされるのだから。
彼女は見ていられないと目を瞑ったその瞬間、周りの熱さと骨の悲鳴が消え──代わりに、目の前で高所から
目を瞑ったとしても、それだけは理解できた。なぜなら、これは瑠璃の悪夢。彼女が今まで見てきて遺体の数々が写されていくのだから、人が落ちたとしても物が落ちること基本的にない。そして、落ちてくるのはいつも決まっている──瑠璃が初めて、
それは、梨華の彼氏だった男──『
四肢のすべては折れ曲がり、首もあらぬ方向へと曲がっている。頭からは血液どころか別の液体さえ漏れ出てきている。
瑠璃はそれを目にし、夢の中でうずくまる。
(いやだ、もう見たくない……みたくないよ……っ)
暗い世界の中、彼女が呟いた最後の言葉は、命あるものにはいつも──届くことはない。
***
杯戸百貨店にてショッピングを楽しむ蘭と園子だが、この日の目当ては自分用ではなく、園子の彼氏である世界最強の男──『
「ねぇねぇっ!これなんかどう?」
園子がそう言って蘭に見せるのはオレンジのハイネックが付いたセーターで、緑のボーダーが入っていた。その真ん中には同じく緑色の動物が描かれており、それに難色を示す蘭。
「んー、京極さんにプレゼントするんでしょ?ちょっと、かわいすぎない?」
「え~、そっかなぁ?」
「彼なら……こういったシンプルなセーターの方がいいと思うけど?」
蘭が園子に代わって選んだのは、紅碧色の無地のハイネックセーター。しかし、今度は園子が難色を示す。
「だめよっ!?手編みじゃなきゃっ!!」
その言葉に蘭は目を丸くし、後ろにいた園子を振り返る。
「手編みじゃなきゃって?」
蘭からのこの疑問に、口を滑らせてしまった園子は頬を赤らめて口を押さえ、その反応を見て理解した蘭は目を細めてどういうことなのかと問い詰める。そんな蘭の反応に、彼女は手編みの方が暖かいからだと言うが、誰がどう見てもごまかしの言葉だ。
蘭が園子に詰め寄れば、園子は観念したように苦笑気味に話す──以前、手紙を書いたときに、好きな人のためにセーターを編んでいる、と。
「……でも、あんなに根気がいるものだとは思わなくってさっ」
「なーるほど?それで、市販の手編みのセーターを、さも自分が編んだかのような顔して渡そうって魂胆ね?」
「仕方ないでしょ?引っ込みがつかなくなっちゃったんだからっ!」
園子のその話に、蘭は溜息を溢しつつ笑みを浮かべる。
「まぁいいわっ!好きな人に好きって言ったその勇気に免じて、彼には黙っててあげるからっ!」
「──あら、私まだ、誠さんに好きって言ってないけど?」
園子の言葉に逆に驚いたのは蘭だ。彼女はてっきり告白したのだと思い込んでいたのだ。
「でも、手紙に書いたんでしょ?『好きな人のために編んでる』って……もしかして京極さん、園子に別の彼氏がいるって勘違いしちゃうかもよ?」
その蘭からのもっともな疑問に、園子は楽し気に、そして嬉しそうに笑みを浮かべる。
「くっふふっ!それそれ!!そこがポイントよっ!そう思って、真さん、ちょっぴりハラハラするでしょ?」
園子の作戦としては、その後に小包を贈り、園子からの小包を見て恐る恐る開くと、その中身はセーター。
「じゃじゃーんっ!実は貴方のセーターだったのよっ!?なーんていう、ラブラブ大作戦よっ!!」
その園子の明るい未来予想図を聞き、蘭が京極の心境を考え、重い溜め息を吐き出した。しかし、彼女のためとほんの少しの意地悪を込めて、言葉を返すことにした蘭。
「そんなこと言っちゃって、愛想つかされても知らないわよ?」
蘭の言葉に、途端にむくれて不満そうにする園子。
「だってさ……真さん、無口だし、こうでもしなきゃ、どう思ってるのか分かんないんだもんっ!」
しかし、彼女はすぐに照れたように頬に手を添える。
「私のこと、心配してるのは分かってるんだけど……かといって、ダイレクトに訊くのは度胸がいるし……」
「──あら、女は度胸って言うでしょう?」
そこへ、2人に唐突に声が掛かり、驚いて蘭は左、園子が右を向けば──そこにいたのは綺麗な長い黒髪をポニーテールにして、茶色のコートを羽織った女性。その人に見覚えがある蘭が目を見開いた。
「……梨華さん!?」
蘭の大きな声に慌てて指を唇に当てて、静かにと示せば、彼女は慌て口を手で覆い、改めて声を掛けてくる。
「お久しぶりです、梨華さん!!今日はどうされたんですか?」
「今日はただのショッピングなの!近々、友人とも行くんだけど、それとは別にね……さて」
梨華はそこで優し気な笑みを浮かべたまま、園子に向き合えば、園子もまた目を見開いたまま顔を向けている。
「初めまして、貴女の話は修斗から聞いてるわ……私は北星梨華、よそしくね?」
「北星……しゅ、修斗さんの御兄妹の方ですか!?わ、私、鈴木園子って言います!!」
「えぇ、よろしくね!」
梨華がその名の通りに華が舞うような笑みを浮かべれば、園子の頬に赤みを帯びる。それを楽しそうに見つめた後、梨華は蘭に改めて目を向けた。
「それにしても、よく私ってわかったわね……何度か見ないと、私と瑠璃を間違えるのに」
そう言って首を傾げて聞けば、蘭は笑顔を浮かべる。
「だって、瑠璃刑事だったらお仕事かなと思いまして……それに──梨華さんと瑠璃さんって、笑顔がほんの少し違うから、今日は梨華さんだって……そう思ったんです」
蘭のその言葉に目を見開いて驚く梨華だったが、しかし直ぐにフッと笑みを浮かべ、寂しそうな表情を浮かべた。
「そう……貴方も、『彼』と同じことを言ってくれるのね」
「?彼って?」
蘭のその質問は園子も抱いたもののようで、2人が首を傾げて梨華を見つめていれば、彼女は手を横にして気にしなくていいと示す。
「それで、園子さんは言わない方針で行くのかしら?」
「あ、そ、そうですねっ!やっぱり、恥ずかしいですし……」
「そうね……それに、女性はその方がきれいになれるって、友人も言ってたし」
梨華が思い浮かべた言葉は、本来はもう少し違った言い方をするのだが、別に訊かれないだろうと思って彼女はそれを使わないことにした。
「もー、梨華さんまで……」
「それじゃあ、蘭──貴方は分かるの?新一くんが蘭のこと、どう思ってるか」
梨華と共同戦線を張った園子が、蘭からの言葉に逆に問い返せば、蘭は頬を赤らめる。しかし、彼女は新一から自分がどう思われているのかという問いに答えれずいる。その反応を見て、梨華は楽し気に笑みを浮かべ、園子は蘭の顔に自身の顔を近づけ、目を細める。
「ほーら、ほらほらほらっ!気になるでしょ?聞きたいでしょ??どーなのよっ!?」
園子からの追撃に蘭は焦る。勿論、彼女だって気になるのだ。しかし、それを幼馴染だからと言い、気にならないと言えばウソになるとも彼女は呟き、考え込み始める。頬を赤らめて考える蘭の姿を微笑ましく梨華は見つめる。対して、園子は彼女の声をその場で代弁し始めた。
「でも、でもでもでもでもっ!……聞きたいよ~な、聞きたくないよ~な、今はそんな感じなの、うふっ!なーんて、寝ぼけたこと考えてるんじゃないでしょうね!?」
「あら、園子さん、蘭さんの真似上手ね!」
「か、考えてないわよっ!!それに、梨華さんもそこは褒めなくていいですからっ!!」
「──あのさ~」
そこで梨華の後ろから声が掛かり、3人がそちらへと顔を向ければ、血液全てが顔に集まっているのではないかと思うほどに真っ赤なコナンがいた。梨華はその姿を見て嬉しそうに膝を折って目線を合わせた。
「あら、コナンくんも来てたのねっ!お久しぶりね、コナンくん!!」
「う、うん!お久しぶりだね……ところで、ボク、駐車場で待ってるおじさんのところに行っててもいいかな?」
それを聞き、蘭がデパートの裏にあるパスタ屋に入って待っていてほしい事を伝えれば、コナンはその顔のままその場を去っていく。
「……そういえば、園子さんの靴は厚底ブーツなのね」
「えぇ!今の流行のもので、おしゃれですから!!」
コナンはその後、小五郎と合流し、パスタ屋へと向かうことにした。勿論、その道中は女性陣への小五郎の不満だ。
「たっく!女ってのはどーしてああも買い物と電話がなげーんだっ!」
小五郎は珍しくコートにオレンジのニット帽をかぶり、緑のマフラーをしている。そんな小五郎の横を歩くコナンは、小五郎のその言葉に内心で同意した。
2人が横断歩道を渡りきったところで、公衆電話から出てきた女性に小五郎が気づき、そのブーツとスカートの間に出ていた肌を見つめて表情をデレデレと崩した。
(ひょ~っ!綺麗なあんよのおねぇちゃん!!しかもこの寒空に超ミニ……粋だね!)
その姿にはさすがに蘭一筋のコナンも頬を赤らめたが、公衆電話の中に落ちたままのボールペンを見つけ、そのことを小五郎に伝えれば、小五郎が意気揚々と金髪の女性に声を掛け──その肩を掴んだ。
その女性は、小五郎の手を掴んだんだ瞬間──後ろにいた小五郎へとタックルをかまし、そのまま流れるように足払いを掛け、女性はそのまま小五郎を抑え込んだ。
「確保──!!」
その声と共に、近くのごみ袋が舞い上がり──目暮警部が飛び出してくる。
小五郎が驚いている間にも、近くの路地から高木と伊達が現れ、近くに止められていた車からは見覚えのない刑事達と共に彰、松田、瑠璃も下りてくる。
そのまま刑事たちが小五郎を抑えこむ傍ら、目暮の近くで止まって状況を観察する伊達。その反対にいた彰、松田は、視界に入ったコナンの姿を見て動きを止め、松田は無意識にも近い動きで瑠璃の首根っこを掴み動きを静止させる。
「ぐえっ」
「おっと、すまねぇな……どうも、人違いっぽいからいかなくていいぞ」
「え、人違い???」
瑠璃が目を白黒させて刑事たちの姿を見つめれば、なぜかその中心から小五郎の声が響いてきて、彼女は顔を青ざめさせるのだった。
***
目的地であるパスタ屋で、刑事たちから解放された小五郎が目暮たちから、先ほどの謝罪と事情を説明されていた。
「へぇ~?連続婦女殴打事件の、囮捜査ねぇ?」
「そうなんだよ!だから、佐藤刑事にあんな格好をしてもらってだな?」
しかし、一般に公表されている情報には、犯人の身長は150㎝前後とあったことを覚えていた小五郎はそれを指摘する。小五郎の身長とはかなりの差があるのだが、なぜか小五郎が間違われて捕まったのだから納得いかないのも仕方ない。
「アタシみりゃ犯人じゃないってすぐにわかるでしょうに……」
「ああ、いえ……佐藤さんに迫る毛利さんの態度が、その……」
「じ、尋常じゃないというか……」
「少々、身の危険を……」
小五郎の嫌味に、高木と目暮が苦笑しながら返し、佐藤も恥ずかしそうに危険を感じたのだと言う。小五郎もそれには後ろめたいものがあったらしく、それ以上は何も言わずに吸っていた煙草の火を消した。その隣に座っていたコナンは、そんな小五郎の心境を理解し呆れたように笑う。
「しかし、弱ったな……」
「ええ。襲われた3人の女性も、事件当時、派手な格好をしていたというぐらいしか共通点がありませんし……」
「犯行現場もバラバラだし……」
そこで頭を悩ませていた目暮が写真をもう一度見せてほしいと頼めば、かなり派手な化粧をした肌が小麦色の女性たち。
第一被害者は『
2人目の被害者は『
3人目は
「その電話ボックスって、まさか……」
「ああ。ついさっき、君を取り押さえたあそこだよ」
幸いなことに、3人は命に別状はなかったが、派手な格好と言う共通点がないのだと目暮は話す。3人とも、誰かに恨まれるような覚えはないと話している。目暮は偶然とはいえ顔を合わせた小五郎に何かひらめかないかと聞くが、彼は全員ハーフでジャングル育ちな人間だと真面目な顔で口にし、全員の目が点になった。
小五郎はただの日本人な訳がないと言うが、その写真を横から奪い取った園子が『ガングロ』で可愛いと感想を溢す。
「真ん中の子なんて『ゴングロ』ねっ!」
「ちょ、園子さん!?そこ話し合いしてるのよ!?」
園子を追って店に入ってきたのは梨華だった。彼女は蘭に誘われて一緒に食べることを了承した身だったが、まさか真剣に話し合っている場所に戸惑いもなく入るとは思わず、行動が少し遅れてしまっていた。
そんな彼女を見て、佐藤が目を見張る。なにせ彼女からしてみれば、先ほど、彰たちいつものメンツと捜査に向かったはずの彼女が服を変えて来店したように見えたのだから仕方ない。
「る、瑠璃??捜査に向かったんじゃ……それに、服まで変わって」
「えっ……あの子、説明してないのかしら」
梨華が頭を抱えて瑠璃に文句を溢すと、切り替えるように笑みを浮かべて自身の紹介をすれば、佐藤は目を見開いて慌てて謝罪する。
「す、すみませんっ!まさか、双子のお姉さんだったなんて……どうりで似ているわけだわ」
「仕方ない事なので気にしないでください。一卵性双生児って見た目が同じみたいなので、家でも修斗と……認めたくないですが父以外、なかなか見分けられないみたいなので」
梨華の言葉に親への不満が紛れていたために眉を顰めた佐藤だったが、家庭問題に頼まれてもいないのに突っ込むのは違うと自制することにより、言葉を飲み込んだ。
「で、小五郎さんが分かっていないようなので説明すると、彼女たちのような方を『山姥ギャル』って言って、今の若い女性たちに流行っているみたいですよ?」
梨華たちの家ではなぜか嫌がられているメイクだが、梨華も派手にしたい人種ではないので見ているに限るとは思っている。
「や、やまんば?」
「うっそー!?おじさん、もしかして知らないの!?」
園子の言葉に強がるような態度を見せるが、園子は訝し気に小五郎を見つめる。そんな園子を見て、梨華を見て、蘭の姿が見えないことを気にしたコナンが蘭の居場所を訊けば、トイレに行くから先にパスタ屋に向かっていてほしいと頼まれたことを園子が話す。
「しかし、無差別にそんな子を狙っているとなると、手の付けようが……」
高木が腕を組んで頭を悩ませれば、その反対に座っていた佐藤も同意する。
「そうね……こんな事件、いままでにあんまりなかったし」
「──いや、確か前にもあったな」
そこで小五郎が思い出したように顎に手を当て語るのは──目暮のトラウマの事件。
「連続して女子高生が車でひき逃げされる、いやぁな事件だ……あれは、俺が刑事になる随分前──」
「っとにかく、我々は捜査に戻ろう」
目暮が小五郎の言葉を切るように椅子から立ち上がり、佐藤がもう一度囮をすることを話すが、目暮がその作戦を拒否した。それに驚く佐藤を置いて、目暮は被害者3人に本当に共通点がないかを洗いなおすと宣言して店を出ていった。その後を追うように立ち上がる佐藤たちだが、そんな2人を見ずに、目暮は小五郎に謝罪する。それに小五郎が呆然としながらも返事を返したところで、店の中で着信音が響き渡った。
それは園子の携帯だったようで、彼女がポケットから携帯を取り出し通話ボタンを押せば、相手は蘭だった。その蘭からの言葉に、園子が困惑したような表情を浮かべた。
「えっ!?出口が分かんなくなった!?……で、今どこにいんのよ。……え!?地下の駐車場!?」
その一言には梨華も頭を抱えた。なぜトイレから出ただけなのに地下駐車場にでてしまったのだと頭の中で混乱する。その間にも蘭が説明をし、園子が蘭の方向音痴を心配するが、コナンが園子が身に着けている見新しいネックレス、ブレスレット、指輪を見て頭の中に光が走る。
「──ねぇ、園子姉ちゃん!!その指輪とネックレスとブレスレット、さっきの写真のお姉さんたちと、同じじゃない!?」
その言葉は、まだ店内にいた刑事組にも聞こえ、そのやり取りを真剣に聞いている。対して、コナンに指摘された園子は戸惑った様子を浮かべ、梨華はじっとその装飾品を観察し、眼を丸くした。
「確かに、まったく同じね……そういえば、さっきデパートで受け取ってたわね。私も受け取ったけど……」
「あ、はい……ミレニアムセールっていって、出口でレシート見せたら、1万円ごとに好きなグッズを選べるようになってたから!」
園子の声を聴き、目暮が園子へと近づき、許可も取らずに腕を取り、高木は慌てて懐に戻していた被害者3名の写真を確認する。
「おい、どうだ!?」
「つ、つけてます!!1つずつですけど、3人とも、園子さんと同じアクセサリーを……っ!」
それを聞き、梨華が携帯を取り出し、瑠璃へと電話を掛ける。
「……瑠璃、今どうせ彰と一緒に捜査中でしょ?……え、他にもいる?そんなことはどうでもいいからよく聞いて。今、貴方達が捜査してるだろう案件で進展があったの、被害者の共通点、それは──」
「──同じデパートの客」
その瞬間、耳から離していた園子の携帯電話から蘭の叫び声が響き渡る。それを聞き、全員の顔が青ざめた。
小五郎が急ぎ園子の携帯を奪い取り、蘭の安否を確認すると、彼女から震え声で伝えられた言葉に更に焦りが募る。
「なにっ!?駐車場に血まみれの女が倒れてる!?」
それにその場の全員が息を呑み、梨華の通話先の向こうでも、息を呑む音が聞こえた。
***
その後、刑事たちと、蘭を心配した小五郎たちも駐車場へと集まり、捜査が開始された。
「──被害者は『
全員の視線が注がれた先には、被害者3人と同じ、小麦色の肌の女性で、服装はラベンダー色のもこもこしたニット帽で、チェック柄の上着の下にはショッキングピンクのセーター、濃色のミニスカ、勝色のニーハイソックス、ローヒールのパンプスを履いていた。
「4件目で遂に殺しか……」
「つまり、今回の殺人は、同一犯……」
「……おい、瑠璃?」
松田が瑠璃の様子がおかしいことに気付き声を掛ければ、彼女は首を横に振って何かを振り払い、松田に大丈夫だと告げる。それに対してジッと松田は見つめるが、彼は頭に軽く手を載せた。
「瑠璃、調子が悪いなら……」
彰が心配そうに声を掛ければ、瑠璃は顔を引き締める。
「大丈夫、問題ないから気にしないで」
「……分かった」
「それにしても、犯人はまたなんで自分のテリトリーだろう場所で犯行に至ったんだ?」
近くにやって来た伊達が頭を掻きながら溢せば、彰と松田は考えだすが答えは出てこない。しかしその横にいる瑠璃は、被害者をじっと見て、首を傾げた。
「ん?瑠璃、どうした?」
彰が瑠璃の様子にすぐに気づき問いかければ、瑠璃は唸りだす。
「ん~、あの被害者の姿を見て違和感があるんだけど、何がおかしいのかが分かんない……」
「「「なんだって!?」」」
瑠璃の言葉に男3人が目を見開いて驚き、彰が瑠璃の肩をゆする。
「おい、何とか思い出せ!!何が変なんだ!?」
「ちょ、頭が、脳がぐちゃぐちゃになるから揺らさないで~!!」
そこで、現場に響き渡る男性の声に後ろを振り返れば、警官に止められた涙を目に浮かべる男性がいた。
「多恵、多恵っ!!多恵ェ!!!」
その姿を目に捉えた瑠璃。今朝、悪夢を見たからだろう──その姿が、事件とは全くの無関係だというのに。梨華は蘭たちの近くにいるというのに、思い返してしまった。
──12年前。
病院の前に行きかう警察と、カメラで撮影する野次馬たち。その近くには、屋上から飛び降りた和樹に泣き叫びながら近づこうとする梨華と、それを後ろから羽交い絞めして止める修斗。2人はちょうど、屋上にいたのだ──彼の自殺を、止めるために。
瑠璃は2人とは違う場所で、刑事たちに励まされながらも事情聴取を受けていた。しかし、それらすべてがまるでガラス窓の向こうの出来事のように感じていられていた。現実だとは思いたくなかったのだ──彼女の目の前に
そんな瑠璃など誰も気にすることなく、件の泣き叫ぶ男性を見つめる刑事たち。
「彼は?」
「この女性の彼氏で、デパート内で待ち合わせをしていたそうです」
『
「それより蘭。遺体を見つける前、不審な人物は見かけなかったのか?」
「そんな人、いなかったよ?すれ違ったのは警備員さんぐらいで……」
それを聞いていた彰たちが近付いた。
「ちょっと失礼……蘭さん、警備員の人とすれ違ったのか?」
「は、はい……この駐車場の入り口のところで、40歳ぐらいのおじさんだったけど」
「──あぁ、それ私ですよ」
蘭の後ろから現れたのは、茶色の制服らしきものを着た男性『
「今度は傷のついていない、ちゃんとしたお嬢さんをな」
「──あら、傷のついてないって、どういうことかしら?」
そこで梨華が声を掛ける。春義がそちらへと視線を向けてみれば、そこには冷たい視線を向けている無表情の梨華。そんな彼女に、春義の代わりに答える紺野。
「あの、きっと1年前、ここで彼女が起こした自動車事故のことだと思います」
「自動車事故?」
紺野の言葉に、耳を傾けていたコナンの表情が厳しいものに変わる。
「えぇ、彼女、ここで小さな男の子を轢いてしまって……」
「なるほど、それで貴女は彼女を首にしたわけね」
理由は納得した梨華だが、春義の言い方に納得がいかず、しかし怒りは鎮めることにし息を吐き出した。
また、紺野の言葉を聞いた佐藤が、友人である交通課の由美から聞いたことを話し出す。曰く、この駐車場で、母親を待っていた少年が車の陰から飛び出してしまい撥ねられたのだという。勿論、駐車場だからこそスピードはそこまで出ていなかったらしいが、当たり所が悪く少年は亡くなってしまったらしい。
「少年の名前は確か『
「「彰??」」
「俺じゃねぇよ」
梨華と瑠璃が同時に彰へと顔を向け、彰がジト目で見返し、松田と伊達は苦笑い。そんな彼らを他所に、小五郎が紀之へと春義の身長を聞けば、150ちょっとだと返ってくる。
「因みに、貴方は?」
「173だよ」
「私は、144」
「私は167です」
紀之が紺野、定金よりも高いらしく、紺野は紀之より頭一つ分ほど小さい。それを聞き、オーナーが怪しいと小五郎は目暮に話し、それに目暮が同意する。目暮は、春義であれば藍沢がここに来ることを予想できたはずだという。
「ちょっとお聞きしますが、貴方のお父さんは、待ち合わせのレストランに来られたんですか?」
「いや、時間が過ぎても来ないから、彼女に様子を見に、駐車場に行ってもらったんだ」
そこでハッと気づいたように顔をこわばらせる。
「まさかアンタたち、父さんを疑ってるんですか!?」
「あ、いや、前に襲われた女性たちが犯人の身長が150㎝前後だと証言していたので念のためにっ」
それに紀之は目を丸くする。藍沢が今話題になっている連続殴打犯にやられたのだと理解し、紀之が叫ぶ。
「──アンタたち、何やってんだっ!?身長まで分かっててどうして捕まえられなかったんだよっ!!!」
紀之が涙をこぼしながら目暮たちを募る──それは、目暮に過去のトラウマを思い起こさせることとなるとも知らずに。
「あんたたちが犯人を捕まえとけば、多恵だってこんな事にはならなかったんだっ!!多恵が死んだのは、アンタたちのせいだっ!!──アンタたち警察なんで、役立たずだっ!!!」
『役立たずだっ!』
『役立たずっ!!」
「………ぶ?」
『──アンタたち警察は、役立たずだっ!!』
『なーに驚いてんのよ?私が囮になってやるって言ってんのよ』
「…いぶっ」
『やっぱ、映画みてーにはいかねぇなっ……』
「──目暮警部っ!!!」
彼はそこで膝が崩れ落ち、頭を押さえ始め、彼を心配して呼びかけ続けていた瑠璃が目を丸くして驚き、声を上げる。
「目暮警部っ!?どうされたんですかっ!!?」
「目暮警部っ!?」
「警部っ!!?」
「どうされたんですかっ!!?」
「おい、目暮警部っ!!」
周りが急に崩れ落ちた彼を心配し呼びかけるも、彼からは何でもないと返され、彼は立ち上がる。それを紀之の傍に立ち様子を見ていた紺野が紀之に代わり謝罪の言葉を口にする。
「すみません、警部さん。紀之くん、ちょっと気が動転してるみたいで……」
それに、目暮はこわばった表情のまま気にしなくて構わないと返す。
「──彼の言う通りですから」
「……あの、少し向こうの方で、頭を冷やして来ても?」
それに目暮が了承を返すと、紺野は紀之を連れて離れていく。それを見て定金も仕事に戻ると話、その場を去っていった。それらを見送ったコナンが、タイミングを計っていたのか高木に声を掛ける。
「ねぇ、その3人のお姉さんたち、3人とも犯人は150㎝ぐらいだって言ってたの?」
「いや、そう言っていたのは1人目と3人目の人だよ」
高木は写真を見せて話し、そんな高木の後ろをついて歩いていた佐藤が詳しく説明しだす。
「2人目の遠藤さんは、突然、後ろから殴られて、通りがかりの人に発見されるまで気を失っていたから、犯人を見てないって。でも犯人が、150㎝前後と言うのは間違いないわ」
佐藤がそれを自信を持って言えるのは、その後日に事情聴取をした際、自分と同じぐらいだったと話していたのだという。
「その2人の身長ってどのくらいなの?」
「──1人目が151㎝、3人目が153smだよ」
瑠璃が高木たちの後ろから声を掛け、それに驚いた高木と佐藤が瞬時に後ろを振り向く。
「な、なんでそんなに驚かれてるの??」
瑠璃が目を丸くして逆に問いかけたとき、固い声がかけられる──目暮からだ。
「──おい、子供に余計なことをしゃべるな」
「す、すみません……」
瑠璃たちが申し訳なさそうにしている一方、梨華は蘭たちの傍に立ち、被害者をじっと見ていた。それに疑問を持ち、小五郎と彰、松田、伊達が近付く。
「おい、蘭。本当に怪しい人物を見かけなかったんだな?」
「見かけなかったよ?出口を探して暫くうろうろしてたけど……それより、梨華さん」
「なにかしら?蘭さん」
「なにか、なにかおかしくないですか?」
蘭と梨華の視線を追って小五郎たちが被害者に目を向ける。どうやら女性のどこかがおかしいのだと蘭が言い、園子も違和感を感じるのだと言う。2人が話す違和感に、小五郎が訝し気な表情で遺体に近づくが、彼には何も感じられなかった。
「そういや、瑠璃の奴も被害者に違和感があるっつってたな……」
松田が思い出したように瑠璃を見るも、瑠璃は先ほど膝をついた警部を心配してか、現場の様子を確認しつつ、目暮の様子を見ていた。
「──おかしいって言えば、2番目に襲われた人の格好も変じゃない?」
コナンが指摘する違和感は、夜中にトイレから出てきたところを襲われたというのに、彼女は男物のコートを羽織っているのはなぜなのかと言う。事実、彼女に連れはいなかったと証言され、発見者からも同じようなことを伝えられている。そして、そのコートは高木のコートだという。なんでも、コートすら来ていない姿のままで、だいぶ寒そうに見えたから、と。
「……おいちょっと待て高木。だったらなんでそのガイシャはそんな寒そうな姿で外に出たんだよ。この時期だぞ?夜だぞ??」
伊達も感じたらしい違和感に、高木たちも漸く理解したらしい。被害者からは上着を取られたという話は受けていない。しかも事件からずっと錯乱状態が続いているらしく、事情聴取は出来ていないのだと話だし、松田も頭を抱えだす。そんな話を聞いていた小五郎が、最近の若い人物たちは薄着をするのが粋なのだと自信満々に言うが、それを梨華が否定する。
「毛利さん、それは流石にないですよ。スカートなら兎も角、この寒い冬の中、ノースリーブのワンピースのみなんて無茶ですよ。私の友人だって同じことを言うはずです」
「……もしかして、もともと暖かいところにいて、お手洗いがすんだらすぐに戻るつもりだった?」
いつの間にか瑠璃も目暮の後ろで話を聞いていたらしく、そう考えた。
「なるほど、コナンくんが言いたいことは理解できた──この被害者は車の中に何事もなければ戻るつもりだった……だろう?」
彰が気障に笑えば、コナンも同じように笑みを浮かべて頷いた。そしてもしそれが正解だった場合、3人には共通点として『車』を使っていたことが上がる。そして、この現場は駐車場──すべて車がらみなのだ。
「よーっし!高木くん、伊達くん。直ちに2件目の被害者に確認を取ってくれ!!」
「「はいっ!!」」
高木と伊達の『ワタルブラザーズ』は現場から去っていき、この殴打犯がオーナーの可能性が低くなってくる。しかし、可能性として残っている以上、目暮は警戒を解かずにオーナーを見据えていた。そんな時、後ろから高笑いが聞こえて目暮と、となりで話していた小五郎が振り返れば、松本管理官が現れた。
「毎度毎度すまんな、名探偵」
「ま、松本警視殿っ!?」
小五郎が緊張した様子で挨拶をすれば、松本が顎で返事を返しつつ前を通り過ぎる。しかし、目暮の前で止まり、固い声で声を掛けてきた。
「おい、目暮。表でマスコミが無差別殺人の始まりじゃないかと騒ぎだしている。ここは早々に切り上げて、また明日、出直せ」
その言葉が聞こえていた瑠璃の顔に眉が寄ったが、これ以上は確かに厳しいことは彼女も理解しており、しかも上司からの命令であれば彼女は反論できない。そんな瑠璃とは違い、目暮がなにか言おうとしたが言えず、佐藤からも出直すことを提案される。彰たちも何も言わないが、本音としては捜査を続けたい派閥の人間だ。とくに松田は隙を見て続ける気満々だ。それにも苦笑いを向ける佐藤は、目暮に視線を戻し、ガングロで車にも乗って囮捜査をすると宣言すれば──目暮が固い声で、どこか苦しげな声を上げる。
「──言ったはずだっ!!もう囮は使わんっ!!!」
その覇気すら感じるほどの激昂に松本以外の全員が驚き、松本は目を細めて目暮を見ている。
「……目暮警部?」
瑠璃が心配そうに声を掛けるが、目暮からは何も返されない。それどころか松本にもう少し捜査を続けさせてほしいと頼み込んでいた。
「──それに私には、犯人がこの近辺にいるような気がして……」
目暮の言葉を聞いた松本は、重い口を開く。
「……まぁ構わんが……目暮よ。まさかお前──まだあの山を引きずってるんじゃないだろうな?」
その松本の問いに、目暮は何も返すことなく俯いてしまう。
「そのシャッポの中に封印したあの山を……」
──目暮が思い出したのは、彼がまだ若かりし頃に起こった事件。女学生が、全身をぼろぼろにして倒れ込み、自身が彼女を抱き上げた、あの時の事件。
「──いえ、そんなことは……」
「──そうか……つまらんことを訊いたな」
松本は気づきながらも、それを言うことはなかった。そんなやり取りを彰たちは見つつ、梨華に近づいた。
「おい、梨華」
「……なに?今、この雰囲気で何を聞きたいわけ?」
梨華が訝し気に彰に訊き返す。捜査はもうしないのではと言いたげなその表情に、松田が詰め寄る。
「瑠璃もなにか気になっていたようだが、アンタの方がそれに気づいてるんじゃないかって思ってな……何に気付いたんだ?」
詰め寄ってくる松田にジト目で見返す梨華だが、溜め息を吐き出した。
「分かった、分かったから離れて頂戴──面倒な奴思い出すから、煙草の臭いを嗅ぎたくないのよ寄らないで」
梨華の力強い拒否に彰が噴き出し、松田がそれに何か言いたげな目を向けたが、後で絡むことを決めて梨華から離れる。
「で、私が気になるのは、被害者のファッションよ」
「は?被害者のファッション??」
梨華からの言葉に、何を言っているんだと言いたげに眉を寄せる松田。それに梨華は溜息を吐き出し、説明をし──彰たちは目を見開くことになるのだった。