ちなみに話は全然関係ないのですが、先日、安室さんが夢の中に出てきてそれはもう至福の時を始終味わいました。なにせずっと隣にいてくださったので。
しかし、舞台は米花町……はい、皆さんお察しですね。事件が起こりましたよはい。しかも、なぜか立場的に私は咲さんになっていたというのに、犯人らしき人の足音が聞こえず、足跡だけが紅の修学旅行と同じように表れるという状況、大変夢の中で混乱しました。なんならあの安室さんなら絶対にないだろう失敗ーー犯人に殴られる瞬間まで目撃しました夢の犯人許すまじ(しいて言えば見ている私が黒星)。
……まあ、そんなことはいいんです。衝撃的なことが夢で起こっただけです。夢でも現実でもショックなことを安室さんに言われたとて、影響はないんですハイ……泣いてませんよ?泣いてませんから!
それでは、どうぞ!
とある日の午前5時。修斗はいつも通りベッドから起き上がり、シャワーを浴びる。その後、カッターシャツを着て、そのまま部屋から移動をする。
本当は、修斗は余った時間に読書をしたいのだが、せめて今は、長年行方不明だった義妹と交流をはかりたくてやめている。そうして部屋の扉を3回ノックしようとするが、その瞬間に頭を抱えることとなった。
『り、梨華!?待て、私はそんな派手な色は……!』
『なにいってるの!大丈夫、私が友人と一緒に見て回って選んだ服よ?絶対に似合うわ!!あとできれば梨華『お姉ちゃん』と呼んでくれるとなお嬉しいのだけど、ダメかしら?』
『私が今日、友人たちと行くのは山だし、そんなキャラクターが描かれた服を着ていけるか!!』
『もー!せっかく仲良くしてくれてる女優の友人が、小学生の女の子向けにと選んでくれたのに……』
『パーカーにしてくれたのは嬉しいが、もっとシンプルなのにしてくれ頼むから!!!!!』
ドア越しに聞こえてきた声に修斗は溜め息を溢すと、ドアを律儀にノックしてから、勢いよく開けて怒鳴り込む。
「朝からうるさいぞ梨華!!!!!」
「今ならあんたの方が騒音だし、ここは女の園よ出ていきなさい!!!!!」
そんな、咲の耳にダメージを与える北星家の朝だった。
***
朝の出来事のせいでヘロヘロな、黄色のパーカーと黒のスキニーパンツを着た咲を除いて健やかな朝を過ごした探偵団たちとコナン、哀、博士の一行はとある山に来ていた。全くもって元気のない咲の様子を心配そうに見つめる子供達と博士に、心配ないと答える傍ら、仕事に向かう前にと連れてきた修斗から話を聞いて愉しげに笑うコナンに恨めし気な視線を向ける咲。
「ハハッ、朝からにぎやかだな、お前のところは……」
「うるさい。お前も同じように、梨華からの悪意0のファッションショーを強制的に受けてみればいいんだ……」
ぶつぶつと恨み言を呟く咲から距離をほんの少しとるコナンと、愉快そうに眼を細めてみている哀。それからほんの少し経ち、山の入口前で、この体験ツアーの職員から説明を聞いていた。
「──では、いいですか皆さん?『松茸狩り』と言っても、取り放題じゃない。大人3本、子供2本まで。取って帰ったら、旅館で料理してあげますから!」
「「「はーいっ!」」」
子供たちの元気な返事に、説明をしていたおじいさんもにっこりと嬉しそうに笑う。と、そこで思い出したように付け加える。
「あっ!それと金網を2つ超えると、狩猟区になっていますから、絶対に入らないように!」
「狩猟区……?」
博士の疑問に、固い笑みを浮かべながら男性が小さな声で伝える。それは、つけたままでは不便になると逆に補聴器ヘッドフォンをつけていなかった咲の耳にも届いた。
「──クマがでるんですよ」
「く、熊ですか!?」
流石にその一言に全員の目が丸くなる。勿論、それは咲とて例外ではない。
そんな子供達と博士を見て、キノコ狩りの範囲には熊は1頭もいないはずだと言い、安心してもいいと話す。それに子供たちは安堵の息を吐きだし、コナンは頬を引き攣らせる。
(おいおい、なんてところで松茸取らせんだ……)
ある程度の説明を受けて入山した一行。しかし暫くしても松茸が取れないでいた。
「たっくよー!あの旅館のオッサン、いっぱい生えてるようなこと言ってよー!全然ねぇーじゃねぇか、くそぉ!」
元太がイライラしたように溢す愚痴に博士がなだめ、元太の後ろの方で探していた歩美が眉を寄せて元太を見る。
「もぅ!元太くんでしょ?松茸狩りに行こうって言ったの」
そう、歩美は最初から林檎狩りをしたいと言っていたのだが、秋の王様である『松茸』の方が値段が高いことを理由に元太はこちらを選んだのだ。それに、既に北星家の食事に毒されていた咲は一瞬呆けたあと、そのことを思い出したがために顔を青ざめた。
(いかん、あの家が金持ちだったのを忘れていた……)
咲が頭を抱える横で、哀が林檎のとある伝説を語って聞かせる。
「──林檎はアダムとイヴがその実を口にして、神の園『エデン』から追放されたという禁断の果実……善悪の知識の実なのよ」
その説明に感心したように振り返って見つめる光彦。その視線に気づかないまま、哀は松茸よりも林檎の方が神秘的だという哀と、それに話を合わせて林檎を沢山食べたほうがいいと元太に笑顔で言う歩美。
「ああ、旧約聖書の話か……」
「えぇ。まぁ、その実が林檎だっていうのは俗説だけどね」
哀の涼し気な眼差しに、光彦の心臓が大きく跳ねる。頬は徐々に赤みを帯びていき、視線を哀から外せない。たったまま哀を見つめる彼に、近くにいたコナンが気づき、光彦に声を掛ける。
「どうした?光彦。変な顔して……」
その声で漸く現実に戻れた光彦がまず変な顔はしてないと否定をしてから、哀を見ていたのだと話す。
「?……彼女って、灰原のことか?」
「えぇ。灰原さんって口調はキツいけど、本当は博学多才で大人っぽいというか……なんか、ミステリアスだと思いませんか!?」
光彦はそう言って輝いた眼差しで哀を見つめる。そんな光彦に呆れたような目線を向けるコナン。
「あっでも、だからって、どうってわけじゃ……」
そんな風に言い訳を始めようとする光彦の両肩を、力強くつかむコナン。
「なぁ、光彦……悪いこと言わねぇから、アイツだけはやめとけ」
深刻な表情と声で告げるコナンに、光彦が首を傾げる。
「えっ?」
そこでコナンは顔を上げて──苦笑いで語った。
「──とっても、オメェの手には負えねぇからよ」
「えっ」
コナンの言葉に流石の光彦も反応できずに困惑する。その会話が聞こえなかったのか、不思議そうに眼を丸くして瞬きする哀だが、それら全て聞こえていた咲もまた、苦笑いをするだけに止めた。
そんな出来事から数分後。場所を移動しているさなか、歩美が全員に呼びかけてくる。木の根元に生えているキノコが松茸の仲間ではないかと見せたが、それはお世辞にも松茸とは似ても似つかない傘の開き具合だった。
「ああ、それ『テングタケ』っていう毒キノコだよ」
「えーっ!?」
歩美が心底悲しそうな表情を浮かべ、フッとコナンが穏やかな笑みを浮かべた瞬間、元太の限界が来た。
「あーっ!もうやってらんねぇよ、もうっ!!」
そこで遂に座り込む。どうも体力も尽きたようだった。
「ヒントもねぇのに松茸なんか見つかりっこねぇじゃん!!」
「──ヒントならあるぜ」
駄々をこね始める元太に、コナンが笑みを浮かべて言う。それに顔を上げてコナンを見る元太と歩美。そんな2人を見てから、コナンは周りの木々を見上げて説明を始める。
「周りをよーっく見てみなよ。松葉が黄緑色になってるやつがあるだろ?」
それを聞き、全員がコナンの視線の先を見てみれば、確かに中には葉の色が違うものがある。
「松茸は、赤松の根にくっついて栄養分を取るから、少し弱って黄緑色になった赤松の根元が怪しいんだ。尚且つ、松茸が成長するには、日当たりも水はけも風通しもいい場所じゃなきゃいけない」
それを踏まえて現場を捜索しだすコナンの後を追うと──
コナンのその声に子供たちは興奮を隠すことなく小走りで駆け寄れば、確かにその木の根元には松茸が生えていた。それも立派に育った松茸だと、代表して取った博士が評価をしてくれた。松茸は調理後しか見たことがない咲も目を輝かせてその逸品を見つめる。
「うまそ~」
「まずは一つ目ゲットね!」
そこですぐ近くに松葉の黄緑色のものがあると光彦が喜色の声を上げて言えば、元太と咲を除いた全員がそちらへと駆け寄った。咲も当然駆け寄ろうとしたのだが、途中で足を止めることとなってしまった──その後ろから聞こえる音が原因で。
咲の後ろ──元太も探そうと松葉の色を確認すれば、フェンスの向こうに松茸が4、5本生えているのが見えた。それに喜びフェンスへと駆け寄り、フェンスを掴んでそれ越しに松茸を見つめた。その微かな音に反応した咲が元太の行動に対して溜め息を吐いて止めようとした瞬間、元太がフェンスを上り始めてしまった。
「バっ……元太、今すぐにそこから降りろっ!」
咲が声を抑えめに、しかし荒げながら止めれば、元太は肩を震わせながらも、不満げな顔を隠しもせずにフェンスの頂上から咲を見下ろしていた。
「なんだよっ、いいじゃねぇか!!松茸をほんのちょっと取りに行くぐらいよっ!!」
「それでも危ないだろ!!」
咲がそういうも、元太は反抗して一つ目のフェンスの向こうへと侵入を果たしてしまう。そのまま松茸を取り始めてしまった姿を見て、咲は同じくフェンスを上って迎えに行くことを決めた。流石に今の身長では、フェンスを飛び越えることは難しい。元に戻ってもフェンスの方が高いのだが、今はそんなことは気にしていられない。ならと元太が遠くに行きそうになっている姿を見て足元の土を後ろにかけると、フェンスを駆け上る。フェンスの頂上まで登りきると、髪ゴムを外し、両足をそろえて──フェンスから飛び降りた。
地面と接着する前に膝をほんの少し折り曲げ、足裏が付いたところで今度はしっかりと折り曲げる。それとほぼ同時に左手のひらを地面に付き、もう片手の前腕を地面と平行にしてつけそのまま肩から回転を始める。肩から背中、腰、おしり、脚と順に回転し、衝撃を和らげる。それは身に着けたからこそ無意識に行えた咲は、怪我をすることなく立ち上がり、服の汚れをはたいて落とし、元太がいた方向に顔を向ける。
「……もういないって、食に対しては行動が早いなアイツ」
しかし、音さえ聞こえれば見つけることなど彼女には造作ない。現に元太の足音は耳に入っている。
そのまま元太の後を追っていく──痕跡に気付いてくれることを願いながら。
元太と咲を除いた探偵団一行は、松茸狩りに夢中になっていた。
「私も犯人の松茸さん、みーっけ!」
「ほれっ!ワシもじゃよ!1」
コナンのヒントから順調に松茸が見つかり始め、哀の表情も楽し気になっていく。
「こうしてみると、松茸狩りも宝探しみたいで結構楽しめるわね!」
「ですよね!!!」
哀の傍で松茸を取っていた光彦にもその言葉が聞こえてきて、嬉しそうに笑顔を浮かべて同意する。
コナンも楽しそうに松茸を取り、周りを見渡したところで、ふと気づく──元太と咲がいないのだ。
「おい。ところで元太と咲はどうした?」
「そういえば、さっきから姿が見えないわね」
コナンの言葉に不審そうに周りを見る哀。咲がいないこともあってまさか、と嫌な想像が浮かぶが、それを口に出すことはしない。その可能性の証拠もないのだから。
「きっとどこかでおトイレしてて、咲ちゃんが気づいて待ってるのよ!」
「元太くん、ミネラルウォーターをがぶがぶ飲んでましたからね!」
その言葉に、博士は納得した。元太だけなら迷子の可能性も出てくるが、耳のいい咲がいるなら、博士たちの声が聞こえる範囲に入れば彼女たちは合流できる。そう確信しようとしたが、それを哀が否定する。
「彼がおトイレして咲が待ってるというなら、あの子は声を掛けるわ。でも、それがなかったと言うことは……」
「──なにか、あったのかもしれねぇな」
コナンの言葉に子供たちの顔が青ざめる。そこで博士が先ほどの場所に戻ることを提案し、全員がフェンス付近に戻ってくれば、コナンがフェンスと足元の地面に気付いて理解する。
「……元太と咲の奴、このフェンスの向こうに行っちまったみてーだな」
その言葉に歩美と光彦が叫ぶ。
「えーっ!!?」
「本当ですか!!?」
「ああ、間違いない。ついてる土は真新しいし、間隔も狭い──子供が上った証拠だよ」
「なるほど。となると、この土の跡を残したのは咲ね」
哀の言葉にコナンも同意する。2人は彼女の正体を知っているからこそ、
(あの組織で殺し屋をしてたって言ってたぐらいだ。こんな分かりやすい痕跡を残す理由なんて、1つしかない)
本来、状況が状況なら悪手だが、現在の状況を考えると彼女がこうするのも頷けた。それとともに、状況が最悪なものではないことも教えているのだ、彼女は。
「それに、俺が言った葉っぱが黄緑の赤松の木が、金網の向こうに沢山、生えてるしな……」
そこで博士は思い出す──元太と咲の探偵団バッチは現在、修理中。追跡眼鏡は利用できない。それに仕方ないとコナンが1人で2人を見つけてくると言えば、光彦と歩美から批判が上がる。
「ま~た1人でカッコつけて、単独行動ですね!?」
「私達も一緒に探すよ!心配だもん!!」
それにコナンが焦りを表す。
「で、でもな?金網の向こうは──」
「だったら、こういうのはどうかしら?」
コナンの言葉を遮り、哀が提案するのは二手で行動するというもの。
「──私は、円谷くんとペアを組むわ」
哀のその何気ない言葉に光彦の顔が赤くなる。しかしそれに気付かない哀はコナンと歩美がペアとなるように言えば、歩美があからさまに喜ぶ。
「その間、小島君と咲が戻ってくるかもしれないから、博士はここで待機……どう?1人で探し回るよりは、効果的でしょ?」
「そ、そりゃそうじゃが……」
しかし、1つの不安が残る。それをコナンも感じたようで、警告のつもりで話す。
「でも気をつけろよ、灰原。金網を2つ超えると狩猟区……山菜を取ってた人間が、動物と間違えられてハンターに射殺された事例は、日本でも珍しくねーんだぞ」
そんなコナンの言葉に、挑発的に笑って返す哀。
「あら、ありがとう。心配してくれているのね」
そんな2人のやり取りを不思議そうに見る光彦。彼の後ろに立っていた博士が1時間後、現在の場所に集合と決める。勿論、見つからなかった場合のことも考えて、その時は旅館の人にも探すのを手伝ってもらうということになった。
博士の合図と共にコナンと歩美がまず行動をはじめ、それを見ていた光彦に声を掛けてから、哀・光彦ペアも行動を開始する。コナンと歩美が府たちの名前を呼びながら探し、コナンは咲が残しているだろう
それとは逆に、哀・光彦ペアは、歩きながら探していたが、光彦から声が掛かる。
「あの……1つ、聞いてもいいですか?」
その唐突な問いに哀は歩みを止めて振り返る。その反応を見て、光彦は聞く──灰原・コナン・咲の関係を。
なにかあるのか、という彼の問いかけに、ほんの少しの警戒を載せて問いを返す。
「……何かって?」
「だって、ほら。3人でよく人目を忍んで、怪し気でアダルトな会話をしてるじゃないですか……3人が共に分かり合ってるというじゃ、3人だけの世界というか……咲さんがいないさっきみたいな時も、互いに理解してるみたいに……」
その言葉に、安堵から息を吐きだすと、光彦の目を見ながら答える。
「……気にしないで──そんな、ロマンチックなものじゃないから」
その言葉に納得できない光彦が更に聞こうとするが、今はそれどころではないと哀が歩き出す。光彦がなんとか聞こうと声を掛けた瞬間──すぐ近くのフェンスの向こうから葉音がした。それに驚いてほんの少し悲鳴を上げた光彦。その音は哀にも聞こえ、光彦のもとに戻りフェンスを見る。
「何、今の音?」
「2つ目の、金網の向こうからですね……」
哀が改めてフェンスを見てみれば、下の方で穴が空いているのを見つけた。そこから元太と咲が向こうに行った可能性を哀は考えるが、その周辺には咲が示すだろう痕跡はない。しかし、もし元太が咲ともはぐれてしまっていた場合、今探している林で迷えば、1つ目なのか2つ目なのか分からなくなった可能性があると示す。音の正体も気になったのか、哀が穴を潜って抜ければ、光彦が後を追って潜る。そうして2人が潜って途端、またも近くの茂みが揺れた。それに光彦は元太と咲だと思い声を掛ける。
「元太くんと咲さんですね、もう~心配させないでくださいよ!」
しかし、哀は訝し気に見る──咲がいた場合、声が聞こえた時点で姿を現すはずなのだ。
(……いるとしたら、小島くんだけの可能性が高い──)
そんな風に考えていると、茂みから出てきた存在──小熊に笑みを浮かべる。
「く、熊っ!!?」
隣で光彦が驚きと恐怖から後ずさるが、哀は大丈夫だと逆に近づいた。
「……まだ子供よ。生まれてまだ1年経ってないみたい」
可愛いと素直に溢す哀と、警戒心をもったままの光彦。勿論、小熊がいると言うことは親熊がいるはずだと軽く注意する哀に、光彦が分かりやすく動揺を露わにした瞬間──銃声が一発鳴り響く。
「銃声!?」
「……まさか、この子の親がハンターにっ!!?」
その瞬間、小熊が銃声の方向へと走り出す。慌てて哀と光彦が追っていこうとした瞬間──またも銃声が響き、哀たちの傍にある赤松に銃弾がめり込んだ。
そこで漸く、哀たちの前にハンターが姿を現した。光彦が自分たちをクマと間違えているのではと声を掛けながら近づいていく。哀もその後を追おうとしたとき、見つけてしまった──腹から血を流す、男の遺体を。
(こ、これは……!)
哀は一瞬動揺するも、それをすぐに収めて遺体を観察する。
(この傷……銃創……っ!?)
その瞬間、彼女の頭の中で嫌な想像が駆け巡る。そしてそれは、目の前にいたハンターが証明しているのだ──目の前のハンターが、男を猟銃で射殺したのだと。
そんなことに気付かない光彦が声を上げて、大きく腕を振りながら撃たないでくれと頼み込む。しかし、目の前のハンターは銃を向け──哀がそこで光彦の腕を引いて走り出す。それとほぼ同時に。銃声が響いた。そんなことは気にしていられない哀は腕を引いて走りながら状況を説明する。
「分からないの!?あのハンターが狙ってるのは、私達よ!!殺人現場を見られたと思って、口を封じるつもりなんだわ!!!」
「え~~~っ!!?」
そんな2人を他所に──ハンターの息は荒れていた。
***
時間は進み、元太はコナンからの説教を受けていた。近くには頭を抱えている咲と、怒った顔を浮かべる歩美もいる。
「──いい加減にしろよ、元太!!!俺たちがどれだけ心配したと思ってんだ!!!!」
「わ、悪かったよ……皆の分の松茸も取ってたら、つい奥の方まで……」
元太は言い訳を返しながら、どこからか持ってきていたザルから落ちた松茸を拾っていく。それにさらに溜め息を吐き出す咲。
「私が何度声を掛けても無視するし、その松茸の量は全員分といっても取りすぎだろこの馬鹿っ」
「もーっ!!」
しかし、そこで今度はコナンの厳しい視線が咲に向く。
「咲も、なんで俺たちに声を掛けなかったんだ!!!」
「掛けるよりも追う方が早かったし、声を掛けても既にお前たちの姿は見えなかった。足音も離れてた以上、元太を引き戻す方が早いと判断した……まさか、松茸取りに集中していて私の声が届いてないなんて、思わないだろ……」
それと共に申し訳なさからせめてと痕跡を残したのだが、それとこれとは別だった。コナンからの更なる叱責が飛ぶか、というところで、博士がコナンを宥めにかかる。それで一応は怒りを抑えたコナンが哀たちに連絡したのかと問えば、博士からはバッチに呼びかけても応答がないという。つまり、二次遭難だ。
「たくっ、今度はアイツらかよ……」
「いや、本当に申し訳ない……」
咲たちとは違ってバッチを持っている光彦。そこでコナンが追跡メガネを使えば、それが示すのは狩猟区の先だった。そこで今度は全員で狩猟区の中へと入る──哀たちも潜った穴で博士がはまったのはご愛嬌である。元太と歩美が力を合わせてフェンスの穴を何とか広げて漸く博士も漸く抜けることが出来、その反応で倒れた博士。そんな博士の足元に別の見慣れぬ茶色の長靴が現れた。
博士が顔を上げてみれば、糸目で左に猟銃を抱えた男性『
「どうされたんですか?子供連れで、こんな場所に……」
その問いかけに、博士は急いで立ち上がり、服の汚れをはたき落としながら子供が2人迷い込んだのだと説明する。歩美が八坂に女の子と男の子を見なかったかと問いかけるが、彼は見ていないという。その間、コナンと咲があたりを探していると、コナンは通信機が指示した場所に、探偵団バッチが落ちているのを発見した。その時点で、何かあったのだと察したコナンは焦りを見せ始める。それと共に咲がコナンに声を掛ける。近づいてくる子供たちを気にせずに先に近づいたコナン。咲がいたのは、コナンよりも少し歩いたところにある赤松の近くに立っていた。
「どうした?咲……っ!?」
そこでコナンも咲が言いたいことを気付いた──その赤松の根元に、血痕を見つけたのだ。しかしそこに遺体は見当たらない。
すると今度は元太が声を上げる。どうやら彼が立っていた場所になんらかの大きな生き物の足跡がついていたのだ。それを聞いた八坂が確認すれば、すぐに彼は理解した。
「これは熊だな……」
「じゃあ、2人とも、熊さんに食べられちゃったの!?」
「それはないと思うよ」
歩美の心配に、八坂は否定する。基本的に熊は人を怖がり、餌だと思わないのだと。しかしその例外を話し出す人間が1名──『
「人間に恨み辛みを重ねておるアヤツなら、童2人など、冬眠前の良い馳走じゃ──あの隻眼のツキノワグマ『
その話に歩美の眼もとに涙がたまる。そんな歩美を宥めたい咲だったが、しかし襲われてないといえば可能性は0ではないために言えず、少なくとも血はないと言いたくとも、既に血痕を見たばかりで言えないのだ。
そんな集団にさらに男がやって来る。熊がいることを嬉しそうに笑い、敵を取ってやると述べる右肩に猟銃を引っさげる、2人と比べて若そうな男『
「なにが敵じゃっ!!!まだその熊に襲われたと決まった訳じゃあるまいし!!!」
そんな不穏な空気を払拭するためにも、八坂が子供探しを手伝おうと雑賀に提案すれば、雑賀も同意する。実際、彼らの方が山に詳しく、とても有難い提案だった。
「悪かったな、お嬢ちゃん」
根来からの謝る気のない謝罪に全員が根来を睨む。しかし、コナンがそこでふっと気づき、咲に言う。
「咲、お前、ヘッドフォンつけるか?名前を呼ぶために叫ぶから、まずいんじゃ……」
コナンの言葉に子供たちと博士はハッと咲を見る。逆に何のことか分からない八坂たちは不思議そうに子供たちを見ていた。
「大丈夫だ。我慢ぐらいできる……それに、あの2人の『音』や、それこそ聞き覚えのない『音』、野生動物で熊らしき『音』が聞こえてくれば、一番に気付けるのは私だけだ……頑張るさ」
そんな咲の言葉に、コナンは難しい顔をして少し考えて、咲に頼んだ──無理はしないように、と。
子供たちが大声で叫び、そんな一行よりも離れて歩き音を聞く咲。最初、八坂が危ないからと咲を止めたが、彼女は大丈夫だといって、現在、強引に一行の前を歩いている──そんな咲たちから離れた少し高い丘から、双眼鏡で光彦が見ていた。
「あっ!コナンくんたちです!!」
光彦がそこで哀に双眼鏡を渡し、哀がそれで一行を確認する。先頭を歩く咲から順に見て──哀はあの、2人を襲った犯人がいることに気付いた。
その隣で、光彦が声をあげ──それが、咲の耳に届き、足を止めた。
「?咲、どうした?」
コナンが聞けば、咲は難しい表情を浮かべる。
「いま、微かに光彦の声が聞こえた」
「なにっ!?」
咲の言葉に歩美たちが駆け寄り、八坂たちは目を見張る。
「はぁ?本当かよ……」
「我々には聞こえませんでしたが……」
「……」
3人の疑惑の目など気にせず、咲に居場所を訊くが、微かすぎて居場所の特定ができないと伝える咲──実は、これは嘘だ。
確かに、光彦の声が微かながらに聞こえたとき、声の響き方から自分たちよりも高台にいることを理解したのだ。しかし、その後に哀から同じく微かながらに言われたのだ。まだ、自分たちの場所を伝えないでほしい、と。
(……何を考えているんだ、あいつ)
咲はため息を吐き出すのを堪えてさらに歩き始める。彼女たちが歩いている道には、所々にポテトチップスが落ちていた。それは、哀たちが示した手掛かり。咲がしたようなことを、ポテトチップスを使って痕跡を残しているのだ。
『自分たちは、ここを通ったのだ』と。
そこで元太がコナンの追跡メガネで哀のバッチを探したらいいのではと言うが、博士曰く、哀のバッチは博士の家の机に置いているのだという。ちょうど修理中だった元太と咲のバッチの通信機能を、前日の夕べに試していたのだという。
コナンはそこで、博士を呼ぶ。博士が近付けば、その近くには咲も立っていた。咲とコナンが先ほどまで、話していたのだ。
「……おい、博士。さっき俺が光彦のバッチを見つけた場所、口で伝えらえれるよな?」
「ああ、金網が破れていた傍じゃからな」
「じゃあ、それを旅館の人に言って、警察と一緒に、あの辺りを調べてもらってくれ」
その言葉に驚く博士。彼の中には嫌な想像が一瞬で広がった。そんな博士に、コナンは考えを述べていく。
「通った形跡はしっかり残してるのに、追えども追えども追いつかない……妙だと思わないか?」
それに博士は熊から逃げているだけではと言うが、咲が言葉をはさむ。
「残念ながら違うんだ、博士」
「ん?」
「さっき、私が微かすぎて場所が分からないと言っただろう?……あの時、本当は大体の場所は察しがついたんだ」
「なんじゃと!?咲くん、なぜそれを言わないんじゃ?」
博士が眉を潜めて聞けば、咲も眉を寄せて伝える──まだ、伝えないでほしいといわれたのだ、と。
「それから、光彦のバッチを見つけた場所に、血が落ちていたんだ。そばの木には真新しい弾の痕が残っていたし、ひょっとしたら、あの2人が逃げているのは熊からではなく──」
そこで咲の耳に入ったのは、軽く、跳ねるような足音。
(……この足音の間隔、軽さ……うさぎ?)
咲が目線を茂みに向ける。それに反応して子供たちが茂みへと見れば、茂みが揺れた。それに喜色の色を浮かべる歩美と元太の後ろで──猟銃を構える3人。
「!まて、そこにいるのは──うさぎだ!!!」
咲が叫ぶももう遅い。根来と八坂の猟銃が火を噴く。
雑賀は、咲の声が聞こえたのか、それとも自分で気づくことが出来たのか、撃たなかった。
2人の弾はウサギに当たらず、博士が根来に待ったをかけるが、根来が2発目を放つと、ウサギは逃げていった。
「うさぎさん……」
「あんたら、気は確かかッ!!?もしも、今のが子供だったら──」
「──ふん、ガキと獲物を見分ける目ぐらいもってるいるさ」
根来は博士にも子供達に謝罪もなくそう話す。そして彼は自信満々に言う。
「まぁ、例の『十兵衛』って大熊が出ても心配すんな。今の早業で俺が仕留めて──」
「ふんっ!あんなひょろ玉、奴には掠りもせんよっ!!」
「なにっ!?」
根来の言葉にそう口をはさむ雑賀。それにイラついたような表情を浮かべる根来を気にすることなく、雑賀は厳しい表情のまま告げる──命が惜しければ、十兵衛に手をだすな、と。
「──奴は、人間の臭いを嗅ぎ分け、音もなく忍び寄る。弾をくろうても倒れん、2mを超えるバケモンじゃ!!……ワシにしか狩れん」
20年前、十兵衛の片目をつぶしたのは雑賀だという。そのまま雑賀は咲にも目を向けて告げる。
「お主も、命惜しくば先行せず、近くにおることじゃ!!──その耳が本物であろうと、奴の音を聞き分けることなど、不可能じゃ!!」
その言葉に、咲は目を見張る。先ほど、ウサギだと叫ぶのが遅れたというのに、雑賀は気づいたのだ。初対面にも関わらず、理解したのだ。
(……こいつは、ジンと同じだ──感覚が鋭いからこそ、気づいたのか)
そう、あのドイツでジンと初対面したとき──足音を殺していたジンの足音が聞こえて、気づいてしまったがために、助けを求めてしまったあの時の様に……。
そんな咲とは離れた所では、根来が雑賀のことを八坂に聞いていた。八坂曰く、雑賀はこの辺りで有名な猟師だという。もとは東北の方でマタギの
そんな一連のやり取りを双眼鏡越しに見ていた光彦は顔を青ざめさせる。その隣では、哀が思った通りだという──犯人は、誤射と称して自分たちを殺すつもりだと。
「でも、大声を上げて堂々と道の真ん中で待っていれば……!」
「向こうには、小さな吉田さんと咲がいるのよ?咲はないでしょうけど、吉田さんを人質に皆殺しにする気かもしれないでしょ?──あの人はもう、1人殺害してるんだから」
哀の冷静な言葉に、光彦は追い詰められていく。しかし、それでも哀は言葉をやめない。彼女の推理では、恨んでいたハンターと山に入り、射殺したのだろうという。
「でも、猟をするには申請をしなきゃいけないんでしょう!?どのみち、遺体が見つかれば、一緒に入ったハンターが疑われるんじゃ……」
光彦の言葉に、哀は、申請は長くとっておき、その間のどこかで猟に入ればいいだけのことなのだと話す。
「──いつ、何人で入るかまで、ことわらなくてもいいのよ」
そう、もし推理が正しければ、申請を被害者にさせて、自身に偽のアリバイを作れば遺体が見つかったとしても、別のハンターに誤射されたとおもわれることとなるのだと、哀が話す。
「じゃあ、その現場を僕たちが見てしまったということは……」
「──えぇ、彼の計画は丸つぶれ。私たちを殺害したくて、うずうずしてるでしょうね」
哀の言葉に、ならとポテトチップスで道を示さずに森を2人で抜けるべきだと光彦は言うが、それも却下される。なにせ2人はこの森に初めて入ったのだ。勝手に行動すれば、かえって危険になるのだ。つまり、無事に山から出るには、博士と合流する他、手立てはない。
「でも大丈夫。あの遺体の傍で探偵団バッチを落としたのなら、江戸川君と咲が何かを察知してくれるはず──そう、2人ならきっと」
そんな哀の期待をするような表情を見つめる光彦。哀はその表情の意味に気付かないまま、歩きながら、咲だけでなくコナンにも伝える方法を考えようと話す。
「それに、私たちだけじゃなく──なぜか私たちについてくる小熊を、危険な目に遭わせないためにもね」
そういって哀と光彦が振り返れば、ずっと後をついてきている小熊がそこにいた。
道中、大きな松の木の、大人2人分ほどの位置に、熊の大きな爪痕が残っているものを発見した。どうやら、外の皮を爪で剥ぎ、内側の甘い皮を食べた跡だと根来が説明する。
「爪痕の間隔が広くて位置も高い……かなりの大物ですね」
八坂も続いて説明し、茶色のベストのポケットからカメラを取り出し、爪痕を撮影する。その際、コナンは見逃さなかった──ポケットから、赤い棒状のものが見えたのだ。
そんな八坂の隣に立ち、その跡をつけたのは十兵衛だと、雑賀はいう。雑賀は爪痕のさらに下──子供ぐらいの背丈にある爪痕を摩りながら語る。
「奴が冬に生んだばかりの小熊と仲良く齧っとるわい」
「う、産んだって、十兵衛は雄の熊じゃなかったんですか!?」
「なんじゃ、知らんのかい?山の神は古来より嫉妬深い女の神だといわれておるんじゃ……両方無事に済ますには、山の神の嫉妬を避けねばならぬ──だから、男名を付けたんじゃよ。あの隻眼も、柳生十兵衛になぞらえてな」
その言葉を聞いて、根来が不敵な笑みを浮かべる。
「ツキノワグマの雌で2mを超えてんのか?……こいつは是が非でもその面を拝んでみたくなったぜ!!──どんな手を使ってもな」
根来の言葉に、雑賀は根来に睨みを利かし、八坂は何か言いたげに根来を見つめる。そんな八坂に気付いた根来が何か顔についているかと問えば、八坂の友人と同じことを言うから見ていたのだと話す。それにコナンは割り込む。
「ねぇ!もしかしてその友達、今日もこの山に一緒に来てる?」
「えっ?」
「だって、さっきおじさんがポケットからカメラを取り出したとき、見えたよ?散弾が──あれって弾が9つに分かれて飛ぶ『九粒弾』でしょ?」
しかし、先ほど八坂が根来と共に撃った時、弾は広く飛ばずにまっすぐ、一弾だけ飛んだ。つまり八坂が使うのは『一粒弾』だ。
「弾を二種類もって猟をする人はいないって聞いたけど……」
「あ、あぁ、友人が呼びの弾を忘れて山に入っちゃってね、山の中で会ったら渡そうと思って持ってきたんだよ!」
博士がその話を聞き、その友人の安否を心配する。なにせ八坂がここにいるのだ──その友人は1人の可能性が高い。
しかし、八坂は大丈夫だと話す。その友人は何度もこの山に入っているそうで、別々に猟をすることはいつもなのだと話す。その話の途中──咲の耳に、重い、それは重い足音が聞こえ、背筋に冷や汗が流れた。
(まずい……この足音は、まずいっ!!!)
その隣では、足音は聞こえていないはずの歩美が後ろを振り返る。しかし2人の態度にコナン以外の全員が気づかず歩いていく。
「ん?……なんかいるのか?」
その声に漸く現実に戻った咲が首を振って恐怖を振り払い──珍しくも自ら歩美とコナンの腕を取った。
「!?」
「さ、咲ちゃん?」
「…………」
彼女はそのまま無言で2人の腕を引っ張って、集団の後をついていく──少しして、怒りに我を忘れた熊が、その場に現れたのだった。
ちなみに、小熊だろうと本来、近づくのはとても危険です。哀ちゃんも言っていたように。親熊が近くにいますから。
熊が怖くない・可愛いからと餌付けしようと考え・行動されてしまった方。どうぞ今から言う題名の事件を調べてみてください。私も知ったとき、内容に恐怖を抱きました。ちなみにこのキノコ狩りをかいている間、私の頭の中でちらついた事件でもあります。
知っている方は知ってますでしょう有名な熊被害の話です。ちなみに事件名は『三毛別羆事件』。読み方は『さんけべつひぐまじけん』です。
これは、コナン君のアニメに出た話ではありませんーーリアルで、過去日本で起こった実話です。
今後、安易に熊と接していきたいと考える方。以前、山から住宅街に降りてきた熊の察処分の件で、ひどいと思われた方。どうぞ、一度読んで今一度考えてみてください……山に住んでいる熊は、動物園にいるような熊とは違います。動物園にいる子だって、一歩接し方を間違えれば、飼育員の方がどうなるか、読めば察しがつく話です。
勿論、読む読まないは皆様次第ですが……。
ちなみに、咲がフェンスから飛び降りた際にしたのは『PKローリング』というパルクールの技の一つで、初級の技らしいです。無傷がおかしいと思った方、作者も思いました。咲さんは人外に片足突っ込んでると思ってください。動画や調べることでしかパルクール知識のない作者には、これが普通なのかの判別がついておりませんが、出来るだけ間違えないように努力していく所存です。