とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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後編、書き上げました!!!

そういえば、ちょっと前から咲さんが普通に触れられることを気にしてないような様子ですが、これはあくまで本人が『そうしなければいけない・そうしないといけない状況』だと理解して飲み込んでるだけなので、触られても大丈夫になった訳ではないことを、ここで申し上げておきます。気になっている方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。

描写不足となっておりますが、咲さんが気にしている様子が書かれてなければ、そういうことだとご理解いただけると幸いです。



さて、前回、かなり大幅にシナリオ改変をしてしまったので頑張って2人の描写と、恋愛フラグを立たせようと頑張ったのですが…喜んでもらえるか心配になってきました。

*作者は恋愛経験はほぼなく、ギャルゲーも乙女ゲーもほぼ経験なしの人間です。


第29話~本庁の刑事恋物語3・後編~

品川駅に到着し、そこからほんの少し走らせ、目的の居酒屋『長廻』に到着した佐藤たち。瑠璃も、自身の車を佐藤の後ろに着けたが、そこから佐藤が降りてくる様子がないことに首を傾げる。

 

「佐藤さん、どうしたんだろう?降りてこないなぁ…」

 

「…様子を見に行くか」

 

瑠璃と咲が行動を決めて車から降りたとき、道路側の右前のドアが開き、佐藤が降りてきた。それを見て瑠璃が佐藤に声を掛ける。

 

「佐藤さん、子供たちは私が見てますね」

 

「お願いね、瑠璃」

 

そこで1度、子供たちに降りてもらい、瑠璃の車へと移動するのを見届けた後、佐藤すぐに戻ると告げて、居酒屋へと入っていく。

 

瑠璃もそれを確認後、さてと後ろを振り向けば、哀がシートポケットから道路情報の本を取り出していた。

 

「あ、ちょっと!?何してるの君!?」

 

「待ってる間暇だから、今までに放火された場所をチェックしようと思ってね…だから教えてくれないかしら?瑠璃刑事?」

 

それに頬を引き攣らせる瑠璃。

 

「い、いや、おぼえてないなー」

 

「動揺が隠しきれてないし、嘘が分かりやすいほどの棒読み。何よりお前は『記憶』を忘れられないだろ?」

 

なんとか諦めてもらおうと咄嗟に吐いた嘘は、残念ながら咲によって一刀両断。それにガックシと肩を落とす瑠璃と、かわいそうなものを見るような目を向ける子供達。

 

「お前、わかりやすいなー」

 

「僕だってもっとマシな嘘が吐けますよ」

 

「刑事さん、それで大丈夫なの?」

 

「やめて、ガラスのハートは傷つきやすいのよ…」

 

「嘘つくな嘘を」

 

咲からのジト目に耐え切れなくなり、顔を覆ってしくしくと悲しみを表現した後、溜め息を吐いて意識を切り替える。

 

「はぁ…しょうがない。5件とも駅の傍で起こったの。池袋、浅草橋、田端、下北沢…それで、最後が歩美ちゃんが見たっていう四谷だよ」

 

「3件目が田端で、4件目が下北沢…線で繋いでもただの台形。別に規則性はないみたいね」

 

「共通点があるとしたら『駅の傍』ぐらいなもんだから、私達も頭を抱えてるの」

 

そこで助手席に座っていた元太、そしてその膝の上にハンカチを座布団代わりに敷いて座っている咲も覗く。

 

「こっちから見ると、お玉に見えるぞ」

 

「ああ、確かにそういわれれば…」

 

「『お玉』と言うより『柄杓』ですね」

 

「ああ、あの神社の…」

 

瑠璃も覗きながら納得したとき、歩美が何かに気付いたように声を上げる。

 

「もしかしてこれって、北斗七星の途中の形なんじゃない!?」

 

それに苦笑いを浮かべる咲。

 

「それは違うよ。その場合だったら、柄杓の柄が左側につくはずだけど、これは右側だから違うね」

 

そこで元太がコナンにも知恵を出すように言うが返答がない。咲が後ろ座席を覗き込めば、歩美の隣には誰もいなかった。

 

「アイツ、いなくなってるが?」

 

「え、うそっ!?」

 

瑠璃も慌てて歩美の隣を見れば、確かにそこには誰もいない。

 

「またですか…」

 

「え、またって…?」

 

嫌な予感を感じた瑠璃が聞けば、また1人で独断専行しているのだと答えられ、頭を抱えた。

 

「きっとコナンくん、お店の中に入っちゃったんだよ」

 

「抜け駆けは彼の十八番ですから」

 

「……仕方ない」

 

少しして、瑠璃が頭を上げて車から降りると、子供たちにいう。

 

「ちょっっっとコナン君を連れ戻しに行くから、皆は車から降りちゃだめだよ!?いいね!!?」

 

その瑠璃の必死の気迫に負けた子供たちがいい子のお返事を返すと、瑠璃はドアを閉めて居酒屋へと入っていく。

 

 

 

***

 

 

 

瑠璃が乗り込む少し前。

 

佐藤が居酒屋に入り、4人はまだいるのかと聞けば、既に帰ったことを伝えられた。

 

「え、もう帰った?…4人、一緒に?」

 

「ああ。40分ぐれぇ前にな…なんでも、このあたりに例の放火犯がうろついてるってんで、気味悪がって帰っちまったよ」

 

「ーーねぇ、その4人が飲みながら何を話してたか、分かる?」

 

そこで聞き覚えのある子ども特有の高い声に、思わず佐藤が後ろを振り向けば、そこにはーーコナンがいた。

 

「こ、コナンくん!?え、瑠璃はどうしたの?」

 

「えへへ…それで、おじさん、分かる?」

 

佐藤からの問いにコナンが子供らしく笑って流し、あえて話題を元に戻せば、店主が気にせず答えてくれる。

 

「おお、めでてぇことが重なったって、盛り上がってたよ」

 

店主の話によると、猪俣はこの日が自身の会社の15周年、しかも創業から赤字しらずで羽振りが良いらしい。鹿野は明日が50回目の誕生日。3年間イタリアで修業したらしく、そのおかげか店が繁盛しているとのこと。

 

神鳥は前の日、娘が良いところに嫁入りしたといってニコニコと笑い、猿渡は息子夫婦に2人目の男の子が今朝、産まれたらしいが…。

 

「…今日は、親父さんの命日だからって、複雑な顔をしてたよ…」

 

その言葉に、その父親の殺人犯が誰かを知っている佐藤が悲しそうな表情を浮かべる。

 

「しかし、あの事件の犯人もひでぇ奴だよなぁ。2億5千万奪った上に、止めに入った警備員をコートの裏に隠し持ってた猟銃で殴り殺し…おまけに刑事まで殺しちまうんだからよ…」

 

「え、こ、殺したって…事故で死んだんじゃなかったの!?」

 

コナンが驚きの声を上げる。ずっとトラックに轢かれて死んだのだと思っていたが、違っていたのだ。

 

「ーー目撃者がいたの」

 

「ぇ」

 

「トラックの前で、突き飛ばされたみたいだ、て…」

 

その言葉に佐藤を見るコナンーーそんなタイミングで、居酒屋の扉が開かれる。

 

「いらっしゃーーっ」

 

いつもの来店を喜ぶ声を掛けようとしたが、思わず言葉が止まる店主。それに首を傾げて2人が扉を見て、顔を引き攣らせる。

 

何せそこにはーー般若を背負った瑠璃がいたからだ。

 

「ーーコナンくん!!!!!!」

 

「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁい!!!!」

 

 

 

***

 

 

 

瑠璃が乗り込んですぐ、元太が零す。

 

「それにしても、アイツ遅いよな。中で何か食ってんじゃねぇのか?鳥カツとか串カツとかよ!」

 

「元太、お前…」

 

瑠璃がいなくなったのをいいことに、操縦席に移動してハンカチも回収した咲が呆れ顔を浮かべ、元太がうなぎやお肉のことしか頭にないと笑う光彦。それに野菜も食べないと早死にすると冷静にツッコミをいれる哀。その言葉を聞いた瞬間、歩美が思い出す。

 

「あっ!そういえば、私が見た悪い人、『あと1つで野菜が終わる』って言ってたよ?」

 

「野菜?」

 

「うん。野菜とかぜんざいとかって…」

 

「それって…」

 

(前夜祭…)

 

歩美の言葉に咲と哀は正解を導き出す。しかし、それはつまり、犯人の意図を理解したことになる。

 

(『あと1つで前夜祭が終わる』?)

 

「…おい、哀。これはまさか…」

 

「…至った考えは同じみたいね。そのまさかだと思うわよ」

 

そこで2人は目線を合わしてアイコンタクトをかわした。

 

(私が車に残る)

 

(なら、私が江戸川くんたちに伝えてくるから、子供たちをお願いするわ)

 

早速とばかりに哀が右後ろのドアを開ければ、その音に気付いた光彦が哀の名前を呼ぶ。

 

「灰原さん…?」

 

「ドア閉めるわよ」

 

「あ、ハイ…」

 

その有無を言わさない態度に光彦は何も返せず、ただ見送るしかない。

 

そうして哀が1人で居酒屋に向かえば、それにずるいと声を上げる元太。そんな彼に、哀が戻るまでジッとしてるように言うと、彼女は居酒屋へと入っていく。

 

それを羨まし気に見送る元太と光彦。

 

「はぁ~、なんで俺たちだけ留守番なんだよ」

 

そうして落ち込む2人の声を聴いていた歩美の顔に影が掛かる。それに驚いて車のリアガラスに顔を向けーー驚く。

 

今、車の横をーー彼女が見た放火犯が通ったのだ。

 

そんな彼女の恐怖からの声に気付き、咲と元太、そして光彦が歩美を見る。

 

「…どうしたんですか?」

 

「ーーあ、あの人、あの人よ!私が見た悪い人!!」

 

「…なっ!?」

 

「「え、えーーーっ!?」」

 

それに驚き、車の中で叫んでしまった子供たちだった。

 

 

 

***

 

 

 

ひとしきり瑠璃に叱られたコナンだったが、瑠璃が車に連れ戻そうとすると、それを佐藤が止めた。

 

「佐藤さん、なんで止めるんですか!?」

 

「え、だってほら、コナンくんってかなり鋭いじゃない?だから、コナンくんならいいかなって…」

 

「ま、まあそうですけど…」

 

そこで繋いでいた手の力が弱まったすきをついて、コナンが離れた。

 

「ちょ、コナンくん!?」

 

「えへへ、ごめんなさい。でも聞きたいことがあって…」

 

「聞きたいこと?」

 

コナンの言葉に佐藤が首を傾げれば、コナンが問いかける。店長の話が妙に詳しかったのはなぜなのか、と。

 

「高木刑事の話からして、あの人が無関係なのはわかるけど、なんであんなに詳しいのかなって思っちゃって…」

 

猟銃で殴られた話などコナンは知らなかったと言い、いったいどんな話を聞かせたのかと頭が痛くなる瑠璃。

 

「ああ、事件当時は防犯カメラに映った映像も流したのよ。残酷すぎるから、すぐにカットされたけど」

 

「わー嫌なこと思い出しちゃった…」

 

『忘れる』ことが出来ない瑠璃がその話を聞き、当時の映像が瞬間的に頭の中で鮮明に再生されてしまう。そのせいでグロッキーになった瑠璃の背中を摩る佐藤。

 

「ご、ごめんなさい。思い出させるつもりはなかったのよ?」

 

「いえいえ気にしないでください…そういえば、その犯人ってかなり変わった殴り方してましたよね」

 

「…変わった殴り方?」

 

瑠璃の言葉に佐藤とコナンが首を傾げる。そこで再現するため、動きを頭の中で再生を始める瑠璃。

 

「こう、猟銃をかなり横にしてからの~フルスイング!」

 

ブンっと腕だけを振った瞬間、佐藤があることを思い出した。

 

「そういえば、お父さんの話だと『あの人』…」

 

そこで慌ててどこかへと電話をかけ始める佐藤を見た後、瑠璃が悩み始める。

 

「とりあえず、佐藤さんのお父さんの方は何とかなりそうだけど、問題は放火犯。次、どこを狙うのかさえ分かれば…」

 

「ーー品川よ」

 

そこで扉が開く音と共に場所名を出す声。そこでコナンと瑠璃が入り口を見れば、そこには哀がいた。

 

「…灰原?」

 

「ちょ、君までなんで…」

 

瑠璃からの問いかけにはスルーを決め込み、続きを話し出す。

 

「放火犯が次に姿を現すのは、品川」

 

「え、なんでそんなことが…?」

 

「…見て」

 

瑠璃からの問いかけに今度は先ほどの地図を見せて解説を始めてくれた。

 

曰く、放火の1件目の池袋、2件目の浅草橋をそのままにし、3件目の田端と4件目の下北沢を線で繋ぎ、5件目の四谷と品川を結べばーー答えが見えた。

 

「「…『火』!?」」

 

「…そう。放火犯はこの東京を大地に、巨大な『火』の文字を、その書き順通りに刻んでいたのよ」

 

「なるほど、だから…って、まずい!!」

 

そこで瑠璃も電話を掛ける。相手はそうーー松田だ。

 

『…はい、松田だが』

 

「あ、松田さん!?今どこにいます!?」

 

『あ?瑠璃?今は品川駅から離れて…』

 

「っ!」

 

その返答にまずいことになったと理解する瑠璃。まだ周辺ではあるが…少なくとも位置的には、瑠璃たちとそんなに離れていないーーつまり、駅とは逆方向。

 

そこで佐藤も電話が終わったらしく、瑠璃に視線で出ることを促す。それを理解し、車へと向かいながら哀の説明を松田達にもしていく。

 

そんな瑠璃とは逆に、佐藤が心を冷静に保ちながら瑠璃の車を、本人から許可を得たうえで開ける。

 

「さあ皆…あら?っえ、うそ…いないわよ、あの子たち!?」

 

それに驚くコナン達3人。

 

そんなタイミングでーー松田たちも乗る白鳥の車が居酒屋で止まってしまった。そこからいの一番に高木と松田が降りてくる。

 

「佐藤さん!!」

 

「瑠璃!!!」

 

「あ、高木くん、それから松田君も。あの子たち見なかった!?」

 

「え?いえ、見てませんが…」

 

そこで高木が振り返り、車から降りた白鳥と伊達を見れば、2人も見ていないという。

 

「一緒じゃなかったんですか?」

 

白鳥からの問いに、事情を話し始める佐藤。その横で瑠璃も事態の説明を松田と伊達にしていれば、ちょうどそこにコナンがもっている探偵団バッチに連絡が入る。

 

『ーーコナンくん、コナンくん!聞こえますか!?』

 

「あ、歩美…コラァッ!!お前らどこで何やってんだ!!!」

 

コナンがバッチ越しに怒鳴ればーーコナン達から離れた子供たちが驚愕からバッチを思ず手放してしまい、人一倍耳が良い咲は耳を抑える。

 

バッチは重力に従ってその場に落ちてしまったが、歩美がそれを拾い、大きな声を出さないでほしいと告げる。

 

「大きい声出さないでっ!犯人に聞こえちゃうでしょ!?」

 

『え?犯人?』

 

そこで歩美から光彦がバッチを奪い取り、代わりに話し始める。

 

「歩美ちゃんが見た男が、偶然、居酒屋の前を通りかかったから、後をつけたんですよ!」

 

『なにっ!?』

 

「いま僕たちがいるのは、品川6丁目の、倉庫街!」

 

そこで元太が、男が新聞紙に何かをかけていると実況する。その声が聞こえたコナンがまだ放火してないことに驚きの声を上げた。伊達はそれを聞き、無線で通信指令室に状況を伝える。それらすべてを、咲はその耳で聞いていた。

 

『おい、オメェら。今、白鳥警部の車でそこに行ってやっから、ジッとしてろよ』

 

そこでコナンとの無線が切れた。子供達もまた、犯人の行動を確認するためにも、ジッと待っていた方がいいとその場で決めた。

 

 

 

子供達との連絡を終えたコナンだが、そのコナンの言葉に首を傾げる白鳥と高木、そして佐藤。

 

「え?」

 

「だったら、佐藤さんの車でも…」

 

「ーーいや、佐藤刑事の行先はそこじゃないよ」

 

「えっ?」

 

コナンは言うーー18年前の決着をつけに行かなければ、と。

 

「決着…?」

 

「多分まだ…ケリはついてないはずだから」

 

コナンが佐藤にそう伝え、なぜそう考えてのかを話した。そうすれば彼女は目を見開き、頷きーー高木の腕を握った。その佐藤の突然の行動に驚く高木と、あからさまに不機嫌になる白鳥。そしてそんな展開に現在の状況もあって楽しむ余裕のない3人がその場にいた。

 

「さ、佐藤さんっ!!?」

 

「高木くん、ついてきて!!白鳥くんは、コナンくんたちと放火現場に急行して!!」

 

「わっ…分かりました」

 

白鳥の不服は、彼自身も今の現状を冷静に考えた末に飲み込めた。そして松田達に目線で示せば、すぐに彼らは瑠璃の車に乗り込み、コナンたちは白鳥の車へと乗り込み、出動していく。

 

高木と佐藤はそれを見送ることなく佐藤の車に乗り込みーー佐藤の、目的の場所へと走らせる。

 

 

 

放火現場では、ついに犯人の犯行準備ができたらしく、マッチを擦り火をつけた音が咲の耳に聞こえ、子供たちの視界にもそのほの温かい光が見えてしまった。

 

「ふふふっ…さぁ、いい子だ。大きくなりなぁ」

 

(まるで子供に語り掛けるみたいな口調だ…なるほど、あの男にとっては大切な子供か)

 

咲はそうして理解するが、それで犯行を止めようとは微塵も思わないのでコナン達が少しでも早く来ることを願っていた。そして、それは子供達も同じだ。

 

「おい、まじかよ…」

 

「本当につけちゃいましたよ…」

 

「ーーはっ!!?」

 

しかし、彼らが望むコナンの来訪よりも、男の方が子供たちに近づいてきた。勿論、犯行現場から離れなければ犯人だって危ないのだから仕方がないのだが。

 

男はその場を後にする。子供たちの横を通って行ったが、通り過ぎた。

 

それから数分後。どんどんと火は広がり、子供たちにも焦りと恐怖が心に広がっていく。

 

「ねぇ、大丈夫?どんどん火が大きくなってるよ?」

 

「だ、大丈夫ですよ。コナンくんが消防車を呼んでるはずですから…」

 

「そ、それより、良いのかよ?犯人の後をつけなくてもっ!」

 

元太の焦りの声に、歩美も焦りながらダメだという。コナンの言うことを聞いているのだ。

 

その瞬間、咲の耳に微かに入った音はーー先ほど歩いて去っていった、男の足音。

 

「っ!おい、皆聞けっ」

 

咲がそこで光彦の肩を掴み、小声ながらも叫ぶ。そんな必死な顔の咲に驚きの表情を浮かべる3人。しかし、そんなことを気にしていられない。今も彼女の耳には聞こえてくるのだーーまっすぐ、ここに向かっている男の足音が。

 

「いいか、今すぐここを離れるぞ!」

 

「え、でもコナン君がっ」

 

「そんなことを言ってる場合じゃないんだ!!アイツがここに向かってる!!」

 

「アイツって…ま、まさかっ」

 

そこで察した全員だが、もう、子供たちが逃げても逃げきれない距離に入ったことを理解してしまった咲が、それでも叫ぶ。

 

「理解したならわかるなーーお前たち、走れ!!」

 

咲の声を合図に、子供たちは急いで走る。咲も勿論、走り始めるが、それと共に男が走り出すのも音として耳に入っている。

 

そこで咲は冷静に状況を考える。

 

ーー周りは倉庫同士で道幅が狭い。

 

ーー木片もたくさん立てかけられている。

 

そしてもう1つ。とっておきは…。

 

(…囮になるか)

 

そこで咲が子供たちに気付かれないように足を止め、男と相対した。

 

「おやぁ?お嬢ちゃん…おじさんと鬼ごっこはしないのかい?」

 

「ああ…お前はここで、捕まるからな」

 

彼女の目はーー人の目だった。

 

 

 

佐藤から車の中で説明を受けた高木が佐藤と共に辿りついたのはーーイタリアンレストラン『AZZURRO』。

 

佐藤がその店の看板を悲し気に見上げる。そんな佐藤を高木は見つめ…ほんの少し震えているその手を掴みーー彼女に託されたお守りを渡す。

 

「っ…高木くん」

 

「…佐藤さん。僕は、中にはついていけませんが…でも、大丈夫です」

 

きっとーー大丈夫だと、高木はそう告げる。

 

なんの根拠もないその言葉は、しかし今の佐藤の心境からは優しく、温かくて…。

 

父親の、正義の友人を疑いたくはない…しかし、彼が残した手帳が、高木が教えてくれた解き方が、正しいと告げてくる。

 

どうしようもない不安と悲しみ。しかし、それを高木は優しく、温かな言葉をかけて、彼女ならーー佐藤なら出来ると、大丈夫だと信じてくれている。

 

「…ありがとう、高木くん」

 

高木から返してもらったお守りーー正義の手錠を握る。それをポケットに入れると、笑顔をほんの少し、浮かべた。

 

「ーー行ってきます」

 

 

 

佐藤が扉を開いて中へと入れば、綺麗なベルの音が来訪者を告げた。

 

それに気づいた鹿野の顔が、ほんの少し、こわばったように感じたのは、きっと佐藤の気のせいではない。

 

「…あれー?美和子ちゃん。仕事終わったのかい?」

 

「えぇ、まぁね」

 

「でも、見ての通り閉店なんだ」

 

「いいじゃない。一杯ぐらいごちそうさせてよ。明日は、待ちに待った鹿野さんの50回目の誕生日なんでしょ?」

 

佐藤が笑顔で言えば、鹿野は訝し気にする。

 

「いいけど、50にもなると別に誕生日なんて…」

 

「あらーー待ち焦がれていたはずよ?」

 

鹿野が後ろでワインと2人分のグラスを用意している中、彼女は無慈悲に告げるーー本当の来訪理由を。

 

「ーー今夜0時を過ぎれば、18年前の『愁思郎事件』の時効が、めでたく成立するんだもの」

 

「えっ」

 

鹿野は驚きながらも、佐藤が座ったテーブルに、ワインクーラーとグラスをそれぞれの前に置く。

 

「ーーさぁ、2人で祝いの盃を交わしましょうか…『カンオ』さん?」

 

佐藤から告げられるその呼び名に、鹿野は青ざめた。それでもすぐに冷静を取り戻し、佐藤と自分のグラスに白ワインを注ぐ。それに礼を述べた彼女はそのグラスを手に持ち、語りだす。

 

「『カンオ』…父の警察手帳に書き残された謎の3文字。ローマ字で書くと『KA・N・O』。『O』を『N』の母音として読むと『KA・NO』」

 

佐藤は猿渡たちに電話で聞いたのはこれのこと彼ら曰、『カンオ』というのは、野球部時代に正義が鹿野につけたあだ名だろう、と。

 

「ーーもっとも、彼らは私に訊かれるまで、『カンノ』とか『カオ』とか、おかしな呼び方をするなぁって、ずっと勘違いしてたみたいだけど」

 

鹿野はそこまで聞き、自分のワインを全て飲み干し、グラスをテーブルに置く。

 

「…父が貴方を被疑者と特定したのは、猟銃で警備員を殴殺した、例の防犯カメラの映像を見たから」

 

彼女も父親からよく聞かされていたらしい。鹿野のバッティングフォームは変わっていたが、チーム1の高打者だった、と。

 

それに笑いを溢す鹿野。なにせ『変わったバッティングフォーム』というだけで今、強盗殺人犯にされようとしているのだから。

 

「第一、あの事件の時効は3年前に…」

 

「ーーいいえ、まだよ」

 

鹿野の言葉を、佐藤は強く否定し、訂正する。残りあと8分17秒。

 

「…あなたも知ってるはずよ?被疑者が海外に出た場合ーーその期間は時効成立の日数にカウントされないってことを」

 

それもこの直前、佐藤は法務省に問い合わせており、既に調査済みだった。

 

「時効が成立する日を忘れたくないから、ちょうど50回目の誕生日がその日になるように、日にちを合わせてイタリアから帰国したってこともね!」

 

鹿野はその言葉にもはや表情を取り繕えずーーちらりと、カウンター内においた時計を見やる。

 

0時まで、残り8分24秒。

 

時が刻む秒針が、鹿野にはもっと長く感じられるが、彼はそれで黙秘を続ける。

 

ーー0時まで、残り4分55秒。

 

彼は喉を鳴らし、更にとワインに手を伸ばす。しかし、それは寸前で佐藤がワインクーラーごと奪い取った為に飲めず、肩を落とす。

 

「だ~め、話してくれるまでお預けよ!」

 

「えっ!?」

 

その佐藤からの宣言に、鹿野は絶望する。彼にとっては長い、長い時間をワインなしで過ごせと宣言されたようなものだ。

 

「父が言ってたのよ。自白寸前の被疑者は、必ず喉を鳴らし、お茶に手を伸ばす」

 

まさに今ーー鹿野がした行動と一文字一句間違いがない。

 

「そこでお茶を与えてしまうと、それと一緒に言葉を飲み込んでしまうってねっ!」

 

そこで佐藤は、強い決意を乗せた鋭い眼差しで鹿野を見据える。

 

「飲み込ませないわよ、この事件だけは!!例えーー貴方の喉が渇きって、干からびてもね!!!」

 

 

 

男と咲が対峙し、咲が逃げる様子がないことを理解した男は、しかし彼女がただの子供だと侮りニヤリと笑う。

 

「そうかそうか…なら安心して先にお逝き。大丈夫、さっきの子供達もちゃ~んと君の後に並べてあげるさ…これから始まるカーニバルのーー供え物としてなぁ!!」

 

そう言って、男はべろりと、胸元から取り出したナイフを舐める。それに対して、咲は内心辟易している。

 

(別に殺されてもいいとは思っているが、この男にだけは絶対に嫌だな。血で濡れてるなら…いや、血もだいぶ嫌だな)

 

どうみても咲からは余裕が感じられる。だが、当然といえば当然だーーあの組織で、人を何人も殺してきたのだから。

 

そこで男が手を伸ばそうとしたところで、咲はふっと笑みを浮かべる。

 

ーー待っていた存在達の来訪を告げる音が、耳に入ったからだ。

 

 

 

「ねぇ!」

 

 

男が振り下ろそうとしていたナイフを止め、後ろを見る。そこには、今目の前にいる咲と変わらない年頃の少女が1人、笑みを浮かべて男を見ていた。

 

「ーーおしりの幽霊って、なんだと思う?」

 

その唐突なクイズに男の動きが止まった途端、何かが飛んでくるような音が聞こえた。それに驚き、さらに硬直した瞬間ーー男の顔にポロバケツが直撃。

 

「…バ、ケ、ツ」

 

男はそう遺言を残しーー気絶した。

 

「ピンポーン」

 

哀が棒読みで正解を知らせるが男の耳には届かない。

 

そんなバケツをシュートしたコナンは苦笑い。

 

(ハッ、まったくっだらねーもん蹴っちまったぜ…)

 

そんなコナンの隣に移動した咲はコナンにパチパチと拍手をする。

 

「ナイスシュート」

 

「オメェ、褒めるならもっと感情乗せろよな」

 

コナンからのジト目も受け流し、子供たちと共に、現場にやってきた白鳥達を迎えた。

 

「皆さん!!こっちですよ!!」

 

光彦たちが手を大きく振って居場所を伝え、白鳥達が走って近づいてくる。

 

「おいおい…犯人の野郎、完全に伸びてんじゃねぇか」

 

「とにかく、証拠品を探しましょう」

 

白鳥はそう言うと、男のコートの中を漁り始め、見つけた。

 

「ーー灯油の入った缶にマッチ…」

 

「今度は本物の星だ」

 

「…で、あの木の倉庫はいいのか?」

 

咲がそう言って視線で示すのはーー広く燃え広がっている倉庫。

 

「あの倉庫は来週、取り壊す予定で中はカラ。心配しなくても、消防士さんたちにお願いして消火作業をしてもらってるよ!」

 

勿論、その倉庫にはーー誰もいない。

 

 

 

レストランでは長い、長い沈黙が続いていた。

 

鹿野はあれからもだんまりで、ちらりとまた目だけで時刻を確認する。

 

ーー0時まで、のこり5秒。

 

それが4,3,2,1…0を刻んだ瞬間、時計からカチッと音が鳴る。それに安堵からの溜め息と笑みを浮かべた鹿野はーー目の前の佐藤の強い目には気づかなかった。

 

彼女はそこで静かに立ち上がり、鹿野の前にワインクーラーを置いた。

 

「ーーおめでとう…私の負けよ」

 

佐藤はそのまま店から出ていこうとする。そんな彼女の背中を見た鹿野は、ポツリと溢した。

 

「ーー殺すつもりは、なかったんだ」

 

その言葉を聞いた佐藤は足を止め、振り向いた。

 

「…え?それって、お父さんのこと?」

 

佐藤はそこで鹿野に近づき、腰に手を当て鹿野に詰め寄れば、鹿野は違うと叫ぶ。殺すつもりがなかった相手とはーー警備員のことだと。振り払おうとしたら、当たり所が悪かったのだ、と。

 

「じゃあ、お父さんは!?…交差点で貴方が、突き飛ばしたんでしょ!!?」

 

その言葉に、鹿野は顔を伏せ、重く答える。

 

「…違うんだ。突き飛ばされたのはーー俺の方なんだよ」

 

「ーーえっ!?」

 

18年前の出来事の真実。それはーー鹿野の恐怖によって起こった悲劇だった。

 

彼が、正義によって犯行を何もかも見抜かれた18年前。警察に連行されていたその途中、彼はその先の未来に恐怖を抱きーートラックの前に、鹿野は飛び出してしまった。

 

そこで正義が、鹿野を突き飛ばしーー彼は代わりに、トラックに轢かれてしまった。

 

「ーーあいつは、俺に立ち直るチャンスをくれたんだっ!」

 

「でも、強盗したお金で立ち直ったって…」

 

「いやっ!あの金には手を付けていない!!」

 

鹿野は叫ぶ。その強盗したお金はーー彼の家の仏壇に、隠していると、ハッキリと口にした。

 

「時効があけたら、返すつもりだったんだよ…っ」

 

鹿野は本当にそう思っていたのだと、そう叫ぶ。その言葉にニヤリと笑みを浮かべる佐藤はーー胸ポケットから小型の無線を取り出し、指示を出す。

 

「ーー高木くん!!今の訊いた!!?」

 

『ーーはいっ!!千葉と一緒に、バッチリと!!!』

 

「すぐに令状を取って全て押収して!!ナンバーが一致すれば、これ以上の証拠はないわ!!その金に、今の会話を録音したテープをつけて検察に送り、今日中に起訴に漕ぎ付けるのよ!!ーー分かった!!?」

 

『ーーはいっ!!』

 

高木の返事に、急ぐように佐藤は言う。なにせ、時効までーーあと1日しかないのだから。

 

佐藤たちの展開に追いつけていない鹿野が呆然と佐藤を見て呟く。

 

「あと1日!?」

 

間違ってないかと言いたげな鹿野の言葉に、佐藤は安堵から笑顔を浮かべて告げるーー真実を。

 

「気づいてなかったのね!ほら、貴方がイタリアから帰国した日ーー台風が来てたでしょ?」

 

その言葉に、佐藤が伝えたいことを一足早く理解してしまった鹿野がまた青ざめた。

 

そう、彼は、佐藤が張ったトラップにーーまんまと引っかかったのだ。

 

「午後9時に到着予定だったあの便が、成田に着いたのは遅れに遅れて午前0時4分。つまり、時効が成立する日は、貴方の計算から1日ずれちゃったっていうわけ…ご愁傷様!」

 

佐藤の言葉に震えーーついに観念した鹿野の体から、力が抜けた。

 

「…嫌な予感はしてたんだ。ここに来た時の美和子ちゃんの顔が、あの日のアイツそっくりだったから」

 

「貴方が自白しなかったら、家をひっくり返してでも、例のお金を見つけて、捕まえるつもりだったわよ!ーーでも、父は違うわ」

 

佐藤はあの日の、父親と最後に会話した、あの日の救急車での出来事を話し出す。正義は、犯人である鹿野を最後まで信じぬき、何人の名前を告げなかったのだと。

 

正義が、逃走する鹿野に言った言葉のーー本当の、意味を。

 

「父は、交差点で逃げる貴方にこう言ったのよーー『自首しろ』って。途切れ途切れに呟いたその言葉を、周りにいた人が『愁思郎』と聞き間違えたってわけ」

 

「…そうか。あいつは、最後まで…こんな、俺のことをっ…」

 

鹿野はそう言って、泣き崩れーーそんな彼の腕に、佐藤は、形見の手錠をかけたのだった。

 

 

 

それから数日後。佐藤は高木にお礼として願いを聞いた。

 

最初は彼もお礼はいいと照れて拒否をするが、佐藤が約束だからと更に迫る。そんな佐藤に、高木は顔を赤く染めながら言ったのが『2人で遊びに行きたい』という願い。

 

その約束を果たす日が今日。高木はデートだと浮かれ、青い半袖のジャケットを着て佐藤を待っていた。

 

佐藤の来訪を期待し、ちらちらと時計で時刻を確認する。なにせ佐藤が言ったのだ。

 

『なら次の土曜日の午後6時、武道館の入り口前で待ってて!』っと。

 

約束の時間となり、高木があたりをキョロキョロとせわしなく見れば、佐藤の声が聞こえてきた。

 

「ごめーーんっ!待ったっ!?」

 

佐藤は、紫のノースリーブセーターを着て、高木に笑顔で駆け寄る。そんな佐藤の姿に頬を染める恋する男、高木渉。

 

「あ、いえっ!ぼ、僕も今来たところで…」

 

「…ごめんね?例の放火犯が自供を始めたもんだから、聞き入っちゃって…」

 

それに視線を逸らす高木。せっかくのデートなのに、仕事の話を持ち出され、ほんの少し、気が滅入ったのだ。

 

「よ、よしましょうよ、仕事の話は…」

 

「そうね!」

 

同意した佐藤が高木に駆け寄りーー腕を組み、肩に頬をつける。

 

「ーー今日はデートデート!」

 

「あ、はいぃ!」

 

高木は鼻を伸ばして喜ぶがーーすぐにポッキリと折れる。

 

佐藤が視線を鋭くしてみたのは、黄色のポロシャツを着て青い帽子を被る長髪の人。その人を黙示しーー髪で隠した無線にスイッチを入れた。

 

「ーーこちら佐藤!マルヒの妹、視界に捉えました!!」

 

「えっ!?」

 

『よーっうし、そのまま監視を続けろ…刑事だと気づかれるなよ?』

 

「はっ!」

 

「ーーあ、あの、佐藤さん…これってまさか…」

 

当たってほしくない予想が浮かび、それを否定してほしくて尋ねた高木。

 

そのな彼の淡い希望はーー無情にも露と消える。高木が好きだった、佐藤の笑顔と共に。

 

「ーーさ、行くわよ!高木くん!!」

 

佐藤は高木の腕を引っ張り、ターゲットを見失わないようにと駆け出した。そんな佐藤に、高木は彼女の名を叫ぶのだった。

 

「ーー佐藤さ~~~んっ!」

 

 

 

彼の恋は、果たしていつ、彼女に届くのか。

 

それはまだきっと、もっと先のこと…。

 

 

 

***

 

署内にて、瑠璃は自分の机に座り、とある紙を見つめていた。

 

(…まだ、ここにいたいけど…きっと、それも限界だよね)

 

瑠璃はそう思い、溜め息を溢す。それでも、彼女は少しでも先延ばしにしたくて…『転属願』と書かれた紙を、机の引き出しへと戻したのだった…。




はい、設定を投稿した際にお話しした転属する人物は、瑠璃さんです。

ある意味、特殊な力を持っているのでいてもいいのでは?とちらちらと考えたのですが、遅かれ早かれ彼女は移動してしまう気がしたので、描写を無理やりながらも入れさせていただきました。

折角の高木さんと佐藤さんのイチャイチャを堪能されていた方には、本当に申し訳ないことをしました。けれど、こうでもしないと描写がきっと入らない気がするので…。
(レトロルームの事件も予定に入っているのですが、書くかどうかあいまいなものよりも、確実に書くここで入れました)



そういえば、実際に流れたアニメでは、松田さんの姿は一切流れてないのですが、果たして青山先生はどのタイミングで彼と佐藤さんの関係を思い浮かび、書いたのか…。この時点で彼の存在を思いついていたのなら、多少でも浮かび上がってもおかしくないのにそれがないので、きっともっと後なのでしょうね…。

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